戦争災害

2020.09.22

2つの50年史に想う

2つの50年史_NEW
 2020年9月18日に高知新聞の「小社会」という1面コラムと、日本経済新聞の「春秋」という1面コラムは、記述者がそれぞれ50年前の出来事を思い出し、現代社会と対比して味のある文章を書いていました。

 高知新聞「小社会」では、50年前にロンドンで急死した黒人ロック・ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスに思いをはせる文章でした。

「まだ27歳だった。自由自在にギターを奏で、ビートルズやローリングストーンズなどのバンドや音楽家に影響を与えた。

 さまざまなCDや映像が残っている。有名なのは、亡くなる前年、野外会場ウッドストックでの米国国歌の演奏だ。ひずんだ響きのギターのごう音が、田園地帯にとどろいた。」

「米社会は、ベトナム反戦運動や公民権運動で揺れていた。既存の価値観や考え方に若者らが異を唱えたからだ。そんな混沌とした状況を象徴する演奏だった。」

 私も「ウッドストック」という映画は、高校をさぼって名画座という映画館で見ました。ジミ・ヘンドリックスの米国国歌の演奏は今でも覚えています。強烈な衝撃でしたから。

「時代を経て、米社会では黒人差別撤廃を求める激しい抗議活動が続いている。

   中略

 みんなが議論を始めてくれたらいい。 黒人差別に抗議するマスクで注目された全米テニスの覇者、大坂なおみさんの言葉は強烈なスマッシュとなった。」

 早世した伝説のギタリストは貧しい家庭で育ち、本物のギターを手にしたのは15歳だったとか。「もう1度、米国家を演奏するとすれば、どんな音になるだろう」と執筆者は書いていました。

 日本経済新聞のコラム「春秋」では、50年ぶりに姿を現した過激派党派『中核派」の最高指導者清水丈夫議長のことを書いています。

「中核派と言えば、1971年に交番が襲われ警察官が殺害された「渋谷暴動」をはじめ、敵対するグループのメンバーへの襲撃や、公共施設へのロケット弾の発射など数々の事件を引き起こしてきた。

 80の坂をこえている清水議長の今後について同派側は「大衆的な労働運動に取り組む」と語ったとされている。」

「古くは柴田翔さん、その後は村上春樹さんに、高村薫さんなど、運動体の内部の空気や、当事者、脱落した人の苦悩は主に文学作品を通じてしか知る由がなかった。」

「これは幸いなことなのか、不幸な事か。50年を超える活動の経験を踏まえたトップによる真摯な総括こそ聞いみたい。世の中を、替えたいというなら。」

 新聞社は異なりますが2人の執筆者は想像するに編集委員や論説委員のベテランで、団塊世代で20歳代前半大学で大学闘争や第2次安保闘争、街頭闘争など全世界的な若者たちの反乱に影響を受け、派生したカウンター・カルチャーにも影響を受けて青年時代を過ごした人たちではないでしょうか?

 わたしは50年前は田舎の高校生。大学闘争に憧れていました。1970年の安保闘争は制服姿で集会に参加、1971年の沖縄闘争(4月28日)には、高知大学から中央公園までヘルメットを被りデモ行進をしました。

 しかしそのころから日本の社会運動は衰退期であり、分裂し、些細なことで、かつての仲間同士が武力抗争するようになりました。1972年の「連合赤軍事件」は陰惨極まりない仲間殺しを実践し、社会運動の暗部をさらけ出しました。

 1973年に大学へ入学し、少しだけ学生運動気分を味わいましたが、ほどなく「内ゲバ」の時代になり、武力の刃が国家権力に向かうことなく、かつての仲間同士の凄惨な殺し合いになりました。そしてごく一部の党派を除き運動体は消滅しました。田舎者がついていけるわけはなく、失意を感じただけでした。

 簡単に世の中は変わらないし、差別や格差はよりひどくなっています。
わたしは運動体の周辺にいたにすぎませんが、「総括できないもどかしさ」は50年間あり、今でも持っています。あと10年考えても、私の頭脳では総括なんて出来ないと思います。

 数年前から「連合赤軍と新自由主義の総括」というテーマで考え続けていますが、全然総括なんて市井の小市民にはできるものではありません。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html

(連合赤軍と新自由主義の総括)

 私にすれば多大な代償(高校を留年したこと)を払って獲得した教訓は、「面白くないことはしないこと。」「たとえ社会的に意義のあることでも自分が面白くないと思ったことはしないこと」であります。

 これはヨットの帆走時の「観天望気」と同じです。人生の時間は限られています。自分が心底納得して「面白い」と感じたことしかしないことにしています。案外間違いのない選択が出来ていると思います。

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2020.08.17

政治の混迷の責任は野党のだらしないから

 このところの安倍内閣の無能さ、怠慢さは目に余る。
 世界を席巻している新型コロナ感染症。猛暑の中日本国内でも感染者が増えています。一方で「GO TOトラベル」キャンペーンを観光業界の救済を目的に政府は多額の税金を使用おこなっている。

 全国各地の医療現場は限界にきており、いつ欧米諸国のような医療崩壊が起きてもおかしくないほど、追い込まれている。それが言われ続けているのに安倍内閣は手を打とうつぃない。実に無責任極まりない。

 しかるに国民各位に「政権交代」願望がないのはどうしたことだろう。それは野党があまりにだらしがないからです。

 「驕る平家は久しからず」ということで「驕る安倍政権は久しからず」であるべきです。平家に対抗して源氏という勢力が野にあり台頭し、やがて平家を打倒しました。しかるに安倍政権を打倒す「源氏」の存在は野党勢力が該当しますが。「とってかわる勢い」がありません。

 政府はPCR検査を拡大しない方針であれば、野党は「いつでも」「誰でも」「無料で」PCR検査を行える体制をこしらえ、即実行すべきです。街頭でやれば国民の圧倒的な支持を集めることができるはずです。

 そうした実行力がないし、「いうだけ」「批判するだけ」では、国民各位に政権交代の意欲が乏しいととられるだけですね。野党はしっかりしてほしい。

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2020.08.15

75年目の敗戦記念日

 1945年8月15日は無謀な世界大戦を仕掛けて無残に敗北した日です。310万人の国民が死亡し、国土は焦土化した。無益で悲惨な戦争でした。75年を経過して、当時の戦争災害を体験された人は少なくなり、教訓を伝えることが難しくなっています。

 

 近隣諸国はと言いますと、中国は強権覇権国として周辺諸国にとって脅威な存在。朝鮮半島は北朝鮮・韓国とも頑なな「反日国家」。反日を国是とするような「めんどくさい隣人」です。ロシアもプーチン大統領の独裁色が強くなり、北方領土の4島は未来永劫に変換しないようです。

 

 アメリカは未だに日本国内に軍事基地を多く展開し、あろうことか駐留経費の日本側負担増を要求しています。本当に「めんどくさい」隣人が日本のまわりにいるものです。

 

 「戦争は二度としたくはない」という不戦の誓いを忘れず、軍事的な野心を隠さない中国に、平和の意義を唱え、核兵器を放棄するように言えるのは日本しかいません。広島・長崎の被爆体験を踏まえ、核兵器禁止条約に日本は率先して署名すべきです。

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2020.06.20

「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」を読んで

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍
 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」(岩波新書・大木毅・著・岩波新書・2019年刊)をようやく読みました。

 4月から「コロナ感染症」による営業活動の自粛が2か月半続きました。読書する時間は十分にあったはずですが、3月までの超多忙状態から、急に「ひきこもりの強要」状態になれず、精神的にも今一つでしたので、読書出来ませんでした。

 最近になりコロナ感染症も下火になり、各種自粛が解除されてきて、成人的にも上向きになりようやく読むことが出来ました。

 筆者は「ドイツ現代史」の専門の学識者。かねてより独ソ戦を独自に検証し、イデオロギー史観抜きの戦史を記述したいという願望があったようです。
独ソ戦 絶滅戦争の惨禍2
 不倶戴天の敵であるはずのヒトラー・ナチスドイツと、スターリン・ソ連の「独ソ不可侵条約」の締結は、日本では内閣の辞職まで引き起こした事件でした。両国の隣国であるポーランドを分割統治し、1939年に二次大戦をヒトラーが引き起こしましたが、フランスや東欧へのドイツの進撃の最中に、1941年に独ソ戦が始まりました。

 欧州制圧の完成形としてヒトラーはソ連の打倒と軍事占領を考え実行しました。ただその戦争の形態が従来の戦争形態とは異なっていました。

 筆者はこう書いています。

「これは絶滅戦争なのだ。ヒトラーがそう断言したとき、ドイツとソ連との間で血を血で洗う皆殺しの闘争が始まった。
独ソ戦 絶滅戦争の惨禍3
 想像を絶する独ソ戦の惨禍。軍事作戦の進行を追うだけでは、この戦いが顕現させた生き地獄を見過ごすことになるだろう。歴史修正主義の歪曲を正し、現代の野蛮と呼ぶべき戦争の本質をえぐり出す」

 独ソ戦の本質は複合戦争であると筆者は言います。

「最初、対ソ戦は、通常戦争、収奪戦争、世界観戦争(絶滅戦争)の3つが並行する形で進められていた。

 しかしこの3種類の戦争が重なるところでは、国防軍による出動部隊の支援やレニングラードへの飢餓作戦などの事象がすでに現われていた。

 続いて通常戦争での優勢が危うくなると、収奪戦争と絶滅戦争の比重が大きくなる。さらに敗勢が決定的になり、通常戦争が「絶対戦争」に変質した。しかもそれは、絶滅戦争と収奪戦争に包含され、史上空前の殺戮と惨禍をもたらせたのである。」(P220)

読んでいて思ったことは凄惨な独ソ戦の本質の1部がわかりました。独裁者同士の不可侵条約をヒトラーが簡単に破り1941年に独ソ戦は感染になりドイツは破竹の進撃を開始しました。

 ヒトラーは短期決戦でソ連を撃破する予定でしたが、そうならずモスクワやレニングラードの都市を攻略するのか、ウクライナやベラルーシの意穀倉地帯や石油資源を確保するのか戦略が不透明であり、兵站線が伸び戦力が分散され、散発的なソ連軍の反撃も食らいました。

 一方のソ連も独裁者スターリンが下から上がってきた情報を信用せず油断しきっていました。日本にいたゾルゲの報告も無視したそうですから。また長年の粛清でソ連軍の優秀な将校は粛清されていて軍は著しく弱体化していました。
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 ただソ連はアメリカの経済支援を受け、兵器生産を続けることが出来ました。凄惨なスタリングラードの攻防戦あたりから、反撃に転じ、1944年の米英軍のノルマンジー上陸作戦から「第2戦線」が出来てからソ連は一気に攻勢。米英軍より先にベルリンへ入り占拠しました。

 大戦後半からドイツ敗戦後の体制づくりをソ連はやっていました。残忍残虐な暴挙は独ソ両軍が行っていていました。

「戦場ではない地獄だ」と帯に書いてありましたが、一読して良くわかりました。

 東欧諸国がソ連の独裁体制から脱するには長い年月がかかりました。何故ソ連が東欧諸国に強権支配をつづけた理由がよくわかりました。

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2019.09.07

嫌韓・反日の憂さ晴らしはやめましょう

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 韓国の天気は半日で、中国の天気は1日で日本に影響を与えます。天気図で見ますと、日本・韓国・中国・台湾・ロシア・フィリピンはとても近い。

 また地域コミュニティの主要なテーマは「向こう三軒・両隣」と言います。自宅周りの人達と親しく交流することが「お互い様」となり、「もしも」の事態になった時に受援につながります。
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 嫌韓雑誌の写真は久松さんから借用しました。「断交せよ」とか、随分勇ましいことを言っていますが、安全保障の基本は「近隣国と仲良しにすること」であります。近隣国と対立したり、敵対する安全保障はありえないことが、日韓両政府首脳はわかっていない。また経済的に困るのは両国国民です。
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 変な「うさばらし」に便乗し騒ぎ立てることは賢い市民がすることではありません。嫌韓や反日の憂さ晴らしは、いい加減にやめていただきたいと思う。

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2019.08.16

74回目の敗戦記念日


日本新聞
 8月15日は、かつての日本帝国が全世界相手に無謀な世界大戦を仕掛け、無残に敗北した74回目の敗戦記念日です。日本国民だけで310万人の戦没者を出しました。

 東日本大震災の犠牲者は2万人。阪神大震災の犠牲者は6600人。自然災害の犠牲者を遥かに上回る犠牲者を出したのが戦争災害でした。

 8月12日に放映されましたNHKスペシャル「かくて“自由”は死せり ~ある新聞と戦争への道~ 」を録画していましたので、じっくり見ました。

 http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190812

 アジア近隣諸国だけでなく、欧米列強を相手に、戦力や国力が劣る日本帝国が無謀な戦争を仕掛け、敗戦が濃厚になっても戦争を辞めることが出来なかったのか?わたしは常に疑問でした。

 靖国神社の遊就館の展示を見学しましたが、戦争展示は日清戦争、日露戦争までで、太平洋戦争(靖国神社の表記は大東亜戦争)になると戦争ではなく、自己犠牲を前提とした特攻兵器の展示ばかりで、まともに展示品を見ることはできませんでした。

 大正デモクラシーを謳歌し、政党政治や普通選挙により、軍縮と市民社会の成長により、国民経済の成長に舵を切っていた日本が何故「転落」したのか?大いなる疑問でした。

 作家司馬遼太郎氏も戦争体験者として独自の見解を述べていました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21875235/index.html

 (ブログ記事「司馬遼太郎氏の帝国主義論」)

 戦前の日本帝国を「調子狂い」に貶めた勢力に「日本新聞」の存在があったようです。「異論を認めず。排除し、軍部と結託し、国民の自由と人権を簒奪した歴史がありました。

「なぜ日本人は、戦争への道を歩むことを選択したのか。これまで"空白"だった道程を浮かび上がらせる第一級の史料を入手した。治安維持法制定時の司法大臣・小川平吉が創刊した戦前最大の右派メディア「日本新聞」である。」

「1925~35年に発行された約3千日分が今回発見された。発刊当時、言論界は大正デモクラシーの全盛期。マイナーな存在だった"国家主義者"は、「日本新聞」を舞台に「デモクラシー=自由主義」への攻撃を開始する。同志の名簿には、後に総理大臣となる近衛文麿、右翼の源流と言われる頭山満などの実力者が名を連ねていた。国内に共産主義の思想が広まることを恐れた人たちが、日本新聞を支持したのである。」

 記述を読むと、ナチスのような活動をしていたことがわかります。

「さらに取材を重ねると、日本新聞は地方の読者に直接働きかける運動を展開していたことも明らかになってきた。そして、ロンドン海軍軍縮条約、天皇機関説排撃など、日本新聞が重視した事件がことごとく、社会から自由を失わせ軍の台頭を招く契機となっていく。知られざる日本新聞10年の活動をたどり、昭和の"裏面史"を浮かび上がらせる。」

 今日は、74回目の敗戦記念日。再び形を変えた「調子狂い」の人達が台頭しているやに思えます。国民主権と基本的人権の重視、平和主義の日本国憲法を破壊し、敗戦前の国家主義国に日本国を戻そうという動きです。

 そんなことを言うのは「危機意識が欠如」しているとしか思います。南海トラフ地震や首都圏直下型地震の脅威はあf理ます。日本は地震大国です。また火山大国・噴火大国です。台風災害。大雨災害も多い。日本は「災害大国」なのです。

 その上に再び「戦争災害」を引き起こしてはいけないと思います。
 日本国の現代史をきちんと勉強すれば、日本新聞が影響与えた1925年から1945年の20年刊がいかに異常な時代であったかわかると思います。

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2019.08.14

昭和・東南海地震は戦争災害


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 1946年12月21日の昭和南海地震より、2年前の1944年12月7日に、和歌山県紀伊半島東側を震源とするマグネチュード7・9の東南海地震が発生、愛知県や静岡県では軍事工場や家屋が倒壊、1000人を超える死者が出ました。

 高知新聞の記事(2019年8月11日号)によりますと、当時は太平洋戦争末期。軍部が情報を統制し、報道関係者の取材や、防災関係者の現地への調査なども許さなかったようです。そのため国民各位は、昭和の東南海地震のことを知らされませんでした。2年後の1946年に「昭和南海地震」が発生しましたが、その連動性や関係性の研究が出来ませんでした。

 現在「半割れ」状態の場合に、「臨時情報」が発令され、1週間程度対象地域外への避難が検討されています。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-c103c5.html

(南海トラフ地震「臨時情報」と地区防災計画)

 まさに東南海地震は、南海トラフ地震の「半割れ」であり、昭和期の南海地震が正確に分析できましたら、今後の南海地震対策に活用できました。まさに「戦争災害」ですね。軍部の存在がまさに国民の「命と財産」を脅かした実例であります。この一例からも軍隊は国民を守るために存在しているのいではなく、国民の脅威です。

 記事では「武村雅之名古屋大学客員教授は、戦争中でも地震は関係なく発生した。現代でも、日常の平和に安穏(あんのん)として備えを怠れば参事も招くだろう」と指摘。南海トラフ巨大地震への対策に報告書を活用していく考えだ。」と言われています。戦争災害で阻害された昭和の東南海地震の全容の解明が急がれますね。

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2019.08.12

まんがが伝える戦争と平和

まんがが伝える戦争と平和チラシ_NEW  2019年8月10日(土曜)ですが、高知市自由民権記念館で開催されている「まんがが伝える戦争と平和」(8月6日~8月15日迄)を家内と帰省したばかりの娘と3人で見に行きました。入場料は無料です。(13日(火曜)は休館日)
まんがが伝える戦争と平和チラシ_NEW_NEW  絵心のある夜須町出身の山崎裕則さん。高知市の城東中学(現・県立追手前高校)卒業後、海軍航空隊に志願。特攻で亡くなるまでの2年半に渡り描いていたスケッチや絵手紙が展示されていました。
まんが  画力がある人です。絵には動きがありました。海軍航空隊の訓練の様子も描かれています。大正14年生まれ(1925年)ですので、母(93歳)や、沖縄の義父と同い年です。美術学校やデザインの専門的な勉強はしていないようですが、「絵の才能がある」と、大学のデザイン科を卒業し「お絵かき職人」になっている娘が高い評価をしていました。
絵手紙2  絵にはユーモアもあり、訓練風景が描かれています。戦死しなければ、漫画家やアニメーターになっていたと思いますね。戦争は無駄に犠牲を強いますね。19歳で生涯を終えられました。惜しいと思いました。


 


 戦争は前途ある若者の夢を奪いました。戦争を引き起こすのは人間。止めることが出来るのも人間です。展示を鑑賞して、平和でなければ多くの才能のある人たちが亡くなることを思い知りました。展示の鑑賞をお勧めします。

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2019.07.18

松本けんじさん下知地区野外演説会


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 2019年7月16日(火曜)ですが、18時に、高知市下知地区で「松本けんじさん下知地区野外演説会」が、青柳公園にて開催されました。地元代表の県議の坂本茂雄さんの呼びかけで、80人が集まりました。
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 野党共闘(立憲・国民・共産・社民)の高知・徳島選挙区の候補者である松本けんじさん。32の1人区の選挙区の野党統一候補の1人です。松本けんじさんは35歳。うちの上の子供よりお若い。でもスピーチは爽やかで上手い。的確です。

「安倍政権の6年半で皆さんの生活は豊かになりましたか?給与は上がらず、負担が増えました。2000万円ないと老後が安心して暮らせないと金融庁が発表しました。このうえ消費税が上がれば、食費を減らすしかないという年金暮らしの方の話を聞きました。」

「非正規雇用で貯金することもできない。奨学金を返すのが大変だ。という話を聞きます。皆さん、自分が悪いのではありません。そういうf風に国民を追い込んでいる政治が悪いのです。政治は皆さんの力で変えられます。」

 連日の演説でガラガラ」声になっておらfれましたが、自分の言葉で語られています。

 続いて広田一衆議院議員(高知2区)の応援演説がありました。

「わたしも野党共闘の力で、選挙区で勝たせていただきました。野党が力を合わせれば、与党に勝つことができます。私も初当選した年齢は松本けんじさんと同じ35歳でした。松本さんが言われたように、安倍は景気が良いと言いますが、」それなら非正規雇用者が307万人増え、年収200万以下のワーキングプアと言われている人たちが100万人増え、生活保護世帯が220人を超えるのか。おかしいですよ。」と言われました。
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 松本けんし候補と広田一衆議院議員は、次の演説会場である高知大学朝倉キャンパスへ向かうために、18時20分に退席され、路面電車で向かわれました。

 藤野保史衆議院議員(共産党)がスピーチをされました。

「北陸・北信越ブロックから応援に来ました。高知と徳島の合区で野党統一候補が勝てば、注目されます。世の中変わります。ぜひ松本けんじを当選させましょう。

 共産党のことも言わせてください。堅苦しいイメージをもたているでしょうが、、皆が多様な生き方ができる社会を目指そうと思っています。それには希望を持てる社会にしなければいけません。安倍政権では希望を持てない人がたくさん作りだしました。高知・徳島選挙区で松本けんじさんを当選させて流れを変えましょう。」と言われました
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 弁士の手塚仁雄(よしお)衆議院議員(立憲民主党党)がスピーチされました。

「広田一さんとは大学が同じで、同じサークルにいました。まさかこのような形で応援に来れるとは。今回野党が1つにまとまったことは大きいです。ばらばらに戦ってはダメだということです。常に言われ得ちますが、選挙では野党の総得票数は常に与党を上回っています。

 高知・徳島選挙区では松本けんじさんをよろしくお願いします。」

 多少意見の違いがあっても野党共同では政策が一致しています。

「①消費税の増税には反対」

「②安倍政権下での憲法改正に反対」

「③年金の財源確保のために大企業や富裕層から適度な負担を求める」

「④原発の先稼働には反対」

「⑤最低賃金を全国一律1000円に」

「⑥沖縄辺野古基地建設の中止」

「⑦軍拡路線を辞め、近隣国とも対話による平和外交を推進」などです。

 地方区では「野党統一候補」に投票しましょう。棄権をせず野党統一候補に投票しましょう。世の中が変わります。

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2019.06.23

映画「沖縄スパイ戦史」を鑑賞しました。


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 6月23日は「沖縄慰霊の日」。二次大戦末期凄惨な地上戦が行われた沖縄では20万人を超える沖縄県民や日米両軍兵士が亡くなりました。旧日本軍牛島満司司令官が自決し。4月1日から始まった沖縄本島での沖縄戦は終結しました。しかしそれは「表の戦争」でしかありません。
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 今まで知られていなかった沖縄での戦争を映画「沖縄スパイ戦史」(三上智恵監督・大矢英代監督)を沖縄出身の家内と一緒に高知市自由民権記念館へ2019年6月22日(土曜日)午前9時半の上映時間に行きました。朝1番の上映故好いているだろうとの勝手な思惑は外れ、席は満席でした。お堅く深刻そうなテーマのドキュメンタリー映画ですが、女性の観客が多く半数を占めていました。ごとごとシネマの主催でした。
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 「絶望的な戦況の中で戦闘し続けた少年兵士の話」と「軍による西表島への強制移住の話(マラリア地獄)」「今日の八重山諸島への自衛隊配備と辺野古への米軍基地建設」の問題もまた、つながり連動していくことが映画を見てよく理解することが出来ました。74年前の悲劇を、2人の女性監督の丹念な取材と証言者の発言や、背景取材によって事態の深刻さを想い知らされました。

 旧日本軍は、本土決戦に備えるために、陸軍中野学校で訓練を受けた青年将校を全国に教員などの体裁で派遣し、現地の少年(13歳から17歳前後)を少年兵士に仕立て上げ、主に後方かく乱戦に動員するつもりでした。その先駆けが沖縄での少年兵士(護郷隊)だったのです。

 沖縄戦の真実は「軍隊は自国民を守るどころか、利用し、疑い、スパイ容疑で殺害しました。住民を分断統治し、住民同士監視させ、密告させ、地域コミュニティも破壊しました。すべて軍優先の考えで地域社会を支配しました。
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 この事実がなかなか表に出なかった事情は、よくわかりました。「米軍兵士に殺害されたということなら見舞金など補償金が遺族に支払われますが、旧日本軍に殺害されたということになれば一銭の補償金も支払いはないそうです。

 マラリアが蔓延する西表島への強制移住で移住した住民の3分の1が死亡したり、旧日本軍に集団自決を強要されたこともいまだに政府も認め、遺族に謝罪し、補償金を払うこともどうやらしていない様ですね。

 沖縄の義母が健在であった頃いつもこう言われていました。「沖縄には軍事基地がたくさんあるから怖い。いつ敵から攻撃されるかもしれないから。」と言われていました。家内の実家のご両親は、企業経営者であり、保守的な考え方の人たちでしたが、ご自身の戦争体験から自然に「基地のあることの怖さ」を話してくれました。

 2時間のドキュメンタリー映画は、戦争の悲惨さ、不条理を、当時を知る人達の証言を繋いで語り継いでくれました。6月23日の「沖縄慰霊の日」を前に、考えさせられました。
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(沖縄スパイ戦史公式プログラムも参考にさせていただきました。画像は公式プログラムの4Pから6Pまでです。重たい証言の数々です。)

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