死生観・終末観

2022.10.18

父の墓参りに行きました。

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母(96歳)が10月16日はショートスティに行っている間(16時には戻ります。)に父の墓参りに家内と2人で行きました。
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3月のお彼岸時期は母が一時退院して自宅介護の最中で行けず、9月は悪天候もあり、本格的な母の在宅介護中でいたので行けずじまいでした。
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さすがに広い墓地ですが誰もいませんでした。父も慢性腎不全になりながらも100歳まで生きました。家族皆の健康を祈りました。
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2022.09.22

エリザベス女王国葬 

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2022年9月19日ですが、NHK総合テレビは、英国王室のエリザベス女王の国葬を夕方の19時から生中継していました。

 エリザベスさんは70年も元首として堂々とされていました。立憲民主制ですので「君臨すれども統治せず」を貫きました。1926年生まれですので、うちの母より1学年下ですね。
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 日本の皇室のお手本でした。英国国民の多数が弔問に訪れ、街頭に繰り出しました。
格式と伝統の力でしょうか、荘厳。大英帝国の名残なのでしょうか。
写真撮るとどの場面も見栄えします。さすがです。
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9月27日に1政治家の「国葬儀」が日本武道館で行われる。なにかと比較されますね。国葬に反対する世論は6割を超えました。さてどうなるのでしょうか?
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2022.06.17

母がデイサービスから戻りました。


 要介護5の母(96歳)3日目です。午前10時前に老健施設会い甥の送迎車が来ました。母は車いすごと送迎者に乗り込みました。後部にリフトがついている送迎車です。

 15日に細木病院を退院。そのあと介護担当者会議。昨日は南先生(みなみ在宅クリニック)の診察を受けました。101日の入院生活とは対照的にせわしい毎日に、母も驚いて老いることでしょう。

 刺激のない101日の入院生活で寝てばかりでしたので、慌ただしい毎日に早く慣れてほしい。刺激があると体も元気になると思いますから。

 16時過ぎに戻りました。「とまどいながらも元気でおられました。」との報告がありました。何よりです。

 まだ3日目ですが、なんとかなるでしょう。沖縄の言葉では「なんくるないさ」です。

 生老病死は人間誰もがたどる道です。母が身近にいるだけで、嬉しいと思いました。昨日抱えるタイミングを間違い腰痛になりかけました。堀川浮桟橋を1周歩くと治りました。


 在宅介護生活でも早朝の腰痛改善リハビリ・ウォーキングは継続します。

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2022.06.15

要介護5の母(96歳)の在宅介護がスタートします。

 2022年6月15日(水曜)ですが、午後13時半に54日間お世話になった細木病院を母は退院し自宅に戻ります。介護タクシーで帰ります。

 思えば「誤嚥性肺炎」で1月14日に高知医療センターに緊急入院して、2度にわたる高知医療センターへの入院と細木病院の転院で、101日間の入院生活でした。

 1月から6月15日まで166日ですが、入院した日は、高知医療センターと細木病院で101日間でした。今年に入り60%は入院していたことになります。身体機能も「寝たきり」では低下するのは当たり前ですね。

 今日は午前10時半過ぎに病院へ行き、先に入院費用を支払います。11時に母の入院室に来るように言われています。早めの昼食であるペースト食の食事介助のレクチャーをしてくれるようです。

 食事が終われば、母が飲み込めない食べかすの「吸引」の作業手順を習います。私は不器用なので1度や2度操作しただけでは上手くいきません。15秒以内とか言われました。

 荷物をまとめます。介護タクシーが13時半に病室まで車椅子で迎えに来ていただくので、一緒に付き添い退院し、自宅へ戻ります。

 要介護5の母の在宅介護が今日から始まります。

 FBの友人である村山和彦さんは人生の大先輩。村山さんは、介護保険のない時代にご両親の介護をなさり看取られました。

「親を送り出してから1人前」と言われました。その言葉が今は身に沁みます。

 今回も特養や療養型病院、老健施設などへの入居の申し込みはしています。今日の退院と即転院とはなりませんでした。

 何より大きいのは家内が母の在宅介護に賛成していただいたことです。母の生活空間は2階です。1階は会社の事務所です。私も家内も現役で働いています。2階まではわたしがおんぶラックで母を背負い階段昇降します。

 仕事の方では取扱品目の値上の交渉や、品切れの対応に追われています。4年前から始めた新規事業も軌道に乗りつつあり、手を抜くことは出来ません。

「在宅介護しながらテレワークで仕事する。」ことになります。テレワークも在宅介護も慣れていないので苦労はするでしょう。

「要介護5の母親の在宅介護」は事例が少なく珍しいかもしれません。可能な限り、報告します。へばる可能性もありますから。

 個人ブログなどにも掲載していきます。

 仕事と在宅介護に費やす時間が増加します。そうなると地域防災活動の時間が減少します。夕方以降の会合は今のところ出席できませんから。

 地域防災活動は代役がいくらでもいますが、母の在宅介護は家族しかできませんから。もちろん訪問医師や看護師、」言語聴覚士、理学療法士らの専門家のお知恵やサポートも受けながら紀子入れたらいいなと思います。

 6月14日までに仕事関係と地域活動は6月分は済ませました。6月末までは、在宅介護についてのレクチャーを真摯に受講し、自分のペースをつかみます。

 

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2022.04.17

96歳の母は前途多難

 2月21日に今年2回目の緊急入院した96歳の母です。
超高齢者になりますと皮膚が「極薄」になるようです。
 入院の直接的な原因は両足が低温火傷(左足)と擦り傷(右足)の患部が化膿し、壊死を一部起こしていたようでした。
 入院時の診断は「両下肢蜂巣炎・横紋筋融解・廃用症候群・誤嚥性肺炎」でした。いずれもほぼ完治したようです。急性期高度医療病院は、そうなると退院をせかされます。
 家族としては原則自宅介護を望んではいますが、1か月も入院生活で身体機能はリハビリを少ししたとはいえ、格段に落ちていると思います。それゆえリハビリと治療をしていただく病院に転院して、自宅へ戻りたいことが希望でした。
 コロナ禍でもあり、病院や療養施設に入居しっぱなしで、家族ですら面談することもかなわず、昨年90歳の叔母が2人亡くなりました。葬式すらできませんでした。
 母を在宅介護して、可能なら看取りまでしてみたい。そう思いました。しかし現実は甘くはなく、とてつもなく家族の負担は重くなるそうです。それはそうだと思います。
 転院先病院が見つからないようです。理由は母が老い先短い超高齢者であること。リハビリは改善の見込みがある人優先のようです。超高齢者で改善の見込みが薄い母は敬遠されました。
 更に病院側が受け入れれを拒むのは「最初は家族の意向で在宅で頑張ります。」と言ってもあとから「やはりそうれは無理だ。」と言ってくる事例がとても多いそうで、そうなると病院側も受け入れざるをいえなくなり、退院してくれとはいえないので困るということですね。
 その理由もわかります。療養型施設も常時キャンセル待ち状態。入居者が亡くならないと入所出来ない状態とか。要するに超高齢者は「行き場がない」というのが現実のようです。
 「最悪はうちの病院(高度医療機関)から自宅へ直行になります。受けいれ体制だけは整えておいてくださいね。」と言われました。
 いよいよ来るべき時が来ましたね。週末は掃除して部屋をかたずけます。

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2022.04.13

自宅を終の住処にする方法

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 「施設に入らず 「自宅」を終の住処にする方法」(田中聡・著・詩想社新書・2021年刊)を久しぶりに図書館で借りて読みました。

 まさに96歳の母の老老介護(現在は母は医療センターに3月21日より入院中)に追われる私にすれば、「教本」になるやもしれないと思い、オーテピアで予約申し込みを3月初めにしていました。3週間後の3月30日に下知図書館から連絡があり、ようやく借りることが出来ました。

 筆者の田中聡氏は建築設計士であり、介護施設の施設長もされておられました。その知識と経験からの表題のような提案をしています。

 ただし一読して見て、自宅での在宅介護は、比較的介護度の低い場合のお話が主体であり、うちの母のように96歳という超高齢者で、要介護3(4が出る可能性があります)の場合は、てきようしないのではないかと思いました。

 記述の中で身につまされた箇所がありました。(長文引用します。)

「介護のために家族が仕事を辞めることは絶対に避ける。あくまでも仕事を続けながら、できる範囲での介護を行う。足りない部分は介護保険サービスなどをうければよいのだ。」(P77)

「介護生活において絶対に100点満点を目指してはいけないということだ。介護するほうもされる側も、ほどよい距離を保ちながら60点ぐらいを目標とし、樹歳は30点ぐらいでもお互いに我慢が出来れば成功とかんがえてもよいくらいでいいのだ。」(P78)

 記述は「一般論」としてさらりと書いてありますが、1番身に染みた言葉でした。

 介護は撤退戦と割り切ろうと筆者は述べています。なるほど。

「仕事が出来る人ほど「介護敗戦」に突き進む。

中略 介護に対して、真面目に前向きに、まさに仕事と同じように取り組んでしまい。仕事が出来る人ほど、これまでの成功体験を介護でも適用しようとしてしまう傾向があるという。

 しかし仕事に向かうように介護に取り組んでしまうと、それは「配線」への直行ルートである。」

「その理由は、仕事に対しては目標を設定し、綿密なスケジュールを立て、自ら汗をかいて実行する。その目標は、ほとんどの場合は成功や成長という結果にリンクしているはずだが、介護は貢献が報われることのない撤退戦だ。」

「前進の期待があるからモチベーションを維持できるが、介護ではむしろ諦めなければならないことが多々起きる。昨日よりは明日の成長を目指す仕事のメソッドとは違う方法論が必要だ。」(P80)

「じりじりと悪化する状況を前提においたとき、最も必要なのは、その戦線を受け持つあなたが最後の瞬間まで戦い抜く精神力を維持することだ。」

「そのために必要なことは、一人で何もかにもやろうとせず、組織や社会の力を借りる。人に相談して悩みをわかってもらい、支援をうけることだ。ただ、肉親が相手だと冷静に判断実行するのは非常に難しいことになる。」

「介護にあたって必要な心構えは「現場の働き者」になるのではなく、プロジェクトマネージャーとしての「マネジメント」を常に意識することだ。

 マネジメントの最大の目的は、いわば顧客であるお父さん、お母さんの幸せの達成だ。そのために必要なのは、介護プロジェクトのマネージャーであるあなたの心と体の健全さと収入をお維持することだ。」

「ケアマネやヘルパーさんらの介護のプロは、あなたのプロジェクトに参加してくれるプロフェッショナルのスタッフだ。

 介護が必要な人に対して、なんでもやってあげるのではなく、その人がまだ持っている力を引き出しながらの関りが重要で自分で出来ることは自分でやってもらう。

 その見極めが出来れば、身体の衰えの進行が遅くなることが期待できるし、介護の作業量の伸びも緩やかになる。」

「そうしたプロの力も借りながら、介護プロジェクトを動かすマネージャーとしてある程度安定した介護体制をつくることを目指すべきである。

 そして安定した介護体制をつくることが、仕事と介護の両立には最も重要なことである・」(P81「老親を施設に入れず、自宅で介護するための心得」)

 年明けからの母の緊急入院2回と、急激な身体機能の衰えは、「ショック」でした。懸命に介護しても報われない現実に何度も打ちのめされました。

 それはどこかで「100%回復しろよ!」を叫んでいた自分がいたのでしょう。ケアマネさんは「60%も回復でよしとしましょう。」と常付根言われていました。

 なるほど介護は「撤退戦」であると。「結果は出ない」「身体機能は落ちる」ことを前提に、気持ちよく母が終末を迎えることができるお手伝いを考えた方がいいということらしい。

 なんだか気が楽になりましたね。立ち直れそうな気がします。

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2021.12.22

喪中はがきを読むのは辛いです


 毎年11月から12月中旬頃まで喪中はがきが送られてきます。1年に1度の年賀状のやりとりに過ぎない人からではありますが、寂しく思います。

 多くはご高齢の親が80歳代後半から90歳代でご逝去したというお知らせが多い。寿命を全うされたのであると思います。

 悲しいのは年賀状のやり取りをしていたご本人が病気で亡くなり、奥様からの喪中はがきが来て読んで涙が出ました。まだまだ意気盛んで人生これからだと思う年齢での逝去は悲しい。ご本人もご家族も無念であると思います。

 ましてこの2年間というものは、コロナ禍で葬儀も告知せず、身内で執り行う事例が多いようです。せめてものお別れすらできないという現実も辛いものがありますね。

 はやくコロナ禍も終息していただきたい。しかし欧米を中心に変異株のウィルスが猛威を振るい来年からまた日本国内でも蔓延する気配すらあります。

 3年前父は99歳で旅立ちましたが、今にして思えば、ちゃんとした葬儀で見送りが出来たので良かったと思いました。

 12月初めにご逝去された友人のお父様は御葬儀もごくわずかな身内のみで執り行われたことでしょう。それを思うと悲しくなります。

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2021.05.12

今日は父(吉正)の命日です。

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 今日は父の命日でした。もう3年になります。
 今日も母(95歳)は雨の中元気にデイサービスへ行きました。
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 父が今も生存していたら満102歳(数えでは103歳)でした。慢性腎不全ですので、そこまでの生存は難しかったと思います。昨年から今年にかけてコロナ禍になりました。

 コロナ禍では葬式も通常形式で実施することも難しく、関係者のお別れも出来なかったことでしょう。それから言えば、葬儀も父の場合は小規模であっても出来ましたので、今にして思えば良かったかなと思いました。
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2021.04.26

清明が終わったそうです。

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 沖縄の義弟から「清明終わりました。」との報告と写真が送信されてきました。家内のご両親が眠るお墓で義弟家族がお弁当を食べたとのことでした。
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 清明(シーミ―)とは

 本来清明祭(シーミー)は墓前で行うお祝い行事とされてきました。ご先祖様とともにお祝いをするのが目的です。そのため、墓前にお供えするジューバク(重箱)料理である御三味(ウサンミ)も、赤かまぼこなどを用いた慶事用を準備します。
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 娘が沖縄の大学に通学していた4年間は、うちの家族の代表で義弟の家族と一緒に一族のお墓の前でお弁当を食べたとのことでした。

 私もそういえば、家内の出身地の沖縄にはご無沙汰しています。2006年以来、かれこれ15年もご無沙汰しています。義母が元気な頃は家族でお盆と正月は沖縄へ行っておりました。

 今年は義父が亡くなって34年、義母が亡くなって24年目です。すっかり不義理をしていますので、今年こそ沖縄へ行き、ご両親の墓参りをしたいと思っています。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-208b.html
(沖縄の独特の先祖供養)

 うちの小さな墓からすれば沖縄の墓は巨大ですね。生前義父はこう言っていました。

「男はまずしないといけないのは、一族の墓をこしらえること。家はその次に建てることだ、」とのことです。うちの墓は2008年にこしらえました。小面積で1・2坪で墓石で納骨堂方式。それでも「◎百万円」かかりました。沖縄の墓は70坪あると聞きました。納骨堂の広さは12畳ぐらいありました。一体いくらかかるのか想像できません。
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 清明の時期になると義父を思い出します。家内と結婚して沖縄へ行ったとき、義父が私をお墓へ連れて行ってくれました。ご先祖に報告しに行ったと思います。お墓がいかにだ大事なのかを教えてくれました。

 しかし沖縄でも核家族化が進行し、お墓を維持管理できなくなり「墓じまい」をする事例が多いようだとのことでした。考えさせられますね。

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2021.03.08

父の墓参りに行きました。

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 2021年3月7日(日曜)ですが、父(2018年5月13日没)の墓参りに、行きました。家内と母(95歳)と一緒に行きました。
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 お正月に墓参りに行く予定でしたが、今年は思いのほか寒く断念しました。3月に入り暖かくなり、風もないので、行きました。
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 歩行補助車を持参して行きました。墓地公園は道幅がそこそこありますので、利用できました。椅子代わりに座れます。とはいえまだまだ肌寒いので、父に祈祷して戻りました。
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 家族の健康と商売繁盛、地域の安全を父の墓前に誓いました。
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