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2025.03.11

タモリステーション「正しく伝えよ南海トラフ巨大地震」を見ました。

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 2025年3月7日(金)テレビ朝日系番組「タモリステーション 正しく伝えよ南海トラフ巨大地震」を録画し視聴しました。

 番組の「解説」を引用します。「 」も部分です。
黒潮町1佐賀津波避難タワー
「最大津波高34.4メートルと想定され、日本で最も高い津波が来る…ある意味”日本一危険な町”といわれている黒潮町。この町では津波への備えとして6基の津波避難タワーが設置されており、タモリはその中のひとつ、浜町地区に整備された日本最大級の高さの津波避難タワーにのぼってみることに。」
河内香さんとタモリさん - コピー
 日本1の高さの津波避難タワーは、地元黒潮町佐賀。浜松地区の河内香区長がタモリさんを案内されました。津波避難タワーは階段とスロープが併設されています。「車椅子利用者なども混乱なく避難できるよう、階段のほかにスロープが設けられている」。またスロープは飲料水など重いものを台車などで運搬できるためにも必要であると河内さんは説明されていました。

「7階には1階が土砂などで塞がれてしまったときのための“降下シューター”があるなど、考えられた設備にタモリも感心。」

 「タモリ自らインタビューも行い、タワーや避難道の整備によって、町の人々の防災意識がどう変わったのかも探っていきます。」
近くの黒潮町住民
 取材に対して浜地区の住民は、積極的に訓練に参加し、地域住民同士が助け合い、声かけながら訓練をされていることも理解できました。

 34Mの大津波を「活用して」町内に缶詰工場を設立し、雇用の確保、経済活性化を狙っています。番組の説明では以下の様に述べられています。

「また、黒潮町には“日本一危険な町”だからこそ誕生した新たな防災産業があると聞き、その工場も訪ねます。もともと雇用の場が少なく人口が流出しがちだった黒潮町では、“最も高い津波が来る町”と報じられたことで、人口がさらに減少。それを少しでも食い止めるべく誕生したのが、備蓄食料、つまり非常食用の缶詰の製作所だったのです。タモリは缶詰の充填作業などを体験しますが、はたしてこの製作所で作られる缶詰の、防災の町ならではの最大の特徴とは…!?」とあります。」
缶詰工場
 タモリさんたちは、実際に黒潮町内の缶詰工場を実際に訪問し、意義目的を体感されました。注目すべきは「防災食」という缶詰ですが、「アレルゲン8品目除外品」として確立しているところです。

またタモリさんたちは室戸市も訪問。室戸海岸の独特の風景は、大地震のたびに隆起している海岸の岩を観察しました。
 前知事の肝いりで建設された横穴・竪穴「津波シェrジュター」も見学されていました。瓦礫よけの3本の大きな柱と、分厚いドアが2枚あり、その奥に120人収容可能な横穴シェルターがあります。
室戸津波シェルター1室戸津波シェツター2
 竪穴もあり、それを登ると山の中腹に出られます。
 ただ問題なのは、該当地域の住民は高齢化しており、「共助」の体制が取れないことも指摘されていました。災害時においては日本全国のもんだいでもあります。
津波シェルター3
 また番組の中で、1946年の「昭和南海地震」の実体験者である国見さん(88歳)と岸田さん(93歳)の話がありました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-7f5a.html
(昭和南海地震を伝える動画映像)
国見さん(88歳)岸田康彦さん(93)歳)
 岸田康彦さんは当時は昭和小学校の目の前に住んでおられたとか。前に用水路があり、それを伝って海からの海水が街へ大量に流入し、橋にぶつかり水柱が高く跳ね上がったと言われました。その場所は今も昭和小前にあります。

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