死生観・終末観

2020.10.03

67歳になってしまいました。


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 生きておれば毎年歳は取ります。私も67歳になってしましました。
経済的に裕福でもなく、名声があるわけでも、権力者でもありません。市井の市民として順調に年を重ねてまいりました。

 ところで日本人の平均寿命は男性が81・4歳、女性が87・43歳です。また健康寿命(心身ともに自立し、健康的に生活できる期間)は、男性が72.14歳、女性が74.19歳とか。
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 あと3年で70歳になり、13年で80歳、23年で90歳、33年で100歳です。今年は家内と一緒に東京から高知へ戻ってきて40年になります。あっという間です。高校生時代の安保闘争は50年前。東京五輪は56年前でした。あと33年で100歳とは時間的にとても短いと思う。

 元気に活動できるのは、男性の平均寿命でいけばあと11年、健康寿命では5年程度ではありませんか。データだけで考えると「人生黄昏」であり、「年寄だから無理するな」と言われても「年齢」だけであれば、仕方がありません。事実だから反論できません。

 しかし月に1度整体でお世話になる老師(93歳・整体歴70年)はこう言います。

「生命の寿命は成長点の5倍。人間の成長点は25歳だから、125歳が寿命である。体も心も手入れすれば125歳までは生きれるはず。手入れをしないから80歳で皆死んでしまう。わしは飲み友達が皆死んだ。

 君は67歳か、まだ若い。125歳までにはあと58年ある。人生これからだ。

 年齢には、戸籍年齢、肉体年齢、精神年齢がある。戸籍年齢は時間と共に年を取る。肉体年齢と精神年齢は、手入れをしておれば、若さは維持できる。みんなそれをしないから80代で死んでしまうのだ。」と。独特の表現ですが励まされます。

 私は3年前にようやく仕事の面白さに目覚めました。社会人になって40年目のことでした。従来市民活動や地域の活動では多少の評価を社会で得ました。今度は仕事で評価を受けたいものです。「遅かりし」ですが、生きている間に気が付いて良かったと前向きに考えます。
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 父は99歳まで生きました。89歳まで現役でした。脳血管障害で倒れ一命をとりとめましたが、慢性腎不全になりました。それでも10年生きました。父が繋いでくれたから、私は3年前本気で仕事をやる気になれました。私も100歳までは現役で仕事したいです。セーリングもしたいです。健康を維持できれば、それは可能です。
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 今は献血108回と、45年間運転免許無事故無違反でしか自慢できない小市民ですが、心身の健康を維持してこれからも頑張りますので、皆さま今後ともよろしくお願いします。
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2020.09.23

父の墓参りに行きました。

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 2020年9月20日ですが、曇り空でしたので、母(94歳)を連れて、父の墓参りに家内と3人で行きました。
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 墓地公園の人出は、「密」ではなくぼちぼちというところでした。よその家のお墓も、お花が新しいので、近日来られたのでしょう。

 歩行補助車を車から出して、母と一緒に父の墓前に祈りました。早いもので父が亡くなって2年4か月が経過しました。
 墓掃除は5月の3回忌前に入念にしていましたので、今回はしなくても構わない状態でした。
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 父に家族のことや会社のことを報告しました。母も神妙に手を合わせていました。曇り空で暑くはありませんでした。線香がなくなるまで、父の墓前にたたずんでいました。
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2020.08.30

叔母の通夜と葬儀に行きました。


 2020年8月29日(土曜)は叔母の通夜式、30日(日曜日)は昼間は告別式に行きました、通夜式は1人で、告別式は母(94歳)と家内と3人で行きました。

 今回の叔母(享年90歳)の死去で、父の8人兄弟姉妹は皆亡くなりました。1番上の叔母(父の姉)が101歳、父が99歳、叔父(父の弟)が92歳、2人の叔母(父の妹)が90歳と、8人兄弟姉妹のうち5人が90歳を超えた死去なので、「長寿一族」なのかもしれませんね。

 今回亡くなった叔母は、実家の農家から20歳の時に商業者に嫁ぎ懸命に働いて生きてきました。気難しい創業者の舅ときつい姑に苦労し、慣れない商売を体で覚え得意先を増やしていきました。2人の子供たちは優秀で国立大の医学部を卒業し医者になりました。

 叔母が55歳ぐらいの時、ご主人が癌で60歳の若さで他界し、苦労をされました。以後30年間細腕で商売の火を守られていました。日曜祭日も店へ出て働いていました。郊外の家からバスで店へ行かれて働いていました。

 店舗で商材に囲まれて接客している叔母は活き活きとしていました。数年前に自宅で転倒し、自力で歩くことができなくなり、子供たちの勧めで、自宅を売却し特養へ入所しました。

「ここはなにもすることがない。泣きたいぐらい退屈だ。早く死にたい。そのことばかり考えている。」

「20歳の時に嫁に来て働いて働いて、私の人生なんだったろうと考えたら泣けてくる。」

 と面会に行けば悲観的なことばかり言っていました。

 でも2人の子供たちは医師になり、またその子供たちも医師になっています。商売も従業員の人が継承し屋号を引き継がれています。叔母は悲観的な発言ばかりされていましたが、「いうことのない人生」ではないかと思いました。

 僧侶のお経の合間の説話で「人生ははかなく短いもの」と言われていましたが、長いようで短い。くよくよ考えていても誰もが寿命が来ます。

 ここ8年ぐらいの間に父の兄弟姉妹の5人の葬儀に行きました。やはり「悔いのない人生」でありたいと強く思いました。

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2020.08.12

父の墓掃除に行きました。

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 2020年8月10日(月)ですが、「山の日」の休日です。
 暑いと行くことに躊躇しますが、(墓地は影がなく、全体が石とコンクリートで覆れているので)曇になり「耐えられる気候」になりましたので、家内と2人で行きました。
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 墓地は山の上にあるので、路面が濡れていました。3回忌の時の生花を回収。墓石などを水で洗いました。そして花立には造花を飾りました。9月のお彼岸も高知は暑いので、母(94歳)の来訪は無理かもしれないですね。
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 父に家族の動向を報告しました。墓石を洗い、エア-焼香して戻りました。
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2020.07.30

現在のBCとAC

 西欧流のキリスト教国の歴史観では、「キリスト出現以前の時代」をBC,、以後をACといいます。紀元前とか紀元後とか言いますね。
 2020年になり中国武漢から発生したコロナ感染症ウィルスは、瞬く間に世界を席巻し、人々の行動様式を変えようとしています。

 

 「外出の自粛」だの「都市の閉鎖」など大災害や戦争や内乱でないのに、大きな経済変動が起き、経済活動が停滞しています。

 

 19世紀や20世紀になって登場した都市生活の中での社会経済システムの多くが、コロナ感染症により全否定されました。百貨店、スーパーマーケット、映画館,演劇、音楽コンサート、プロ野球やプロサッカーなど、上げればいくらでもあります。いわゆる人が集まる「集客装置」がすべて否定されました。大変な出来事です。

 

 現代のBCとACは、「ビフォア・コロナ」と「アフター・コロナ」です。今現在感染状況は拡大中。歯止めがかかりません。コロナ感染症が治まった後、世の中は変わりますね。何とか「生き残り」たいものです。

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2020.05.04

3回忌で父の墓参りをしました。

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 お寺での3回忌の後は、父が眠る墓地へ家族で行きました。周りのお墓を見ても連休中に墓参に来ている人たちもいました。4月に2回お墓も掃除に行き、「西村家の墓」の文字もペイントをやり直しをしましたから。踏み石も洗いました。赤苔を除去しました。
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 墓地の清掃の時に父と対話しました。コロナ感染症の影響で、心が乱れましたが、落ち着きました。やはり僧侶が言われるように、来世から父が励ましてくれたと思います。

 母(94歳)も元気で参加できました。歩行補助車で墓地を歩きました。
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 法事やお墓参りというのも先祖ととの対話で、現世のせちがらさに一息つく役割があるということが、しみじみわかりました。今までは法事や墓参りは他人事でしたが、「当事者」になり初めて気が付くこともたくさんありますね。
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 しかし墓地は影がありません。お盆であるとか、秋のお彼岸の時期は、到底母を連れてくることはできませんね。
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2020.05.03

父の3回忌をしました


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 2年前に他界した父の3回忌を家族のみでこじんまりとしました。もともと連休の最中の開催は、昨年1周忌をしたとき帰省していた娘が、「仕事の都合で2日してほしい」というリクエストがあxgつたからでした。
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 しかし今年はコロナが世界中に蔓延,日本も非常事態宣言が全国に出されるなど、到底帰省できる状態ではありませんでした。
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 寺院で僧侶の祈祷のためのお経を聞いていると神妙な気持ちになります。僧侶がこういいました。

「私たちは来世の人が苦労しないようにと願います。しかしf来世の人達は、現世の私たちを心配してくれています。コロナでこれほど世の中が混乱するなんて。どうか平穏に収まってほしいと来世の人が願っています。」
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「人類が増えすぎると災害や疫病が発生し、適正な数にします。これは地球の自浄作用かもしれないですね。」とのこと。

 たぶん真理であると思いますが、私や家族たちが「淘汰される側」にはなりたくはありません。
次回は7回忌の法要です。4年後です。4年経過し母が元気であれば99歳です。お互い元気でガンバf利ましょう。

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2020.04.21

墓掃除に行きました。


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 2年前の5月に逝去した父。今年は仏式では3回忌。
東京在住の子供の仕事の予定で、早々に連休のさなかに法事をすることにしました。ところが全国に非常事態宣言が出され、「東京から地方へ移動する」ことがはばかれるようになり、「帰省するな」となりました。
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 実際に愛媛県では大都市部から帰省した人から法事で感染が広まりました。残念ですが仕方がありません。法事は予定どうりしますので、墓掃除に行ってきました。
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 今頃の季節は、暑くもなくさ、寒くない時期です。墓地は日影がなく全体が石造りですから、夏はとてもではないが行くことは出来ないです。

 1・5坪足らずの小さなお墓ですが、踏み台の石には赤コケが生え、「西村家の墓」との掘った文字は汚れたり、ペイントが剥げたりしていました。あらかじめ墓石やさんに石碑の手入れの仕方を聞きました。
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「敷石はクレンザーなどを撒き、ブラシでこすれば赤コケは除去できます。文字の部位は最初に歯ブラシなどでよく埃を除去してください。ペイントの剥げた部位は、水性でも溶剤系でもいいので、小さな筆で塗装してください。」とのこと。
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 墓石屋さんの指示どうりに2時間ぐらい敷石をこすりました。墓石の文字部位も洗いました。どちらも懸命にしましたが満足の行く仕上げにはなりませんでした。手では無理で、電動工具などを使用しないといけないかもしれないですね。
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 休憩時に墓地公園を散策しました。高台にあり風が抜けます。今日は風が強い日でした。父と一杯対話が出来ました。もう1回ぐらい法事前に行って手入れをするようにします。
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 墓掃除をするとなんか気持ちが落ち着きました。先祖を大事にする気持ちは必要ですね。

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2020.02.24

四国羅針盤収録・丸池町編

 2020年2月22日(土曜)。2が3つ並ぶ日でした。
午後1時に丸池町勤労者交流館へ集合。丸池東弥生受防災会会長の吉本豊道さんが、丸池町唯一の津波避難ビルである外階段を後付けして、屋上へ避難する場所です。
屋上2
 屋上へ上がりました。この勤労者交流館は天上が高いので、2階建てですが、普通のビルの3階建てはありますね。吉本豊道さんの説明では、屋上には380人程度避難できるとのこと。しかしそれは丸池町の半分の数字です。このままでは半分の町民が溺死することでしょう。
南風1
 降りてきて救命艇南風を説明しました。高知大学ヨット部活動サポート船である南風。階段を昇降できない避難所のために、浮船として丸池町での救命艇として、活躍することでしょう。10人ぐらいは乗れます。丸池東弥生防災会では、もやいロープや、パドル、救命胴衣なども購入されていました。
二葉町まち歩き・鏡川大橋
 その後、二葉町自主防災会が、指定した「地区避難ビル」「津波避難ビル」(高知市認定)の外観撮影に同行しました。その中で松村コープに登攀しました。屋上の上から鏡川大橋の歩道部を撮影していました。歩道部は「要援護者津波退避場所」として国土交通省から認定されています。非常用トイレを入れた箱を覆っていた袋が紫外線で劣化していました。

 丸池町へ戻ると、丸池公民館で食事をしながら、意見交換会をしました。
驚いたm-13のは94歳の女性。母と同い年です。昭和南海地震の記憶が鮮明にありました。

「昭和南海地震の時は嫁に来たばかりでした。平屋でした。水が来たので、江ノ口川の堤防の上へ避難して、避難生活をしました。」

 私は「昭和小が下知地区の避難所であったと思いますが、そちらへ何故行かなかったのでしょうか?」と聞きました。

「行けなかったのです。水が来たのですから。」と浸水の深刻な様子が良くわかりました。
吉本取材
 吉本豊道丸池・東弥生自主防災会会長が、取材を受けていました。意見交換会には、森宏下知地区減災連絡会会長や、高木妙市議や中島美宝さん、橋本富士夫さん、大崎修二さん、荒木三芳さんが来られていました。

 四国四県の防災への取り組みなどが紹介されるようです。おそらく下知地区も2分程度ではないでしょうか。

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2020.01.27

叔母の49日の法要に行きました。


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 2020年1月26日ですが、昨年12月に86歳で亡くなった叔母の49日の法要に母(94歳)と一緒に行きました。寺院での法要でした。母のサポートで家内も同行してくれました。
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 ごく身内だけの法要でした。僧侶が読経する時間は退屈極まりないのですが、母はおとなしくしてくれていました。叔母(母にとっては妹)の焼香もきちんと2人でしました。
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 今日は高知市総合あんしんセンタ―で防災講演会が、叔母の法要の時間帯にありました。行きたい内容の講演会と岡村眞先生(高知大学防災推進センター客員教授)にもお会いしたかったのですが残念でした。

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