blogによる自由民権運動

2012.05.16

WEB上で社会的な議論は可能なのか?

 よく言われるように日本は学校社会で「ディベート」の習慣がないし、社会的訓練がなされていないからであるとも言われていますね。ですので「しょうもない」自己啓発セミナーが流行していますね。実におかしな現象です。

でもどうしたら米国のようにブロガーが大統領選挙にも関与するだけの力を日本でも持てるのか。そこに言及した議論は残念ながら見つかりませんでした。

 異質の存在や意見を受け入れ、自己主張をできるようなフェイスブックやブログでの交流が広がれば、世論が社会に初めて影響が与えられると思います。日本はまだまだであると思います。

 2008年9月に個人ブログで「社会性を持った議論をしよう。」との記事を書きました。

  社会性を持った議論をしよう(2008年9月投稿)
  
 フェイスブック上にも「政治を語ろう」とかいうグループも散見しますが、主張が偏っていて、「異論を排除する」「一方的に賛同を強要する」ような議論を排除する全体主義的な傾向でした。「改革を標榜する」みんなの党の支持者や、橋下徹大阪市長の支持者にそうした「独善的傾向」の政治グループ(?)が多いようで笑ってしまいました。

 WEB上で実名で正論を言うのが怖いのか、匿名掲示板で憂さを晴らす習慣が日本では長く続いたのかもしれません。必要以上にWEB上で自分を出さない人や、自己主張しない人が多すぎます。

 今日食べたご飯お話や、宴会風景や、景色のばかりの書き込み。または自己啓発的な宗教的な書き込み。自分の会社の宣伝ばかりしている人などざまざまですね。「文は人なり」と昔の人は言いました。自分の書く文章で全人格とは言いませんが、かなりの部分が表現されていますいから。

 「人は見かけが9割」と言いますが、ブログやフェイスブックでの記事の投稿で、自分自身の「すべて」は表出しているぐらいに考えて投稿すべきでしょう。

 私などは隠し事や秘密はありませんので、自己主張もしています。ある意味偏った主張も多いでしょうが、原則「異論」をある「政治グループ」のように排除はしません。主張の異なる者同士の議論はかみ合わないことが多いのですが、我慢して相手の主張を聞き、冷静に意見交換しています。合意は決してないでしょうが、それでいいんではないかと思います。

 それで冒頭の「社会性を持った議論」ですが、道は遠いとは思います。でも議論に参加する個人個人が少しずつ、自分と異なる主張を持つ人の議論を我慢して聞くことができれば、すこしは議論に「社会性」が出てくることでしょう。それまで社会が成熟するのか。そのあたりは日本の市民社会の正念場でありましょう。

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2012.05.08

他人を当てにすることなく、自分でやれることをしよう

  つくづく最近思うのは、私たち日本人は、政治活動や社会運動をタブー視しすぎやしないかということです。憲法で保障された思想と信条と宗教の自由の範囲内でもっとお互いが自己主張すべきです。そうしないとわけのわからないファシストが台頭してきます。

 「政治にはリーダーは要らない」のです。住民自治、市民自治の考え方がすべてです。その考え方を軸に政治手段を解析していけばおのずと答えは見つかりますね。

 他人任せの劇場型政治に期待することはやめましょう。

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2012.03.24

高知県民としての誇りについて

  高知県は保守王国であります。2009年の総選挙で、民主党が全国的に大勝し、政権を担うようになり、長年政権を担ってきた自民党が大敗し、野党になりました。

 しかし高知県では小選挙区ではすべて自民党候補者が当選しました。自民党の組織力の底力を見せ付けた総選挙でした。

 その高知県ですが、県民各位は「政府の言いなり」になり、長年の自民党政権の政策の受け皿になってきたかといえばそうではありません。典型的な事例が、原子力政策を断固として高知県として受け入れませんでした。これは誇るべき県民気質ではないでしょうか。

 先日のNHKのTV放送で、新潟県柏崎市は原発立地交付金を過去に3000億円も受け取ってきたそうです。そのお金でこしらえた施設はなんと125もあります。ではさぞや自治体の財政が豊かといえば、そうではなく財政破綻寸前とか。原発交付金は公共施設の整備費には使途でないそうで、作れば作るほど、後日の維持管理費用に追われ、財政が逼迫することだそうです。

 高知県は県民所得がとうとう日本で最低になりました。ある調査では「幸福度日本1」が福井県で高知はここでも最下位のようです。でもよく考えましょう。原子力発電所が10箇所も立地している福井県。それはたんまり原発立地交付金は入るから、図書館や文化ホールなどの公共施設は立派になるでしょう。

 高知は大きな企業もないから税収も少なく、常に貧しいと揶揄されてきました。しかし美味しい空気と水が豊富にあるのです。2007年の核廃棄物施設の是非をめぐる東洋町長選挙では、「教育費用、医療費、介護費用、水道光熱費用が、核施設を受け入れればすべて無料となります。」という推進派候補者のチラシまで配られていました。

 所得の低い高知県のなかでも東洋町はさらに低く、失業者の多い地域でもあります。でも東洋町の賢明な町民の皆様は「子孫のために思い切り深呼吸できる自然を残したい、」という真摯な気持ちで、核施設反対派候補者を支持し、国に立地を断念させました。本当に高知県は救われたのです。

 過去にも窪川町に原子力発電立地の計画もありましたが、反対運動が広範囲に展開され、断念されました。

 高知の先輩たちは、高知の自然を残してくれました。それがなによりの1番の財産であるとわたしは思います。その自然を損なうことなく活用し、子孫に伝える義務があると思います。それは私たちの役割です。
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2012.03.17

さらば橋下徹と維新の会

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 一体何をやっているのかわからない。ただただ相手を攻撃(攻撃するのは労組など社社会性のない弱い相手)して、なにやら喝采を浴びているようです。

 南海地震が起きれば倒壊することが間違いない咲州庁舎で「大阪都」構想の会議をする無神経さ、危機管理のなさに呆れるほかはない。マスコミのそのあたりを全く追究しない。おかしいのではないのか。

 橋下徹大阪市長は「3・11」以降、日本の社会が全く変ったことを気がついていない。いや意図的に無視しているんでしょう。危機意識が皆無な人物だからです。

 さて最近面白くないので論評をしてこなかった野良犬メディア(週刊現代)ですが、2012年3月17日号には面白い記事がありました。

 「西部邁 民主主義のど真ん中から「愚かなご主人様」が生まれる 橋下徹ちこの時代。私は高考える」(週刊現代3月17日号 P180-183)はなかなか面白い記事でした。

 週刊現在さんごめんなさい。あんまり面白いのでブログに画像を貼り付けました。

「17世紀のヨーロッパの言葉で「すべてを単純化する恐ろしい人々」というものがありますが、橋下さんたちはまさにこれにあたります。「すべてを子供っぽくする哀れな人々」ばかり。

 残念ながらそれが日本の現状なんでしょう。(「庶民の知恵なき「議院」P182)

「確かに、明治維新では「ご一新」と言って「古いものをはすべて壊せ」「すべて一新せよ」という風潮があったことは事実でしょう。しかしこれは根本的に間違った考えです。

 「維新」の「維」の字には、糸が縦横に繋がっているという意味がある。「過去・現在・未来がしっかりと繋がった歴史がある」ことを指す言葉です。

 つまり、古くからある国家としてのコモンセンスを、現状に合うような形で新たに応用していく。それこそが、本来の「維新」ということ。ところが平成改革のどれ1つとっても、日本に古くからあるコモンセンスを守りつつ現状を改革する、という真の意味での保守的改革論は、ほとんど1行もありませんでした。

 変革自体はいい。しかし何を守るたまの変革なのか。それが維新論、革命論の本質なんですが、橋下さんがそれを分かっているようには思えません。(維新は「御
一新」にあらず。P181)

 もとは60年ブントの活動家で、今は右翼言論界の重鎮になっている西部邁氏にとっても、橋下徹氏と維新の会は、「幼稚なデマゴギー集団」としか写らないようで意外にも、全く評価していません。むしろボロクソですね。

 アメリカの大統領選挙は、延々と予備選挙をやる中で、いろんな角度から議論され、淘汰されてかつ残ったものが、「アメリカ帝国」のリーダーになる。そういう過酷で長いプロセスがあるから、独裁者が台頭するのを防止する仕組みがアメリカにはあると西部氏は言います。日本はそれがないから「危ういとも」。

「日本においては、議会政治のメルトダウンと、政党政治のブロークンダウンが急速に進行しています。議論やチェックがないに等しい。そんなところで首相公選制をやろうとするなら、我々は「民主主義のど真ん中から独裁者が生まれる:可能性、それどころか必然性を考えなければならない。

 アドルフ・ヒトラーは1933年の授権法(全権委任法)で独裁者になったわけですが、何も勝手に全権を奪ったわけではない。国民投票でそれを決めたのです。

 過去の数々の実例を見れば「議論なき、議会なき公選制」がどれほどインチキで、トンチキな最高指導者をもたらすかということは、歴史の教訓の第1に挙げられるべきです。」(P182)

 ヒトラーに全権を委任したドイツ国民は、6年後の1939年に第2次世界大戦に突入。12年後の1945年に惨めな敗戦で国土は焦土となりました。

 西部邁は「船中」ではなく「車中」で思いついただけであり、車でも乳母車だろうと悪態をついています。実に面白い。

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2012.02.10

偏狭な政治理念では社会は担えない

  最近国民新党代表の亀井氏や石原慎太郎都知事、たりあがれ日本の平沼代表などご高齢の政治家の皆様が、新党をこしらえ政界再編を狙っています。老いても政治への意欲は衰えないことはいいことでしょう。その思想性は置いといて。

 政界再編の「今の目玉」は大阪の地域政党「大阪維新の会」を率いる橋下大阪市長の連中と追随者でしょう。マスコミの2年前の民主党を持ち上げたと同じ口調で、持ち上げている。わけのわからない「みんなの党」など国政政党も連携を画策しているようです。

 このひとたちの1番いけないのは、自分たちの自己主張はメディアなどを上手に活用して主張するのは上手く、政敵を攻撃し、批判知ることにたけていることです。それは戦術ですからえいとしても、いけないのは、「異論」をままったく聞こうとしない。排除することですね。呆れました。

 それは大阪市も埋立地の沿岸部に市街地形成しているので、南海地震が起きれば地盤の液状化と津波で市街地は壊滅的な被害を受けるだろう、しかし橋下市長はその防災対策のコメントは全くないのはなぜか?と福岡市の橋下市長信仰者の人にお尋ねしていました。

 その人はフェイスブック内に「みんなで参加する市民の会」なるグループを主宰し、わたしも勝手にメンバーに入れられていました。そのあたりを問いただしますと、「あなたは退会してください」と早速廃除の論理で来ました。

 人気のある橋下市長だけに防災対策は大丈夫かと聞いただけなのに、もの凄い「切れよう」でした。だいたい大阪都構想の会議を大阪湾沿岸の液状化することが確実な大阪府所有の高層ビルで開催することとが非常識なんですよ。東日本大震災でも長周期地震動で震源地から遠く離れているのに、ビルは被害がでてのですから。

 震源地がより近い南海地震ともなれば、その高層ビルは倒壊する可能性もあるし、大阪市街地は大被害が出るだろう。政界再編だ、大阪都構想だと叫んでいる橋下市長は防災対策に無関心ではないのか。そのあたりはどうなのかと問いただすと、いつのまにか退会させられていました。

 別に自ら望んで入会した会合でもないし、どうでもいいんですは、偏狭な政治理念で大衆運動をやる連中が跋扈する事態に危機感を持ちました、とくに防災問題に無関心なリーダーが政治を担えば「亡国」になるのは、世の東西歴史が性根井していますから。

 そのひとたちへのメッセージを書きました。

 なんか「こらえ状のない人たち」ですね。あなたがたは。

 「みんなで変える市民政治の会」という看板は偽りですね。
正直がっかりしました。

 わたしの投稿は、あなたがたが「絶賛する」大阪市の橋下市長が
あまりにも防災問題に無関心であり、危機管理意識が希薄なので
警告をしただけですよ。

 あなたは冒頭「大阪市民の6割が賛同している大阪都構想」について
語りましょうとの枕詞から始まりましたね。

 それはあなたがたの信条だから何を言われてもかまいません。

 それにわたしは自分で進んでこの会に入ったわけでもありません。
あなたが勝手に入会させていましたね。勝手に入会させておいて、
自分に都合が悪ければ、こちらの意志も確認せずに退会させるのですか?
随分身勝手な「みんなで変える市民政治の会」ですね。お笑いですね。

 わたしはあなた方が防災問題にあまりに無関心であることを指摘しただけですよ。松島さんが別のスレッドを立てて言いなさいよといわれてそうしようかなと
思うまもなく「退会処置」ですからね。「みんなで変える市民政治」の枠が、許容量が随分狭量であると思いました。

 おそらくあなたがたの支持している橋下市長も同じような体質かもしれませね。
「市民の命の安全より都市の経営のほうが大事だ!」と。

 あなたがたの狭量な政治センスでは、運動はこれ以上広がらないでしょう。
他人にレッテル貼りをする、質問にまともに回答しない。異論を廃除する。

 福岡市が大赤字をこいているのは20年前以上の湾岸開発計画のつけを払っているのでしょう。当時は東京湾岸計画(幕張やお台場、みなと未来)と大阪湾ベイエリア、福岡のシーサイドももちなどの計画が花形でした。

 都市湾岸再開発のモデルが、サンフランシスコやニューヨーク,ボルティモアなどでありました。いまは使用されなくなりましたが「ウォーターフロント再開発」の日本のモデルがその3箇所でありました。

 ところがどうですか。東日本大震災では、千葉県の湾岸の高級住宅街である幕張は液状化で大変なことになっていますよ。おさらく今度地震がくれば、大阪の沿岸部も福岡市も同じことになるのではとわたしは指摘しただけです。

 社会的に影響力のある橋下市長が、あまりに都市防災問題に無関心で、言及しないので心配しているだけですよ。橋下支持を信仰されている荒牧さんであれば、マスコミやネット上で現れない(その部分はわたしなりに検索しています)発言があるようなら、ご紹介くださいね、。とあなたに質問しただけです。そしたら何も答えず,退会であると。自分の行動履歴がおかしいと思わないといけないですよ。

 わたしは誰かがレッテル貼りをしていましたが、左翼でも労組関係者でもなんでもありません。300メートル四方の高知市二葉町の中の小さな町から、南海地震の恐怖に怯えながら毎日生活し、世界を見ています。

 幕末期吉田松陰が牢獄から世界を見ていたようにです。

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2011.11.16

フェイスブックの良いところ、悪いところ

  フェイスブックというあらたなSNSをはじめて2ヶ月になります。ブログとは違いますね。設定もすぐに変わるし、管理画面も変わる。おかしな道具です。

 いいところは、最近会うことがない昔のJC時代の人たちにフェイスブックで会うことが多い。ロータリーであるとか経済同友会とか、商工会議所などの経済団体へは入っては居ないから、会うことがないからです。それは良かった。

 それとしらない人たちと「意気投合」できることです。これはブログでもありましたが、FBはもっと手軽に出来るようです。

 悪いところは

 管理画面の設定が変わること。それと何が「ルール違反」なのか知らないが、何度が罰ゲームをさせられている。ルールの説明もない、陰湿極まりない。

 まあほどほどにやれよということなんでしょう。
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2011.09.02

ブログを書く目的

 2004年1月1日から、このココログのブログを始めました。7年目を過ぎました。
書いた記事の数は、7300を超えました。1万を超えるのもそう遠い未来ではありません。

 最近フェイスブックなども登場してきました。でもフェイス・ブックはブログとしては使い勝手が悪い。コメント欄は450字程度しか書けない。字数宣言があるなんてナンセンスです。画像や動画の投稿が出来るのに、「重たくない」テキストでの字数を制限するのはFBはおかしい。本当の意味のコミュニケーションができ辛い。

 その点ブログはいいですね。字数制限はない。最近では動画もリンクが貼れるようになりましたし。

 「よくブログ見てますよ」と最近複数の人から言われました。ブログ業界では「有名」ではありませんが、高知市の1市民の「吠える」ブログの内容が面白いらしく、決してその過激で独断的な論調には賛同はしないものの、眺めているのであると。

 「高知の市民の生活を知るため」であるとか、「なんだかトーンが違う変人」だとか、「面白そうな活動をしているらしい」とかいう理由で視聴いただいているようです。またその人たちはコメントを入れるわけでもなく、無言で読者になられています。

 実際に複数の人から言われたので、知り合いだけが見てるわけではないと思うと、身が引き締まる想いでした。

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2011.03.07

板垣退助を活用すればいいのに

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 スチロール勢の武市半平太と中岡慎太郎の作成費用があわせて500万円とか。設置費用や運搬費用は別にかかるのでしょうか?

 「それで話題を呼んで観光客が来たらえいろう」と県知事まで発言する始末だ。高知県はおかしいのではないかとも言われますね。

 熱烈な坂本龍馬ファンは歓迎するどころか、皆激怒していますよ。それは先人の入交好保さんたち青年達の爽やかさがあるから、龍馬ファンは皆それを知っているからです。

 「大河ドラマ」は1年刻みで移動するものです。龍馬(高知)の前年は新潟であり、今年は滋賀県なのです。「フーテンの寅さん」のように全国各地を「巡業」しているのですから。追いかけることは得策ではありません。

 それよりも「自由民権運動の象徴」の1人である板垣退助に焦点をあてるべきでしょう。理由は2つあります。

1)板垣退助は、維新後、明治政府の参与となっていたが、征韓論で辞職し、有能な軍人でしたが、武力でなく言論で自由民権運動を展開しました。

2)エジプトやチェニジア、リビアなどで自由と民主化を求めた市民運動が頑張っています。土佐から起こった自由民権運動は元祖でもあります。元祖だけあり、土佐には自由民権運動関係の人材は豊富です。

3)大相撲で「八百長問題」が大問題になっています。
板垣退助は大の相撲ファンでした。気のない取り組みを叱責し、真剣勝負を要求したとも聞いています。相撲の振興にも尽力しました。
 彼が逝去したとき、棺を力士達が担いだとも言われています。

4)昔、100円札は板垣退助でした。
 100円札を地域通貨的に使用できないか、検討すべきでは。
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 もうやめましょう。こんなことは。桂浜は坂本龍馬像だけで良いのです。

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2011.01.24

幸徳秋水さんが冤罪で処刑されて100年目

  今日は100年前に大逆事件の冤罪で、高知県出身の社会思想家幸徳秋水が処刑された日だそうです。

 関連ブログ記事 幸徳秋水読本を読んで

            「大逆事件を生きる」を読んで

 日本経済新聞2011年1月24日朝刊の1面コラム「春秋」で知りました。

「世界的に見ても先駆的な帝国主義論を出版し、明治政府をこっぴどく批判した。足尾鉱毒事件で田中正造が天皇に直訴しようとした直訴状を下書きした。

 つとめていた有力新聞(万朝報)が日露戦争の開戦論に転じると、辞職して非戦論を唱え続けた。盟友の堺利彦とともに日本で初めて「共産党宣言」を」翻訳した。

 大逆事件では、秋水とともに処刑された者が他に11人いる。特赦で死刑は免れたものの、結局は獄死した者が5人。大半は無実だったとみられている。

 秋水の出身地、高知県四万十市は、きょう墓前祭を実施する。時代はも世の中も変ったが、冤罪はなくなってはいない。法の支配の大切さを改めて肝に銘じたい。」(日本経済新聞「春秋」より引用。

 経済問題専門の日本経済新聞がコラム欄できちんと幸徳秋水を取り上げていただいたことには感謝したい。

 大逆事件が起きたのは1910年。今から101年前rです。日本では反政府運動を非条理な冤罪で押さえ込み、韓国を無理やり併合し、植民地化しました。そして帝国主義・軍拡路線を日本はひた走り、35年後の1945年に無残な敗戦を迎え国土は焦土となりました。

 歴史としっかり向かい合い、世界観をただしく国民1人1人が持たないといけないと思いました。

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2010.12.14

メディア・リテラシーを高めよう

 「メディア・リテラシー」という言葉が語られて久しい。しかし日本語化されずに定着しない。情報を使いこなす能力のことであります。

 参考ブログ記事「メディア・リテラシー」の項目

 以前もこのテーマで考えたことがありました。

 「メディア・リテラシーを実践しよう」2002年「けんちゃんの吠えるウォッチング」

 8年前にもコメントしていますが、わたしの問題意識はその当時とは変化していません。当時のコメントを掲載してみます。

実はこのテーマ以前にも取り上げられました。しかし昨年は9月11日のニューヨークの同時多発テロ。10月8日の米英両軍のアフガニスタン攻撃など、大量の情報を見せられました。

 ニュースや新聞の報道記事は『事実を正確に伝える」ものと私たちは信じてきました。しかし誰がそれを判定するのでしょうか?今一度メディア・リテラシーについて考えてみたいと思います。

1)アフガニスタンでの戦争は,一方では情報戦争でした。ブッシュ大統領は常にテレビに登場し、演説していました。米国国防大臣、安全保障担当官などは,常にプレス発表していました。

 またテロリストと名指しされたビン・ラディンもカタールの衛星テレビ局アルカジ―ジャにビデオ出演し自らのメッセージを全世界に送りました。

2)戦争が始まりますと情報管理がはじまります。今回は衝撃的な無差別テロが発端だけに、戦争に反対しにくい雰囲気でした。アメリカ大統領も,タリバン側も「味方でなければ、すべて敵」という

 極端なプロパガンダを展開しました。これでは冷静に事実を見れません。

3)メディアにとっては大変危険な状態です。体制翼賛放送は,メディアの自殺行為だからです。言論の自由のアメリカで『戦争反対」を叫ぶことには勇気が必要になりました。民主主義にとっても危機だと思います。

* 過去ヒットラーなど煽動者は事実でなく、感情や憎悪でメディアを最大限に活用しました。

  それを見抜く視点がメディア・リテラシーなのです。

* この『吠えるウォチング」という番組。しつこくやっています。「高知市の1市民」が世界からローカルについて発言しています。マスコミや専門家、学者ではなく1市民が情報を入手し、発言することこそメディア・リテラシーそのものです。

* 「健全な民主主義は,健全なメディアとともにある。」ことを肝に銘じました。

 とありました。間違いではないと思います。

 8年前は、このコメントを書くのには、HTMLのホームぺージでした。今はブログで手軽に情報発信ができます。今はツィッターやSNSやYou TUBEなどの情報発信手段も多様化しています。

 あまりに情報が過多なので、そのなかでおぼれてしまう人たちもいます。あいかわらずテレビのニュースが情報源の人たちも多数を占めています。高知では未だに地元新聞社の威力はまだあります。

 プロのマスコミや通信社や出版社が伝える情報にしろ、市民が発信するネット上の情報にしろ、必ず「発信者の意図」があります。それは何かを受信者側は常に考え、考察しなければいけないと思います。

 今年は「小沢一郎はけしからん」「中国はけしからん」「北朝鮮はけしからん」という感情的、情緒的な報道の洪水がありました。そのなかで真実を見分ける目を、市民1人1人が持たないと本当の民主主義は育ちません。つくづくそう思います。

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