バリヤアリー住宅

2022.10.27

西川きよし氏の壮絶な介護体験

西川きよし・介護体験コラム_NEW
 2022年10月の日本経済新聞のコラム「私の履歴書」は漫才師で元参議院議員の西川きよし氏です。22回目は「介護疲れ、家出繰り返す」「市の福祉課で涙とまらず」という見出しであり、壮絶な介護体験がつづられていました。

「母と2人きりで育った妻ヘレンは、一転して3人の子、3人の親と同居するという大家族の理想がかない、幸せそうに嫁・妻・母の三役を務めてくれた。」

「時がたつにつれ同居の親たちに老化の進行が目立ち始めた。

 中略

 「年を取るにつれ、介護の手間は増し、労苦もかさむ。かけがえのない肉親が、別世界の住民のような言動をしてこちらを途方に暮れrさせる。睡眠も奪われ、身も心も疲労困ぱいして、妻は一時期家出を繰り返すようになった。」

 介護保険制度の整備を1日も早くと西川氏は自らの家庭の壮絶な介護体験から強く決意したと言います。気持ちは120%わかります。

 たった1人の母親の在宅介護でも私はてこずっているのに、3人も介護するなど到底できそうもありません。読んでいて身につまされました。

 西川きよし氏も自分が介護体験をいして奥さんの苦労を思い知ったようです。男は介護体験をすべきですね。「見てなかったものが」見えるようになります。

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2022.09.15

母の在宅介護3か月目


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 2022年9月15日(木)ですが、母(96歳)の在宅介護が始まって3か月目となりました。2022年1月14日から途中退院がありましたが、101日間の入院生活を経て、6月15日からの在宅介護が始まりました。

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 「誤嚥性肺炎」と「下肢蜂巣炎」という超高齢者には厄介な難しい病気でしたが何とか克服し退院することが得来ました。しかしながら101日間の入院生活で、母は「廃用症候群」になり要介護5になりました。
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 要介護5とは「全介助」です。食事はすべてペースト食。液体状のお粥とおかずをスプーンで介助して食べます。母は誤嚥性肺炎になりましたが、口から食べ物を摂取することが出来るので、内臓が働き、便が出るようになり、元気になりました。

 とはいえ「全介助」です。食事も、着替えも、歩行も、トイレも全介助です。なかなか仕事しながらの在宅介護は大変は大変。ですが在宅介護できる幸運に感謝しています。
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 自営業形態だから在宅介護、在宅勤務が可能です。職場と一体化した建物だから可能でした。また何より家内の協力支援があればこその可能でした。


 なかなかしたくともできないのが在宅介護です。母がモデルになって「要支援者個別避難計画」を立案しないといけないですが、まだ知恵がありません。当事者になりましたので、今まで「見えなかっや問題が」見えるようにはなりました。

 今日は週3回のデイケアの日です。入浴サービスがあります。火曜木曜・気尿に通所しています。

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 通所の場合は2階の生活空間から、おんぶらックで私が母を背負い、階段を下りてきて車椅子に座らします。週3回おんぶらっくで階段昇降していますと、私も母も慣れてきました。当初怖がっていた母も怖がりません。怖がらなくなると体重が軽く思えます。


介護事業者が車で迎えに来てくれます。母を車いすごと車に載せます。今日も元気に行きました。夕方16時過ぎに戻ります。

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在宅介護の3か月の間に母と同年齢の96歳の御近所の人が、誤嚥性肺炎で亡くなりました。また先日は英国のエリザベス女王が亡くなりました。
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 母の在宅介護がいつまで続くのかはわかりません。1日でも長く母に寄り添っていたいと思います。

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2022.08.21

母の在宅介護をする幸福感

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101日間(誤嚥性肺炎と下肢蜂巣炎)で母(96歳)は入院していました。
コロナ禍であり、面会禁止でした。担当看護師さんに、母の着替えや衛生用品を持参し、洗濯ものを受け取る僅かな時間で母の様子を聞くしかありませんでした。

現在も医療施設や介護施設も面会禁止になっています。家族にはとても辛いです。

6月15日から母の在宅介護が始まりました。確かに大変は大変です。全介助ですから。
食事も排泄も、着替えも、歩行も全介助です。時間がかかります。

でも母とは毎日会えます。母が表情も明るくなりました。
あまりに生活リズムが違うのでなかなか慣れません。我が親なので適当に対応しますと、きちんとした家内に叱られています。

家内の理解と支援があればこそ母の在宅介護が出来ています。
人間には寿命があります。いつまでも在宅介護が出来ません。私も家内も来年70歳になります。母は98歳になります。

自分達で出来る範囲で母の在宅介護をするだけです。出来ないこともあると思います。
介護や医療の専門家に真摯に学びながら、仕事や地域活動もやれるようになりたいです。まだまだですから。

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2022.08.20

コロナに負けず生き延びましょう!!

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 大都市圏では感染者は「ピークアウト」の兆候が出始めたとは言いますが、高知などの地方は逆に感染者が「高止まり」しています。

 ある医療関係者の方からお便りがありました。危機感がひしひし伝わります。

「コロナはすぐそこまで来ています。コンビニやスーパーで
すれちがう隣の人は、すでに感染者だと思ってください。

病院職員も、子供や孫からの家庭内感染、濃厚接触者になり
バタバタと欠勤。業務が回らなくなっています。
でも、…もう少し、・・・頑張りましょう!」

正しく恐れて、対策をしましょう。

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2022.07.31

「70歳が老化の分かれ道」を読んで

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 「70歳が老化の分かれ道」(和田秀樹・著・詩想社新書・2021年)を読みました。副題は「若さを持続する人、一気に衰える人の違い・・」というところに関心がありました。

 今年の1月22日ごろ、母が誤嚥性肺炎で高知医療センターへ入院しているときに日本経済新聞の書評広告で見かけました。オーテピアの図書館で予約しました。65人目とか言われていました。半年して借りることが出来ました。

 「軽い本」なので気軽に読めました。気になったか所をメモしました。

 著者は高齢者専門の総合病院の勤務医で高齢者たちを毎日観察していました。「もはや70台は現役時代の延長で居られる期間となった。」と結論づけました。

 80歳ぐらいまでは、多くの人が現役時代のような生活を送れる可能性がある社会になってきた(P18)と言い切りました。


 ただ70歳代の過ごし方が「人生100年時代の ターニングポイント」です。(P19)

 戦後日本人は栄養状態の改善と医学の進歩が劇的に体格が向上し、寿命も延びました。しかし勘違いをしてはいけないと著者はいいます。

「80歳や⑨0際になっても、いまの70代の人達の様に元気で活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくと言うのは幻想でしかありません。

 若返るのではななく、医学の進歩によって、「死なない」から町長寿になると言うのが「人生100年時代」の実像です。」(P20)

 わたしは65歳にして仕事が面白くなり「新しい創業」のような仕事を小規模なが展開しています。普通の人が現役を理タウやした年齢でフルタイムで働き、最近では母(96歳)の在宅介護まで家内としています。

 「90歳までは現役で行く」と思い込んでいましたが、それは幻想であるとのこと。和田秀樹氏の考え方も参考にしながら生きて行きます。

 「70代というのは、意欲的に身体を動かしたり、頭を使ったりしないと、すぐに要介護になってしまうというリスクがあるのです。」(P35)

 意欲の低下は、脳の前頭葉の老化と、男性ホルモンの現象が主な原因であるとか。

「70代に身につける「習慣」がその後の人生を救う」(P41)

「何ごとにおいても「引退」などしてはいけない。(P46)

 いい言葉です。仕事も社会活動も、「海の散帆」も、リハビリウォーキングも「引退」hがしませんから。偉そうにせず、楽し気にやり続けます。

「働くことは、老化防止の最高の薬」(P51)

「運転免許は返納してはいけない。」(P57)

 父は99歳まで運転免許を持っていました。脳血管障害で90歳の時倒れて以来、実際の運転はしていません。です免許の更新だけはしていました。それでいいんです。

「実は高齢ドライバーは危なくはない」(P61)

「肉を食べる習慣が老いを遠ざける」(P66)

「介護を生きがいにしない」P159

 あくまで著者は一般論で述べています。70代で仕事もリタイヤし、超高齢の親の介護がはじまった。命には限度があり、いつかはお別れが来る。その喪失感でがっくりくるひともいるので、筆者は介護保険制度をフル活用して、自分だけで背負わないようにすることだと。

 介護士さんからも「手を抜いて介護すること」とご指導を受けています。言わんとするとことはわかります。

「歳をとって優しくなることが幸せの近道」(P184)
 「70歳が老化の分かれ道」(和田秀樹・著・詩想社新書・2021年)を読みました。副題は「若さを持続する人、一気に衰える人の違い・・」というところに関心がありました。

 今年の1月22日ごろ、母が誤嚥性肺炎で高知医療センターへ入院しているときに日本経済新聞の書評広告で見かけました。オーテピアの図書館で予約しました。65人目とか言われていました。半年して借りることが出来ました。

 「軽い本」なので気軽に読めました。気になったか所をメモしました。

 著者は高齢者専門の総合病院の勤務医で高齢者たちを毎日観察していました。「もはや70台は現役時代の延長で居られる期間となった。」と結論づけました。

 80歳ぐらいまでは、多くの人が現役時代のような生活を送れる可能性がある社会になってきた(P18)と言い切りました。


 ただ70歳代の過ごし方が「人生100年時代の ターニングポイント」です。(P19)

 戦後日本人は栄養状態の改善と医学の進歩が劇的に体格が向上し、寿命も延びました。しかし勘違いをしてはいけないと著者はいいます。

「80歳や⑨0際になっても、いまの70代の人達の様に元気で活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくと言うのは幻想でしかありません。

 若返るのではななく、医学の進歩によって、「死なない」から町長寿になると言うのが「人生100年時代」の実像です。」(P20)

 わたしは65歳にして仕事が面白くなり「新しい創業」のような仕事を小規模なが展開しています。普通の人が現役を理タウやした年齢でフルタイムで働き、最近では母(96歳)の在宅介護まで家内としています。

 「90歳までは現役で行く」と思い込んでいましたが、それは幻想であるとのこと。和田秀樹氏の考え方も参考にしながら生きて行きます。

 「70代というのは、意欲的に身体を動かしたり、頭を使ったりしないと、すぐに要介護になってしまうというリスクがあるのです。」(P35)

 意欲の低下は、脳の前頭葉の老化と、男性ホルモンの現象が主な原因であるとか。

「70代に身につける「習慣」がその後の人生を救う」(P41)

「何ごとにおいても「引退」などしてはいけない。(P46)

 いい言葉です。仕事も社会活動も、「海の散帆」も、リハビリウォーキングも「引退」hがしませんから。偉そうにせず、楽し気にやり続けます。

「働くことは、老化防止の最高の薬」(P51)

「運転免許は返納してはいけない。」(P57)

 父は99歳まで運転免許を持っていました。脳血管障害で90歳の時倒れて以来、実際の運転はしていません。です免許の更新だけはしていました。それでいいんです。

「実は高齢ドライバーは危なくはない」(P61)

「肉を食べる習慣が老いを遠ざける」(P66)

「介護を生きがいにしない」P159

 あくまで著者は一般論で述べています。70代で仕事もリタイヤし、超高齢の親の介護がはじまった。命には限度があり、いつかはお別れが来る。その喪失感でがっくりくるひともいるので、筆者は介護保険制度をフル活用して、自分だけで背負わないようにすることだと。

 介護士さんからも「手を抜いて介護すること」とご指導を受けています。言わんとするとことはわかります。

「歳をとって優しくなることが幸せの近道」(P184)

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2022.07.22

訪問看護師さんが来られました。

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水曜日の午後は訪問看護師さんが来訪します。母(96歳)に話しかけ、返事を上手に引きだします。体温や血圧、残留酸素濃度も測定していただきました。とくに異常はありません。
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母も来訪を楽しみにしているようで、明るく元気になっています。医療関係者の来訪は在宅介護をしている家族には心強い存在です。

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2022.07.18

100-70は現実になるだろう

 介護問題が社会問題になっていて「80-50」問題が注目されていました。親が80歳代で、子供が50歳代で介護問題が大変だという問題。確かに50歳代は仕事も1番多忙であり、子供世代も大学生ぐらいで1番経済的な負担が多い。うちは幸いに、下の子供が大学を卒業し、就職した翌年から両親の介護(父・慢性腎不全、母・認知症)がはじまりました。


 


 一時期は「90-60」介護になり、ダブル介護になっていましたが、要介護度は父が2で母が3でした。二人とも自分の足で歩けました。3階の和室が寝室でしたが、1人介助で階段昇降も出来ました。父は腎不全が悪化し5か月入院して病院で亡くなりました。99歳でした。4年前のことです。


 


 母は基礎疾患は父のようにありませんが、2022年1月に「誤嚥性肺炎」で救急搬送され緊急入院。一時退院したものの栄養不良などで足がむくみ、下肢蜂巣炎という難しい症状になり3か月入院しました。誤嚥性肺炎と下肢蜂巣炎という難しい病気は完治しましたが、入院中に要介護度3から要介護5になり、6月15日に退院し、在宅介護が始まりました。


 


 入院中から言えば、在宅介護をしている間に、母は元気になりました。顔色も良く、身体機能も回復しつつあります。でもまだ自分の足で歩くことは出来ません。100日間入院して要介護5になりました。その3倍の300日かければ、入院前の状態に回復するのではないかと思います。(私の思い込みですが・・)。コロナや転倒による骨折などはなく、入院しなければ元気になると思います。


 


 そうなればあと3年すれば母は100歳になります。そうなると私は72歳です。「100-70」問題はおそらく現実になりますね。母も私たちも元気でなければいけないですね。深刻な問題ではなく。「いいことで楽しい」のではないかと思います。


 


 

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2022.07.15

訪問看護師さんが来ました。

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 母(96歳・認知症・要介護5)は現在在宅介護で自宅にいます。週間予定では入浴サービスも含めたデイケアが週3回あります。


 


 月曜と水曜日は訪問看護師さんの身体確認や、症状確認がります。在宅介護になって7月15日で1ヵ月になります。不慣れな状態で、いきなり6月15日から始まりました。どうにかこうにか、やり続けています。


 


 


 自宅訪問の医師も月に2回診察に来ていただいています。訪問歯科医師も月に1度来ていただいています。医療の専門家の皆様に、自宅の生活環境を確認していただき、ベストな助言をいただくことは、大変勉強になります。


 


 今回の看護師さんは、母が入院時から関わってこられました。「入院時より格段に元気になっています。問いかけにもきちんと答えています。水を飲ませていただきましたが、飲み込む力が力強くなりました。


 


 houmonn-n顔色も良いですね。この調子でゆっくりと頑張りましょうね。」と言われました。写真は舌の動きを観察しています。


 


 身体機能は徐々に回復しつつありますね。病院と違い毎日母に会えることが嬉しい。しかも少しづつではありますが回復基調ですから。


 


 


 コロナや感染症などのリスク、転倒などのリスクもあります。それを克服していけば、「100日の入院で要介護5から要介護5になりました。この調子でその3倍の300日経過すれば、入院前に戻るかもしれない。


 


 


 僅かな望みですがかなええられたらいいなと思いますね。

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2022.07.05

まだまだ時間配分が出来ませんね。


 昨日はあるユーザーから「メーカーのホームページを見ても訳が分からない。お宅の会社のホームページ(防錆屋です)はとてもわかりやすい。お構いなければカタログも送ってほしい。」とのメールがありました。嬉しいお便りですね。

 地域防災活動も、7月と8月に防災研修会があり、10月30日は総合防災訓練の予定です。以前の様に休日に1日かけて考えたり、段取りしたりする時間はなくなりました。

 今の時間は、在宅介護している母(96歳)がデイケアへ通所している時間帯です。送り出しが午前10時前、戻ってくるのが16時過ぎですから約6時間は仕事ができます。その時間帯が火曜。木曜、金曜とあります。週に3回。

 またケアマネさんが7月と8月は金曜から月曜の4日間、ショートスティを段取りしてくれました。8日間あります。デイケアの時間帯を合わせると18日間(24時間ではないですが)あるはずです。

 ですが未だに「有効に」動ける時間を使い切れていません。
その理由は、「早起き(午前3時40分頃起床。朝食後午前5時20分頃から6時半頃まで朝のリハビリウォーキング)。午前7時に母を起こし、トイレ介助、朝食介助、トイレ介助します。火曜・木曜・金曜はおんぶらっくで1階まで母を背負って降ろします。

 寝不足ではありません。毎日午後21時前には就寝しています。でも昼食後の時間帯は眠いです。

 母の在宅介護はこの先も続きます。家内は「お母さんは内臓が丈夫だし基礎疾患がないので、あと数年は大丈夫ではないの。」といいます。

 そうかもしれません。4年前に亡くなった父は慢性腎不全(ステージ4)でしたが、99歳まで生存しました。母は今年11月で97歳。102歳まで生存する可能性はありますから。

 むしろ介護する私や家内が74歳から75歳という後期高齢者世代になり、まさに「100歳-70歳」の超老老介護に突入します。

 その状態で、仕事もフルタイムで行い成果をあげ、地域防災活動もきちんとなすべきことをする。「超人」でも難しいので、活動をセーブするために体が眠気を出しています。

 なるようにしかなりませんね。やれればご褒美。やれなくてもしかたがないということにしましょう。

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2022.07.03

在宅介護研修は6月末で終了、これからが正念場。


 6月分の営業的な業務は14日までに終了し、15日からは母(96歳・認知症・要介護5)の「在宅介護」研修をしていました。
介護ベットが搬入され、屋内用の車椅子。食事用の台。吸引器。屋外用の車椅子などが置かれました。

 火曜と木曜と金曜のデイケアには、母は車いすごと車に載せられ施設へ行きます。29日と30日は、ショートステイにも行きました。こちらも車いすごと乗り込みました。

 月曜日の午前中の1時間は訪問看護。火曜木曜金曜は、1日型のデイケア。昼食と入浴をしていただきます。水曜の午後は、月に2回訪問診察を医師にしていただきます。その後言語聴覚士のSTも入ります。土曜と日曜は、会社の仕事はお休みですが。、在宅介護はフルタイムでした。起床時から排泄介助。着替えをして食事介助。終わると排泄介助。昼ごはんと夕ご飯も同様にあります。夫婦どちらが、買い物の出れるのは、母が昼寝をしている時間だけですね。

 嬉しいことは、いつでも母と会えることです。体幹が弱って長時間まともに座れません。1時間おきに、椅子から抱き起こして座り直しをさせます。食事中やトイレの時でも座り直しは必須です。また「寝返り」が出来ないので、3時間おきに就寝時に体位変更をします。

 食事後は歯磨きをします。最初は歯ブラシで歯と歯茎をマッサージします。次に少しだけ歯磨き粉を歯ブラシに付けて歯磨きします。それからスポンジブラシで口の中を動かし食べかす(ペースト食なのでほぼ皆無)を回収します。そして吸引器で口の中とのどに中を吸引します。食後の1日3回はそれをします。

 101日間入院していました2つの病院では、完全看護体制で1日24時間多数の医療スタッフが関わり業務として母のケアをしていただきました。在宅介護は、医療の素人である私たち夫婦(来年で70歳になります)が、超高齢者の母(96歳・11月で97歳)を「老老介護」しています。

「介護研修」で訪問診療の医師や看護師、ST(言語聴覚士)や、歯科医師(月1回)の専門の医療関係者が狭いバリアアリー住宅を訪問してくれています。母の顔色もよく、表情も豊かになりました。狭くてせせこましくても自宅がいいよと言っているようでした。

7月からは「在宅介護」専門というわけにはいきません。合間を縫って仕事もこなさないといけないですね。これからが正念場ですね。

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