« 2026年7月 | トップページ | 2026年9月 »

2026年8月

2026.08.31

紙媒体二葉町防災新聞9月号

s-二葉町防災新聞9月号1 001
 2026年8月22日(土)・23日(日)で、第2回仁淀川町防災キャンプを実施しました。場所は高知市と仁淀川町が、広域避難協定(2022年締結)した仁淀川町の広域避難所である長者地区で行われました。被災する前に広域避難所への避難訓練と宿泊訓練は全国的にも例がないと思います。

 それが可能であった原因は、高知市二葉町は2012年から仁淀川町長者地区・泉川地区とは、「もしもの時(大災害後)疎開を前提とした顔の見える地域間交流」を15年間継続してきた実績があるからです。

 2022年に高知市と仁淀川町との広域避難協定が締結されました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2022/11/post-702155.html
(高知市民の「疎開先」が出来ました。)

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2024/03/post-5dc5d3.html
(高知初の疎開訓練(広域避難訓練)が1月20日に実施されました。)

 そして翌年の2025年に仁淀川町泉崎多目的集会所で第1回防災キャンプが実施されました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-bfffaa.html
(仁淀川町防災キャンプはとりあえずは大成功(その1)

 そして2026年に第2回仁淀川町防災キャンプを実施しました。
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2026/08/post-22e428.html
(第2回仁淀川町防災キャンプ無事終了)

 今回は31人御参加者があり、19人が宿泊しました。

 二葉町内の参加者は5人でした。もっと今後は参加していただきたい。3年間で3回の広域避難、宿泊訓練、地元の皆さんとの真摯な地域間交流など「前例のない」成果もありました。二葉町の皆さんにも知っていただきたいので紙媒体二葉町防災新聞9月号をこしらえてみました。町内会回覧板でまわします。

| | コメント (0)

2026.08.30

水難事故防止の教育は必要

s-水難防止学校の対策 001
 立秋が過ぎても残暑が厳しい。40度を超える「猛暑日」も珍しくなくなりました。学童が夏休みに入ると水難事故が目立ちますね。海や川での遊泳中の事故が多い。


 


 一方で学校での水泳の授業が減少し、泳げない状態で大人になる事例が増えるようですね・高知県では高知市立長浜小の児童がプールでの水泳授業中に亡くなる事故があり、指導教員が有罪になる判決も出ました。


 


 学校プールが老朽化し、多額の補修費用がかさむようで、授業そのものを中止する学校も多いという。私事ですが、私の場合父の転勤で小学校を5回も転校したことがあり、うち2校は学校にプールがなく水泳の授業は川での水泳でしたので、泳げないまま小学時代を過ごしました。中学になって泳げるようになりました。


 


 クロールができるようになったのは社会人になってからですから。


 


 日本経済新聞の記事も、水泳指導の在り方が変化したようですね。
s-DSCN8222
 結論はライフジャケットをt正しく着用し、大人も子供も水遊びすれば水難事故の確率は格段に減りますから。泳げなかった私は32歳からヨットを始め、いまや40年も海で遊んでいます。安全対策をきちんとやれば、海では遊べますから。
s-749355815_2559985904449411_4279175114327659017_n

| | コメント (0)

2026.08.29

知事はやんちゃでなくちゃ

okinawahaka
 その言葉を聞いたのは、ちょうど20年前に沖縄へ行ったときに、沖縄のジャーナリストである義弟の友人と、友人と親しい経済人から聞きました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/.../2006/06/post_ba08.html
(自立的発展の方程式)

「基地と公共事業と観光では外部的な要因が多く、沖縄へ永久に自立できない。」「基地経済が1500億円。物産関係は1300社の零細企業と、1000億円の関連売り上げがある。まもなく基地経済の規模を上回る事だろう。」
miyagi-hon
「時代を「ナショナルブランドからローカルブランド」の時代が到来したと読み、銀座の1等地に140坪の店舗を1200万円の家賃で沈滞し、まかなえる経営計画や実行力は只者ではありません。「銀座でなければいけなかった。新宿、渋谷、池袋では失敗しただろう。」との信念は一体どこから来たのでしょうか?

 宮城さんを紹介いただいた玉城朋彦さんは「やんちゃでなければ駄目な時代。知事なんかも政府の言いなりでは傀儡でなめられる。政府に楯突いて要求していけばもっと予算も取れるし面白い。宮城さんは物産公社を大黒字にして県庁に追い出された人。橋本知事も最近おとなしいですかどうなっているの?」と聞かれたことでした。
82744cfe
 文化や歴史や伝統にこだわることが価値を生む。それを繰り返し宮城さんも玉城さんも言われていました。これは高知にとっても大事な方程式であると思いました。
 基地移転問題で揺れる沖縄。「基地経済は経済効率が悪い。40%は流出するから」と言い切るご両人に沖縄の逞しさを見ました。
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/.../09/post-d906c4.html
(知事は”やんちゃ”でなければ)2022年の記事

政府自民党の言いなりの自民党系の知事では、沖縄は常に軽視されます。関心も薄くなりますね。」
「むしろ野党系の知事の方が、政府自民党も沖縄と真剣に対峙するので、いい。本当の意味での対話ができますから。だから知事は”やんちゃ”のほうがいい。

 2006年に沖縄へ行き、義弟の友人で長年放送業界でジャーナリストの玉城朋彦さん(故人)とわしたショップ(沖縄県物産公社)立ち上げた宮城広岩さんの独自の見解でした。

 政党の組み合わせでは対立候補の自民党系が圧勝。ですが、そうなるかどうかはわかりません。
 案外接戦になり、現職が逃げ切るのではないかと思います。でもわかりません。
tamaki

| | コメント (0)

2026.08.28

防災キャンプが地元紙に掲載

s-仁淀川防災キャンプ・高知新聞記事 001
 高知新聞2026年8月27日号にて「住民広域避難を想定 仁淀川町で宿泊訓練 高知市の30人」という小さな記事が掲載されました。(8月22日・23日と第2回仁淀川町防災キャンプが仁淀川町長者地区で開催されました。)

 2011年から二葉町と仁淀川町の「橋渡し役」をされ、とくに長者地区との絆づくりに多大な貢献をされている荒木三芳二葉町自主防災会副会長が取材されていました。
「訓練は施設の点検する意味がある。地区のみんなでここに避難できれば、コミュニュティが分断されずに孤立が防げる。今後も続けていきたい。」と的確に「仁淀川町防災キャンプの意義目的」を話しています。 

 また写真には、宿泊場所に今回指定されました長者公民館にて、昨年防災会で購入した折りたたみ式ベットをくみたてています。利用した参加者は熟睡できたと言われていました。

| | コメント (0)

2026.08.27

新左翼・過激派全書を読んで

s-DSCN8723
 「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」(有坂賢吾・著・作品社・2014年刊)を図書館で借り、2週間の貸し出し期限内に読み切りました。

 著者の有坂賢吾氏は、なんと1991年生まれとか。35歳である。私の子どもたちより若いひとです。運動の実体験者でないので、客観的に根気強く新左翼のセクト(党派)の機関紙などを収集し、分類できたのであろうと推論します。

 私の場合は1968年(中学3年)時から、1976年(大学4年)まで、新左翼運動、社会運動から、多大な影響を受けてきました。田舎町の中学生・高校生は、当時の社会運動の渦の外周にいて、1番楽しいはずの「青春時代」のはずが、高校は卒業できなくなり、大学はまともに学校へ行けなくなり、情けない時代を過ごしました。
s-herumextuto
 「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」を一読して、当時の学生時代に関わりのあったセクトのいくつかは登場しています。書いてある主張や、組織の規約を読みましたが、「共感」できる主張は全くありませんでした。じつにつまらないし、全く共感を覚えません。

 特に違和感を感じた部分は「党組織論」について書いている個所でした。

どこのセクトとは申し上げませんが、以下のような記述がありました。

「同盟員の基本条件

〇同盟員はマルクス・レーニン主義を学び、その創造的発展のためにたたかわあにといけない。

〇同盟員は個人生活を同盟の政治生活に従属させなければならない。

〇同盟員はいかなる場合にも同盟の決定を無条件に実行しなければならない。

   中略

 同盟員の組織原則と組織構成

〇同盟の組織原則は民主集中制である。

〇同盟の下級機関は、上級機関の決定に従わなければならない。

〇指導機関に対して自分の意見を述べることができるが、いかなる場合でも、決定には無条件に従い、実行されなければならない。」

 いくつかの主義主張の異なる新左翼のセクトの規約を複数散見しましたが、「似たり寄ったり」の規約でした。

 私見ですが「マルクス・レーニン主義」という表現や考え方がそもそも間違っている。最近のマルクス研究によれば、カール・マルクス自身は「おおらかな」党運営体制を目指していたという学識者もいます。
s-092660c3
「マルクス・リバイバル」(マルチェロ・ムスト・著・斎藤幸平・佐々木隆治・監訳)を最近読みました。

そこには「神格化」されたマルクス像ではなく、おおらかなマルクスがえががれています。

「もし共産主義がより高度な社会の形をめざすのであれば、「各人の完全で自由な発展」のための条件を促進させなければならない。
 そのためには共産主義を、多くの「共産主義国家」が、そのプロパガンダにおいて掲げてきた「プロレタリアート独裁」と等置する代わりに、「自由な人間たちのアソーシェーション」というマルクスの言う共産主義社会の定義を再検討する必要がある。」(序章P3)

「1人の自由な発展が、万人の発展となりうる新しい共同体づくり」です。レーニン主義の(スターリン主義)の「1人は万人のために、万人は1人のために」という矮小化された党幹部独裁主義(民主集中制)という仕組みが全世界で共産主義や社会主義を矮小化させ、堕落させてしまった思います。
s-asamasansou
 日本社会でいえば旧社会党や共産党、それらの既成政党を旧左翼として批判してきた新左翼セクトもやはり組織特性は「独裁的」でした。70年代は「連合赤軍事件」や「凄惨なセクト同士の内ゲバ殺人」を繰り返し信頼を失い消滅しました。

 最近読んだ著作では「獄に暮らせば 21年7か月の獄中日記から」(重信房子・著・作品社・2026年刊)を読みました。

 重信房子さんは歴史の証人の1人です。1965年頃の明治大学2部での学生運動へのかかわりや、神田カルチェラタンの楽しさ、社学同から赤軍派への関り、1971年に中東レバノンに移動、30年おられました。日本に帰国後逮捕され、22年間獄中生活されました。運動論の誤り、方針の誤りも率直に認められています。
s-5168223b (1)
 重信房子さんお「手記」からすれば、「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」は、無味乾燥な記録です。運動体験のない、若い人が「記録」して新左翼の運動を表記したことに価値がありますね。

 私の感想ですが、いまはどの新左翼のセクトにも共感はありません。「50年前はどうしてこんなレベルの低い、自由度のない新左翼セクトに影響を受けていたのだろうと思いました。」馬鹿でしたね。世間知らずでした。

 後年30歳代になり、人から勧められてJC(青年会議所)に入会し、9年間活動したことがあります。自由度の高い組織体でしたので、当時は「都市再開発セミナ-」を3年間運営した事がありました。市民参加の概念は、アメリカの市民社会が先進的であることに衝撃を受けました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-b2b5.html
(「都市開発を考えるを」再読して)2010年

 当時の教本は「都市開発を考える アメリカと日本」(大野輝之・レイコ・ハべ・エバンス・著・岩波新書・1992年刊)でした、その中に「市民参加の梯子段」というアメリカの社会学者シェリー・アーンステインの定義がありました。

「アーンスティンによると、住民の参加とは住民に権力を与えることだという。また権力のともなわない「参加」はなきに等しいともいう。
s-siminsankahisigodan8dankaishin
 住民が住みたいと思い、こうあるべきだと考え都市を創っていくという目標を実行する力が与えられている、ということが真に「住民参加」のある都市づくりだというわけである。このような住民の力(権力)の度合いを大雑把にいって8段階に分類して説明しようとしたのが、アーンステインの「参加の梯子」である。

 最も最上段の住民権力が最強で、住民がコントロールを握ってその目標を果たしえる状態である。反対に、最下段は住民は都市づくりに対する彼らの目標を果たすに必要な権力は何一つ与えられない状態である。

 権力者たちが世論操作として、意味を曲解したまま「住民参加」とか、たとえば、すでに権力者側が決定した事項を黙認する役割しかない形だけの諮問委員会に、住民を任命することである。(形式的参加機会増大)

 引用が長くなりましたが、地方権力を掌握することこそが、真の住民参加なのです。そうした問題意識はこと高知市や高知県の役人も市民も皆無です。

 新左翼を含めた左翼勢力が衰退した原因は、「党組織が民主化していない」ことに尽きるのではないかと思います。いくらマルクスの思想が魅力的であっても、それを現実の社会で実現するための運動体やセクトが閉鎖的であり、独裁的であり、市民参加の要素を排除した形態であったので、社会から淘汰されたのではないかと私は思います。

 馬鹿な私がこう考えることになるのに「58年間」かかりました。

| | コメント (0)

2026.08.26

今年の台風の進路はおかしい

 大型台風18号は、東から真西に動いています。このまま行きますと8月25日から26日にかけて、沖縄本島直撃コースです。

 

 24日の時点で台風18号は、中心気圧940hP、最大風速中心付近で45m/s、最大瞬間風速65mとされています。

 

 今回の進路図を見ますと、自分たちの「常識」と思いこんでいる台風の進路は、フィリピン付近で発生し、沖縄・奄美地方から、鹿児島、から四国西部から関西方面へ進む台風が多かったように記録しています。

 

 それが今回の台風18号は、小笠原諸島付近で発生し、真西に進んできています。海洋上を動いているので、勢力は衰えません。沖縄・奄美は25日・26日は要警戒です。

| | コメント (0)

2026.08.25

生活を再建する訓練を日常化すべし

s-777824839_2594846957629972_2101125286287325854_n
 仁淀川町長者地区・泉川地区の住民の皆様、仁淀川町役場の皆様が多大な協力支援をいただきました。感謝以外ありません。
s-781525913_2594147304366604_8372201708441184902_ns-782144991_4016815128448663_4993669641413727781_n
 私たちはようやく15年間かかって「生活を再建するために広域避難(疎開)」訓練をすることができました。しかし実際に「生活を再建する」ためのサテライトオフィスや、シェアオフィス、セカンドハウスを借用する段階にはまだまだ行きついてはいません。
折り畳みベット、エアーベット設置
 「前例がないことをする」ことは行政側も企業側も苦手です。でも高知では前例のないことをやり続けないと「自分たちの生活を再建する」「自分たちの商売を継続する」ことは不可能であると思います。


 


 いまだに「避難所に何を持参するえばいいのか」「避難所で死なないためにはどうすればいいのか」ということばかりが報道され、防災専門家たちが発言はしていますが、避難所も避難生活も一向に改善していないのは何故か?防災専門家の言うとうりに日本社会は未だになっていませんから。


 


「生活を再建する」観点のない復興計画は駄目です。必ず失敗します。高知県・高知市では事業所の浸水地域外の高台移転事業は、「従業員数50人以上」の「高知では大手企業」に限られています。高知市では「20人以下の事業所が90%以上あります。「5人以下の事業所」も60%あります。
 ということは高知県庁や高知市の「災害復興計画」なるものは最初から事業所の9割を占める中小零細企業、自営業などを除外した「復興計画」ゆえに最初から失敗しています。
夕食会
 15年かかって信頼関係をつくりつつあります。「住むところがなくなって困ったら長者に来たらえい。なんとかなるき。」と言われました。お互い酔っぱらっていましたが、涙か出るほど嬉しかったです。
地域交流会1キャンプファイヤー2
 でもまだ「見える化」していません。今後は中小零細企業が山間部の皆さんと連携して、お互いが生き残る、生活を再建する仕組みを構築したいと思います。山間部は「人が居なくて困る」「下知地区は逃げ場がないし、水没したら再建は不可能な現実」がありますから。
防災キャンプ終了式2
 第2回仁淀川町防災キャンプの写真を並べてみました。すべては皆の「生活を再建する」「商売を継続する」と意識し行動することから始まります。
s-780648674_4016821645114678_7780231918022983931_n

| | コメント (0)

2026.08.24

第2回仁淀川町防災キャンプ無事終了

s-777824839_2594846957629972_2101125286287325854_n
 2026年8月22日-23日に仁淀川町長者地区で開催(長者小学校体育館・長者公民館・農家レストランだんだんの里前広場)された第2回仁淀川町防災キャンプは無事成功裏に終了しました。
 下知コミュニティセンターから持参していました折りたたみ式ベットとエアーベットを所定場所に戻しました。ほっとして、ドンと疲れが出ました。
s-775868741_4016816768448499_2244330520122414775_n
 長者地区の西森勇幸(だんだんクラブ会長)さんや、泉川地区の野々宮明昇(泉川地区地域区長)さんには一方ならぬお世話になりました。長者地区の皆さん方には感謝のしようがありません。
 書類上だけの「広域地域連携」や「広域避難訓練」ではなく、地域同士の住民各位の信頼関係があればこその「防災キャンプ」でした。防災関係者は「能書きや」「机上論」ではなく実践をすべきです。
s-782144991_4016815128448663_4993669641413727781_n
 南海トラフ地震で大きな被害を受ける高知市下知地域(二葉町など)と被災者を受け入れていただく地域(仁淀川町長者地区)の「被災以前の地域間交流会」です。多分全国的にも前例がありません。
s-776222581_2594847144296620_4332299683684378588_ns-777851623_2594847140963287_4541176033497407962_ns-777867255_2594847324296602_5373371022157225989_ns-777867252_2594847300963271_5618152512190217214_n
 つくづく実施してみて良かったと思います。なにがどうでどうなった。という総括はあとでやれたらする。事業の当事者の1人ですので、撮影した写真も偏っていますが。
s-782599187_4016822001781309_7122631366686363151_ns-775523840_4016821818447994_6725293477835016149_ns-780648674_4016821645114678_7780231918022983931_n

| | コメント (0)

2026.08.23

どうなる左派リベラル票の行方?

 
s-左派リベラル票の行方 001
 日本ではいわゆる左翼政党の退潮が著しい。かつての社会党は衆議院で160議席以上を獲得した時期もあり、衆参両院で200議席あったじきもありました。今や社民党は参議院で2議席のみ。無罪な衰退ぶりです。また102年になる日本共産党も衆議院で4議席になり「泡沫政党」になりました。

 日本では「れいわ新選組」が躍進した時期もありましたが、今年「創業者」の山本太郎氏が引退し、「いのちの党」に改名しました。

 また中道改革連合や立憲民主党の現職議員、元職らが参加した新たな政治団体「護憲リベラル共生(略称ゴリラ)」が19日、東京都内で設立会見を開くとのこと。

 2026年2月の総選挙で、立憲民主党は160議席以上あった議席が50議席以下と大惨敗。公明党との新たな政党中道へいくもの、離れるもの等立憲関係者はそれぞれのようですね。

 日本経済新聞の記事では、いわゆる左派リベラル票は16・4%、保守系の票は39%、中間わからないが44・5%というのが最近の有権者の動向です。

 従来政党の社民・共産党、旧れいわ(いのちの党)、ゴリラ(護憲リベラル共生)が、連携し躍進するのか、しょうもない「内ゲバ」を相変わらず繰り返して衰退するのか、動向には注目です。

| | コメント (0)

2026.08.22

仁淀川町防災キャンプの社会的意義とは

  2026年8月22日(土曜)、23日(日曜)は「第2回仁淀川町防災キャンプ」が仁淀川町長者地区で開催されます。


 


 「絵にならない」し、「すぐに結果が出ない事業」ゆえ、派手さはなく、いまだに改善されない「雑魚寝避難所」と、「復興事業後の急激な人口減少」がわかっていながら、誰も止められないし、学識者や防災アドバイサーは、「あれこれ言います」が、事態の改善にまるでなりません。なぜなのか?それは彼らに「生活を再建する観点が全くないではない。」かと思います。


 


 2026年は阪神大震災から31年、東日本大震災から15年、熊本地震から10年、能登半島地震から2年が経過しました。防災関係者(学識者・行政。防災アドバイサー)たちの関心事は「命を守る」(自助)「命をつなぐ」(避難所運営)などが大多数であり、「生活を再建する」観点はなおざりにされているように私たちは思います。


 


 その理由は、おおむね被災地の近くで、避難生活が可能であり、同じ県内で避難生活ができる事例が大半です。(福島原発災害の広域避難は例外)
 高知市二葉町では町内会役員(会長他4人)から東日本大震災の直後の2011年4月から「次の南海地震が起きたら二葉町は水没する。復旧・復興には長い時間がかかる。町民の命と生活を守るために、浸水しない地域との事前交流が必要だ。その地域を探してもらいたい。」と指令が出ました。 


 


  とんでもない難題でしたが、ようやく最近、二葉町町内会幹部の強い危機意識の理由がわかりました。当時(2011年)の町内会長は酒販店、副会長3人は、美容室が2人、あとは漬物販売業、元会長で初代防災会会長は仕出し店、弁当店経営されていました。
 つまり町内会幹部全員は、地域住民を相手にするご商売をされていて、自宅と店舗が共有になっています。私の場合は、小さな商社です。地域には得意先はありませんが、得意先に資材を販売し、県外にも得意先はありました。当時は倉庫に得意先の資材を在庫していました。


 


 南海トラフ地震で、店舗と自宅が水没すれば、商売ができないし、ホームレスになる。仕入れ先への支払いもできないし、銀行の借金も返済できない。また地域内で避難生活も困難であることが町内会幹部は皆全員が指摘していました。
 「生活を再建する」=「浸水しない山間部地域と交流し、疎開生活を送り、長期スパンで生活再建を考える場所を最優先課題でとの指令が出たのは当然です。
s-759632467_27682827861366738_8527482927220960456_n
(とはいえほとんどの日本御避難所は未だに「雑魚寝」状態ですから何の進歩もありません。)


 


 しかし「防災活動を主に行っている」行政職員や学識者の大半は「命を守る」「命をつなぐ」活動や、研究や支援に追われていました。「生活を再建する」ことを最優先して考え、訴え続けて来た二葉町は「圧倒的な少数派」でありました。「お気持ちはわかりますが、命を守り、命をつなぐ作業に追われているので、そこまで余裕はありません。」というのが防災評論家の皆様の本音です。永久水没地ではない地域の減災対策なら正解ですが、永久水没地区(長期浸水地区)での対策には全くなっていないことを理解していただきたいのです。(永久水没地という表現は岡村眞高知大名誉教授が高知市の海抜2M以下の低地の市街地をさしていう表現です。)


 


 2022年11月1日に、高知市と仁淀川町が広域避難協定を締結。仁淀川町管理の2か所の施設に高知市民260人の長期避難が可能になりました。


 


2025年8月23日・24日に泉川多目的集会所にて31人が参加し、宿泊を伴う「仁淀川町防災キャンプ」が地元の仁淀川町の皆様も多数参加いただき行われました。
s-s-25YN0823-085s-s-25YN0823-096
「事前の交流が最も重要」“防災キャンプ”で広域避難の課題探し 高知市の自主防災組織が初開催
| TBS NEWS DIG (1ページ) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2157740(テレビ高知)


 


ここまで来るのに着想時(2011年4月)から14年経過しました。提唱した町内会の役員5人のうち2人はその間に死去され、2人は健康問題で出席できず、役員は1人だけの出席でした。もう少し行政側が早く対応いただきましたら、皆が喜んで参加いただいたのに残念です。


 


 2026年の第2回仁淀川町防災キャンプでは、場所は長者地区になりました。今回は私たち防災会で購入した「折り畳み式式ベット」を18台購入しました。1台が14000円(税抜き)ですから、乏しい自主防災会の事業予算では大量購入はできません。
s-DSCN9770s-DSCN9769
 今回は皆それで宿泊訓練をします。反省会で感想を聞いてみます。これも「災害関連死」を防止する方法の1つですから。

| | コメント (0)

2026.08.21

中東危機は石油問題にあらず

s-湾岸諸国AI立国の危機1 001
 今年3月にアメリカとイスラエルのイランに対する奇襲攻撃、だまし討ちにより、イラン戦争が勃発しました。アメリカのトランプ大統領は当初「イランの独裁的な最高指導者や幹部を殺害し、1万か所のイランの軍事施設、インフラ施設を攻撃しました。

 短期間でイランは無条件降伏し、戦争は終わるとアメリカ大統領は発言していました。・しかし事態はそうはなりませんでした。イランはアメリが軍基地がある中東諸国の基地と石油施設をドローンなどで攻撃し反撃しました。

 更には「ホルムズ海峡を封鎖する」といい、事実一時期数百隻の単会がペルシャ湾内に閉じ込められました。世界中の席y価格は跳ね上がり、石油を原料とするナフサはより品不足になり、操業が止まる、建設工事が止まる。ナフサ由来の製品が「爆上がり」「品切れ」納期遅れ」が相次ぎせかいけいざいがゆるぎました。

 日本経済新聞2026年7月25日の記事に注目しました。イランの攻撃対象が変わりました。

「湾岸諸国、AI立国に黄信号」

「イラン、データセンター標的」

「海外投資が一時停止」と記事があります。 

 記事によりますと、中東諸国は「脱石油戦略」でアメリカと一体化し、AI投資を豊富な石油資金でやっています。その条件は、中国製の通信機器(ファーウェー)などの排除が、条件になっています。
s-湾岸諸国AI危機2 001
 サウジは「AI制御のスマート都市。アマゾン、グーグル、マイクロソフトのデータセンター」。UAEは「米鉄器企業との巨額の協力。アマゾン、オラクル、マイクロソフトのデータセンター、カタールは「アラビア語特化のAI言語モデルを開発。グーグル、マイクロソフトのデータセンター」があります。

 イランは、各国のデータセンターやAIが米軍のイラン攻撃に使われていたして、データセンターミサイルやドローンで攻撃し始めましtが。アメリカは空爆にもAI偉人していますから。イラン側の言い分もわかります。

 アマゾンやグーグルの収集している莫大なデータが、公共のために活用されているのならまだしも、ごく少数の経営者のためだけの集積され、金儲けだけでなく、軍事利用されていたとすれば、攻撃もされますね。

 ある大手企業は「燃えている建物に飛び込むようなことは誰三しない。」と中東地域へのデータセンターへの投資を控えているようです。どうなりますか。

| | コメント (0)

2026.08.20

第2回仁淀川町防災キャンプを今週末22日・23日に行います。

s-s-25YN0823-148
 2016年は敗戦直後の1946年12月21日に発生した昭和南海地震から80年になりました。私が居住している高知市二葉町は海抜0Mであり、海に近い低地の軟弱地盤の地域です。昭和地震時には、地盤沈下と堤防崩壊で下知地区には海水が流入。2か月半以上長期浸水していました。
s-s-25YN0823-126 - コピー
 現在高知市と高知県の企業の高台移転事業は、従業員50人以上の高知では大規模な事業とされる製造会社を中心とするごく1部の企業にとどまっています。
 大多数の小規模零細企業を「初めから」除外してきたのが、高知市と高知県の企業の高台移転計画でした。
s-s-25YN0823-067 - コピー
 高知市には11000の事業所があると思います。従業員数20人以下の事業所は90%以上あります。、5人以下の事業所は60%あります。
 また高知市は低地の市街地に多数の事業所が立地しています。南海地震が今度起きれば、震度6強以上の強い揺れと、地盤沈下がおきます。20人以下、5人以下のの事業所の多くは低地の市街地にあり、今度起きる南海地震では大きな被害を受けます。しかし高知県・高知市の浸水しない高台地区へは、最初から高知市の数多くある20人以下、5人以下の小規模事業所の高台移転計画は存在していません。高知県からも高知市からも見捨てられています。

 この度高知市二葉町を中心とする下知地区の有志は,15年前から仁淀川町長者地区と地域間交流をしてきました。それは「もしもの時(南海地震時)に疎開(長期疎開を前提とした顔の見える地域間交流}を長者地区仁淀川町役場の皆さんにご理解をいただき地域間交流を継続してきました。
s-s-25YN0823-069 - コピー
、高知市役所も動いていただき、2022年に高知市と仁淀川町の「広域避難協定」を締結し、仁淀川町側は2か所の町が管理されている施設を260人の高知市民が気兼ねなく長期間避難(疎開)できる広域避難所(泉川と長者)を提供していただきました。

 2025年は仁淀川町の泉川多目的集会所にて高知市民有志と仁淀川町地域の皆様、行政職員たちで「防災キャンプ」を実施しました。
 画像や動画は、2025年第1回防災キャンプ」の様子です。

s-s-25YN0823-126 - コピー
「事前の交流が最も重要」“防災キャンプ”で広域避難の課題探し 高知市の自主防災組織が初開催
| TBS NEWS DIG (1ページ) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2157740

今年はもう1か所の広避難施設がある長者地区にて「第2回仁淀川町防災キャンプ」を開催します。
s-s-25YN0823-098

(写真は2025年の泉川多目的集会所の第1回防災キャンプです。)

| | コメント (0)

2026.08.19

日本は災害大国だ

 7月末の熊本地震の被害の大きさ、内陸型直下地震の脅威は画面で見るだけですが、恐れおののきました。

 また世間様がお盆休みに入るやいなやの千葉県での大雨災害には驚くばかりです。
被害のあった千葉県中部地域である佐倉市、市原市や千葉市などは、勤務していたメーカーの千葉工場が八千代市にあり、寮は習志野市の実籾にありました。
半年くらいしか住んでいませんでしたが、京成電鉄沿線沿いに先輩達が、マイホームを建て、家族で住んでいました。

 地名的にはわかりませをが、テレビに映し出される被災地は、田園地帯が、宅地化された地域のように思われました。
千葉市のように都市化された地域でも、道路にどんどん浸水し、車が短時間で水没したそうです。
報道では2700台以上が、水没して動けない車があるそうです。

 普通の都市では、時間雨量50ミリを超えますと、道路は冠水しはじもす。80ミリを超えると、道路で低いところを走行すれば車は水没します。
普段は標高を意識しません。100先が2M位標高が低いとか言われても気がつきません。
 教訓は豪雨時には、お出かけしないことはないですが、今回は盆休の時期ですから無理ですね。
教訓は「時間雨量50ミリ」を超えたら赤の点滅であると思います。お出かけは今後は控えましょう。

| | コメント (0)

2026.08.18

全国戦没者追悼式

s-774595456_2586969555084379_5050168502402137455_ns-775048247_2586969565084378_1343160355525643384_n
 2026年8月15日ですが、11時50分から全国戦没者追悼式をNHKの中継で見ました。

 

 最初に高市首相が挨拶際ましたが、「官僚が書いたと思しき原稿棒読み」の気の抜けたものでした。

 

 正午になると参加者全員が黙とう。厳粛な気持ちで視聴しました。
s-775281927_2586969578417710_6936010720941624065_ns-773541666_2586969575084377_6346650453525978884_n
 天皇陛下のお言葉は「平和を強く国民と共に祈願する。」という強い平和への気持ちを感じ取りました。心底平和を祈願していることがわかります。力強い言葉でした。

| | コメント (0)

2026.08.17

住民同士で問題解決

s-763333814_2580221919092476_3844156203785626194_n
 「高知市久重地区では有償ボランティアが地域の困りごとに対応」という記事が、日本経済新聞2026年7月25日記事にありました。


 


 記事によりますと「地域運営組織の広がりランキング」の1位はなんと高知県ということです。成功事例が高知市の久重地区です。記事にはこうありました。
「25年にはゴミ出しなど、高齢者の困りごとに地域のボランティアが有償で対応する仕組みを新説した。
s-764845050_2580221945759140_5165872292455124646_n
 作業を200円で依頼すると、地域に住む10~70代にのボランティアが対応。組織は市から補助金を原資に1000円をボランティアに支払う。開始1年間で66件の利用があった。」


 


 注目すべき先例が、高知市の北部地区にありました。私らの地域や地域間交流事業にもなんか知恵が必要です。

| | コメント (0)

2026.08.16

二葉町町内会不燃・資源ステーション

s-774512868_2585670801880921_7213353879215227897_n
 2026年8月14日(金)ですが、二葉町町内会(楠瀬繁三会長)の資源・不燃物仕分けステーションの設営に5時に行きました。
 先月トラック1台分の不法投棄がありました。それで5時に設営に行きましたが、今朝は何もありません。不法投棄者も「盆休み」があるのでしょう。
s-773785174_2585670798547588_1755092898835796883_n
 荒木三芳副会長(衛生委員)の指揮のもと、当番の班長も6時過ぎには10人ぐらい出てきました。当初少なめの不燃物・資源物も時間が経過するにつれ。増えてきました。
s-773744222_2585670741880927_1120785636680612347_n
 時間が経過するにつれ、「大物」の資源物・不燃物も増えて来ました。市内の町内会でも、不燃物・資源物の仕分けステーション(二葉町は毎月第2金曜日。6時から8時まで)の時間厳守で、町内会の当番が朝6時過ぎから出てきて、管理運営する事例は。高知市内でも珍しいとか。
s-774719048_2585670795214255_5705325652837310783_ns-774557177_2585670705214264_3258626438109623536_n

| | コメント (0)

2026.08.15

病気が近づいてきている


 先日高校生時代から付き合いのある友人がつくづく感じるようになったという・
「大きな病気や、入院治療や、看取りなどが、遠い世代の話しと思い込んでいたが、自分の年齢tと変わらない、かつての同僚や先輩が、大病になり、亡くなることが最近多いので考え込みました。」と言いました。
SUP同窓会
 確かに昨年11月に大学時代のサークルの同窓会を開催しました。8人が集まりしたが、そのうち癌のキャリアが4人、生活習慣病が1人、病気なしは私ら夫婦とあと1人でした。70歳越えの爺さん。婆さんでしたが、50年前の学生時代に戻り、くだらない雑談を延々と飲酒しながらしたものでした。
s-577729899_2333288740452463_1516396337110322421_n
 そのうちの1人が最近「いつ死んでもおかしくない」と宣告され、「終活」に入ったとの連絡がりました。高校時代からの旧友が言うとうり、「病気が身近になった。」という現実は私もそう思いますね。
s-596360910_2356558448125492_1159695180358300860_n
 やはり70歳を超えますと「基礎体力でなんとかなる」年齢ではありません。養生して、病院にも行き、トラブルが小さなうちに対処しないといけないと思います。

 私も家内も「薬を飲まなくていい健康体」をできるだぎり維持したいと思っています。そなりに土江峪はしていますから、健康を維持できると思います。病気を近づけない努力はします。s-DSCN5708

| | コメント (0)

2026.08.14

猛暑に夜須の海での散帆 

 車
往路はエアコンかけず、窓を開け、外気温と同じ気温を体感。
s-771652407_2582915238823144_8255229012495451469_n
思いつくだけの熱中症対策をしました。氷結したスポーツドリンクと水のペットボトルを六本。
OS-1ゼリーを2つ。塩飴も持参しました。

ハーバーは風が吹き、暑さはそれほど感じませんでした。
海へ出ると意外な強風。風波が出て帆走しにくいこと。

30分帆走し、より風が強s-772677052_2582915342156467_6521784140361441122_n - コピーくなりましたので上がりました。

| | コメント (0)

2026.08.13

高知市納涼花火大会2026

s-764925254_2581357605645574_4840025632062395323_n
 2026年8月9日ですが、高知市納涼花火大会があります。下知コミュニュティ・センターでは橋の上とか堤防で見れない高齢者を対象に、コミュニュティセンターの4階の部屋とベランダを開放して鑑賞していただくことになりました。
s-764774862_2581357655645569_1020668598710297336_n
 近隣住民が30人が参加しました。
 3年ぐらい前からそうなりました。屋上部は段差があり、足元も暗いので取りやめました。一応運営委員なので段取りの手伝いに行きました。
s-767161557_4000512226745620_5910455237990312639_ns-766762640_4000512020078974_3395820034551610824_n
ユーチューブでの花火大会の中継のモニターを置きました。
 河川堤防の上や、鏡川大橋の歩道部に立って見ることは高齢者にはきつい。空調のある部屋で椅子に座り、時にモニターを見て、ベランダにも出て参加者は花火を楽しまれていました。
s-765854965_2581357608978907_2105685786723294361_n
 今年で4回目になりますが,参加者に喜んでいただきました。
s-766762619_4000512103412299_5700771015537460928_n

| | コメント (0)

2026.08.12

「獄に暮らせば」を読んで

s-DSCN8211
「獄に暮らせば 21年7か月の獄中日記から」(重信房子・著・作品社・2026年刊)を読みました。率直な感想は、「重信房子さんは21年7か月の獄中生活をよくぞ生き抜いた。」と思いました。

 2000年11月8日に逮捕され、2022年5月27日に刑期満了で出所するまで21年7か月の獄中生活は、山あり谷ありであったことが読んでいて理解できました。わたしは3つの視点から注目しました。
s-DSCN8212
①獄中生活の詳細が克明に書かれていました。

 獄中生活の生活リズムは、特異です。制約だらけであり。拘置所時代と、刑務所時代とでは異なっています。

「獄の一日 2001年9月1日。

 平日は7時に起床のチャイムが鳴るが、今日は休日なので、7時30分にチャイム。(中略)

 寝床を畳んで、定位置に置き、掃除。平日は洗濯をこの時間に行い、干すものは刑務官補助員を補助する懲役労働の人が受け取りに来るが、休日は職員、職員補助の懲役の人の労働がほぼストップするので、自房に干せる小物を洗濯。(中略)

 7時50分に点呼。順番に、自分の房の前に職員が来たら東京拘置所入所の際に決められた番号を答える。名前は存在しない。(中略)
 8時の朝食は、マグロのフレークと、焼き海苔、味噌汁。今日の味噌汁は、なすの味が少々。15分後位、食べ終わる頃に残飯を弁当箱に入れて窓口に置いておくと、回収していく。(中略)

 9時からラジオ番組が流れ出す。9時45分に室内体操の放送が流れる。部屋の掃除をされている。11時30分ころ昼食。今日の昼の献立は、すき焼き風牛肉入りスープ、辛く煮た肉じゃが風ポテト。コーヒー、ビスケット5枚。

 4時過ぎに夕食。献立は、とろみ味あんかけ肉と野菜、コンソメスープ。ザーサイ。
 4時40分夕方の点呼。5時からラジオ放送が始まる。

 9時チャイムが鳴って減灯。消灯はないが暗くなる。大体11時過ぎに床につく。」(P60)
s-DSCN8213
 重信房子さんは淡々と拘置所生活、刑務所生活の日常を記述しています。その間に裁判があり、2010年に最高裁判決が確定し(控訴は棄却)され、2010年8月5日に判決が確定。受刑者となり刑務所に移管されました。拘置所から刑務所に代わっても獄中生活は克明に記述されています。

 人権無視の身勝手な刑務所のルールなどを、留置場や刑務所の受刑囚同志団結し、待遇改善を文章化し要求し、待遇改善につなげた事例がいくつも紹介されていました。

 重信房子さんが逮捕された時も「私は何も悪いことはしていない。」という信念で顔を上げ、手錠を掲げてサムアップされていたそうです。(サムアップ(Thumbs up)とは、握ったこぶしから親指を上に立てるジェスチャーのことです。英語圏や日本など世界中で「いいね」「賛成」「了解(OK)」という意味の肯定的なサインとして使われています。

 警視庁留置所に後から入ってきた中国人が「テレビでサムアップした人だ。」ということで同房者同士が「連携」したようです。街宣車で応援演説していたのは右翼民族派で「重信房子は正義だ!頑張れ重信房子!」と拘置所の外で言っていたとか。

 ラジオ体操の時間では、ラジオ体操のふりを知らない中国やベトナム人や日本人もいるので、教えあいながら情報交換をしていました。フレンドリーな姿勢は、21年7か月の獄中生活が無駄ではありませんでした。その後2022年5月28日に刑期満了集会に現れた一人は「昭島の獄で重信さんと友達になりました。重信さんから薬を辞めなさいと言われました。もうわたしは薬を辞めました。今は福祉施設で働いています。重信さん生きて出てこれてよかった。」(P322)」と発言し大きな拍手で皆が称えました。

②癌の手術や闘病生活は凄まじい。よくぞ生き抜いたと思います。

 大腸がん(数か所以上)、小腸がん、卵巣がん、子宮がんなどがあり,開腹手術、カテーテル手術も9回以上行われていて、抗がん剤の服薬もあり、手術に家族が付き添うこともかなわず、1人で耐え抜きました。刑務所の中で生き抜いたことは凄いとしか言いようがありま
 またコロナの時代も生き抜かれました。癌の手術も過酷な条件で移動が強いられ、命がけであったことも理解できました。2008年に癌が発見され、手術を繰り返し、刑期満了で生きて出所したことは素晴らしいです。

「突如、1月27日。大阪医療刑務所(大阪府堺市堺区泥町8の80)に移されました。2月3日に大腸癌2か所の手術を行うことにました。(中略)

 1月26日夕食後、外部との連絡が取れない時刻に突然、「すべての荷物持ち出し」を命じられました。(中略)医務担当係が現れて、以下の4点を通告しました。

第一に、あす他の刑事施設へ移動する。どこか?の質問に答えられない。第二に、手術に関しての一切は行き先で指示する。第三に、すでに東拘で、行った検査も含めて追加の検査を含めて追加の検査も含めて追加の検査を行う必要がある。第四に、感染症を避けるため、一時的に人工肛門をつける可能性がある。(中略)
s-DSCN8214
 バスに乗る寸前に「高等検察庁の命令によって、大阪医療刑務所に移動する」ことになりました。手術は成功し大腸癌の2か所の摘出と、小腸の癌の摘出をしました。

 その後8回も癌の手術しています。重信さんの身体にも大変な負担でありました。著作を読むと医療刑務所の医師たちは皆優秀で腕利きでした。重信さんの身体も癌に負けず元気で獄中の22年を耐えました。

③活動履歴の総括と反省、再出発について

 重信房子さんの存在は、日本の学生運動の高揚と限界、新左翼要は運動の高揚と限界、崩壊の歴史をご自身の身をもって体験されています。
重信房子がいた時代
 学生運動の体験者の多くは「若き日の良き思い出」として語られる繰り言が大半ですが、重信房子さんは、社学同から第2ブント(共産主義者同盟)の勃興と分裂、赤軍派の結成への参加と分裂と対立。連合赤軍への違和感の表明。「昔の思い出話」ではなく、常に「今の日本社会をどうするのか」「私たちは何を獲得し、何を失い。何を間違ったのか」を率直に今なお語られていることに注目していました。

 今回の著作では逮捕後の獄中生活22年の詳細な記録と、獄中にいた2008年からの壮絶な癌との闘病の記録も読みごたえがありました。社会運動への言及も記述は少ないものの、きちんと書かれていました。

「獄中記では、日本の60年代の学生運動のうねりの中から、その1人として等身大の姿の日々を記しています。」(P12 逮捕から裁判へ)

「70年代の私たち「日本赤軍」の戦いによって、不本意ながら巻き添えにし、被害を与えてしまったすべての方々に、深くお詫びします。
 70年代当時は、武装闘争が盛んに闘われてきました。当時アラブに結集し始めた私たち、のちの日本赤軍は、パレスティナに連帯し、解放運動の一翼を担っていました。武装闘争をもって、連帯することが、最高の連帯と考えていました。当時の条件の中で、パレスティナの解放の戦いに連帯したことを、今も誇りとしています。
s-DSCN8216
 しかし同時に、自らの能力や力量不足を補う方法として、「人質作戦」などの形態をとって戦いました。こうしたありかたは、直接当事者ではない人々を戦いに巻き込み、精神的、肉体的苦痛を与えてしまいました。
 この最終意見陳述の機会に、再びお詫び申し上げます。」(P51被告人の意見陳述)

「当時は、国内の武装闘争(今から考えれば、とても武装闘争と言えるものではなく、大菩薩峠闘争とか、逮捕されて当然の稚拙な在り方でした)の行き詰まりから、やはり武装闘争を国際的に成功させているパレスティナの戦いに幻想をもっていました。そうした「青い鳥」を探すような主体状況で、パレスティナ解放運動の生死を問われる戦争の中にさんかしました。

 時代の勢いもあり、私がアラブに渡った当時は、日本も連合赤軍事件前で、まだ左翼運動は負けつつも闘い続けていました。ベトナム解放の戦いも勝利的に前進していました。そうの戦いに貢献できることは、ボランティアとして何でもしようという思いからすたーとしました。

 その中に、政治も軍事もありました。パレスティナ解放の戦いをともにし、かつパレスティナで受け入れられた力をバネに、日本の変革も関わっているつもりで、後先を考えず(戦略的に考えず)闘ったと言えます。その結果としてイスラエル史観を土台とする西洋の警察・メディアからはテロリストと言われています。(中略)
53c75d8f
 わたしたちは、国内の連合赤軍事件に悲しみ、怒りつつ、しかし鉛のような敗北感のある日本社会ではなく闘いの中で解放される海外の世界にいました。
 その分、私はPFLPやパレスティナ革命の正義性に身を寄せて、日本の国内の戦い方をだめだなあと、外在的にしか見ていなかった。またなすすべがなかったと言えると思います。」(P65 誰がテロリストなのか)

「ぼんやりと69年の7月6日事件(当時ブント内フラクションだった赤軍派がブント指導部を暴力攻撃して赤軍派誕生のきっかけになった事件)(中略)

 なんであんな戦い方しかできなかったのか?社会運動や変革の可能性を摘み取ってしまったような、私たちの戦いの稚拙さをあれこれ思い巡っていました。」(P147)

 私の記憶が正しいければ当時のブントの議長はさらぎ氏でした。明治大学泉校舎で赤軍派が一方的に暴行した事件であったと思います。党内議論せず暴力で反対派を排除したレーニンの真似をしたと思われます。

 刑務所の待遇改善や、賃金の安さでは出所後の生活がなりたたない。また健康保険の対象ではないこともおかしいと指摘されています。

 とぎれとぎれでしたが読み切りました。引用し、紹介した文章はごく一部でしたが感動しました。この50年間の私個人のテーマであった「連合赤軍と新自由主義の総括」もなんとかできそうに思えるようになりました。重信房子さんに感謝です。
6de25a7b

| | コメント (0)

2026.08.11

住民同士で課題解決

s-763333814_2580221919092476_3844156203785626194_n
 「高知市久重地区では有償ボランティアが地域の困りごとに対応」という記事が、日本経済新聞2026年7月25日記事にありました。

 記事によりますと「地域運営組織の広がりランキング」の1位はなんと高知県ということです。成功事例が高知市の久重地区です。記事にはこうありました。

「25年にはゴミ出しなど、高齢者の困りごとに地域のボランティアが有償で対応する仕組みを新説した。
 作業を200円で依頼すると、地域に住む10~70代にのボランティアが対応。組織は市から補助金を原資に1000円をボランティアに支払う。開始1年間で66件の利用があった。」
 注目すべき先例が、高知市の北部地区にありました。
s-764845050_2580221945759140_5165872292455124646_n

| | コメント (0)

2026.08.10

猛暑でも音楽フェスは大人気

s-音楽フェス370万人規模に1 001 - コピー
 先日フジロックフェスティバル(7月24日開演)の様子をYouTubeかなんかで見ました。アマゾン・プライムとかいうチャンネルらしい。
 かつてはカウンターカルチャーの象徴であったロックフェスティバル。若者中心のイベントである時代が長く続いていました。

 日本経済新聞2026年7月25日の記事「音楽フェス熱気 370万規模に」「家族連れや中高年にすそ野拡大」「子供無料。グルメ充実 猛暑なんの」とあります。

 記事を読みますと「音楽フェス」が客層を拡大するために工夫をしていて、まるでテーマパークのようになっていますね。昨年は371万人を動員、市場規模も465億円になっています。
「音楽のサブスクリプションサービスが浸透し、会場で気になった楽曲はすぐに聞き返せるようになった。来場者がコアファン以外にも広がったことで、フェスは新たな音楽との出会いの場としての存在感を増している。」とのことです。
s-音楽フェス370万台に2 001 - コピー
 2年前の8月に香川県でのモンバスに老夫婦2人で行ったことがありました。その頃も家族連れで来ている人たちもいましたね。

| | コメント (0)

2026.08.09

「三丁目の夕日」の単行本を読みました。

s-DSCN8278
 漫画家西岸良平氏の連載漫画「3丁目の夕日」は、私らが子供時代の昭和30年代の社会生活、家族生活が丹念にえがかれています。

 

 プロフィールをネットで検索しt6柄見ました。
s-DSCN8279
 「1947年東京都世田谷区生まれ。立教大学経済学部卒。高校、大学と同級生に細野晴臣がいた。1972年、24歳の時に「夢野平四郎の青春」で第8回ビッグコミック賞佳作第一席を受賞し、同誌増刊号に掲載されデビューとなった。

 

 翌年ビッグコミックオリジナルにて、昭和30年代の人々の暮らしを情感豊かに描いた「三丁目の夕日」の連載を開始。同作で1981年第27回小学館漫画賞青年一般部門を受賞。後にアニメ化、映画化もされ大ヒットした。
s-DSCN8280
 またSFやミステリーの短編も数多く発表し、いずれも高い評価を得ている。その他の代表作に「鎌倉ものがたり」「たんぽぽの詩」など。1998年には「めだかの学校」をモチーフにした50円切手の図案を手がけ、話題となった。」

 

 私の「愛読書」は毎月2回発行される(5日、20日が発売日)の「ビックコミック・オリジナル」です。そのなかに「三丁目の夕日」がれんさいされています。
s-DSCN8282
 わたしら昭和30年代が子供時代であった「今や年寄り。70歳代」の世代だけでなくマンが大好きの娘世代にも支持されているらしい。この単行本は、今年の青柳公園でのラジオ体操時の古書広場でいただいきました。
s-DSCN8284
 心が洗われる名作です。
s-saigans-ダウンロード

| | コメント (0)

2026.08.08

前例のない事業をやることは辛いがやりがいもあります。


 会社の事業でも、地域の活動でも、「常に前例のない事業」をやるように努力をしてきました。1977年からスタートした塗料メーカーの営業マンとしても、「白紙地区」「市場シェアの低い地域」を担当し、全力投球で結果をだしてきました。

 高知へUターンして始めた「前例のない事業」の大半は失敗しました。結果が出ませんでした。数は少ないですが、仕事でも地域活動でも成功した事業もありました。それを励みにしています。

 「あきらめなければ失敗ではない。」「あきらめなければ結果が出る。それが成功だ。」その「気休め」の言葉を励みに、今日も仕事に地域活動に励んでいます。

 「至誠天に通ず」とは、極めて誠実な心(まごころ)を尽くして行動すれば、その思いは必ず天に届き、良い結果や周囲の感動を生むという意味です。中国の古典である『孟子』の言葉がもとになっています。しつこく諦めずに生がある限り努力してみます。

| | コメント (0)

2026.08.07

広島平和記念式典

s-DSCN8319
 2026年8月6日ですが、人類初の原子爆弾がアメリカ軍により投下され、20万人を超える犠牲者が出てから81年目の平和記念式典が広島市で開催されました。
s-DSCN8320
 広島平和記念式典を少しだけ視聴しました。始業前の時間帯NHKで視聴しました。
猛暑のなか多くの関係者(被爆者・遺族・多数の国民各位、120国を超える大使など)が参列し開催されていました。

 献花する場面もありました。被爆者の方や遺族、広島市長や高市首相も献花していました。
s-DSCN8326s-DSCN8327

8時15分から犠牲者への黙祷や広島市長のスピーチがあったようです。始業準備のために後は見れませんでした。
s-DSCN8321
「核抑止」の考えが未だに根強く、時に平和を願う声はか細く聞こえますが、諦めてはいけないと思います。

 平和を願う被爆国日本の役割は、政府が考えているより遥かに大きいのですから。
s-DSCN8325s-DSCN8322

| | コメント (0)

2026.08.06

やれるところから実践しましょう。


s-759632467_27682827861366738_8527482927220960456_n
 猛暑の中起きた令和熊本地震。予想外の被害と、放送される過酷な避難生活に心が痛みます。到底他人事とは思えません。迫る来る南海トラフ地震で、大きな被害が予想される地域から脱出することもできない立場からすると、一体なにが出来るのかを常に考えています。

 変わらないのは避難所の過酷さ。未だに床の上に雑魚寝状態の避難所に心を痛めています。多くは地元市町村が避難所を開所していますが、自治体に責任を押し付けることは無理筋です。

 国がもっと予算を投下し、過酷な避難生活改善をすべきです。国の真剣さがないから、自治体に「丸投げ」するから、被災者は、過酷な条件においこまれます。100%国の責任です。

 国民の命や財産の保全より、多額の税金でアメリカの中古兵器を爆買いしています。国の税金は「人殺し兵器」の購入より、「人助け」の避難所改善、自治体支援を積極的にすべきなのです。とはいえ今の高市政権の災害対策への関心は高くはありません。

 わずかですが自分たちで折りたたみ式ベットを昨年購入し配備しました。
s-DSCN9093
 昨年8月に広域避難所の仁淀川町泉川多目的集会所で、防災キャンプを地元の皆様と行い、意見交換をし、宿泊体験をしました。その時に体育館の床の硬さを味わいました。反省会の中で、折りたたみ式ベット、エアーベットの必要性を感じました。
s-折りたたみ式ベット
 泉川多目的集会所に7台の折りたたみ式ベットを購入し、設置しました。地元の二葉町の避難所である下知コミュニュティ・センターに11台の折り畳み式ベット、3つのエアーベットを購入し、設置しました。
s-537508686_3600538833409630_3913702180242003607_n
 しかし自治体の中にも折り畳み式ベットを2666台を購入し、公共施設に昨年配備していました。


https://www.city.maizuru.kyoto.jp/sigikai/cmsfiles/contents/0000013/13596/0619sou46siryou.pdf
(京都府舞鶴市の折りたたみ式ベットの大量購入と配布)

 政府は自治体を資金的に支援し、早急に折り畳み式ベットを配備すべきです。災害関連死はかなり減少するはずです。高知市への導入を強く望みます。
s-535391801_2261578417623496_1001310735619852553_n
 エアーベットも使えます。

| | コメント (0)

2026.08.05

「ぼくのマンガ人生」を読みました。

s-DSCN8238
 青柳公園での下知地域内連携協議会(国見俊介会長)主催の夏休みラジオ体操が14日間開催されていました。半ば過ぎから「古書広場」さんが古本を展示し、無料で何冊もいただきました。そのうちの1冊が「ぼくのマンガ人生」(手塚治虫・著・岩波新書・1997年刊)

 天才漫画家手塚治虫は、1928年(昭和3年)大阪生まれ。戦後の日本漫画界をけん引をしました。1989年(平成元年)に60歳で亡くなられました。
s-DSCN8240
 鉄腕アトム、ジャングル大帝、火の鳥、ブラック・ジャック、アドルフに告ぐ、などの名作を読み、またテレビのアニメで見ました。「空を超えて、星のかなた、行くぞアトム人間守って」とかいうテーマソングも覚えています。

 少年時代は体が弱く、家の周りの昆虫を観察したり、マンガばかり描いていたとか。しかし多感な少年期時代は、軍事工場に動員され、大阪大空襲も実体験されていました。凄惨な大空襲の現場にもおられ、大きな影響を受けられたと思います。
s-DSCN8241
 敗戦後は大阪大学医学部を卒業後、上京し漫画家人生をスタートさせます。新しい着想で日本の漫画を変革していきました。ただあまりにも仕事をしすぎ、とくにアニメにマンガの収益をすべてつぎ込んだために、過重に働き続け、60歳という働き盛りで命が尽きてしまいました。

 一読して「壮絶な人生」であったと思います。惜しむことは「天才」を支える経営者がまわりにいなかったことです。ウォルト・ディズニーには、実業に長けたお兄さんがいました。天才開発者本田総一郎には藤沢さんという計数に明るい経営者がいました。
s-DSCN8242
 もしもの話ですが「チーム手塚治虫」があったなら、おそらく世界を席巻していたと思われます。今更ながらに残念です。
s-DSCN8243

| | コメント (0)

2026.08.04

8月の防虫・清掃作業は無事終了

s-763722974_2573920743055927_9128368569650354299_n
 2026年8月2日(日)二葉町町内会(楠瀬繁三会長)の8月の町内「防虫(ハエ・カ駆除)をしました。荒木三芳副会長(衛生委員)の指揮の下、町内を4つのブロックに分け消毒と清掃をおこないます。私はごみ拾い部隊です。結構空き缶や吸い殻は多い。
s-761765056_2573920739722594_2225015981629070048_ns-759824235_2573920776389257_4197624355822214348_n
 防虫・噴霧部隊は薬剤を調合し、噴霧器を背負い、持ち場の4つのブロックにわかれました。太陽が出ますと午前6時台でも暑いです。

 6月から始まった、第1日曜日の防虫噴霧作業は今日が最終日。お天気にも恵まれ、今年も3回噴霧作業ができました。今日は10人が参加しました。
s-763080735_2573920856389249_2803508537554550968_ns-761597579_2573920869722581_947896994486078684_n
 今朝のリハビリ・ウォーキングは、5565歩、3・9キロ、50分でした。

| | コメント (0)

2026.08.03

「獄に暮らせば」が届きました。

s-DSCN8211
 友人から「重信房子さんの獄中紀が出版されたぞ」との手紙が1か月前に来ていました。最近猛暑でへばり気味ですし、年老いた爺さんなのに仕事も多忙だし、地域防災活動も多忙を極めている。


 


 手紙の直後に図書館に「リクエスト」していました。7月31日に下知図書館に届き、早速借りてきました。でも返却日の8月14日までには読破できそうもない。341Pもあります。
s-DSCN8212
 重信房子さんは昭和20年生まれですから、80歳を超えています。「戦後日本社会の申し子」的な体験をされています。赤軍派の活動家になり、1971年にパレスティナに渡り、30年暮らされていました。2000年に日本で逮捕され、21年間刑務所生活をされ、その間に癌になり9回も手術され、生還されています。刑期満了で2022年に出獄されました。
s-DSCN8213
 友人によれば重信さんを心身共に支えたには、かつての明治大学2部の同窓生たちだとか。「ノンセクトに彼ら彼女らが、重信房子さんを励ましていた。」という。皆が「出所してきたら、皆で重信に文句を言わないかん。」ということで、20年間支えてきたと聞きました。


 


 仲間たちの励ましがあればこそ、病気からも生還できたし、「獄中記」も出版が出来たと思いました。
s-DSCN8214
 8月2日(日)は、地元二葉町町内会の「防虫・清掃作業日」。前日の8月1日(土曜)は、猛暑の中、お爺さんは夜須の海に浮かんでいましたので、疲れ果てています。何とか熱中症にならずに生還しましたが、戻ってからも冷やした水を3杯(500ML)を飲みました。


 


 慌てずに読める範囲で読んでみます。
s-DSCN8216


 

| | コメント (0)

2026.08.02

猛暑のなかの海の散帆


 2026年8月1日てすが、ラジオ体操最終日の後に夜須のハーバーに行きました。
 エアコンをかけず、窓を開けて走行し、体を外気温に慣らします。
 ハーバーはめちゃくちゃ暑い。影が全くないので、汗が滝のように出ます。アルミ製のマストに触ると暑いです。
s-DSCN8221
 艤装(ヨットの組み立て)だけで大汗かきました。OS-1や、スポーツドリンクをがぶ飲みしました。
 ヨットに持ち込む保冷箱には、氷結したスポーツドリンクと塩飴をいれています。とにかく体に負荷をかけないようにします。

 午前中は潮がこんでいるので出着艇が楽でした。海の上は風が吹いて涼しかったです。気温が上がると地表と海面との温度差で風が吹いて涼しかったです。
s-DSCN8219
 高知大学ヨット部の470が7艇出ていました。
2週前は暑さ対策が上手くいかず、海上で足が攣ったり、帰りの車で右手のひらが攣りました。今日は塩飴をなめ、水分補給をしながら帆走しました。
s-DSCN8220

 午前中限定で海の帆走を楽しみました。昼食後気合をいれて片付けしました。
 午後からは引き潮になるようで、海へ出るのが大変そうでした。
s-DSCN8225
「高齢者」は無理しません。
午前中で終了。後片付けが、猛暑のハーバーでやるので昼ご飯食べてから、慎重に水分補給と塩飴舐めながらします。
s-DSCN8222

| | コメント (0)

2026.08.01

熊本地震の怖さを感じます。


 10年前にも強い揺れで熊本地震はありました。10年後に再び熊本地震が起きました。今回は大企業の商業施設(イオン)や日本製紙などで大きな被害が出て、死傷者もでました。

 多くの大企業の製造拠点が熊本に集積していますが(その昔、熊本は地震が無いからという理由で誘致をしたらしい。)10年前に対策不足で手痛い目に逢いながら、今回は万全の対策をしていたはずなのに、大きな被害が出ました。理由がわかりません。

 とても他人事とは思えません。うちの鉄骨3階建ての建物も軟弱地盤に立っているので、おそらく傾いて住めなくなるだろう。あるいは浸水で海水が1階部に入り込んで修理不能になるでしょう。70歳を超えた老夫婦に再建できる余力などないし、銀行も兼ね貸してくれないでしょうから。年寄りには。

 本当に日本は災害大国です。つい1か月前には大雨災害が話題になっていました。今度は地震です。次はどこで起きるのかわかりません。

 それにしても高市内閣の動きの鈍い事。高価なアメリカの中古ミサイルよりも熊本の被災者のために、宿泊施設を提供することを手早くやれよと言いたい。なんか高市も維新も「防災」には関心がないことがありありとわかりますね。嫌になりますね。

| | コメント (0)

« 2026年7月 | トップページ | 2026年9月 »