土葬墓地構想が問うもの

日本経済新聞2025年7月20日の記事「塗装墓地構想が問うもの」という特殊記事には、深い問題があることに気づかされました。
見出しでは「すべての死者への敬意をどう担保するのか 法の空白は放置されたままだ」とあります。
現在の日本は99・9%が火葬にする仮想大国になっています。しかし記事によると「明治政府は19¥873年か送金sに例を布告。庶民に土葬を強制した。のちに廃止するが、国家神道の影響したようだ。昭和の高度成長時代に地方で見られた土葬は、担い手である村落共同体の解体で消滅した。」とのこと。
確かに40年ぐらい前は葬式参列したことがありましたが、2例ほどは葬儀後山へ行き土葬した余蘊は記憶があります。
記事では「土葬」と「火葬」の妥協のない対立があるようです。
フランスに哲学者ジャック・デリダは「土葬派は炎で遺体を損壊し「復活」の道を閉ざす不信ここをを批判し。火葬派は遺体を獣のように腐敗・分解にゆだね蛮行を難じる。デリダは二項対立を超えることができるのかを問いかけている。
記事の写真は2年前山梨県の霊園での90歳の母親を土葬で埋葬する60代の男性に現場を取材する機会があったとか。「故郷の土に返してあげたいという本人と家族の希望であったようです。

現実に日本でも埋葬問題は今後各地で起きてくる可能性があります。
宮城県の村井知事は昨年、火葬が宗教上の禁忌であるイスラム教徒の人材の受け入れを念頭に、県内に土葬が可能なぶちを整備する考えを表明した。
「土葬も法律が認めた1つの葬法。私は外国人の受け入れに際し、「皆さんを家族として迎え入れる」と言った。土葬を願う死者の(生前の)意思を尊重しないのは失政だと思う。
確かにイスラムの人は食べ物でも「ハラル」(豚関係の食材や調味料も含禁止)という厳格なルールはあります。
記事ではフランスのパリにあるペール・ラシューズ墓地は「2つの文化土葬文化と火葬文化が共存している」とのこと。
出生地や宗教の別を超え、すべての死者への敬意をどう担保するのかは大きな問題であると思いました。
| 固定リンク


コメント