blogの伝道師・blogの鬼

2012.05.16

WEB上で社会的な議論は可能なのか?

 よく言われるように日本は学校社会で「ディベート」の習慣がないし、社会的訓練がなされていないからであるとも言われていますね。ですので「しょうもない」自己啓発セミナーが流行していますね。実におかしな現象です。

でもどうしたら米国のようにブロガーが大統領選挙にも関与するだけの力を日本でも持てるのか。そこに言及した議論は残念ながら見つかりませんでした。

 異質の存在や意見を受け入れ、自己主張をできるようなフェイスブックやブログでの交流が広がれば、世論が社会に初めて影響が与えられると思います。日本はまだまだであると思います。

 2008年9月に個人ブログで「社会性を持った議論をしよう。」との記事を書きました。

  社会性を持った議論をしよう(2008年9月投稿)
  
 フェイスブック上にも「政治を語ろう」とかいうグループも散見しますが、主張が偏っていて、「異論を排除する」「一方的に賛同を強要する」ような議論を排除する全体主義的な傾向でした。「改革を標榜する」みんなの党の支持者や、橋下徹大阪市長の支持者にそうした「独善的傾向」の政治グループ(?)が多いようで笑ってしまいました。

 WEB上で実名で正論を言うのが怖いのか、匿名掲示板で憂さを晴らす習慣が日本では長く続いたのかもしれません。必要以上にWEB上で自分を出さない人や、自己主張しない人が多すぎます。

 今日食べたご飯お話や、宴会風景や、景色のばかりの書き込み。または自己啓発的な宗教的な書き込み。自分の会社の宣伝ばかりしている人などざまざまですね。「文は人なり」と昔の人は言いました。自分の書く文章で全人格とは言いませんが、かなりの部分が表現されていますいから。

 「人は見かけが9割」と言いますが、ブログやフェイスブックでの記事の投稿で、自分自身の「すべて」は表出しているぐらいに考えて投稿すべきでしょう。

 私などは隠し事や秘密はありませんので、自己主張もしています。ある意味偏った主張も多いでしょうが、原則「異論」をある「政治グループ」のように排除はしません。主張の異なる者同士の議論はかみ合わないことが多いのですが、我慢して相手の主張を聞き、冷静に意見交換しています。合意は決してないでしょうが、それでいいんではないかと思います。

 それで冒頭の「社会性を持った議論」ですが、道は遠いとは思います。でも議論に参加する個人個人が少しずつ、自分と異なる主張を持つ人の議論を我慢して聞くことができれば、すこしは議論に「社会性」が出てくることでしょう。それまで社会が成熟するのか。そのあたりは日本の市民社会の正念場でありましょう。

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2012.05.08

他人を当てにすることなく、自分でやれることをしよう

  つくづく最近思うのは、私たち日本人は、政治活動や社会運動をタブー視しすぎやしないかということです。憲法で保障された思想と信条と宗教の自由の範囲内でもっとお互いが自己主張すべきです。そうしないとわけのわからないファシストが台頭してきます。

 「政治にはリーダーは要らない」のです。住民自治、市民自治の考え方がすべてです。その考え方を軸に政治手段を解析していけばおのずと答えは見つかりますね。

 他人任せの劇場型政治に期待することはやめましょう。

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2012.03.24

高知県民としての誇りについて

  高知県は保守王国であります。2009年の総選挙で、民主党が全国的に大勝し、政権を担うようになり、長年政権を担ってきた自民党が大敗し、野党になりました。

 しかし高知県では小選挙区ではすべて自民党候補者が当選しました。自民党の組織力の底力を見せ付けた総選挙でした。

 その高知県ですが、県民各位は「政府の言いなり」になり、長年の自民党政権の政策の受け皿になってきたかといえばそうではありません。典型的な事例が、原子力政策を断固として高知県として受け入れませんでした。これは誇るべき県民気質ではないでしょうか。

 先日のNHKのTV放送で、新潟県柏崎市は原発立地交付金を過去に3000億円も受け取ってきたそうです。そのお金でこしらえた施設はなんと125もあります。ではさぞや自治体の財政が豊かといえば、そうではなく財政破綻寸前とか。原発交付金は公共施設の整備費には使途でないそうで、作れば作るほど、後日の維持管理費用に追われ、財政が逼迫することだそうです。

 高知県は県民所得がとうとう日本で最低になりました。ある調査では「幸福度日本1」が福井県で高知はここでも最下位のようです。でもよく考えましょう。原子力発電所が10箇所も立地している福井県。それはたんまり原発立地交付金は入るから、図書館や文化ホールなどの公共施設は立派になるでしょう。

 高知は大きな企業もないから税収も少なく、常に貧しいと揶揄されてきました。しかし美味しい空気と水が豊富にあるのです。2007年の核廃棄物施設の是非をめぐる東洋町長選挙では、「教育費用、医療費、介護費用、水道光熱費用が、核施設を受け入れればすべて無料となります。」という推進派候補者のチラシまで配られていました。

 所得の低い高知県のなかでも東洋町はさらに低く、失業者の多い地域でもあります。でも東洋町の賢明な町民の皆様は「子孫のために思い切り深呼吸できる自然を残したい、」という真摯な気持ちで、核施設反対派候補者を支持し、国に立地を断念させました。本当に高知県は救われたのです。

 過去にも窪川町に原子力発電立地の計画もありましたが、反対運動が広範囲に展開され、断念されました。

 高知の先輩たちは、高知の自然を残してくれました。それがなによりの1番の財産であるとわたしは思います。その自然を損なうことなく活用し、子孫に伝える義務があると思います。それは私たちの役割です。
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2012.03.17

さらば橋下徹と維新の会

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 一体何をやっているのかわからない。ただただ相手を攻撃(攻撃するのは労組など社社会性のない弱い相手)して、なにやら喝采を浴びているようです。

 南海地震が起きれば倒壊することが間違いない咲州庁舎で「大阪都」構想の会議をする無神経さ、危機管理のなさに呆れるほかはない。マスコミのそのあたりを全く追究しない。おかしいのではないのか。

 橋下徹大阪市長は「3・11」以降、日本の社会が全く変ったことを気がついていない。いや意図的に無視しているんでしょう。危機意識が皆無な人物だからです。

 さて最近面白くないので論評をしてこなかった野良犬メディア(週刊現代)ですが、2012年3月17日号には面白い記事がありました。

 「西部邁 民主主義のど真ん中から「愚かなご主人様」が生まれる 橋下徹ちこの時代。私は高考える」(週刊現代3月17日号 P180-183)はなかなか面白い記事でした。

 週刊現在さんごめんなさい。あんまり面白いのでブログに画像を貼り付けました。

「17世紀のヨーロッパの言葉で「すべてを単純化する恐ろしい人々」というものがありますが、橋下さんたちはまさにこれにあたります。「すべてを子供っぽくする哀れな人々」ばかり。

 残念ながらそれが日本の現状なんでしょう。(「庶民の知恵なき「議院」P182)

「確かに、明治維新では「ご一新」と言って「古いものをはすべて壊せ」「すべて一新せよ」という風潮があったことは事実でしょう。しかしこれは根本的に間違った考えです。

 「維新」の「維」の字には、糸が縦横に繋がっているという意味がある。「過去・現在・未来がしっかりと繋がった歴史がある」ことを指す言葉です。

 つまり、古くからある国家としてのコモンセンスを、現状に合うような形で新たに応用していく。それこそが、本来の「維新」ということ。ところが平成改革のどれ1つとっても、日本に古くからあるコモンセンスを守りつつ現状を改革する、という真の意味での保守的改革論は、ほとんど1行もありませんでした。

 変革自体はいい。しかし何を守るたまの変革なのか。それが維新論、革命論の本質なんですが、橋下さんがそれを分かっているようには思えません。(維新は「御
一新」にあらず。P181)

 もとは60年ブントの活動家で、今は右翼言論界の重鎮になっている西部邁氏にとっても、橋下徹氏と維新の会は、「幼稚なデマゴギー集団」としか写らないようで意外にも、全く評価していません。むしろボロクソですね。

 アメリカの大統領選挙は、延々と予備選挙をやる中で、いろんな角度から議論され、淘汰されてかつ残ったものが、「アメリカ帝国」のリーダーになる。そういう過酷で長いプロセスがあるから、独裁者が台頭するのを防止する仕組みがアメリカにはあると西部氏は言います。日本はそれがないから「危ういとも」。

「日本においては、議会政治のメルトダウンと、政党政治のブロークンダウンが急速に進行しています。議論やチェックがないに等しい。そんなところで首相公選制をやろうとするなら、我々は「民主主義のど真ん中から独裁者が生まれる:可能性、それどころか必然性を考えなければならない。

 アドルフ・ヒトラーは1933年の授権法(全権委任法)で独裁者になったわけですが、何も勝手に全権を奪ったわけではない。国民投票でそれを決めたのです。

 過去の数々の実例を見れば「議論なき、議会なき公選制」がどれほどインチキで、トンチキな最高指導者をもたらすかということは、歴史の教訓の第1に挙げられるべきです。」(P182)

 ヒトラーに全権を委任したドイツ国民は、6年後の1939年に第2次世界大戦に突入。12年後の1945年に惨めな敗戦で国土は焦土となりました。

 西部邁は「船中」ではなく「車中」で思いついただけであり、車でも乳母車だろうと悪態をついています。実に面白い。

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2012.03.13

「2011ベスト・エッセイ」を読んで

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 「2011ベスト・エッセイ」(日本文藝家協会編・光村図書・2011年刊)を図書館で借りてきて読みました。日本を代表する作家78人のエッセイが掲載されています。別の新聞や雑誌などに掲載された文章です。

 やはり私などの雑文と違い、プロの人たちの文章は一味違いますね。なるほどと思わさせる力が短い文章からもほとばしります。

 「吉田兼好はその「徒然草」を二十代から書き出したので、私たちが今読んでいるものには青年の妖気と老爺の枯淡が混じり合っている。だが、わたしたちが一読して、これを見分けることはきわめて困難である。

 ここから私たちが知れるのは、「若いときから、老人になった自分を想像的に先取りしておくほうがいい」ということが久しく本邦のの常識だったということである。

 その常識は1960年代頃にきれいに消え去っていた。当時ひろく人口にひき言い回しに「Dont trust over thity」というものがあった・「30過ぎの人間を信用するな」。自己形成のロールモデル」なんかわれわれは持たないぞ、われわれは成熟なんかしないぞと主張していたのである。
 
 「成熟しないぞ」と言えるのは、「今の自分がベスト」だと思っていたからである。

「若者はそのつど、それと気づかずに、自分の老人状態を先取りする。若い時に「老人というのは、これこれこういうものである」という断定をなすと、その言葉はそれから後の彼の人生を深く、決定的に呪縛することになる。

 だから,迂闊なことは口にするものではないと思う。いずれにしても、手際よく早死にする以外に老人になることからは逃げられないのであるから、せめて「実際にそうなってしまったときに困らないように」、若いときは老人の条件を設定しておくことをお勧めしておきないと思う。

 老人になるころには、考え方も体つきも、今と全く変ってしまっているだろうが、それでも「ここ」だけは決して変っていないだろうという点が必ずある。それがいわゆる「アイデンティティ」なるものの礎石になる、

「もう1つは、老人となった自分のありようについて、あまり具体的に細部にわたって想像しないこと。職業とか年齢とか、家族の有無とかはあいまいにしておいたほうがいい。

 最近「老い方」についての本をよく見かけるが、「若い人のための老い方」のガイドブックだけはついぞ見かけない。今一番必要なのはそのような種類の知見だと思うが、企画する出版社はなさそうである。」(内田樹「年の取りかたについて」P109)

 長く引用しましたが、「さすが」だと思わせる文章ですね。私の意識は40年前の高校生ですが、外観たるや白髪の親父です。若さのカケラもありません。

 覚えてますね。「30歳過ぎの大人を信用するな」とか、「怒れる若者たち」とか。当時はずっといつまでも自分は若者であると思いこんでいましたね。老人とは祖父母たちのことであり、彼らが若いときの時代については想像もできませんでした。

 また「古典に読む介護」(大塚ひかり P61)も味わい深い。

「母が脳出血で2度倒れ、認知症・車椅子状態になった。楽しみは食べることと、新しい服を着ること、週3回、施設での若い男によるマッサージである。そんな母を見ていると、古典を読んでも、介護とか老人がらみのテーマが目についてょうがない。

 で,気付くのは、短命と思われがちな昔の人の意外な長命さ。そして介護を必要とする老人の置かれた厳しい状況だ。」

 「鎌倉時代の沙関石集の著者無住も数えで87の長命を保ち、「雑談集」という著作は80過ぎて書いたと驚異的な人だ。それだけに介護の話しも多く、「雑談集」巻第4巻冒頭には”老は八苦の髄一、昔に変りて、見苦しく,障りのみ大き中にも、人に厭い憎まれ、笑はれ侍り”とあって、身体の衰え以上に、人にないがしろにされる精神的な辛さが老いの苦しさであると、高齢者ならではの実感が綴られている。」

「出家をしても年老いても、生々しい欲望を抱えているのが人間、「生きる」ってそういうことなのかも。逆に言えば、食とか性への生々しい欲望がある限り、その人は確かに「生きているのだ」とm母の顔も一方では浮かび、かなしくも頼もしい気持ちになる。」

 わかりますね。その気持ちは。でも超高齢の両親と向き合っているとなんだか素直になれるのです。このごろは。

 それぞれの作家の文章は「切れ味」がありますね。文章力では遠く及ばないですが、とても参考になりました。「文はひとなり」と言います。短いエッセイのなかに「人となり」が実によく出ています。

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2012.03.06

フェイスブック・ツイッタービジネス活用セミナーを受講しました

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 3月6日は高知法人会主催「フェイスブック・ツイッタービジネス活用セミナー 販路開拓。新規顧客育成のために」を午後から受講しました。会場は高知市ラビータ8階ホールです。100人程度の受講者がいました。30代.40代の年齢層が大半。私などは受講者の中では高齢者のほうです。
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 講師はブリッジ・リサーチ&コンサルティング代表の阿部満氏。過去富士ゼロックスや京セラでIT関連のマーケティングに従事。独立開業後は経済産業省のITコーディネーターや全国各地で講演活動をなさっておられます。
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 私の場合は、2002年ごろから自力で会社のホームページ(現在のページは2009年にお専門会社で作成)をこしらえ、個人のページも作成しました。個人ブログは2004年から始めました。ツイッターも登録だけはしていますが、していません。フェイスブックは昨年からはじまました。

 特にフェイスブックやブログは「ビジネス」目的に活用することは、あまり考えたことはありませんでした。
 
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 阿部氏はずっとIT関係の業務をされていましたので、事情に詳しい。
「従来のWEBツールであるホームページは、引っ張ってくるタイプ。ブログは引っ張り、押し出すタイプ。メルマガは押すタイプです。これからの時代は従来のWEbに加えて、ソーシャルメディアも上手く活用し、ビジネスに役立てましょう。」と言われました。
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 阿部氏は「ネット社会における手法と方法論」についてはこう述べています。

 売り上げ=客数(見込み客増加・見込み客に購入)×客単価(ついで買い・まとめ買い・高額なものを請入)×購入回数であると言います。
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 ホームページやブログを頻繁に更新し、キーワードを選定してSEO対策、検索エンジン対策をしなければなりません。

 現在日本の「ソーシャル」メディアですが、フェイスブックが1000万人。MIXIが1500万人、TWITTERが2300万人と言われています。

 ソーシャル・メディアは何のために活用するのか?それは「企業のイメージアップ作戦」に多大に貢献する道具であるからです。多数の同業他社から自社を選択していただく。その理由は何か?

 それは「ネットで口コミ」をしてもらうことです。一方的な宣伝は皆聞きたくない。しかし「食べ・ログ」のように、お金をもらって消費者になりすました企業人が書き込むことでは情報に信頼がなくなります。フェイスブックは実名登録なので、嘘は書きにくいという抑止力が働きます。
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 また阿部氏は「これからのネット活用は宣伝よりはファンづくりが肝要」だと言います。「それは近頃の消費者は、ストレートな広告は無視するのに慣れています。一方口コミはとても信用しています。」
Socalmkizi

「ブログやツイッター、フェイスブックでの社交(ネット上でのご縁を増やしファンをはぐくむことは、ネット上に強い営業部隊ををつくり、それを拡大させるためのとても合理的な戦術です。」
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 ファン作りの4つのポイントとは。

①感謝する②共感する③褒める④先に応援してあげる  です。

 フェイスブックでは、「いいね」をおしますと「ファンをつくること」になり、ウォールやニュースフィルドにその投稿項目が現れます。本名で登録しているので「信頼度」が高い。信頼度の高い口コミであるとフェイスブックはいえるのです。
 
 フェイスブックの右側にスポンサー広告は、各人の購入見込みを予測した広告となっているようです。フェイスブックに個人の趣味や年齢、地域や個人情報をあれこれ書き込んでいるので、ターゲットが絞り込みやすく、マーケティングが出来るのです。

 阿部氏の講演内容のベースにはアメリカのビジネス理論が踏襲されています。論理的であり曖昧さがありません。

 ペルソナ(お客様像)-ベネフィット(要求)-導線計画(購入)というマーケティングの理論もぼうとして1度聞いたぐらいでは理解できませんから。
Perusonam


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 また阿部氏は「大都市が優位ではなく、地方にもチャンスがあります。顧客にとっては場所は問題ではありませんから。」と言うことも言われました。
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 3時間の講習は内容が豊富で多岐でありました。中高年親父の「許容量」を超えているようです。今のレベルでまとめるだけの内容で講義内容を記述してみました。

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2012.02.09

「新左翼とは何だったのか」を読んで

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 「新左翼とは何だったのか」(荒岱介・著・幻冬舎新書・2008年刊)を高知市の片桐書店で購入して読みました。はりまや橋のあるこの老舗の書店。TUTAYAのような大きな書店ではありませんが、わたしの問題意識にあう本がありますね。以前も「原発・正力・CIA」もこの書店で購入しましたから。

 わたしも40年前の今頃高校を卒業できなくなり、留年した苦い思い出があります。当時の連合赤軍事件が深刻でした。当時わたしは毛沢東思想を信仰していました。高校生の反戦運動にも関わりがあり、後に部落解放運動へも関与時期もありました。

 また高知の田舎でも中央の党派闘争の影響があり、10人対10人の乱闘があったりしていました。田舎の高校生にも大きな影響をあたえた新左翼。これはいったんなんであったのか?

 わたしも「連合赤軍と新自由主義の総括」を最近のテーマにしています。それで読んでいました。

 著者の荒岱介氏は945年生まれ。早稲田闘争や第2次ブントの社学同(社会主義学生同盟)委員長。三里塚闘争や東大闘争で3年間服役されました。現在は67歳。著書は4年前に書かれていました。

 日本共産党が独占していた敗戦後の社会運動・革命運動。しかし1953年にソ連の独裁者スターリンの死後、1956年にフルシチョフによるスターリン批判の衝撃は全世界に波及しました。

1956年にソ連の衛星国家であったハンガリーで、市民が決起し独裁権力者を追放し、民主化ののろしを上げました、。しかしソ連は軍事介入し民主化の動きを圧殺しました。その事態にソ連共産党炉頂点に、各国共産党が配下にいるのですが、日本でも日本共産党から、独立した組織や運動体が誕生しました。それがブント(共産主義者同盟)や革共同(革命的共産主義者同盟)であり、社会党からも社会主義協会や革労協といった新左翼が誕生していきました。

 1960年の安保闘争や、三池争議の支援。敗北と衰退から、再編成し1970年安保前後の社会闘争は新左翼党派や、ノンセクトの学生運動体である全共闘により担われました。わたしも高校ー大学時代は翻弄され続けていました。

 日本共産党は1951年には武装闘争を指導していました。それが1955年には全面批判し、それを放棄。議会で多数をめざして運動をする方針になりました。

 筆者は共産党を評してこう述べています。「党の綱領や方針はいつも正しいが、党員の品性や特性に問題があれば実現されないという主張なのです。宗教団体みたいなものです。」(P39)

「それにしても、大衆運動が自派の統制のもとにあることだけを基準とする、共産党のセクト主義は行き過ぎています。それで闘いの意義まで否定するのだから、大衆運動がおきるたびに、共産党は運動団体と対立「することになってしまいます。

 そしてそんな体質、じつは新左翼も引くついでいることを読者は追ってみていくことになるでしょう。」(P52)

「スターリン批判とハンガリー動乱のなかで明らかになった前衛党の権威失墜は、日本でも60年安保闘争での共産党の徹底した運動抑制、闘争放棄により、日共=前衛幻想の喪失としては完膚なきまでに刻印されたのです。

 このあたの60年代後半の70年安保反対闘争は、共産党や社会党を批判する新左翼が幅を利かせて」闘われていきます。」(P68)

 しかし著者は「出目に縛られる新左翼の弱いところ」(P68)を的確に指摘しています。

「ここで小括的にまとめるならば、新左翼は以上述べた歴史的事象から派生しているが故に、そのレーゾン。デートル(存在理由)として引きずり続ける以外はない出目的特性をもっています。

 その1つは、ハンガリー動乱にみられる民衆蜂起は、スターリンの恐怖政治がもたらしたものであり、スターリンはマルクスやレーニンの言説とはかけ離れた彼独自のイデオロギーを作って、一国社会主義建設可能論という自分の政策を正当化していたという批判に端的な、スターリン主義へのアンチという立場です。

 (中略)

 それは新左翼に即して言えば,トロッキーも含めた原典に戻り、理論戦線においても本来のマルクス・レーニン主義を取り戻すべきだ、またその実践を行なうべきだというピュアな問題意識に即したンものといえるのですが、その裏腹として、とんでもない自己絶対化と尊大化、差別意識を生み出すことにも直結しています。


 つまり「反○○」というアンチ思想は、対象としての絶対像(ないしは侮蔑の対象を必要とするのであり、この絶対像に該当とされるものとされるや、たとえば対立党派は、民コロ、ウジ虫、青虫、赤虫と在ってはならないもののように扱われていきます。そこでは対話が成立する余地は生まれないのです。」

「そのため理論における1国社会主義建設批判としての国際連帯、党独裁批判としてのソビエト(労働者評議会型革命、プロレタリア民主主義の確立などの諸内容も、エートスとしては自分たちの内側に対してだけ適用される規範でしかなくなります。「内部規範、外部対抗」などと、外に対してはすべて否定の対象とする体系化が行なわれてしまうのです。」

「また、ベーシックに返れという新左翼の問題意識は、マルクス、エンゲルス、レーニン、とロッキーなどの原典を守れという、教条主義と表裏一体のものとして新左翼を成立させています。

 イスラム教で言えば「コーラン」を字義どうりに解釈し、そのまま実践すべしという原理主義勢力と同じようなものとして、教義を変えること自体が許されなくなるのです。

 この結果新左翼の教義問題は、宗教の教義問題と同じになる宿命を孕むことになります。マルクスはこういっている。レーニンはこういっていると、経典化された文献からの引用で自分の主張を飾るのは新左翼の特徴であり、トロツキストはじつはトロッキー教徒なのです。

 つまり「新」は「守旧」でもあるパラドックスももとに成立することになってしまうのです。

 中略

 そんな世界だから、学窓的知のクロスオーバーなど生まれようもなく、あったとしても「マルキスト」という枠をもった同好の士が集うだけになってしまいます。

 たとえ原典に従えというだけでは、時間性と場所性に対応できないという場合でも、結局は宗教のように自派の教祖を崇めるだけという結論になります。

 外に向って対話していく構造は、新左翼の出目においては生まれない構造になっているからです。」(P71「出目に縛られる新左翼の弱いとこ})

 荒氏のわかりやすい的確な指摘であるとあると思います。「人間を解放するという革命思想が、なぜ同士を殺害し、少しだけ考え方の違う他の党派の人たちと殺し合いまでするのか?」高校生の時以来40年間人知れず悩んできた問題が、ここではすっきり明らかにしていただきました。

 なるほど新左翼理論の多くは、「生い立ちから制約」されたものであり、他者との対話を拒絶する偏狭な「原理主義」であったかと。40年前に早くそれに気がついていたら「高校留年」という回り道もしなかっただろうし、以後悩むこともなかったことでしょう。

 ただその後わたしは2000年にいろんな人たちとの出会いから、ラジオ番組をこしらえることになり、自分でゲストを招聘し、話、それをホームページにオまとめるという、大変個人的にはハードなことを私的な時間にやりました。

 政治的立場の異なる人。主義主張の異なる人を遭えてゲストに招き、主義主張を聞きました。そして私心を入れずに記録に残しました。そして気がついたのです。

 「異論は異論として冷静に聞かないと。そのうえでよりよい解決策を見つけるべきであると。」つくづく最近はそう思います。

 早熟であった「政治少年」も今年10月で59歳になります。来年は還暦なんですね。ようやく長年のテーマであった「連合赤軍と新自由主義の総括」が出来そうになりました。

昨年の3月11日の東日本大震災の大被害は、南海地震で甚大な被害を受けるであろう高知市二葉町住民の私にとって深刻な影響を与えました。「思考停止」状態になりました。いまでも思考はそのこと中心なんですね。

 それだけに今回の荒岱介氏の著作「新左翼とは何だったのか」は大変参考になりました。

 この本にある左翼政党・新左翼の分岐図を画像にあげます。既に消滅した政党・セクトも数多いですね。日本の政治状況も混乱を極めていますが、一時期に日本社会に大きな影響力をもっていた新左翼も「政界再編」の一翼すら担っていませんね。それだけ政治的に不毛な風土であったのでしょうか?

 日本社会のあるべき姿や行く末が、求められている時期に、きちんと構想や未来図を示せる政党なり社会運動体が現れないと日本は救われないことも事実です。

(左翼政治勢力の変性図。「新左翼とはなんだったのか」の付録です。)
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2012.01.09

メールだけでのお付き合いでは駄目ですね

  年賀状という習慣が電子化時代になっても廃れない。最近では老いも若きも皆パソコンで作成した年賀状が大変です。ですので「手書き」の年賀状はとても目立つし価値がありますね。

 一時期こちらが年賀状を出しているのに返信がメールで来るという「無礼」な人がいました。今はさすがにいなくはなりましたが。葉書には葉書。メールにはメール。それが礼節というもんでしょう。

 ところで普段のコミュニケーションもメールだけで事足りるとか言う人が未だにいるのが不思議。直接面談し、話してみないと全人格はお互いわからない。

 今の時代は大変ですね。団塊から上の世代ではまずメールはやらない。殆どが手書きの手紙か電話かせいぜいFAXですね。コミュニケーションに大変な労力が今となってはいりますね。でもそれは仕方がないし当然であると思います。

 ご年配の方々のコミュニケーションの道具にパソコン・インターネットはなじんでいませんから。当たり前ですね。
よくメールやブログやフェイスブックだけでコミュニケーションは十分であると言われる人たちがいますが、全然そういうことはありません。

 まだまだ世の中「アナログ世界」なんですから。

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2011.12.23

ブログをマーケティングの道具として使う

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◆ ブログをマーケティングの道具として使う
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  ボクがブログを始めてから、1年ちょっとたちました。
 
  いろいろとやってみて、結果です。

  企業がブログをやることは、
   とってもメリットがあることです。


  マーケティング的に言うと、
   大きな効果があると思う。


  でもね、


  ブログを効果的なマーケティングの道具にするためには、
  けっこう覚悟が必要です。


  ブログは、Facebookページやツイッターと比べて、
  時間とコスト(人件費)がかかるということ。


  Facebookページやツイッターは、
  ユーザーとのコミュニケーションが目的です。


  ブログもコミュニケーションが目的という一面もありますが、
  そのコミュニケーションのしかたがちがうっていうこと。

  ブログはあなたの会社がもっている

  専門的な情報を配信して、

  潜在顧客との「コミュニケーション」を
   とるのが目的だということです。

  ほとんどのインターネットユーザーは、

  自分の問題を解決するために
   インターネットを使って情報を探している。


  ブログで専門的な情報を発信していると、

  あなたの発信した情報が、
   誰かの目に触れる可能性があるということです。

  あなたの会社の専門性のある情報を発信していると、
  あなたの業界の関係者や
  そのような専門性のある情報を探している企業の担当者が見る。


  その情報が役立つ情報だったり、
  問題を解決する情報だったり、
  専門性のある情報だったりすると、

  あなたのブログは定期的に、継続的に見られるようになります。

  そうすることで、読者との間に

  「ゆるかやか関係性」ができるのです。

  「ゆるやかな関係性」


  これはあなたの会社の信頼度を上げ、
  好きになってもらうということ。

 
  そうなったら、

  ブログ読者の企業が、
  あなたの商品やサービスが必要になった時に

  問い合わせをしてくれたり
  買ってくれたりするんです。

  さらにいいことは、

  あなたの発信する情報が、
  独自の視点の専門性のあるものだったら、


  業界から講演依頼が来たり、
  マスコミの取材依頼、
  業界紙の執筆依頼なども来ることがある。


  マスコミなどもブログを探してネタを探しているのです。

  ボクのお弟子さんの会社でも、

  ブログの情報を見てくれた読者から、
  講演依頼があったり、執筆依頼が来たり。
  実際そういうことが起きています。

  温泉旅館の女将さんが、
  観光業界や保険業界で講演したり、

  美容院のオーナーが業界誌にコラムを書く。

  そうなれば、

  業界を代表する企業・人として認識されるようになり、
  認知度、信頼度が増すんですね。


  結果、売上や利益に貢献してくれるんです。


  そして、


  うまく「しくみ」を作り出すと、
  メールアドレスや住所氏名を獲得することもできるようになります。

  たとえば、あなたのブログの情報を読んだ読者が、
  その記事に共感して好きになってくれたとします。

  そこでもっと詳しい情報を知りたいと思った。

  そういう読者には、

  資料請求してもらったり、
  メルマガに登録してもらったりする。

  メルマガは、インターネット上で使える「プッシュ型」のツールです。

  あなたの好きなときに、情報を届けることができる。
  これはとっても有効なマーケティングツールになる。

  解説しなくても想像つきますよね。

  メルマガに登録してくれた読者は、
   Facebookの読者とはちがいます。

  Facebookに登録する時、
   売り込まれると思って登録する人はいませんよね。

  コミュニケーションが目的にしている人がほとんどですから。

  だからFacebookでの商売は難しいわけです。

  でも、メルマガに登録する時、

  もちろん詳しい情報やお得な情報が欲しい
   っていうのもありますが、

  ある程度の売り込まれてもしょうがないな、
   と思っている人が多い。


  だから売るためにはメルマガがいいというわけです。


  あと、ブログは続けていると、
  検索で上位になりやすいという特性があります。


  記事が充実したブログは、
  検索エンジンや読者からの評価が高くなる。


  つづけていると、特別なSEO対策をしなくても、
  検索の上位に表示されるケースが多くなります。


  ボクの場合、1000記事を超えた頃から、
  検索の上位にくる記事が多くなってきたような気がする。


  検索から、あなたが発信している情報の周辺を調べている
   潜在顧客を誘導することができるわけです。


  検索で訪れた人も、
   あなたの記事に満足すれば

  Facebookページで「いいね!」をクリックしてくれたり、

  ブログ記事をシェアして拡げてくれたりするんです。


 
  さらに、充実したブログがあったら、
  Facebookのウォールやツイッター投稿にも応用できます。


  ウォールに投稿されたリンクを見て
   ブログにアクセスしてくれるようになる。


  ブログの内容を元に
  コミュニケーションをすることができるということ。


  こういうふうに考えてみると、

   結果、潜在顧客が見込み顧客へ、
   実際の顧客へと誘導するシナリオができますよね。

  このシナリオが大まかにできたら、続けてみることです。


  ブログは企業が専門情報を発信して、
  それに興味をもってくれた人を増やすのが目的なのです。

  見込み客を増やすということです。

  あなたの会社がまだブログを初めていなかったとした、
  あるいは本腰をいれてやっていないとしたら、

  ぜひスタートしましょう。


  ブログの、

  ターゲットは誰なのか?
  目的は何なのか?
  どういう結果を期待するのか?


  これを決めて、目的をもって、ブログをやってみましょう。

  ということだそうです。

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2011.12.07

ボケ老人という言葉は手軽に使わないでほしい。

  頑迷で頑固な経営者や政治家を批判し、揶揄する表現で「この呆け老人が」という言葉を使用する人たちが未だにいます。嘆かわしいことです。

。ただおかしな意見をいう高齢の人たちの例えに「呆け老人」という表現はなるべく使わないでいただきたいのです。

 個人的な意見ですが、わたしには父(92歳)と母(86歳)が健在です。父は脳血管障害と慢性腎不全の影響で失語症になっています。母の場合は軽度の認知症になっています。どちらもなりたくて病気や認知症になったわけではありません。

 国民の意識や不安や生活感覚から著しく逸脱した財界人を批判するのであれば、他の「表現」でお願いします。彼らの場合は「非常識な財界人」とか、「生活感覚を逸脱した自分本位の金儲け主義者」という表現で批判すべきであると思います。

 自分たちだけは安全な場所にいて、身勝手な経済論理ばかり言っている経済評論家や報道関係者も同様に断罪されるべきです。わたしは「言葉狩り」をしているのではありません。身内に超高齢者がいるので、高齢者を冒涜する言葉は使用していただきたくないという気持ちで意見を述べさせていただきました。

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