東北被災地ツアー2015年

2016.12.22

閖上復興だより41号を送付いただきました

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 宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。海に近く住宅街でした。2011年3月11日の東日本大震災による大津波で甚大な被害を受け、多くの人達が犠牲になりました。

 現在地域は復興工事の真っ最中。住宅再建予定地は盛り土工事化され、水産加工会社も新築されています。「閖上復興頼り」(編集長・格井直光氏)は、震災直後に発刊され、地域の情報を満載し、今回で41号になりました。
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 紙面からは地域コミュニティでの出来事が丹念に掲載されています。閖上神社の祈願祭や、芋煮会、。閖上中学の文化祭の様子や、熊本地震や鳥取地震への応援メッセージも掲載されています。

 広告もすべて地域のお店です。地域のコミュニティを活性化しつつ、復興されている様子が紙面から伺えます。

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2016.11.02

重たい判決です

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 東日本大震災で児童74人と教職員10人の84人が津波に流され、亡くなりました。昨年現地を訪れましたが、言葉を失いました。大川小学校は鉄筋2階建てでしたが、すぐ近くの北上川の堤防よりも敷地は低く、津波は屋上まで達したと言います。

 小学校などの避難行動では校舎から運動場へ児童を集め、教職員が点呼ををとり、次の避難行動をとります。

 問題は校庭で30分以上待機し、ようやく次の避難行動に北上川河川堤防へ向かい始めた時に、堤防を越えた津波に押し場がされました。学校に隣接して山がありましたが、そこへ逃げると言う避難行動はとりませんでした。

 遺族の一部が管理者である県と石巻市を訴えた裁判でした。仙台地裁(高宮健二裁判長)は26日、学校の責任を認め、計約14億2660万円を支払うよう市と県に命じました。

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201610/20161026_13046.html

 災害は予見できないほど大きかったようですが、何故近くの山へ逃げる行動を教職員がしなかったのかがわかりません。周囲で校舎より高い所はそこしかありません。
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 ひるがえって海抜0メートルの高知市下知地区。自然地形の山もありません。避難場所も全然足りません。

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2016.09.17

「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」を読んで

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 「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」(室井研二・著・名古屋大学大学院環境学研究科・准教授)を読みました。室井研二さんは2013年頃から2015年までの3か年間、高知市下知地域へ名古屋から通われ、多くの市民有志から聞き取り調査をされました。また高知市役所や高知県庁も訪問し、裏付け資料も調査をされていました。

 2016年3月に発刊され、贈呈いただきました。何度も読み返しましたが、内容が重たいので、なかなか読書ノートをとる事ができませんでした。

 地震・津波災害となると、理工系の地震工学の学識者や、土木工学の学識者の声が大きいようです。おおむね被災後の復旧・復興工事も土木建設が主体であり、行政の上意下達式のやりかたが復興工事においてもまかりとうり、いろんなトラブルを引き起こしています。

 1995年の阪神大震災後の神戸市の復興工事が1つの例ですが、莫大な公共投資の割には、まちが復興し発展したとは到底言えない現実を見て来ました。2011年の東日本大震災の被災地を2015年に巡回する機会がありました。そこでも復興工事が遅々として進まない地域と、手早く集団移転事業が完了していた地域がありました。

 高台造成工事や、盛り土による低地のかさ上げ工事も工事期間は最低5年はかかると言われ、人のライフサイクルと、復興のサイクルとのずれが指摘されています。「復興災害」という言葉もあります。

 室井研二さんは学識者ですが、フットワークが軽く、広範な聞き取りと調査活動をされ、独自の視点で著作を書かれました。2012年から2015年までの3年間高知市下知地区をフィールドワークされ、行政、大学、住民などに聞き取り調査もされました。時に一緒に懇親会にも参加いただきました。2015年の下知地区有志が主体の「東北被災地交流ツアー」にも現地集合で参加されました。
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 社会学的な観点での被災予定地域の調査活動には、わたしは大変興味がありました。必要性を常に考えていました。
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下知は干拓地であり、長らく農地や荒れ地でした。明治以降も海運業が盛んな時代は、ウォーターフロントの街として、農人町、南宝永町、二葉町、若松町の堀川沿いは港湾町として発展していました。

 路面電車の伸長や、道路の伸長により、中心街にほど近い地の利もあり、零細鐵工所や商業、住居混合型の街として発展してきました。

 高知市の都市計画事業が、東京五輪前後(1964年)に下知地区でも区画整理事業が行われました。人口の急増で、賃貸や分譲のマンションが「地の利」を活用して建設されました。

 戸建て住宅に住む古くから住む住民と、分譲や賃貸マンションに移入してきた住民との融和は子弟が小学校へ通学している間の繋がりしかなく、地域コミュニティとしては、きわめて弱い結びつきしかありませんでした。

 市内の他の地区では開催されている地区運動会も、90年代前後に「世話役不足」で休止され、以後開催されていません。室井研二さんは、そのあたりも詳細に観察されておられます。

「もともと遊水地として利活用が図られていた土地で急激に市街地化がすすんだことで、0M地帯では水害が頻発するようになった。そうした開発と災害の矛盾を決定的に印象づけたのが、1970年に発生した高知水害(台風10号)である。」(高知市の開発と災害履歴 P69)

「高知市0M地帯の災害脆弱性は開発に関連した土地利用の変化によって地用されてきた。市長局もそのことを自覚し、防災の観点から開発規制の必要性が強調されてきたが、他方では都市化に伴う住宅需要への対応や、工業開発に関連した土地利用対策に追われ、実際の防災は土木工学的な対策に終始する経緯をたどってきた。

 その結果、市街地では先進的な排水対策が進んだ一方で、想定浸水域でスプロール的に都市化が進み、災害ポテンシャルがこれまでになく拡大するという皮肉な状況が生み出されている。」(高知市の開発と災害履歴 P70) 
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 室井研二さんは、高知市下知地域の地理的特性、歴史的な背景や、高知市政の都市政策の観点から独特の表現で記述されています。大変重要な観点ですので、長文になりますが、引用させていただきます。

「第1に、高知市の0M地帯では、工学的な防災対策がこれまでになく進展する一方で、社会経済的な災害脆弱性がこれまでになく深刻化していることである。
 こうした矛盾はいうまでもなくこれまでの開発政策や都市化の歴史的帰結として現出しているものであり、工学的な防災対策と開発(規制)政策の整合性の欠如に起因するものである。

 この点に関する真摯な歴史的反省とともに、行政には防災対策の前提として充て対策地区のコミュニティが置かれている社会経済的現状に対する政策的な配慮が求められよう。」

「第2に、南海トラフ地震被害想定の見直しが住民生活に逆説的な影響をもたらせていることである。いうまでもなく被害想定の見直しは災害への危機意識を高め、防災対策を拡充する狙いを持つものであるが、逆にそのことが地価の下落を招き、階層的低位層の土地への緊縛を帰結している面がある。

 これは災害・防災に関する「科学」的な想定やそれに依拠した工学的対策と、そうした想定の社会経済的な受容や生活面での対策のギャップともいえる問題である。そうしたギャップをどう埋めるのかが、防災の課題としてとわれるべきであろう。」

「第3にコミュニティの「放置」と「再生」ともいうべき動向がみられることである。これまでの分析が示すのは、災害脆弱性が開発の歪みの帰結として立ち現れ、そのしわ寄せが階層的周辺層に集中していることである。

 そして、その地を離れることが叶わない人たちの間で、最後の依り場として地域的結束が再生され、同様の困難を抱えた地域との連帯のもと地域の生き残りが模索されると言う現実である。それが「下からの」防災の現実的な姿なのである。
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 確かに、下知減災連絡会の取組にはコミュニティ防災の範例として評価されるべきものも多いが、それは見方を変えれば「放置」されたが故の強いられた共同なのであって、住民だけの対応には自ずと限界があることは明らかである。

 このような現実に自治体がどう向き合い、どのように応えることができるのか。地区防災計画の真価や防災パラダイムの転換の内実も、こうした意味での自治や分権の行方を追うことからも明らかになろう。」(まとめにかえて P77)

 室井研二さんの3点に指摘は的確です。南海トラフ地震に関しては、常に「地震学者」による科学的な知見が披露され、自治体や報道機関の広報もおおむね、それに沿っている。

 多くはしゃらっと「高知市下知地域は全域が海抜0メートルの市街地。高台はなく軟弱地盤で海に隣接している。想定される震度は6強から7。地盤は最大2メートルは沈下する。津波は地震発生後30分で到達するが、その前に地域は浸水が始まり、長期浸水する可能性があり、復興、復旧はとても難しい。」と言われている。
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 国や県や高知市の対応の多くは、「国に浦戸湾3重防護の耐震堤防を認めていただいた。16年後に完成すれば下知の浸水は想定より早く解消される見込みだ。」

 と県土木部は言う。しかし未だに長期浸水時に、「どこのドライエリアに避難するのか?」「応急仮設住宅の建設など可能なのか?」「長期浸水は解消されても地盤沈下したままで市街地の再生は可能なのか?」の疑問に対して、高知市も高知県もなんの回答も未だに(東日本大震災から5年半経過した現在でも)持ち合わしていない。

 要は高知県庁の下知地区など高知市の低地(海抜0メートル)の減災対策は、河川と海岸の護岸工事のみに特化しています。避難計画や支援計画は高知市の領分として関与しようとしません。

 一方高知市ですが、浸水からの一時避難対策に過ぎない「津波避難ビル」の指定に追われているのが現実。その多くは民間所有のマンションなどであり、所有者の「良心」にすがっているのが現実。(ある民間賃貸マンションの津波避難ビル。屋上を入れれば150人が避難可能。しかし屋上には鍵がかけられている。理由は飲料水タンクがあり、異物を混入されることは嫌だから。)という理由。もっともです。その津波避難ビルは実際には、階段部と廊下で30人程度しか避難できません。)

 低地の下知地区でも、民間の5階建て程度のマンションすらなく、津波避難ビルが地域の町内に皆無な地区も未だに存在しています。そうした地域であれば市役所が津波避難ビルや津波避難タワーを建設すべきであるが、その兆しは全くないようです。
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 まして被災後の復興計画や、生活再建のめどなど、現状では「想像の世界」のなかです。具体的な「ロード・マップ」「工程表」は全くありません。

 下知地区防災計画=下知事前復興まちづくり計画をこしらえていくなかで、そのあたりの個別課題も具体的なものにしていきたいと思います。

 つくづく防災・減災活動にも室井研二さんがご指摘された「社会学的な視点」と「都市計画の視点」は必要であると思います。

 室井研二さんの著作「南海トラフ巨大地震被災想定地域の社会構造と防災対策に関する社会的考察」を参考にし、熟読して、下知地区防災計画=下知事前復興まちづくり計画に反映し、市民自治の原則で「下知が幸せになる物語」をみんなの力で作り上げたいと思います。
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2016.02.29

閖上復興だよりを送付いただきました。

 昨年6月23日に訪問させていただきました宮城県名取市閖上地区

 大津波で跡形もなくなり流失した地域が再生されていく様子を「閖上(ゆりあげ)復興だより」(格井直光・編集長)で知ることができます。
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 送付していただきました。餅つきや寺小屋教室、高校生との交流など地域コミュニティの活動も報告されています。震災直後の2011年から閖上復興だよりは発刊され、地域の様子がよくわかります。37号発刊されています。凄いです。

 昨年訪れました閖上のシンボル日和山で格井さんから震災当時の様子の話を聞きました。
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2016.01.16

「津波からの生還」と「救命」を讀んで


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 年末年始に下知市民図書館で10冊の書籍を借りました。年末に体調を崩し寝正月したこともあり、読んだのは表題の2冊だけでした。

 「津波からの生還 東日本大震災石巻地方100人の証言」(三陸河北新報社・2012年刊)は、津波に遭遇し生存された100人の生々しい証言集です。
 職場に居られた人、港で作業されていた人、施設や学校でおられた人。移動中の人。

 大きな揺れがあり、治まってから津波が押し寄せて来ました。その時は殆どの人達は携帯も通じず、ラジオもテレビで情報も得られず、防災無線すら鳴らなかった人が大半殆どの人達が、「津波が来る」と判断し、近くの山や高台に懸命に避難され助かった証言で満ち溢れていました。

 幸い家屋の倒壊や家具の下敷きになられた人はおらず、皆が独自の判断で津波からの避難行動を起こされ、学校や高台へ避難し、時に流れている人を助けて避難した証言もありました。

 昨年6月に「東北被災地交流ツアー」で、石巻市、女川、東松島、名取市をお訪ねし、住民の人達からお話を聞きましたが、書籍に出てくる地名や建物名から震災当時の状況を推測が出来、懸命に読みました。よくぞ皆さん助かったと思います。

 なかには一緒に流されて、母親が渦に巻き込まれ行き方知れずになられた方の証言もありました。

「旧名東日本大震災 医師たちの奮闘」(海堂尊・編・株式会社新潮社・2011年8月刊)も読みました。こちらは宮城、岩手、福島の被災地におられた医師たちの奮闘を描いています。自分の医院が津波で被災しながらも。懸命に患者を救命されたり、やってくる避難者の体調を気遣い奮闘される医師もおられました。

 大勢の被災者が詰めかけた避難所でも、医師や看護師や保健師の適切な衛生管理と指示で、感染症を防いだ事例などは、大変参考になりました。

 また地元で被災しながら治療や診察に奮闘されている医師と、支援に県外から医療支援に来られた医師とのチームワークを短期間に効率的にいかに構築するのかと言う課題もあることを知りました。

 ある医師が辛辣なことを言われています。

「私は以前からこの国は危機意識があまりに低いと感じていました。能天気も甚だしい。今回の福島原発の問題もそうだし、地方自治体の住民情報が津波で流されたとあたふたしているし。普通の先進国ならバックアップとってますよ。

 日本は個人情報保護法とかに阻まれてそんな常識的な事も出来ていない。オウム真理教にサリンを撒かれたときだって、事件を1番教訓にしたのはアメリカではないでしょうか。

 日本はあれだけ被害者を出したのに、その教訓を生かして住民を交えた訓練などもほとんどしていません。そんな国だから有事に弱いんですよ。国を守ると言う意識が低いし、大体、国と言う意識が希薄ですよね。

 家族を守る。地域を守る。国を守ると言う意識がないと、自分は生きていけないと思うのすけどね。」(P134)

 参考にさせていただきたいと思いました。

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2015.10.28

震災遺構としての大川小学校


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 高知新聞2015年10月20日の夕刊記事によると、村井宮城県知事は、84人の児童と教職員が亡くなった石巻市大川小学校の校舎の保存を積極的にしないと表明しました。南三陸町の防災庁舎は例外的に保存するとのことです。
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 現地を訪れた時に驚いたのは北上川の護岸堤防より低い位置に大川小学校があり、北上川を超えてきた津波は校舎の2階屋上まで到達していました。校舎の100M先には整備はされてはいませんが、山林がありました。そこへ逃げれば多くの人達は助かったことでしょう。事実そこへ逃げた人たちは助かっています。
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「広島の原爆ドームでも当初解体の意見が強かった。石巻市の検討会では、大川小と門脇小を震災遺構として残そうという意見と解体すべきだという意見の両論が出ています。

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 広島の原爆ドームは20年経ってから保存が決まりました。石巻市もそれぐらいかかると思います。」と現地を訪問した時に聞きました。
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(門脇小学校跡。前には震災慰霊公園をつくる計画があるようです。)


 今年1月17日に阪神大震災で大被害を受けた神戸市長田区鷹取東地区の震災20年慰霊祭へ行きました。現地は全く震災の痕跡はありません。でも街の人達の気持ちは再興途中であることがわかりました。とても難しい問題です。

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2015.10.22

「東北被災地に学ぶ交流の旅」報告書

 「南海トラフ地震未災地の私たちが 東北被災地に学ぶ交流の旅」報告書は、坂本茂雄さんと西田政雄さんが編集し紙媒体として作成されました。参加者各位は原稿や感想文を書きました。
 
 6月20日から23日までの間に、石巻市を中心に、東松島市、名取市の被災地を訪ね、奮闘し復興事業に取り組まれている住民組織や支援組織の人達に面談し、意見交換してきました。

 紙媒体の報告書を辛気にスキャナーで取り込み、電子媒体で保存することにしました。

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2015.10.05

避難行動と避難所運営の実際を聞く講演会


 
 私は6月に4年3か月経過した宮城県石巻市・女川町、東松島市、名取市の現地を訪れ、被災者や支援者の皆様と意見交換をしました。大震災後の厳しい現実に立ち向かい、復興する住民の皆様の力強い意志に動かされました。

 今後30年に必ず来ると言われている南海トラフ巨大地震。被災地を訪れ交流してつくづく思いましたのは、「災害対策は事前対策がすべて」であると言う事です。自宅の家具転倒予防や耐震補強や、地震保険や資金対策、企業の継続計画など、事前にきちんと対策をしないと、大地震が起きれば簡単には復興・復旧が出来ない現実も見せていただきました。
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 10月11日には、住民リーダーとして活躍されている石巻市湊東地区まちづくり協議会代表世話役の今野清喜さんを講師として招聘し「避難行動と避難所運営の実際」を講話いただく予定です。午後6時から下知コミュニティ・センターで行います。
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「避難訓練に日ごろ参加している人は殆ど助かりました。訓練に参加しない人の多くは亡くなっていました。」今野さんの貴重な体験談、教訓を傾聴いたしましょう。


下知減災連絡会主催防災講演会

「避難行動と被災地での避難所運営の実際」

(講師) 今野清喜さん(石巻市湊東地区まちづくり協議会代表世話役)

(日時) 2015年10月11日(日曜日)午後6時より

(場所) 下知コミュニティ・センター 4階多目的ホール

 *会場には駐車場がありません。公共交通機関をご利用ください。

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2015.09.30

閖上復興だより 35号をいただきました。


 2011年3月11日の東日本大震災で大きな津波被害を受けました宮城県名取市閖上閖上(ゆりあげ)地区。このたび「閖上復興だより35号」をいただきました。

 6月23日に現地を訪れた時に日和山で語り部をしていただきました格井直光さんが編集長をされています。

 東北被災地に学ぶ交流の旅(その4)4日目

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/44-b965.html

 今回の紙面では閖上地区の復興工事が進展し、2つの水門が解体され、土地のかさ上げ工事も最終局面が近くなり、今秋には閖上小学校、中学校も解体が予定されているようです。

 閖上まちづくり協議会の様子も丁寧に紙面で説明されています。地域活動の様子も丹念に掲載され、10月18日の日和山で開催される閖上復興祈願祭の告知もされています。

 この「閖上復興だより」は、個人・企業の寄付で発行費用を賄われています。広告も地元にゆかりのある企業が出していて、地域の事情がよりわかりますね。

 「事前復興」を念頭に内閣府の「地区防災計画」を始めた高知市下知地区。こうしたコミュニティの広報紙の必要性はありますね。
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2015.08.07

東北被災地交流ツアー(総括その1)


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 2015年6月20日から23日までの4日間、高知から私を含め8人の有志が東北被災地交流ツアーに参加しました。諸般事情で参加できなかった人たちも同数以上いました。

 1か月経過した感想は、「無理して行って良かった。段取りされた坂本茂雄さんに大感謝。被災者の現実の切実な話が聞け、得難い体験ができました。」です。

 レコーダーやVTRの記録媒体を使用せず、ノートに聞き取りしたことと、写真撮影でしたので、すべての意見交換会を再現はできません。でも報告記録を記述していまして、いまさらながらに気が付くこともあります。

 今回はそれをまとめてみたいと思いました。

1)すべては「事前対策」がすべてです。

 テレビやラジオや携帯の情報が遮断された中で、どう自分が判断し、どこへ安全に逃げて、命を長らえることが最低限できるかどうか。そして自分の生活や会社をきちんと再建できるかどうか。そこまで事前に対策をしていないいけないとつくづく思いました。

2)復旧・復興事業は長期間にわたって継続します。

 復旧・復興事業計画を罹災後半年以内に出さないといけないと言われましても、事前に話し合い、検討していないと無理であると思いました。

 今回のツアーで成功事例と思われる東松島市の集団移転事業は、過去に2回自衛隊基地の拡張工事などで移転の経験があったことは大きいでしょう。また名取市の閖上地区のように、大変高水準の地域コミュニティ活動を行っていることに敬服します。


 それゆえに復興事業が住民参加型で行われていると思いました。
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 私たち下知地域が見習うべきは、事前にこうした地域コミュニティ活動を継続し続けることでしょう。
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3)内閣府地区防災計画の最大活用

 2015年度の内閣府の地区防災計画モデル事業に高知市下知地区が選定されました。全国22か所の中の1地域です。住民の想いや構想を現在の制度や行政側の協力も取り付けて、自治体の地域防災計画に反映して行くことを目的としています。
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 石巻市の各地の土地区画整理事業や、高台移転事業を見聞しましても、一筋縄ではいかない現実を感じたからです。住民側の勉強が必要であると思いました。


4)何故復興・復旧事業の進展が遅いのか?

 2011年3月11日から4年3か月が経過しています。未だに修理が出来ていない被災住宅に住まれていられる人もおられました。住民合意がとれて高台移転事業や、嵩上げによる土地区画性事業も進展はしていますが、後何年かかるのかわかりません。
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 2日・3日に合流された室井研二名古屋大学准教授は「昨年視察したインドネシアのアチェの市街地は津波の痕跡など全くないほど再生されていました。それに比べ日本はどうして復興が遅いのか。社会制度に問題があるのか調査の必要がありますね。」

 今回の東北被災地交流ツアーは地域住民や地域団体や支援団体を主体に意見交換をしました。石巻市役所など行政側の言い分や構想を聞いていません。そのあたりを知りたいと思いました。

 第1回目はこんな程度です。また下知地域の現実と照らし合わせて総括作業を行いたいと思います。

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