昭和南海地震の記録

2019.11.26

二葉町総合防災訓練・反省会・意見交換会


反省会
 2019年10月27日(日)に二葉町総合防災訓練は、下知コミュニュティ・センターにて行われました。避難者カード記入者は115人であり、関係者一同頑張りました。
スタッフミーティング
 11月13日(水)に訓練に参加した関係者20人が集まり、反省会と意見交換会をしました。訓練で班を担った人。事情があり少ししか関われなかった人等それぞれの立場の皆様に参加いただきました。
家具転倒防止講座。マルニ
 議事次第は以下の通りです。

1)議事次第

  二葉町自主防災会会長挨拶・二葉町町内会会長挨拶

2)遊軍班の皆様からのコメント

3)5つの実行班の皆様からのコメント

  総務班・登録班・情報伝達班・衛生班・食料調達班
2地震マン・津波マン
4)各種イベントに関するコメント

  防災講話・防災備品展示
  地震マン・津波マン  避難所見学ツアー
  シェイクアウト訓練
  ヘリサイン訓練
  津波SOSアプリ訓練(スマホDEリレー)
  防災紙芝居
  昼食会・お茶会

5)その他 

 各部署、持ち場、あるいは参加者、立ち合い者の立場で自由に議事次第に沿って発言をいただきました。

◎二葉町自主防災会会長…森宏さんのコメント

「今回の訓練は大変良かったと思います。遊び半分の訓練であったかもしれませんが、部署・部署で皆が力を合わせて頑張っていました。それが大事です。

 まずは参加すること。参加した人は自然に防災意識が身につきます。「自分の命は自分で守る」という気持ちになれると思います。」(森宏さんは昭和南海地震を須崎市で体験なさっています。現在87歳、小学5年生の時でした。)

◎二葉町町内会会長・楠瀬繁三さんのコメント

 「遊軍班の隊長として5つの班(総務班・登録班・情報伝達班・衛生班・食料調達班)を巡回し見守っていました。」

「総務班は島内リーダーの下、きびきびと動かれていました。指示書に基づき、避難誘導や避難部屋の設営、レイアウトの変更などを的確にされていました。」

「登録班は西森リーダーが登録され、煩雑な避難者カードの記入や、記入の指示をメンバー全員がよくされていました。」

「情報伝達班も登録班の情報を、防災行政無線を使用し、災害対策本部へ防災行政無線で的確に連絡していました。」

「衛生班もメンバーが一体化して、水洗トイレを非常用トイレにスムーズに設営が出来ていました。」

「食料調達班は最初男性スタッフが不足しました。呼び掛けて集まり、皆てきぱきと動いてくれました。」

「各班で指示書にない困った事態もあちらこちらでありましたが、みんなで話し合い解決していきました。次から次へ参加者各位は体に染みついたと思います。」

「各班担当が自主的に動かれ問題を解決していく姿には感動しました。」

 遊軍班メンバーからのコメントです。

蒲原米雄氏(中宝永町自主防災会会長)

「今後の課題は地域の若い人を巻き込んだ防災活動が必要であると思います。中学生・高校生を巻き込むことを意識することも必要です。」

「7月に二葉町自主防災会の今治研修に参加しました。避難所開設訓練に参加しました。ロールプレイゲームは楽しみながら参加しました。クレームをつける住民役もいました。」

「トランシーバーをもっと有効に活用すればよかったと思います。」

坂本茂雄氏(下知地区減災連絡会事務局長・サーパス知寄町1防災会)

「4階のメニューがたくさん今回はあり、時間も押し詰まっていましたので、今回は避難所見学ツアーはできませんでした。」

「トランシーバーを共聴チャンネルにして各班で使用しようとしましたが、1つの班だけしかやり取りができませんでした。」

「シェイクアウト訓練ですが、4階の多目的室の音量が低かったです。」

「ヘリサイン(レスキュー・リクエスト)は屋上に広げました。今回は防災ヘリが実際の防災出場したため来ませんでした。ドローンから撮影((株)総合防災ソリューションさん)されておられました。」

「総務班が開設されました3階の部屋は活用されませんでした。」

「スマホDEリレー(高知市津波SOSアプリ9についての説明はしました。」

前田センター長

「私用があり、訓練当日の午前9時に退所しました。準備段階で、「総合スケジュール表」や「座席レイアウト表」「判別タイムライン」などを作成させていただきました。」

「ワイヤレス・マイクの調子が悪いので修繕をします。なるべく優先マイクを使用してください。」
登録班受付
入交智子さん(すずめ共同事業所父兄会会長)

「地震マンの着ぐるみの中にいました。図書館に来た親子ずれの人達が近づいてきたりして、訓練にそのまま参加してくれました。」

「年配の人達も関心が高く話しかけてきてくれました。着ぐるみの成果はあったと思います。」(当日は地震マンに入交さん、津波マンに松岡さんがはいっていただきました。

大﨑修二さん(日の出・弥生町自主防災会会長)

「シェイクアウト訓練の説明が必要でした。机の下にもぐるのはいいですが、キャスターがついているので動きます。足を手で押さえるとか説明が必要でした。」
非常用トイレの設営
「高齢者は机の下に潜れません。会場内にヘルメットが必要ですね。」

西川義明さん(二葉町)

「日曜日は仕事です。訓練に住民として参加できず、昼食のカレーライスとお菓子とコーヒーを美味しくいただきました。子供さんも若い親御さんもぼつぼつ来られていて良かったです。」

「今後ですが夜間の避難訓練や、夜間の停電時の訓練もやったらいかがでしょうか。形をかえるのもいいと思いますね。」

山本美咲さん(地域防災アドバイサー・防災士)

「初動期の避難訓練や避難所開設訓練はよくなされていました。今後はその先の避難生活が実際はずっと長いので、それを想定した訓練も必要であると思います。」

「初動から次のステップへ移る訓練もされると地力がつくと思います。」

 続いて5つの班(総務班・登録班・情報伝達班・衛生班・食料調達班)からのコメントです。

◎総務班

サブ・リーダー吉本豊道さん(丸池・東弥生自主防災会会長)

「総務班が開設した3階の避難所スペースが全く使用されずに終わりました。対策を考えましょう。」

「対策として部屋の説明に係員を置くようにすればいいと思いますね。

「トランシーバーは首からかけるか、身に着けないととっさの場合に利用できないです。」

 関連して、参加者から(発言者不明)「メニューを楽しんで体験していただくため、スタンプラリーをすればどうだろうか」というアイデアもだされました。

◎登録班

リーダー・西森俊一さん(二葉町)

「10名の登録班メンバーは皆優秀でてきぱきと業務を処理いただきました。感謝です。」

 「一方で避難所カードがわかりにくい。記入しにくいとの指摘も参加者からありました。」

岡林恵子さん(若松町)

「お客さんいらっしゃいのような対応になってしまいました。避難訓練ですから、お怪我はありませんか。とか聞くべきであったと思いました。」

 反省会の参加者各位から「もっと簡便なカード方式とかにすべきではないか」との意見が出されました。

「参加者が落ち着いて避難者カードを書ける環境を整備すべき」という意見も出されました。

 地域防災推進課の中山瑞希さんは「市側とすれば、欲しい情報は避難所へ来られた人数と、急病人やけが人の有無、緊急搬送や福祉避難所への転送が必要な人の正確な情報です。」と言われました。

 避難訓練参加者登録は、すばやく、正確に、必要な情報を短時間に提供することですね。避難者カードを元に、「二葉町総合防災訓練参加者 集計表」なども作成することが出来ました。

 避難者カード提出者は116人。うち二葉町民は74人でした。全体的傾向は、10歳から59歳以下の「現役世代」の参加者は全体の25%でした。60歳から90歳代の「リタイヤ世代」は75%でした。なかでも70歳代の参加者は33%でした。訓練の主役は70歳代でした。

◎情報伝達班

 反省会にはリーダー(森田さん・二葉町)は欠席されていました。打ち合わせどうり登録班が集計した参加人数や疾病者、けが人の有無を4階多目的室にある防災行政無線で、市の災害対策本部と交信し、正確に伝達しました。

◎衛生班

リーダー 福谷幸雄さん(若松町)

「4階と3階の水洗トイレを使用禁止にして、便器に非常用トイレセットをセットしました。各階男女1セットにして見本用に展示すればいい。」

メンバー郷さん(二葉町)

「トイレを見学に来られた年配のご夫婦が、こういうやり方であれば、うちのトイレも非常用トイレになりますね、研究します、資材は説明を受けたホームセンターで購入します。と言われて嬉しかったです。」

 参加者から

「非常用トイレの説明書を貼っておけばいいのではないでしょうか」

「説明が必要で、担当スタッフが見学者に使用方法を説明すればえいと思います。」

◎食料調達班

メンバー大野美和さん(ツバメガスさん(二葉町)・百石町)

「最初の食料班は女性ばかりでした。ブロックを出したり、ごとくを出したり、テントを組み立てたり力仕事が多いです。男性の参加が必要でした。」
二葉町総合防災訓練チラシ_NEW
「見守りに徹し、スタッフが安全にLPガス災害時ユニットを使用できるように指導させていただきました。」
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◎各種イベントに関するコメント

  防災講話・防災備品展示
  地震マン・津波マン  避難所見学ツアー
  シェイクアウト訓練
  ヘリサイン訓練
  津波SOSアプリ訓練(スマホDEリレー)
  防災紙芝居
  昼食会・お茶会

 参加者各自からのコメント

「防災講話・防災備品展示は好評でした。」

「地震マン。津波マンは大好評でした。着ぐるみに入っていただいた方には感謝します。」

「避難所見学ツアーは、実施できなくて残念でした。」

「シェイクアウト訓練はやってよかったですが、やる前に説明が必要です。」

「ヘリサイン訓練ですが、防災ヘリが、防災出動で来訪できず残念です。(株)総合防災ソリューションさんが「ドローンで、写真を撮影いただきました。」

「津波SOSアプリは市役所の中山瑞希さんの説明がありました。掲示板に張り紙しました。参加者の年齢層が高くスマートフォンの所有率が低かったので、今後の課題です。」

◎防災紙芝居については、大好評でした。

→朗読の方(澤本恵子さん(二葉町))が上手で聞き入っていました。絵も親しみやすく、地元のお話なので参加者皆聞き入っていました。

→今回は試作品で、絵はパソコンで作成。スクリーンで写して朗読するスタイルでした。その方式で、12月13日は昭和小からリクエストがありました。お披露目します。12月22日の日の出弥生町の巣養和小での訓練時でもお披露目されることになりました。

→来年度は予算を獲得し、手書きで作成し、紙芝居として各地でお披露目会を実施する予定です。また森会長の須崎市の津波体験なども作品化することをしていきます。

→子育て世代へのアクセスになればよいと思います。

◎昼食会・お茶会

 こちらも参加者各位大好評でした。森会長と奥さんが調理指導されていますので、カレーも具材がたくさんで美味しかったです。

 舞台裏を明かしますと、町内会からの補助をいただき、森会長に食材を選定し、調理指導していただきました。

「訓練やいうてまずいものを食べたらいけない。美味しいものを食べないと元気が出ん。」という理念で二葉町は炊き出し訓練をやってきました。

 参加者同士の「親睦」も大事な要素です。災害時にいち早く炊き出しをおこない、地域を元気にして地域を元気づけるための炊き出しです。交流をしている神戸市長田区鷹取東地区から学んだことです。

 「お茶会」は、コーヒーは豆蔵で焙煎珈琲を購入しました。大﨑修二さんの指導で美味しく入れていただきました。
 お菓子は二葉町に住居がある西川屋老舗さんにご協賛いただきました。参加者一同美味しくいただきました。

 反省会も意見交換会も真摯な意見が出ました。その他意見として「養生テープで張り紙しよう」という意見も出ました。
 来年の糧になる意見がたくさんでたことを確認しました。意見交換会に参加者の皆様に感謝します。

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2019.11.02

防災訓練も老老参加・老老支援


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 2019年10月27日(日)に行われました「二葉町総合防災訓練」。参加者「100人越え」を目指していましたが、避難者カード集計で116人いまして(その他登録していない人が20人前後いました。数字的には、町内会長や町内会役員各位の真摯な呼び掛けて、町内会から多数の人達が参加していただきました。
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 地元二葉町をとりましても74人が参加(前年は56人)でしたから、20人ぐらい増えています。また3年前の同じ下知コミュニュティ・センターを使用した下知地区減災連絡会s主催の避難所開設。運営訓練では70人の参加者(うち二葉町は30人)でしたから、参加者が増えたことは喜ばしいことです。

 しかし二葉町の参加者74人の年齢構成を見ますと、10代から50代の「現役世代」「子育て世代」の参加者は19人であり、25%に過ぎません。60代以上のリタイヤ世代は55人で、75%です。
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 参加スタッフで中心は70歳代の皆様であり23人おられ、31%を占めています。元気なシニア世代が町内会活動も、避難訓練も中核を占めています。それは頼もしいことですが、当時に「現役世代」が少ないので、今後の活動の課題が明確になりました。
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 今回の訓練で対策はいくつかしました。坂本茂雄さん(下知地区減災連絡会事務局長)が作成していただいたチラシでは「地震マン・津波マンが来る」「ヘリコプターが飛来」「参加者には防災グッズ」と表記し、昭和小学校の児童550人に配布していただきました。

 また告知が口コミレベルでしたが、下知地区で73年前に起きた昭和南海地震の実体験者の実話をもとに、地元下知のデザイナーの高橋昌美さんに作画プロジュースをお願いし、朗読は文学館などで朗読活動で活躍されている町内の澤本恵子さんとで「防災紙芝居」の試作品を製作し、訓練当日にお披露目し、大好評でした。
防災紙芝居
 高橋さんも澤本さんも、若い世代や子供たちと日常的に接点がある人たちです。今後の地域の若い世代への働きかけを続けていけば、参加者も増加する可能性がありますね。

 7月28日の「今治市防災士会との合同研修会」へ参加された人たちは、「3世代で訓練に参加」いただいた人たちもいました。ご高齢の人達が、子世代・孫世代を引き連れて地域の避難訓練に参加する。それこそがあるべき地域防災発動ではないでしょうか。

 数字では厳しい現実をつきつけられましたが、避難訓練が評判が良ければ、次につながる可能性はあるのではないかと思いました。

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2019.08.14

昭和・東南海地震は戦争災害


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 1946年12月21日の昭和南海地震より、2年前の1944年12月7日に、和歌山県紀伊半島東側を震源とするマグネチュード7・9の東南海地震が発生、愛知県や静岡県では軍事工場や家屋が倒壊、1000人を超える死者が出ました。

 高知新聞の記事(2019年8月11日号)によりますと、当時は太平洋戦争末期。軍部が情報を統制し、報道関係者の取材や、防災関係者の現地への調査なども許さなかったようです。そのため国民各位は、昭和の東南海地震のことを知らされませんでした。2年後の1946年に「昭和南海地震」が発生しましたが、その連動性や関係性の研究が出来ませんでした。

 現在「半割れ」状態の場合に、「臨時情報」が発令され、1週間程度対象地域外への避難が検討されています。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-c103c5.html

(南海トラフ地震「臨時情報」と地区防災計画)

 まさに東南海地震は、南海トラフ地震の「半割れ」であり、昭和期の南海地震が正確に分析できましたら、今後の南海地震対策に活用できました。まさに「戦争災害」ですね。軍部の存在がまさに国民の「命と財産」を脅かした実例であります。この一例からも軍隊は国民を守るために存在しているのいではなく、国民の脅威です。

 記事では「武村雅之名古屋大学客員教授は、戦争中でも地震は関係なく発生した。現代でも、日常の平和に安穏(あんのん)として備えを怠れば参事も招くだろう」と指摘。南海トラフ巨大地震への対策に報告書を活用していく考えだ。」と言われています。戦争災害で阻害された昭和の東南海地震の全容の解明が急がれますね。

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2019.02.07

NHK高知・津波避難SOSアプリ その特徴とは


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 2019年2月6日(水)ですが、NHK高知放送局の番組「こうちいちばん」(月曜~金曜。夕方6時10分次のなかの特集「NHK高知・津波避難SOSアプリ その特徴とは」で6分間放映されました。

 下知地区減災連絡会で取材協力していただいた皆様。申し訳ないです。ご多忙のところご参集いただきました昨年12月26日と、今年1月17日の「津波避難SOSアプリの意見交換会」の様子が一切放映していただけませんでした。番組作成の編集権がテレビ局にある以上は仕方ありません。ご理解ください。
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 くたびれた白髪頭のお爺さんが、出ていました。自分で見るのは恥ずかしい。実に見苦しい。自分は若いつもり(高校生であるという意識)ですが、現実はお爺さんでした。先月29日に3時間取材されたことが出てました。携帯トランシーバーと国際信号旗も紹介できました。
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 昭和南海地震の体験者である岸田康彦さん(87歳)もお元気なうちに登場いただき良かったです。避難所の昭和小で1歳の弟さんが栄養失調で亡くなったことは初めて聞きました。震災関連死です。
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 しかし今日の放映前にNHKの島津記者から電話取材がありました。NHKは全国ネットです。過去にも高知ローカルの短時間放映の番組が、四国エリアになり、西日本エリアになり、ついには全国放映されたことが過去にあります。
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 撮り溜めしている映像が使用される可能性もあります。番組自体は、「よくぞ短時間にまとめましたね。」という感想です。取材は若い記者の方でしたが、さすがは全国組織のNHKです。レベルが高い編集でした。

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2016.12.21

昭和南海地震から70年目です。

 高知県や西日本各地に大きな被害をもたらした昭和南海地震は、1946年(昭和21年)12月21日午前4時19分に和歌山県潮岬の沖合い約50キロメートルの海底で発生しました。地震の規模を表わすマグニチュードは8.0でした。
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高知市下知地区は地盤が沈下し、堤防が壊れ海水が地域に流入。長期浸水状況が続きました。

高知県の沿岸には4~6メートルの津波が押し寄せ、大きな揺れと津波により679人が死亡・行方不明、1,836人が負傷したほか、4,846戸の家屋が全壊・流失するなど大きな被害が出ました。
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 今日は昭和難関地震から70年目。読売新聞に特集記事が掲載されていました。昭和南海地震を下知地区で体験された「生き証人」の岸田康彦さん。昭和小での避難訓練の様子も記事になっています。
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2016.12.14

昭和小にて 昭和南海地震体験者の話を傾聴


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 2016年12月12日(月)は、NHK高知放送の依頼で「昭和南海地震を下知地域で実体験された岸田康彦さんの話を傾聴する」エキストラ出演しました。今日は寒くて途中から雨になり大変でした。

 高知新聞に掲載された岸田康彦さんの昭和南海地震体験

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-7f1d.html

 昭和南海地震当時は岸田さんは、昭和小の前に居住。揺れで外に飛び出し、」倒壊した隣の家族の救出を行っていたそうです。屋根を剥ぎ、奥さんを救出。その後ご主人を探しましたが梁の直撃で亡くなられていました。2歳の子供さんをかばって亡くなったとか。、子供を救出後、浸水が始まったので、すぐに昭和小の2階まで逃げたそうです。
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 一時期は500人の避難者で溢れていました。戻れたのは翌年の2月頃であったとか。」

 岸田康彦さんは体験者としてこう言いました。

「水や食料は支援が必ず来ます。わたしは避難後3日ぐらいは飲まず食わず。でも人間は死にやしません。それよ理大事なのは持病のある人は、薬です。それを余分に持っていないといけないです。

 12月18日の下知地区総合防災訓練のポスターは所所に貼られています。まだまだです。しかし回る時間がありません。12月13日は午後から下知コミュニティ・センター内の防災倉庫を案内します。
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2016.05.27

9・5万人が浸水エリアに取り残されますね。


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 震度7の地震が高知市の海抜0メートルで軟弱地盤で海に近い高知市を襲う可能性は高い。

 高知新聞の記事は深刻です。

http://www.kochinews.co.jp/article/13694

 家屋の倒壊から命を長らえ、必死の思いでもよりの津波避難ビルに駆け上がり、浸水と津波から免れても、浸水エリアに居住する15万人とも言われる高知市民のうち現在の「机上の計算」でも、9・5万人の市民がドライエリアの避難所へ移動できません。

 常に行政の災害見込は「少な目」に試算したがるので、本当はもっと深刻ではないかと思います。

 二葉町有志が継続している仁淀川町との相互交流や、今治市防災士会との交流など、なかなかすぐには動いてくれない行政に代わって、地域同士の連携がますます必要ではないかと思います。

 熊本地震から内陸型の直下地震の可能性もあります。地域同士の「相互支援協定」は必要です。
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 (昭和南海地震(1946年)では、下知地区と潮江地区は長期間浸水が続きました。「実績」がありますから。

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2016.01.20

岸田康彦さんの体験記が掲載されていました。


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 2016年1月12日の「いのぐ」「高知新聞1面の昭和南海地震の記録⑩」は、現在二葉町在住の岸田康彦さんの体験記が、掲載されています。

 当時15歳の中学生であった岸田康彦さんは、家は傾いたが無事に脱出。隣家の家は倒壊。屋根から隣人を救出し、浸水が始まったので、近くの昭和小学校へ避難したと聞きました。

 浸水は長期間に及び、籠城は年を超え2月近くまでおられたとか。
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「船で進駐軍が水と食料を運んで来てくれました。」と岸田さんから聞きました。

 当時より高知市下知地区は市街化し、建物が密集しています。一方で行政側の消防や自衛隊の「救援力」は、マンパワーが絶対的に現状では足りません。将来も増加するめどがないのが現実ですね。厳しい現実をあらためて感じました。
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2015.12.14

日本が「世界津波の日」を提唱。国連で採択されました

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 日本が提唱し国連で全会一致で採択されたという「世界津波の日」です。

。それは安政地震の津波から領民を救うために、稲わらに火をつけ避難誘導を行った浜口梧陵の行動にゆかりがあるそうです。「稲村の火」で有名な話ですね。

 浜口梧陵はそれだけでなく、私財を投入し津波を防ぐ堤防まで建設しました。学校もこしらえています。津波防止堤防は、100年後の昭和南海地震の津波を防ぎました。日本は災害大国です。

 こうした国際貢献は日本はどんどんやるべきでしょう。武器を輸出したり、軍隊を派遣することだけが国際貢献ではありません。

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2015.11.20

「天災から日本史を読みなおす」を読んで

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 「天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災」(磯田道史・著・中央公論新社・2014年・刊)を読みました。10月に0泊2日で出張で大阪へ行った折、梅田の長距離バスターミナル近くの阪急3番街にある紀伊国屋書店で購入した新刊本です。

 筆者の磯田道史氏は、1970年生まれで45歳と若い歴史研究学者の人。「日本の歴史の中で地震、津波、火山噴火、異常気象と天災が歴史に与えてきた影響」を克明に調べています。

 その前書きの中で磯田氏が強い影響を受けたというベネデット・クローチェというイタリアの哲学者であり歴史学者の人の事は、わたしはよく知りません。子供時代に、家族がイスキアでの休暇中、カサミッチョラの地震で家屋が倒壊し家族を失い兄と2人だけ生存し親戚に引き取られたクローチェの世界観に影響を受けたとの事です。

「すべての真の歴史は現代史である」との歴史哲学の言葉ですが、その観点から行きますと韓国や中国の主張する「歴史問題」なるものも「現代史」のなかで考えて行かないといけないですね。決して「過去の問題」ではありません。国際社会で「日本のイメージダウン」を狙う側面もあるので。まさに現代史なんですね。

「震災がおき、天災を目のあたりにして、我々の歴史の見方や価値観も変わりつつある。近代化以前の社会は自然環境の影響を大きく受けた。農業が中心の自然経済だから当然である。震災後の歴史学、いや科学全体は、自然に対する人間の小ささを謙虚に自覚せねばならぬだろう。
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 天災を勘定に入れて、日本史を読みなおす作業が必要とされているのではなかろうか。人間の力を過信せず、自然の力を考えに入れた時、我々の前に新しい視界がひらけてくる。あの震災で我々はあまりにも大きなものを失った。

 喪失はつらい。しかし、失うつらさのいなかから未来の光を生み出さねばと思う。過去から我々が生きるための光をみいだしたい。クローチェのように。」(P4)

 著作の中では,天下人となった豊臣秀吉が天正地震と伏見地震の影響を強く受けたと言います。

 天正地震では、長浜城が崩壊し、山内一豊の娘が死去しました。同時にこの地震は、秀吉が、徳川家康を討伐するための大軍を編成し、まさに出撃しようとした矢先に、前線基地であった大垣城や長浜城や坂本城が地震で壊滅、秀吉は大阪へ撤退しました。」家康は滅亡を免れ、秀吉と和議を結びました。秀吉は10万の大軍を揃え、小牧・長久手の敗戦の汚名をそぐために家康追討を決意していました。一方の家康は3万人ぐらいしか動員できませんでした。

 この当時家康の作戦参謀を長年続けてきた石川和正が秀吉側に寝返ったという事件まで家康にはありました。本当に危機が迫っていたのです。その矢先に伏見で地震が起きました。

 伏見地震では、豪勢な京都の聚楽第が壊滅しました。美女400人も圧死したそうです。当時朝鮮へ遠征軍を派遣し、ようやく講和の兆しが出始めた矢先の地震でした。秀吉は聚楽第の再建を全国の大名に命じ、講和を破棄し朝鮮へ更なる派兵を命じました。

 伏見地震で秀吉の天下に陰りが見え、人心が離れて行ったのです。この時、僅かな部下で、小屋に逃げ込んでいた秀吉を討つべしとの意見も敵対していた家康の部下から出ていました。しかしそれをすれば「明智光秀の二の舞になる」と家康は進言を退け、秀吉の和解案に乗り、力を蓄える作戦に切り替え、滅亡をまたしても免れました。そして家康は健康には自信があったこともあり、秀吉の死を待って、行動を起こし、天下を取りました。その分岐点がまさに伏見地震であったと磯田氏は言います。なるほどと思いました。
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 そして江戸時代初期に大きな地震が日本を襲いました。宝永地震(1707年)は、巨大地震でした。東海地方から中部、関西(大阪)、紀伊半島、四国まで広域に被害に遭いました。

 高知に関する記述も著作にあります。当時種崎に住んでいた下級武士が9歳の時宝永地震に一家が遭遇。海の近くの家屋から津波に追われ脱出した体験の話もありました。そこには貴重な教訓もつづられています。

宝永地震の語り部となった柏井貞明は9歳の時に、高知市種崎で地震と大津波に遭遇しかろうじて一命をとりとめています。当時自宅は種崎の南の端にあり、門の外はすぐ海であったようです。現在の種崎の貴船神社付近らしい。家から一家がようやく脱出。茫然自失状態だっららしい。

「だかその時、この一家の運命を決める幸運な情報が耳に飛び込んできた。東の海辺の町の方から、こう呼ばわる声が聞こえてきた・「大浪が市中に入るぞ。みな、山に入れ」。その声で一家は津波の危険に気付いた。山へ向かって、逃げることにしたのである。」

「これは大切な歴史的教訓である。津波から逃げる時、率先避難者が大声で「津波が来るぞ、高台へ避難」と呼ばわると、その声で周囲も我に返り逃げ始める。声を出して逃げることで、地域の生存率が高くなる。

 津波から逃げるときは、勇気をふるって声を出しながら逃げるようにしたいものである。」(P63「山に入れの声で高台へ避難」)

 下知地域でも、防災教育を受けている小学生たちに是非とも「率先避難」を呼びかけたい。
「津波が来るぞ!ビルへ駆け上がれ!」と大声で叫びながら、最寄りの津波避難ビルや地区防災会指定の地区避難ビルへ逃げ込んでもらいたい。

 子供たちは体が小さいので、大人を背負って助けるなんてことはできません。でも元気がよく大声で「津波が来るぞ!早くビルへ逃げろ!」と走って駆け上がることで、率先避難の実行と呼びかけで、多くの地域の人を救うことが出来ます。

 また筆者の母親が徳島県牟岐町の出身で、昭和南海地震で津波からの避難を実体験されていました。当時満州からの引き揚げ者で知人を頼り牟岐町に滞在していた後に俳優になった森繁久彌は、隣町の海陽町で津波に遭遇し避難した体験をされていたそうです。

「津波は押し寄せてくる波よりも、引き波の方が遥かに恐ろしい。」と森繁久彌は証言されています。

「津浪というのは、最初2メートルほどの波が襲ってきて、あっという間に入口から窓から侵入する。そして畳や箪笥を浮かし,みるみるうちに鴨居近くまで上がってくる!

 かと思うや、それより早い勢いですーっと引いて行くのである。この力が、来るときの何倍かで、四方の壁をついでに引っさらっていく。」(P176「ある満州帰りの男の被災」)

 つくづく防災の歴史を先人に学ばないといけないと思いますね。

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