連合赤軍と新自由主義の総括

2026.08.12

「獄に暮らせば」を読んで

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「獄に暮らせば 21年7か月の獄中日記から」(重信房子・著・作品社・2026年刊)を読みました。率直な感想は、「重信房子さんは21年7か月の獄中生活をよくぞ生き抜いた。」と思いました。

 2000年11月8日に逮捕され、2022年5月27日に刑期満了で出所するまで21年7か月の獄中生活は、山あり谷ありであったことが読んでいて理解できました。わたしは3つの視点から注目しました。
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①獄中生活の詳細が克明に書かれていました。

 獄中生活の生活リズムは、特異です。制約だらけであり。拘置所時代と、刑務所時代とでは異なっています。

「獄の一日 2001年9月1日。

 平日は7時に起床のチャイムが鳴るが、今日は休日なので、7時30分にチャイム。(中略)

 寝床を畳んで、定位置に置き、掃除。平日は洗濯をこの時間に行い、干すものは刑務官補助員を補助する懲役労働の人が受け取りに来るが、休日は職員、職員補助の懲役の人の労働がほぼストップするので、自房に干せる小物を洗濯。(中略)

 7時50分に点呼。順番に、自分の房の前に職員が来たら東京拘置所入所の際に決められた番号を答える。名前は存在しない。(中略)
 8時の朝食は、マグロのフレークと、焼き海苔、味噌汁。今日の味噌汁は、なすの味が少々。15分後位、食べ終わる頃に残飯を弁当箱に入れて窓口に置いておくと、回収していく。(中略)

 9時からラジオ番組が流れ出す。9時45分に室内体操の放送が流れる。部屋の掃除をされている。11時30分ころ昼食。今日の昼の献立は、すき焼き風牛肉入りスープ、辛く煮た肉じゃが風ポテト。コーヒー、ビスケット5枚。

 4時過ぎに夕食。献立は、とろみ味あんかけ肉と野菜、コンソメスープ。ザーサイ。
 4時40分夕方の点呼。5時からラジオ放送が始まる。

 9時チャイムが鳴って減灯。消灯はないが暗くなる。大体11時過ぎに床につく。」(P60)
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 重信房子さんは淡々と拘置所生活、刑務所生活の日常を記述しています。その間に裁判があり、2010年に最高裁判決が確定し(控訴は棄却)され、2010年8月5日に判決が確定。受刑者となり刑務所に移管されました。拘置所から刑務所に代わっても獄中生活は克明に記述されています。

 人権無視の身勝手な刑務所のルールなどを、留置場や刑務所の受刑囚同志団結し、待遇改善を文章化し要求し、待遇改善につなげた事例がいくつも紹介されていました。

 重信房子さんが逮捕された時も「私は何も悪いことはしていない。」という信念で顔を上げ、手錠を掲げてサムアップされていたそうです。(サムアップ(Thumbs up)とは、握ったこぶしから親指を上に立てるジェスチャーのことです。英語圏や日本など世界中で「いいね」「賛成」「了解(OK)」という意味の肯定的なサインとして使われています。

 警視庁留置所に後から入ってきた中国人が「テレビでサムアップした人だ。」ということで同房者同士が「連携」したようです。街宣車で応援演説していたのは右翼民族派で「重信房子は正義だ!頑張れ重信房子!」と拘置所の外で言っていたとか。

 ラジオ体操の時間では、ラジオ体操のふりを知らない中国やベトナム人や日本人もいるので、教えあいながら情報交換をしていました。フレンドリーな姿勢は、21年7か月の獄中生活が無駄ではありませんでした。その後2022年5月28日に刑期満了集会に現れた一人は「昭島の獄で重信さんと友達になりました。重信さんから薬を辞めなさいと言われました。もうわたしは薬を辞めました。今は福祉施設で働いています。重信さん生きて出てこれてよかった。」(P322)」と発言し大きな拍手で皆が称えました。

②癌の手術や闘病生活は凄まじい。よくぞ生き抜いたと思います。

 大腸がん(数か所以上)、小腸がん、卵巣がん、子宮がんなどがあり,開腹手術、カテーテル手術も9回以上行われていて、抗がん剤の服薬もあり、手術に家族が付き添うこともかなわず、1人で耐え抜きました。刑務所の中で生き抜いたことは凄いとしか言いようがありま
 またコロナの時代も生き抜かれました。癌の手術も過酷な条件で移動が強いられ、命がけであったことも理解できました。2008年に癌が発見され、手術を繰り返し、刑期満了で生きて出所したことは素晴らしいです。

「突如、1月27日。大阪医療刑務所(大阪府堺市堺区泥町8の80)に移されました。2月3日に大腸癌2か所の手術を行うことにました。(中略)

 1月26日夕食後、外部との連絡が取れない時刻に突然、「すべての荷物持ち出し」を命じられました。(中略)医務担当係が現れて、以下の4点を通告しました。

第一に、あす他の刑事施設へ移動する。どこか?の質問に答えられない。第二に、手術に関しての一切は行き先で指示する。第三に、すでに東拘で、行った検査も含めて追加の検査を含めて追加の検査も含めて追加の検査を行う必要がある。第四に、感染症を避けるため、一時的に人工肛門をつける可能性がある。(中略)
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 バスに乗る寸前に「高等検察庁の命令によって、大阪医療刑務所に移動する」ことになりました。手術は成功し大腸癌の2か所の摘出と、小腸の癌の摘出をしました。

 その後8回も癌の手術しています。重信さんの身体にも大変な負担でありました。著作を読むと医療刑務所の医師たちは皆優秀で腕利きでした。重信さんの身体も癌に負けず元気で獄中の22年を耐えました。

③活動履歴の総括と反省、再出発について

 重信房子さんの存在は、日本の学生運動の高揚と限界、新左翼要は運動の高揚と限界、崩壊の歴史をご自身の身をもって体験されています。
重信房子がいた時代
 学生運動の体験者の多くは「若き日の良き思い出」として語られる繰り言が大半ですが、重信房子さんは、社学同から第2ブント(共産主義者同盟)の勃興と分裂、赤軍派の結成への参加と分裂と対立。連合赤軍への違和感の表明。「昔の思い出話」ではなく、常に「今の日本社会をどうするのか」「私たちは何を獲得し、何を失い。何を間違ったのか」を率直に今なお語られていることに注目していました。

 今回の著作では逮捕後の獄中生活22年の詳細な記録と、獄中にいた2008年からの壮絶な癌との闘病の記録も読みごたえがありました。社会運動への言及も記述は少ないものの、きちんと書かれていました。

「獄中記では、日本の60年代の学生運動のうねりの中から、その1人として等身大の姿の日々を記しています。」(P12 逮捕から裁判へ)

「70年代の私たち「日本赤軍」の戦いによって、不本意ながら巻き添えにし、被害を与えてしまったすべての方々に、深くお詫びします。
 70年代当時は、武装闘争が盛んに闘われてきました。当時アラブに結集し始めた私たち、のちの日本赤軍は、パレスティナに連帯し、解放運動の一翼を担っていました。武装闘争をもって、連帯することが、最高の連帯と考えていました。当時の条件の中で、パレスティナの解放の戦いに連帯したことを、今も誇りとしています。
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 しかし同時に、自らの能力や力量不足を補う方法として、「人質作戦」などの形態をとって戦いました。こうしたありかたは、直接当事者ではない人々を戦いに巻き込み、精神的、肉体的苦痛を与えてしまいました。
 この最終意見陳述の機会に、再びお詫び申し上げます。」(P51被告人の意見陳述)

「当時は、国内の武装闘争(今から考えれば、とても武装闘争と言えるものではなく、大菩薩峠闘争とか、逮捕されて当然の稚拙な在り方でした)の行き詰まりから、やはり武装闘争を国際的に成功させているパレスティナの戦いに幻想をもっていました。そうした「青い鳥」を探すような主体状況で、パレスティナ解放運動の生死を問われる戦争の中にさんかしました。

 時代の勢いもあり、私がアラブに渡った当時は、日本も連合赤軍事件前で、まだ左翼運動は負けつつも闘い続けていました。ベトナム解放の戦いも勝利的に前進していました。そうの戦いに貢献できることは、ボランティアとして何でもしようという思いからすたーとしました。

 その中に、政治も軍事もありました。パレスティナ解放の戦いをともにし、かつパレスティナで受け入れられた力をバネに、日本の変革も関わっているつもりで、後先を考えず(戦略的に考えず)闘ったと言えます。その結果としてイスラエル史観を土台とする西洋の警察・メディアからはテロリストと言われています。(中略)
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 わたしたちは、国内の連合赤軍事件に悲しみ、怒りつつ、しかし鉛のような敗北感のある日本社会ではなく闘いの中で解放される海外の世界にいました。
 その分、私はPFLPやパレスティナ革命の正義性に身を寄せて、日本の国内の戦い方をだめだなあと、外在的にしか見ていなかった。またなすすべがなかったと言えると思います。」(P65 誰がテロリストなのか)

「ぼんやりと69年の7月6日事件(当時ブント内フラクションだった赤軍派がブント指導部を暴力攻撃して赤軍派誕生のきっかけになった事件)(中略)

 なんであんな戦い方しかできなかったのか?社会運動や変革の可能性を摘み取ってしまったような、私たちの戦いの稚拙さをあれこれ思い巡っていました。」(P147)

 私の記憶が正しいければ当時のブントの議長はさらぎ氏でした。明治大学泉校舎で赤軍派が一方的に暴行した事件であったと思います。党内議論せず暴力で反対派を排除したレーニンの真似をしたと思われます。

 刑務所の待遇改善や、賃金の安さでは出所後の生活がなりたたない。また健康保険の対象ではないこともおかしいと指摘されています。

 とぎれとぎれでしたが読み切りました。引用し、紹介した文章はごく一部でしたが感動しました。この50年間の私個人のテーマであった「連合赤軍と新自由主義の総括」もなんとかできそうに思えるようになりました。重信房子さんに感謝です。
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2026.08.03

「獄に暮らせば」が届きました。

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 友人から「重信房子さんの獄中紀が出版されたぞ」との手紙が1か月前に来ていました。最近猛暑でへばり気味ですし、年老いた爺さんなのに仕事も多忙だし、地域防災活動も多忙を極めている。


 


 手紙の直後に図書館に「リクエスト」していました。7月31日に下知図書館に届き、早速借りてきました。でも返却日の8月14日までには読破できそうもない。341Pもあります。
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 重信房子さんは昭和20年生まれですから、80歳を超えています。「戦後日本社会の申し子」的な体験をされています。赤軍派の活動家になり、1971年にパレスティナに渡り、30年暮らされていました。2000年に日本で逮捕され、21年間刑務所生活をされ、その間に癌になり9回も手術され、生還されています。刑期満了で2022年に出獄されました。
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 友人によれば重信さんを心身共に支えたには、かつての明治大学2部の同窓生たちだとか。「ノンセクトに彼ら彼女らが、重信房子さんを励ましていた。」という。皆が「出所してきたら、皆で重信に文句を言わないかん。」ということで、20年間支えてきたと聞きました。


 


 仲間たちの励ましがあればこそ、病気からも生還できたし、「獄中記」も出版が出来たと思いました。
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 8月2日(日)は、地元二葉町町内会の「防虫・清掃作業日」。前日の8月1日(土曜)は、猛暑の中、お爺さんは夜須の海に浮かんでいましたので、疲れ果てています。何とか熱中症にならずに生還しましたが、戻ってからも冷やした水を3杯(500ML)を飲みました。


 


 慌てずに読める範囲で読んでみます。
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2026.07.23

「はたちの時代 60年代と私」を読んで

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 重信房子さんの著作の2冊目は「はたちの時代 60年代と私」(重信房子・著・太田出版・2023年刊)を読みました。1冊目の「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」(重信房子・著・2001年・幻冬舎刊)を読みました。1冊目は重信さんが日本へ30年ぶりに帰国され逮捕され、懲役20年が確定し、当時はパレスティナに置いていた娘さんのメグさんあてに書かれたものでした。

 2冊目の「はたちの時代 60年代と私」は20年の刑期を終えて出版されたものでした。
本の中で重信さんが言われていましたが、最初の10年は裁判の手続きや制度のことに忙しく、後の10年はじっくりと自分の生い立ちから、活動履歴を振り返り、過去を思い出しながら丹念に記述されています。
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 素晴らしいのはかつての重信房子さんの学生時代のお仲間(明治大学2部学生たち)が「土曜会」というグループをつくりなにかと重信房子さんを支えてきたことですね。「出所したら文句を言わないといけないから、みんなお互いにいきていこうぜ!」という趣旨はすばらしいです。暗さのみじんもない。素晴らしい人間関係です。

 たぶん「土曜会」の人達の支援があったので、出版が出来たのではないかとおもいました。重信房子さんの家庭環境や生い立ちの個所と、キッコーマンに勤務しながら明治大学2部学生時代に体験された文学研究会、学生集会や、自治会活動、学費値上げ闘争、などが詳細に丁寧に記述されています。

 対話や討論、意見交換を続けながら、可能なら合意形成する地道な努力を当時の重信房子さんは孤軍奮闘してやっておられました。サークルや自治会や、学費値上げ反対闘争などの真摯な重信房子さんを知っている学生時代の仲間が「土曜会」の人達がベースになっているのではないかと想像します。

 1965年に入学し、」67年ごろになると60年安保闘争で解体した全学連の再建が始まり、67年ごろにはセクト(党派)の影響も出てきて。3派全学連(社学同・中核派・社青同解放派)がはびこってきた時代でもありました。

 第3部の実力闘争の時代(P100)から、社学同への加盟(P115)、激動の戦線(P155)は、羽田闘争や三里塚闘争や、神田カルチェラタン闘争など。世界中の学生運動が高揚し、aある意味1番楽し気な時代のように思います。
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 1969年を過ぎたあたりから、第二次ブント(共産同)も分裂基調になり、そのなかから、「前段階武装蜂起」を唱える赤軍派が関西方面から現れ、勢力を拡大していったようでした。

「赤軍派は大きな構想を描きつつも、その始まりで、出発の方向性を誤ったのです。今からとらえれば、ブント自身が「党」といいながらも、学生運動の大衆闘争機関の指導部でしかなかったと思います。
 そして中核派など、新左翼党派と競合しながら、それがブント内に反映し、路線も組織論も近視眼的な矛盾に規定され対立にと思います。やり方が違っても、共同する条件と方法はあったと思いますが、当時の未熟さでは、分裂は必然だったとも言えます。

 だとしても、党内に自分たちの要求を通すために暴力をふるうというやり方は、中大グループもそうですが、赤軍派がブントに持ち込んだ誤りであったこと、後のブントの分解の原因となったこと、また「連合赤軍事件」にも影響を与えたことは事実です。
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 7月6日の赤軍派の振る舞いを、使命感で正当化したことは、以降の赤軍派の自身の戦い方の傲慢、未熟な英雄主義を伴う闘いの出発点となってしまったのです。「7・6事件」という事実を直視し、もはや半世紀前近い前の事件ではありますが、まず戦ったかつての友人たちに、当時の赤軍派の一員として謝罪しておきたいと思います。」(P236「過ちからの出発」)

 確かに重信さんが当時の赤軍派の理論というかスローガンが「前段階蜂起」と「国内外根拠地論」もスローガン先行で、モデルにしていたロシアの「革命前夜」の状況名など日本にはまるでなく、赤軍派は小人数の精鋭部隊で混乱を引き起こすとかでしたが、ほとんど未遂に終わり、逮捕者だけが増えていきました。
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 特に大菩薩峠の福ちゃん荘での大量逮捕、赤軍派幹部の逮捕は大打撃でした。その残党が「よど号ハイジャック」で北朝鮮へ行った田宮グループ。後の国内残留組は連合赤軍事件をひき起こし同じ活動家仲間の惨殺に向かいました。重信房子さんの少数のグループが1971年にレバノンに向かい、パレスティナの人たちと連携していきました。

 偏狭で狭小な「革命史観」ですべてを解釈し説明することなど到底不可能。連合赤軍は、ロシア革命のカリスマ独裁者レーニンの「民主集中制」という組織原理から派生しているだけに、構成員は逆らうことが出来ず、仲間の殺害と絶望的な武装闘争に加担し破滅してしまいました。
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 当時一時的に興隆した新左翼系の社会運動も道連れにして滅亡してしまいました。連合赤軍事件前後の新左翼党派間の「内ゲバ」抗争も重なり、絶望感もあり、国民各位が政治に対して失望感を抱きました。以来「政治のしらけ」「社会運動の停滞」が日本社会に続いています。

 重信房子さんは、30年間アラブ社会・パレスティナで、日本赤軍のリーダー的な存在となり生活し、子育てされていました。20001年に日本へ帰国し逮捕され、20年間拘留生活を体験されました。20年の刑期を終え社会復帰された後の2023年に振り返られています。

 運動の渦中、渦の真ん中におられた人の社会体験、生活体験だけに貴重な記録です。私は70年代初頭は田舎の高校生でした。毛沢東思想を崇拝し、声をかけてきた人が後の連合赤軍に合流したようです。私は臆病者であり、坂本龍馬のように「脱藩」して参加することなどよう考えませんでした。合流しなくて良かったです。

 結局高校を留年して、翌年大学へ入りました。そこは「内ゲバ戦争」の最中でした。革命思想を唱える党派の構成員が殺し合いをしていました。重信房子さんが体験された1968年の「神田カルチェラタン」のような楽し気な風景などまるでありませんでした。

 連合赤軍事件と内ゲバ殺人現象の「ブラックホール」にお吸い込まれ、日本の社会運動は壊滅してしまいました。その挙句ヘンテコな政治状況になりました。私は50年間の「暗黒」からは脱しましたが、「何をどうしていいのか」はわかりません。18歳の若者は気が付けば72歳の老人になりました。残りの人生で懸命に考え生きていきたいと思います。

 重信房子さんの2冊の著書は、大変参考になりました。

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2026.07.22

「りんごの木の下であなたを産もうと決めた」を読んで

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 以前今は絶版になっていいる 「重信房子がいた時代」(油井りょう子・著・世界書院刊)を読みました。2024年のことで、友人が貸してくれました。著者の油井涼子さんは、明治大学2部で重信房子さんの同級生。1967年から68年頃の2年ぐらいの付き合いでしたが、明治大学での学園闘争や文学サークルでの付き合いや、「神田カルチェラタン」で一緒に道路に机を一緒に出して一時的に封鎖したとか、楽し気に重信房子さんとの行動を書かれていました。

 

 一読して。重信房子さんは、「普通の生活者感覚のある人」「1960年代後半から1970年代初頭の激動の時代の渦の中にいた人ですし、著者の油井さんは、重信房子さんの生い立ちから家庭環境、学生生活も丹念に描いていますので、人物像がわかりました。

 

 そんなことで、とにかく私が高校を留年した1971年2月に引き起こされた「連合赤軍・あさま山荘事件」と1972年11月に「早稲田大学構内で革マル派による一般学生川口大三郎さんへのリンチ殺人事件」から連なる際限のない内ゲバ殺人抗争が激化し、日本社会から「社会運動」「政治闘争」が、2つの「ブラックホール」に吸い込まれ消滅しました。

 

 私個人は「連合赤軍」や「内ゲバセクト」の渦の渦中にいたわけではなく、大きな影響(悪影響)を受けた渦の外周に居ただけの人間です。ですが渦巻は渦の外周ほど高速で回転します。強い悪影響を受けながら、鬱鬱とこだわり続け、貧弱な頭脳で1972年から52年間考え続けてきました。

 

 考えたことは、「なぜ日本の新左翼セクトは仲間殺しをし、セクト同士で連携することなく、殺し合いを際限なくするのだろうか?

 

 個人ブログで「連合赤軍と新自由主義の総括」なるタイトルをつけ、20年以上前から考え続けてきました。なかなか解決しませんでした。

 

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html (連合赤軍と新自由主義の総括)

 

 それで今回重信房子さんの著作を直接読んでみることにしました。
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「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」(重信房子・著・2001年・幻冬舎刊)その1を読んでの読書感想文を書いていました。

 

 最終ページにこう書いてありました。

 

「本書は重信房子本人が、娘メイの国籍取得のために出生届を提出した2000年12月26日から、法務局戸籍係が警視庁に真実出生の有無を確認するための接見をに赴いた2001年3月1日までの間、警視庁留置場で書き続けた法務局宛の上申書である。」とのことです。
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 昭和20年生まれの重信房子さん。ご自身の生い立ち、家庭環境、家族関係や高校卒業後キッコーマンに入社し、明治大学2部学生になり、学年集会に参加し、学生運動に参加。街頭闘争にも参加しますが、持ち場は常に「救対」。でもで傷ついた学生たちを病院へ運ぶ役割。

 

 ご自身の生い立ちから、成人し学生運動し、党派ともかかわり、赤軍派内部の分裂から、パレスティナに渡り、独自の活動を展開、最大の展開は「リッダ空港襲撃事件」でした。ペレスティナアラブ社会での英雄になりましたが、日本ほかの諸国では「テロリスト(人殺し)」の評価でした。

 

 「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」という本は、娘のメイさんに対して、ご自身の生い立ち、社会運動へのかかわり、パレスティナとのかかわりを語っています。

 

「アメリカのベトナムでの侵略に反対し、社会正義を求め、」公正な市民社会を求め闘ったことです。日本の私たちの失敗は、当時ごくわずかな人しか、社会運動に-人民の中に帰らなかったことです。
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そして”軍事”や”武装”による解決策を万能薬として求めるという焦りや、稚拙さから現実に立ち向かう術(すべ)を、物や技術に求めたのです。武装蜂起することがすべての目的になってしまいました。戦術が目的になって、人々の心を縛りました。  

 

その結果”武装”とか”軍事”とか言わないことは日和見主義だとされる時代をつくります。これらは、ブント(第二次)という組織自体が内包し、赤軍派によって拡大した間違った「攻撃型階級闘争論」によって、日本の左翼運動全体に影響を与えました。連合赤軍の誤りも、赤軍派のこうした誤りの結果と言えます。」と虚心坦懐に振り返ってろられます。

 

 わたしは社会運動の外周にいただけですが、重信房子さんは、結果的に運動の渦の中心におられた人の言葉故に説得力があります。

 

「30年以上前に、私たちは敗北したのです。
でもその敗北が、元気のない日本をつくっているように思います。”68年世代”が復権し、あなたたちと、歴史を楽しく語れる時が来ると信じています。
 母さんたちの世代は、運動の高揚に図に乗りすぎ、人々の社会を変えようという力に真実を求めず、自分たちがどう戦うかに夢中でした。
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 そして常に社会を変えようと言いながら、対象・他者を批判するだけで、自己を祈願みる視座をもっていませんでした。外因のせいにしながら、敗北と失敗を、それと認めずに,想いだけが水膨れのように膨れていきました。
 そうしたことを、当時を振り返りながら反省し、70年代後半に闘いを転換しました。
「自分を変えることなしに、世の中を変え得ない!」
 この言葉が私たち自身の70年代の教訓になって、今も私たちに“粋がり”を戒めさせます。」(P71日本では運動の高揚に図に乗りすぎた)

 

 重信房子さんは1971年に少数の仲間と一緒にレバノンに行きます。はじめは義勇兵としてパレスティナ解放戦線(PFLP)として活動を始めました。そして1972年5月30日、イスラエルのテレアビブで空港襲撃を3人の日本人が参加(奥平・安田・岡本)しました。

 

 パレスティナ・アラブ世界では「英雄」になりましたが、イスラエルからは暗殺の対象になりました。連れ合いとなった奥平剛士さんは銃撃戦で亡くなり、翌年メイさんが生まれました。

 

 1982年にイスラエル軍がベイルートに侵攻し、レバノンに住めなくなり、パレスティナに移動し、子育てしていたそうです。1990年にソ連と東欧諸国が崩壊し、アラブ社会への支援が細りました。2020年に日本に潜伏していた重信房子さんは逮捕され、懲役20年が確定しました。

 

 獄中に収監され始めた当初に書籍を書かれたようです。当時はメイさんはパレスティナにおられました。懲役20年ですから20年間は社会に出られません。メイさんが知らない日本社会のことを重信房子さんは語られています。どうしてパレスティナに行ったのか。30ね乗られてどうしておられなくなったのか。日本でどうして20年間牢獄にいなくてはいけないのかを自分の言葉で語られています。

 

 失敗事例や、信じていた理論の間違いも認めています。「歴史の証人」としての貴重な発言であると思いました。

 

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2026.07.03

4冊の社会思想関係本を飛ばし読みしました。

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 私は72歳という「リタイヤ世代」ですが、個人商店の主故に仕事は忙しい。とくに3月以降「イラン戦争」のナフサ危機で悩める毎日です。地域防災関係の事業も、3つの事業を抱えて案外多忙。

 

 自分を取り戻す自分なりの方法は、「海の散帆」と「読書」でした。読書も最近は「硬い書籍」を読みたいので、4冊図書館で借りてきました。

 

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat2367757/index.html (ヨット関係・海の散帆)

 

「倫理資本主義の時代」(マルクス・ガブリエル・著・土方奈美・訳・斎藤幸平・監修)

 

「ゼロからの「資本論」(斎藤幸平・著・)

 

「ぼくはウーバーで捻挫し、山で鹿と闘い、水俣で泣いた」(斎藤幸平・著)

 

「マルクス・リバイバル」(マルチェロ・ムスト・著・斎藤幸平・佐々木隆治・監訳)

 

 いずれもお硬い社会思想の本です。いずれの著作にも絡んでいる斎藤幸平氏は、1987年生まれの49歳。子供世代の学識者。最近はテレビのバラエティでも顔出ししている若手の学識者です。

 

 5月頃読んだ「テクノ封建制」(ヤニス・バルファキス・著斎幸平解説)から、斎藤幸平氏の「人新世の黙示六録」なのを所詮は「ななめ読み」「飛ばし読み」ですが読んでいました。

 

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-24b16a.html (テクノ封建制)

 

 どうやら現在の資本主義は、末期で、新自由主義で終わり、GAFAMのデジタル空間を支配する少数の領主たちが全世界を支配するおぞましいd社会になっているという指摘には、慄然としました。

 

 また斎藤幸平氏が思索対象としているカール・マルクスは、ロシア・マルクス主義者の解釈する狭い「科学的社会主義者」でもなんでもなく、もともと社会の成り立ちを俯瞰し、考える哲学的な思考をする人でした。

 

 封建社会を解体し、産業革命以降の資本主義経営は、今までの社会制度とは全く異なり、発展性もあったが、権限のない市民から果てしなく悪びれることなく搾取しまくり、自然環境も破壊し、汚染し、環境破壊し今なお突き進んでいる。

 

 問題は全世界の人類の思考や買い物指向のすべての個人情報、企業情報をGAFAMの少数の領主が独占するだけでなくアルゴリズムで個人をコントールしたり、生成AIで社会コミュニュティを壊そうとしたり危険性も指摘されています。

 

 膨大な電力資源をデータセンターが消費するらしく、周りの地域社会と共存することなく増殖し、環境破壊もお構いなしの、得手勝手の「情報化社会」は誰のためにあり、本当に必要なのかを、今一度落ち着いて考えるべきではないか。

 

 そんな気持ちで読みました。

 

「倫理資本主義の時代」(マルクス・ガブリエル・著・斎藤幸平監修・土方奈美訳)
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 こちらの著者も1980年生まれの46歳の哲学者。「倫理資本主義」の概念も、50年ぐらい前の学生時代に「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(マックス・ウェーバー著)を読んだことがありました。確かキリスト教徒の大塚久雄氏が翻訳していたような気がします。

 

 渋沢栄一なども道徳と経済の合一を説いていました。強欲資本主義とは一線を画する。「今日の新自由主義的資本主義は新たな封建制というべき状況を生み出しており、(中略)新自由主義の問題は本質的に「社会的自由であること」つまり他者が存在しなければ実現しない自由であることを見落としている。」(P174 訳者あとがき)

 

「ぼくはウーバーで捻挫し、山で鹿と闘い、水俣で泣いた」(斎藤幸平・著)
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 社会と格闘する斎藤哲夫氏の「社会実践・日誌」で面白い。

 

①社会の変化や違和感に向き合う ②気候変動に地球で ③偏見を見直し公正な社会へ

 

 という項目で地域へ出かけ、新種の仕事の体験し、不便と向きあう体験されています。今までも有機農法だとか、化学製品拒否の生活もありました。しかしマニアの閉ざされた社会でしかありませんでした。
 斎藤氏の「実体験」各種は読んでいた笑いが出て面白い。

 

「ゼロからの「資本論」(斎藤幸平・著・)
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 通俗的な「社会主義入門書」は、「賃労働と資本」とか「経済学・哲学草稿」や「共産党宣言」になるらしいが、マルクスの思想は広範であり。哲学的な要素が多くあり、南海であるがために、いわゆる「社会主義政党」や支持者たちは「切り捨て」「矮小化」して、つまらないものにしました。

 

「現状への不満や未来への恐怖が排外主義などの反動的欲望に転化しないようにするためには、別のより魅力的な選択肢が存在することを、説得力のある形で示す必要があります。けれどもそれは容易なことではありません。(容易だったら、日本のリベラルもこれほど低迷していないでしょう。)

 

 皆が当たり前だと思っていることを疑い、別に道を考え、行動するのは本当に難しい。それでも誰かが問題提起をする必要性があります。」

 

「本書は、「資本論」を使った、一つの問題提起です。だからこの本は入門書だけども、。資本主義批判としてではなく、コミュニュズム論にもなっています。マルクスについての本は膨大な数がるので、コミュニュズムという視点から書かれた入門書がないことが、現在のマルクス主義や左派の低迷をもたらしていると思うからです。」(P235 あとがき)

 

「マルクス・リバイバル」(マルチェロ・ムスト・著・斎藤幸平・佐々木隆治・監訳)
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 マルクスの思想や考え方が、最近(2020年以降)見直されてきたようにおmぉいます。それは50年以上前の高校生時代にわたしはマルクスの考え方をこういう言葉で表現していました。

 

「1人の自由な発展が、万人の発展となりうる新しい共同体づくり」です。レーニン主義の(スターリン主義)の「1人は万人のために、万人は1人のために」という矮小化された党幹部独裁主義(民主集中制)という仕組みが全世界で共産主義や社会主義を矮小化させ、堕落させてしまった思います。

 

 日本社会でいえば旧社会党や共産党、それらの既成政党を旧左翼として批判してきた新左翼セクトもやはり組織特性は「独裁的」でした。70年代は「連合赤軍事件」や「凄惨なセクト同士の内ゲバ殺人」を繰り返し信頼を失い消滅しました。

 

「2008年に発生した恐慌以降、マルクスはブームになっている。(中略)実在する社会主義としばしば誤って同一視され、1989年以降無愛想に払いのけられてしまった思想家についての新しい問いを多くの人々が考え始めている。」(序章 P1)

 

「もし共産主義がより高度な社会の形をめざすのであれば、「各人の完全で自由な発展」のための条件を促進させなければならない。
 そのためには共産主義を、多くの「共産主義国家」が、そのプロパガンダにおいて掲げてきた「プロレタリアート独裁」と等置する代わりに、「自由な人間たちのアソーシェーション」というマルクスの言う共産主義社会の定義を再検討する必要がある。」(序章P3)

 

 著者が言うように、丁寧に「共産主義社会の在り方」「自由な人間たちの共同社会」について、より深い、真摯な議論をしないといけないと思いますね。

 

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2026.04.07

晴耕雨読の日の読書

s-本4冊
 2026年4月4日(土曜)は、朝から「春の嵐」状態で、強風と大雨です。
雨が弱い午前中に家内と車で量販店に買い物に行きました。昼食前後から結構な雨が降っています。

 

図書館で「関心事」のある分野の書籍を4冊借りてきました。

 

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(三宅香帆・著・集英社新書・2024年刊)

 

「機械嫌い 機械音痴のテクノロジー史」(速水健朗・著・集英社新書・2026年刊

 

「テクノ封建制」(ヤニス・バルファキス・著・斎藤幸平(解説)・関美和(訳)集英社・2025年刊)

 

「だれでも防災 決定版 避難が難しい人のための1冊」(鍵屋一・監修・中央法規出版・2025年刊)の4冊です。

 

 もともと私は本好きで、若い頃は乱読していました。ところがこの数年というもの、仕事も地域防災活動も忙しく、図書館で本を購入して読むことがありませんでした。

 

s-双極性障害関連本
 2か月ほど前に、50年来の友人と、6年来の友人2人が「心の病」で苦しんでいることを聞き、にわか勉強するために「心の病」関係書籍を図書館で8冊借りて読みました。なかなか読めなく。2週間の貸し出し機嫌を3回延長し、なんとか「ななめ読み」をしたことでした。

 

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2026/03/post-833bc3.html (双極性障害について関連本を読みました。)

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2026.01.26

日本共産党も絶滅危惧種に

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 共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が、自民党の裏金問題を丹念に取材し、報道したことに大手マスコミ各社も便乗し、後追い取材して、改めてずさんな自民党の金権体質を報道したために前回の総選挙で自民党は「裏金議員の大半」を公認せず比例代表との重複立候補も認めませんでした。にもかかわらず自民党は大幅に議席を減らしました。

 では減少した自民党の議席を共産党が獲得したかと言えば、そうではなく、国民新党や参政党、れいわ新選組に議席を獲得され、共産党は「裏金問題最大の功労者」にもかかわらず議席を減らしました。

 原因はこの記事にあるように、共産党党本部中央委員の独裁体制、硬直した全体主義体制そのものである「民主集中制」にこだわり、堅持しているからです。
 そもそも「民主集中制」という制度は、ロシア革命の立役者であるレーニンが考案した「党幹部独裁体制」でした。「下部党員は中央委員に従い、中央委員は党全体を統制する。」という党内民主主義が全くない、異論をすべて排除する硬直した組織原理が、日本共産党が伸びない1番の原因です。

 ある意味残念なことです。真摯に地域のため、生活困窮者の味方として頑張られている共産党の地方議員の皆さんを知っているだけに、党幹部の硬直した考え方と馬鹿さ加減には残念であると思います。

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2026.01.01

2016年のスタートです。

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 2016年の1月1日です。昨夜は久しぶりに紅白歌歌合戦をフルに視聴し、夜更かししました。また自宅では晩酌などしませんが、ビールを飲みながら見ていました。それで早起きなどできず、初日の出なども拝みませんでした。

 私の場合はいつもは毎朝早起きし、毎朝決意表明しているので、ことさら正月元旦に決意表明などはしません。

 昨年は14年来の悲願の「仁淀川町防災キャンプ」を開催することができました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-bfffaa.html
(仁淀川町防災キャンプはとりあえずは大成功(その1)

  今年はより高い目標を掲げて努力してみることにしました。

①新規事業を立ち上げて実行する。(思案中)

②二拠点居住(サテライトオフィス・セカンドハウス)を実現する

③SUPを乗りこなせるようになる。

④ヨットは月に2回以上乗ること。

⑤リハビリウォーキングは毎日継続する。より健康になる。

⑥読書時間を増やし、作文時間を増やす。

⑦家内と沖縄旅行をする。(私は20年ぶり)

⑧売り上げを倍増し、週休3日体制を確立する。(夢のまた夢ですが・・)


⑨家内と海外旅行する。(これも34年ぶりです。)

 などなかには実現が難しいものもあります。心身が健康であれば達成可能なものもあります。言うは易しではありますが、言わないと何も起こりませんので、言いました。

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2025.10.03

72歳になってしまいました。

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 私個人としては「昨日まで高校生」だった感覚で毎日過ごしています。1年留年したから今年は高校卒業して52年目です。
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 服装も仕事時も休日も、GパンにTシャツですから高校時代と変わらない。だかやはり体形は見苦しくなっています。179・5センチ、68キロのYA体が、」178・5センチ、76キロの「過脂肪体型」になっています。

 早寝早起きして、早朝毎日日にち1万歩は歩いていますが、見苦しい体型は変わりません。
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 自分としては「気分は高校生」ですが、身体的、年齢的には間違いなく「高齢者」であり、「白髪頭の爺さん」なんですね。

 わたしは昭和28年10月3日生まれ。昭和は63年あったようですから、昭和時代が35年間ありました。平成が30年ありました。㋿が7年です。昭和ー平成-令和と天皇が3人代替わりしています。

 私がそれこそ高校生時代には、祖父母は明治生まれでした。明治、大正と昭和の3代の世代を生き抜いていた祖父母に対しては「お年寄り」であると見ていました。
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 ですので、20代、30代の若者や、40代、50代の「現役世代」の人たちから見たら、私も同世代の家内も「爺・婆」の世界なんですね。かつて身体調整(整体)をしていただいていた老師(昭和2年生まれ)は「人間は戸籍年齢と身体年齢と精神年齢がある。戸籍年齢は毎年カウントされるが、身体年齢と精神年齢は、努力さえすれば、若さを石することは可能。人間の寿命は成長点の5倍(人間は25歳が成長点)が寿命だから125歳だ。72歳は壮年ではないか。」と老師に言われたことがあります。
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 125歳が寿命だとすると72歳なら、あと53年も人生があります。高校生時代から52年間暗いトンネルの中にいた私。あと53年間生きるのであれば、暗い時代を取り戻すことができます。

 ということで「やかましい、白髪のめんどくさい爺さん」ですが、今後ともよろしくお願いします。

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2025.05.16

あと最長41年の短い生涯を全力で生きる(その2)

 さして根拠のない「強がり」を言います。「最長あと30年の人生。悔いなく元気で全力で生きる!」ことを決意しました。
父は2018年に99歳で。母は2022年に97歳で他界しました。わたしも両親の息子なので、運が良ければ最長30年の人生です。今年10月で72歳です。本物の老人になりました。今の目標は両親が果たせなかった100歳超えですね。

 でもただ寝転んでいるのではなく、社会活動をして100歳以降も活動することを望んでいます。とても欲張りな、無理筋の願望ではありますが。確か医師の故日野原重明さんは105歳まで現役の医師でしたから。

 しかし「あと30年」はいかにも短い。高校を4年で卒業し、大学へ入学してから52年。その大学のサークルで家内と知り合い、交際し、結婚し、家庭をこしらえて52年です。つい昨日のことです。

 U12からU23まで、政治に関心があり、社会運動や学生運動に参加し、挫折し、いい思い出はあまりない。勉強もせず「人生の1番いい時代」を社会運動や学生運動に関わっていましたが、敗北感と無力感しかありません。渦中にはいませんでしたが、1972年の連合赤軍事件や、新左翼セクト同士の凄惨な内ゲバ(陰惨な殺し合い)の悪影響で、政治活動や社会運動から離脱し、50年が経過しました。

 「あれは何だったのか?」が総括できず、あと30年生きたところで総括はたぶんできないことでしょう。
 但し「苦い経験」から「自分の頭で考える」習慣がつき、また「異論に耳をかた向ける」「人の話を聞く」ようになりました。

 最近のネット記事で、アメリカの学者の説らしいですが、毎日7000歩以上歩く人は寿命が11年延びるとか。「あと30年」ではなく「あと41年元気で生きる」ことができれば、「総括」でもなんでもできるような気がしますから。

 小さな事例ではありますが、地域活動では成果もあり、正当なご評価をいただくこともたまにあります。「若いころの間違い」をいつまでもひきづることは「人生の無駄」であることをようやく最近気が付きました。

「それはそれでとても大事」ではありますが、「すべて」ではありません。いろいろと「社会のリクエスト」があります。ありがたいことであると思います。高齢者になりつつありますが、へこたれ、くじけることなく元気で残り41年の人生を全うします。

  2025年5月16日「ささやかな決意表明」

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