両下肢蜂巣炎

2023.07.27

細木病院副院長・広井三紀さん


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 2023年7月21日の高知新聞記事「県内初介護部門出の副院長」「細木病院・広井さん全国でもまれ」の記事はとても嬉しいです。的確な人事であると細木病院を評価します。

 実は昨年12月19日に母は自宅で亡くなりました。4月14日から6月15日まで母は細木病院に入院していました。そして6月15日から12月19日まで私ら夫婦で母の在宅介護をしました。

 母は1月14日に誤嚥性肺炎で高知医療センターに緊急入院しました。危険な状態を脱して2週間で「奇跡の生還」をしました。しかし摂食嚥下障害になった母は、ペースト食主体の食事で栄養補給が難しく、バランスを崩し、自宅での転倒を繰り返しました。

 下肢蜂巣炎という難病になり再び高知医療センターに再入院。1か月近く入院しました。転院先には強く細木病院を希望しました。それは広井三紀さんの存在があったからです。広井さんは防災士でもあります。高知市防災士会の役員で交流がありました。当時から「在宅部長」であり在宅介護部門の統括者でした。母が退院したら自宅で介護するつもりでした。母は認知症で、要介護5、摂食嚥下障害で、ろくに歩けない状態でした。
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 コロナ禍でもあり、母より先に亡くなられた叔母2人は、特養と老健施設で亡くなりましたが、臨終時も家族ですら面会できない状態でした。それがあったので、「母は在宅介護したい。自宅で可能なら看取り迄したい。」という私の強い願望を何より家内が支持し支援していただいたことが大きい。

 6月15日から在宅介護が始まりましたが、在宅看護師と在宅のST(言語聴覚士)をそれぞれ週に1回細木病院は派遣していただきました。2人の訪問看護師が交代で来てくれました。STさんには「母は仲良しになっていました。

別途南「在宅クリニックの南先生が月に2回自宅で診察していただき、お風呂とリハビリはデイケアを老健施設のあいおいに週に3回通所しました。その折は母をわたしがおんぶラックで背負い2回の介護部屋から1階に下ろし車椅子に載せて通所しました。
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 記事では広井さんが在宅部職員148人を統括している大変さがわかります。「孤立防ぐ取り組み必要」との見出しに象徴されるような、高齢者を取り巻く状況には深刻な事態があるようです。

 在宅での防災啓発にも力を入れられています。そのあたりはとても立派です。

「介護事業所だからこそできる防災がある。というのも訪問間技師やホームヘルパー、ケアマネージャー他在宅を支える職種は、その日tの家の中の状況をみることができるからだ。

 自分を含め職員15人が防災士の資格を取得。別途の近くにたんすがあればその危険性を伝え、津波が来るところであればハザードマップを渡してひな場所を教えている。地域に担い手が不足する中、介護事業所の職員も地域を守る一員として活動している」と記事にありました。

 昨年10月29日の下知コミュニュティ・センターで「二葉町・若松町総合防災訓練」を行いました。ご多忙の中広井さんも視察に来ていただきました、当時在宅介護していた母(97歳)も参加しましたので。
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2022/11/post-c42c94.html


 高知県にとってはとてもいいことです。細木病院はよき人材を育て登用しました。素晴らしいですね。

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2023.05.01

摂食嚥下障害に真摯に取り組む歯科医師に賛辞

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 2023年4月28日の高知新聞記事「のみ込む力 支える歯科医」「高知市 伊藤さん「高齢者救いたい」「嚥下障害の治療の注力」という記事を読んで感激しました。


 2022年12月19日に旅立った母(享年97歳)は、主な原因は誤嚥性肺炎えした。「摂食嚥下障害」(ものを食べてのみ込むことが難しくなる)でしたから。

 救急車で昨年1月14日に高知医療センターに緊急入院。17日に「もうだめかもしれない」と言われ、コロナ禍でも特別に面会が許され、母の手を握り「もどって来い!皆が待ちゆうき」と言いました。「奇跡」の退院ができました。急性期高度医療病院としてよくしてくれました。

 但し退院して自宅療養となりましたが、僅か2週間の入院生活で、母の身体機能が弱り、自宅で転倒を繰り返し、3月14日に再び緊急入院。足の皮膚から菌が入ったのか不明ですが「下肢蜂巣炎」という難病になり医療センターに1月、細木病院で2か月入院しました。母は認知症でしたので要介護度5、摂食嚥下障害、車いす生活で自力歩行がほぼ不可能な状態でした。

 週に1度訪問看護としてST(言語聴覚士)のリハビりで嚥下機能の回復をめざしていましたが、退院後半年の在宅介護で母は力尽きました。良く母も頑張りました。

 記事の中で高知大学医学部の医師が「総合病院では体制が整っているが、地域の医療機関では十分とは言えない。」と言われていますが、総合病院も体制は十分ではありませんでした。退院後のケアがコロナ禍でもあり100%でなかったと思います。それは仕方がないですね。

 昨今の医療や介護の傾向は「施設・病院から在宅介護へ」になりつつあります。ですが私自身知識不足でした。

 記事では歯科医師の伊藤充孝さん(51)は、1年間歯科医院を休院し、「大阪大学医学部・顎口腔機能治療部の委員として、嚥下の知識や診察の方法などを実践的に学んだ」とあります。凄いことですし素晴らしい。

 「伊藤さんは、食べ物の形態や食べさせ方について、施設職員に丁寧にアドバイス。口の中の細菌を減らすため、歯科衛生士による口腔ケアの頻度もふぃやすことにした。

 職員は「今まで感覚や経験で食べさせていたが、専門的な立場で診てくれて心強い」と話す。

 このように嚥下機能の状態を検査し、食事形態のミスマッチを修正したり定期的な口腔ケアを行ったりすることで誤嚥性肺炎のリスクを減らしていく。安全が担保できない場合には、主治医と連携し、口からの食事をストップすることも必要だと考えている。」


 私たちに摂食嚥下障害にならないための予備知識があり、伊藤先生のような嚥下障害をきっちり診察していただ歯科医師と出会っていたら母は誤嚥性肺炎にならずに済んだと思いました。

 「嚥下障害は超高齢者社会で大きなニーズがあるのにあまりてがつけられていない。食べることは生きる喜び」というのは真実です。いい記事でした。

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2023.03.16

訪問診察所の看護師さんが弔問に来ていただきました。

 2023年3月15日ですが、みなみ在宅クリニック(南大輝院長)の2人の看護師さんたちが、母(2022年12月19日逝去)の弔問に来ていただきました。
 19日が母の命日。まもなく3か月になりますね。みなみ在宅クリニックの皆様には、昨年6月から12月までの半年間母がお世話になりました。
 自宅で健康観察をしていただき、10月にはインフルエンザの予防接種もしていただきました。要介護5、認知症で摂食障害の全介助の母でした。在宅での診察はありがたかったです。
 そして12月19日の午前8時には、母の旅立ちを南先生に看取っていただきました。家族として自宅で半年間在宅介護して看取りをしましたので悔いはありません。
 私たち夫婦も慣れないことでもたついていましたが、なんとか全力でやり切った感覚です。半年間「濃厚接触」を母としてきただけに、いなくなると寂しくなります。葬儀、各届け出、各申請から49日までは慌ただしい毎日でしたが、落ち着いてくると寂しさがこみ上げてきます。
 土曜日は高校生時代の旧友人が弔問に来てくれます。母とも家内とも交流がありました。学生時代に戻って語り合うことにします。
 

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2023.01.19

医療・介護の関係者へお礼状を書きました。


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 2023年1月17日は。日中は医療施設(訪問診察・訪問看護)や介護施設(デイケア施設・ショートスティ受け入れ施設)などで使用料金を支払いに周り、母を担当いただいた職員の皆さんに御礼を申し上げ、お礼状をお渡ししました。

拙い文章ですが、書きました。
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「皆様には、母春子が大変お世話になりました。」


昨年12月19日午前7時半に母は自宅で旅立ちました。南先生(訪問診察医師)に臨終の確認をしていただきました。97歳と1か月の生涯でした。

 昨年6月15日から要介護5になった全介助の母を在宅介護しながら、在宅勤務をし、合間に地域防災活動もしていました。当初こそ慣れませんでしたが、次第に慣れました。それも皆様のサポートがあればこそでした。
自宅へ訪問診察や・看護に来ていただき、体調を確認いただきました。心強いご支援でした。また嚥下機能回復のリハビリもご指導いただきました。

 母はコロナワクチン接種も5回行い、インフルエンザワクチン接種も10月に南先生に接種していただきました。考えられる備えはしていました。
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 12月11日にコロナ感染が判明、南先生に報告し、即対処していただきました。酸素供給機の貸与や、訪問看護師さんによるバイタルチェック、抗ウイルス薬(飲み薬)の供与などです。12日に私たち夫婦も抗原検査キットで陽性と判明し、図南病院の発熱外来を受診しました。家族全員が陽性になり、1週間の養生をしながら母の在宅介護もしました。

 母も私たちも体温は平熱であり、体調不良はなく1週間過ごしました。そして18日に保健所から療養終了の連絡がありました。18日も母は朝から元気であり、普通便も出て快調でした。朝食と昼食も食べました。昼寝をし、午後3時過ぎに起こしました。おやつも食べました。大好きなプリンとチーズケーキを食べました。

 そして翌日の19日に旅立ちました。母はコロナは確かにやっつけたのですが、体が疲れたのであると思います。やはり超高齢者にとりましては基礎疾患(臓器の病気や悪性腫瘍)以外では、誤嚥性肺炎とコロナは命を奪う疾患ですね。
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 もしもの話ではありますが、母がコロナにり患していなければ、生きていたようにも思えます。でもそれを言ってもしょうがありません。

 母も懸命に生きたと思いますし、私ら夫婦も懸命に介護したとおもいます。皆様方も多大なご支援をいただきました。半年間の在宅介護でしたが、本当にお世話になりました。

 心より皆様にはお礼申し上げます。

                     


       2023年1月16日  西村健一

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2022.12.23

母・春子が旅立ちました

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 2022年12月19日(月曜日)に西村春子(97歳)は旅立ちました。1人息子の私にとりましては、かげがえのない母でした。


 


 12月11日(日曜)の未明の24時過ぎに通所していたショートスティ先から「お母さんが高熱(38・2度)を出し検査したらコロナ陽性との連絡がありました。


 


 翌日の12月12日(月)に私たち夫婦も抗原検査キットで検査しますと2人とも陽性でした。発熱外来を予約し医師の診察と、自宅療養の注意点を言われました。
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 そして12日の夕方に母がショートスティ先から戻りました。母もコロナ陽性、介護する私たち夫婦も陽性です。保健所からの指示で朝夕に3人の体温を測定、酸素濃度も測定し、記録しました。保健所から連絡があり、3人とも平熱で異常がないことを言いました。


 


 母のコロナへの感染報告は、訪問医師の南先生に報告しました。12日帰宅当日の夕方に訪問看護師さんが自宅へ来てくれました。その折母用に、酸素濃度測定器と酸素吸入器を貸与頂きました。


 


 また飲み薬の抗ウィルス剤が投与されました。薬はすぐに毎食後5日間は飲みました。コロナの療養期間は家内が16日まで、母が18日まで、私が19日まででした。3人とも5回コロナワクチン接種は済ませています。インフルエンザの予防接種もしていました。


 


 療養期間中は3人とも、体温は平熱でした。順調に体調は回復し、家内は16日、母は18日、私は19日に保健所から療養期間終了の連絡がありました。


 


 12月18日は、母は元気そのものでした


 


 療養したこともあり、母の体調もよく起床してすぐにトイレへ連れて行きましたが、介助したらゆっくりとトイレまで行きました。そして普通便の大きな便が出ました。体温も酸素濃度も申し分ありません。


 


 朝食もゆっくりとペースト食を完食しました。昼食も完食しました。昼寝をして16時頃起こし、おやつを食べました。プリンが好きなので、息子の嫁が差し入れしてくれました。全部食べました。


 


 夕食は少し食欲が落ちていました。焦らず時間をかけてゆっくり食べました。お粥半分残しました。わたしは少しでもサッカーW杯の決勝戦を見たいので早寝wしたいと言いました。


 


 吸出しをしました。歯磨き後、母を寝かしつけました。がくっと足が崩れ落ちました。椅子を持って来てもらい。座らせました。5分程度休息し介護ベットへ運びました。


 


 母はベットに腰かけて座れない状態でした。ショートへ行く前は座れてていました。体幹が弱っています。寝かしつけました。それでわたしは寝ました。


 


 家内は母がゼロゼロと言っていたので、夜中に2度吸出ししたそうです。24時と1時半過ぎにしたそうです.効果はなかったとのこと。


 


 午前3時過ぎまでスマホでABEMATVにしてW杯決勝をラジオで聞いていましたが、延長・PK戦になりましたのエ、家内と交代しました。午前3時半に、母を見ました。指に挟むと酸素濃度は95% 脈拍は88でした。


 


 それで安心してPK戦を見て、アルゼンチンの優勝を確認。その後の表彰式までだらだらと見ていました。その間朝食を準備していました。そして食べながらその様子をみていました。


 


 午前7時過ぎになり、確認すると母が冷たい感じでした。家内が起床してから確認しようとさほど気しませんした。午前7時半に母を再測定しました。そしたらずっと酸素吸入しているのに酸素濃度が0%と表示され、脈拍も0になっていました。


 


 さすがにこれはおかしいと思い指の場所を変え、別の指でも添いましたが、結果は同じです。あわてて訪問医師の南先生の病院に電話しました。当直の看護師さんにその様子を伝えました。ほどなく南先生から折り返しの電話がありました。「準備していきますので。30分以内に到着します。」とのことでした。


 


 8時過ぎに来ていただきました。そして診察していただきました。母は既にこと切れていました。先生と話をして死亡時刻は2022年12月19日(月)の午前7時半になりました。
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 死亡診断書の死因は「誤嚥性肺炎」でした。コロナの影響もありとの記述もありました。コロナは療養中は発熱もなく平穏でした。18日には母は保健所からコロナ療養無事に終了と言われていました。


 


 療養はしたものの母は97歳という超高齢者なので、19日からの1週間は自宅療養にして、21日(水曜日)に南先生の診察を受けて、問題がなければ、翌週の26日(月)から各種介護サービスを再開する予定でした。


 


 それなのに母は旅立ちました。とても残念です。でも前日に大好きなプリンも食べました。母が覚えている唱歌の「もしもしカメよ」を一緒に歌いました。苦しんだ様子は様子はみじんもなく、安らかな寝顔です。
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 コロナはやっつけましたが、力尽きたようでした。それが母の寿命なのでしょうか。自宅で看取ることも出来ました。苦しんだ様子は全くありませんでした。私も家内も懸命に母の在宅介護をしました。悔いは全くありません。


 


 でも悲しい。家内は「お母さんはお元気なのであと5年は生きるでしょう。私らの方が先に壊れるね。」とか言っていましたのに。


 


 当日母の死去が確定したところに息子夫婦が出勤してきました。嫁の実家が葬祭会社をしているとか。そこへ依頼していただきました。


 


 19日は葬儀の段取りや、日程調整しました。時節柄ノーマルな葬儀は無理ということです、家族葬形態にして、事前の新聞広告や得意先への連絡はしない。親戚と地域のごく限られた人にお伝えしました。少人数で母を見送ります。東京の娘も帰ってくることになりました。


 


 21日に通夜、22日の朝に告別式を家族葬形態でします。そして23日に地元紙に葬儀のご報告の告知広告を出します。そのあとにWEBでも情報伝達します。
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 19日に逝去してから自宅に母はいました。いつものように介護ベットに寝ています。19日の午後に訪問看護師さんが2人で来られ、母を奇麗に身体を拭いていただき、お気に入りの服に着かえていただきました。ありがたかったです。


 


 19日、20日と母は家にいました。21日に葬儀屋さんが寝台車で母を2階から下ろし葬儀場へ連れて行きました。21日は雨の中での通夜式でした。20人ほどが参列していただきほのぼのとした通夜式でした。


 


 


 22日は朝10時からの告別式。高知市斎場の都合です。冬になり亡くなる人が激増中とか。その時間帯になりました。ごく内輪の親類を中心にしたコンパクトな葬儀でした。それもいいですね。親戚とは久しぶりに話が弾みました。


 


 母は社交的な人でしたので、いろんな人たちにお見送りをしていただきたかったのですが、コロナ禍第8波の最中です、無理は出来ません。爽やかに母は旅立ちました。きっと極楽浄土へ行くことでしょう。合掌。


 


 FBでも母に関して暖かいコメントをいただき感謝しています。私たちは懸命に母の在宅介護をしました。コロナになっても手を抜かずしました。予想より早く母は旅立ちましたが、悔いはありません。


 


 お通夜も葬儀もごく少人数で執り行いました。連絡したくても出来ない人が多く申し訳ないと思いました。コロナ禍ですので御容赦下さい・


 


 高知斎場で母の骨を拾いました。頭蓋骨や大腿骨、骨盤や歯型などがしっかり残っていました。骨太の母でした。母の息子であったことを誇りに思います。

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2022.12.16

母とは毎日抱擁しあっています。

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 母(97歳)は、今年難病の誤嚥性肺炎と下肢蜂巣炎の治療のために102日間病院に入院していました。病気は医療関係者のご尽力で完治しました。ですが母は廃用症候群になり、要介護5になり、自分の足であるけなくなりました。

家内と話し合い支援と協力がえられましたので、在宅介護を6月15日からしています。母を介護べxベットから起こすとき、歩行介助するとき、排泄介助するときなどは、母を立ち上がらせます。懸命に母は私にしがみついてきます。

 そのせいなのか、両腕が「くの字」に曲がっています。写真はデイケア施設で撮影いただきました。腕と椅子の添え木の間にクッションを置いて緊張を緩和するようです。努力しています。

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2022.11.18

母が97歳になりました。

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 1925年(大正14年)11月17日今れの母・春子です。97歳になりました。昨年は通所していたデイサービスで誕生会をしてくれました。今年は要介護5で、しかも誤嚥性肺炎の後遺症で摂食障害を起こしているので、ペースト食しか食べれません。
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 でも元気にデイケアに行きました。元気が1番です。STさんに聞きますと「お菓子ならシュークリームの中身やショートケーキを少量、プリンやゼリーは大丈夫とか。家内に任せてお菓子屋で買って来てもらhaha3い、ささやかな誕生会をしてあげたいです。

写真は言語聴覚士(ST)の筒井佳代さんとの2ショット写真。デイケアへ行く前の母の写真です。今朝も快食快便でお元気です。
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 デイケアで世話になっている松村さんとの2ショット写真もあります。デイケアには元気で行きました。

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2022.09.15

母の在宅介護3か月目


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 2022年9月15日(木)ですが、母(96歳)の在宅介護が始まって3か月目となりました。2022年1月14日から途中退院がありましたが、101日間の入院生活を経て、6月15日からの在宅介護が始まりました。

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 「誤嚥性肺炎」と「下肢蜂巣炎」という超高齢者には厄介な難しい病気でしたが何とか克服し退院することが得来ました。しかしながら101日間の入院生活で、母は「廃用症候群」になり要介護5になりました。
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 要介護5とは「全介助」です。食事はすべてペースト食。液体状のお粥とおかずをスプーンで介助して食べます。母は誤嚥性肺炎になりましたが、口から食べ物を摂取することが出来るので、内臓が働き、便が出るようになり、元気になりました。

 とはいえ「全介助」です。食事も、着替えも、歩行も、トイレも全介助です。なかなか仕事しながらの在宅介護は大変は大変。ですが在宅介護できる幸運に感謝しています。
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 自営業形態だから在宅介護、在宅勤務が可能です。職場と一体化した建物だから可能でした。また何より家内の協力支援があればこその可能でした。


 なかなかしたくともできないのが在宅介護です。母がモデルになって「要支援者個別避難計画」を立案しないといけないですが、まだ知恵がありません。当事者になりましたので、今まで「見えなかっや問題が」見えるようにはなりました。

 今日は週3回のデイケアの日です。入浴サービスがあります。火曜木曜・気尿に通所しています。

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 通所の場合は2階の生活空間から、おんぶらックで私が母を背負い、階段を下りてきて車椅子に座らします。週3回おんぶらっくで階段昇降していますと、私も母も慣れてきました。当初怖がっていた母も怖がりません。怖がらなくなると体重が軽く思えます。


介護事業者が車で迎えに来てくれます。母を車いすごと車に載せます。今日も元気に行きました。夕方16時過ぎに戻ります。

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在宅介護の3か月の間に母と同年齢の96歳の御近所の人が、誤嚥性肺炎で亡くなりました。また先日は英国のエリザベス女王が亡くなりました。
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 母の在宅介護がいつまで続くのかはわかりません。1日でも長く母に寄り添っていたいと思います。

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2022.08.24

母は元気にデイケアに行きました。

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今日は週3回(火曜・木曜・金曜)のデイケアの日です。母(96歳)をおんぶらっくで2階から下ろし、デイケア施設の送迎車を待っています。
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送迎車は後部にリフトがあり、車いすごと上昇し、固定します。母は元気に行きました。
昨日は母と同い年の御近所の人が、療養病院で誤嚥性肺炎で亡くなられたと聞きました。ショックでした。母も1月に誤嚥性肺炎で救急車で高知医療センターへ帆走され、「もうだめかもしれません」と医師に告げられ、紙一重で生還しましたから。
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ご家族にお話を伺いますと「誤嚥性肺炎と診断され、その後点滴治療していましたが、力尽き亡くなりました。」とのことでした。やはり口から食べ物が食べられなくなりますと、人間は衰弱し死に至ります。
母は誤嚥性肺炎後は一般食が食べられなくなり、今は100%ペースト食です。全部出されたものは完食するようになりました。便もどっさり出ます。デイケアではリハビリと入浴サービスがありますので、元気で戻ってきます。
まだまだ在宅介護の日常に慣れませんが、母が元気で「生きていてくれる」ことが何よりの励みです。
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96歳ですから、いつまでも元気ではありません。元気である日々を大事に一緒に過ごしたいと思っています。

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2022.08.21

母の在宅介護をする幸福感

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101日間(誤嚥性肺炎と下肢蜂巣炎)で母(96歳)は入院していました。
コロナ禍であり、面会禁止でした。担当看護師さんに、母の着替えや衛生用品を持参し、洗濯ものを受け取る僅かな時間で母の様子を聞くしかありませんでした。

現在も医療施設や介護施設も面会禁止になっています。家族にはとても辛いです。

6月15日から母の在宅介護が始まりました。確かに大変は大変です。全介助ですから。
食事も排泄も、着替えも、歩行も全介助です。時間がかかります。

でも母とは毎日会えます。母が表情も明るくなりました。
あまりに生活リズムが違うのでなかなか慣れません。我が親なので適当に対応しますと、きちんとした家内に叱られています。

家内の理解と支援があればこそ母の在宅介護が出来ています。
人間には寿命があります。いつまでも在宅介護が出来ません。私も家内も来年70歳になります。母は98歳になります。

自分達で出来る範囲で母の在宅介護をするだけです。出来ないこともあると思います。
介護や医療の専門家に真摯に学びながら、仕事や地域活動もやれるようになりたいです。まだまだですから。

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