神戸市長田区鷹取東地域との交流

2020.08.28

森宏前会長の想いを継承しましょう

 


「災害時であれば、余計にまずいものを食べてはいけない。人間は美味しいものを食べてこそ元気になり、困難に立ち向かうことができる。」


 


 生前森宏前会長のお店で意見交換することが多かったです。朝は卵焼きを調理しながら、夕方は魚を捌きながらです。常に仕事をなさっていました。食に関するお仕事をされていただけに、災害時の食事にも気づかいされていました。


 


 二葉町自主防災会が結成された翌年の2008年に神戸市長田区鷹取東地区へ8月半ばに行きました。阪神大震災時の死者をともらう地蔵盆に500人分のカレーライスの炊き出しをされていました。地域を元気にし、絆を深めるためにされていることを伺いました。


 


 2013年に開所した下知コミュニュティ・センター。屋上にLPガス災害時ユニットが設置されました。被災後すぐに300人分の炊き出しが出来ます。森前会長の強い意志で出来ました。


 


 森前会長は私たち若輩者の提案を傾聴し、賛同し後押ししていただきました。自分より若い者を地域で育てていただきました。地域防災活動も「高齢化」しています。森前会長を見習い、若い人たちの意見を傾聴するようにしないといけないと思いました。

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2020.05.08

「防災と支援 成熟した市民社会に向けて」を読んで


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「防災と支援 成熟した市民社会に向けて」(田中重好・黒田由彦・
横田尚俊・大矢根淳・編・有斐閣・2019年3月刊)をようやく一読することが出来ました。

 3年間に渡り、高知市下知地区をフィールド・ワークしていただきました室井研二さん(名古屋大学大学院環境研究科准教授より、昨年贈呈いただいていました。)昨年は、なにかとせわしく、精読できませんでした。仕事の合間になんとか読みました。
防災と支援・成熟した市民社会に向けて2_NEW
 読書感想文を書くためには、すべて読んで、理解してからのことですが、言葉の意味や自分の問題意識が筆者の問題意識についていけないところもたくさんありました。能力的には、印象に残った言葉を拾い上げ、コメントする程度しか出来ません。挑戦してみたいと思います。

 日本災害史上未曾有の大災害である東日本大震災(2011年3月11日)について「はじめに」に記述されていた田中重好氏の記述に注目しました。
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「このような災害が繰り返すことをどのようにして防いだらいいのか。、そのためにどのような、制度形成、社会運動、主体形成、社会変革が必要なのか問わなければならない。」(P6)

「すなわち、震災対処のために制度形成と同時に、社会運動の果たす役割が重要であり、政治家、行政組織、社会運動、専門家、メディアなどが公論を闘わせながら、制度と運動の相互作用を通して防災と災害復興のための新たな政策形成が必要である。

 社会学は政策科学として自らを洗練させていく必要があるが、こうした課題にどのような貢献ができるうか。社会学に立脚して、どのように有効な政策提言や、社会運動に対する支援や助言ができるであろうか。」(P6「課題の設定」)

 「社会学」とは、「人間の社会的行為と関連づけながら、社会生活・社会組織・社会問題などのしくみを明らかにしようとする学問」(大辞林)「社会組織の現象や・法則などを研究する学問」(現代実用辞典)とあります。災害対策を社会学の観点で議論することは、実は大変重要ではないかと思います。

 従来のこと「防災」に対する学識者の関りで言えば、いわゆる地震学者の人達と、堤防建設や耐震建築などの土木・建築分野の学識者が大半でした。「防災対策」の分野としては狭小であり、違和感を常に感じていたのも確かです。

 人々の生活や営みが、災害で破壊された場合、どのように再建していくのか、人間の営み、生活、心理などにも踏み込んだ対策が必要となるでしょう。単純に土地を嵩上げしたり、堤防を建設して終わりという訳にはならないと思いますから。

「津波の犠牲者は避難したが、失敗して亡くなった人が多い事、避難して生き延びた人のなかでも切迫した状況であった人が多いことが明らかになり、多くの人が生死の境界線上にあったことが判明した。」

「また避難しなかった人の3分の2の人は亡くなっている反面、学校や事業所などの「組織の中」にいた人の生存率は高い。」

    中略

「避難行動については「警報発生→警報伝達→迅速な避難行動」というモデルを前提に行政が中心になって防災対策が進められてきた従来のやり方では津波からの安全は確保できないという結論が導き出される。

 今後の避難対策は、住民を主体とした対策に変更する必要がある。」(P8「防災パラダイムの転換」)

 著作された学識者の人達と、市政の市民の私との学識レベルの差が大きく(災害の分析や災害対策分野の政策やその検討過程など)理解できない部位も多くありました。

 2020年4月12日ごろの日本社会の現状は、中国武漢発の新型コロナウィルス感染症が中国やアジア諸国のみならず、欧米先進国を席巻し、多数の感染者と死者を出し、日本にも4月7日に総理大臣が「緊急事態宣言」を発令する事態になりました。(更に5月31日、までの延長が発表されました。9

 観察していて、「感染爆発」が先行する中国や韓国、欧米諸国の事情を伝聞し、検討や準備が出来たはずの日本ですが、政府も自治体も「後手・後手」に回り、医療崩壊寸前の事態に陥るのは何故でしょうか?

 それは日本の災害対策の基本が、「災害が起きた後で対処する」考え方であり、対策の多くは事後対策が多いことに由来しているのではないかと思いました。

 伊勢湾台風(1959年)の後に制定された災害対策基本法(1961年)や、「大規模地震対策特別措置法(1978年)」などが、ここ近年の日本の防災対策の骨であったことは理解出来ました。

 ただ「中央集権的な上意下達式の防災体制」「それを補完するための科学的知見(地震予知研究)など」が長らく幅を利かせてきました。40年ほど前の東京時代の学生時代から東海地震が起きるかも。東海地震を予知する研究が当時も莫大な費用をかけて行われていたことは、地域防災活動にさほど関心がなかった時期でしたが記憶に残っています。

 1995年の阪神淡路大震災で、その体制は少し修正されたようでした。自主防災組織やボランティア活動などが注目されるようになりました。「防災士」資格などが出来たのもそのあとでしたから。

 また本書では2011年3月11日の東日本大震災時に死亡された人たちの詳細な原因調査もされています。避難所で亡くなった人、避難途中で亡くなった人。自宅や避難しなかった人。高台にあった学校に父兄が車で迎えに来て津波に襲われ亡くなった事例も多くありました。

 高齢者や障害者などの「災害弱者」の犠牲も多かったようです。支援していた職員の方の犠牲も多かった。

 その反面、石巻市の大川小学校以外の学校では、大津波の中で安全に生徒と職員が高台に避難して助かった事例も多かったとされています。

書籍全般に関する個人の感想

 学問的素養や社会学の素養のない市井の市民の1人にすぎない私には、この書籍を読むことは難行でした。この著作は市井の市民相手の書籍ではなく、同じ学問的な素養のある学識者、学者、大学院関係者を主に読者と想定したものであると思います。

 当然その知的なネットワークのなかでは「既知の知識」「常識的な学問的な素養」を前提に書かれているので、素養のない市井の市民には理解できない箇所が多かったです。

 少しだけ理解できる箇所もありました。それは「日本の防災は、21世紀になっても中央が決め、地方へ下ろしてくる体制であること。」「中央ー自治体ー市民各位」と「上位下達」体制は、「変わらない」現実を思い知りました。

 「防災」という分野も幅が広く、従来は地震学の物理の領域の学識者や、土木工学の学識者が大半で、お話を聴講しても「遠い」と思っていました。この書籍を出筆なさった学識者の皆様は、被災地を詳細に調査され、災害後の社会的な変化にも注目され、レポートされておられます。大事な視点です。
(地震の被害調査は、主にハード面ばかり。地震の大きさなど、被害の後でどうこう言われても、被災市民各位は生活の再建が主たる関心事。被災状況を社会学の観点から分析されていることは、とてもいいことであると思いました。)

 所詮日本においては、防災分野は未だに行政主導の上位下達の仕組みに大半はなっています。資金も権限も情報も行政側が独占しながら、権限の一部を市民側に「絶対に」渡そうとはしません。

 自分たちの権限が及ばない範囲に限り「自助が7割、共助が2割、公助が1割です。」などと戯言を行政の防災部署は言い続けて来ました。予算も権限もない市井の市民が何故9割も減災対策を地域で担うのか?臆面もなく言い切る行政の防災担当者をわたしは絶対に信用できません。

 私自身が自宅まわりの地域防災に関わりだして今年は13年目です。当初から自分の地域と基礎自治体の防災部署だけの交流だけではなく、他の地域の防災活動や被災地の現実をするために、他の地域との交流を常に心掛けてきました。生活する普通の市民同士の交流であり、意見交換です。

 神戸市長田区鷹取東地区や、今治市防災士会、徳島県美波町防災関係者、仁淀川町長者地区の住民団体、などの皆様型です。5年前に訪問した東日本大震災の被災地の人達との交流もあります。

 それ以外に下知地域を訪問いただいた学識者や防災関係者、報道関係者から各種情報をいただくこともたくさんありました。それもとても参考になりました。物事を基礎自治体の防災部署と地域防災会との狭い関係性だけではなく、外側の情報が提供されることで、物事を相対的に考えられるようになりました。
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 この書籍も下知地区を3年間にわたりフィールドワークしていただきました名古屋大学の大学院准教授の室井研二さんにいただいた貴重な書籍です。学識者の皆様の研究の成果を発表されている書籍なので、とても私にとりましてはレベルが高い。それはそれとしてあえて「難しい書籍」をわからないなりに読んでいくこともまた必要であると思います。

 そうした学問的な研鑽には、とんと疎い私です。
防災対策の分野でこうした関りや研修がされていたことを知っただけでも良かったと思います。

また「自分の地域以外の地域の皆様との何より住民同士の交流」は、常に地域として心掛けています。学識者や報道関係者のフィルターを通過させない「生活者同士の意見交換」は、とても重要でした。

 学識者の研究や調査は大事なことです。でもありふれた生活をしている住民がある日突然被害者になるのも災害の怖さです。

 被災時動けるのは、そこにいる住民だけです。

 2年ほど前に、そのことに気がつきました。地域で防災活動をしていますと、行政側との意見交換や、報道関係者の取材、学識者との意見交換などがあり、どうしても自分だけが、「地域で突出」した存在になってしまいます。

 しかし住民各位は多少の災害への不安がありながらも防災には無関心な人が多く、行動する人たちはごくわずかです。その地域の現実と真摯に向き合うことにしました。

 地元町内会と結束して、ハードルを下げた避難所開設・運営訓練を住民各位で行うことに方針を転換しました。「あるべき避難所開設・運営訓練」ではなく、住民各位が「なるようになる・避難所開設・運営訓練」にしました。

 どうしたかといいますと、避難所の運営体制を6つの班に分けました。総務班・衛生班・情報伝達班・食料調達班・登録班・遊軍班です。

 透明な蓋つきのケースの中に、班ごとの「指示書」を入れました。必要備品も班ごとに入れました。スタッフのユニフォームである「下知CC防災部会」のオレンジ色の防災ベストも入れました。

 班ごとのリーダーと副リーダーはあらかじめ事前に決めましたが、班のスタッフは訓練参加者を当日その場でスカウトして班ごとに行動していただきました。スタッフのユニフォームと名札は用意しました。ユニフォームを着用しますと責任感が増して、きちんとしたことが出来るようです。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-47cd9a.html

 当然「指示書」にない困りごとや、相談事も各班で発生します。その場合は班員同士で、知恵を絞り、問題解決に各班ごとに独自に動いたと聞きました。「とっさの想定外の事態は常に発生します。当事者能力が発揮される。」ことになりました。それはとても大事なことではないかと思います。

 当然災害時は「住民自治」になります。普段の避難所開設・運営訓練から心がけ、だれが避難所に最初に到着しても、1度でも訓練に参加した住民は、だれもが「リーダーになれる」ことが理想です。それを地域での訓練は目指しています。

 「防災と支援」の書籍のなかで、私が違和感を持ちましたのは、「住民自治の概念」が少ないことです。災害現場から少し離れ、地元に感情移入せず、冷静な視点で調査をされ、まとめていくことは、とても大事な学問的な営為です。しかし「市民自治」に関心が高くない記述にはすこしがっかりしました。

 それはこの書籍を著作した学識者の皆様は、現在の日本の中央集権的な防災行政の在り方を批判しています。現在の防災行政の批判者であることはわかりますが、「上位下達」「中央集権的な防災行政」を打倒し、「市民自治で防災行政を再構築する」という観点を見つけることが出来ませんでした。
町内会長シェイクアウト訓練
 つまり「なり替わろうとする」だけで、権力構造の転換や、解体再編成を目指すわけではないようです。わたしにはそう感じました。

 現在のコロナ感染症の蔓延に対して、日本国の政府閣僚の対応は後手であり、危機管理能力が全くないことが露呈されました。防災や防疫、国防や安全保障は国の根幹です。あまりにも現政権の対応が酷いので、やはり再構築が必要ではないか。

 コロナ感染症対策にきゅうきゅうとしている「中央政府」は、このうえ南海トラフ巨大地震と首都圏直下地震、阿蘇山と浅間山の噴火という事態が起きた場合に、きちんと対応ができないと思いました。

 権限と予算と情報を独占しながら危機管理能力が全くない政府であれば、国民生活を守れるはずはないからです。

 わたしはただの市井の市民です。海に近い海抜0メートルの高知市下知地域で24時間生活し、仕事もしています。今の経済状況では自力で、津波や浸水の脅威のない高台地域への移転は困難です。

 「市民自治」はただの市井の市民が、自分たちの力だけで、避難所を開設し、運営し、住民同士で安否確認し、お互いが助け合い、犠牲者を地域で0にする活動のことです。

 下知コミュニュティ・センターでの避難所開設。運営訓練は市役所の指導はなにもありませんでした。すべて住民が発意し、実行しました。最初の「指示書」は市職員の作成された避難所開設・運営マニュアルを参考にし、自分なりに書きました。

 でも訓練ですら「想定外」の事態は起こります。自分たちだけで「解決する」「とっさの機転:」「とっさの判断力」が必要になります。その力はこの2年間の訓練で参加された住民各位が会得したと思います。皆楽しみながらやりきりましたから。これは「市民自治」の萌芽ではないかと思いました。

 その「市民自治」と、日本国の「防災対策」との乖離は大きいと思います。それはそれとして、私自身は「地域の中で」しか物事を考えられないし、行動も出来ません。

 ただ避難所開設訓練時に思ったことは、客観的に冷静に各班の行動を「記録する」ことの重要性でした。昨年は内閣府のご支援も得られたこともあり、内閣府の防災コンサルタント会社が、打ち合わせ段階の会合に出席され、訓練日当日も1日中カメラを回し、動画と写真を編集していただきました。

 「なるほどこういう問題点があったのか」という観点を知ることができました。渦中にいる者には、気がつかないことでした。

 室井研二さんたち学識者の皆さんもそうした存在(一歩離れて観察する)立場ではないかと思います。実はとても大事なお役目と思いました。

 読書感想文が遅くなり申し訳ありません。内容は拙いですが、能力の限界ですので、ご容赦ください。

 このところの地域防災活動ですが、新型コロナ感染症の影響で、会合も3月以降開催できず休止中です。どうしようもないですね。

 活動の様子は、ブログ「二葉町防災新聞」や、フェイスブック(西村健一)で見ることが出来ます。

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2020.01.17

高知新聞夕刊に掲載されました。

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高知新聞2020年1月17日の夕刊記事にも、高知市青柳公園での阪神大震災25年ミニ慰霊祭の記事が掲載されていました。

 NHK高知放送や高知さんさんテレビでも画像が放映されていました。


https://www3.nhk.or.jp/lnews/kochi/20200117/8010007216.html?fbclid=IwAR1NC7yJ04ht5lXIsC3FZFa-aM_qVJS_9O-he3H6KYzVfGmBhyg8XQAiIu8

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2020.01.16

1・17用のキャンドルの点検


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 2020年1月17日は、阪神大震災から25年目の慰霊の日です。下知地区減災連絡会(森宏会長)は、高知市青柳公園にて、下知地区防災会有志にて、小規模な慰霊祭を行っています。

 竹キャンドルは、南金田自主防災会会長の岡﨑修一さんがこしらえていただきました。2015年の20年慰霊祭から下知地区減災連絡会坂本茂雄事務局長の呼びかけで、青柳公園にて行われるようになりました。

 2015年は20年慰霊祭に、西田政雄さんのお誘いで、神戸市長田区鷹取南地区へ行きました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-ed22.html

 高知市青柳公園で1月17日は午前5時半集合で、小規模な慰霊祭を行います。参加可能な方は来られてください。

 昨年のミニ慰霊祭の様子です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/24-00d3.html

竹キャンドルは短めのローソクを取り出し、新品のローソクと取りかえました。準備はOKです。

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2018.05.03

事前防災が不備と裁判所は指摘


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 宮城県石巻市の大川小学校では、2011年3月11日に東日本大震災の津波で児童と教職員計84人が死亡・行方不明となりました。まことに痛ましい出来事でした。

 児童23人の遺族が市と県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、仙台高裁は26日、1審・仙台地裁判決より一部の原告の慰謝料を見直すなどして損害額を約1000万円増額し、14億3617万円の賠償を市と県に命じました。
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 小川浩裁判長は「校長らは震災前に校舎周辺への津波襲来を予見できたのに、危機管理マニュアルに避難場所を明記するなどの対策を怠った」と指摘。遺族側の訴えをほぼ全面的に受け入れ、学校や市の震災前の対応の不備が過失に当たると認定したました。

https://mainichi.jp/articles/20180427/ddm/005/070/168000c
(毎日新聞社説・2018年4月27日)

 2015年6月に現地へ行きました。大川小の敷地は、隣接する北上川の河川堤防道路より低い場所にあります。北上川をさかのぼってきた津波が堤防を乗り越え、校庭に避難していた児童と教職員を呑みこみました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/33-0bb5.html


 石巻市のハザードマップでは津波浸水地区に大川小はなっていませんでした。でも津波は襲来しました。学校に隣接して小高い丘がありました。何故そちらへ万が1の場合は掛けあがることをしなかったのか?現地を見てそう思いました。

 「災害対策は事前対策である」ということをつくづく思いました。阪神大震災で丸焼けになった神戸市長田区鷹取東地区。故石井弘利さんは「南海地震が来ることがわかっているならば、今から行政と一緒になって復興計画作りなはれ」と言われました。

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 どうか石巻市や宮城県は最高裁に上告しないでいただきたい。亡くなった皆様の無念の思いを事前防災対策に活かしてほしい。

 高知市下知地区は「下知地区防災計画」の中に「事前復興まちづくり計画」を盛り込みました。どうか高知市や高知県も私たち住民と一緒になって事前災害対策、事前復興まちづくり計画に取り組んでいきましょう。この判決で強く強く思いました。

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2018.01.19

高知新聞と読売新聞が取材していただきました。


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2018年1月17日早朝の青柳公園での下知地区減災連絡会有志8人の小規模な阪神大震災23年の追悼式。雨の中しました。

 昨夜のニュースでさんさんTVが放映し、高知新聞1月17日夕刊で「災害風化させない 高知市でも黙とう」と記事に掲載されていました。
高知新聞2018年1月17日夕刊記事_NEW_R
 また1月18日の読売新聞高知版でも「減災へ思い新た 高知で追悼式」という記事を掲載いただきました。

 雨の中早朝より取材に来ていただきました、さんさんTV.高知新聞。読売新聞の記者の皆様ご苦労様でした。
読売新聞2018年1月18日朝刊記事_NEW_R
 南海トラフ地震が想定どうり起きますと、高知市下知地域は甚大な被害が予想されています。

 岡村眞高知大学特任教授が日頃言われたいますように「地震は自然の現象。被害が出るのは人間が悪い。」「減災は事前対策がすべて」なんですね。

 2018年は個人のレベル。事業所のレベル、地域のレベルで事前の減災対策を詰めていく決意を新たにしました。

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2017.01.17

高知新聞夕刊に「追悼式」が掲載されました

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 2017年1月17日午前5時46分。22年前の阪神大震災が起きた時刻に、参加した下知地区減災連絡会(森宏会長)の有志8人が、青柳公園で黙とうしました。高知新聞夕刊に掲載(早崎康之・記者)されていることは坂本茂雄さんのFBで知りました。

 震災当時兵庫県在住で金融機関に勤務されていた皆本隆章さん(青柳末広町防災会長・下知地区減災連絡会副会長〉が、当時の体験を参加者皆に話していただきました。「どうすることもできませんでした。」と言われていました。

 2年前の2015年1月17日に有志が集まり始まりました。昨年は岡﨑修一さん(南金田自主防災会会長〉が、竹を加工しろうそくをセットしたキャンドルを作成していただきました。

 今回は細々した追悼式でした。かつては中央公園でも大きな追悼式が開催されyていました。追悼はイベントではありません。規模の大小ではなく「追悼する気持ち」「命がけで伝えていただいた神戸の想い」を共有する場でもあります。高知でも追悼式をしたのは私たちだけでした。

 今年は昭和南海地震から71年目です。両親の世代は体験者です。高知もいつ南海地震が起きるのかわかりません。事前の準備と対策をまず自分たちが行い、生きのびることが大事です。

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阪神大震災から22年目の追悼


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 2017年1月17日は、午前5時10分過ぎから、高知市青柳公園へ行きました。岡﨑修一さんが制作していただいた竹製のキャンドルとろうそくを持って行きました。坂本茂雄さんの呼びかけで2年前から追悼の集いを始めました。

 「1・17」とろうそくを立て、下知地区減災連絡会の有志8人が集まり阪神大震災から22年目の慰霊をしました。未災地の高知ですが、71年前の昭和南海地震では下知地域は壊滅的な地震による被害を受け、堤防決壊で海水が地域に流れ込み、長期浸水状態となりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-7f5a.html

 岡村眞高知大学特任教授によれば、過去6500年の間に大きな南海地震は16回も起きています。100年に1度の規模の地震。300年に1度の地震、1000年に1度の地震が起きていました。
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 災害に備えることにはきりがありません。まだまだやりつくしてはいません。今年は少しでも個人的に、地域的にも減災になるような活動をしていきたいと思います。.
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 高知県内には追悼の行事はないようです。報道関係ではテレビ高知・読売新聞・高知新聞など寒い中取材に来られていました。参加者の中で22年前に阪神大震災を体験された皆本さんが個別取材をされておられました。

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2017.01.16

1月17日阪神大震災・22年目の追悼

 下知地区減災連絡会事務局長の坂本茂雄さんの呼びかけで、今年(2017年)1月17日も、高知市青柳公園集合で、「阪神大震災22年目の追悼」を有志で行います。

(日時) 2017年1月17日 午前5時半集合

(場所) 高知市青柳公園北詰

*追悼のろうそくと竹筒は岡﨑修一さんが作成していたきました。昨年よりわたしが保管していました。

*着火マンがないので、各自持参ください。

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 昨年の様子です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-1afc.html

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 1昨年の2015年には、西田政雄さんと一緒に交流のある神戸市長田区鷹取東地区へ「20年慰霊祭」に出席しておりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-ed22.html

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2016.09.17

「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」を読んで

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 「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」(室井研二・著・名古屋大学大学院環境学研究科・准教授)を読みました。室井研二さんは2013年頃から2015年までの3か年間、高知市下知地域へ名古屋から通われ、多くの市民有志から聞き取り調査をされました。また高知市役所や高知県庁も訪問し、裏付け資料も調査をされていました。

 2016年3月に発刊され、贈呈いただきました。何度も読み返しましたが、内容が重たいので、なかなか読書ノートをとる事ができませんでした。

 地震・津波災害となると、理工系の地震工学の学識者や、土木工学の学識者の声が大きいようです。おおむね被災後の復旧・復興工事も土木建設が主体であり、行政の上意下達式のやりかたが復興工事においてもまかりとうり、いろんなトラブルを引き起こしています。

 1995年の阪神大震災後の神戸市の復興工事が1つの例ですが、莫大な公共投資の割には、まちが復興し発展したとは到底言えない現実を見て来ました。2011年の東日本大震災の被災地を2015年に巡回する機会がありました。そこでも復興工事が遅々として進まない地域と、手早く集団移転事業が完了していた地域がありました。

 高台造成工事や、盛り土による低地のかさ上げ工事も工事期間は最低5年はかかると言われ、人のライフサイクルと、復興のサイクルとのずれが指摘されています。「復興災害」という言葉もあります。

 室井研二さんは学識者ですが、フットワークが軽く、広範な聞き取りと調査活動をされ、独自の視点で著作を書かれました。2012年から2015年までの3年間高知市下知地区をフィールドワークされ、行政、大学、住民などに聞き取り調査もされました。時に一緒に懇親会にも参加いただきました。2015年の下知地区有志が主体の「東北被災地交流ツアー」にも現地集合で参加されました。
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 社会学的な観点での被災予定地域の調査活動には、わたしは大変興味がありました。必要性を常に考えていました。
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下知は干拓地であり、長らく農地や荒れ地でした。明治以降も海運業が盛んな時代は、ウォーターフロントの街として、農人町、南宝永町、二葉町、若松町の堀川沿いは港湾町として発展していました。

 路面電車の伸長や、道路の伸長により、中心街にほど近い地の利もあり、零細鐵工所や商業、住居混合型の街として発展してきました。

 高知市の都市計画事業が、東京五輪前後(1964年)に下知地区でも区画整理事業が行われました。人口の急増で、賃貸や分譲のマンションが「地の利」を活用して建設されました。

 戸建て住宅に住む古くから住む住民と、分譲や賃貸マンションに移入してきた住民との融和は子弟が小学校へ通学している間の繋がりしかなく、地域コミュニティとしては、きわめて弱い結びつきしかありませんでした。

 市内の他の地区では開催されている地区運動会も、90年代前後に「世話役不足」で休止され、以後開催されていません。室井研二さんは、そのあたりも詳細に観察されておられます。

「もともと遊水地として利活用が図られていた土地で急激に市街地化がすすんだことで、0M地帯では水害が頻発するようになった。そうした開発と災害の矛盾を決定的に印象づけたのが、1970年に発生した高知水害(台風10号)である。」(高知市の開発と災害履歴 P69)

「高知市0M地帯の災害脆弱性は開発に関連した土地利用の変化によって地用されてきた。市長局もそのことを自覚し、防災の観点から開発規制の必要性が強調されてきたが、他方では都市化に伴う住宅需要への対応や、工業開発に関連した土地利用対策に追われ、実際の防災は土木工学的な対策に終始する経緯をたどってきた。

 その結果、市街地では先進的な排水対策が進んだ一方で、想定浸水域でスプロール的に都市化が進み、災害ポテンシャルがこれまでになく拡大するという皮肉な状況が生み出されている。」(高知市の開発と災害履歴 P70) 
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 室井研二さんは、高知市下知地域の地理的特性、歴史的な背景や、高知市政の都市政策の観点から独特の表現で記述されています。大変重要な観点ですので、長文になりますが、引用させていただきます。

「第1に、高知市の0M地帯では、工学的な防災対策がこれまでになく進展する一方で、社会経済的な災害脆弱性がこれまでになく深刻化していることである。
 こうした矛盾はいうまでもなくこれまでの開発政策や都市化の歴史的帰結として現出しているものであり、工学的な防災対策と開発(規制)政策の整合性の欠如に起因するものである。

 この点に関する真摯な歴史的反省とともに、行政には防災対策の前提として充て対策地区のコミュニティが置かれている社会経済的現状に対する政策的な配慮が求められよう。」

「第2に、南海トラフ地震被害想定の見直しが住民生活に逆説的な影響をもたらせていることである。いうまでもなく被害想定の見直しは災害への危機意識を高め、防災対策を拡充する狙いを持つものであるが、逆にそのことが地価の下落を招き、階層的低位層の土地への緊縛を帰結している面がある。

 これは災害・防災に関する「科学」的な想定やそれに依拠した工学的対策と、そうした想定の社会経済的な受容や生活面での対策のギャップともいえる問題である。そうしたギャップをどう埋めるのかが、防災の課題としてとわれるべきであろう。」

「第3にコミュニティの「放置」と「再生」ともいうべき動向がみられることである。これまでの分析が示すのは、災害脆弱性が開発の歪みの帰結として立ち現れ、そのしわ寄せが階層的周辺層に集中していることである。

 そして、その地を離れることが叶わない人たちの間で、最後の依り場として地域的結束が再生され、同様の困難を抱えた地域との連帯のもと地域の生き残りが模索されると言う現実である。それが「下からの」防災の現実的な姿なのである。
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 確かに、下知減災連絡会の取組にはコミュニティ防災の範例として評価されるべきものも多いが、それは見方を変えれば「放置」されたが故の強いられた共同なのであって、住民だけの対応には自ずと限界があることは明らかである。

 このような現実に自治体がどう向き合い、どのように応えることができるのか。地区防災計画の真価や防災パラダイムの転換の内実も、こうした意味での自治や分権の行方を追うことからも明らかになろう。」(まとめにかえて P77)

 室井研二さんの3点に指摘は的確です。南海トラフ地震に関しては、常に「地震学者」による科学的な知見が披露され、自治体や報道機関の広報もおおむね、それに沿っている。

 多くはしゃらっと「高知市下知地域は全域が海抜0メートルの市街地。高台はなく軟弱地盤で海に隣接している。想定される震度は6強から7。地盤は最大2メートルは沈下する。津波は地震発生後30分で到達するが、その前に地域は浸水が始まり、長期浸水する可能性があり、復興、復旧はとても難しい。」と言われている。
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 国や県や高知市の対応の多くは、「国に浦戸湾3重防護の耐震堤防を認めていただいた。16年後に完成すれば下知の浸水は想定より早く解消される見込みだ。」

 と県土木部は言う。しかし未だに長期浸水時に、「どこのドライエリアに避難するのか?」「応急仮設住宅の建設など可能なのか?」「長期浸水は解消されても地盤沈下したままで市街地の再生は可能なのか?」の疑問に対して、高知市も高知県もなんの回答も未だに(東日本大震災から5年半経過した現在でも)持ち合わしていない。

 要は高知県庁の下知地区など高知市の低地(海抜0メートル)の減災対策は、河川と海岸の護岸工事のみに特化しています。避難計画や支援計画は高知市の領分として関与しようとしません。

 一方高知市ですが、浸水からの一時避難対策に過ぎない「津波避難ビル」の指定に追われているのが現実。その多くは民間所有のマンションなどであり、所有者の「良心」にすがっているのが現実。(ある民間賃貸マンションの津波避難ビル。屋上を入れれば150人が避難可能。しかし屋上には鍵がかけられている。理由は飲料水タンクがあり、異物を混入されることは嫌だから。)という理由。もっともです。その津波避難ビルは実際には、階段部と廊下で30人程度しか避難できません。)

 低地の下知地区でも、民間の5階建て程度のマンションすらなく、津波避難ビルが地域の町内に皆無な地区も未だに存在しています。そうした地域であれば市役所が津波避難ビルや津波避難タワーを建設すべきであるが、その兆しは全くないようです。
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 まして被災後の復興計画や、生活再建のめどなど、現状では「想像の世界」のなかです。具体的な「ロード・マップ」「工程表」は全くありません。

 下知地区防災計画=下知事前復興まちづくり計画をこしらえていくなかで、そのあたりの個別課題も具体的なものにしていきたいと思います。

 つくづく防災・減災活動にも室井研二さんがご指摘された「社会学的な視点」と「都市計画の視点」は必要であると思います。

 室井研二さんの著作「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」を参考にし、熟読して、下知地区防災計画=下知事前復興まちづくり計画に反映し、市民自治の原則で「下知が幸せになる物語」をみんなの力で作り上げたいと思います。
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