朝鮮半島問題

2009.11.14

北朝鮮と米国の国交樹立は秒読みか

 先般のクリントン元大統領の北朝鮮訪問は、人質の「保釈」(北朝鮮は恩赦と表現)が目的でした。しかし元大統領が外国訪問する場合はシークレット・サービスが同行します。しかも今回は特別専用機(操縦士は空軍兵士)で北朝鮮へ飛んでいます。

 ということは北朝鮮の航空管制と防衛網も丸裸にされることを承知で訪問を北朝鮮は受け入れています。アメリカ側も元大統領が人質になる危険性もあったんです。両国の関係が綿密な打ち合わせなしには絶対に実現しない行動でありました。

 ということは両国の国交樹立は時間の問題。後は両国の面子をどう取り付く廊下でしょう。1994年の場合も同じように寸前まで行きながらも、「寸止め」したこともありましたし。今回はどうなるのか?

 ボールは北朝鮮側にあります。核開発を放棄すれば解決しますが・・・。どうなることでしょう?
Korea1tizu
北朝鮮からすれば、韓国、日本と沖縄の在日米軍が「覆いかぶさっている」意識をもっていると思います。居丈高な態度と言動は「恐怖心」の裏返しでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.11.12

高知に残る朝鮮人強制連行の史跡

先日の個人ブログにて「高知空港近くの飛行機遺跡」を書きました。

 その後日本の戦中、戦後史に詳しい人からコメントが寄せられました。貴重なお話でありますので、ご本人の承諾を得まして掲載します。(内容的に差しさわりのある部分は1部変更しています。)

 この苦い体験は「戦争を知らない世代」としては、しっかり受け止め、後世に伝達しないといけないと思うからです。

 「浦戸海軍航空隊、日章に残る掩体壕もともに、朝鮮人の強制連行による建設です。」

 1990年ごろ、全国的に忘れられていた朝鮮人強制連行のことが問題となり、高知でも調査が始まりました。県当局には終戦ごろの「知事引継書」しかなく、公の資料は絶望的でした。
Nagasawa02
(長沢ダムも強制連行された朝鮮の人たちの労働で建設されました。)

 県下ではダムや飛行場、特攻艇「震洋」の格納庫建設などで、たくさんの朝鮮人(当時は半島人といって、内地の日本人より、一段低く蔑視していました)が来て、そうした工事をやっていたという証言がありました。三里の工事でもたくさんの朝鮮人がいたいう話を聞いていました。

 高知と朝鮮との繋がりについて(黄英信さん)

 ところが、当時は公的な資料がなく、そのため、県もそれ以上の調査を進める気持ちがありませんでした。

 ただ高知市内三里地域の学校改築の時期にある教員の人から「古い学校関係の書類はほとんど、廃棄したけれど、戦前の国民学校時代の子どもの転出入書類に朝鮮人の名前があったので、何か大事な気がして、廃棄せずに、それだけは、校長室の金庫に残した。」という話を聞きました。

 ひょっとすると、その転出入簿が出てきたら、強制連行のことが分かるかもしれんと思い、ある全国紙の高知支局の記者と二人でその学校へ小に乗り込みました。
 事情を話し、校長に金庫のカギを開けてもらいました。今でもよう忘れません。まさかと思っていた転出入簿が出てきて、昭和19、20年と、たくさんの朝鮮人の名前が書かれてありました(ほとんどは創氏改名による、日本人の通名で、カッコ書きで朝鮮の本名が書かれてありました)。2人で呆然となり、一部を写真に撮らしてもらい引き揚げました。このことがきっかけになり、強制連行を調べるには、当時の学校関係の資料を当たるという道筋をつけることができました。

 私は、後日当時の高知市教育委員会幹部に「君たちが、余計なことをするき、保管期限の過ぎた書類の廃棄通達を出さないかんなった。残っていたらいかん戦前の文書がまさか、こんな形になるとは、思わざった。(思わなかった)けんど(しかし)、よく探したねえ」と妙なことを言われました。
Ngou2ll_r

 日章の掩体壕も飛行場建設のために国に強制的に農地を取り上げられた、当時の三島
村の村民は「飯場みたいな長屋が作られ、朝鮮人が夜になると故国の歌を歌いよった。子どもであったので、そこには近づかれんと親に言われて、それ以上にことは覚えていませんが」と、先輩教師が証言してくれました。三里小の書類は高知の調査団がコピーを取り、今でも朝鮮総連の黄さんのところにはあります。

 強制連行といっても、悪質ないわゆる人狩り的な奴隷労働をすぐ思い浮かべますが、「官斡旋」という、食えなくなった朝鮮人が仕方なく仕事を求めて日本に家族ごと渡り、給与をもらいながら、労働していた種類もあり(広義にはそれも強制だと思います)、その実態は複雑です。

 親が飛行場建設で働き、子どもは一時的に近くの小学校(当時は尋常国民小学校)に通い、勉強していたことが当時の記録からわかります。

 ただ書類の人物所見欄には当時の担任が「半島人。あまり学業には身が入らず」などと、当時当たり前だった、差別的な所見を書き残しています。まあ、これが普通だったのでしょう。

 後に社会運動や政治活動でご活躍された人たちも戦前当時の「人権意識」もこの程度であったようで、それはそれで新たな発見でありました。
Uradak1_r

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.10

東アジア共同体の基礎は「村山談話」

  鳩山首相は韓国を訪問、李明博大統領と今後は相互訪問しあう「シャトル外交」を提唱し、相互に確認したそうです。そして「東アジア共同体構想」を実現すべく親密な協議をすることになりました。

 日韓首脳会談:北朝鮮6カ国復帰で努力 東アジア共同体、具体化へ協力(毎日新聞)

 隣国同士が交流することはよいことです。欧州でも不倶戴天の敵同士であった独仏両国が中心になりEUを推進しています。日本・韓国・中国が東アジア共同体を形成するべきであると思いますね。

 その構想は村山富一氏が首相時代に話していましたね。

 参考ブログ記事「村山談話とはなにか」を読んで」

 戦争体験者が政治的中枢に健在であった1994年ころの村山内閣での「自民党・社会党」の「合意形成」で出来上がった統一見解が「村山談話」であり、「東アジア共同体」についても言及されています。

 その考え方は次期橋本龍太郎内閣ー小渕恵三内閣と自民党政権に継承されていました。しかし小渕氏が急逝され誕生した森内閣、小泉純一郎ー安部晋三、福田康夫という「清和会」系の自民党は、「アメリカ従属・アジア軽視」路線をとり続けてきました。国益を損ないました。まさに「失われた10年」でありました。

 よく歴史を振り返り、検証すればおのずと答えは出てきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.08

「村山談話とはなにか」を読んで

 Murayamadanwahonsadaka
先日ある友人が「村山談話とは何か」(角川書店刊・村山富市・佐高信.共著)を貸してくれました。

 最近「村山談話」は「自虐史観」。中国や韓国に卑屈にへつらい、結果北朝鮮になめられる。日本は核武装して北朝鮮に対抗すべきである。などと勇ましい軍拡論を展開するタレント=田母神敏雄氏などが跋扈しているようです。

参考ブログ記事 田母神敏雄氏講演会IN高知

 田母神敏雄氏の高知での講演会も傾聴し、著作も購入、サインまでしていただき、講演もまじめに傾聴しました。その一見「心地よく、わかりやすい」主張と、自虐史観と矮小化される「村山談話」。本当にそうなのか?と思いじっくり読んでみました。

 まず当時の村山内閣成立当時の日本と世界の状況を振り返らないといけません。1993年頃に細川連立内閣が成立しましたが、短期間で崩壊。その後自民・さきがけ・社会党連立政権が誕生しています。いわゆる「55年体制崩壊ー再編成」の政治状況でした。

 国際的にもソ連邦の崩壊、東欧諸国の民主化。東西ドイツの統一。天安門事件であるとか東西冷戦構造が崩壊していた時期でした。

 そのときに誕生した村山内閣は重要なことをいくつか成し遂げています。「被爆者支援の法律」「水俣病患者への国の支援」もきちんとやりました。

 自民党との連立政権で首相になった村山富市氏は社会党左派の立場を超越し「自衛隊容認。日米安保容認」を社会党内部を説得して方針を転換しました。

「国民の8割が専守防衛を目的とした自衛隊を容認してたことも大きい。」(P196)。その中で「集団的自衛権行使は違憲」であるとはっきり言っています。

 自民党の後藤田正春氏との協議の中でも、「日米安保条約を日米友好条約」に転換すべきだと後藤田氏は述べていました。「武装した自衛隊を海外に出すべきではない。」(P199)が超えられない1線とちゃんと村山内閣で定義していました。

 村山内閣時代に「アジアへの真摯な姿勢。アメリカとの適度な距離」「アジア共同体構想」が出されていました。その政治姿勢は15年経過して現在の鳩山内閣の外交方針として蘇ったとも言えましょう。

 当時の村山内閣の閣僚名簿があります。平成7年8月8日の改造内閣名簿です。(P36)スキャナーで取り込みました。
Murayamanaikakukakuryou

 この名簿を見ますと、「靖国神社にみんなで参拝する会」の代表者の島村氏や国粋主義者とされる平沼氏。自民党の実力者の青木氏や森氏(後の首相)、橋本龍太郎氏(次期首相)らが閣僚にいます。

 いわば自民党と社会党の実力者内閣であり、そこで閣議で承認されたのが「村山談話」というものです。政権内の合意形成がなされた結果であり、日本国民の総意と言っても間違いありません。

 本では村山富市氏の生い立ちや、政治姿勢も書かれていました。大分の漁村に生まれ、アルバイトをしながら上京。明治大学へ進学。学徒出陣するも終戦。戦後は漁村の民主化で組合作りに奔走。そのなかで声がかかり、大分市議、県議、衆議院議員に。

 一貫して周りから担がれた「とんちゃん」の姿。日本国首相も自民党筋から担がれてなったもの。それだけにしぶとさもあると思いました。

 民主党鳩山政権の今後を占う意味でも、なかなか含蓄のある著作でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.09.26

充実した蓮池透氏講演会

 午後2時からは高知市人権啓発センターで、「蓮池透氏講演会」(サロン金曜日主催)へ行きました。会場はこの問題の関心の高さもあり300人を超える参加者で会場は埋まっていました。
Masukomi1_r
(この種の市民集会には珍しくマスコミ記者も来ていました。)
 まず松尾美絵さん(サロン金曜日代表)が主催者を代表して挨拶されました。
Matuo_r

「拉致問題が明らかになりまして7年間が過ぎました。
 わたしは拉致問題と過去の日本の植民地支配の問題は無縁ではなく、からんでいるのではないでしょうか。制裁1本やりでは解決のすべはなく、将来の国交正常化も含めた中での拉致問題の解決を探るべきではないかと思います。
 
 蓮池透さんの話を今日はじっくり聞いてみたいと思います。」

 蓮池透さんが話をされました。
Hasiiketouru_r

「9月17日(北朝鮮が拉致を認めてた日)で拉致が明らかになって7年が経過しました。今年はその日は総選挙があり空白の期間でした。17日のマスコミの話題は鳩山さんとのりピーばかりです。
 もう8年目になります。マスコミはなぜ動かないか検証しませんね。

 このままでは北方領土のような存在になります。北方領土は形はいつまでも残りますが、拉致被害者も家族も命には限りがあります。」

 「自民党政権のなかには、北朝鮮の政権を打倒するといきまいていた人もいました。でも倒れたのは自民党政権でしたし。

 お前の家は拉致は解決している。余計なことを言うな。戻っている5人の家族も7年経過してものびのびとした生活なんてできません。」

 「国から毎月支援金として30万円支給されています。旅行などしようものなら無駄遣いするなと言われますし。でも5年間の期間限定の支給。来年からはなくなりますし。弟はそんなものいらないと言っています。

 本来は拉致されて20年間もいたのですから、日本国政府は支給金を5年間だけするというのではなく、拉致被害者の生活は一生国が面倒をみるくるいのことはしていただきたいと思います。」

「また北朝鮮は悪い国だから強硬なことは言わなければだめだという風潮にも疑問を持っています。はたして制裁だけで問題は解決するのだろうかと思いました。
 クリントン元大統領の電撃訪朝もありました。あれは米国が北朝鮮に謝罪し、罪を認め恩赦という形で拘束されていた米国人記者を取り戻しました。
 韓国も現代グループの会長が訪朝し、拘束されていた社員を連れて戻りました。
 日本だけが手をこまねいています。」

「あくまで拉致被害者が戻ってくる方法の1つが経済制裁であったわけです。対話と圧力と言われましたが今は圧力ばかり。
 北朝鮮の核とミサイル問題は世界の脅威です。拉致問題は日朝間の問題です。それを「包括的問題」にすると解決がより難しくなるでしょう。」

「平壌宣言と言うのは、拉致を金主席が認め謝罪し、5人生存8人死亡を日本政府が認めたことです。それで日朝国交正常化がなると思いきやそうはなりませんでした。
 
 小泉総理の2度目の訪朝のときに家族会も支援する会も制裁強化に傾き、訪朝に反対しました。そのことで小泉首相はやる気がそがれたと思います。国のリーダーには問題を解決するには何度も訪朝していただきたかったと思います。当時の私達にも至らないところがありました。」とも言われました。

 蓮池さんでなければ知りえない情報も言われました。戻ってきた拉致被害者の家族も、戻らない家族も双方が心が安らかではない。ずっと監視されているような日常。強硬な意見を言わざるをえないよう風潮に蓮池透さんはおかしいと言われます。

 参加者との質疑応答も淡々と回答されていました。
Hasuikethon

 また「拉致 左右の垣根を超えた闘いへ」(蓮池透・著・かもがわ出版)を会場で購入しました。その著作の中で「救う会」の人たちのなかには「北朝鮮打倒」のイデオロギー一辺倒のひとがいて、異論を認めない雰囲気がある。家族会へも影響がでているし。

 蓮池透さんは現在家族会とは一線をひいた活動をされています。講演を聞きまして、その姿勢は弱腰でもなんでもなく、きちんとした戦略をもう一度政府も含め再考すべきだろうとの主張はうなづけました。
 歴代の自民党政権では解決できなかった「拉致問題」。民主党鳩山政権は「友愛外交」で解決できるのでしょうか?これからが仕切り直しではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天皇陛下の訪韓は実現してほしい

 隣国の韓国とは何かとギクシャクする。竹島問題や、歴史問題など。ことあるごとに反日運動がメディアに報道される。しかし市民同士の交流は、表面上の対立の演出とは関係なしに盛んに行われています。

 鳩山新政権への韓国政府の期待も相当なものだ。李韓国大統領は天皇陛下の訪韓を要請したようですし。

 李大統領「天皇訪韓、韓日過去歴史に終止符打つ意味」(中央日報・日本語版)

とはいえ韓国も日本人を逆撫でするような行為を平気で行っているようです。こうしたことをしているうちは日韓親善も夢ですね。韓国もこういうことをしておれば親善は日本人としては出来ませんね。

 日本固有領土なのに…世界旅行博で韓国が竹島を観光PR(ZAKZAK)


 対米追随路線のくせに、奇妙な愛国者ぶっていた小泉純一郎らのおかげでアジア近隣諸国との関係が必要以上にこじれ、国益を損ないました。日本と韓国と中国が対立して誰が喜ぶかといえばアメリカですね。それではアジアのよりよき発展はありません。

 アジア諸国ともアメリカとも善隣友好なる関係がのぞまれているのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.09.07

他人のふり見て我が身を正せ

  民主党政権の誕生は、国際政治にも様々な影響を与えているようです。先日はアメリカが異様なリアクションをみせておりました。今度は北朝鮮が異例の論評を加えています。

 自民惨敗「反動政治の末路」、北朝鮮が論評{読売新聞)

 とくにこの記述は面白いです。

「政治的に無能で反人民的な政策を追求する政権は民心を失い、破滅の泥沼に陥るしかない」

 そっくりそのまま北朝鮮にお返ししたい言葉であると思います。自国民が食料難で困窮しているというのに、核開発とミサイル開発をやめない北朝鮮。自民党政権の崩壊を見て、自国を民主化し、核開発など愚かな政策をただちに辞めていただきたい。

 国連人権理事会「北の870万人が食糧不足」{産経新聞)

 想定人口が2300万といわれる北朝鮮で830万人が飢えに苦しんでいるとは。36%の自国民が満足な日常の食料もない状態。しかし核開発をやめない北朝鮮政府。破滅するのは愚かな政治指導者だけになっていただきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.08.07

元大統領の外国訪問は大変な事であると思います

  前回もブログに書きましたが、アメリカの元大統領は引退後も国民に尊敬されており、その証拠に警備員(シークレット・サービス)がどこへ行くときもアメリカ本国から同行します。
 ホワイトハウスは今回の北朝鮮のクリントン元大統領の北朝鮮訪問は「私的な訪問」であるとのことですが、国家元首OBであることには変わりなく、外国訪問の警備を政府側が警備費用を負担しているとことからも、1市民ではありません。

 北朝鮮もそれを承知で招聘したのであり、余命いくばくもない「病気療養中」のはずの独裁者金正日氏が会談を行うなど国賓級の歓待をしているようです。還暦を過ぎたとは言え「血の気の」多いクリントン元大統領。北朝鮮の綺麗どころの「喜び組」の美しい女性たちに竜宮城のような歓待を受けたことでしょう。

 訪問が実現するためには北朝鮮政府とアメリカ政府筋(もしくはクリントン事務所か)とのシビアで忍耐強い交渉があったはずです。そうでなければ敵性国家(悪の枢軸)の北朝鮮へすんなりいけるはずがありません。

 なぜそこにこだわるかといいますと、今から21年前の1988年に高知青年会議所も元大統領のジミー・カーター氏を高知での日本青年会議所全国大会式典に招聘したからでした。当時私は記念事業でありましたロックコンサート運営の担当でした。県民文化ホールでの講演の警備かなんかの手伝いをした程度でした。

 カーター氏の写真は1988年10月に高知市へ来た時のものです。1枚目は記念講演のもの。
Jk31988
 当時高知青年会議所の全国大会の実行委員長の奥さんと、アメリカ在住の評論家日高義樹氏の奥さんが懇意にされていた関係で、「高知へ招待しよう」という話しになったらしい。高知青年会議所の有志がジミー・カーター事務所のあるアトランタまで出掛け、直接カーター氏本人に面談し招聘が決まりました。

 そしてご夫人と2人を高知へ招聘し、春野での記念式典と県民文化ホールでの記念講演。高知青年会議所メンバーとの懇談会などをしました。鏡川での釣りもされたようです。写真は宿泊ホテルであった新阪急ホテルでの様子です。

Jc19881
 後ろに立っている屈強な外人二人は米国本土からカーター夫妻に同行した、シークレット・サービスではなかったでしょうか。
Jk21m
 当時の高知青年会議所メンバーとの記念撮影。私も後ろで頭半分写っています。昼食会だったそうですが、記憶にありません。
(写真は高知青年会議所 88KAGAMIKAWA 1988年12月刊です。そこから掲載しました。)

 高知市での日本青年会議所全国大会にアメリカの元大統領ジミー・カーター氏が来るだけでも準備は打ち合わせは県や県警などを巻き込んで大変であったと聞いています。

 宿泊ホテルの警備も大変だったようで、こちらの警備計画をなんどもシークレットサービスが意見を言ってきて、「煮え湯」を飲まされたようにも聞きました。

 友好国日本への元大統領の訪問だもなかなか関係者にとっては大変な労力でした。

 ましてアメリカにとって敵性国家の北朝鮮。しかも米国人記者の身柄も拘束されています。水面下での両国の交渉は大変であったと思います。

 それを無事に行事を行い、「病気療養中」の独裁者までが表舞台に登場させるのですから。北朝鮮の外交力は心底たいしたものであると思います。もし元大統領にもしものこと(不祥事)などがあれば、戦争もしかねない勢いがアメリカにはあるからです。

 ということは事実上アメリカと北朝鮮は国交が樹立されたようなものですね。直前に経済問題で米中会談がありましたが、どうも今回の元大統領の北朝鮮訪問とは無関係ではありません。

 「集団的自衛権」だときばっている自民党の議員の皆さん方のセンスのなさKYが日本国民として恥ずかしく思えますね。事の賛否はともかく北朝鮮外交のしたたかさを日本も少しは見習わないといけないですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.08.06

北朝鮮外交のしたたかさを日本も見習うべき

  いやはやアメリカの特使としてクリントン元大統領が北朝鮮に乗り込み、「病気療養中」であったはずの独裁者金正日氏と面談。表向きは韓国系米国人記者2人を釈放してもらい連れ戻した。

 アメリカ政府は「私的な訪問であり政府はなにも知らない」と公表したが、北朝鮮側は国賓網の待遇をクリントン氏に行い「会談はとても有益であった。」と大宣伝しているではありませんか。「6カ国協議」を無視し、まんまとアメリカと2国間協議に持ち込んだ北朝鮮のしたたかさには、ある意味関心しました。

 それにひきかえ自民党の「防衛族」の皆さんたちの時代錯誤というか、無能さには呆れるばかりだ。「北朝鮮の弾道ミサイルがアメリカ本土へ向かう場合は日本は打ち落とす必要がある。」「集団的自衛権行使を明文化すべし」「武器輸出をどんどんやるべし」などと好戦気分を高揚している。

 防衛大綱:集団的自衛権「行使可能に」 武器輸出三原則緩和も--安保防衛懇報告書(毎日新聞)

 ほかならぬ同盟国アメリカの失笑を買うような発言。日本なんぞに守ってもらわなくても世界の米軍ですし。打ち落とす余力はアメリカにはありますでしょう。

 だいたいこんなばかげた議論をしているから日本は北朝鮮にも「なめられる」のでありますね。

 先日の田母神敏雄氏の「防衛漫談」は面白い話でした。それはあくまで漫談であって、日本がとるべき現実的な選択ではありません。吉本の芸人より田母神さんは話術が得意であるからです。

 今回のクリントン氏の訪問が実現するためには、何ヶ月もしたたかな交渉があったはずです。米国から特別機が直接北朝鮮へ乗り込んでいます。北朝鮮は領空の通過を許しています。多分その飛行機にはスパイする機器が満載されていて、北朝鮮の国土の写真撮影を大量にしているはずです。

 飛行ルートや滞在方法など緻密な交渉が行われたはずです。明らかにアメリカと北朝鮮は国交樹立交渉に向かっていますね。その場合の障害は「核保有国として処遇する」か「リビアのように核開発を放棄させるか」の選択肢でしょう。

 リビアの場合は隣国に中国もロシアもいませんでしたし。リビアは核開発を諦め、西欧諸国の外貨を導入し、経済発展しておりますし。その場合は北朝鮮は複雑ですね。

 直前におこなわれた中国とアメリカの2国間交渉が鍵でしょう。こうなるとつくづく日本の外交の無能さ、自民党「防衛族」の世間知らずさを感じ、「やれやれ」とこの暑さのなかでため息ばかりでますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.08.05

元大統領の北朝鮮訪問の成果は?

 クリントン米国元大統領の北朝鮮訪問には驚きました。名目は北朝鮮当局に拘束されている韓国系アメリカ人記者2人の開放と言われていますが、それだけで元大統領が敵性国家へ乗り込む筈はない。

 核問題やミサイル問題などもなんらかの話を両国はしたのであると思いますね。北朝鮮の独裁者である金正日氏と面談しているようなので、単なる民間人の訪問とはわけが違う。

 元大統領と言えど外国へ行く場合にもシークレットサービスが本国から同行します。1988年に高知での日本青年会議所全国大会に、ジミー・カーター元大統領が高知まで来たときも本国からシークレット・サービスが2人高知まで同行しておりました。

 わたしはその担当委員会ではなく(コンサートの担当でした)詳しいことはわかりませんが、宿泊ホテルの警備体制にもいろいろと注文をつけ、びりびりしていたようにも思います。来訪の前から事前に何回も協議したとも効いています。

 まして敵性国家へ乗り込むのですから、かなり周到な準備と交渉をしているはずです。元大統領とは言え、引退後も国の費用で警備員をつけていますので。

 したたかな北朝鮮外交には驚きますね。日本も韓国も「頭越しに」に直接交渉されました。外務省の怠慢は許せませんね。無能であれば必要ない部署ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

07高知県知事選挙 | 2008年衆議院選挙関連 | 2009年衆議院選挙関係 | blogによる自由民権運動 | blogの伝道師・blogの鬼 | koutikengikaigin | お花見遊覧船 | けんちゃんの今すぐ実行まちづくり | けんちゃん1人weblog | はりまや橋サロン | まちづくり | アニメ・コミック | イラク派兵問題 | ウェブログ・ココログ関連 | ゴーヤ栽培日誌 | サッカー | スポーツ | スポーツのありかた | チベット問題 | ニュース | バリヤフリー | パソコン・インターネット | ホームページによる交流 | メディアリテラシー | ヨット関係 | 中国四川大地震 | 二葉町町内会の動き | 井原勝介さん講演会 | 人繋がりネットワーク | 仙波敏郎さん講演会 | 伊野町問題 | 健康・体の問題 | 健康問題 | 入野敏郎さんみかん園 | 公共交通問題 | 公共財のありかた | 前田康博さん講演会 | 南海地震対策 | 南海地震特別税 | 原子力政策 | 原発と核のゴミ処理場アンケート | 品川正治さん講演会関係 | 国政問題 | 国際問題 | 土佐電鉄ーごめん・なはり線 | 地方の公共交通 | 夜須町関係 | 大学問題 | 天木直人さん講演会関係 | 宇田川知人さん出演番組 | 安田純平さんを高知へ招く会関係 | 少子化問題 | 岡林信康コンサート | 島本茂雄さん・中平崇士さん出演 | 市民参加のありかた | 平和・反核・護憲の社会運動 | 平和問題 | 建築物 | 憲法問題 | 戦争を知らない子供たちへの映画会」 | 携帯・デジカメ | 政治のありかた | 政治評論 | 教育問題 | 新しいメディアの創出 | 新型インフルエンザ対策 | 新堀川市民大学 | 新堀川生態系保護問題 | 日誌風の感想 | 映画「六ヶ所村ラプソディー」 | 映画・テレビ | 書籍・雑誌 | 有機農業の支援 | 朝鮮半島問題 | 木質バイオマス地域循環システム | 東洋町サポーターズクラブ | 橋本大二郎さん出演番組 | 橋本県政16年の検証 | 橋本県政16年の総括 | 歩いて見る高知市 | 歴史の宝庫新堀川 | 歴史問題 | 死生観・終末観 | 沖縄ー高知の交流 | 沖縄基地問題 | 沢山保太郎東洋町長出演 | 漫画文化 | 環境問題 | 社会問題一般 | 社会思想問題 | 社会運動 | 福井照 | 福井照さん出演番組 | 福祉の問題 | 空のあんちくしょう | 経済・政治・国際 | 経済問題 | 耐震偽装問題 | 自然エネルギーの活用 | 芸能・アイドル | 芸術・文化 | 若者支援事業 | 路上詩人はまじさん | 連合赤軍と新自由主義の総括 | 都市再開発 | 都市論 | 錆を防ぐさびのある話 | 防災問題 | 防災対策 | 防衛問題 | 音楽 | 高レベル廃棄物問題 | 高知の根源・由来を考える | 高知の観光 | 高知シティFM | 高知シティFM「けんちゃんのどこでもコミュニティ」 | 高知シティFMけんちゃんのどこでもブログ | 高知シティFM最終収録 | 高知学研究所 | 高知市政問題 | 高知県政ぷらっとこうち問題 | 高知県政問題 | 高知県民マニュフェスト大会 | 高知県物産公社構想 | 高知県議会立候補者への公開質問状 | 鵜の目鷹の目 | 2006年白バイ・スクールバス衝突事件