自然エネルギーの活用

2022.05.24

防災活動で感じるうつについて


 2007年から地元二葉町で始めた地域防災活動。もう15年になります。しかし地域の安全性は全く向上されていません。海抜0メートルの軟弱地盤。海に隣接しています。高台はなく、南海トラフ地震での揺れは震度7。地盤は2メートル沈下し、3Mの津波が来ます。二葉町他下知地区は長期浸水になります。

 こうなれば生活の再建も会社の再建も不可能。お手上げ状態。それがわかっていながら資金力のなさもあり、高台へ移転することも出来ません。「危機的な状態になるらしい」と自覚してから10年になります。事態が全くかわりません。

 高知県庁や高知市役所も「それなりに」防災対策はしていますが、「とりあえず防災」と留まっています。県や市の防災カバー率は3割程度ではないかと思う。数字をみればわかります。南海トラフ地震で高知県では7・7万戸の住宅が必要ですが、いまだに3万戸しか確保できていません。また高知市は地震が起きれば水没し長期浸水状態になる市街地は2800ヘクタール。居住人口は13万人です。この10年間全く地域の安全は確保されていません。

 県や市の不作為で死にたくはありません。なんとかしたいと切に思います。

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2022.02.28

激動日本左翼史を読んで

激動日本左翼史・池上・佐藤1_NEW
[激動日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972」(池上彰・佐藤優・共著・講談社現代新書・2021年12月刊)を読みました。

「いかがわしい」社会評論家と私は池上彰氏と佐藤優氏についてはそう思います。仮に彼らがそうであるとしても今回の著作は、時代考証をキチンとしながら記述されています。

「なぜ、過去の遺物と化した新左翼の思想を今読むのか。それは、自分の命を投げ打ち、時には他人を殺すことも正当化する思想の力というものを、現代に生きる読者に反省的に学んでほしいからです。
激動日本左翼史・池上・佐藤2_NEW
 危機の時代には必ず激しい思想が現れます。こういう過去があったということを知るだけで、危険な思想への免疫ができるはうです。」(P43「序章60年代前史」・佐藤優)

 佐藤優氏の言われる「自分の命を投げ打ち、時には他人を殺すことも正当化する思想の力というもの」とは一体何かという疑問をわたしは、50年前の高校生時代から考えてきました。

 高校生反戦会議(高1)、高共闘(高2)、高校生評議会(高3)と形と名称を変えながら新左翼に影響された高校生組織づくりに勉強もせずに奔走していました。惨めに敗北し、卒業も出来ず暗澹たる気分でいたところに『連合赤軍事件」が起こりました。信じていた当時の「革命思想」は崩壊しました。

「私たちが学ぶべき左翼の「失敗の本質」が見えてくるでしょう。崇高な理想から始まったのに、次第に暴力に覆われ、分裂を繰り返すうちに暴走して自滅する―。左翼がたどった歴史を反復することがないように、現代の教訓につなげていけたらと思います。」(P43池上彰)

 また歴史小説家と言われていた司馬遼太郎さんも講演集の中でこう言われていました。(引用が長くなります。)

「子供の時からお酒を飲みつけていて、お酒をしょっちゅう飲んでいるような人は、お酒が切れるとだめですね。アルコール中毒と同じで、いらいらしてしまう。

 イデオロギーもそうですね。違うお酒が必要なんです。日本人のそういう心理の中で、戦後のマルキシズムが果たした役割があります。」(「うその思想」)

 司馬遼太郎は、ヨーロッパ世界のキリスト教原理も、東アジア儒教も「飼い馴らし」の原理といった。当時日本では高く評価する向きがあった文化大革命と紅衛兵に冷静な批評的発言をし(71年)、日本人のほとんどが心情的に加担した南ベトナム民族解放戦線に対しても、「歴史や政治的正義はそこまでは崇高ではない」(「人間の集団について」-ベトナムから考える)」と言い切ったのである。73年と言う時代相を考えれば、これは果敢な発言であった。」(P402 「解説「思想嫌い」の思想」)「司馬遼太郎全講演1 1965-1974」(朝日新聞社・2003年刊)

 司馬さん流に言うと、私は中学3年生の事から高校4年間、大学4年間の9年間「極左新左翼イデオロギー」に酔っぱらっていたのでしょう。

 そのあたりは左翼も右翼も関係ないようです。閉ざされた小さな組織や集団では、より過激な意見が優勢になり、状況が見えなくなり、自滅する行動に駆り立てられ破綻していきますね。

 また幕末の頃日本国中で流行していた「尊王攘夷」という思想ですが、薄っぺらな思想であり、討幕運動の原動力になっても、新しい国づくりには全く役立たないものでした。

 そのため明治の初めに政府閣僚の主要メンバーが2年間も欧米に滞在し、先進列強の制度を研究し、アレンジして急ごしらえしたのが明治国家でした。尊王攘夷では国づくりが全く出来かったからでしょう。

 老舗左翼の体たらくと新左翼の登場

 日本の左翼運動で1番の老舗は日本共産党。今年結党100年であるとか。西欧型民主主義国で、共産党と名乗って国政や地方議会で議席を獲得しているのは日本共産党ぐらいでしょう。

 しかしその歴史は決して輝かしいものではありませんでした。戦前は特高警察などに弾圧され、最盛期でも党員数は1500人程度でした。しかも非合法。1928年頃には主要な幹部が検挙され党組織は壊滅しました。

 日中戦争や二次大戦など無謀な戦争を阻止できません江した。

 敗戦後は占領軍により刑務所から幹部が一斉に釈放されました。その時当時の共産党の指導者は致命的な間違いをしました。アメリカ主体の占領軍を「ファシズムから日本人民を解放した解放軍規定」をしてしまいました。

 1949年の中国革命の影響からか、山村工作隊などの武将闘争を展開し、さしたる成果を上げることなく壊滅しました。1955年に再建大会を行い武装闘争を廃棄しました。その後も党内で旧ソ連派と中国派が対立、路線が右往左往していました。

 その後宮本顕治氏が党の実権を掌握し、旧ソ連や中国共産党とも対峙し独自路線で党運営をするようになりました。

 旧社会党は、戦前の労働派の流れを源流に敗戦後結党され。共産党の路線争いに嫌気した人たちや、朝鮮戦争前後のえん戦気分の国民を取り込み党勢を拡大していきました。

 旧社会党の平和革命路線の内実は、旧ソ連の軍事力を背景に社会主義革命を成し遂げるということを提唱していました。

 旧ソ連がアメリカと対峙していた頃は。それなりの説得力がありましたが、旧ソ連が崩壊するとほどなく旧社会党も崩壊してしまいました。一時期は国会の衆参両議院あわせて200人を超える時期もあった日本社会党でしたが、その後は見る影なく衰退し、分裂し党名すらなくなりました。

 1959年からの三井三池闘争と1960年の安保闘争などで、新左翼の活動家たちも社会党と共闘したりしていました。共産党は党組織運営に従わない新左翼を徹底的に排除しましたから、旧社会党は一時期は「新左翼の培養器」のような役目をしていたようですね。今回この本を読んで改めて思いました。
激動日本左翼史・池上・佐藤3_NEW
 ブント(共産主義者同盟)の登場は颯爽としていました。

 当時東京大学の学生であった姫岡玲治氏(本名青木昌彦・スタッフォード大学教授)の小論「民主義的言辞による資本主義への忠勤-国家独占資本主義段階における改良主義批判(1959年・ブント機関紙共産主義)は突き抜けていました。

 佐藤優氏は、P188で引用しています。出典は日本経済新聞に1か月単位で連載される「私の履歴書 人生越境ゲーム」の中で青木昌彦・著で書かれたものでした。

「論争の相手は主にソ連を盟主とする共産党正統派(日本共産党主流を含む)、(イタリア共産党の影響を受けた)共産党構造改革的改良派、第4インターであったが、私の重要な論点は次のようなことにあった。

①ソ連は官僚の特権的地位を維持する国家に変質したので、革命運動の指導者の立場にもなければ、擁護の対象にもなりえない。

②日本の資本主義は、戦中・戦前から小農などの古い要素を抱えつつも、それを利用しつつ高度の発展を遂げた。

 したがってそれはアメリカ資本主義に益々従属するというような後進性によっては特徴づけられない。

③強力な独占企業体性は国家の援助によって出現したとはいえ、それは資本主義の独自の運動法則の発展の表現である。(国家独占資本主義)。それは政府の政策の結果として生まれたものでなければ、それによって民主化されうるものでもない。」(42~43頁)

 なおそのすぐ後の箇所には、当時この姫岡国独資論に対して、日本共産党構造改革派の代表格である不破哲三が噛みついてきてきたこととその後の顛末も書かれています。

「このような20歳になったばかりの私の書いた一連のいわゆる「姫岡理論」に対して、後に共産党の党首となる不破哲三は氏は、党機関誌「前衛」1959年6月号誌上で「現代トロキズム批判-平和と社会主義に敵対する「世界革命」論を発表して、論理にならない罵詈雑言を浴びせたすえ、「もはや理論的批判の必要はない」「この反革命的反社会主義的本質を徹底的に暴露して、政治思想的に粉砕しつくすことだけが残っている」と締めくくっていた。

 しかし20年後のソ連崩壊に関して、彼は①に準じたことをいわざるを得なくなったし、②についてはやがて沈黙を守らざるを得なかった。」(43頁)佐藤優)

 池上彰氏は「本来、共産党にとっては取るに足りない弱小勢力の若者の論文に過敏に反応した。それだけ姫岡論文は影響力があったんですね。」(P189)と述べています。

 当時の20歳の大学生姫岡玲治氏の社会的影響力は、現在の将棋界を席巻し五冠を19歳で達成した藤井聡太氏のような存在でしたね。

 その後の「新左翼」の論客は姫岡氏を超えるレベルの人達は出て来ませんでした。’

また革共同革マル派の創業者であり教祖的存在であった黒田寛一氏も独自の理論構築を行い、当時の旧ソ連―日本共産党の理論と対峙できるだけの内容がありました。

「黒田の疎外論の特徴は,今を生きている我々1人1人が疎外された人間であり、真の問題はその自分が疎外されている状況にさえ気づけていないことなのだと指摘したこと。

 そしてその「気づく」ということはすなわち、プロレタリア的な人間になること以外ないと言い切ったことにありました。

 我々はプロレタリア的な人間になり共産主義革命を実現することによって、そこで初めてプロレタリアだの資本家だのといった階級による断絶を受けない、すべての人が手をつなぎ合えるようなような人間のあり方を回復することが出来るだろうという社会観が黒田の思想の根本にはあります。

 黒田のこの疎外論は、ルカーチからの影響を非常に強く受けていると思われますが、マルクスの考えた疎外論をヘーゲルと結び付けて捉えなおしているという点で、本当に考え抜かれたものです。」(佐藤優・174頁 「思想家黒田寛一の凄み」・第3章新左翼の理論家たち)

 革マル派は黒田の理論と旧国鉄の労組員であった松崎明氏との連動で動労という労組に確固とした組織基盤をつくりました。警察側の資料によれば現在も5500人の勢力を持っています。共産党や社会党とも別の運動体になることに成功しています。

 また社青同解放派も一時期ユニークな存在でした。それは新旧左翼を問わず「神格化」されていたロシア革命の象徴であるレーニンを徹底的に批判したことでした。

「解放派の代表的理論家の一人であり第二代議長も務めた滝口弘人(弘人)は、解放派の綱領的文章である「共産主義=革命的マルクス主義の旗を奪還する為の闘争宣言(草案)(1961年5月社青同東大班機関紙「解放」NO6掲載 のちの高見出版より刊行)で次のように書いyています。」

「レーニン主義=ボルシェゥビィズムは、プロレタリアートが階級意識=共産主義的意識を生み出すことを否定し、sレと共にこの意識を体現する自分自身の党を生み出すことを否定する。

 プロレタリアートの党は、プロレタリアート自身が生み出すのではなくて、プロレタリアートの外部から与えられる他はないとされている!

 従ってレーニンの”前衛党”は、厳密にはプロレタリア党ではない。それは社会主義的中間層の支配する党、完全に”観念とされたプロレタリア”の党である。この党は、全プロレタリアに完全に超越した党である。

 ・・・社会主義理論を純粋に護持する”理論家”がただちにプロレタリアート解放闘争の実践的「前衛」つまり「党」であであることは正しいのか?

 我々はこれには、はっきりと答えなければならない。それは共産主義=革命的マルクス主義への決定的な背反である。」(199頁 佐藤優「社青同解放派「レーニン批判の論理」

「レーニンを否定した解放派が依拠したのが戦前のドイツ共産党の指導者であり、1919年の「スパルタクス団蜂起」(ドイツ共産党がドイツ・ワイマール共和国に対して武装蜂起しベルリン各地の主要施設を占拠したものの鎮圧された事件)で民兵組織に虐殺された女性革命家ローザ・ルクセンブルグの理論でした。

 ロシア革命以前からレーニンの「前衛党」や「民主集中制」論を批判してあくまで労働者階級が主体となった、言い換えれば民衆の力を信ずる革命を志向したローザの理論に立脚することで、解放派は官僚主義的独裁を排した、より民主的な共産主義革命が実現できると考えたんです。」(201頁)

 佐藤優氏によれば、解放派のルーツは労農派の山川均であると。同じ社会主義協会の向坂逸郎氏がレーニンを賛美していましたが、山川均氏は全くしなかったそうですから。

 また「外部収奪論」は説得力がありました。資本家が労働者から収奪するだけでなく、富裕層が貧困層から、日本がアジア諸国から収奪しているということなどが資本主義の最大の悪と主張し、ブントや中核派等にも影響を与えました。

P202には興味深いやりとりがありました。

池上「大阪市立大学准教授の斎藤幸平さんが書いた2020年のベストセラー「人新世の「資本論」(集英社新書)でも外部収奪論は特に強調されている点ですね。

 その点でも解放派の思想は現代に通じる部分もありそうですね。」

佐藤「そのとうりでしょうね。ただ佐藤幸平さんがまさにそうなのですが、彼のようにヨーロッパでマルクス主義を学んでくると、基本的にレーニンは傍流で、ローザが主流なので、自然にそこに注目するようになるんです。

 日本みたいに資本主義国でありながらスターリン主義のマルクス主義が強い国は実はかなり珍しいのです。」(P202)

 連合赤軍などは、外部注入論のレーニン主義を踏襲しているし、党員は党幹部に絶対服従というレーニン主義の民主集中制の権化で暴走し、仲間殺しを行い自壊しました。

 大学時代のサークルの先輩たちが関わっていたブント(共産主義者同盟)叛旗派も「党大衆構造の止揚・変革」などと党幹部を絶対視する党運営とは無縁の様でした。叛旗派と解放派は一時期「仲良し」の時代があり相互影響し合ったかもしれないですね。

 初期のマルクスが提唱していた「疎外論」は、1960年代当時の日本共産党には抜け落ちていて、少数会派に過ぎない指導者たちの知的水準はブントにしろ革マル派にしろ社青同解放派にしろ高かったと思いました。
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 しかし佐藤優氏は、新左翼の弱点も指摘しています。

池上「たしかにあの当時の学生運動のリーダーたちの知的水準は今考えると驚くほど高かったですね。さきほど言ったように60年代末期は大学の大衆化の始まりのじきではありましたが、そうはいっても今とは全然違い、大学生は紛れもなく知的エリートでした。」

佐藤「末端の方は継承できるだけの知力がありませんから次第に殺しの話しかしなくなってしまったかもしれないけれど、それでもやはり運動を始めた人たちは非常に賢かった。ですからなおのこと、これほど多くの知的な人たちが運動を指導した半世紀後の日本がこうなっていることが不思議です。

 もはや社会で交わされる言葉に思想性もなんて欠片もありません。

 だから左翼というのは始まりの時点では非常に知的でありながらも、ある地点まで行ってしまうと思考が止まる仕組みがどこかに内包されていると思います。そしてその仕組みは、リベラルではなく、左翼の思想のどこかにあるはずなのす。」

[私の考えでは、その核心部分は左翼が理性で世の中を組み立てらっると思っているところにあります。理想だけでは世の中は動かないし、理屈だけでは割り切ることもできない。

 人間には理屈では割り切れないドロドロした部分が絶対にあるのに、それらをすべて捨象しても社会は構築できると考えてしまうこと、そしてその不完全さを自覚出来ないことが左翼の弱さの根本部分だと思うのです。」(P209)


 欧米とは異なり政治に何も残せなかった新左翼

 わたしは中学生時代から政治に興味があり、総選挙などでは各政党の選挙事務所を訪問して話を聞いたり、資料をいただいたりしていました。

 人生の多感な時代、1番楽しい時代、いゆゆる青春時代U15からU23までは時代の影響もあり。政治活動や社会運動に打ち込んでいました。しかし成果が出たことは殆どなく、惨めな敗北体験しかありません。

 佐藤優氏は新左翼の政治への影響力については、「まるでなかった。」と突き放しています。

「哲学・思想の面で新左翼に優れたものがあったのは間違いありません。しかし、政治的には全く無意味な運動であったと言わざるを得ないでしょうね。

 革命を成就させられなかっただけでなく、その後の日本社会に何らかのポジティブな影響を及ぼしたわけではありませんでした。

 正義感と知的能力に優れた多くの若者たちが必死に取り組んだけれども、その結果として彼らは相互に殺し合い、生き残った者の大半も人生を棒に振った。

 だから彼らと同形態の異議申し立ては今後決して繰り返してはならない、ということに尽きると思います。」

 同時期のフランス5月革命も挫折はしましたが、社会的な成果はたくさんありました。女性の社会参加、男女平等がその後フランス社会では各段に進展したそうですから。

 ドイツなどでも環境保護を唱える「緑の党」などは国政へ進出し今や連立政権で閣僚も輩出しています。かつての英国首相のブレアや米国のクリントン元大統領も学生時代はベトナムは寝ん運動をしていました。日本だけは「なにもない」状況を作り出し、政治に無関心な層を大量に生み出しました。

{日本の新左翼も暴力に走らなければ、あるいは暴力に走ったとしても権力に対する暴力にとどめておれば一定の存在感を残せていた可能性もあったのでしょうが、内部での殺し合いに走ったことが致命的でしたね。
moninghyoushi
 あるいは日本の新左翼運動が残したものは、島耕作型のサラリーマンを大量生産したことかもしれません。

 個としての自立にはこだわるけれど、目の前の利益にだけ執着するという生き方です。
島耕作は社内の派閥には属さないけれど仕事はでき、出世のチャンスは逃さないという男でしょう。

 新左翼の連中は信頼していた仲間に裏切られ、党も何も信用できず頼れるのは自分だけ、という局面を程度の差こそあれ経験しているから、運動から身を引いた後にこのタイプのサラリーマンになった人たちは多かったとはずです。

 もうひとつは「最後に信用できるのは家族だけ」という意識から発する生活保守主義です。政治など社会の問題に対して、自分たちと地続きの問題として真剣に捉えず、多摩に話題にすることがあっても居酒屋論議レベルの無責任な議論しかしない。

 「政治」や「社会」と、自分たちの「生活」だけ大事にし、後は自分のキャリアアップの為だけに頑張る。そういう新自由主義の母体をつくったという意味では新左翼運動の影響は大いにあったと思います。」(P248)

 その後「しらけ世代」や「政治に無関心層を大量に生み出してしまったことも新左翼運動の悪しき影響であると思います。
shinakousakugenpatusuisin
 また代議民主主義制度を「戦後民主主義の否定」と当時の新左翼党派は主張していました。私なども影響を受けました。では代議制民主主義、議会制民主主義(間接民主主義)を否定すならば、どのような仕組みで民意を集約し、国政を動かすのかという仕組みの提案も結局新左翼は出来ずじまいでした。

 佐藤優氏が70年代後半に同志社大学である教授から言われた以下の言葉が、とても印象に残りました。長いですが引用します。

「佐藤君、政治には「大人の政治」と「子供の政治」がある。私は、君たち学生が学友会(ブントが握る同志社の学生組織)で活動することも、神学部自治会がアナーキズム運動をやることも全くかまわない。君等は怒るかもしれないがそれは「子供の政治」だからだ。

 その「子供の政治」を経験しながら、様々に試行錯誤していくのは学生にとって必要なことだし、同志社は元々そういう経験を許容する空間だった。

 政治の世界で起きることはパターンとしては全部同じだから、人をまとめるのがどれほど大変で、どんなところから諍いが起きるか小宇宙での体験を通じて知っておけば、卒業後に大きな政治に遭遇したときに、それが保守系であろうが革新系であろうが、あるいは企業内の政治であろうが過度に戸惑わずに済むからだ。

 ただし民青や中核派、あるいは統一教会は違う。これは「大人の政治」、大人が自分たちの組織的目的のために子供たちを利用する政治だ。

 我々は教育的観点で、そうした「大人の政治」から君たちを守る義務がある。というんです。(P258)

 寛容な管理者が多様な価値観を認め「小宇宙空間」をこしらえているところは羨ましいと思いました。卒業後に「小宇宙」を体験したリーダーたちは、民間企業やアカデミズム、ジャーナリスト,教会、政界などで活躍しています。

池上「閉ざされた空間、人間関係の中で同じ理論集団が議論していれば、より過激なことを言うやつが勝つに決まっている。」


 不毛な議論、不毛な仲間同士の殺し合いを防ぐための処方性の1つは、佐藤優氏は「だら幹(堕落した幹部)を作っておき、その現実主義を認めることであるです。(P261)

 仲間殺し際限のない不毛な内ゲバの負のスパイラルになってしまう大きな原因の1つが「戦前共産党の社民打撃論に由来しているようだ」と佐藤優氏は言います。

「革命を成就させるためには、自分たち「真の革命勢力」の周辺にいる革命を装っている連中を殲滅して革命の隊列を1本化しなばいけないと考えた戦前の日本共産党の理論と体質。

 これを新左翼が断ち切ろうとせず、無自覚に継承しまったことによる過ちです。ですから内ゲバの入り口としての社民打撃論を学び、その上でこれを克服することは、現代でも社会変革を目指す人にとっては非常に重要だと思います。」(P261(過激化する新左翼)

 私個人のテーマである『連合赤軍と新自由主義の総括」ですが、今年も総括はできませんでした。連合赤軍事件から今年は50年目。総括こそ出来ませんでしたが、なんらかの足がかりを得たように思います。

 共産主義運動におけるレーニン主義の悪弊は新旧左翼全般に浸透しています。「外部注入論」:「民主集中制による党運営」、「社民打撃論」による独善主義への転落。

 日本の新左翼運動が大量の白け世代を生み出し、政治への無関心層を生み出してしまいました。

 私個人としては53年前の高校1年生の4月に高知大学へ高知県下の30人を超える高校生たちと集まり高校生反戦会議に参加しました。高校生運動や社会運動に関わり、50年前の1972年3月に県立高校を卒業できなくなりました。

 翌年だだ1人で留年し、やっとこさ卒業し関東の大学へ進学しました。そこで大学闘争(学費値上げ反対闘争)に関わりました。しかしほどなく凄惨な内ゲバの時代になりました。

 私はどの党派にも属しませんでしたが、本来なら仲間である人達が殺し合いをし、現実に知り合いの先輩が対立党派の襲撃で亡くなりました。なんとも悲しくおぞましい出来事でした。

 2022年になりロシアが兄弟国であるウクライナに対して軍事力で侵攻しています。なにやら日本でも「勇ましい議論」がされています。

 でも頭を冷やしましょう。コロナ感染症対策も満足できない体たらくの日本が戦争へ参加するんぞ出来るはずありません。
天安門1986年
 専制国家中国は短期間で100万人の市民のPCR検査が出来ます。日本は全くできません。すでに国力の差が大きく中国に引き反されています。こと軍事論に関しては「感情的な議論」はすべきではありません。

 今の国政の与野党では、コロナ禍にも、近隣国との適切なお付き合いも難しいと思います。きちんとした活動をしてきちんとした政治を行うためには、国民1人1人が政治に関心を持ち、多様な意見早を言い合い、押し切るのではなく、地道に合意形成を図るべきです。つくづくそう思いました。

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2022.01.02

年頭の個人的な決意

2022年の個人的な決意表明

 力強い意志表明ではありませんが、「今年こそ」やり遂げたいことが、いくつかあります。この2年間は「コロナ禍」でペーズが崩されました。ことしもた続くようです。コロナ禍も3年目になります。コロナ禍を言い訳にせず、仕事でも成果をあげてみたいですね。

 「連合赤軍事件」から50年になります。私は関係者でも何でもありませんが、ブラックホールのように連合赤軍事件と翌年の1973年から激化した「内ゲバ」の総括も何も出来ないうちに「高齢者」になりました。何とかしたいのですが何にもできないうちに50年が経過しました。 今後も簡単には出来ないでしょうが、できなくてもトライする気持ちは継続します。

 零細企業の継続も真剣に今まで以上に考えます。地盤の固い、津波が来ない地域に事務所を移したい。安心安全な場所で思い切り仕事をしたいです。

 また「コロナ太り」しました。リハビリ・ウォーキングを始めて2年になりますが、お腹周りもスリムになりたいです。1番いいのは海へ出て帆走することです。条件がととなわないとできない遊びです。健康を維持しながら高齢者になっても海で遊びます。

 心身の健康を維持し、ケガや事故に逢わないように元気に2022年も生きていく決意です。

 

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2021.09.24

国民は、自宅で見殺しにされようとしている。

宝島1
 2021年9月21日(水曜)ですが、全国紙の日本経済新聞2面を使用した宝島社の全面広告には共感しました。

 こう書かれています。


「国民は、自宅で見殺しにされようとしている。

 今も、ひとりで亡くなっている人がいる。
 涙がでる。
 怒りと悲しみでいっぱいになる。
 この国はいつから、こんなことになってしまったのか。
 命は自分で守るしかないのか。
takarazima 2rakarazima
 17日から始まった「自民党総裁選」。4人の総裁候補が毎日テレビに出演してなにやら話しているが、頭にはいらない。もう飽きました。たかだか党員110万人の1政党で国のリーダーを決めるということですが、もう飽きました。打ち切って与野党で国会で論戦していただきたい。

 宝島社は以前にも、「竹やりでコロナに立ち向かう少女を描いていました。ワクチンもない、薬もない、竹やりで戦えというのか。このままじゃ政治に殺される・」
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 的確な広告です。

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2021.09.21

小型核融合炉開発を「国家プロジェクトに」は危険

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 自民党総裁候補者の1人である高市早苗氏はあろうことか原子力発電積極推進派。しかも「小型核融合炉開発を「国家プロジェクトに」と主張しています。

https://energy-shift.com/news/65002360-a2f4-44fd-a03f-3843a218375c
fukisima genpatu
 原子力発電に詳しい知人は「水爆以外、1秒も融合レベルに達した実例はない。今のところ22世紀のテーマ」と言います。日本国は水爆をこしらえるのでしょうか?

 難しいことは私にはわかりませんが、減災防災の観点から「災害大国日本には原子力発電は不要」です。不要どころか危険です。
fukuigenpatu
 世界の大地震の25%が狭い日本の国土で起きています。世界の活火山は400ありますが、うち110は日本にあります。災害リスクの高い国に原子力発電は危険です。

 福井県の10ある原子力発電所の真下には無数に活断層が走っています。人工構造物で直下型地震に耐えられるはずはありません。
活断層と原発
 また静岡県の浜岡原発は、南海トラフ地震の震源域にあります。もし浜岡原発が大津波で破壊されたらたら関東は壊滅します。

 海に面し、もし敵性国家から日本の54ある原子力発電所が攻撃されたら「一巻の終わりです。」自民党の討論会では原子力発電所の警備の話は出ませんでした。

 世界1の軍事大国・世界1の情報機関を有するイスラエル。核保有国の1つですが、自国での原子力発電は諦めています。世界1の軍事力と情報取集力をもってしても原子力発電所を維持できないと判断したのです。
原発の位置
 原子力発電所を運転しながら「勇ましいことを言う」ことがいかに愚かで危険極まりないことか。自民党は冷静に考えるべきです。

 たまたま1946年から1995年までの50年間日本は大地震(震度7の地震)が起きませんでした。それは「たまたま」です。

 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-b0a37c.html
(静穏域に安心するなは卓見)

 高市早苗氏の意見は、極論であり、国民をより危険にさらず暴論。野田聖子氏が言われるように「無限のエネルギー源は地熱発電。それを最大限に活用すべき」は正論ですね。

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2021.09.20

週刊現代は河野首相誕生号とか

週刊現代9月25日号河野総裁誕生号_NEW
 野良犬メディアの週刊誌「週刊現代」(講談社刊)の2021年9月25日号では、大特集を組み「河野総理、誕生 そのとき日本はこう変わる」「潮目が変わる、時代が変わる」「週銀選大勝」「日経平均4万円」「小泉官房長官」「ワクチンととっこうやくコロナ収束」と見出しも「飛んで」います。果たしてそうなのかは、9月29日までわかりません。

 首相官邸談合記者クラブに入っていない(というか最初から排除されている)週刊誌やタブロイド紙は、「野良犬メディア」と言われています。

 新聞社や放送局のように自社の記者が現場取材するのではなく、海千山千のフリージャーナリストの「持ち込み記事」で編集されています。それゆえ「飛ばし」記事も多く、フライイングや間違いもあります。
週刊現代1週刊現代2
 ですが、週刊現代がわざわざ「河野総理誕生」という大見出しをつけ、株も4万円になるぞ。日本は変わるぞ。という記事は、ある意味「そうなったらいいな」の願望であるとjは思います。

 記事の見開きの部位の「あわやシベリヤ送り」の項目は、7月に河野太郎氏が出版した「日本を前に進める」(河野太郎・著・PHP新書。2021年9月刊)からの引用ですね。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2021/09/post-b006b6.html

(ブログ記事「日本を前に進める」を読んで)

 記事の後半に「安倍・麻生の退場」という項目があります。「選挙に弱い若手・中堅は、安倍・麻生・二階幹事長らによる長老支配にうんざりしている。世論の支持を受け、河野が新しい時代を切り開くと見れば、長老が締め付けても、オセロの色が一気に変わるように河野に乗ってくる」とあります。はたしてそうなのか?
週刊現代3週刊現代4
 yahooニュースなどで散見するのは「河野は意外に人気がない。」とか「党員票も岸田が善戦している」とか、「党員票で河野の圧勝はありえない。決戦投票では岸田が勝利するだろう」とのコメント記事が多い。これもわかりません。

 次期の総理総裁を決める大事な選挙ですが、所詮は人口の1%にも満たない110万人足らずの自民党員と自民党国会議員387人の投票で決まる代表に過ぎません。国民の「民意」をどれだけ反映できているのかは、党員でないわたしにはわかりません。

 無責任きわまりない記事ではありますが、「面白い」とは思いますね。
主観現代5岸田
 もし河野首相が誕生したら、安倍・麻生は退場し、新しいキングメーカーに菅氏がなるという魑魅魍魎な世界になるようです。二階幹事長は「勝ち馬に乗る」ことに虎視眈々です。他人事の権力闘争は面白いですね。

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2021.09.10

「日本を前に進める」を読んで

河野太郎・著作1_NEW
 「日本を前に進める」(河野太郎・著・PHP新書。2021年9月刊)を書店で9月4日に購入し、5日に読みました。

 菅義偉首相が9月3日(金)に突然の辞意を表明。自民党総裁選挙に出馬しないことが確定しました。にわかに状況が慌ただしくなりました。1年前の9月に自民党総裁選挙で圧勝した菅義偉氏ですが、政権投げ出しは安倍晋三氏に続いて2回連続です。

 河野太郎氏は、神奈川県の政治家一家の3代目。祖父は悲運の政治家河野一郎氏、父は河野洋平氏。毛並みの良い3代目ですが政界では「変人」と呼ばれてきました。この著作は2021年7月に書き下ろされています。

 自民党総裁選挙の「本命」の1人なので、読んでみました。「政治家。河野太郎の原点」「父と私 生体肝移植をめぐって」は、読ませます。

 曾祖父の時代から箱根駅伝を走っていた体力自慢の一家であること。本場の英語を会得するために米国のジョージタウン大学へ留学したことも興味深い話でした。1年間は高校へ留学し、体育系サークルが他校へ遠征試合に行く場合マイクロバスで行きますが、学友たちが河野太郎氏の英語の指導力になり鍛えられたとか。意外でした。
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 8月の日本経済新聞の「私の履歴書」は、中外製薬名誉会長の永山治氏。この人も父親の友人が白洲次郎氏。英国留学しましたが、白洲氏の助言は「日本人が1人もいない町へ行け」ということでした。やはり日本の上流階級の子弟も鍛えるところは鍛えるのだと感心しました。

 河野太郎氏の文章は読みやすい。10年ほど前でしたか「ごまめのはぎしり」というブログを書いていましたから。読書を意識した文章。ゴーストライターが書いたものではないことは読んでいてわかります。
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 父親の洋平氏が激務がたたり肝硬変で危なくなった時に、太郎氏の肝臓の1部を生体肝移植したのは有名な話です。命がけの移植だけに「生体肝移植を美談とするには危険」と言い切っていますね。

 大学時代にポーランドへ留学し、連帯議長のワレサ氏に面談、その後当局に逮捕されたりしていました。

 政策的なコメントは(論文ではありません)は議員活動や閣僚経験から紡ぎ出された言葉で率直に書かれています。
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「新しい国際秩序にどう対処するのか 安全保障・外交戦略」

「防災4・0」

「エネルギー革命を起爆剤に」

「国民にわかる社会保障」

「必要とされる教育を」

「温もりを大切にするデジタル化」などです。

 極端な「独善的な」歴史観や世界観はなく、留学体験や外務大臣。防衛大臣時代の海外歴訪の体験から導き出された「感想文」を記述しています。

 菅首相に抜擢されて「コロナ対策ワクチン大臣」をやっています。厚労省の情報が錯綜し、本人がブチ切れたり、謝罪したり混乱をしていましたが、最近は落ち着いてきたようです。

 一読した感想は、河野太郎氏が首相になる場合、官僚や専門家の意見を冷静に上手に汲み取ることが出来れば、判断を間違うことはなく、国際会議(G7など)へ行かれても、びびることなく、自己主張がきちんとできるリーダーでしょう。

 果たして今回の自民党総裁選挙に出馬できるのか。また当選する見込みがあるのか。9月5日時点ではわかりません。

 岸田文雄前政調会長は既に総裁選挙に立候補しています。自民党の「嫌われ者」の石破茂氏も出馬の動きもあります。極右思想の持ち主の高市早苗氏は安倍晋三前首相が推薦するとか。二階幹事長の動きも気になります。

 緊急事態宣言は9月12日までですが、コロナ感染者がピークアウトしないので、おそらく延長されることでしょう。

 自民党も危機感を持って総裁選挙をしていただきたい。衆議院選挙と同じ13日間もやるのですから。「ちゃちな選挙」でしたら国民は自民党を見放すことでしょう。
2021nennsennkyo
 私見は「河野太郎氏は面白い」とは思います。はたして今回自民党の総裁になるのかは不明です。政治家デビューの頃に岸田文雄氏に世話にもなっているようです。今回は岸田氏を支援し、次回を目指すのか、動向は不明ですが、注目される存在ではありますね。

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2019.08.28

中国は再生エネ超大国に

中国再生エネルギー超大国_NEW
 2019年8月14日の日本経済新聞1面記事には驚きました。

 

「中国席巻、風力も太陽も」

 

「量拡大、技術でも先行」

 

 記事によりますと、

 

「中国では2018年までの10年間に風力の発電容量が22倍、太陽光は700倍弱に急拡大した。世界全体で風力が5倍、太陽光が33倍になったけん引役だ。」

 

「水力を含めた世界の再生エネで中国の割合は18年に30%と、2位の米国(10%)に大差をつけている。」→日本はわずか8%です。

 

 世界の太陽光発電の中国のシェアは71%に。かつて首位であった日本はわずか2%と見る影もない。

 

 日本政府とくに経済産業省が原子力発電を「ペースロード電源」にするとかいう馬鹿げた政策を推進し、いまだに国策で原子力発電を優遇し、推進しようとしているから、中国や欧州に再生エネ分野では、致命的に遅れてしまいました。

 

 地震や噴火が続発する日本国に原子力発電の稼働は自殺行為です。エネルギー資源のシフトを再生エネルギーにしないと日本は世界から取り残されます。(すでに取り残されています。)

 

 記事はこう締めくくっている・

 

「世界で再生エネにシフトが進めば、大きな投資をしてきた中国が資源国に代わって影響力を強めるとした。日本勢は技術開発でも遅れれば(すでに遅れています)、世界から取り残されかねない。」

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2018.01.15

原発Oを提唱される経済人。

genpatu0sinbun
 

 「原発0」で日本経済の発展を言われている経済人の1人です。主旨は間違っていません。

 自然再生エネルギーの地域での開発は、エネルギーや電源の「地産地消」であり、南海トラフ地震対策にもなります。とても有効です。感心しました。

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2018.01.02

昭和小の蛍プロジェクトの灯り


蛍P昭和小
 高知市立昭和小学校正門を入ってすぐの場所に、高知蛍プロジェクトによる太陽光ソーラー街灯が立っています。2年前にDUKEさんと四国舞台テレビ照明さんのご寄贈により、当時70基のソーラー街灯が寄贈されました。

 高知蛍プロジェクト


蛍P光②
 高知市内の津波避難ビルや小学校などに立っています。大災害で電源喪失状態になっても、この街路灯は太陽光で昼間電氣を貯め込み、夜間になると光ります。

 母(92歳)が昭和小前の毛山病院に12月15日から入院しましたので、夕食時に訪問しますと、蛍プロジェクトによる街路灯を見ることが出来ます。意外に明るいのが素晴らしいです。
蛍P毛山病院

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