人繋がりネットワーク

2017.03.21

広報・下知減災2月号が発刊


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 下知地区減災連絡会・広報紙「広報下知減災」(2017年2月号・15号)が発刊されました。事務局長の坂本茂雄さんのご尽力です。
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 今回の紙面は現在下知地域で取り組んでいる下知地区防災計画特集です。2017年2月1日に開催された「第7回下知地区防災計画検討会」の詳細な報告がされています。昭和小6年生の「防災学習の発表会」は素晴らしく、大いに地域の底上げになりました。

 下知地域では、昨年度の内閣府のモデル事業でスタートしましたが、当初から「事前復興計画をこしらえる」ということで意見交換と検討を繰り返してきました。そして5つの課題に集約して行くことになりました・
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「子供」「高齢者・障害者」「働く世代」「コミュニティ」「防災に「も」強いまち」です。それぞれに課題があります。どうすれば、今までのワークショップやワードカフェを通じて出てきた意見を実現させるためにはなにが必要なのか?

 今後はより実践的な「アクション・プラン」を立案し、どんどん実践し、地域全体を盛り上げる創意工夫が必要となりますね。下知地区が「モデル地区」ですから、なんとか成功事例とし、他の地域へも波及させていかなければ、地区防災計画は成功しません。
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2017.03.16

第7回コミュニティ計画推進市民会議

 2017年3月11日(東日本大震災から6年目)は、「コミュニティ計画推進市民会議・第7回全体交流会」へ参加ししておりました。午後1時半から17時半までの長丁場。終了後は懇親会がありました。

 下知地域内協議会会長の国見俊介さんと、連携協の個人会員であり、」高知市まちづくり未来塾のメンバーの鍋島佐和さんのお誘いがありましたので、急遽参加しました。本来なら前日プロギア・レディスの父(97歳)の観戦を車椅子を持参ししていました。上天気でしたので「海の散帆」へ行く予定でした。高知市の地域コミュニティ推進課関係の会合は、3月13日にも予定されています。

 最初に吉岡章副市長の挨拶と、「高知市のコミュニティ施策」訪うテーマで講演がありました。」
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 そもそも論でいきますと吉岡副市長のお話で理解しましたが、高知市のコミュ二ティ計画の歴史は古く、坂本昭時代に「コミュニティ・カルテ」(坂本市長は医師でしたので、地域の実情と課題をカルテと呼んでいた。)があり、対応部署として昭和51年に「自治活動課」をこしらえました。

 ところが同時期の昭和50年と51年に高知市は大雨洪水災害が2年連続で起きました。その後を継いだ横山龍雄市長は、市民の命と財産を守るために排水施設整備や雨水対策を最優先課題として長年やりました。

 どんどん人口が増えていた時代でありました。そして平成5年から「地域コミュニティ計画」づくりを各地域と一緒になって策定していきました。最近では少子高齢化問題や、人口減少問題と南海トラフ地震対策が高知市政の大きな課題となっています。

 「住民主体のコミュニティ」を目指しています。と説明されました。

 続いて一宮地区、布師田地区、下知地区、朝倉地区の各地域活動の発表がありました。
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 一宮地区はコミュニティ計画を実現するための活動が報告されました。「地域の見守り」「青少年の育成」「安心・安全」「文化・厚生」「地域福祉」「コミュニティ」等が事業として活発に展開されています。

 布師田地区は、地域の中にある歴史資源と自然を活用したコミュニティづくりを実践されています。「ぬのしだめぐり」というウォーキング・マップをこしらえています。布師田の旗をこしらえ、お祭りを企画し、餅まきや寄せ鍋などを行い、地域の親睦から、コミュニティづくりをされています。
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 下知地区は、国見俊介会長が、地域の事業の報告と意義をお話しされました。「無理なく。継続できる、ゆるい交流事業を心がけました。」と言われました。
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 ラジオ体操は土日はお休みで2週間・10日間実施しました。参加した子供たちには景品も差し上げました。大人にもです。スマイル・フェスは、7月にちより街テラスで開催しています。地域に関連した団体や商店がお店を出し、コンサートや踊り、で参加者も盛り上がりました。また昭和秋の感謝祭(11月3日)には、防災を手軽に体験してもらう工夫もし、実施されています。
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 BONDS(ボンズ)という地域コミュニティ紙を、下知地域内にある藁工ミュージアムと連携して作成し、下知地区の全世帯に配布しました。現在下知地区防災計画も推進されております、そのテーマは「事前復興まちづくり計画」なんです。

朝倉地区の場合は、朝倉小と朝倉第2小の住民同士の交流を目的に活動されています。どの地域にも共通な課題「やっている人達が年配者ばかり」「後継者が育たない」「若い現役世代が地域活動に参加しない。」悩みを抱えています。

 地域コミュニティの強化しなけば地域は元気になりません。「地域コミュニティの再構築は、多様な主体が協働する新たな地域・個性ある地域」を間褪しているようです。

 各地域の活動は多様性があります。でもベースは人の絆であり、地域内でお互いが顔見知りになり、一緒に行動することにつきます。
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 交流カフェを挟んで、地域コミュニティの先進地区である岡山県倉敷市箭田(やだ)地区の取り組みと活動内容の説明を受けました。とにかく尋常な活動ではない。8つの班が年中なにがしかの活動をしています。

 内容は素晴らしいし、レベルも高いです。しかし岡山県は災害がシクなく、大手企業も倉敷市には立地し、同時に観光都市でもあります。倉敷は50万都市(企業も多く税収が多い)。高知市は30万。経済力もありますし、市民各位が余裕があるように感じました。高知と条件が違いますので真似はできないと思いました。
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 続いて懇親会をしました。こちらは高知流の宴会となりました。当初は参加に躊躇しましたが、行って見ていろんな「世界」があることが分かっただけでも大成果です。
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2017.03.02

岡村教授高新大賞受賞祝賀会


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2017年2月25日は、高知市二十代町の居酒屋ポンタにて、「岡村教授高新大賞受賞祝賀会」(主催・NPO法人高知減災ネットワーク)が午後18時から開催されました。岡村眞先生にゆかりのある関係者が20人集まりました。

 岡村眞先生が、第24回高新大賞(高知新聞厚生文化事業団主催)で授賞式があったのが、2017年1月6日の事。随分日にちが立ちましたが県下各地から防災関係者が参集しました。

 学識者、行政関係者、自主防災会活動者(安芸市・高知市・土佐市・黒潮町)から来ていました。
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 岡村眞先生はスピーチの中でこう言われました。

「私が高知で防災講演会を始めて今年で37年になります。昨日の室戸市の講演会で、海上に7万人の県民の皆さんが来てくれました。

 でもやはり聴講者は年配者が多い、1番聞いていただきたい、子育て中のお父さん、お母さんに聞いていただきたいです、子供さんの命を守らなければいけません。わたしは残りの人生それにかけたいと思います。」

「津波の被災地を回りましても、津波が到達していない高台の上に日本国中神社があります。それはその地へ逃げて命が助かった住民が、「神様のご利益のお蔭だ。」ということで自分たちが資金と労力を提供して建てています。凄く現世の利益があったからなんですね。」

「黒潮町津波想定が34Mですが、スマトラ地震時には平地の海岸で40Mの大津波が来ています。別に驚くべきことでもなんでもありません。」

「やはり防災対策、減災対策は文化にしないと駄目でしす。

「過去5回の南海地震はどうですかと問いますと、ほとんどの人が回答できません。文化が浸透していない証拠です。

 正解は1458年(明応地震)、1605年(慶長地震)、1707年(宝永地震)、1854年(安政地震)、1946年(昭和南海地震)です。」

「やはり若い人達は地震津波に安心な高台へ住んでもらたい。防災講演会へ来ないから、みすみす津波の来る地域や、液状化する地域に家を建てます。それをなんとか山させたいですね。強制ではな「気づき」になればいいなと思います。」

「わたしは大学に研究室は退官後もあります。出身地の佐賀へは帰らず、高知で次の南海地震が来るまで見守ります。」
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 やはり信念をもたれている岡村眞先生の言葉は思いです。先生にご指導を頂きながら高知市下知地区で「防災文化」「減災文化」を広めて行きたいと思いました。

 岡村眞先生本当にご苦労さまでした。これからも至らぬ私どもにご指導をよろしくお願いします。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-f930.htmlhttp://futaba-

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2017.03.01

富士市事前都市復興計画―概要版

 先日の下知地区防災計画の事務局会の時に、コンサルタントの方に静岡県の「富士市事前都市復興計画 概要版」の資料を頂きました。詳しくはホームページにあるとか。

http://www.city.fuji.shizuoka.jp/machi/c1201/fmervo0000012vzc.html

(富士市事前都市復興計画を策定しました)

 ホームページには事前都市復興計画についての見解を書かれています。

事前復興とは

 事前復興とは、過去の震災等の教訓から、自然災害により大きな被害が発生したことを想定し、減災や復興のためのまちづくりを住民や事業者と行政との協働で推進していく取組のことです。

 東日本大震災では、発災後の混乱の中、復興に向けたまちづくりに着手しましたが、膨大な復興業務に対する人手不足や行政主導の復興計画の策定に対する住民等の不満、地域コミュニティの崩壊など、復興に対する様々な問題が発生し、復興の遅れ等につながっています。

 このような問題を解決するため、平常時から復興に向けたまちづくりを住民・事業者・行政の協働で進めていくことが事前復興の大きな考え方のひとつです。
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富士市事前都市復興計画とは

 富士市事前都市復興計画とは、事前復興の考え方を基に、本市において発生が危惧されております南海トラフ巨大地震による被害を想定し、発災後、迅速かつ着実に復興できるよう、復興の方針や進め方など、復興に向けたまちづくりに関することを平常時から市民・事業者・行政で共有するための計画です。

 平成26年度と平成27年度の2ヵ年で策定しました。

 都市計画課が策定の主導をしており、行政が事務局機能を担っているようですね。

 市民参加はどうなっているのかと言いますと、何回かの「委員会方式」であり、後から「パブリック・コメントを受け付ける式のようですね。

策定体制

 計画策定に当たっては、庁内の関係部署で構成される計画策定委員会と学識者や関係団体、市民委員で構成される計画策定市民懇話会を組織し、検討を進めました。

 私の私見。

 全市的に取り組んでいくことは素晴らしいことであると思います。高知市の「コンパクト・シティ」の検討会成るものが、14万人の浸水予定地区の市民の暮らしや生活に殆ど言及していない事から言えば「100倍まし」であるように思います。

 しかしながら概要版のなかにある「復興まちづくりへの意識向上の取り組み」という項目は、啓発活動に留まっているようであり、市民参加、市民自治の観点は弱いのではないかと思います。

 日頃から言っている「計画策定段階からの市民参加の保障」がなければ、事前復興計画であろうが、災害後の復興計画であろうが、市民と遊離したものになるでしょう。

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2017.02.24

高知青年会議所の「還暦祝い」に出席しました。


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 2017年2月22日は、高知青年会議所主催の「還暦祝い」があり行事が重なりました。(所属する組合のボーリンク大会でした。)なんせ1年に1回しか青年会議所関係の会合へは行きませんから。
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すみません。懐かしい人達複数お会いしたにで、とことん痛飲したいところですが、うちは超高齢の両親(父97歳。慢性腎不全、母91歳・アルツハイマー型認知症)ですので、一次会で失礼させていただきました。
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 私は時折テレビや新聞に登場するようですが、それはJC時代のように、メディに押しかけて取材依頼は一切しておりません。小さい商いと、両親の在宅介護の合間に自宅まわりの地域防災活動をしているだけです。他のシニアの皆さんのように、商売人でありながら各種経済団体へ参加することがありません。本当に皆様ご無沙汰です。
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 それも今年4回目の背広着用ですから。今年は昭和32年や33年生まれ(早生まれの)の人達の青年会議所OBの還暦祝いということ。青年会議所(JC)は30歳代の団体で40歳で「卒業」しますが、はや卒業して今年で24年目ですね。「光陰矢のごとし」と言いますが、実感しています。

 わたしが高知青年会議所で活動していた時期は、1985年から1993年までの9年間です。バブル経済の時代であり、バブル崩壊、時代は昭和から平成の時代でした。遠い昔のお話ですね。

 当時の青年会議所のメンバーと普段会うことは殆どありません。年に1度、メンバーの「還暦祝い」には行くので、その時に久しぶりに会うことがありますね。もっとも最近はフェイスブックで、行動履歴を見ることが多いので、実際に会わなくても、「元気にしているんだ。」ということが確認できて便利ですね。

 とは言えリアルな出会いにまさるものはありません。雨の中長靴履いて(夜9時以降は大雨の予報が出ています。)出掛けました。

 懐かしい人たちが「還暦」になりました。それこそ10年以上お会いしていない人もいましたから。良かったです。
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2017.02.23

五島正規さんを偲ぶ会へ行きました。


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 昨年11月に77歳でご逝去されました五島正規さん。2017年2月19日にクラウンパレスホテル高知にて、偲ぶ会が開催されました。偶然坂本茂雄さんご夫妻と同じ電車で行きました。1昨年6月1日にいずみの病院防治会理事長室で横田政道さんと一緒にお会いしましたが、その時はとてもお元気でした。未だにご逝去が信じられません。
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 中選挙区時代の1990年に旧社会党から立候補され衆議院議員に当選され、2005年までされておられました。民主党を設立されるメンバーであり、医師としての知見と幅広い知識で国政でご活躍されました。

「護憲と脱原発で新しい政治の動きをつくりたい」と言われていた矢先のご逝去でした。幅広い交流がありましたので、偲ぶ会にも大勢の人達が来られていました。知り合いにも多くお会いしました。
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 幅広い交流関係を表していますように弔辞を読まれた来賓も多種多彩でした。最初は山本有二さん(農林水産大臣・自民党)でした。
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「私と五島先生は1990年の中選挙区時代ともに激戦を勝ちあがり当選しました。7万票を超える得票を取られました。本音は一致、表向きは対立の関係でした。反自民の巨星でした。時に一緒になり戦ったこともありました。10年前の2007年には、高知をなんとかせんといかんということで、尾﨑知事誕生の原動力になっていただきました。」
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「私が子供時代に勤労病院の医師として五島先生に診察を受け励まされたことがありました。五島さんの提唱で、日本1の長寿県構想をまとめさせていただきました。」(尾﨑正直高知県知事)

「介護保険制度や社会保障のエキスパートとしてしばしば助言をいただきました。」(岡﨑誠也高知市長)

 元官僚の人達からは、「介護保険制度をこしらえ実現できたのは五島正規さんがいたからです。官僚と政治家が夜な夜な真摯な議論をし、合意形成して作り上げたのが介護保険制度です。五島さんの医療現場で鍛えられた知見は素晴らしいものがありました」と言われていました。

「私が北海道知事時代から、リバラルの会でともに行動していました。後の民主党の結成になりました。1992年に五島さんが議員立法でアスベスト禁止法案を出しました。しかし建材業界などが自民党に働きかけ廃案にされました。その間1万6千人の人達が苦しみました。2012年にようやく全面禁止になりました。残念です。
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 交通バリヤフリー法や、NPOやNGOの育成とか市民の発意を大事にされた方でした。」(横路孝弘・衆議院議員・民進党最高顧問)
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 「わたしはいつも五島先生の叱られ役でした。社会の不条理を正すのが労働運動だ。非正規雇用を真剣に取り組め。と言われました。五島さんの精神を受け継いだ形で運動を展開しています。」(折田晃一連合高知会長)

 最後に謝辞を奥様の五島保子さんが述べられました。

「2016年4月に高知医療センターで手術し、6月にはいずみの病院へ転院できるほど回復しておりました。しかし8月に再入院。口から食物が食べられなくなり胃瘻をしました。

 食いしん坊の彼が食べられないのは辛かっただろうと思います。それでも面談の人には気丈に話したりしていました。しかし11月14日に治療のかいなく亡くなりました。

 今日はたくさんの皆様においでいただきありがとうございました。主人も喜んでいることでしょう。家族を代表してお礼を申し上げます。」
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 会費の返礼として「五島正規を偲ぶ」というパンフと、「社会保障ー21世紀の課題」(五島正規・著・2011年・年友企画刊)の500Pの著作が同封されていました。
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 会場で春名直章さん(共産党高知県委員会委員長)と佐竹峰雄さん(共産党高知県委員会前委員長)にもお会いしました。大きな会場にたくさんの人が来られていましたので、600人ぐらいはいたと思います。

 五島正規さんの言葉が印象に残りました。

「健康維持と生活の向上。時にこの願いは二律背反する。
 これを止揚するには政治による制度設計と、医療の発展普及にある。」
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 五島正規さんは1979年に防治会をこしらえ、1990年に代議士になられました。そして制度設計として「介護保険制度」をこしらえました。

 1昨年お会いした時に五島正規さんは日本社会を心配していました。

「護憲と脱原発で政治勢力や市民運動はまとまらないといけない。新自由主義と国家主義では日本国は救われない。」と。

 各人それぞれの持ち場で五島正規さんの意思を伝承すべきでしょう。

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2017.02.22

龍馬マラソン・ランナーを声援しました。


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 2017年2月19日は高知龍馬マラソン。晴天です。絶好のマラソン日和です。午前9時にスタートですが、1・5キロ付近の高知市知寄町1丁目の図南病院1階駐車場で県立岡豊(おこう)高校吹奏楽部が応援の演奏をしています。
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 昨年より国見俊介さんの企画で実現しました。参加される選手へのエールとなるでしょう。先頭が通過して1時間余り演奏が続きます。近所の人達や吹奏楽部のご父兄の皆さんやランナーの皆さんも皆喜んでいました。
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今年は地元商店や企業人の集いである「のれん33番地」が暖かいコーンスープを提供していただきました。お世話された古味さん、高橋さんご苦労様でした。
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 昨年も来られた電動車椅子のおんちゃんも来てくれていました。一等席で応援されていました。福島いわき市の出身とか。「今日はぬくい(暖かい)と言われていました。
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 ランナーとしては防災ガールズの山本美咲さんや、マラソンマンの地元の橋本峰人さん、衆議院議員の中谷元さん、県会議員の桑名龍吾さんをお見かけしました。皆さん「偉い」と思います。何時間も走るなんてできませんから。
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 ご近所の人達も「あんたも走らんかね」と言われていますが、わたしは「海に浮かんでいる」のが趣味ですので、陸の上では走れませんから。

 さすがに1万人を超えるランナーの走りは壮観ですね。先頭が通過して最後尾が通過するまでに40分かかりました。かぶりものをされたり、記念撮影されたりする市民ランナーも多くおられました。
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 最初よりどんどん応援者の人数が増えました。ランナーが通過した後に岡豊高校吹奏楽部のアンコール演奏がおこなわっれ盛大な拍手がありました。段取りされた国見俊介さんご苦労様でした。
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 また来年も演奏なさるそうです。関係者の皆様ありがとうございました。

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2017.02.07

防災オタクと誹謗されてもかまいません

 先日も「意識のかい離が怖い」と嘆きました。
 年末には新聞やら、テレビにまた登場したこともあり、「防災オタク」とより呼ばれることでしょう。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-f606.html(意識のかい離が怖い)

 またある人から「防災宗教みたいに、突っ走ってもいかん」とも言われました。でも自分のやっていることなど、たかが知れています。仕事と在宅介護の合間に自宅周りの地域防災活動をしているにすぎません。昔から言えば活動領域は狭くなりました。狭くなりましたが、より「公共性」が増したのか、取材が多くありました。取材をさっれば、いただける情報もたくさんあります。
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 所詮は市井の市民にすぎないのですが、かなりの情報量を入手しています。しかし地域の中ではある意味「突出しすぎている」ので、「うざい」存在であったり、「やかましい防災のおんちゃん」になっているんでしょう。でもそれは仕方ないと思います。取材対応も、また1つの地域防災活動の1つであると割り切りました。
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 「防災オタク」でもなんでもいい。阪神大震災や、東日本大震災の被災者の皆様からの「命がけの声や教訓」をないがしろに出来ません。聞く耳を地域の中でも持たない人が少なからずおられます。いいんです。それはそれで。少数でも聞いていただければそれでいいんです。
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 自分から「売り込んだ」ことは防災活動に関しては全くありません。市井の市民でありながら、得ている情報量は「大変なものではないか」と思います。たとえ疎んられ手も自分と家族を守るために、今後も無理のない範囲で、今年も地域防災活動に励みます。

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2017.02.05

父(97歳)のリハビリ・ゴルフ

 2017年2月5日は雨が降り続きました。そんな中午前中に父(97歳)のリハビリ・ゴルフに付き添いました。往路の温度は7度。復路は8度。暖かいと言う天気予報でしたが、寒く感じます。
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 いつものルーチンですが、自己流の体操をして、こまめに経口補水液で水分補給しています。今日は体調が良いようで球も大部分が真っ直ぐに飛んでいるようです。先週はへばり気味でしたが、今日はへばりませんでした。
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 相変わらず歩行速度は遅く、階段昇降も喘ぎ喘ぎです。焦らず体力をつけるしかありません。介護予防通所リハビリが週3回から週4回に増えましたので、少し期待しています。
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2017.02.04

立春の夜須の海・雛人形前でおっさん2ショット


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 2月もなにかとせわしい。休日には講演会やら、セミナーやらが仰山あります。それで海の散帆が出来るのは、今日ぐらいかもしれないと思い夜須へ行きました。立春で暖かいと思いましたので・・。

 母(91歳)をディサービスのお迎えが来るまで待機し、見送しました。あれこれ雑用をしていたので、到着が遅くなり、夜須へ着いたら11時を回っていました。
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 急いでぎ装し、海へ出ました。今日は高知大学ヨット部は試験中なのか少なく、陸で艇の整備などをしていました。ジュニア・ヨットクラブが8艇出ていました。
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 風は弱く、でも暖かだったので、ウェット・スーツで出ました。やはり風があろうが、かなろうが海へ出ますと癒されますね。お昼は訪のおむすびと卵焼きです。先週は父(97歳)のリハビリ・ゴルフの後に北関係で、コンビニでおむすびを購入し車で食べながら夜須へ行きました。やはりコンビニのおむすびは量が少なく美味しくありません。
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 昼からはどん曇りで寒くなりました。合羽を上に着用し海の散帆をしました。やはり海で癒されますね。わたしの場合は帆走はスポーツではありません。癒しです。32年も続く趣味なので面白いからです。

 ぎ装と着替えに1時間かかります。陸のリズムから海のリズムに変ります。片付けとシャワーと着替ええに1時間かかります。海の散帆の反省をして満足感に浸ります。仕事と全然違う作業はとても楽しいものです。

山本宏幸さんとおっさん2ショット

 海の散帆が終わり片付けして道の駅事務所へ寄りました。いつものおっさん2ショットです。今日は趣向を変えました。女性スタッフの皆様が昨日1日がかりでホールに雛人形を展示いただきました。
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 うちの雛人形の前でのおっさん2ショットです。自撮り棒は山本さんのスマホ用です。生真面目に撮影しました。
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道の駅やすの雛人形
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 女性スタッフの皆さんが昨日1日がかりで4人で雛人形を段飾りに飾り付け、壁にも雛人形関連の帯などを展示されています。それぞれ個性がありますね。

 狭いうちの家では到底見ることのできない世界です。ありがとうございました。そしてご苦労様でした。いろんな雛人形があるものだとひたすら関心しております。「女子力」を感じました。

 ほのぼのさを感じます。うちの雛人形も普段は狭い納戸にしまわれていますが、広いホールでのびのびとしているように思います。
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 展示の初日に見せていただきました。3月末まで展示されていると聞いています。

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