死生観・終末観

2024.05.11

父吉正の7回忌です。

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 2018年5月12日に父西村吉正は99歳の生涯を閉じました。
高知市の寺院で。私ら夫婦と息子夫婦でささやかな7回忌を行い、父の生涯を偲びます。仕事が多忙で今回も娘は戻れません。息子の嫁は生前の父を知りません。
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 父が亡くなった時は、土曜日で私は夜須の海でセーリングしていました。2018年5月12日のブログで以下のように書いていました。前日に父の病院へ行き「明日は海へ行くので夕方になるから」と言いました。父は「行ってこい」と言いました。

「2018年5月12日ですが、夜須の海で帆走していたので、全く携帯への着信に気が付きませんでした。風が良く赤岡沖まで帆走、ハイクアウトの連続で海での帆走を堪能させていただきました。

 ランチタイムに着艇しますと多くの着信がありました。家内と息子、父の入院している病院からでした。いずれも海の上にいて、しかも風が強かったので気がついても対応できませんでした。

 1月19日に腎不全で高知日赤病院へ緊急入院し父(98歳)ですが、今日の午後12時31分にいずみの病院で亡くなりました。昨日は昼食時に起床し、リハビリをしてもらい、入浴もして、昼食のセリー食を自分で積極的に食べていましたから。

 亡くなった時間帯は海の上にいましたね。息子が駆けつけていて臨終に立ち会ってくれていました。片付けして自宅へ戻ると3時に。葬儀屋に連絡して家内と母と3人で病院へ行きました。

 息子が駆けつけてくれていました。当直医に話を聞きました。「午前10時ごろから調子がおかしく酸素吸入しました。心臓マッサージもしましたが午後12時31分に停止しました。腎臓も腎臓も弱っていました。死因は老衰です。」とのことでした。

 父はいつものようにベットに寝ていましたが、額に触ると冷たくなっていました。
従兄弟に電話で連絡しました。「うちも母(叔母100歳で逝去)が前日に元気でねと別れて翌日亡くなった。誰も会えなかった。」ということでした。

 父には今日海へ行かせていただきました。安らかな表情でした。父には感謝しています。回復を前提に来週病院関係者との意見交換会が予定されていました。人の命には限りがあります。父は精一杯生きてくれました。感謝以外に言うことはありません。」
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http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat24146161/index.html(父・吉正を偲ぶ)

 ゴルフ好きの父のために(私はゴルフには全く興味のない人間)私なりに精一杯のケアはしました。介護リハビリは週に5回通所し、打ち放しゴルフ場には週に1度連れていきました。女子プロトーナメント観戦にも連れていきましたから。99歳まで生き抜いてくれました。感謝です。

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2023.12.18

母春子の1周忌は無事終了しました。

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2023年12月17日ですが、母春子(2022年12月19日97歳で逝去)の1周忌をお寺でしました。

411740793_1809428732838469_4896190156660131266_n列者は私ら夫婦と息子夫婦て東京の息子の5人でした。親類縁者への声がけは葬儀と49日までにしています。

親類縁者ともそう協議しました。お互い様ですので。ごく内輪の身内だけの1周忌は、母のことをしんみりと語りあえますので。良いものです。
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お寺さんに、来年は父吉正(2018年に99歳で逝去)の7回忌と母の三回忌の2回ありますよと言われました。

日常生活に追われまくっていますので、お寺さんで法要のお経を聞いていますと、母との思い出を振り返りました。
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そういう時間、「対話」の時間も必要ですね。法要後にはお墓にも皆で行きました。花を入れ替えました。
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その後は皆で会食し、母のことを語り合いました。いい時間を過ごしました。

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2023.11.17

母春子の98歳の誕生日

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 11月17日は、母春子の98歳の誕生日です。でも母はこの世にはいません。昨年12月19日に97歳で旅立ちました。12月17日に1周忌を行う予定です。

 1人息子である私は、子供時代は「過保護」と言われながら育ち明日。父吉正は製紙会社の営業職であり、「飲むのが仕事」の時代であり、夜遅く自宅へ戻るため幼少期の父の記憶はありません。
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 電気工事業をしていた祖父母の公務所と自宅裏に、住宅があり、夕食は祖父母宅で父不在で祖父母と母と叔母と私とで食べていました。母の実家にいましたので、母の影響力は大きいものがありました。その後父の転勤や移動で、小学校は5回転校しました。
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 大阪時代も営業職の父は早く帰宅することは少なく、母と一緒に過ごす時間が長かったです。私は顔立ちも母に似ていると言われていましたが、性格も似たようです。

 おせっかいで、言わなくてもいいことを発言したり、少数意見でも堂々と発言するところは、母の影響であります。中学・高校時代になると社会運動に目覚め、通常の進学ルートからはずれてしまい、高校を卒業できなくなり、高校の担任教師から執拗な自主退学勧告wポ受けましたが、母は断固としてはねつけました。

母「健一は留年させて卒業させます。そして大学へも行かせます。」

教師「お母さんそれは絶対にに無理です。男なら健一君は自主退学して大検で大学進学すべきです。」と言い放ち、4月に新学年の登校日迄一切の連絡が高校側からありませんでした。

 投稿して職員室の扉を開けた瞬間に、高校教師たちが「西村お前何しに来た!」とのたまいました。私は「留年しに来たがよ。おまんらあは何のれんらくもいせんき、今日来た。」といいました。教師たちが臨時職員会議を開き、私を受けいれするクラスを決めました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2022/02/post-d51007.html
(50年経っても悔しい思い出)

 1学年下の連中と一緒に授業を受けました。急に真面目に勉強しようとしても、高校2年ぐらいから真面目に授業を受けていなかったので、ついていけないところもありました。そこは「ガールズ」の皆さんが手助けしてくれました。とても助かりました。
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http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/43-35aa.html

 母もバカ息子のために懸命に支援をしてくれました。おかげでなんとか卒業し、大学へも進学できました。進学した大学の入会したサークルで家内と知り合い結婚し、高知へ戻り家庭を作り子育てし、父がこしらえた小さな会社の後継者となり、高齢者となった父を99歳で、母を97歳で在宅介護しながらみおくりすることができました。
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 1年近く経過しましたが「春子ロス」は続いています。家内は「あなたはマザコンで、あなたたち親子にはついていけないところがある。」と言われています。
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 家内が大学時代から50年お付き合いです。「捨てられない」ように努力します。家内は母とは全く性格が違います。母ともうまく付き合ってくれました。ありがたい存在です。大事にしなければいけないと切に思います。

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2023.09.17

両親の眠るお墓の掃除に行きました

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 2023年9月16日(土曜9ですが、朝1番で両親の眠るお墓掃除に家内と行きました。墓地公園は何処でもそうでしょうが、墓石が林立する場所は日影がありません。

 舗装道と墓石ですから、とにかく暑い。蝉迄鳴いていました。9月も半ばというのに真夏の暑さです。
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 敷石が赤茶けていましたので、水洗いをしました。30分懸命にやりましたが、半分ぐらいは落ちましたが、これ以上は暑さで無理でした。墓石も水洗いしました。
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 作業終了後体をタオルで汗を拭き、シャツを着替えました。行ったことのない佐川町のまきのさんの道の駅へ行きました。

 珍しいものがありました。展示を上手くしていました。午前中から結構な人でした。

 外食して戻ると通販で2品目の注文。荷造りして宅配便センターに持ち込みました。

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2023.07.21

両親の墓参りに行きました。


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今朝は曇で雨が降りそうで降らない状態。家内と2人で両親の眠る墓地に行きました。お墓の周りを掃除して落ち葉などを回収しました。

確かに今日あたりはお墓参りの人はいませんね。私等以外には2組いたでしょか?帰り際に1組とすれ違いました。
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両親には近況報告しました。母の弟嫁のおばさんが先月亡くなり葬儀に行ったこと.先週の終末は家内と2人で東京へ行き娘に会ったことも報告しました。
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墓の敷石が茶色になっているので掃除用具を持っていきます。涼しくないと作業は無理ですね。墓地は日影がなく無機質の石造りなので暑いからですね。
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2023.06.19

母(春子)の月命日

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 2023年6月19日は、母春子(享年97歳)の月命日です。2022年12月19日に母は自宅で旅立ちました。旅立ってから半年になりました。

 お寺さんには「月命日にはお寺に来るように」と言われていましたが、わたしは現生の仕事業務と、地域防災活動の仕込みに追われ、今まで行くことはできませんでした。今日も無理です。
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 それというのも母が亡くなった後もせわしい日々でした。昨年12月19日の旅立ち、21日が通夜、22日が葬儀と火葬場、23日と24日は高知市で大雪。26日から28日まで母の死亡届と戸籍の取得など手続きに追われていました。

 12月27日に「高知市自主防災組織事例発表会」の要請があり、2月11日にしました。3月2日に高知県教育委員会学校安全対策課から「高知県高校生津波サミット学習会(6月18日)」の依頼がありました。6月18日に「出演」しました。
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 その後高知県立大学から「地域学概論」ということで7月24日の予定で講演依頼がありました。今も資料作りに追われています。仕事の方はメーカーの方がまたしても「値上げの見積書」を持参してきました。指名活動の仕込み作業も佳境です。ぼんやりしている時間は全くありません。

 母が「落ちこんだらいかん。人生は短い。精一杯頑張って生きろ」ということで励ましてくれていると思います。「社会のリクエスト」は母のお陰であると思います。

 1人息子故、両親には大事に育てていただいたと思います。子供時代にはいい思い出しかありません。高校時代は「疾風怒濤の時期」もありましたが、母が世間体を気にせず、しっかりと支援してくれました。あの時の母の支援があったから今日の小市民の私の生活があります。
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 50年経過しましたが忘れられない母の支援です。母の伴園に親孝行の真似事が出来ました。自宅で看取ることが出来ました。でもそれは家内の支援と協力があ連ばこそでした。今後も「社会からのリクエスト」には可能なら応えます。無理なことはしません。でも少しは無理します。

 春子ロスは依然として続いていますが、これも無理せず自然体で対処します。

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2023.03.28

両親のお墓参り

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2023年3月26日(日曜)にようやく家内と2人で両親の墓参りに行きました。

今年は、お彼岸に行けませんでしたので、家内と2人で両親の墓参りに雨の中行っておりました。息子夫婦がお彼岸に行ってくれていましたので、お花も新しい。周囲のお墓も皆花が新しい。
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私らの様にお彼岸に行けなかったのか数台車が停車していました。生憎の雨ですので長くいることは出来ず、早々にお暇しました。帰りにスーパーで買い物をしました。
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2023.02.07

両親は仲良く納骨されました。

両親は仲良く納骨されました。
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2023年2月5日に母・春子(97歳没)の49日を行い、納骨をしました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2023/02/post-32ab25.html
(母の49日が終わりました。)


 その折叔母が「昔の写真がうちにありましたので、持参しました。」と言われ、大昔の白黒写真をいただきました。
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 若い両親と子供時代の私が写っています。私が誕生直後には祖父母と母と叔母が一緒に写っています。皆私以外は鬼籍に入りました。
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 納骨時に墓標には、父100歳没、母98歳没と刻まれていました。なんだか母の強度の在宅介護があり、12月に旅立ちがあり、葬儀や各種手続きで年末年始になり、大雪もあり、値上げラッシュで対応に追われ、通販のHPも価格訂正をしました。

 すべて値段を改定し、お客さ若き両親と私・六甲山_NEWんに見積もりもすべて渡しました。公私ともに多忙から解放されました。
そしたら「気が抜けた」と言うのが、やる気が起こりませんね。遠い昔の写真を眺めています。当時は両親も若かったです。

あらためて家族写真から当時の社会の様子がわかりますね。
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2023.02.06

母の49日が終りました

高蓮寺
 昨年12月19日に97歳で旅立った母の49日の法要を高蓮寺にておこないました。母の兄弟姉妹で唯一生存している叔父(81歳)も高齢をおして叔母と息子さんと3人で来てくれました。母方の従兄弟2人と、父方の従兄弟夫婦と従兄弟2人の4人が来てくれました。
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 皆それぞれ忙しいのに来ていただいて良かったです。母も喜んでいるでしょう。僧侶の読経も浄土真宗ですが、比較的わかりやすい。広く大衆に受け入れられた理由がわかるような気がします。


 


 49日の意味を調べてみました。

仏教では、亡くなってから四十九日までの間、七日ごとに七回の法要があります。 一般的には初七日を除く法要は遺族だけで行なわれますが、49日目にあたる日を「満中陰」と呼び、この四十九日の法要をもって忌明けとされます。
読経
法要後は納骨のためにいの町の墓地へ行きました。お寺に来ていただいた親類は皆墓地まで行ってくれました。


 


僧侶の指示で読経前に納骨をしました。5年前に他界した父と仲良く納骨しました。納骨室の石の扉は重い。息子に開けてもらいました。お線香に火をつけた焼香していただきました。
納骨
 兄弟のいない私は親族が少ないので、ありがたいことです。ほのぼのした49日でした。今日は天気も温暖で風がなく寒く無くて何よりでした。墓地も寒くはありませんでした。
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 母に関する行事はとりあえず終わりました。なにか気が抜けたようになりました。戻ってから歩いて買い物に行きました。今日は14171歩でした。
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2023.01.15

母の同級生の健在ぶりに感激

 昨年12月19日に97歳で旅立った母ですが、母の女学校時代の同級生Mさんが健在であります。2023年1月15日(日曜)ですが、自宅をお訪ねし面談しました。

「おばちゃんはお母さんより1つ年上。高等小学校卒で女学校に入ったので1年遅れでした。お母さんとは娘時代からの友人ですよ。」

 今年98歳とか。3月で満年齢99歳。要介護認定は受けてはいますが、自分の足で歩いてトイレへも行けるし、食事も一般食を自分で食べられる。全く認知症ではなく、記憶も確か。とてもお元気でした。

「あんたのお母さんとは、はりまや橋の100歳体操へも一緒に行ったし、両方の子供が学生時代は、一緒に京都へ行ったり、東京へいったり、熱海へ入ったり遊びまわっていましたね。楽しい思い出です。」

 母に関する情報の「貴重な生き証人」なので、前から母に関して以前聞きたいことがありましたので、お聞きしました。

「母が1年で女学校を中退して、岡山の女学校に転校しています。そのへんの理由を知りませんか?」と聞きました。

「それは何が理由なのか思い出せませんね。」とか。かれこれ83年ぐらい前なので覚えていないか、忘れても当然ですね。

 もう1つ。「母の戸籍を取得したときに22歳の時に現在の南国市へ嫁に行き、1年後離縁して実家に戻っています。そのあたりの事情は知りませんか?」と聞きました。

「その話はおばちゃんも知らんです。初めて知りました。」とか。交流には濃淡があり、特に深い付き合いになったのはお互いの息子が大学へ進学し、それから連れこって旅行に行ったりしていたことからのようです。


 そのあたりの記憶はわたしも断片的な事しか覚えていませんでしたが、それをお話ししますと、思い出したと言われていました。その頭脳明晰ぶりには感心しました。


 Mさんは、ご主人や最愛の息子さんにも先立たれ、現在は気丈にも1人暮らしされています。

 またおばさまは、「つい最近」まで車の運転をしていました。車で県内のあちこちに趣味の民謡の指導などに行っていました。三味線なども指導者になっていたとか。旋律を覚えないといけないし、車の運転もしていたので、認知症の予防になったいたのではと推論します。

「週に3回介護の人が自宅へ扱いてくれて、お風呂に入れてくれたり、買い物してくれる。1人暮らしだからなるべく自分でできることはやるようにしている。」とか。

 「あんたは息子のようなものだから、時々遊びに来てください。」と言われました。わたしも母親に会った気分です。母の亡くなる直前の状況や、最後の様子も報告しました。他人とは思えない近しさを感じました。喜んでくれました。

 また訪ねてきますと言いました。なんだか心強く感じました。Mさん100歳超え迄健康で長生きしてください。と心底思います。

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