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2026.08.27

新左翼・過激派全書を読んで

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 「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」(有坂賢吾・著・作品社・2014年刊)を図書館で借り、2週間の貸し出し期限内に読み切りました。

 著者の有坂賢吾氏は、なんと1991年生まれとか。35歳である。私の子どもたちより若いひとです。運動の実体験者でないので、客観的に根気強く新左翼のセクト(党派)の機関紙などを収集し、分類できたのであろうと推論します。

 私の場合は1968年(中学3年)時から、1976年(大学4年)まで、新左翼運動、社会運動から、多大な影響を受けてきました。田舎町の中学生・高校生は、当時の社会運動の渦の外周にいて、1番楽しいはずの「青春時代」のはずが、高校は卒業できなくなり、大学はまともに学校へ行けなくなり、情けない時代を過ごしました。
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 「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」を一読して、当時の学生時代に関わりのあったセクトのいくつかは登場しています。書いてある主張や、組織の規約を読みましたが、「共感」できる主張は全くありませんでした。じつにつまらないし、全く共感を覚えません。

 特に違和感を感じた部分は「党組織論」について書いている個所でした。

どこのセクトとは申し上げませんが、以下のような記述がありました。

「同盟員の基本条件

〇同盟員はマルクス・レーニン主義を学び、その創造的発展のためにたたかわあにといけない。

〇同盟員は個人生活を同盟の政治生活に従属させなければならない。

〇同盟員はいかなる場合にも同盟の決定を無条件に実行しなければならない。

   中略

 同盟員の組織原則と組織構成

〇同盟の組織原則は民主集中制である。

〇同盟の下級機関は、上級機関の決定に従わなければならない。

〇指導機関に対して自分の意見を述べることができるが、いかなる場合でも、決定には無条件に従い、実行されなければならない。」

 いくつかの主義主張の異なる新左翼のセクトの規約を複数散見しましたが、「似たり寄ったり」の規約でした。

 私見ですが「マルクス・レーニン主義」という表現や考え方がそもそも間違っている。最近のマルクス研究によれば、カール・マルクス自身は「おおらかな」党運営体制を目指していたという学識者もいます。
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「マルクス・リバイバル」(マルチェロ・ムスト・著・斎藤幸平・佐々木隆治・監訳)を最近読みました。

そこには「神格化」されたマルクス像ではなく、おおらかなマルクスがえががれています。

「もし共産主義がより高度な社会の形をめざすのであれば、「各人の完全で自由な発展」のための条件を促進させなければならない。
 そのためには共産主義を、多くの「共産主義国家」が、そのプロパガンダにおいて掲げてきた「プロレタリアート独裁」と等置する代わりに、「自由な人間たちのアソーシェーション」というマルクスの言う共産主義社会の定義を再検討する必要がある。」(序章P3)

「1人の自由な発展が、万人の発展となりうる新しい共同体づくり」です。レーニン主義の(スターリン主義)の「1人は万人のために、万人は1人のために」という矮小化された党幹部独裁主義(民主集中制)という仕組みが全世界で共産主義や社会主義を矮小化させ、堕落させてしまった思います。
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 日本社会でいえば旧社会党や共産党、それらの既成政党を旧左翼として批判してきた新左翼セクトもやはり組織特性は「独裁的」でした。70年代は「連合赤軍事件」や「凄惨なセクト同士の内ゲバ殺人」を繰り返し信頼を失い消滅しました。

 最近読んだ著作では「獄に暮らせば 21年7か月の獄中日記から」(重信房子・著・作品社・2026年刊)を読みました。

 重信房子さんは歴史の証人の1人です。1965年頃の明治大学2部での学生運動へのかかわりや、神田カルチェラタンの楽しさ、社学同から赤軍派への関り、1971年に中東レバノンに移動、30年おられました。日本に帰国後逮捕され、22年間獄中生活されました。運動論の誤り、方針の誤りも率直に認められています。
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 重信房子さんお「手記」からすれば、「新左翼・過激派全書 1968年から現在まで」は、無味乾燥な記録です。運動体験のない、若い人が「記録」して新左翼の運動を表記したことに価値がありますね。

 私の感想ですが、いまはどの新左翼のセクトにも共感はありません。「50年前はどうしてこんなレベルの低い、自由度のない新左翼セクトに影響を受けていたのだろうと思いました。」馬鹿でしたね。世間知らずでした。

 後年30歳代になり、人から勧められてJC(青年会議所)に入会し、9年間活動したことがあります。自由度の高い組織体でしたので、当時は「都市再開発セミナ-」を3年間運営した事がありました。市民参加の概念は、アメリカの市民社会が先進的であることに衝撃を受けました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-b2b5.html
(「都市開発を考えるを」再読して)2010年

 当時の教本は「都市開発を考える アメリカと日本」(大野輝之・レイコ・ハべ・エバンス・著・岩波新書・1992年刊)でした、その中に「市民参加の梯子段」というアメリカの社会学者シェリー・アーンステインの定義がありました。

「アーンスティンによると、住民の参加とは住民に権力を与えることだという。また権力のともなわない「参加」はなきに等しいともいう。
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 住民が住みたいと思い、こうあるべきだと考え都市を創っていくという目標を実行する力が与えられている、ということが真に「住民参加」のある都市づくりだというわけである。このような住民の力(権力)の度合いを大雑把にいって8段階に分類して説明しようとしたのが、アーンステインの「参加の梯子」である。

 最も最上段の住民権力が最強で、住民がコントロールを握ってその目標を果たしえる状態である。反対に、最下段は住民は都市づくりに対する彼らの目標を果たすに必要な権力は何一つ与えられない状態である。

 権力者たちが世論操作として、意味を曲解したまま「住民参加」とか、たとえば、すでに権力者側が決定した事項を黙認する役割しかない形だけの諮問委員会に、住民を任命することである。(形式的参加機会増大)

 引用が長くなりましたが、地方権力を掌握することこそが、真の住民参加なのです。そうした問題意識はこと高知市や高知県の役人も市民も皆無です。

 新左翼を含めた左翼勢力が衰退した原因は、「党組織が民主化していない」ことに尽きるのではないかと思います。いくらマルクスの思想が魅力的であっても、それを現実の社会で実現するための運動体やセクトが閉鎖的であり、独裁的であり、市民参加の要素を排除した形態であったので、社会から淘汰されたのではないかと私は思います。

 馬鹿な私がこう考えることになるのに「58年間」かかりました。

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