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2025年12月

2025.12.31

2025年の重大な出来事(個人の独断の重大事)


 昨年(2024年)は正月明けから両目の手術・入院から始まり、年末まで心身の不調が続いた1年でした。2025年は体調も戻りました。心身の健康状態もよく、1時首の痛みで1週間休養しましたが、健康で1年間過ごしました。

 2025年下出来事で、私個人として重要であると思い込んでいる出来事を記述します。(順位は関係ありません。思いついた順にすぎません。)

①悲願の「仁淀川町防災キャンプ」がついに実現
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 東日本大震災直後の2011年4月に二葉町町内会幹部から「南海地震が起きたら二葉町は壊滅し水没する。山間部で「疎開場所を探してこい」という指令が出されました。2008年に結成されたばかりの二葉町自主防災会。それから14年。余りも長い時間。5人の幹部のうち2人は亡くなり、2人は健康不安でキャンプに不参加でした。防災キャンプは大成功でしたが、課題は山積みです。

②52年続くサークルの「大人の遠足・同窓会」に出席しました。
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 1973年に入部して以来の付き合いのある大学時代のサークル7仲間。高校や大学の「いわゆる校友会」系は一切絶縁。ありきたりは嫌ですから。
 参加者全員が70歳超えの爺・婆ばかり。お互いの「変化」に仰天するも合えば20歳の学生時代になりました。

 群馬県みなかみ温泉での2泊3日は得難い体験でした。熊注意報がでていたので、散歩も出来ず、朝から晩まで飲酒しまくりでしたので5キロ太りました。
 旅館代は「成功した」先輩が支払いました。三流私大なのに10人のサークル仲間のうち3人の先輩は「富裕層」でした。いずれも創業者で業界は違えど成り上がりました。貧乏暮らしの私にはまぶしい存在でした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2025/11/post-3abc7d.html
(70歳代の大人の遠足・同窓会に行きました。)

③ヨット歴は40年。浮かんでいるだけで脳幹トレーニングになりました。
 1985年から夜須でヨットを始めました。東京勤務時代は神奈川県担当の営業マン。特に湘南地方のマリーナに仕事で行っておりました。憧れがありました。偶然小学時代の同級生がヨットをやっていて教えてもらい、中古艇を購入し始めました。
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 何度か自然の手痛い洗礼がありましたが、ある脳外科医の「ヨットは脳幹トレには最適な運動。MRIで10年前と変化していない脳をみたのは初めてだ。今後も続けるように。」と言われました。
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2025/12/post-4fd416.html
(海の散帆は最高でした。)

④12月は2日連続で事例発表者に

 8月の「仁淀川町防災キャンプの功労なのか、12月13日は「被災者ソーシャルワーク研修」(30分)14日は「地域防災計画と広域避難訓練」(20分)の事例発表をさせていただきました。
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⑤阪神大震災30年の集いと慰霊祭へ参加

 2025年1月16日、17日と神戸市長田区鷹取東地区の30年に集いと慰霊祭に、西田政雄さんと一緒に車で行きました。
 町並みは地震の痕跡のないぐらいに復旧していますが、出鱈目な神戸市の都市再興計画のために「長田の特色の喪失」「生業の消滅」があり、大都市でありながら再開発ビルはシャッター通りでした。
 下知地区の事前復興まちづくりでは「計画策定段階から住民の参加」が必要であると確信しました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2025/01/post-ea8b36.html
(阪神大震災30年の集いに参加して想うこと)
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⑥日本1の防災対策の黒潮町合同研修会

 2025年1月19日(日)ですが、「日本1の防災対策」を実行している高知県黒潮町への合同研修会(二葉町・若松町。中宝永町主催事業)をしました。
 黒潮町役場にて村越情報防災課課長に2時間の講演をしていただきました。
その後昼食はカツオ料理(黒潮町はカツオ漁師の街)を食べ、日本1の津波避難タワーを地元かがりましの会の皆さんにご案内いただsきました。
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2025/02/post-bfa441.html
(黒潮町の防災対策は日本1)
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⑦首の激痛とエアーベット

 1月の神戸遠征と1日置いての黒潮町合同研修などの疲労がたまり、首に激痛が走り、起き上がれなくなりました。情けなく痛みで泣きさけんでいました。

 見かねて家内と息子が「エアーベット」をホームセンターで購入してくれました。ようやく安眠ができました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2025/01/post-889d53.html

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2025/01/post-a5b83c.html
(首筋療養用の簡易ベット)

⑧家内が4回もコンサートに遠征

 2025年は家内が3回コンサートに遠征しました。バウンディは東京、へ。CNBLUEは有明アリーナと、幕張アリーナに行きました。
 11月は私と一緒に「70歳代の遠足」にも参加しましたので、なかなかの1年でした。

⑨家内が防災士の資格を取りました。

 6月から8月まで合計8回にわたる「防災人づくり塾」を受講し、防災士試験にも合格し、防災士の資格を取得。昨年は長男が取得しています。

⑩番外 各種免許の更新しました。危険物取扱者の免許更新。運転免許証の免許の更新(高齢者講習会を自動車学校で)

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2025.12.30

苫小牧市の24時間資源.不燃物仕分け受け入れステーション


 先月に大学時代のサークルの同窓会「70歳代の大人の遠足.50年の集い」をしました。
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 わたしが二葉町町内会の不燃物仕分け.資源ステーションの設置と立ち会いをしています。町内会も高齢化し、担い手不足と嘆くと、産廃処理会社を経営されている先輩が、「こんな事例が、北海道苫小牧市でやっているよ。」と現地の写真を送信してくれました。

 なるほど、24時間受け入れ可能な資源.不燃物仕分けステーションが、ドライブスルーになっています。寒冷地の北海道は、高知市二葉町町内会のように役員と当番が街頭に立ち仕分けをするなど出来ません。(写真4枚は夏ごろの二葉町仕分けステーション)

https://www.city.tomakomai.hokkaido.jp/kurashi/gomi/dashikata/jikohannyu.html
(苫小牧市にホームページより)

 高知市でも検討の余地がありますね。
 1枚目の写真は北海道苫小牧市の24時間不燃物・資源物のドライブスルーステーションです。

 あとの4枚は夏ごろの二葉町町内会の不燃物・資源ステーション。極寒の北海道では到底街頭で町内会の町民が仕分けなどできません。
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 二葉町でも寒い時期は「当番」さんも出てこない人が多い。仕分けステーションを5時から設置した私が、7時前までいるはめになります。仕事始めするので中座しますが。いつまでもできないとは思います。若手が手伝ってくれませんと。
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 12月も車で来たと思しき何者かが(おそらく二葉町以外の人間)が車で大量の資源・不燃物を仕分けステーション設置予定地に置き去りにして居りました。私が準備する(5時前)から放置してありました。

 高知市でも苫小牧方式を検討していただきたいです。
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2025.12.29

クリスマス・お正月・誕生日

 「クリスマス・お正月・誕生日!!:」と遠い昔に長男が12月になるとしつこく言っていたことを思い出しますね。

 

 クリスマスは、プレゼントがありケーキもあります。お正月は親戚からお年玉がもらえます。2月が長男の誕生月なので、プレゼントがある。子供時代の長男は「黄金の3か月」であったんでしょう。

 

 何故か師走の忙しい時期になると,なん10年も前の出来事を思い出しますね。どうでもいい話を思い出してしまう今日この頃です。

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2025.12.28

2025年を振り返る

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 この原稿を書いている日時は12月26日(金)の17時半過ぎ。官公庁や大手企業は今年は「仕事納め」となります。高知市の小中学校は25日が終了式でした。冬休みですね。

 うちの会社は12月29日(月)が仕事納めです。72歳の爺さんがフルタイムでいまだに働いています。きっと「貧乏暇なし人生」ですので、90歳までは現役でフルタイムで働き続けることでしょう。でもそれには健康体が必要です。

 今年をじっくりと振り返る投稿は年内に後日します。「悪い年」ではありませんでした。希望も展望もあります。昨年は一月は両目の手術から始まりました。入院生活もありましtが。指の怪我や、帯状疱疹、蜂に察されることまでありました。そのトラブルは今年は全くなく健康でした。

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2025.12.27

どうなるEV自動車の未来

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 日本経済新聞の記事には注目です。欧州が仕掛けた「ガソリン車禁止。前車両をEV化に」という手前勝手な世界標準化構想は、技術がとまなわず事実上破綻しました。

 

 日和見していたトヨタが絶好調で、ハイブリット車が全世界で売れまくっています。但し環境対策や温室効果ガス対策は一方であり、その動きは一時ほどでなくてもいまだにあります。
s-日本のEVは軽自動車から2 001
 記事で面白いのは「軽四からEV自動車普及の動き」のレポート記事です。中国の自動車メーカーのBYDとスズキ自動車が軽四自動車をEV車として市場に投入するようです。

 

 ホンダもいま日本で1番人気の軽四のN-BoXをEV化しようとしています。走行距離に制約がある軽4自動車は「街乗り」車として相性が良く、普及しそうですね。
N-BoXはガソリン車と併用で販売されるとか。
s-本田軽NboxからEV化 001
 軽EVは購入時に補助金が投入され、購入年度の軽自動車税が減免されるメリットがあり、ガソリン車と同じ水準まで価格が下がれば普及する可能性はあります。

 

軽4EVでBYD、スズキ、ホンダなどがしのぎを削るようですね。

 

それを見越してなのか、近所の賃貸マンションにもEV自動車向けの充電スタンドが駐車場に配置されました。マンションの借用者であり、EV車のオーナーは就寝しに充電ができるそうです。スマホ決済だそうです。他の人たちは利用できないとか。国が助成してマンションやホテルに無償で工事費を出すそうです。マンションのオーナーも「先取り」して設置したようです。
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ですがEV車は1台も駐車していません。

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2025.12.26

保険活かせぬ災害大国・日本


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 日本経済新聞2025年12月22日の1面記事は衝撃をうけました。記事内容を記述してみます。

「日本の災害への備えが十分ではない。再保険大手スイス再保険によると、1月に地震あった2024年に保険で補償できた経済損失は27%にとどまった.米国(54%)や英国(71%)といった主要国より補償範囲が狭い。被災地の経済復旧の妨げになる懸念も出でている。」

「日本の損害保険の普及率は低い。スイス再保険によると、国内総生産(GDP)に対する損害保険料の割合は24年時点で2・0%と主要国を軒並み下回る。」

「特に事業中段に伴う利益の減少を補償する「利益保険」の加入が広がらない。利益損失額の計算が複雑で、企業が2の足を踏んでいた。
 欧米では株主が企業に災害時の事業継続への備えの説明を求める傾向が強い。「災害時の利益減少に保険などで備えることは当たり前」

 記事によると日本の場合は保険金の支払いが大幅に遅れる場合がある。「11月に大分で発生した大規模火災では住宅などの炎症が続き、調査員が早期に立ち入れない地域があった。東日本大震災では支払いまでに1年以上かかった例があった。」

 一方欧米では災害後早期に保険お支払いができる事例が多いとか。

「洪水や山火事の広がりを人工知能(AI)などを使ってシュミレーションすることで、被害額を推計し、早期支払いにつなげると言った保険を提供している。」

「損保も欧米を参考に保険開発に取り組んでいる、三井住友海上保険は震度6以上の地震に対応する地震保険の販売を始めた。調査なしで支払い、営業停止による損失もカバーできる。8日に発生した青森地震では発生から1週間で保険を支払った。」

 「損害保険ジャパンと東京海上日動火災保険は11月に発生した大分市の大規模火災で、航空写真を使った損害調査を実施した。調査員が立ち会えない地域でも保険を通じて保険金を支払えるようにした。
 あいおいニッセイ同和損保保険も17日から個人向けに調査なしに保険を導入した。」
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 感心しましたのは損保会社も災害の減災対策をビジネスで展開しようとしているところです。記事にはこうあります。
「東京海上ホールディングス(HD)は5月に建設コンサルタントのID&EHDを傘下に収めた。企業や自治体に防災設備の施工などの対策を助言することで、保外そのものを小さくする試みだ。」

 今まで地域コミュニュティ防災からの観点で動いていました。広域避難(疎開の考え方も「もしも(南海トラフ地震時)に長期の疎開を前提とした顔の見える地域間交流」を私たちは仁淀川町長者地区の皆様と14年間行ってきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-bfffaa.html
(仁淀川町防災キャンプはとりあえずは大成功(その1)

 それは今年「仁淀川町防災キャンプ」を行うことで大きく前進はしました。次は商いの世界、事業の世界で「災害から素早く立ち直るすべ」として「利益保険」なども研究しないといけないと思いました。

 別の災害ですが、今年はアサヒビールHDやアスクルなどの大企業の情報管理システムがハッカー集団により破壊され、復旧に長期間かかり、システム再構築に夜学の費用と時間がかかりました。

 一方の欧米の企業は、ランサムウエアで会社の大事なデータが「人質」になると、あっさり犯人側に身代金を要求どうり支払う事例が多いとか。それは「利益保険」のような保険に入っているからではないでしょうか。

 新たなセキュリティシステムを多額の費用と資金で長期の時間をかけて再構築するよりも、あっさり負けを認め、身代金を支払い、大事なデータを返却してもらい、業務に早期に復帰しているとか。そのほうが安上がりであるともいます。

 なるほどと思いました。

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2025.12.25

県政かわら版77号

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 地域代表の県議会議員である坂本茂雄さんの「県政かわら版・2025年師走号・77号」がこの度発行されました。留守に届けていただきました。

 1面は9月定例県議会の報告でした。「県有施設の指定管理者 公募ありきの提案に異論噴出」「県民参加で文化政策の将来像確立を」と見出しにあります。

 「特に、今定例会では、6月定例会での報告以来課題になっていた美術館など県立5施設の指定管理者を県の外郭団体への直指定からl公募に切り替えるという問題をめぐって論戦になり、県民からの関心が寄せられました。」とかわら版の記事にあるように、「いきなりの県の文化施設を公募にすることに関しては、県民は情報不足であり、判断のしようがありません。

 また「参与」、問題もコメントしていますが、「おかしい」と思います。坂本さんがご指摘されているように「公平性と中立性が担保」などできませんから。ただちに廃止すべきです。
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 2面と3面は県議会での坂本茂雄議員と知事及び担当部署の部長メンバー(幹部職員)との「一問一答」は、緊迫した真剣な議論を感じることが出来ました。
 大きな問題として「県庁の働き方改革について」「精神障害者への医療費助成を」「消防の一元化について」「災害対策基本法の一部改正について」でした。

 注目したのは「精神障害者への医療費助成」措置が、県の対策が不十分であり、家族会からも補助の拡大が要望されています。

 「消防の広域一体化」問題も、1面の「県文化施設の公募化」問題と同様に「突然感」がaあります。簡単な問題ではない。まして消防は「県民の命に係わる」問題です。簡単には統合化や一元化はしてはならない私は思います。
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3面にある「災害対策基本法の一部改正について」も県民の命に係わる問題です。
広域避難(疎開)に関して坂本議員が質問していました。

「広域避難の場合、避難所生活の長期化が想定される。避難者の一時滞在後の住居やビジネス、生活再建支援について、どのように取り組まれていくのかを聞く。」

 危機管理部長の解答は「広域避難が長期化した場合、自宅から離れた生活となることで、住まいの再建や健康、仕事、学校などにさまざまな課題が生じることが想定される。能登半島地震などの事例を参考に、市町村の意見も伺いながら整理したい。
 応急仮設住宅の確保や災害関連死を防ぐ対策、職場や学校のBCP策定など、既存の取り組みを含めて検討したい。」となっています。

 この危機管理部長の回答はおかしい。「能登半島地震の事例を参考に」とありますが、南海トラフ巨大地震であれば、1番甚大な被害を受ける可能性があるのは高知市です。能登半島地震は県都金沢市はほぼ被害は出ませんでした。十分に被災者を受けいれる余力がありました。高知市の被害想定は「震度は6強から7.地盤は2M沈下し、2800ヘクタールが水没し、14万人が孤立します。」とても被災者を受けうけ入れる余力などありません。「能登半島地震の事例」は参考にはならないと思います。

 「応急仮設住宅」とありますが、現在高知県は40%程度の応急仮設住宅用地を確保できていませんから。市町村で被災した高知市民を受け入れていただける市町村は現在は仁淀川町だけです。それも2つの施設で260人です。他の市町村は現在受け入れてはくれません。

 県は市町村に働きかけるだけではなく、支援もすべきであると思います。もう少し県は真剣に防災減災を検討すべきでしょう。
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 4面は「東日本大震災の復興の現状から事前復興のある方を学ぶ」の被災地跡の視察の報告です。10月15日から17日に東日本大震災における宮城県の被災地復興状況を視察と、聞き取りをされました。

 「気仙沼の復興に学ぶ住民合意」

 三浦市議から住民同士や行政との対立を生まない合意形成、海岸の管轄変更や砂浜から後背地までの整備に関する環境への配慮など、復興過程における工夫している。
 「住民合意がない中で工事は進めない」とする。 対立をコミュニュティやお祭りで乗り越えていきました。
 商業施設と複合型公共施設がにぎわいを取り戻していたとのことでした。

「石巻雄勝地区の巨大防波堤」

 背後地にだれも住まないのに巨大な堤防(高さ9M)に囲まれた造成地にははほとんど住民は住んでいません。住民は震災前の4分の1になったそうです。

「東松島市の防災エコタウン」

 住民の意向を反映した住宅再建や環境保全のまちづくり。エリア内では災害時に停電した場合でも3日から1週間は電気供給が可能な再生可能なエネルギーの新しいモデルとして注目を集めています。

「名取市閖上地区のコミュニュティ形成」

地域コミュニュティづくりのためにお茶会や餅つき大会、芋煮会などの取り組みをされ、新たな人とのつながりもできつつあるとか。地域コミュニティづくりに、。リーダーの格井直光さんたちは頑張って成果を上げておられます。

 坂本茂雄さんは、宮城県立多賀城高校災害科学科(2016年4月開設)は進路実績もあり、地域の期待も大きいようです。高知県の県立高校にも災害科学科を設立すべきでしょう。と言われています。 

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2025.12.24

下知地区防災計画はなぜ事前復興計画を柱にしたのか!

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 2025年12月20日(土曜日)ですが、高知市下知地区での鍵屋一さん(跡見学園女子大学観光コミュニュティ学部教授)の久しぶりの防災講演会と、実践的なワークショップを受講しました。テーマは「下知地区防災計画はなぜ事前復興計画を柱にしたのか!」でした。

 鍵屋一さんは「福祉防災」の専門家。「災害弱者」である高齢者や障害者に焦点をあて、防災減災活動を述べておられます。「能登半島地震の死因の多くは、住宅の下敷きと高齢者の災害関連死でした。」「最重要政策は住宅耐震化(+避難支援)と高齢者などの避難生活支援」です。」と言われています。「人への支援を事前に防災対策をすることです。

 60項目を超える鍵屋先生のテキストですが、そのなかでも注目項目を上げます。
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①「住宅耐震化は全額公費で」低所得者は住宅耐震化が出来ない。

  地震の直接被害の大部分を軽減できる。津波被害、地震火災、避難生活の困難さなどを
  軽減化できる。

  概算 全国約450万戸の未耐震木造住宅の耐震化費用は、
     450万戸×167万円=7・5兆円
     10年刊計画で、年7500億円で可能。

② 災害対策で1番問題なのはトイレ問題。
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  現在災害用トイレを備蓄している人は22・2%にすぎない。4日分備蓄は4%。
  全国民に4日分の簡易トイレ配布。在宅避難で社会の混乱を軽減。
  水分、栄養を取りやすくなり、感染症、誤嚥性肺炎を防止できる。
  BCP、復旧の迅速化になる。

  全国民1億②380万円×3000円(20個・4日分)371億円
  →コロナ渦野中の「安倍のマスク」と同額。

③すべての福祉施設を福祉避難所に(高齢者・障害者の避難生活が困難な現状)

 すべての福祉施設で受け入れ可能にする。
 →安全な避難場所の確保。→災害関連死の減少。→避難生活から生活再建。
 →福祉事業者の事業継続が可能になる。

 消耗品支給など100万円×77800か所=778億円


 全員参加のワークショップの課題
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 土砂災害の危険性のある自宅に長男(自閉症)と手足が不自由な長女と自宅に籠城。テレビは「命を守る行動」と繰り返すが、自閉症の長男は自室から出ない。人が多い避難しぃおへりけばパニックになる。

 土砂崩れの恐れがあり長女と母親(79歳)は役場には避難。長男と父親(80歳)と佐久間明美さん(59歳)は自宅に泊まりました。ある程度の損壊はあったが前回は免れ茶がたが、家の補修が必要。

 」「どうすればいいのか」というテーマで参加者全員(25人)が6つの班に分かれ、ミニワークショップ。各班で活発な意見がでました。

「地域コミュニュティと家族とのつながりが必要」「福祉の専門家の支援と防災部署との連携が必要」など各班の意見は白熱しました。鍵屋さんのワークショップのルールは「意見を否定しない。」「リーダー1人を残し他のメンバーはよその班へ移動し意見交換。そして元へ戻り各班でまとめます。」落ち着いて議論が出来ました。

 さて来年2月から始める下知地区での「事前復興まちづくり計画」のワークショップはどうなることでしょうか?期待半分不安半分ですね。
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2025.12.23

昭和南海地震から79年目


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 1946年12月21日は昭和南海地震が発生し、高知市下知地域は地盤沈下で水没。1か月半以上長期浸水しました。
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 当時大半が田畑と荒れ地であった地域は、びっしりと賃貸マンションや家屋が立て込んでいます。ですが耐震地盤になったわけでも、かさ上げしたわけでもなんでもありません。

 その割には地域での関s-12830心は低く、耐震診断も耐震補強もしていない木造家屋が大半。事業をしている商売人もほとんどが無関心。嘆かわしい現実には無力感しかないですね。
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 他人のせいには出来ないので、愚直に危機管理を呼びかけるしかありません。写真は高知市役所のHPからですが、わずか79年前の出来事です。
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2025.12.22

悩ましい台湾問題

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 高市首相の「存立危機事態」とは、2015年成立の安全保障関連法に出てくる法的用語で、同盟国に対する武力攻撃が日本の存立を脅かす事態を指す。そうした状況では、脅威に対応するため、自衛隊が出動できる。と発言し、中国政府は猛反発し各種の嫌がらせを日本に対してしています。

 具体的には日本の海産物の輸入禁止、中国人の日本旅行への自粛勧告、パンダの貸し出し休止措置などです。尖閣諸島付近での軍事的挑発行為も繰り返しています。

 なぜ中国は台湾問題を核心的問題であるといい、「台湾は中国の1部だ」「台湾、問題は中国の国内問題だから他国は干渉しないでほしい。」「多数の国は1つの中国を認めている。」というのが中国政府の公式な発言です。

 台湾は中国の一部であり、1地域の過ぎない。国ではない。台湾統一は1949年の中華人民共和国(中国共産党の1党独裁政権)の発足以来の悲願でもあります。

 しかし全世界に20億人の信者がいると言われているローマカトリック教会は、1942年以来中国の代表政府は台湾であり、中華人民共和国ではないと言っています。

「中華民国とバチカンの関係 - Wikipedia
中華民国が 国共内戦 に敗れて大陸を放棄して 台湾 に 移転 した 1949年 以降は、 台湾とバチカン市国の関係 (たいわんとバチカンしこくのかんけい)として言及されることも少なくない。」という見解です。
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 図書館から以前5冊の台湾関係本を借り、今回も3冊の関係本を借りました。「戦後米国の対台湾関係の期限」(チョンシンホン・著・明石書店・2022年刊)と「中国問題の内幕」(清水美和・著・筑摩書房・2008年刊)「台湾に何が起きているのか」(福島香織・著・PHP新書・2020年刊を読みました。

 感想は3冊とも読みづらい書籍。今まで借りていた5冊の台湾関係本からして、わたしなりに「ざっくり」と台湾問題をまとめてみました。

①台湾統一は中国共産党の悲願ではある。独裁者の毛沢東もできなかった。

②国共内戦に敗れた国民党蒋介石は台湾に逃れました。当初アメリカはいくら支援しても期待を裏切る蒋介石に失望し、支援を一時辞めていた。中国共産党による台湾統一はほどなくできるだろうと思われていた。

③ところが1950年に北朝鮮が韓国に軍事侵攻。朝鮮戦争が勃発した。戦争の過程で中国が北朝鮮に義勇兵を大量に派兵する事態になり、アメリカは見捨てた筈の台湾の蒋介石に軍事支援を行い、中国共産党政権をけん制する意味合いもあった。

④朝鮮戦争前後にサンフランシスコ講和条約で日本は軍事占領を解かれ、国際社会に復帰した。アメリカはアジアの共産化を防止する役目として韓国、。日本、台湾を重視し支援もしました。米華条約,日華条約も締結され、国連代表として台湾が位置付けられました。

➄しかし1971年ころにアメリカが、1972年に日本が中国共産党政権と国交を樹立し、台湾と断交。国連からも台湾は脱退しました。中国共産党政府の言う「1つの中国」政策を皆が認めたように思われました。

⑥しかしアメリカはその一方で「台湾条項」を制定し、台湾に武器供与や軍事顧問まで派遣し軍事支援を行いました。アメリカの「曖昧」戦略が本格的に稼働していきました。

⑦1976年に中国の独裁者毛沢東が死去し、実務家の鄧小平が復帰し、外資を導入する「改革開放政策」を実施しました。その30年の間に中国は経済大国になり、今やアメリカに次ぎ世界2位の経済超大国になりました。

⑧一方「見捨てられた台湾ですが、蒋介石国民党の独裁体制を脱却し、台湾生まれの李登輝が直接選挙で台湾総統になる民主化を果たしました。台湾は政治的には孤立状態でしたが、アメリカや日本、欧州諸国との経済交流で、先端的な半導体産業を育成し、今や世界1の半導体大国になりました。アメリカや日本に大規模な先端半導体工場を何か所も建設し、今や世界ではなくてはならない国になりました。

 台湾の地政学的な重要性
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①中国は随分前から、中国の身勝手な拡張政策で、「第1列島線」「第2列島線」を海上にひいています。それによると台湾も尖閣諸島も沖縄も内側になっています。

②地図をいつもと逆にすれば、日本列島、沖縄、台湾が、太平洋への出口をふさぐ位置にあります。中国は台湾を自国領土に取り組めば、太平洋に容易に出られます。
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③バシー海峡や沖縄近海までが中国の影響下になると、日本の資源調達ルートである「シーレーンが」脅かされます。

④アメリカの太平洋戦略にも大きな影響が出る。アメリカは立場上は中国による台湾h迎合は認められない。と思います。

⑤台湾併合を中国共産党は毛沢東以来に悲願です。習近平が万が1やり溶けますと、習近平独裁体制が長期間続くことになります。それだけは近隣国には迷惑千万です。
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(結論)

 台湾有事はあってはいけないこと。独裁者習近平の野望は、中国住民の願望ではありません。なにより台湾の人達の多くは自由を謳歌したいと思います。

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2025.12.21

空き地が増える二葉町

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 海抜0Mの低地の市街地である高知市二葉町。
自宅廻りの古家が次々と解体され、更地になりました。

 西隣の古家跡の空き地は、隣地の事業所が買い取り社用駐車場に。斜め前の古い2階建ての賃貸アパートも夏ごろ解体され更地になりました。「売地」との看板が出ていますが、2か月経過しても動きがありません。

 また南側も敷地一杯立て込んでいた木造2階建ての建物2棟とトタン屋根の倉庫や木製のもの細大などもすべて解体され、100坪近い更地になりました。こちらは事前決済式のコインパーキングになるらしい。
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 東隣の2階建ての古家も家主が県外に移住し、たぶん近くに解体されると聞きました。東西南北の家がすべて解体され更地になります。
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 二葉町はとても利便性が高い市街地。近年に2つの建設会社が移転し、社屋や倉庫を建てています。車でどこへも行けるし便利だとか。相対的に地価も下がりましたし、仕事する事業所には良いことらしい。

 24時間この地に住んで生活し働くものとしてはどうにも複雑な思いです。

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2025.12.20

鍵谷一先生事前復興・防災講演会

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 2025年12月20日(土曜日)は、14時から16時の予定で鍵谷一先生(跡見女子大学教授)の防災講演会が下知コミュニュティ・センターで開催されます。

 鍵谷先生には2015年から2017年まで「下知地区防災計画」策定のためのワークショップなどを3年間ご指導していただきました。参加者皆の緊張を解き、ゆったりした議論をする前段階から体と頭をほぐすユニークな体操や、「議論では相手を否定しない」ことがルールであり、ユニークな参加者同士の自己紹介タイムや、班のリーダーを残して、後は人員を入れ替え他の班の議論に参加し、全体像を皆に情報共有させるやりかたでした。懐かしい。

 講演のテーマは「下知地区防災計画はなぜ事前復興を柱にしたのか」ということです。

 下知地区防災計画(2017年策定)

  https://www.city.kochi.kochi.jp/uploaded/attachment/129326.pdf

 2026年からいよいよ下知地区でも「事前復興まちづくり計画」策定のための地域でのワークショップが、50数人の下知地区のメンバーで行われます。その議論のベースに「下知地区防災計画:があります。

 下知地区の特性を熟知する鍵谷先生の講演はどうなるのか?楽しみです。

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2025.12.19

木製歩道の滑り対策

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 2025年12月18日のリハビリウォーキングは、11256歩で、7・88キロ、1時間34分歩きました。夕方前暖かめの気候でしたので、バケツとデッキブラシを持ち、いつも散歩している堀川浮桟橋に行きました。目的は木製歩道に付着している桜の葉っぱの「腐葉土」の除去です。
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 脂分があり木製歩道にへばりついています。バケツで堀川から海水を汲み、問題個所に振りまきます。デッキブラシでこすります。そして汲んだ海水をぶっかけますと、黒い油脂分が除去できます。
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 案外力もいります。暖かい日で事務服に長靴を履いていました。汗を搔きました。いい運動になりました。広い面積は一気s-600902181_2366458010468869_8249919084594954187_nにとはいきません。少しずつ暖かい日に実施します。

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2025.12.18

地震で傾く基礎のリスク

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 2025年12月15日のNHK総合にて放映されました。

 当日視聴できなかったので、後日再放送で見ました。
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 杭を地中深く打ち込むコンクリートと鉄筋で造られた基礎杭が、地震の揺れに耐えられず、地中で折れ、軟弱地盤ではビルが倒壊しました。
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 地盤改良の必要性を感じました。高知市街地はすべて軟弱地盤。下知地区は特に低地だから尚更。
南海地震対策として地盤改良工事もしないと、高知市内では住めなくなると思います。中高層のマンションが傾いたら、おそらく建て替えなんぞできませんから大変です。
 一戸建て住宅のベタ基礎は地盤の液状化の影響を受けます。
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2025.12.17

市民とつくる防災フォーラム講演会

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 2025年12月14日(日)は、生活再建の話です。テーマは「被災したあなたを助けるお金とくらしの話 災害復興 生活再建のための法制度とお金の話」と聞き耳の立つ話でした。講師は岡本正弁護士です。

 防災の話となると、家具の固定とか、耐震補強とか、トイレの問題とかが、多くの話題になります。避難袋をそうするこうする。防災訓練でもその話題になりますが、岡本弁護士が、災害後に被災者から受けた相談や、問い合わせのほとんどは、実は「国や自治体の支援制度」や「お金の話」がほとんどでした。

 大災害後はs-600191865_2364773140637356_8754854262504824661_n、国や自治体の情報は、ほとんど被災者のところへは届きにくい。発信されている「生活再建」「復興支援策」の情報は、国から県へ、県から被災自治体へ流されますが、自治体側が受け取れないし、被災住民各位には届かない事例が多い。
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 解決策は「情報収集能力がある組織が収集し、整理する」ことであり、情報提供ルートを複線化し、基礎自治体やNPO、支援団体、企業、大学、専門家団体と国や県や自治体などと情報共有し、住民各位に正確に伝達する仕組みを災害後素早く立ち上げ、機能させることであると岡本さんは言われました。

 基礎の基礎は「生活再建の第1歩は被災証明書を市役所(自治体)に発行してもらうことです。認定には写真が必要。東西南北からの外観の写真。入れるのであれば家屋の内部の写真もン必要です。
 また岡本弁護士は「通帳やカード、保険証、各種保険の契約書なくても、預貯金は引き出せる。保健所をなくしても保険診療は受けられます。自治体が配分する義援金の申請は必ずする。
 公共料金や、携帯電話料金の支払い期限の延長や減免措置も可能。被災差者生活再建支援金を活用し、被災した住宅再建資金にするなど。

 災害対応をするためには、法制度の知識が不可欠。被災する前に学習し、支援制度を研究し、南海トラフ地震対策をしましょうと岡本さんは呼びかけました。
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 私らごとき小商人こそ、事前学習し法制度を研究することがとても大事です。災害ケースマネジメントも勉強しないといけない。やることがいくらでもあります。
 近隣の経済団体と協働して、岡本弁護士を高知市へ呼んで実務的実勢的な勉強会を来年から始めましょう。

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2025.12.16

NHK第1ラジオ深夜便 「明日への言葉」伊集院光さんの言葉に注目


 2025年12月15日の午前4時頃に、うとうとしながら聞いていました。タレント伊集院光さん(元落語家)が師匠の円楽さんについて話していました。

 聞いたときは、これはいい言葉と思いました。番組ホームページがありました。大事な話でしたので、全部コピーして貼り付けました。

https://asuhenokotoba.blogspot.com/2025/12/blog-post_15.html
(ラジオ深夜便 伊集院光 師匠路語る。12月14日放送)

伊集院光(タレント)・〔師匠を語る〕 六代目 三遊亭円楽を語る 後編
伊集院光(タレント) 
         
伊集院さんのデビューは6代目三遊亭円楽さんの門下の落語家でした。 伊集院さんと6代目円楽さんとはどんな師弟関係だったんでしょうか。

僕が落語を廃業するときにも、直接には落語を辞めるなとは言いませんでした。 「じゃあ 頑張れよ。」と言うだけでした。

大師匠のところに行くのは勇気が要りました。「辞めるというのには誰も止はしなよ一つのことを続けられない人間が、上手くいくわけないっけどね」と言うようなことは言われました。 

 一か月後に空いている日に大師匠の家に集まるようになっていましたが、兄弟子から聞いた話ですが「最近落第が来ないけど何かあったのか。」といったそうです。大師匠は瞬間に怒るけど直ぐに優しくなる人でした。

楽太郎の弟子だというようなことは、相手側から言われるまでは辞めようと思っていました。師匠とは全く交流がなかったです。

  困らせて困ったところを応援したいという番組があって、女性の下着をつけてしゃべっているところへ、うちの師匠が突然現れるというものでした。ラジオでしどろもどろになったのはあの時だけですね。 

 終わった後に、自分の立場がはっきりしていないので「今の状態は破門という事ですか。」と聞いたら、「お前が今でも尊敬しているのならば、師弟関係だよ。」と言ってくれました。その後クイズ番組などでご一緒したりするようになりました。ラジオの競演もしてもらえました。  

コロナが流行ってゲストが呼べない時期があり、或る番組に対して師匠がゲストに呼んで欲しいと言ってきました。(ゲストを呼べない時期で困っているのを察してのことです。)そこで対談があってアシスタントのアナウンサーが最後のころに、「伊集院さんは落語をやってはいけないのですか。」といったら師匠が「やろうぜ。」と言いだして、二人会をやることがトントン拍子でやることになりました。(2020年)

  師匠が体調を崩していたりする時には、師匠のラジオ番組に出演したりする様になりました。  師匠の弟子として一番充実していたのは、二人会が決まってやって終わって、その期間は短かったが楽しかったですね。二人会は一回だけの予定でしたが、 舞台上で後3回やろうと言ったんです。 自分では完全燃焼したつもりでした。

「死神」をやることになり自分でも工夫してやろうとしていたら、師匠がそれは「トリ」にやってもらおうという事で「トリ」を務めました。 その時の師匠は入院するほどではないんですが、完全回復ではないが大熱演しました。  疲れたから帰ると言ったんですが、私の話の後迄いて、楽屋のソファーで横になっていました。  「寝ちゃったな、聞いてはいたけど。」と言いましたが、「 見て聞いていて寝たふりをしているだけです。」と、一門の弟弟子たちは「一生懸命に見ていました。」と言っていました。 

「お前らは先人たちが削って削って綺麗な古典にしたのに、足し過ぎだ。そんなに説明しなくてもいいんだよ。落語は理屈じゃあないんだから、ここからどれぐらい削るかと言う作業なんだよ。 削って下さい。」と言われました。  落語のなかで「結局」と言うのに古い表現だと「とどのつまり」と言うのがあります「とどのつまり」を使ってもかみさんにはわからないといったら、師匠が「うーん まあな」でどうだと言ったんです。結局」と「とどのつまり」の両方に意味で使えることにぞっとしました。

2018年に初期の肺がんを師匠が公表しました。手術をして翌年高座に復帰、2022年脳梗塞で再び入院。肺がんの話はショックでしたが、また倒れたという事もショックでした。5月に退院して、8月の国立演芸場中席でトリを務める。9月30日旅立ちました。  

 師匠は一切泣き言を言わない人でした。(錦糸町で写真週刊誌に撮られた時も動じませんでした。)お墓は群馬県前橋市の釈迦尊寺にありますが、火事になって大きなダメージを受けました。
いろいろ迷った時に、師匠だったらどういうだろうか、と言う時にお墓は必要なんです。

師匠への手紙

「師匠 ここの所小言を言ってくれませんね。 ・・・60歳近くになると小言をいてくれる人がいませんから、小言無しは寂しいものです。 ・・・三回落語会をしようと言われ、戸惑ったもののいろんな演目についてアドバイスを頂く日々は、長く不義理をしてしまった不肖の弟子としては修行生活のなかでとても充実した日々でした。

・・・僕の朝毎日やっていたラジオ番組が終わてしまい、凹みに凹んで、毎日のラジオ番組なんてこりごりですと強がった時に、師匠が「これで芝浜もうまくなるかも知れねえな。」と「朝起きて魚屋の仕事を行かない気持と久しぶりに魚屋やりてえなあと思う気持ちがいつか判るんじゃあねえか。」と言うアドバイスです。・・・ 

「宮本武蔵」みたいなもんだと言われて、後で宮本武蔵」の本を読んで、やっと意味が分かりました。 芝浜をやる事は無くなったけれど、今僕は昼のラジオをまたやっていると、たまにこの言葉を思い出します。 ・・・僕は師匠の言葉を胸にもう少し頑張ってみようと思います。」


→引用が長くなりました。以下の伊集院さんに発言には感服しました。円楽師匠のことばだそうです。その部分だけ「」をつけました。

「時間を忘れて夢中になったぐらい好きになったことに、社会性を持たしてしゃべりなさい、そうすればくいっぱぐれる事は無いというんです。 例えば野球が好きならば、社会性を持たせるという事は、野球を全く知らない人にも届く様に、面白さが判る様にしゃべるという事。」

 「社会性を持たせてしゃべる」という言葉には、はっとしました。仕事でも、地域活動でも、市民活動でも、「皆がわかってくれない!」と嘆き、恨み言を言う前に「社会性を持たせてしゃべる努力をする。野球を全く知らない人にも届くように、面白さがわかるようにしゃべること」 


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2025.12.15

被災者支援ソーシャルワーク研修


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 2025年12月13日に一般社団法人ほっと岡山の主催で、高知市二葉町の下知コミュニティセンターにて「被災者支援ソーシャルワーク研修.高知における広域避難者支援を学ぶ」が開催されました。
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 会場には遠く岩手県から来られた人達ら14人が参加しました。
 オンラインでの参加者もおられました。充実したフォーラムでした。

 住民の立場、連合防災会の立場、行政側の立場から高知側の出演者の事例発表があり、主催者のほっと岡山の事例発表は多様な事例があり、学ぶことが多かったです。
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 そもそも高知県は「避難所の数も全然足りない」し、「仮設住宅用地の確保も40%にとどまっている。」つまり現状は6割の被災した高知県民は、高知県内で避難生活ができません。深刻な事態を真剣に住民も考え、行動しなければいけないと思います。
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 事例発表者として登壇しました。他の3人の事例発表を聴講し学ぶことが多いと思いました。

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2025.12.14

折りたたみ式ベット・エアーベット搬入しました。

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 2025年12月11日ですが、災害時には地域の避難所にもなる下知コミュニュティセンターに折り畳み式ベット11個とエアーベット3個を4階多目的室北側の用具倉庫の上段にすべて収納しました。
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 内訳が二葉町自主防災会分は、折りたたみ式ベット7個。下知コミュニュティセンター運営委員会防災部会は折り畳み式ベット4個と、エアーベットを3個です。
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 大﨑修二さんに手伝っていただき、無事に収納ができました。ようやく避難所らしい」備品が少しだけ揃いました。


 


 折り畳みベットとエアーベットの使用状況は以下の写真です。
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2025.12.13

完全な「容量オーバー」です。


 このところ入力する情報量が過多であり、自分自身の「情報処置能力」を超過する現象が継続中。起床時は「あれもこれもやりたい」とおんぉいうのに、1日終わる時点では、全くできないことに焦ります。それは無理もない。

 完全な「輸入超過」になっています。入る情報量が100としたら、処理して出せる情報は10くらいでしかありません。この時期になると「積み残した課題」がいくつもいくつもあり、後悔の念もありますが、自分ではどうしようもありません。

 これは素直に認めます。完全にフリーズしていますから。焦ることは辞め、夕飯食べたら、さっさと早く寝て、明日の早起きにつなげようと思いますね。とりあえずは4つぐらい「積み残し課題」がありますが、諦めることにしました。無理な時期は無理しません。

 リセットしてやり直しをします。

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2025.12.12

なぜ私たちは広域避難場所づくりに執着し、事前に「もしもの時の疎開を前提とした顔の見える地域間交流を続けてきたのか


 今年は阪神大震災から30年、東日本大震災から14年、熊本地震から6年、能登半島地震から1年が経過しました。防災関係者(学識者・行政。防災アドバイサー)たちの関心事は「命を守る」(自助)「命をつなぐ」(避難所運営)などが大多数であり、「生活を再建する」観点はなおざりにされているように私たちは思います。

 その理由は、おおむね被災地の近くで、避難生活が可能であり、同じ県内で避難生活ができる事例が大半です。(福島原発災害の広域避難は例外)
 高知市二葉町では町内会役員(会長他4人)から東日本大震災の直後の2011年4月から「次の南海地震が起きたら二葉町は水没する。復旧・復興には長い時間がかかる。町民の命と生活を守るために、浸水しない地域との事前交流が必要だ。その地域を探してもらいたい。」と指令が出ました。       (写真は昭和南海地震時の下知の現状)

1946年12月21日の昭和南海地震では、高知市下知地区は地盤が1・3M沈下し、土盛堤防は破壊され、海水が高知市下知地区や潮江地区に流入しました。

 とんでもない難題でしたが、ようやく最近、二葉町町内会幹部の強い危機意識の理由がわかりました。当時(2011年)の町内会長は酒販店、副会長3人は、美容室が2人、あとは漬物販売業、元会長で初代防災会会長は仕出し店、弁当店経営されていました。
 つまり町内会幹部全員は、地域住民を相手にするご商売をされていて、自宅と店舗が共有になっています。私の場合は、小さな商社です。地域には得意先はありませんが、得意先に資材を販売し、県外にも得意先はありました。当時は倉庫に得意先の資材を在庫していました。

 南海トラフ地震で、店舗と自宅が水没すれば、商売ができないし、ホームレスになる。仕入れ先への支払いもできないし、銀行の借金も返済できない。また地域内で避難生活も困難であることが町内会幹部は皆全員が指摘していました。
 「生活を再建する」=「浸水しない山間部地域と交流し、疎開生活を送り、長期スパンで生活再建を考える場所を最優先課題でとの指令が出たのは当然です。

 鷹取東地区のリーダー石井弘利さん(2025年ご逝去)に背中を押されました。

  二葉町自主防災会は2008年から神戸市長田区鷹取東地区と交流しています。阪神大震災で壊滅的な被害を受けた神戸市長田区鷹取東地区の商店街振興会会長の石井弘利さんに2013年に下知に来ていただき講演をいただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/2-4326.html

「わしらは地震なんぞ来るとは全く思わんかった。着の身着のままで焼き出された。昨日一緒に飲んでいた仲間が家の下敷きになり助けを呼んでいたが、わしらは軍手1つ持ってなかった。火が迫り逃げた。仲間が大勢亡くなりました。          (2)
 地震から半年して生活再建のめども立たんうちに市役所が来て再建計画ができたから判子ついてくれと来た。わしらは何もわからなかった。やむなく判子付いたら、駅前には高層マンションだらけになり、下町の長田やなくなった。それからや区画整理事業の勉強を始めて市とやりあったのは。」

「長田では市役所主導の再開発ビルが建ちました。家賃や管理費が高いので店舗が埋まりません。震災後住民とくに借家人が地域から多く出て行き人口も減りました。住民側の意向と市役所の再開発プランとの隔たりが大きいのです。」(震災30年後も同じでした。)

 石井弘利さんは教訓としてこういわれました。

「役所と言うのは住民がだまっとったら何もせえへん。言わないと権利もないと思わないといけない。」

「役所は命を守ってくれない。命を守るのは、自分と家族と隣近所のお付き合いだ。地域で真剣に考え、検討しないといけない。その上で役所に要求すべきことはすることだ。」

「地震となれば電気とまる。ガスも水道も止まる。家も壊れる。商売人は商売せいへんかったら1円も収入がなくなる。でも役所の人は罹災の時も給与は出るし、ボーナスまで出るんや。商売人はたいへんやぜ。だから日頃から真剣にもしものことも考えなあかんのや。役所は助けてはくれへんのやから。」

「要求して5年据え置きの金利なしの20年支払いの貸し付けをしてはくれましたが、まもなく20年。支払いの延長を要求するものもおるやろう。役所やコンサルが言うように簡単にまちは再興できへんのや。

 復旧はたしかにできたのかもしれん。でも復興は未だならずや。」と言われました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-39d2.html

 そして石井さんは下知地区の住民各位に以下のことを提言してくれました。

「住民側は集まって、まちづくり協議会をこしらえて、地域の要望を役所に言うことや。言わないと何も始まらん。それをせんと文句ばかり言っても何も変わらん。
 住民側も勉強せんといかん。役所に対抗するには勉強が必要や。地域の絆を強めて、地域からの要求を聞いてもらうことや。                  (3)


それにはメンバーには役所の人にも入ってもらい、一緒に地域づくりをやっていたらえいと思う。

 いずれにしろこの地域は南海地震が来るのだから、その時に困らないように、地域の地盤のかさ上げをするとか、耐震地盤をこしらえるとか、耐震高層住宅を建てるとか地域の要求を行政側に出すことや。それを地道にやっていくことです。」

 確かに学識者も行政職員も、地域が大災害になっても、給与は出るしボーナスも出ます。自宅が被災しても、給与は保証されています。そこが生業に関わる商人や零細企業主と根本的に立場や当事者意識が違うことです。          
行政職員や学識者の大半は「命を守る」「命をつなぐ」活動や、研究や支援に追われていました。「生活を再建する」ことを最優先して考え、訴え続けて来た二葉町は「圧倒的な少数派」でありました。「お気持ちはわかりますが、命を守り、命をつなぐ作業に追われているので、そこまで余裕はありません。」というのが防災評論家の皆様の本音です。永久水没地ではない地域の減災対策なら正解ですが、永久水没地区(長期浸水地区)での対策には全くなっていないことを理解していただきたいのです。(永久水没地という表現は岡村眞高知大名誉教授が高知市の海抜2M以下の低地の市街地をさしていう表現です。)

 2022年11月1日に、高知市と仁淀川町が広域避難協定を締結。仁淀川町管理の2か所の施設に高知市民260人の長期避難が可能になりました。

 2024年1月20日に仁淀川町の泉川多目的集会所に下知地区住民の25人が広域避難訓練をしました。(仁淀川町の住民代表、仁淀川町役場、消防、高知市地域防災推進課、高知県庁南海トラフ地震対策課地域支援担当、県危機管理部中央西担当ら45人で意見が行われ、仁淀川町的集会所を活用した「仁淀川町防災キャンプ」の開催が参加者全員の賛同を得て決定しました。しかし2024年は台風の雨で中止になりました。(4)

 2025年8月23日・24日に泉川多目的集会所にて31人が参加し、宿泊を伴う「仁淀川町防災キャンプ」が地元の仁淀川町の皆様も多数参加いただき行われました。

「事前の交流が最も重要」“防災キャンプ”で広域避難の課題探し 高知市の自主防災組織が初開催
| TBS NEWS DIG (1ページ) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2157740(テレビ高知)

ここまで来るのに着想時(2011年4月)から14年経過しました。提唱した町内会の役員5人のうち2人はその間に死去され、2人は健康問題で出席できず、役員は1人だけの出席でした。もう少し行政側が早く対応いただきましたら、皆が喜んで参加いただいたのに残念です。(写真は2025年8月23日の仁淀川町防災キャンプの様子です。)
(上左はキャンプファイヤー前の様子。上右は折りたたみ式ベットと個別テント組みたて


下左は地元区長の挨拶です。下右は鳥形山を水源とする泉川。清流で水温は冷たい。)
「仁淀川町防災キャンプ」は大成功でしたが、問題は何も解決していません。仁淀川町内でサテライトオフィス、セカンドハウスは未だに確保できていません。地元事情があると思います。今後も慎重に地元の皆様のご理解を得て進行させます。
 長者地区では2025年3月に地域の長者小と長者保育園が廃校になりした。
地元の皆様と真摯な意見交換をして両地区がWINWINにしたいものです。 (5)

下知地区の事業所各位への呼びかけと参加依頼

同時に下知地区の企業経営者、事業所に呼びかけ、「2拠点生活」を推進するように働きかけをします。2026年1月半ばに高知市城東地区(下知地区を含む)法人会会長から「下知地区の事業者を集めるので、事業継続力強化計画づくりの必要性と、地域内の中小零細企業の事業継続を目指す、「広域疎開(例えば仁淀川町の)」や「2拠点生活」の実現のための提案をしてほしい。」と依頼されています。

大人の下知地区津波避難ビル巡りや、事業者向けの防災減災講演会の依頼ですので、下知地区減災連絡会とも連携できるような形にしたいと思います。   

 従来型の「避難所生活」→「仮設住宅暮らし」(高知県は応急仮設住宅用地を未だに50%しか確保できていません。)など被災者皆が県内で現状では避難生活ができないのです。その現実があるためか、高知県庁も高知市役所も私たちが2011年から仁淀川町の住民の皆さん方とやってきた「もしもの時に備え顔の見える地域間交流」に、仁淀川町長者地区・泉川地区の住民皆様や仁淀川町役場の皆さんも、気長に支えていただきました。

 ただし現状は発案から14年もかかり地元の皆さんも多数参加した「仁淀川町防災キャンプ」をやっただけです。これからが本番です。行政側も懸命に頑張ってはいただいていますが、被害想定が甚大なので追いつかないのが現状です。地域住民も事業所も「手をこまねく」ことなく「やれることから実行」することをしませんか。そして地域同士、事業所同志連携をしませんか。孤立せずに皆が知恵を出し合えば解決できることもありますから。

 また遠慮なく支援をしていただきようにしましょう。地域全体で「受援力」(支援を受ける力)を意識しつけましょう。

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2025.12.11

高知県下自治体の「広域避難訓練の現状」について


 11月s-576023986_1168569632086488_7676457286785544345_n (1) - コピーまで会社にとっての懸案事項があり全力で取り組んでいました。下旬に懸案事項は解消されました。それで12月は高知県下の自治体の防災部署を可能な範囲で車で巡回しました。
 
 12月2日にいの町本川地区や越知、佐川、いの町を巡回したおりに仁淀川町役場に寄りました。12月5日は香川と徳島三好を訪問。
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 今週の12月8日・9日は高知県西部を巡回し、12月10日は香美市から南国市、香南市、芸西村、安芸市まで巡回していました。仕事のついでに市町村の防災部署も立ちより広域避難の現状を聞きました。

①高幡地区 津波被害が想定される須崎市は、山間部の津野町と梼原町との広域避難協定を締結されています。(須崎市-津野町-梼原町と回りました。)

 津野町から中土佐町へ抜け、四万十町-黒潮町-四万十市を訪問しました。

②幡多地区 津波が想定される宿毛市、土佐清水市と宿毛市と山間部の三原村が広域避難協定を締結されています。(四万十市で1泊し、宿毛市-大月町-土佐清水市-三原村と回りました。)
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③芸西より東の安芸市から東洋町までの県東部市町村も広域避難協定はあるらしい。自治体なので避難住民が域内ではみだしたときに受け入れるという協議はしているらしい。

→10日は香美市-南国市-香南市-芸西村-安芸市を回りました。

→①②を確認しましたが、現在開校している山間部の小中学校の体育館などや公民館などに沿岸部住民を限定的に受け入れるとか。
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 該当自治体で避難所の収容人数を超えた場合に、「広域避難協定」で自治体を超えて避難することになっています。
具体的には須崎市と津野町は1度広域避難訓練をしたとのことでした。

→②と③は構想段階の話のようです。(広域避難協定書はありますが、短期間の受け入れを前提とした「広域避難協定」のようでした。

それゆえ「一歩踏み込んで」いただきました仁淀川町の皆様、役場の皆様には感謝をするばかりです。

 現状ではなかなか「言葉は通じない。」と思いました。
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チラシと案内文と、坂本さん作成の広報下知減災36号を配布もしました。

力不足を感じた訪問活動でした。

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2025.12.10

日本各地のミスマッチを憂う


 日本各地では「少子高齢化」が急速に進展し、地方の山間部などでは「過疎高齢化」がどんどん進行しています。先日も親しく地域交流している地域の保育所と小学校が、少子化を理由に廃校になり、統合され地域の宝である子供たちは、遠距離通学しないといけなくなりました。地域の核施設である「小学校・保育所:の閉校は辛いです。

 一方で聞いた話。大阪府の近郊都市に住む共稼ぎの30歳代夫婦は、奥さんが育児休暇を取得していますが、ほどなく期限が切れるそうです。育児休暇中に地域の保育所への入所手続きをしましたが、保育所に子供さんが入ることができないことが確定したようです。奥さんは会社側に育児休暇の延長を願い出ましたが、会社側に拒否され、退職することになったとか。なんだか釈然としない話です。

 都市部に保育j所へ入所できれば、職場にも奥さんは復帰でき、第2子の誕生もありえますが、育児休暇切れを理由に、「雇い止め」をされたら、生活のほうも大変です。都市部は地方より給与所得は高めですが、家賃も高く、子育て中の若夫婦の「優しくない」社会となっています。これでは子供が増えるはずはありません。

 一方で地方は一段と少子化が進行しているので、こちらも遠距離通学になると、働き続けることも難しい。保育所に入所できる地域で職を探して転居する人も多いと思います。なんか日本全体が「人にやさしくない社会」になっていますね。なんとかならないのでしょうか?

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2025.12.09

84年前の日米開戦日

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 今から84年前の1941年12月8日に、日本軍はアメリカハワイ州の真珠湾の米海軍基地を奇襲し、多大な成果を上げた。
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 アメリカは直ちに日本に宣戦布告を行い、巨大な経済力をフル稼働させ、兵器を増産、戦地に投入し、日本軍を徐々に駆逐していきました。そして1945年8月15日に日本はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏をしました。

 なにゆえに圧倒的な経済格差のある米国に対して戦争をしかけたのか。最近のドラマでもありましたが、若くて優秀な官僚や企業人、軍人を集めた「総合研究所」の日米開戦のシュミレーションでは「日米開戦では大敗北」「同盟国ドイツも敗北する」と結論していました。

 優秀な人材を集め、戦争はしてはならないとの結論を政府は無視し、無謀な世界大戦を仕掛け、無残に総合研究所の結論どうりに惨敗しました。
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 今年は敗戦から80年。昭和100年です。昭和20年までは日本は戦争ばかりしていました。そして無残な敗北。皆が懸命に働き経済大国になりました。しかしこのところ「勇ましいことを言う」政治家や評論家の声が大きい。
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 戦争体験のないリーダーがけしかけ、煽り立てていますが、彼らは絶対に戦地へ行くことはなく、責任も取りませんから。信用してはいけないのです。

 敗戦後天皇は「戦地の慰霊の旅」をされています。平和に対する熱意を天皇家からは感じます。一部の政治家たちがやたら「台湾有事」だとかありえない話を増幅し、戦争を従っています。危険極まりないと思います。
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2025.12.08

「台湾有事は抑止できるか」を読んで

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高市首相の国会での発言から、中国の独裁者習近平が激怒し、日本に対して経済的な嫌がらせをしています。ようやく復活した日本産水産加工品の輸入禁止。日本への観光旅行の自粛措置。中国国内での日本人アーティスト(浜崎あゆみ等の公演禁止措置)など経済的損失は少なくはない。

 3週間前に台湾問題の書籍を図書館で5冊借りてきました。公私ともに多忙でなかなかよくことが出来ず、貸出延長をお願いしました。この度よぴうやく1冊を読み終えました。
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「台湾有事は抑止できるか」(松田康博・福田円・河上康博編・勁草書房・2024年10月刊)を読みました。

高市発言前の書籍でした。文章は簡潔ですが、「軍事オタク」的な記述や、国権主義的な記述、」が多く、読む気が失せて、とぎれとぎれに読んでようやく読み終えました・私にとっては読み辛い書籍でした。

 扉の裏に記述している事柄はこの書籍のテーマでもあるようです。
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「台湾に関する武力行使を放棄せず、純然たる平時でも有事でもない「グレーゾーン」での攻勢を強める中国・習近平政権。

 それに対しアメリカは同盟国・同志国と共に台湾防衛への関与を強化する構えをみせ、緊張は高まっている。

 そもそも台湾はなぜ重要なのか?はたして台湾海峡で戦争は本当に起こるのか?
また、中国の侵攻作戦と台湾の防衛作戦はどんなもので、戦争が起きた時のアメリカの台湾支援や国際法上の課題がはどのよいうなものになるのか?

 そして、ロシア・ウクライナ戦争から引き出される教訓とは?各分野の第1人者と自衛隊幹部の第1人者と自衛隊元幹部のコラボレーションで徹底分析!日本がとるべき戦略を導き出す。」

 それぞれの項目は、難しく、専門性が高く、なかなか理解することが難しい。

 そもそも論からいきますと、1945年に日本は世界大戦に惨敗し無条件降伏し、50年統治していた台湾を放棄しましたが、連合国側の相手は国民党中国の蒋介石政権でした。1949年に中国の内戦で中国共産党の毛沢東が勝利し、敗れた蒋介石は台湾に逃れ、台湾海峡を挟んで対立関係が続きました。

 冷戦時代はアメリカや日本、韓国は、台湾を「抑止力」として支援し続けました。ところが1972年になると日本とアメリカは、台湾と断交し、中国共産党政権を承認し、台湾は国連からも追放されました。
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 14億人の人口と広大な国土を有する中国本土と、2200万人の島国台湾を比較すれば、経済市場を考慮すれば、あざとい商売的な感覚で中国本土政府を承認し、台湾を捨て去りました。

 1972年ころは中国は文化大革命のめちゃくちゃな時代。4年後に独裁者毛沢東が死去し、10年続いた狂気の文化大革命は終了し、実務派の鄧小平が復活し「改革開放政策」を実施し、外資の導入をしました。

 当時は日本と中国は歴然とした経済格差があり、日本の当時の大企業経済人たちは、ほとんど無償で経済支援し、高度な製造技術も惜しげもなく与え続けました。鉄鋼や造船、家電、などは技術者を中国に常駐させ、また中国の留学生たちを日本の各製造業の経営者は受け入れ、惜しげもなく技術を教えました。

 高知のような田舎にも中国からの留学生が20年ほど前までは来ていました。当時の日本の経営者たちは戦争で中国に迷惑をかけた。しかも中国は賠償金はいらない。その代り日本の技術を教えてくれとのリクエストに応え続けました。

 その惜しげもない技術供与は20年程度継続され、中国は経済大国になり、今や日本の数倍の経済規模になりました。一方「見捨てられた」台湾も先端技術をアメリカや日本から学び、今や半導体大国となり、世界中の先端企業にとってはなくてはならない存在となりました。

 アメリカも日本も中国を承認する一方で、台湾に関してはアメリカは議会で「台湾関係法」を成立させ、台湾への軍事支援や先端兵器の供与も行い、軍事顧問まで派遣しています。国交がないのに、アメリカや日本の国会議員が台湾を訪問しています。

 ダブルスタンダードも甚だしい。中国はその行為に猛烈に抗議しています。アメリカは無視しています。」

 習近平の立場からすれば、2027年が中国人民解放軍設立100周年。それまでに台湾を併合し「統一」しないとご自身の独裁政権の正統性がなくなる危機意識があります。

 西欧諸国各位は、中国との交易や対話をしながら、台湾とも友好関係を経済を中心におこなっています。「曖昧戦略」を取り続けてきました。しかし独裁者習近平の自己都合からすれば、2027年危機が「台湾有事」になる可能性が高い。

 地政学に言えば、中国は大陸国家で古代から大国を形成しyてきました。このところ海洋大国を目指しています。中国からすると台湾と日本は太平洋に進出するときの邪魔な存在。しかも日本には米軍基地までありますから。

 中国が台湾を見習い民主化すれば、どの国も台湾との統一を支持することでしょう。今の独裁主義・覇権主義の身勝手太国の中国が台湾を支配すいることは辞めてほしいと思います。

 現実的に考えて軍事的な台湾進攻は困難です。ただ台湾は民主主義ですから、中国との統一を唱える政党が政権を獲得することから台湾有事の可能性は出てきます。
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 台湾が「中国化」すれば、日本もアメリカも韓国も東南アジア諸国も皆困る。現状維持が1番の平和。中国政府は諦めるべきでしょう。

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2025.12.07

海の散帆は最高でした。


 2025年12月6日(土曜)は、早朝のリハビリウォーキングの時間帯は、南国高知でも1度でした。昨日が同じ時間帯で3度でしたから、このところ1番寒い朝でした。
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 しかし天気図を見ますと日本国全体が移動性高気圧で覆われています。しかも寒気団は今週末は南下しないとの予報。天気図からは「年寄りに優しいお天気」ということが理解できましたので、急遽夜須に「海の散帆」(帆走)に行くことを決断しました。週明けの月曜火曜は出張で1日中車で移動。日曜に帆走すると疲れがとれないまま出張になるので、年寄りにはリスクが高い。前日は高松・徳島日帰り出張で、帰りは日暮れになっていました。
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 今朝のリハビリウォーキングを軽めに(4000歩程度)してから、夜が明けた時点で、海の散帆の着替えやウェットスーツやライフジャケット、ヨットのシートロープ類とか、セールなどを車に積み込みました。夜須についてから訪でお結びと卵焼き(700円)を昼食用に購入し、保冷箱に入れました。

 ハーバーに到着しますと、皆ビーチでごみ拾いしていました。「ビーチクリーン」だそうです。遅れて参加しました。それで艤装や、海へ出るのが遅くなりました。でも天気は温厚なので慌てません。ゆっくり艤装し、ウエットスーツに着替え海へ出ました。
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 海は波も風も穏やかでした。本当に「年寄りに優しい海でした。それで昼食後も海の出ました。海の上での写真もたくさん撮れました。デジカメも調子がいいようです。

帆走の写真も撮りましたが、うまくとれたかどうかはわかりません。
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今日は朝から夕方まで子供のように海で遊びました。多分w2025年の「乗り納め」んいなるので精一杯海の上にいました。最高でした。
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 脳幹トレーニングをたっぷりしました。

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2025.12.06

香川と徳島を巡回しました。

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 2025年12月5日は、年末のあいさつ回りで香川と徳島へ車を運転していきました。
高松市内の得意先を回りました。高松は風が冷たく寒い。
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 お昼は屋島にあるわら屋といううどん屋に行きました。久しぶりでしたので、建物が新たに建設され、駐車場の場所も変わっていました。

 係の人に聞くと四国村の展示館ができたとか。わら屋も入り口が様変わり。釜揚げいうどん大(950円)を食べました。コロナ渦中は来ていないので6年ぶりではなかったかと思います。
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 帰り際にまんのう町と三好市の知人宅を訪問しました。
 幸い県境付近に昨日降った雪は溶けていました。昨日の出張予定を変更したのは正解でした。
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2025.12.05

みなかみ温泉は雪景色に

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 2025年12月4日ですが、昼休みにうどんを食べながら、テレビで、TBSのひるおびを見ていました。
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 すると「群馬県みなかみ温泉からの中継です。すっかり今日は雪景色になりました。利根川沿いも紅葉が残る中での雪景色です。

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「雪は温泉街にも、道路にも積もっています。道の駅も雪です。」
とレポートしていました。
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 みなかみ温泉といえば、50年の付き合いがある大学時代のサークルの同窓会を2泊3日でやったところでした。紅葉が綺麗でした。


 


http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2025/11/post-3abc7d.html (70歳代の大人の遠足・同窓会に行きました。)


 


 一山超えたら新潟県ですから、雪は降るだろうと思っていましたが、想像以上です。
 雪景色も素晴らしいですね。
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2025.12.04

12月2日の山間部巡業

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 山間部を、回っておりました。午前中は本川に行きました。一般道路では遠いし、寒い。12度しか午前11時でありませんでした。
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 ダムの水も少なくなっていました。擁壁工事はいたるところで行われ片側通行が多い。でもメンテしないと崩落するので大事な工事です。
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長者の大銀杏に会いに行きました。
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本川で11度でしたが、仁淀川町長者へ来ると暖かい。

 農村レストランだんだんの里で昼食を食べました。チキン南蛮でしたがおいしいです。

 大銀杏も半分葉っぱが残っs-592343829_2353295988451738_153854843586194140_nていました。幸運でした。帰り越知町、佐川町、いの町と立ち寄り帰りました。

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2025.12.03

中国はなぜ大げさに意地悪するのか?


 高市首相の国会審議中の「台湾有事は日本の存立事態」であるとかの発言で、中国の独裁者習近平は激怒したことで、独裁者を忖度する各部署のお役人たちが、日本経済に打撃を与える意地悪を繰り返している。水産加工品の輸入停止。中国人観光客の日本への渡航自粛勧告。中国各地でのコンサートの中止勧告など、それぞれの役人がばらばらに独裁者習近平への忖度で意地悪を来るかえしている。

 中国にすれば「台湾統一」が国是であり、国防軍と言わず、軍隊が「人民解放軍」と言い続けているのは、台湾を開放していないというのが中後kジュ共産党の理屈らしい。台湾の人達2200万人の95%は中国大陸と同じ漢民族jだから、統一を望む人たちもいれば、自由を謳歌したいから共産国に支配されるのは嫌だという人たちも多くいると思いますね。

 ただ香港などと違い海を隔てているので、軍事作戦は難しい。台湾政治を揺さぶり、台湾選挙で「中国との統合」を願う政党が政権を取らない限り難しいと思います。そのあたり独裁主義政権は「民意を無視して」なり立っているから、。民意を動かすことなどできやしない。」

 となるとなぜ高市首相は「こうなるとわかって」「勇ましい発言」をしたのでしょうか?それにしても水産加工業者や観光会社、航空機会社、音楽業界がこうむった損害も半端ではないでしょう。この経済損失に高市内閣は補填しないのでしょうか?
 中国は日本の数倍の経済規模ですから、意地悪もいくらでもできますから。でも経済的に存するのは日本側ですから。

 しばらくは「冷たい」関係が続くことでしょう。公明党の政権離脱の影響はとてつもなく大きいと思います。

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2025.12.02

最高の海の散帆でした。

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2025年11月30日。11月最後の日曜日は、移動性高気圧に覆われ。年寄りに優しい「温厚な天気」になりました。11月は公私ともに多忙でありました。ストレスまみれになりましたので、海へ行くことにしました。
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 ヨットは「脳幹トレーニング」になります。脳外科の先生に言われました。
海の上での五感六感を総動員しながらセーリング(帆走)しますが、それが体幹を強くし、脳幹も鍛えられ、心身の疲れも癒されます。
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 また今日は嬉しいことがあります。長らくメーカー修理に出していたデジカメが戻ってきました。すでに廃盤になっていましたが、キタムラの5年保証(4年目でした)でメーカー修理してくれました。負担は902円。

 ただバッテリーがないので中古品を購入(こちらは1年保証)。昨日充電して海の散帆に使いました。海の上の写真も撮りまくりました。ですがいい写真はあまりとれませんでした。しかも午後から風が上がり、撮影どころではない状態に。ハイくアウトしてヒールをつぶしながらのセーリング。気持ちがいいですね。

 昼に1度ハーバーに上がりました。訪れのおむすびと卵焼きが美味しいです。本当に小春日和でした。
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 午前も午後も最高のお天気。午後からは高知大学医学部ヨット部も帰りました。久しぶりのワンマンセーリングでしたが、風がよく、時に強く吹き、楽しく帆走しました。11月は4回も海の散帆を楽しみました。疲れも取れ、首肩の凝りや、目の疲れも治りました。
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 12月もなかなか多忙ですが、チャージしましたので乗り切れますね。 

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2025.12.01

左翼政党はなぜ衰退したのか?

 最近の日本の政治状況は「危うい」のではないかと私は危惧しています。
長らく政権政党であった自民党は。昨年「党内野党」と言われた石破茂氏が総理総裁になりましたが、直後の衆議院選挙、東京都議会選挙、参議院選挙で過半数を確保できず、26年間連立を組んできた公明党を合わせても過半数割れとなりました。

 それで自民党の党員・党友から「解党的な出直し論」(今にしても意味は不明)ですが、大騒ぎを起こした挙句、極右と言われる高市早苗氏が総理総裁となりました。その過程で公明党が26年続いた連立を解消、よくわからない右派政党の維新との連立で政権を維持しました。国民政党であった自民党は終焉し、対米隷属とレイシスト(人種差別主義)の政党になりました。26年連立を組んできた公明党が離脱し、代わって大阪ローカルの維新との連立政権になりました。

 先日の予算委員会で、野党議員の質問に「台湾有事論」を展開した高市首相。早速独裁国家中国は例によって大批判を行い、日本産水産品の禁輸、日本への渡航自粛措置を発令したり、意地悪に余念がない。日本の数倍の経済規模が中国はありますので、意地悪はいくらでもできます。

 高市内閣は「積極財政」と「大型補正予算案」を出しましたが、外人投資家を主体とする
投機筋は「円売り」「国債売り」に回り、更なる「円安」「長期金利高」を生み出し、この経済政策では、「日本国債の格下げ」が必至で思いますね。国際信用率が低下します。

 ところが円安で物価高になり、消費税収入と企業の法人税収入が伸び国の増収となる現象に。しかしそれは物価高で苦しんでいる国民からの「収奪」にすぎません。

 相変わらず高市政権は「企業団体献金」を受け付け、大企業や富裕層には減税を続けている。高市首相がモデルにしているという安倍政権下でも「トリクルダウン」は全く起きず、日本経済は衰退しました。格差が拡大し、所得が伸びず、大企業を甘やかし、新製品開発投資は起きずませんでした。内部留保は拡大し、賃金も上がらず国民は貧困化し、いい思いをするのは富裕層と株主だけです。いくら株高であると言っても大多数の国民には関係ない話ですから。

 高市首相が「候補者」時代に唱えていた「消費税減税」もしませんね。日本経済の5割を占める個人消費を無視し「危機管理経済」と称し、特定の大企業(多くはゾンビ企業)を優遇する政策をしていますね。景気は良くならないし、国民の所得は永遠に増えません。

 原発の再稼働などは、ゾンビ企業の東芝,日立、三菱重工などの「救済策」をただ国民の税金でやるだけ。災害大国日本では原発は危険極まりない。敵性国家から原発にミサイルでも打ち込まれたら、日本は放射能汚染で住めなくなります。「危機管理内閣」というが、ロシアや北朝鮮、中国のミサイルから日本の原発を守れるのだろうか?

 しかしわからないのは。まさに日本を滅亡させる政策ばかりしている自民党高市内閣。野党は何をしているのか?
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 いわゆる左翼政党はなぜ国民の支持を得られないのか?何を彼らはしていて、なぜ国民の支持を得られないのか?少し考えてみました。ウキペデァに解説記事があります。

日本社会党
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%85%9A

日本共産党

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A
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日本の新左翼


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%96%B0%E5%B7%A6%E7%BF%BC

 
いわゆる老舗の社会党、共産党。社会党は全盛期には衆議院で166議席ありました。1958年でした。共産党は39議席(1979年)でした。1960年代後半から70年後半にかけて、東京、大阪、京都などの大都市でも社共共闘で「革新自治体」が登場し、社会党と共産党連立し政権を取るという「民主連合政府」も共産党から提唱されていました。しかし「構想」だけに終わり実現しませんでした。

 「国難」状態にもかかわらず社民党(社会党の後継政党)は、いまや「絶滅危惧種政党」になり、共産党も議席を減らし今や1桁政党。国民の支持を集まることができません。」
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 それは私は常に「自分たちだけが正しく、あとは間違っている。」という独善性から一歩も出ていませんから仕方がありません。そのあたりの独善性や排他性は激しく、些細な違いで争います。批判や攻撃の矛先が国家中枢に向かわず、身近な左翼政党に向かい対立ばかりしています。「小異を捨てて大同につく」ことが出来ません。あくまで「小異」にこだわり争い続けているのが新旧の左翼政党ですね。

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