公共交通問題

2016.07.02

「すべての道はローマに通ず」を読んで


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 「ローマ人の物語 X すべての道はローマに通ず」(塩野七生・著)を読みました。この書籍につきましては3度目の読書です。1回目、2回目とは「ローマ人の物語」全15巻(文庫本ですと43巻〉ある超大作です。1巻からずっと読んでいて通読したのでした。

 筆者自身が「特別な想い」で調査して1冊にまとめたそうです。古代ローマ帝国の社会基盤整備である道路・水道・橋・公会堂・浴場・神殿などが、数百年以上保全され、本国のみならず軍事征服した属州となった地方にもこの種の公共施設は分け隔てなくありました。

 今,日本国では高度成長期の1970年代に建設された橋梁やトンネル、道路などの公共財が耐用年数が来てしまい、修繕もままならぬ状態で放置され、大きな問題になっています。しかるにローマ帝国時代においては、帝国が健在であった800年間は道路など社会基盤は維持されていました。
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 古代国家が可能であったのは何故なのか。現代国家は財政破たんにあえいでいる。ローマ帝国は何故巨大な公共施設(道路・橋・水道など)の建設が帝国の隅々まで可能であり、維持管理が可能であったのか?そこを知りたかったのです。
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 なにせ大長編であり、筆者のライフワークの1つの著作だけに調査活動も半端ではない。読む方も覚悟がいります。とは言え精神的にはタフではないので、印象に残った文言を気の付いたことをあげていく程度にします。

「常に複数の選択肢を持つべきだとするローマ人の考え方は、ごく自然に、街道のネットワーク化に向かったであろう。全線舗装の街道は、ローマ人の発明ではない。

 前5世紀のペルシャ帝国にすでに、歴史家ヘロドトスを驚愕させた、ペルシャ湾から地中海に抜ける街道があった。しかし、道とはネットワーク化してこそ飛躍的な効果をもたらすことに気付き、それを実現したのはローマ人である。
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 ローマ街道は、街道網として考えない限り、その真の偉大さは理解できない。」(P35)
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 ローマ帝国の特色は、関所や城壁に拘り、外敵を防ぐと言う考え方は基本的にはしないようです。今の時代なら複線の高速道路網を帝国の隅々まで建設・維持していました。それはネットワーク化されていました。

 建設は維持管理作業は軍隊がやっていました。車道は舗装され4M幅がありました。軍隊の馬車がすれ違いが出来る幅でした。その両横には幅3Mの歩道が必ず設置され舗装されていました。道路幅はあわせて10Mはありました。街路樹も道路と離されて植えられていました。
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  それに引き替え現在の自動車道路のなんともせせこましいこと。
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 この仕様の幹線道路網は帝国の隅々まで敷設され総延長は8万キロとか、砂利道の支線はを合わせると15万キロの道路網がローマ帝国内に整備されていました。
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「インフラストラクチャーという英語自体が。ローマ人の言語であったラテン語の下部ないし基礎を意味する「インフラ」と構造とか建造を意味する「ストウォールトゥーラ」を現代になって合成した言葉なのである。

   中略

 いずれにしても、語源がラテン語にあるということ自体が、ローマ人が「インフラの父」であった何よりの証明であり、このテーマだけに独立した1巻を捧げる理由は充分にあると思ったのであった。」(P15)

「ローマ人の考えていたインフラには、街道、橋、港、神殿、公会堂、広場、円形闘技馬、競技場、公共浴場、水道等のすべてが入ってくる。
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 ただしこれはハードとしてもよいインフラで、ソフトなインフラになると、安全保障、治安、税制に加え、医療、教育、郵便、通貨のシステムまで入ってくるのだ。これらすべてをとりあげない限り、ローマ人のインフラを論じたことにはならない。」(P16)

 征服された属州の市民の言葉を書籍では紹介しています。
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「-今や、わたしのようなギリシャ人にとって、いや他のどの民族にとっても、行きたいと思う地方に旅することは、身分を証明する申請さえ必要としないで実行に移せる、自由で安全で容易なものになっている。

 ローマ市民権の所有者であるだけで、いや、ローマ市民である必要さえもない。ローマの覇権の許でともに暮らす人であるだけで、自由と安全は保証されるのだ。」(P133)

「ローマ帝国は、彼らにしてみれば一大家族なのであった。こう考えていたからこそ本国も属州も区別なく街路網をめぐらせていったのであろうし、また人間生活に最も大切な要素である水も、どこにでも十分にいきわたることを目的にしたシステムの確立に、務めたのではないだろうか。」(P134)

 大きな理念ですね。英国がEUから離脱するなどと現代社会では大騒ぎ。移民問題で国内外の対立が深まっています。でも古代ローマ帝国の版図は欧州だけではなく地中海全体でした。北アフリカやトルコや中東地域も属州であり、その地域にも本国ローマと同様インフラ各種が整備されていました。街路や水道はむろんのこと。

 古代エジプトのように1人の権力者の死後の墓のために人民大衆を動員してピラミッドを建設する発想とは根底から異なっていたよいうですね。

 とにかくローマ帝国の版図と8万キロと言われる街路のネットワーク。本国だけではなく属州にもある公共施設や公共建築物。今や遺跡としても数多く残り、1分の水道は今でも活用されています。
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 日本国では公共事業が何かと悪者扱いされますが、それは工事の在り方や、何をもって公共と言うのかの議論が十分にされず、一部の政治家と権益者が好き勝手にやっているという悪評があるからですね。それでは公共建築物の長期の維持管理など出来る筈はありません。

 書籍に添付されている遺跡となったローマ帝国時代の公共建築物を眺めるだけでも壮大な帝国の理念の壮大さには心を奪われます。

「紀元前3世紀とは、偶然にしろ地球の東と西とで大規模な土木工事がはじまった時代である。東方では、万里の長城―前3世紀の秦の始皇帝時代に建設された長城だけではなく、16世紀の明の時代の建設の長城まで加えると、その全長は5千キロに及ぶ。

 西方では、ローマ街路網―前3世紀から後2世紀までの500年間にローマ人が敷設した道の全長は幹線だけでも8万キロ、支線まで加えれば15万キロに達した。

 なぜ、支那とローマは、国家規模の大土木事業をはじめるのに際し、一方は長城の建設を、他の一方は街道の建設を選択したのだろうか。もちろん古代のに街道がなかったわけではなく、同時代のローマに防壁がなかったわけではない。重点がおかれていたのが、長城か街道かの相違である。」(P14)

 引用がながくなりますが、筆者の核心が記述されている部分ではないかと思いますので・・。

「パクス・ロマーナの確立以前、時代にすれば紀元前になる共和制時代のローマ人は、戦争ばかりしていたのである。それでいながら防壁の建設よりも街道の建設のほうを優先したのだった。

 こうなると長城を建設した支那人と街道網を張り巡らせたローマ人のちがいは、国家規模の大事業とは何であるべきか、という一時に対する、考え方のちがいにあったのではないかと思えてくる。防壁は人の往来を絶つが、街道は人の往来を促進する。自国の防衛と言う最も重要な目的を、異民族の往来を絶つことによって実現するか、それとも自国内の人々の往来を促進することによって実現するか。

 両民族のこの面での考え方の相違は、支那とローマという古代の2大強国にとって、国家のありようまでも決めることになるのである。」(P24)

 2016年の米国大統領選挙の予備選挙で、共和党のトランプ候補は「不法移民をシャットアウトするためにメキシコとの国境にチョイ長城をこしらえる。」「テロを起こす可能性があるイスラム教徒は入国させない。」とまくしたてました。まさに「世界国家」アメリカの終焉を体現した言葉ですね。

「彼等は道路とは、国家にとっての動脈である、と考えていたように思われる。だからこそ、1本や2本の街道を通したぐらいでは十分と思わず、街道網を張りめぐらていったのではないか。血管の中を通って体の隅々まで血液が送られてこそ、人間は生きていけるのだから、国家が健康に生きていくのにも、血管網は不可欠だ。

 道路自体はローマ人の発明ではない。しかしそのネットワーク化は、しかも常にメンテナンスを忘れないようにしてのネットワーク化は、まったくのローマ人の独創である。そして、ネットワーク化による機能の飛躍的な向上に着目したこと自体が、ローマ人が現実的で合理的な民族に育てていくことにもなった。

 インフラとは膨大な経費をかけ多くの人々が参加し長い歳月を要して現実化するものであるだけに、ハードな分野の成果では終わらずにソフトな分野、つまりは精神の分野まで影響をもたらずにはすまないものなのだ。言い換えられ馬、インフラがどう成されるのか、その民族のこれから進む道まで決めてしまうのである。(P26)

 水道事業を民営化するなど、公は効率が悪いから民営化すればインフラが安く維持できると称して、メンテナンス費用を削減したあげく、トンネル内の天井が劣化し落下。多くの死者を出した事件も日本ではありました。古代のローマの方が考え方も立派です。

「人間がローマ街道を行く速度を上回る速さで目的地に到達できるようになったのは、19世紀半ばからはじまった鉄道の普及によってである。そして水道。20世紀には、どの家でも蛇口をひねれば水が出てくるという進歩を、われわれに恵んだ。ただし、水道料金を張らxるて。だが、この文明の進歩に浴しているのは、世界の住む人々のすべてではない。水不足に苦しむ膨大な数の人々の問題は、21世紀からの最大課題の1つとされているのである。

 ローマ人はしばしば、人間が人間らしい生活を送ることを、文明という一語で表現していた。」(P30)

 公共事業の在り方。維持管理の在り方を先駆的事例としてローマ帝国から学びました。勉強になりました。同時のいかに現代社会がちゃちで、公共財の維持管理もろくに出来ない脆弱な社会であることを思い知りました。


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2015.11.19

昭和校区交通安全教室

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 2015年11月18日は「昭和校区安全交通教室」が下知コミュ二ティ・センターにて開催されました。普段交通安全指導をされている皆さんや、地域の人達が雨の中来られていました。
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 今回は「自転車の安全運転と交通ルール」がテーマでした。必ず左側を通行し、歩道を通行する場合は、必ず車道側を自転車は通行すること。知らない法令もありました。勉強になりました。
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 自動車同様に、一時停車表示の交差点は自転車も必ず一時停止すること。
交通安全規則を守らない自転車が、人身事故を起こすと多額の賠償も請求される事例も紹介されました。
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 ライトが当たると反射するシールやたすきもお土産にいただきました。
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 また自転車運転シュミレターもありました。やってみましたが、感覚が違うので難しいと思いました。
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2015.09.27

どうなる新堀川


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 先日新堀川の生態に詳しいMさんからメールが送信されてきました。

「添付のファイルは小生の知人による高新の記事です.内容ははりま
や一宮線の新堀川沿いの道路拡幅計画の環境アセスに関連したもので
す.

実は昨年の10月にこのアセスの結論が出鱈目であることに気づき
ました(県のHP はりまや一宮線 で検索できます).

.委員長は過去に新堀川のシオマネキの移植を可とした人です.移植先のシオマ
ネキはとっくに姿を消しています.明らかに失敗です.私は門外漢が
何をほざくか! という事で,県の意向に背く悪者になりましたが,
生物学的根拠で失敗すると判断しており,その通りになりました.も
う皆さん忘れたかもしれません.

 これはさておき,これまで2度にわたり都市計画課にアセスの結論
を見直すよう「陳情」しましたが,その後,何の反応もありません.」

 との内容でした。

 高知県庁土木部都市計画課

 県道はりまやー一宮線工区について

http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/171701/harimayacyouikkusennnituite.html

 都市河川である新堀川ですが、シオマネキとかアカメが散見されます。現在県道はりまや―一宮線ははりまや小学校手前まで4車線化されています。その先は2車線のまま。
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 県のほうは無理やり長距離バスなどもわざわざこの道路に通過させ、県民に「「不便さ」を強いるやり方をして、道路の4車線化をもくろんでいるようです。
 
  しかしながら20数年前に道路計画された頃は、とでん西武百貨店があり、中心商店街もお元気でした。今はとでん西武百貨店は撤退し、商店街も衰退し、高知市の中心街は秦南町のイオンモールになってしまいました。
 
 計画当初の都市の状況が明らかに変化しています。また追う手前小学校を廃校にし、新堀小学校と統合してはりまや橋小学校に改組しました。そのすぐ横を交通量の多い道路に整備することは、今となってはおかしなことです。

 都市の真ん中にシオマネキなど珍しい水生動物がいる河川の方が面白いと思います。韓国ソウルの清渓川(チョンゲチョン)や米国サンアントニア市のリバーウォークなど、都市と河川とが調和した都市づくりがあっても良いとは思います。

 ソウルの親水空間「清渓川復元事業」と新堀川


http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/whatnew1/shinborikawa/shinborikawa4.html

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2015.09.06

防災拠点としての「道の駅」の役割


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 随分前に海の散帆(セーリング)の帰りに立ち寄った香南市夜須のヤッシー・パーク内にある道の駅やす。駅長の山本宏幸さんに「道21世紀新聞」という道の駅の業界紙をいただいていました。
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 「道の駅」は、22年前の1993年からスタートし、現在日本全国に1059駅あるといいます。確かに地元の産品を販売する拠点商業施設であり、地元から物品を殆ど仕入れないコンビニとは異なります。「地域自慢」の産品を訪問客に販売し地域経済に貢献しています。
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 2015年5月号では、宮城県石巻市の道の駅「上品の郷」が、東日本大震災の時に被害を受けたものの地元の強い要望で、罹災後1か月半で営業を再開したこと。
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 道の駅発足当時は「防災の概念はなかったが、今や全国の駅のうち631か所で、簡易トイレをはじめ、なんらかの防災機能を持つようになりました。東日本大震災でも道の駅の防災面での活躍が評価されました。

 食品はスーパーにはなくても地元農家にはあり、すぐに食品を地元の人達に提供し役だった。」と報告されました。

 津波で壊滅した高田松原の道の駅については「震災遺構として残す」ことにして、新しい道の駅をこしらえるとのことです。

 道の駅は、スーパーなどとは異なり「地産地消」の拠点施設であり、地元経済を潤す「装置」であるだけでなく、防災拠点施設としての役目がこれからますます高まることでしょう。
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2015.07.31

暑い中母(89歳)は頑張りました

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 今日も猛暑の高知市。暑い中母(89歳)を連れて、はりまや橋商店街へ行きました。まずは魚の棚商店街コロッケ屋ひろっちゃんで夕飯用のコロッケを購入しました。
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 次に谷ひろ子さんのお店で、焼き菓子とケーキを買いました。
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 猛暑で参加者は少ないと思っていた活き活き100歳体操(介護予防体操)ですが、20人も参加者がいました。皆さん頑張っておりました。
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ふくねこへ行きました。

 母(89歳)が、活き活き100歳体操(介護予防体操)をしている合間に、電車道を渡って行きました。
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 久しぶりに京町商店街にあるタウンモビリティ・ステーションふくねこへ行きました。店頭販売されているお菓子を購入しました。
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 笹岡さんや前田さん、仙頭さんにお会いしました。なにかと雑用がありましたので、ゆっくりできませんでした。


 美容室で母もすっきりしました。
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 はりまや橋商店街から戻ると、母を連れてご近所の美容室であるシンボル美容室へ行きました。しばらくカットもしていませんので、山姥のようになっていました。
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 カットしていただきましたので、すっきりしたようです。頭が大きくと髪の毛も多い人なので、美容室へはさいさい(時々)来ないと行けないですね。
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2015.04.21

自動運転者の普及を見込んで父の免許更新に


 父(95歳)は高齢者講習会へ受講に行きます。2008年9月に脳血管障害で倒れてから、実質車の運転はしていません。高齢者講習会は3年に1度なので、自動車学校へ明日(21日に)適性検査に行きます。

 たぶん動体視力や記憶能力なども落ちていて、実際の現在の自動車の運転は無理であると思います。

でも週刊現代4月18日号の記事「まもなく クルマが家電になって自動車産業は消える」」は、近未来に実現しようなお話です。そうなれば父も車の運転(と言っても自動運転者なんでしょうが)が出来ると思うからです。

 そう思いお金を支払い運転免許を更新します。次元気であれば来るのは3年後。99歳になっています。
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2015.03.19

自転車の保険について

 あるメールマガジンから情報が送信されていました。

 この情報が正しいかどうなのかはわかりません。


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このご案内は商品の概要を説明したものです。
賠償責任補償のご家族全員の範囲など、詳細はWebサイトでご確認ください。

■取扱代理店
エアーリンク総合保険センター
0120-500-572 午前10時~午後6時(土・日・祝日除く)

■引受保険会社
エース損害保険株式会社

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2010.11.22

緊急な公共工事とは言えないのでは

  近所の県道桂浜^宝永線。鏡川大橋を通過する国道56号線と交差しているので、高知県で交通量の多い道路です。五台山、卸売り市場・三里方面の車両は皆通過します。

 「県道桂浜・宝永線地域活力基盤創造交付金工事」というのが工事名称。一体何が、地域の活力基盤になるのでしょうか?よくわかりません。

 車道と歩道の間の側道を掘り返し、コンクリート・ブロックを埋め込みだけの工事のようです。見たところ、緊急性も、必要性もよくわからない工事です。国からの交付金があったのでしているのでしょうか?
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2010.10.12

「都市開発を考えるを」再読して

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 「都市開発を考える アメリカと日本」(大野輝之・レイコ・ハべ・エバンス・著・岩波新書・1992年刊)を18年ぶりに読み返してみました。

 当時はバブル経済崩壊直後であり、日本はまだ土地神話が生きており、都市部の地価は上昇、狂気の「リゾート開発」で自然破壊を平気で日本各地で行っていた時期でした。

 私は高知青年会議所で、高知市の都市開発のありかたを考える「都市再開発セミナー」を1990年から開催・運営していました。3年事業の最終年度として、この本に出会い、精読しました。
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「林立する高層オフィスビル、遠のくマイホーム、破壊される景観・自然・・・。日本の都市開発は、なぜ生活の質の向上に結びつかないのだろうか。

 サンフランシスコなどアメリカ各地の具体例を通して、徹底した市民参加の手法、「成長管理」という新しい発想を紹介し、人間の暮らす場をめざした都市づくりへの指針を明らかにする。」(表紙に書かれたまえがき)

 18年ぶりに読み返してみた感想は「専門的な分野の記述が多く、なかなか難しい書籍であった。」ということをあらためて感じました。

 当時も今も日本社会の1部にある「アメリカのように規制緩和しないといけない。」「日本は細かい規制が多すぎるから経済が発展しないのだ。」という方便は、こと都市開発手法においては、全く誤解に基づいていることがわかります。

 アメリカの都市開発の場合のほうが、日本より規制が厳しい。景観を遵守する強制力があります。「成長管理」という政策なども日本では未だに浸透していませんが、都市の適正規模を表示し、必要以上に都市人口を増加させない規制を徹底することです。

 その規制により「都市の品質」を確保しようという熱意がアメリカの都市開発では感じられました。

「都市開発の海外視察という名目で、アメリカの大規模都市開発を見学にやってくる日本人は後を絶たない。とくにここ数年は、ボルティモアのハーバープレイスやニューヨークのバッテリーパーク・シティなどのウォーターフロント開発プロジェクト視察が人気である。
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 ボルティモア市のイナハーバー。上がショッピング・モール。下の写真は遠くに水族館(三角の建物)。おなじ会社が大阪の海遊館を設計しています。
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(ニューヨークの再開発事例。ウォール街近くのピア17の商業施設)


 こうした視察の「成果」として、すでに日本でも似たようなデザインの水族館やショッピングセンターや広場がいくつも建設されている。日本の都市開発では、こうしたデザインの輸入は実に素早くやられる。

 しかしいくら建物の外観をまねてもアメリカの都市開発を学んだということにはならない。」

「都市開発の中心は、建設行為というハードな部分にあるのではなく、その前後にあるソフトな開発プロセスの部分にある。もちろん建設行為も実施の1段階として欠かせない存在ではある。

 しかし、それは計画の立案や住民合意の形成、都市計画や環境影響計画の様々な手続きなど建設開始までの過程、さらに建設完了後の建物の施設や用途の維持管理やコミュニティ形成の過程などを含む、トータルな都市開発という長い絵巻物のなかの1つの役割にすぎない。

 アメリカの都市開発を学ぶためには、これらの開発プロセス全体を学ばねばならない。しかし従来のアメリカ都市開発の紹介では、この肝心なソフトな開発のプロセスの部分が抜け落ちていることが多い(ソフトなプロセスの中で、唯一熱心に紹介されるのは開発事業のための資金調達手法だ。」

「ソフトな開発プロセスが都市開発の中心であることを踏まえれば、今日のアメリカの都市計画の常識の1つである「プランニング(都市計画)はプロセスなり」という言葉の意味も理解しやすくなる。

 どういう建物(あるいはどういう都市)を作るかということは、もちろん重要であるが、さらに大切なのは、それがどういう過程で作られるかということである。

 以下に計画するか、いかに開発を進めるか、いかに成長を管理するかといった目標達成へ向けての作業過程そのものを重視するのである。都市開発のプロセスが大切にされ的確に行われないなら、都市計画の内容も住民が望むものにはならず、実現もできない。」(P176[公正で開かれた開発プロセス」)

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 そして「市民参加の梯子段」として私がよく引用する「参加の梯子」についての説明も改めて読みました。

「住民参加という概念を「参加の梯子」によって明快に定義したシェリー・アーンステインは、この概念の持つ問題点を次のように表現している。

「住民参加」はほうれん草のようなものだ。皆これは自分にとって良いものだと知っており、誰も真っ向から反対はしない。(中略)だが、いったんこれが「持たざる者」を含めた人々への権力の再配分を意味することになると、ありとあらゆる見地から反対が唱えられる。」(P102「真の住民参加」)

「アーンスティンによると、住民の参加とは住民に権力を与えることだという。また権力のともなわない「参加」はなきに等しいともいう。

 住民が住みたいと思い、こうあるべきだと考え都市を創っていくという目標を実行する力が与えられている、ということが真に「住民参加」のある都市づくりだというわけである。このような住民の力(権力)の度合いを大雑把にいって8段階に分類して説明しようとしたのが、アーンステインの「参加の梯子」である。
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 最も最上段の住民権力が最強で、住民がコントロールを握ってその目標を果たしえる状態である。反対に、最下段は住民は都市づくりに対する彼らの目標を果たすに必要な権力は何一つ与えられない状態である。

 権力者たちが世論捜査の部として、意味を曲解したまま「住民参加」とか、たとえば、すでに権力者側が決定した事項を黙認する役割しかない形だけの諮問委員会に、住民を任命することである。

 日本の都市を「参加の梯子」ではかれば、そこに位置するのだろうか?」(P194)

 引用が長くなりましたが、地方権力を掌握することこそが、真の住民参加なのです。そうした問題意識はこと高知市や高知県の役人も市民も皆無です。

 現在おこなわれている「東西軸活性化プラン検討委員会」が空しいのも委員各位にも、事務局である行政側にも、そうした「市民参加の梯子:という意識が皆無だから、県民市民に全然浸透しない表面的な議論をしているに過ぎないことが、」本当にあらためて理解できました。

 わたしも18年ぶりに再読して市民参加の必要性と、具体的にはこうだということを再認識できました。

 著者の大野輝之さんとは、新宿駅の喫茶店で1992年当時面談し、話を聞きました。今となってはどんな話をしたのか思い出せません。

 あの頃から高知市の都市開発のありかたは、進歩するどころか衰退しています。世の中思いどうりにはいかん事例として悔しい思いをしています。
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1992年当時の高知新聞の記事。当時も決意はありましたが、自分たちの構想は高知市の都市づくりには全く反映されていません。

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2009.09.05

15年前の「南国道路」関連資料

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 先日事務所の片づけをしていましたら、古い資料を発見しました。
「高知南国道路・五台山道路景観検討委員会 平成6年8月」とありました。平成6年と言えば、今年が平成21年ですから15年も前のこと。西暦で言えば1994年となります。

 確か当時の建設省土佐国道工事事務所から電話があり、「車を運転するドラーバーの代表として委員になっていただきたい。」とか言うことでなったような記憶があります。

 南国道路というのは、高知自動車道の高知インターから分岐し、布師田を経て、高知県立美術館前を通過し、高須を経由し、絶海池(たるみいけ)を架橋し、五台山をトンネルで掘りぬき、南国市の高知空港へ行く高速道路です。
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(絶海(たるみ)池から五台山の建設完成時のイメージ)
 それで景観を慎重に検討しないといけないということで、当時の県立美術館館長や五台山竹林寺住職ら有識者が選ばれていました。わたしは当時は青年会議所は卒業していましたが、都市再開発セミナーを3年間開催していたこともあり、当時の建設省の人たちが知っていたのでしょう。

 委員会は途中阪神大震災(1995年1月17日9をはさみ、1年間やっていたようです。キノコ型の高架道路(ピルツ工法)が阪神大震災で倒壊したので、工法を変えたとかの説明がありました。

 南国道路は軟弱地盤ために高架の地下は30メートル以上掘るそうです。それだけの構造物をこしらえ、しかも景観に配慮するとか。さすがに国はやることが違うなと妙に関心したりしていました。

 ですが今年に入り「凍結」された高速道路に指定されました。県知事らが復活折衝などして、再度工事が始まりました。bですのでなんか因縁を感じます。

 五台山南側に一部高架が建設されていますが、高知インターからの分岐点や景観検討委員会で議論した美術館前や絶海池付近は全然高知はされていません。本当にこの道路完成するのでしょうか?

 新しい民主党政権はどう判断するのでしょうか?高知県は「野党」の自民党議員ばかりですし、案外またまた「凍結」されるのではないかとも思います。

 今となってはさしてどうしても建設しなければいけない道路でもありませんし。
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(高架橋の形なども審議したようです。)

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