人繋がりネットワーク

2008.05.31

ラジオでつなぐ防災フォーラム交流会

 5月30日の夕方は高知シティFMラジオでつなぐ防災フォーラム」の交流会(実は懇親会)に参加しました。防災がテーマの会合でありましたので、わたしは二葉町自主防災会の立場で参加しました。
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 主催者は番組を制作している西やん(防災寺小屋塾長)こと西田政雄さん。男ばかりの17人集まった会合でしたが、メンバーは多彩。学校教員や会社経営者、政党関係者や報道関係者など。国会議員や県会議員も参加されていました。みなさん西やんの番組のゲストの人達でありました。
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 「政敵?」であるはずの福井照さんと植田壮一郎さんが仲良く懇談されているのも西やん主催の交流会ならではのものでしょう。

  植田壮一郎さんと言えば2003年の高知県知事選挙のときに大丸前での街頭演説会の司会進行されておられました。

 それにふぁーまー土居さんが加わっていますので、政治家の皆さんも「濃い」取り合わせでした。実務派の参加者の皆さん方ですので、懇親会の2時間はあっという間に終わりました。
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 福井照さんといえば、昔「けんちゃんの吠えるウォッチング」時代にゲスト出演いただいたことがありました。

 2002年の3月頃の話。質問項目しかないので福井照さんの回答された様子を記事にしていないのが残念ですね。ドイツの環境先進都市であるフライブルクについても言及されていました。建設官僚時代に現地を訪れ、研究されていたようですし。

「高知市は環境都市宣言をしましたね。おそらく指定されるでしょう。その場合のモデルはドイツのフライブルク市であると思います。」と言われていました。

 福井照氏は引き出しの多い人物。後期高齢者医療制度についてもこのような逸話を、もとに説明されていました。

「みなさん姨捨山のお話を知っている人はいますか?45歳以上の人でしょう。年寄りが60歳を超えたら領主の命令で山へ隔離する命令がある領地でありました。
 息子が母親を背負い山道を歩いていました。母親は白い切れを道に落としたり、木の枝を追ったりしていました。

 息子は母親が自分達のところへ戻るためにしているのかと問いただしました。母親はこう言いました。「お前が帰り道を迷わない為にそうしているんだと。」息子は己の行為を反省し母親を連れ戻し、家の床の下に隠して生活していました。

 あるとき隣国が攻めてきました。隣国の領主はなぞなぞが好きな人で3つ難問を出しました。なぞに回答すれば攻めるのはやめようと言う条件。国中の識者も領民も回答できませんでした。

 息子は隠れている母親にその話をしますといとも簡単にその謎の回答を見つけ出しました。急いで息子は領主に進言しました。そのおかげで隣国の侵略を免れました。
 領主は息子に「誰もとけなかったなぞがそうしてお前がわかったのか?」と問いました。息子は実は領主様の命令で口減らしのため母親を姥捨て山へ連れて行きましたが思いとどまり、家に隠していました。どうか許してください。なぞは母親が回答したのです。と言いました。

 領主は改心し姥捨て山政策を放棄しました。年寄りの知恵が国難を救ったのですから。」というのが「姥捨て山」の話の真相であると福井照氏は言いました。

 「評判の悪い道路特定財源ですが小樽運河も道路特定財源でできたものです。一杯そういう事例はありますよ。」とのことでした。

 日頃の後援会活動や政治活動まして選挙運動では語られない話。今一度「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストに出演をお願いしました。日程調整中ですね。実現できれば面白いとは思います。
 

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2008.05.25

おびさんー女子大ー海の駅C

 今日は悪天候で海へは行きませんでした。でもフルに動いていたようでした。午前中は家の雑用を片付け午後から活動開始しました。

 おびさんマルシェを見学しました。

 2006年5月26日のおびさんマルシェ。お洒落な露店が並んでいます。アートなもの、健康にこだわった露店。みなそれぞれに自己主張があるようです。

 今日は普段ならヨットへ行く予定で居たが生憎午前中は悪天候。午後からはこれがたまるか!ぐらいの暑い夏の日差しでした。

マルシェの出展者も大変なようでした。昨日の雨の段階でキャンセルされて、今日になるとそこそこのお天気。でも急に準備はできないしで泣く泣くエントリーを取りやめた方もおられたとか。
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 歩いて会場まで行きましたので、暑かったこともあるので、松田高政さんの高知暮らしの楽校のブースでかき氷を食べました。
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 それから城下秀二さんところへ立ち寄りました。特別に干物があるというので購入させていただきました。ちなみに今日は高知女子大でのファーラムがあり、その後は夜須へ移動しYASU海の駅クラブの総会と懇親会と続きます。
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 そんなわけで城下さんの干物ヤ・シィパークの支配人さんに差し上げました。


 高知女子大学・高知短期大学の未来を考える懇談会へ行きました。

 おびさんマルシェを見学のあとは、永国寺町の高知女子大キャンパスでの討論会を見学に。夜須でのYASU海の駅クラブの総会が夜須であるので中座の予定で参加しました。
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 到着した時は既に会合は始まっていました。熱心な県民と関係者が50人ほど集まっていました。報道関係者も3社程度いたようでした。

 代表世話人である田中きよむ高知女子大学教授が最初に問題点を指摘していました。
「県は高知工科大学と高知女子大学を統合させ公設行政法人化を図ろうとしている。
 しかし私立大学で年間120万円を超える学費で定員割れはないと言っていた高知工科大学が今更公立大学化を目指すのはおかしい。」
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 「1法人2大学の状態になる。工科大学は授業料は下がるかもしれないが。女子大はむしろ上がる。簡単な問題ではない。」

「統合ありき、独立行政法人ありきの議論ではなく高知工科大学の総括が先でしょう。」と的確な指摘をされました。

 その後高知女子大の橋尾助教授が司会をして、田中氏や、高知大と山口県立大学の教授もまじえたシンポになりました。
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 もっともなことを言われていましたがこの種の学識経験者は発言が長すぎる。眠くなったので1時間ほどで退散しました。手短に意見を言う訓練をすべきでしょう。これでは話を聞きたいと言う意欲が沸かない。

 土佐電鉄ーごめんなはり線で夜須へ行きました。

 高知女子大学を後にして大橋通りの土佐電鉄電停へ。数分待ちで、ごめん行きが現れました。それに乗車。結構乗客は多い。

 途中高須付近で少なくなるが、また乗車する客もあり、終点の3つ手前までは椅子が埋まる程度の乗車。悪くはないと思います。

 土佐電鉄もごめん方面の路面電車は乗車効率が良いと思います。あと沿線に自転車ターミナルを整備していけばもっと利用者は増えるでしょう。
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 終点はごめん。目の前にごめんなはり線のごめん町駅があります。しかし土佐電鉄では他の情報は頻繁に乗務員がマイクで言っているのに、ごめんなはり線が終点で乗り換えできるということは言いませんね。不思議です。
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 またごめんんなはり線の切符の販売もしていませんし。なんだかもったいないと思いましたね。やっしーさんがごめん・奈半利線ー土佐電鉄直通運転を言われていましたが。実際に乗車してみて現実味がありますね。


 YASU海の駅クラブ総会ー懇親会へ参加

 夜須へは4時半過ぎに到着。まず干物をヤ・ッシーパークの支配人さんに差し上げた後パークを散策し、シースポ方面へ歩いておりました。

 すると公園内で着物姿の名倉愛子さんと遭遇。見るとお婿さんも着物姿。プロのカメラマンが写真撮影。聞きますと来月結婚するそうで、その写真の前撮りをされていました。それで1枚撮影させていただきました。
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(愛子さんおめでとうございます!)
 ハーバーを通過してシースポへ。今日お昼からセーリングしていた組があとかたづけの最中でした。わたしは朝が悪天候でしたのでパスしました。波が凄くてローリングして大変であったうようでした。
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 午後5時からヤ・シィパーク会議室でYASU海の駅クラブの総会。50人の会員のうち半数の25人が出席しました。優秀ですね。
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 それで審議はすべて採択されました。順調でした。

 また会場には今年秋から着工予定のカヌー専用艇庫の模型と設計図が展示されていました。
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 審議は6時に終わり送迎バスで移動し海辺の果樹園へ。そこの屋外ガーディンで懇親会をしました。夜風が心地良い。話も弾みました。今は県会議員になられた清藤真司さんもメンバーですので久しぶりに話しこみこみました。
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 そして午後8時半に散会しました。なんかせわしい1日でした。

 帰りはごめん・なはり線を利用しました。酔いのためか途中ごめん町駅で下車することを忘れ、高知駅まで行きました。着いてから土佐電鉄の電車で帰りましたが、はりまや橋で乗り換えなければなりませんし、料金も行きが840円、帰りは990円(ごめん・なはり線+土佐電鉄の料金)かかりました。

 両社とも乗り換えのアナウンスがないことがとても不思議でした。

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2008.05.24

雨のオーガニック・マーケット

 高知県下の有機栽培農家が集り市場を毎週土曜日に旧大阪高知特急フェリー岸壁駐車場で開催していることは聞いていました。オープンの日がちょうど夜須でのスプリングカップの日と重なり、またなにかと行事と重なり買出しにいくことが出来ませんでした。

 今日は生憎の雨でしたが、ブログいごっそう農園のライターである井上如正(ゆきまさ)さんによると「雨でも開催します。また先着10名様にいごっそう農園の野菜をプレゼントします!」と書かれていると行かないわけにはいかないですね。

 今日は事務所で午前中は待機して留守番ですので、就労前の午前7時45分頃オーガニック・マーケットへ行きました。
 出展者は50軒を越えているようですが、今日は生憎の雨のため少なめ。20数軒程度の出店でした。開店準備中のところもありました。
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 いごっそう農園の店舗(52番よさこい有機の会)では、ゆっきーさんが合羽を着て頑張って販売しています。父がきゅうり大好き人間なので早速購入しました。井上さんところのきゅーりはスーパーなんぞにあるハウスのきゅうりと異なり全然味が違います。
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 詳しくはゆっきーさんのブログ 今朝のキューリ  参考
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 52番よさこい有機の会のお店ではきゅーりと大根を買いました。今日の晩のおかずはこれでほぼ決定ですね。
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 大根を買えばちりめんじゃこを購入し、大根おろしをしようと思っていましたら魚屋と干物屋も出ていました。香南市吉川のちりめんじゃこを試食し上手かったので購入しました。夜須でセーリングしているときに底引きでぱっち網で漁をしておられますし。新鮮ですし。
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 また母がどらやきやあんこもののお菓子がすきなので、お菓子屋さんもあってので購入しました。
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 対面販売で話をしながら購入することはいいことですね。値段も高くはありません。今日も午後4時頃(状況によればもっと早く)までお店は出ているようです。
 生産者や販売者と対話しながら買い物することはとてもよいことであると思いました。

 遅ればせながら買い出しに行きましたがとてもよい試みであると思いました。
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2008.04.24

有機農家の大変さ

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 昨日はいつも水曜日に有機野菜を宅配いただいている南国市の有機農家(JASS認定農家)である井上正雄さんが来てくれました。午後10時近くに栽培されている野菜を宅配いただきました。

 今は田植えの時期で大変であるとか。日のあるうちは田畑で草取りや野菜の世話に明け暮れ、晩は野菜の宅配をされています。その合間に野菜をコンテナに詰めたり、サニーマートあぞの店様に野菜を袋詰めされたり作業もあります。

「JASSの認定もなかなか作業が大変。うちは30年以上も農薬を使わん農業でやってきたからね。けんど有機といえば聞こえはいいが、農薬を使う農業よりは収穫量は格段に落ちる。2割か3割しか収穫できんし、労力は数倍かかる。」

「このコンテナに野菜を詰める作業もそれぞれ離れた畑から野菜を収穫し、計量して詰め込む作業。労力はかかる。よほど単作農家になったら楽であると思うね。シシトウや、ピーマンだけ1つだけ大量に作るだけならなんぼ楽かと思う。」

「安直な有機農業を名乗る人もいるし。消費者ももっと研究してほしい。」

 中国野菜の危険性、毒性が問題になりました。では消費者が有機の野菜を愛用しているかといいますとそうでもない。見てくれを言い、値段を言い、結局スーパーで野菜を購入しています。有機農家を育て一緒に環境問題に取り組もうという消費者はまだまだ少ないですね。

 高知県は有機農家の多い県です。生産県ですからそうです。農協や県などに補助などをもらわず自らの信念で30年無農薬栽培をされてきた井上正雄さん頭が下がります。

 タケノコは昨晩ゆがきました。今日食べさせていただきます。

 有機農業にかける井上正雄さんご一家は「いごっそう」そのもの。

 井上いごっ農園の様子は、4月に島根県よりご一家でUターンされた息子さんの井上如正(ゆきまさ)制作のブログいごっそ農園で知ることができます。

 ブログ  いごっそう農園
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(井上正雄さんと有機栽培の田畑)

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2008.04.16

井上いごっそう農園ブログが誕生

 かれこれ20年来のお付き合いになる南国市の有機農業を営む井上正雄さん。毎週宅配の有機野菜でお世話になっています。このたび県外におられた息子さんの井上如正さんが奥さんと子供さんともども戻られました。

 現在井上正雄さんは奥さんと如正さんのお姉さんと妹さんとで農作業と店舗への配送、宅配、県外消費者への有機野菜の配送と多忙な状態でした。NPO土と命の理事長もされています。

 これからは如正さんも加わり戦力アップです。農業の経験はないそうですが、理工系の大学へ進学され土木関係の会社に勤務されておられたので、パソコンの操作は得意です。また1年間は子育ての為「主夫」の経験もあるようなので、有機農業と家族、子育て、環境などの分野で活躍されることであろうと思います。

 実は先週パソコン選びから始まりました。知り合いのパソコン販売店を紹介しました。昨日選んでいただいたパソコンが井上さん宅へ設置。ネット回線へも?がったと連絡を受けました野で、早速夕方ブログの開設のサポートに行きました。

 お父さんの井上正雄さんの軌跡や、家族の思いをディスカッションしました。そして如正さんなりにまとめられ、ブログを開設されました。ブログ名は「いごっそう農園」です。

 いごっそう農園

 これから有機農家も情報発信力が必要です。有機農業の作業と販売、そして情報発信となかなかお忙しそうですが、ますます井上家のご家族の皆さんもパワーアップされると期待しています。

 また井上如正さんには「けんちゃんのいますぐ実行まちづくり」に出演いただくことになりました。7月頃の収録を予定しています。その頃までには「井上いごっそう農園」ブログも充実していることでしょう。
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(井上いごっそう農園の一部と井上正雄さん)

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2008.04.11

知人の訃報を悲しむ

 一昨日知人が逝去した。元気になったという情報を1ヶ月前に聞いていただけにショックである。昨年は縁のある人が3人も亡くなった。心に影響を与えた人たちの死は辛い。

 業界こそ違え、一時期「合宿」状態でともに考え、ともに行動していました。知人は頑強な肉体で行動的な人物だけにとてもその逝去は残念であると思いました。

 知人のお通夜はその人柄を偲んで大勢の人達が来られていました。席に座ってその人との思い出に浸っていました。昨年はともに人をそれぞれ集め、新たなセンターをつくろうと誓ったばかりであるのに。とても残念でなりません。

 僧侶の祈祷と参列者の焼香が終わりますと、知人の後輩職員がてきぱきと焼香台などをかたづけてスクリーンを設置しました。そして元気だった頃の知人の映像も上映されました。スクリーンには十八番のカラオケを熱唱する姿やご夫婦で海外旅行される映像が映し出されました。自然と拍手や笑い声が参列者から出ました。亡くなった後も皆を明るく励ましていると思いました。

 あれほどはつらつとして元気な人だったのに。お酒が好きでも乱れることもなく、明るい大酒飲みでした。でもその記憶は多くの人々に残ることでしょう。知人は表へでしゃばる人ではありませんでしたが、多数の後へ続く人たちを育て上げました。

 彼と一緒に「平和・護憲・反核」の社会運動体をこしらえることはできませんでした。でもお互い合意に至った壮大な構想は決して間違ってはいないと思います。立場は違うけれども私は構想を実現するように行動しようと思いました。

 訪れる多数の参列者の1人1人を見つめても義理で来ている人はいませんでした。皆悲しみに打ちひしがれ涙を浮かべていました。知人はとても人徳があったのだとあらためて思いました。久しぶりに知人と時間を共有してそう思いました。

 時間を共有していた人の逝去は辛い。でも生きていくものが志を継承し、また後に続く人たちに伝承する役目があります。これからはそうしないといけないと思います。

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2008.04.08

橋本大二郎です blogを読んで

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(2004年3月20日のブログサロン。ブログ「だいちゃんぜよ」はこの10日後に開設。橋本前知事の右隣はブログ開設をサポートされた槙野秀俊さん。)

 ようやく4月4日に前高知県知事の橋本大二郎さんが個人blogを再開されました。タイトルも「だいちゃんぜよ」から「橋本大二郎ですに変更されています。
今日(8日)は2回目の投稿があぅたようです。

 また知事時代のブログ「だいちゃんぜよ」はコメントは受け付けていましたが、(トラックバックは途中から受け付けなくなりました。)今回のブログはコメントもトラックバックも受け付けないブログになっています。

 初回の投稿記事は「リハビリを終えて」でした。
 知事時代は県職員である公設秘書が航空券の手配や東京での地下鉄の乗り換えの切符の手配などをしてくれていたようです。知事を退任してから1人ですることになってから、いろいろと苦労された顛末を書かれています。これは実感があって面白い。

 確かに最近東京へ行っていないのでターミナルの違いや、新しく出来た地下鉄のアクセスなどはとまどうでしょう。少年から大人になった一番多感な時代を東京で学び働いていたわたしも「ど田舎もの」ですからね。

 橋本大二郎さんは東京生まれの東京育ち。高知県知事16年間の間に高知に「土着」したようですね。悪いことではありません。

 2回目の「せんたく」に選択 という記事もなかなかのもの。
 「のけもの」になるのかようやくわかりました。議論をし始めると、しわい(結構熱くて強引な)橋本大二郎さんですし、「話題」をさらわれる可能性もあるからでしょう。

 東国原宮崎県知事が「道路族」の露払いを努めておられるので、むしろ参加しないほうが良かったと思います。なんか100人ぐらいに規模になり、片山さつき議員までおらっるとか。無原則な会ではありませんか。「何をやろうとしているいのか」わかりませんし。

 3回目の投稿は「社会実験のチャンス」という記事ですね。

 わかりにくい「暫定税」「道路特定財源の一般財源化」などの区別と地方にとっての意味合いを平易に書かれています。なるほど知事はどうして暫定税廃止に反対するのかがようやくこの記事を読んでわかりました。

「地方に移すかが、一番の課題になりますので、全国知事会などでは、地方共同税という配分方式を提案していますが、地方の中にも、企業などが集中をした大都市部と、そうでない地方との間には、条件に大きな違いがありますので、すべての税収にわたって、一度に配分方式を決めることには、多大の困難が予想されます。」

 「その前段として、道路特定財源を試金石に、一般財源化をしたうえで、地方の取り分は、地方団体が主体的に、配分の仕組みを考えるように、試みてみては思います。」

 このあたりは橋本大二郎さんの政策になり、国政で実行すべき課題でしょう。ですので今後個人blogで政策をもっとどんどん発表すべきでしょう。

 今まで書き溜めたものもあるでしょうから、どんどんブログへアップしていけば良いとは思いますので。

 ただ国政に「市民派」議員を意識して参加される意志があるのであれば、ご自身のブログへはコメントもトラックバックも受付るべきであると思います。 中高年以上の人たちは地元新聞の影響が強いでしょう。しかし若い人たちは新聞を読まない人が多いし、購読すらしていない人たちも多い。

 でもブログであればパソコンや携帯電話からも閲覧できますし、その人達の「民意」をコメントやトラックバックで受け付けることは新しいタイプの政治家を意識されている橋本大二郎さんであれば当然実践すべきではないでしょうか。

 そうなれば政治が身近になると思います。
 4年前の3月20日にブログ開設をお薦めした者の1人としてそう思います。

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2008.04.04

ふりーじゃきに同窓会

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 もう20年も大昔のこと。1988年8月13日に高知県最大の野外ロックコンサート「ふりーじゃきにTOSAビックロックフェスチィバル」が春野運動公園球技場で開催されました。
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 その頃、日がちで(必死で)準備し、諸問題解決のために奔走していたメンバーが某日高知市の居酒屋万太呂へ集りました。いわば小規模な「同窓会」ですね。3年ぶりの開催でした。
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 居酒屋万太呂は開業25年目であるとか。ご夫婦で店を切り盛り。集合時間は午後7時でしたが予約していなければ入れないほど満席状態。ここはいつもそうですね。やはり料理が美味しいし、価格も適正だから市民の支持を集めるからですね。

 刺身の盛りあわせも美味しそうです。
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 たけのこやかぼちゃ、だんこんの煮物も美味しくいただきました。また焼きサバのお寿司は寿司が暖かくとても美味しくいただきました。
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 おっさんたちはビールで一段落したら、すぐに焼酎のお湯割り。この料理であれば日本酒が合いそうであると意見もありましたが、だれも日本酒を飲みません。日本酒文化も亡んでしまいました。
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 「まあ日本酒は宴会のお酒。美味しいと思ったことはないし。」という意見が今回のメンバーの意見の集約です。
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 料理のメニューも豊富。日替わりで変わるようですし。

 今回の「同窓会」は6人。孫が出来た人あり、再婚する人あり、還暦を過ぎた人あり。うるさいおっさんの集り。
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 Hさんと、Hさん、Kさん。
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 Mさん、Kさん、Sさん。皆さん白髪が増えましたね。

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2008.01.31

異質の考えの人と交わる楽しさ

 1人の人間の経験や、取得できる能力は限られています。しかし多数の人たちと交流し、相互に情報を交換し、その情報を信頼関係のなかで「共有化」することが出来れば、飛躍的に情報量は増加します。

 例えて言えば1台のパソコンに容量があります。それ以上の容量を詰め込もうとすればハードディスクを増量することしかありません。仲間たちと情報交換できれば、それはネットワークでつながれ情報は格段に増えます。

 多くの人たちはその段階で自己満足してしまいます。同質のお仲間交流で情報交換することに慣れ親しみ、異質の情報を無意識に排除してしまします。社内ネットワークというかイントラネットの世界ですね。

 大企業や官公庁や政党や労組,宗教団体など大きな組織の人たちは、その内での交流や情報交換に忙殺され、あるいや慣れ親しみ他の情報を入手することを怠ります。商業界の人たちも同様。飲食やゴルフの付き合いも同じメンバーが多いうようですね。これでは新しい情報は入らないでしょう。

 異質の考えの人たちと交流するには勇気が必要です。言葉が通じないもどかしさもあります。でも恐れずに交流することができ、同時に信頼関係をつくれば、情報量は格段に増えます。とても大事なことです。

 そのためには偏見や予断を持たず、相手を信頼して情報交換することでしょう。そうなれば相手の情報が外部記憶装置になり、お互いがネットワーク化され、飛躍的に情報が拡大します。そうした「善意のインターネット」をこしらえたいと思います。

 想像するに郷土の先人坂本龍馬は、おそらく聞き上手であり、そうしたネットワーク作りがうまい人であったと思われます。江戸時代に活躍した蔦谷重三郎もそうした人であるとおもいます。

 地域の中で異質の人たちと交わる楽しさを共有できる時、その街はおもしろおかしい街となることでしょう。
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(本当の意味での「異業種交流会」はあるようでないです。)

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