死生観・終末観

2019.07.06

映画「洗骨」を観ました。


映画 洗骨2_NEW
 2019年7月6日ですが、沖縄出身の家内の誘いで、映画「洗骨」(照屋年之・監督・脚本)を一緒に、県立追手前高校芸術ホールで見ました。結果的に梅雨の晴れ間でしたが。海へは行かず、映画鑑賞という文化活動をしました。
 
 「洗骨」を言う習慣は、土葬にした遺体を何年か後に掘り返し、骨を洗うことが沖縄であるやに聞いていました。家内は都市部の人なので知らないとのことでした。舞台は沖縄の粟国島(あぐにしま)。亡くなった人を4年後に遺骨を取り出して、身内で骨を水洗いすることを洗骨と言います。骨を奇麗に洗うことで「この世」と別れをつげるとか言われています。

 場面は葬儀から始まります。ある家族の母親が亡くなり、島から県外へ出て働いている子供も帰省し、葬儀に参加するがばらばら。父親は妻が亡くなったことは自分の責任との思いが強く酒浸りになっていました。ただ一家や、近しい親戚筋には「4年後洗骨があるから」との約束事が「重大事項」としてインプットされているようでした。

 舞台は4年後に。母親の洗骨に兄と妹は県外から戻りますが、それぞれ事情を抱えていました。時に家族内での深刻な対立もありましたが、母親の洗骨の日には、皆が揃い改まった気持ちになり、島の墓地に水やたらいやタオルなどを人力で運びながら洗骨に向かいます。

 墓から取り出すと、お棺の中で骨だけになっていました。4年の歳月にて骨だけに遺体はなっていました。見ていて「いい習慣」であると感心しました。小さい骨の1本1本が残っているのです。火葬は約2時間で超高温で遺体を焼き骨だけにします。

 昨年亡くなった父は骨が丈夫であり、大きな骨は火葬後も形がしっかりありました。箸で身内がつかんで、骨壺へ入れますが、当然全部の骨が入りません。無理やり入れたら、係の人が押しつぶして粉々にして入れてくれました。火葬場の時間制限もあり、父とのお別れも極めて短時間でした。
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 その点洗骨は近しい人の骨の1本1本を身内が慈しみながら奇麗に水洗いします。そして改めて埋葬されるようです。故人との遺骨を洗いながらの対話もあり、この世とあの世をじっくり考える時間を提供してくれる慣習ですね。映画を見ていて感動しました。

「沖縄や奄美地方の風習で、与論島、沖永良部島、粟国島、波照間島などで行われていた。土葬した遺体を3〜5年後に掘り起こし、骨を海水や水で洗って瓶に入れる。骨を洗うことで、海のかなたの浄土に行かれると信じられている。儀式をするのは旧暦の3月と8月の27、29日と決まっている。立ち会えるのはごく近親者に限られ、早朝、人目に付かないように行う。」(朝日新聞「キーワード」より引用)

 映画は高知市では7月7日明日までです。

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2019.06.30

老後が不安な国民は国(政府)を恨む


老後生活特集のの高知新聞記事_NEW
 2019年6月22日の地方紙である高知新聞の記事。例の「2000万円報告書」にも関連した取材されたなかで記事が書かれています。

金融庁「2000万円」報告書 「公助より自助」加速

県民「老後不安だらけ」 専門家「年金抜本議論を」

 今どきシニア世代(私もその1人)の「1番の関心事」は、「老後」問題と、年金問題であると思います。年寄りになれば、病気も併発します。医療費負担もあります。身体機能が低下すれば介護の問題も出てきます。1番不安なのは「年金支給だけでは到底生活できない。」のではないかという不安を、金融庁の「2000万円」報告書で高齢者各位は持ちました。

 まして2004年から「物価や賃金の伸びより、年金支給額を低く抑えるマクロ経済スライドが導入され、厚生年金支給額は、現役時代の収入の62%から50%に引き下げられました。(でもそれはとても恵まれた人たちの話。地方公務員などです。)

 ざっくり行きますと、現役時代500万円の年収のあった人が仕事をリタイヤし、厚生年金だけで生活すると250万円で生活しないといけないです。現役時代より生活の規模を半分に縮小しないといけない理屈です。リタイヤ世代になると収入の道も限られ、アルバイトも難しくなります。

 金融庁の試算では、それでも65歳の夫婦が30年生存して95歳まで生きると,約2000万円足らないですよ。年金と預貯金だけでは生活出来ないから、自己責任で現役時代から投資信託など、金融資産を形成しておいてください・という趣旨なんでしょう。

 しかし記事にあるように「投資信託などはお金持ちがするもの」であり、貧乏人は始めからできません。また金融庁のモデル事例は、地方公務員のように「恵まれた環境にある」人であり、年収の低い人は対象になっていません。

 国民年金は満額で月額6万5千円程度です。記事には63歳の人は懸命に働き、子育てし預貯金がほとんどない状態で年金支給額は5万円。コンビニのバイトで8万円。奥さんも働いてはいますが、子供の学費がかかって大変だとか。

 50歳の男性は10年間コンビニを経営していたが、奥さんが病気になり、子供の大学費用もかかり、年金保険料を払いない時期もあったとか。現在は転職している。家のローンもあり「老後は不安だらけ。体が続くうちは働く」とか。

 金融庁の「報告書」よりはるかに厳しい生活の実態がレポートされています。わたしの場合も「老後」は不安だらけ。でも今は目先の仕事のことで精一杯。病気しないように健康で働き続けます。

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2019.06.24

今日は父の100歳の生誕日


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 今日は昨年亡くなった父の100歳の誕生日です。後1年頑張れば100歳に到達していたのに残念です。父より3歳年長の叔母は2016年に逝去しましたが、100歳まで生きました。内閣総理大臣から表彰状と記念品をいただいていました。叔母の葬儀会場に展示してありました。
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http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-bcc4.html

 叔母の葬儀は、今思えば父が亡くなる2年前。超高齢者の両親を連れ。私が1人で叔母の葬儀に連れて行きました。
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 父は「100歳の壁」に跳ね返されましたが、母(現在93歳)には到達していただきたい。まだ7年もあるので遠い先の話です。
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2019.03.17

父の墓参りに行きました


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 2019年3月17日(日曜)です。昨年亡くなった父(享年100歳)のお墓参りに一家で行きました。
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春のお彼岸の入りは18日かららしいですが、21日の春分の日は雨の予報ですし、混雑も予想されますので今日行きました。
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 不安定なお天気で小雨がパラついたり、時折強い風がふいたりします。墓地公園は山の上にあるので猶更です。同じ考えの人たちもいました。帰り際には多数の墓参りの車とすれ違いましたから。
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2019.01.03

父のお墓へ行きました


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 2019年1月9日ですが、冬型の気圧配置が少し午後から緩みそうでいたので、母ん(93歳)を連れて父(享年100歳)のお墓へ行きました。
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 父の墓へ行くのは昨年の四十九日(六月二十四日)以来の事。落ち葉などを拾い、墓石をウエスで拭きました。父の好きだった日本酒も持って行きました。
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 一応線香が消えるまで佇みました。墓地は高台にありますが、幸い風が吹かず、日差しが暖かく過ごせました。私らだけかと思いましたが、結構墓地へ来る人もいました。
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 春になり暖かくなってからまた母を連れてこようと思います。
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2018.09.16

父の墓参りに行きました


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 来週は彼岸。大混雑も予想されます。息子にも声掛けして1週早く父(吉正)の眠る墓地へ母(92歳)を連れて行きました。
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 直前まで19日の「ロープワーク講座」の準備作業をしていたためか、肝心の線香立てや、母のための経口補水液やおむつや着替えも忘れて来ました。
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 墓地へ着きますと、同様の目的で墓参に来ている家族もちたほらいました。墓地には砂利を敷きつけているのでそれを山積みしそこへ線香を立てました。お花は昨日五台山市民農園の草引きに行く途中にある五台山農協婦人部の朝市で購入していました。
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 日差しがありますとまだまだ9月は暑いです。線香が消えるまで、佇んでいました。お墓の掃除道具も持参しましたが、49日の納骨前に2時間かけて子供たちと掃除をしていましたので、その必要性はありませんでした。
 
 家内が「お正月前後にも来ましょう。」と言いました。その時は掃除道具も持参します。

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2018.09.12

私なりの父の供養


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 父(享年100歳)が、5月に亡くなり、49日も初盆も終わりました。あっという間に日常のせわしさにかまけ、時間が経過するのが早いなと思います。5月12日が父の命日ですから、今日(9月12日)の月命日は4か月目になりますね。

毎日父の遺影を見て、線香を炊いて、夕方には1日の出来事を父に報告しています。

 社会的には葬儀の終了した翌週から役場や年金事務所、法務局、取引銀行を何度も巡回し、「引き継ぎ」作業をしました。一体何10枚の書類に住所と名前を記入し、判子を押印したことでしょう。専門職の人にお金を支払い代行していただいたら簡単でしょうが、社会勉強と思いすべて自分で手続き作業をしました。
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 役場も年金事務所も、法務局も銀行も親切に手続き方法を教えてくれました。細かくややこしい事も少しありました、仕事の合間に、手続きや書類作成を繰り返しました。4か月間はその繰り返しでした。「引き継ぐ」ことは面倒で大変であることを思い知りました。独りよがりな事かも知れませんが、「引き継ぐ」ことが父の供養かと思います。
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 一段落しますと季節は春から梅雨―猛暑―残暑ー初秋となっていました。仏事としての大げさな行事はしません。今度の日曜日は母(92歳)の体調もよさそうなので、一緒に父の眠るお墓へ家族で行こうと思っています。

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2018.08.14

簡素な初盆です

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簡素な初盆です。家が狭いし、子供も月初めに再就職が決まったばかり。帰省も出来ないようです。

28年前にして「盆休み休暇」にしました。自宅の掃除して終わりです。お墓は暑いし、母(92歳)を連れての墓参は無理ですので諦めました。

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2018.07.24

親鸞さんと蓮如さん


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 偶然の産物で父(享年100歳)の葬儀は浄土真宗西本願寺系の僧侶に読経してもらいました。四十九日の法要と納骨も依頼しました。

 仏壇も購入しました。右手に浄土真宗の開祖者である親鸞さん。左手には中興の祖であり大きな組織をこしらえた蓮如さん。仏壇はお寺の出張所だそうです。たしかに四十九日の法要をしたお寺は仏壇を拡大した装飾でした。というかお寺を縮小した様式が仏壇になっているようです。
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 以前親鸞さんと蓮如さんに関しては五木寛之氏の著作で読んだことがありました。個人ブログに読書感想文も書いていました。

 「親鸞」を読んで(2012年3月10日投稿)
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 「親鸞」(五木寛之・著・講談社・2010年刊)を図書館で借りて読みました。 上下2冊の小説でしたが、雨の2月25日に1日で読みました。小説では9歳から32歳までの親鸞や周りの人物が活き活きと描かれ、活劇のような躍動感がありました。五木氏の代表作「青春の門」のような、やんちゃで常に悩ましい親鸞は魅力でした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-cdbf.html

 「蓮如ー聖俗具有の人間像」を読んで(2012年5月22日)

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-9994.html

 「蓮如ー聖俗具有の人間像」(五木寛之・著・岩波新書・1994年刊)を読みました。親鸞が開祖した浄土真宗も、時代が下ると、衰退し、分派がいくつもあり、混乱していました。また蓮如が生まれた時代は、室町末期で、応仁の乱が勃発し、地方も都も秩序が乱れていました。
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 読んでいて驚いたのは、蓮如は若い時から布教活動を精力的にしていたわけではなく、貧しい寺を継承する43歳までは雌伏の時代であったと言うことでした。

  五木寛之氏は親鸞と蓮如を対比させ、こう書いています。

「親鸞は「貴種流裡」の聖人でした。どんなに「とく」を自称し、野のひじりとして貧しく生きても、その身辺にはおのずと精神の貴族性がオーラのように漂います。彼は貴族の子として生まれた、いわば「乞食王子」なのです。

 蓮如は、さびれはてた寺に、「いやしき女」の子として生まれました。いわば「卑種栄達」の俗人です。こういう人が成金めいた振る舞いをするのは、ある種の切なさがあって、わたしは嫌いではありません。

 蓮如の同胞意識は、彼の思想の結果ではありません。おのずと人と差別なく接する体質だったと思います。彼が親鸞思想の本質を正しく理解しえていたかどうかは、論議のわかれるところです。

 しかし、私は蓮如が親鸞の教えの中に自己を救われる何かを発見し、親鸞を「たのんだ」と思います。そしてそれを同じ立場の人に伝えたいと、真剣に心から願ったと感ずるのです。」

 親鸞さんは「弟子などはいらん」と言い続けた創業者。理念は素晴らしかったですが、宗教組織とし体裁がないまま衰退していきました。蓮如さんは「時代の申し子」として中高年甥なってから突然輝き出し、強固な宗教組織をつくりだしました。

 織田信長は終生一向宗との対立抗争を繰り返し、天下人の豊臣秀吉は懐柔し、徳川家康は、本願寺を東と西に分割しました。

 小さな父の仏壇を眺めながら6年ほど前に読書した「親鸞」と「蓮如」について考えてみました。

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2018.06.25

心機一転、頑張ります。


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 昨日父(享年100歳)の49日の法要と納骨が終わりました。5月12日の死去以来、なにかとせわしい日々でしたが、とりあえずは一段落。親類筋にも挨拶しけじめをつけることが出来ました。
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http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/49-ac5f.html

 今朝は午前7時35分発の便で子供が東京へ帰るので6時過ぎに出発し空港へ。搭乗手続き中に武内則男さん(衆議員議員)にお会いしました。「国会の集中審議がありますから。」「防災はこれで大丈夫とは行政側が線引きした対応をとったらいけないね。」とも。そういえば武内則男さんとは、3年前の6月に「東北被災地交流ツアー」でご一緒しましたから。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-f0e7.html

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昨日は納骨式が終わった後、自宅へ戻り遅い昼食(防災会長のお店の折詰)を食べると疲れが出て昼寝していました。「西郷どん」の直前に起床。軽い夕食を食べながら視聴し、番組終了後仮眠しました。そしてW杯の日本VSセネガル戦を視聴しました。

 GK川島の1戦目(コロンビア戦)に続くミスキャッチでの失点に起こりTVに向かってわめいていました。試合は乾と本田のゴールで追いつき2-2のドロー。実力差から言えば「勝ちに等しい引き分け」でした。3戦目のポーランドは不調でリーグ戦敗退が決まりましたが、気が楽になったので怖い相手です。引き分けができれば自力突破が可能ですがどうでしょうか。

 今朝は日本VSセネガル戦に続いて、コロンビアVSポーランド戦まで視聴し、そのまま朝食を食べ、子供を空港へ送りました。それで少し眠いです。でも週初めですので仕事に専任します。

 今朝の事務所の気温は26度、湿度は62%です。真夏日(30度)の予報が出ています。沖縄地方は梅雨明けしました。四国はこれからが梅雨本番。今日は梅雨の晴れ間です。天気図でも梅雨前線は、南へ押し下げられていますね。

 「新規事業」のほうも約1カ月作業が遅れてしまいました。7月に集中的に作業を行い遅れを取り戻します。仕事のほうも販路拡大に奔走中ですので今が正念場。ゆっくりすることは出来ません。

 同年代の連中は、ほとんどがリタイヤして「孫の面倒を見ている」とか「病気が見つかった。」とかの話題が多い。うちの子供たちは伴侶が見つからないし、新たな家族が形成される気配はない。でも今回は父の供養は徹底的に家族として頑張ってくれました。家族はありがたいものです。

 昨日の夕食後、家内と子供たちで父の仏壇を飾りつけていました。「仏壇はお寺の出張所」ということらしいです。昨日訪問し、49日の法要したお寺の本堂の「縮小版」であることが良くわかりました。

 「一段落」しましたので、心身の調子を整え、W杯の試合も観戦して、心機一転頑張ります。

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