神戸市長田区鷹取東地域との交流

2018.05.03

事前防災が不備と裁判所は指摘


oohawa1
 宮城県石巻市の大川小学校では、2011年3月11日に東日本大震災の津波で児童と教職員計84人が死亡・行方不明となりました。まことに痛ましい出来事でした。

 児童23人の遺族が市と県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、仙台高裁は26日、1審・仙台地裁判決より一部の原告の慰謝料を見直すなどして損害額を約1000万円増額し、14億3617万円の賠償を市と県に命じました。
ookawa2
 小川浩裁判長は「校長らは震災前に校舎周辺への津波襲来を予見できたのに、危機管理マニュアルに避難場所を明記するなどの対策を怠った」と指摘。遺族側の訴えをほぼ全面的に受け入れ、学校や市の震災前の対応の不備が過失に当たると認定したました。

https://mainichi.jp/articles/20180427/ddm/005/070/168000c
(毎日新聞社説・2018年4月27日)

 2015年6月に現地へ行きました。大川小の敷地は、隣接する北上川の河川堤防道路より低い場所にあります。北上川をさかのぼってきた津波が堤防を乗り越え、校庭に避難していた児童と教職員を呑みこみました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/33-0bb5.html


 石巻市のハザードマップでは津波浸水地区に大川小はなっていませんでした。でも津波は襲来しました。学校に隣接して小高い丘がありました。何故そちらへ万が1の場合は掛けあがることをしなかったのか?現地を見てそう思いました。

 「災害対策は事前対策である」ということをつくづく思いました。阪神大震災で丸焼けになった神戸市長田区鷹取東地区。故石井弘利さんは「南海地震が来ることがわかっているならば、今から行政と一緒になって復興計画作りなはれ」と言われました。

ookawa2

 どうか石巻市や宮城県は最高裁に上告しないでいただきたい。亡くなった皆様の無念の思いを事前防災対策に活かしてほしい。

 高知市下知地区は「下知地区防災計画」の中に「事前復興まちづくり計画」を盛り込みました。どうか高知市や高知県も私たち住民と一緒になって事前災害対策、事前復興まちづくり計画に取り組んでいきましょう。この判決で強く強く思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.01.19

高知新聞と読売新聞が取材していただきました。


resize4905
2018年1月17日早朝の青柳公園での下知地区減災連絡会有志8人の小規模な阪神大震災23年の追悼式。雨の中しました。

 昨夜のニュースでさんさんTVが放映し、高知新聞1月17日夕刊で「災害風化させない 高知市でも黙とう」と記事に掲載されていました。
高知新聞2018年1月17日夕刊記事_NEW_R
 また1月18日の読売新聞高知版でも「減災へ思い新た 高知で追悼式」という記事を掲載いただきました。

 雨の中早朝より取材に来ていただきました、さんさんTV.高知新聞。読売新聞の記者の皆様ご苦労様でした。
読売新聞2018年1月18日朝刊記事_NEW_R
 南海トラフ地震が想定どうり起きますと、高知市下知地域は甚大な被害が予想されています。

 岡村眞高知大学特任教授が日頃言われたいますように「地震は自然の現象。被害が出るのは人間が悪い。」「減災は事前対策がすべて」なんですね。

 2018年は個人のレベル。事業所のレベル、地域のレベルで事前の減災対策を詰めていく決意を新たにしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.01.17

高知新聞夕刊に「追悼式」が掲載されました

_new_r_3

 2017年1月17日午前5時46分。22年前の阪神大震災が起きた時刻に、参加した下知地区減災連絡会(森宏会長)の有志8人が、青柳公園で黙とうしました。高知新聞夕刊に掲載(早崎康之・記者)されていることは坂本茂雄さんのFBで知りました。

 震災当時兵庫県在住で金融機関に勤務されていた皆本隆章さん(青柳末広町防災会長・下知地区減災連絡会副会長〉が、当時の体験を参加者皆に話していただきました。「どうすることもできませんでした。」と言われていました。

 2年前の2015年1月17日に有志が集まり始まりました。昨年は岡﨑修一さん(南金田自主防災会会長〉が、竹を加工しろうそくをセットしたキャンドルを作成していただきました。

 今回は細々した追悼式でした。かつては中央公園でも大きな追悼式が開催されyていました。追悼はイベントではありません。規模の大小ではなく「追悼する気持ち」「命がけで伝えていただいた神戸の想い」を共有する場でもあります。高知でも追悼式をしたのは私たちだけでした。

 今年は昭和南海地震から71年目です。両親の世代は体験者です。高知もいつ南海地震が起きるのかわかりません。事前の準備と対策をまず自分たちが行い、生きのびることが大事です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

阪神大震災から22年目の追悼


15_r


16_r

 2017年1月17日は、午前5時10分過ぎから、高知市青柳公園へ行きました。岡﨑修一さんが制作していただいた竹製のキャンドルとろうそくを持って行きました。坂本茂雄さんの呼びかけで2年前から追悼の集いを始めました。

 「1・17」とろうそくを立て、下知地区減災連絡会の有志8人が集まり阪神大震災から22年目の慰霊をしました。未災地の高知ですが、71年前の昭和南海地震では下知地域は壊滅的な地震による被害を受け、堤防決壊で海水が地域に流れ込み、長期浸水状態となりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-7f5a.html

 岡村眞高知大学特任教授によれば、過去6500年の間に大きな南海地震は16回も起きています。100年に1度の規模の地震。300年に1度の地震、1000年に1度の地震が起きていました。
24_r

 災害に備えることにはきりがありません。まだまだやりつくしてはいません。今年は少しでも個人的に、地域的にも減災になるような活動をしていきたいと思います。.
17_r


21_r


30_r


31_r

 高知県内には追悼の行事はないようです。報道関係ではテレビ高知・読売新聞・高知新聞など寒い中取材に来られていました。参加者の中で22年前に阪神大震災を体験された皆本さんが個別取材をされておられました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.01.16

1月17日阪神大震災・22年目の追悼

 下知地区減災連絡会事務局長の坂本茂雄さんの呼びかけで、今年(2017年)1月17日も、高知市青柳公園集合で、「阪神大震災22年目の追悼」を有志で行います。

(日時) 2017年1月17日 午前5時半集合

(場所) 高知市青柳公園北詰

*追悼のろうそくと竹筒は岡﨑修一さんが作成していたきました。昨年よりわたしが保管していました。

*着火マンがないので、各自持参ください。

2_r


_r_2


 昨年の様子です。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-1afc.html

2016011705460000


2016011705420000


 1昨年の2015年には、西田政雄さんと一緒に交流のある神戸市長田区鷹取東地区へ「20年慰霊祭」に出席しておりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-ed22.html

Takatori


Nagatatakatoritourou


Takarorinisiyan1_r


Takatorikirou4_r


Takjaroritakidasi_r


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.17

「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」を読んで

_new_r


 「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」(室井研二・著・名古屋大学大学院環境学研究科・准教授)を読みました。室井研二さんは2013年頃から2015年までの3か年間、高知市下知地域へ名古屋から通われ、多くの市民有志から聞き取り調査をされました。また高知市役所や高知県庁も訪問し、裏付け資料も調査をされていました。

 2016年3月に発刊され、贈呈いただきました。何度も読み返しましたが、内容が重たいので、なかなか読書ノートをとる事ができませんでした。

 地震・津波災害となると、理工系の地震工学の学識者や、土木工学の学識者の声が大きいようです。おおむね被災後の復旧・復興工事も土木建設が主体であり、行政の上意下達式のやりかたが復興工事においてもまかりとうり、いろんなトラブルを引き起こしています。

 1995年の阪神大震災後の神戸市の復興工事が1つの例ですが、莫大な公共投資の割には、まちが復興し発展したとは到底言えない現実を見て来ました。2011年の東日本大震災の被災地を2015年に巡回する機会がありました。そこでも復興工事が遅々として進まない地域と、手早く集団移転事業が完了していた地域がありました。

 高台造成工事や、盛り土による低地のかさ上げ工事も工事期間は最低5年はかかると言われ、人のライフサイクルと、復興のサイクルとのずれが指摘されています。「復興災害」という言葉もあります。

 室井研二さんは学識者ですが、フットワークが軽く、広範な聞き取りと調査活動をされ、独自の視点で著作を書かれました。2012年から2015年までの3年間高知市下知地区をフィールドワークされ、行政、大学、住民などに聞き取り調査もされました。時に一緒に懇親会にも参加いただきました。2015年の下知地区有志が主体の「東北被災地交流ツアー」にも現地集合で参加されました。
Isinomoririmangakan

 社会学的な観点での被災予定地域の調査活動には、わたしは大変興味がありました。必要性を常に考えていました。
1000nenmaefutabacxhoi

下知は干拓地であり、長らく農地や荒れ地でした。明治以降も海運業が盛んな時代は、ウォーターフロントの街として、農人町、南宝永町、二葉町、若松町の堀川沿いは港湾町として発展していました。

 路面電車の伸長や、道路の伸長により、中心街にほど近い地の利もあり、零細鐵工所や商業、住居混合型の街として発展してきました。

 高知市の都市計画事業が、東京五輪前後(1964年)に下知地区でも区画整理事業が行われました。人口の急増で、賃貸や分譲のマンションが「地の利」を活用して建設されました。

 戸建て住宅に住む古くから住む住民と、分譲や賃貸マンションに移入してきた住民との融和は子弟が小学校へ通学している間の繋がりしかなく、地域コミュニティとしては、きわめて弱い結びつきしかありませんでした。

 市内の他の地区では開催されている地区運動会も、90年代前後に「世話役不足」で休止され、以後開催されていません。室井研二さんは、そのあたりも詳細に観察されておられます。

「もともと遊水地として利活用が図られていた土地で急激に市街地化がすすんだことで、0M地帯では水害が頻発するようになった。そうした開発と災害の矛盾を決定的に印象づけたのが、1970年に発生した高知水害(台風10号)である。」(高知市の開発と災害履歴 P69)

「高知市0M地帯の災害脆弱性は開発に関連した土地利用の変化によって地用されてきた。市長局もそのことを自覚し、防災の観点から開発規制の必要性が強調されてきたが、他方では都市化に伴う住宅需要への対応や、工業開発に関連した土地利用対策に追われ、実際の防災は土木工学的な対策に終始する経緯をたどってきた。

 その結果、市街地では先進的な排水対策が進んだ一方で、想定浸水域でスプロール的に都市化が進み、災害ポテンシャルがこれまでになく拡大するという皮肉な状況が生み出されている。」(高知市の開発と災害履歴 P70) 
Saisin_zisin_hzmap_new_r

 室井研二さんは、高知市下知地域の地理的特性、歴史的な背景や、高知市政の都市政策の観点から独特の表現で記述されています。大変重要な観点ですので、長文になりますが、引用させていただきます。

「第1に、高知市の0M地帯では、工学的な防災対策がこれまでになく進展する一方で、社会経済的な災害脆弱性がこれまでになく深刻化していることである。
 こうした矛盾はいうまでもなくこれまでの開発政策や都市化の歴史的帰結として現出しているものであり、工学的な防災対策と開発(規制)政策の整合性の欠如に起因するものである。

 この点に関する真摯な歴史的反省とともに、行政には防災対策の前提として充て対策地区のコミュニティが置かれている社会経済的現状に対する政策的な配慮が求められよう。」

「第2に、南海トラフ地震被害想定の見直しが住民生活に逆説的な影響をもたらせていることである。いうまでもなく被害想定の見直しは災害への危機意識を高め、防災対策を拡充する狙いを持つものであるが、逆にそのことが地価の下落を招き、階層的低位層の土地への緊縛を帰結している面がある。

 これは災害・防災に関する「科学」的な想定やそれに依拠した工学的対策と、そうした想定の社会経済的な受容や生活面での対策のギャップともいえる問題である。そうしたギャップをどう埋めるのかが、防災の課題としてとわれるべきであろう。」

「第3にコミュニティの「放置」と「再生」ともいうべき動向がみられることである。これまでの分析が示すのは、災害脆弱性が開発の歪みの帰結として立ち現れ、そのしわ寄せが階層的周辺層に集中していることである。

 そして、その地を離れることが叶わない人たちの間で、最後の依り場として地域的結束が再生され、同様の困難を抱えた地域との連帯のもと地域の生き残りが模索されると言う現実である。それが「下からの」防災の現実的な姿なのである。
_r

 確かに、下知減災連絡会の取組にはコミュニティ防災の範例として評価されるべきものも多いが、それは見方を変えれば「放置」されたが故の強いられた共同なのであって、住民だけの対応には自ずと限界があることは明らかである。

 このような現実に自治体がどう向き合い、どのように応えることができるのか。地区防災計画の真価や防災パラダイムの転換の内実も、こうした意味での自治や分権の行方を追うことからも明らかになろう。」(まとめにかえて P77)

 室井研二さんの3点に指摘は的確です。南海トラフ地震に関しては、常に「地震学者」による科学的な知見が披露され、自治体や報道機関の広報もおおむね、それに沿っている。

 多くはしゃらっと「高知市下知地域は全域が海抜0メートルの市街地。高台はなく軟弱地盤で海に隣接している。想定される震度は6強から7。地盤は最大2メートルは沈下する。津波は地震発生後30分で到達するが、その前に地域は浸水が始まり、長期浸水する可能性があり、復興、復旧はとても難しい。」と言われている。
91_new_r

 国や県や高知市の対応の多くは、「国に浦戸湾3重防護の耐震堤防を認めていただいた。16年後に完成すれば下知の浸水は想定より早く解消される見込みだ。」

 と県土木部は言う。しかし未だに長期浸水時に、「どこのドライエリアに避難するのか?」「応急仮設住宅の建設など可能なのか?」「長期浸水は解消されても地盤沈下したままで市街地の再生は可能なのか?」の疑問に対して、高知市も高知県もなんの回答も未だに(東日本大震災から5年半経過した現在でも)持ち合わしていない。

 要は高知県庁の下知地区など高知市の低地(海抜0メートル)の減災対策は、河川と海岸の護岸工事のみに特化しています。避難計画や支援計画は高知市の領分として関与しようとしません。

 一方高知市ですが、浸水からの一時避難対策に過ぎない「津波避難ビル」の指定に追われているのが現実。その多くは民間所有のマンションなどであり、所有者の「良心」にすがっているのが現実。(ある民間賃貸マンションの津波避難ビル。屋上を入れれば150人が避難可能。しかし屋上には鍵がかけられている。理由は飲料水タンクがあり、異物を混入されることは嫌だから。)という理由。もっともです。その津波避難ビルは実際には、階段部と廊下で30人程度しか避難できません。)

 低地の下知地区でも、民間の5階建て程度のマンションすらなく、津波避難ビルが地域の町内に皆無な地区も未だに存在しています。そうした地域であれば市役所が津波避難ビルや津波避難タワーを建設すべきであるが、その兆しは全くないようです。
_new_r_3

 まして被災後の復興計画や、生活再建のめどなど、現状では「想像の世界」のなかです。具体的な「ロード・マップ」「工程表」は全くありません。

 下知地区防災計画=下知事前復興まちづくり計画をこしらえていくなかで、そのあたりの個別課題も具体的なものにしていきたいと思います。

 つくづく防災・減災活動にも室井研二さんがご指摘された「社会学的な視点」と「都市計画の視点」は必要であると思います。

 室井研二さんの著作「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」を参考にし、熟読して、下知地区防災計画=下知事前復興まちづくり計画に反映し、市民自治の原則で「下知が幸せになる物語」をみんなの力で作り上げたいと思います。
_new_r_2

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.12.31

2015年の重大ニュースを上げてみました

 2015年も本当にいろいろありました。地域減災活動においても多忙な1年でした。特に前半はヘビーでした。順不同で振り返ってみましょう。

 1月は西田政雄さんのお誘いで、阪神大震災20年祈願祭に2人で夜行バスで、2008年から交流のある神戸市長田区鷹取東地区へ行きました。
Takatorikitou2_r


http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-ed22.html

 1月17日の毎日新聞全国版に阪神大震災特集で、高知市下知地区と神戸市長田区鷹取と東地区との交流の様子が記事になりました。
Photo


http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-3960.html

 2月は突然「高知大学の岡村眞先生のご紹介で取材に行きます。」ということで、NHKスペシャルのスタッフと取材チームが現れ、面談や取材されました。岡村先生には「困ったときの西村さんということで」なんて言われました。なにが私にあるとは思えませんが、取材で5回ぐらいお付き合いしました。
Izumikawatiku

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-26a2.html

 また前年12月に高知市議会に「耐震貯水槽の有効活用について」ということで、2月に高知市水道局と懇談し、有益な意見交換会になりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-af46.html

 イタリアで地震防災を研究されている教授の方が高知大学の大槻先生と一緒に来られました。


 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-c118.html

 3月10日にNHKスペシャルの全国放送がありました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-a017.html

Nhk


 4月には高知大学の大槻准教授から、8月にJICAの留学生(お国へ帰れば防災官僚)の人達と下知との交流会の提案がありました。

 5月30日には二葉町自主防災会有志で出掛け、仁淀川町長者のだんだんクラブの皆さん田植え体験のお世話になりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-e0a6.html

Taue19_r


Syugousyasinn


 また内閣府地区防災計画のエントリーを高知市を通じ、内閣府にしていました。地域防災推進課の山中晶一氏の尽力で、モデル事業区23カ所の1つに選定されました。

 6月には正式に内閣府地区防災計画モデル事業区に高知市下知地区が選定されました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-e0a6.html

 また6月20日から24日まで下知地区の住民を含む有志8人で「東北被災地交流ツアー」に行きました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-f0e7.html

Isinomoririmangakan


7月には今治市防災士会連合会の50人が、下知コミュニティ・センターにて下知地区減災連絡会との交流事業・意見交換会が行われました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-799a.html

Photo_2


下知地域内連携協議会と高知市長との意見交換会の実施

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-7719.html


8月22日  

仁淀川町泉川地区と二葉町有志との交流会の実施

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-dfa5.html
Torigatayama


8月25日  

高知大学の要請で、JICA留学生とのコミュニティ防災意見交換会の実施

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/jica-a5db.html

Jica


 9月になりますと内閣府地区防災計画の第1回ワークショップを開催しました。テーマは下知地区事前計画でした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-41b9.html

Wakusyop1


9月24日   

昭和小学校校区内津波避難ビル巡り

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-8397.html

10月11日  

「避難行動と被災地での避難所運営の実際」
 今野清喜石巻市湊東地区まちづくり協議会代表
 下知コミュニティ・センター午後18時~

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-6b11.html

10月25日   

五台山21・5次避難訓練の実施

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/15-2037.html

11月3日    

昭和秋の感謝祭 あそぼうさい・下知地域内連携協議会主催

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/5-4294.html

11月7日    

第2回地区防災計画検討会・ワークショップ・事前復興計画

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-249e.html

11月28日   

下知地区総合防災訓練・避難所運営訓練の実施

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-f429.html

12月

 下知地区総合防災訓練・避難所運営訓練反省会

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-760f.html
Photo_3

 昭和小防災訓練への参加と職員回への参加

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-3d02.html
第3回地区防災計画ワークショップ

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-fcc0.html

 それから「蛍プロジェクト」と言う太陽光ソーラー街灯を取り付ける事業の取り次ぎをしました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-4f3a.html

 また防災部会の事業としては西田政雄さんの「受援力向上セミナー」も全4回で行っています。


 個人的な出来事からいいますとそのなかでいろいろ重大なことや自爆がありました。

 まず自宅・事務所が大変な雨漏りになり、大規模修繕工事をしました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/index.html
Amamotigeihekikouzi


 うっかりのボヤ騒ぎも起こしました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-3880.html

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0770.html

Boya1_r


 また懇親会で寝込んでしまい、救急搬送されました。休日にハーバーで転倒し肋骨を骨折しました。

 40年間無事故・無違反でした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-ba6e.html
Menkyoshoa_2


 まだまだここへは公表できない出来事も公私ともにありました。あわただしくも2015年も今日でお終いですね。2016年もはりきって「事態打開」に活動することを宣言します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.07.28

事前対策をして安心したい

  2015年6月20日から23日に参加した「東北被災地交流ツアー」から、今日で1月経過しました。ようやく頭の中の整理が半分ぐらいつきました。少しづつツアーの報告とまとめをWEB上に出して行こうと思います。

Isinomoririmangakan


 とりわけ今年は阪神大震災から20年目。訪れた神戸市長田区鷹取東地区を訪問し、地域の人達とも交流しました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat60291529/index.html

 やはりz「事前の対策がすべて」であると思いました。

 地震が現在のところ、いつ起きるのか予知ができません。台風のように進路が予想できれば対策は容易にできます。地震がそれが出来ません。「来る祖」「来るぞ」と騒ぎだてれば、オオカミ少年のように思われてしまいます。

 
1)自分の家から安全に避難することの重要性 家具転倒防止対策。家屋の耐震補強対策は事前に出来ます。

2)浸水地区に家屋や社屋がある場合は、浸水しない地区に拠点をかまえること。
  個人的にも地域としても事前に出来るはずです。

  その象徴が「仁淀川町と二葉町の交流事業」です。

Ityou_new_r


3)地震保険や家財保険や車両保険などの活用も必要でしょう。

4)すぐに事業が再開できるように、金融機関との日頃からの話し合いも必要です。


5)商業者であれば、もしもの時には「代行納品契約」をする企業の確保が必要です。

6)資産形成をして、津波の恐れのない地域への移転をすべきでしょう。

 事前対策をしておけば、リスクはかなり低減はされます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.06.28

単線型災害復旧のありかたの変革を


Bdhinansho_r

 大災害時には、日本の場合「災害救助法」とかの法律があります。それによりますと、災害で自宅など住居を失った被災者は、避難所へ収容され、それから応急仮設住宅へ収容されます。おおむね2年で、自宅の再建か、出来なければ復興住宅へ移ります。
Kasetuj6

1995年の阪神大震災時ではごく1部でしたが、被災者が自ら借用した民間賃貸アパートの家賃を行政側が補償する「みなし仮設住宅」も東日本大震災では多く見られたそうです。

 しかしながら現在の行政側のルールでは、応急仮設住宅の床面積は9坪弱となっています。大半がプレハブの住宅です。


応急仮設住宅の面積

  単 身 用 : 19.8 ㎡程度(6型:6坪相当)
  小家族用(2~3人) : 29.7 ㎡程度(9型:9坪相当)
  大家族用(4人以上) : 39.6 ㎡程度(12型:12坪相当)
  応急仮設住宅の1戸当たりの規模は、平均 29.7 ㎡(9坪相当)を基準とします。

 「応急仮設住宅」の名称からして、あくまで短期間の被災者の収容施設(最長2年)とされていますが、東日本大震災のように、土地そのものが大津波で流出したりしています。高台を造成したり、元の地域をかさ上げし造成した後に住宅を建設する段取りになるので、早くて数年後、時間がかかれもより長期間仮設住宅に居住せざるを得ません。

 阪神大震災で全半壊家屋は24万戸。東日本大震災で40万戸。南海トラフ大地震での予想では164万戸とされています。到底応急仮設住宅建設は、災害罹災後2か月後の入居など不可能でしょう。

 まして高知県は県土の84%が山間森林部であり、居住可能な平野が低地で高知市下知地域のような海抜0メートル地帯に、15万人が居住しています。地震で地盤が沈下したら、地盤そのものをかさ上げし、耐震補強してその上に住宅を建築するとなると一体何年先になるのか見当もつきません。

 そこで4年前から二葉町が行っている仁淀川町との「災害時に疎開を前提とした交流」の意義目的は、「空き家や休眠施設などの有効活用できないか」と言うことです。お互いの地域が顔見知りになり、コミュニティの維持をしながらの長期避難対策(3次避難9を想定しています。

 県や高知市の反応は冷淡であり、「いいね」とは言いますが何の支援もしません。従来型の発想の行政主導の災害復旧対策は、この事例からもわかるように「地域コミュニティを維持する活動への支援」には極めて冷淡です。これでは南海地震が起きた後に、住民が奮起して自力再建は極めて難しい状況となるでしょう。

 私たちの主張には根拠があります。高知県は県人口が毎年5000人減少しています。空き家率が全国でも高率です。であるならば「空き家」を事前に有効活用して、被災者対策に出来ないか。そう思います。

 その構想についてはおいおいに記述したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.06.06

石井弘利さんの想いを継承します。

_new_r


 2015年6月2日にご逝去されました神戸市長田区鷹取東地区の石井弘利さん。1995年1月17日の阪神大震災以来、鷹取東地区の地域コミュニティの再建に尽力されました。

 私たちは石井弘利さんの想いを継承し、高知市の市も地域の街づくりをしていくことを、ライフワークにします。

11390083_469903366502777_5111865111


| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

07高知県知事選挙 08syugin_ 2008年衆議院選挙関連 2009年衆議院選挙関係 2012年衆議院選挙関係 2012年車椅子で行く高知の観光施設 2013年参議院選挙関係 2014年東京都知事選挙 2015年雨漏り修繕工事 2015雨漏り・外壁補修工事 2016年参議院選挙 2016年首都圏遠征 2019年参議院選挙 2019年高知県議会議員選挙 2019高知市議会議員選挙 blogによる自由民権運動 blogの伝道師・blogの鬼 bousai_ Eコマース・スキルアップ講座 koutikengikaigin NPO法人高知減災ネットワーク会議 お花見遊覧船 けんちゃんの今すぐ実行まちづくり けんちゃん1人weblog はりまや橋サロン まちづくり まちづくり条例見守り委員会 アニメ・コミック イラク派兵問題 ウェブログ・ココログ関連 エアーボート 救命艇 ゴーヤ栽培日誌 サッカー スポーツ スポーツのありかた スマホDEリレー スマホSOSシステム タウンモビリティ・ステーションふくねこ チベット問題 ニュース ハイパーレスキュー艇・シーレックス バリヤフリー パソコン・インターネット ホームページによる交流 メディアリテラシー ヨット関係 ロープワーク 三好市との交流事業 下知コミュニティセンター防災部会 下知地区防災計画 下知地区防災計画・ブロック会 下知地域内連携協議会 下知町内会連合会 中国四川大地震 二葉町町内会の動き 二葉町自主防災会 五台山・市民農園 井原勝介さん講演会 交通事故防止対策 人繋がりネットワーク 仁淀川町と二葉町との交流 今治市防災士会・連合自治防災部会との交流会 今野清喜さん講演会 仙波敏郎さん講演会 伊野町問題 健康・体の問題 健康問題 入野敏郎さんみかん園 公共交通問題 公共財のありかた 共謀罪反対運動 内閣府地区防災フォーラム2016年仙台 内閣府地区防災計画 前田康博さん講演会 南海地震対策 南海地震特別税 危機意識・リスクマネジメント 原子力政策 原発と核のゴミ処理場アンケート 原発災害 反ファシズム運動 叔母・車椅子来高・2014・10・18 口腔ケア 台風・大雨対策 台風・大雨情報 台風対策 司馬遼太郎氏の帝国主義論 吉本隆明氏・追悼文 名古屋大学室井研二准教授 品川正治さん講演会関係 国政問題 国際問題 土佐電鉄ーごめん・なはり線 地区防災計画学会・高知大会2018年 地方の公共交通 地震保険 坂本龍馬像建立運動 報道関係 夜須町関係 大学問題 大阪北部地震2018 天木直人さん講演会関係 宇田川知人さん出演番組 安田純平さんを高知へ招く会関係 少子化問題 岡村眞先生講演会 岡林信康コンサート 島本茂雄さん・中平崇士さん出演 巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂浮力体 市民参加のありかた 平和・反核・護憲の社会運動 平和問題 平成天皇を称えます 平成28年度下知地区防災計画 広域地域間交流 建築物 感染症対策 憲法問題 戦争を知らない子供たちへの映画会」 戦争法案反対運動 戦争災害 手結福島・南地区自主防災会 排泄ケア(排尿・排便)の重要性 携帯・デジカメ 政治のありかた 政治評論 教育問題 新しいメディアの創出 新型インフルエンザ対策 新堀川市民大学 新堀川生態系保護問題 日誌風の感想 映画「六ヶ所村ラプソディー」 映画・テレビ 昭和南海地震の記録 昭和小学校・防災じゅぎう 昭和小学校防災学習 書籍・雑誌 有機農業の支援 朝鮮半島問題 木質バイオマス地域循環システム 村上肇さんWEBセミナー 村上肇氏BtoBセミナー 東京近辺見聞録2013年 東京近辺見聞録2014年(1) 東京近辺見聞録2015年 東京近郊見聞録2010 東京近郊見聞録2011年 東京近郊見聞録2012年 東北被災地ツアー2015年 東北被災地交流ツアー2005 東日本大震災の被災者の皆様との交流事業 東洋町サポーターズクラブ 橋本大二郎さん出演番組 橋本県政16年の検証 橋本県政16年の総括 歩いて見る高知市 歴史の宝庫新堀川 歴史問題 死生観・終末観 母・毛山病院入院2017 沖縄ー高知の交流 沖縄基地問題 沢山保太郎東洋町長出演 河瀬聡一郎さん講演会 津波避難施設について 浸水対策備品 漫画文化 父・いずみの病院 父・日赤・ICU 環境問題 田辺浩三さん映画会(小夏の映画会) 社会問題一般 社会思想問題 社会運動 神戸市長田区鷹取との交流 神戸市長田区鷹取東地域との交流 福井照 福井照さん出演番組 福祉の問題 空のあんちくしょう 経済・政治・国際 経済問題 耐震偽装問題 脱水症対策 自然エネルギーの活用 自衛隊の救助訓練 芸能・アイドル 芸術・文化 若者支援事業 蓄光塗料 西村吉正・春子服薬・食事情報 西村吉正・死去後の動き 西村吉正1周忌 認知症症候群について 認知症重度化予防実践塾 講演会・研修会 講演会・講習会 超高齢者の事前減災対策 趣味 路上詩人はまじさん 連合赤軍と新自由主義の総括 都市再開発 都市論 錆を防ぐさびのある話 阪神大震災20年慰霊と交流 防災問題 防災対策 防衛問題 雪道対策 音楽 高レベル廃棄物問題 高知の根源・由来を考える 高知の観光 高知シティFM 高知シティFM「けんちゃんのどこでもコミュニティ」 高知シティFMけんちゃんのどこでもブログ 高知シティFM最終収録 高知大学防災すけっと隊 高知学研究所 高知市地域コミュニティ推進課 高知市政問題 高知市社会福祉協議会 高知市長との意見交換会・資料2015年 高知減災ネットワーク会議 高知県政ぷらっとこうち問題 高知県政問題 高知県民マニュフェスト大会 高知県物産公社構想 高知県議会立候補者への公開質問状 高知蛍プロジェクト 鵜の目鷹の目 2006年白バイ・スクールバス衝突事件 2010年参議院選挙 2014年東京・横浜出張 2014年衆議院選挙関連 2015年叔母北海道より車椅子の旅・高知 2015年県議選・市議選 2016年熊本地震 2017年衆議院選挙 2018年沖縄県知事選挙