両下肢蜂巣炎

2023.03.16

訪問診察所の看護師さんが弔問に来ていただきました。

 2023年3月15日ですが、みなみ在宅クリニック(南大輝院長)の2人の看護師さんたちが、母(2022年12月19日逝去)の弔問に来ていただきました。
 19日が母の命日。まもなく3か月になりますね。みなみ在宅クリニックの皆様には、昨年6月から12月までの半年間母がお世話になりました。
 自宅で健康観察をしていただき、10月にはインフルエンザの予防接種もしていただきました。要介護5、認知症で摂食障害の全介助の母でした。在宅での診察はありがたかったです。
 そして12月19日の午前8時には、母の旅立ちを南先生に看取っていただきました。家族として自宅で半年間在宅介護して看取りをしましたので悔いはありません。
 私たち夫婦も慣れないことでもたついていましたが、なんとか全力でやり切った感覚です。半年間「濃厚接触」を母としてきただけに、いなくなると寂しくなります。葬儀、各届け出、各申請から49日までは慌ただしい毎日でしたが、落ち着いてくると寂しさがこみ上げてきます。
 土曜日は高校生時代の旧友人が弔問に来てくれます。母とも家内とも交流がありました。学生時代に戻って語り合うことにします。
 

| | コメント (0)

2023.01.19

医療・介護の関係者へお礼状を書きました。


omburaxtuku

 2023年1月17日は。日中は医療施設(訪問診察・訪問看護)や介護施設(デイケア施設・ショートスティ受け入れ施設)などで使用料金を支払いに周り、母を担当いただいた職員の皆さんに御礼を申し上げ、お礼状をお渡ししました。

拙い文章ですが、書きました。
DSCN3550
「皆様には、母春子が大変お世話になりました。」


昨年12月19日午前7時半に母は自宅で旅立ちました。南先生(訪問診察医師)に臨終の確認をしていただきました。97歳と1か月の生涯でした。

 昨年6月15日から要介護5になった全介助の母を在宅介護しながら、在宅勤務をし、合間に地域防災活動もしていました。当初こそ慣れませんでしたが、次第に慣れました。それも皆様のサポートがあればこそでした。
自宅へ訪問診察や・看護に来ていただき、体調を確認いただきました。心強いご支援でした。また嚥下機能回復のリハビリもご指導いただきました。

 母はコロナワクチン接種も5回行い、インフルエンザワクチン接種も10月に南先生に接種していただきました。考えられる備えはしていました。
DSCN8519
 12月11日にコロナ感染が判明、南先生に報告し、即対処していただきました。酸素供給機の貸与や、訪問看護師さんによるバイタルチェック、抗ウイルス薬(飲み薬)の供与などです。12日に私たち夫婦も抗原検査キットで陽性と判明し、図南病院の発熱外来を受診しました。家族全員が陽性になり、1週間の養生をしながら母の在宅介護もしました。

 母も私たちも体温は平熱であり、体調不良はなく1週間過ごしました。そして18日に保健所から療養終了の連絡がありました。18日も母は朝から元気であり、普通便も出て快調でした。朝食と昼食も食べました。昼寝をし、午後3時過ぎに起こしました。おやつも食べました。大好きなプリンとチーズケーキを食べました。

 そして翌日の19日に旅立ちました。母はコロナは確かにやっつけたのですが、体が疲れたのであると思います。やはり超高齢者にとりましては基礎疾患(臓器の病気や悪性腫瘍)以外では、誤嚥性肺炎とコロナは命を奪う疾患ですね。
DSCN9714
 もしもの話ではありますが、母がコロナにり患していなければ、生きていたようにも思えます。でもそれを言ってもしょうがありません。

 母も懸命に生きたと思いますし、私ら夫婦も懸命に介護したとおもいます。皆様方も多大なご支援をいただきました。半年間の在宅介護でしたが、本当にお世話になりました。

 心より皆様にはお礼申し上げます。

                     


       2023年1月16日  西村健一

| | コメント (0)

2022.12.23

母・春子が旅立ちました

haruko .kennisi
 2022年12月19日(月曜日)に西村春子(97歳)は旅立ちました。1人息子の私にとりましては、かげがえのない母でした。


 


 12月11日(日曜)の未明の24時過ぎに通所していたショートスティ先から「お母さんが高熱(38・2度)を出し検査したらコロナ陽性との連絡がありました。


 


 翌日の12月12日(月)に私たち夫婦も抗原検査キットで検査しますと2人とも陽性でした。発熱外来を予約し医師の診察と、自宅療養の注意点を言われました。
DSCN3550
 そして12日の夕方に母がショートスティ先から戻りました。母もコロナ陽性、介護する私たち夫婦も陽性です。保健所からの指示で朝夕に3人の体温を測定、酸素濃度も測定し、記録しました。保健所から連絡があり、3人とも平熱で異常がないことを言いました。


 


 母のコロナへの感染報告は、訪問医師の南先生に報告しました。12日帰宅当日の夕方に訪問看護師さんが自宅へ来てくれました。その折母用に、酸素濃度測定器と酸素吸入器を貸与頂きました。


 


 また飲み薬の抗ウィルス剤が投与されました。薬はすぐに毎食後5日間は飲みました。コロナの療養期間は家内が16日まで、母が18日まで、私が19日まででした。3人とも5回コロナワクチン接種は済ませています。インフルエンザの予防接種もしていました。


 


 療養期間中は3人とも、体温は平熱でした。順調に体調は回復し、家内は16日、母は18日、私は19日に保健所から療養期間終了の連絡がありました。


 


 12月18日は、母は元気そのものでした


 


 療養したこともあり、母の体調もよく起床してすぐにトイレへ連れて行きましたが、介助したらゆっくりとトイレまで行きました。そして普通便の大きな便が出ました。体温も酸素濃度も申し分ありません。


 


 朝食もゆっくりとペースト食を完食しました。昼食も完食しました。昼寝をして16時頃起こし、おやつを食べました。プリンが好きなので、息子の嫁が差し入れしてくれました。全部食べました。


 


 夕食は少し食欲が落ちていました。焦らず時間をかけてゆっくり食べました。お粥半分残しました。わたしは少しでもサッカーW杯の決勝戦を見たいので早寝wしたいと言いました。


 


 吸出しをしました。歯磨き後、母を寝かしつけました。がくっと足が崩れ落ちました。椅子を持って来てもらい。座らせました。5分程度休息し介護ベットへ運びました。


 


 母はベットに腰かけて座れない状態でした。ショートへ行く前は座れてていました。体幹が弱っています。寝かしつけました。それでわたしは寝ました。


 


 家内は母がゼロゼロと言っていたので、夜中に2度吸出ししたそうです。24時と1時半過ぎにしたそうです.効果はなかったとのこと。


 


 午前3時過ぎまでスマホでABEMATVにしてW杯決勝をラジオで聞いていましたが、延長・PK戦になりましたのエ、家内と交代しました。午前3時半に、母を見ました。指に挟むと酸素濃度は95% 脈拍は88でした。


 


 それで安心してPK戦を見て、アルゼンチンの優勝を確認。その後の表彰式までだらだらと見ていました。その間朝食を準備していました。そして食べながらその様子をみていました。


 


 午前7時過ぎになり、確認すると母が冷たい感じでした。家内が起床してから確認しようとさほど気しませんした。午前7時半に母を再測定しました。そしたらずっと酸素吸入しているのに酸素濃度が0%と表示され、脈拍も0になっていました。


 


 さすがにこれはおかしいと思い指の場所を変え、別の指でも添いましたが、結果は同じです。あわてて訪問医師の南先生の病院に電話しました。当直の看護師さんにその様子を伝えました。ほどなく南先生から折り返しの電話がありました。「準備していきますので。30分以内に到着します。」とのことでした。


 


 8時過ぎに来ていただきました。そして診察していただきました。母は既にこと切れていました。先生と話をして死亡時刻は2022年12月19日(月)の午前7時半になりました。
葬式看板
 死亡診断書の死因は「誤嚥性肺炎」でした。コロナの影響もありとの記述もありました。コロナは療養中は発熱もなく平穏でした。18日には母は保健所からコロナ療養無事に終了と言われていました。


 


 療養はしたものの母は97歳という超高齢者なので、19日からの1週間は自宅療養にして、21日(水曜日)に南先生の診察を受けて、問題がなければ、翌週の26日(月)から各種介護サービスを再開する予定でした。


 


 それなのに母は旅立ちました。とても残念です。でも前日に大好きなプリンも食べました。母が覚えている唱歌の「もしもしカメよ」を一緒に歌いました。苦しんだ様子は様子はみじんもなく、安らかな寝顔です。
葬式1


 


 コロナはやっつけましたが、力尽きたようでした。それが母の寿命なのでしょうか。自宅で看取ることも出来ました。苦しんだ様子は全くありませんでした。私も家内も懸命に母の在宅介護をしました。悔いは全くありません。


 


 でも悲しい。家内は「お母さんはお元気なのであと5年は生きるでしょう。私らの方が先に壊れるね。」とか言っていましたのに。


 


 当日母の死去が確定したところに息子夫婦が出勤してきました。嫁の実家が葬祭会社をしているとか。そこへ依頼していただきました。


 


 19日は葬儀の段取りや、日程調整しました。時節柄ノーマルな葬儀は無理ということです、家族葬形態にして、事前の新聞広告や得意先への連絡はしない。親戚と地域のごく限られた人にお伝えしました。少人数で母を見送ります。東京の娘も帰ってくることになりました。


 


 21日に通夜、22日の朝に告別式を家族葬形態でします。そして23日に地元紙に葬儀のご報告の告知広告を出します。そのあとにWEBでも情報伝達します。
DSCN9717
 19日に逝去してから自宅に母はいました。いつものように介護ベットに寝ています。19日の午後に訪問看護師さんが2人で来られ、母を奇麗に身体を拭いていただき、お気に入りの服に着かえていただきました。ありがたかったです。


 


 19日、20日と母は家にいました。21日に葬儀屋さんが寝台車で母を2階から下ろし葬儀場へ連れて行きました。21日は雨の中での通夜式でした。20人ほどが参列していただきほのぼのとした通夜式でした。


 


 


 22日は朝10時からの告別式。高知市斎場の都合です。冬になり亡くなる人が激増中とか。その時間帯になりました。ごく内輪の親類を中心にしたコンパクトな葬儀でした。それもいいですね。親戚とは久しぶりに話が弾みました。


 


 母は社交的な人でしたので、いろんな人たちにお見送りをしていただきたかったのですが、コロナ禍第8波の最中です、無理は出来ません。爽やかに母は旅立ちました。きっと極楽浄土へ行くことでしょう。合掌。


 


 FBでも母に関して暖かいコメントをいただき感謝しています。私たちは懸命に母の在宅介護をしました。コロナになっても手を抜かずしました。予想より早く母は旅立ちましたが、悔いはありません。


 


 お通夜も葬儀もごく少人数で執り行いました。連絡したくても出来ない人が多く申し訳ないと思いました。コロナ禍ですので御容赦下さい・


 


 高知斎場で母の骨を拾いました。頭蓋骨や大腿骨、骨盤や歯型などがしっかり残っていました。骨太の母でした。母の息子であったことを誇りに思います。

| | コメント (0)

2022.12.16

母とは毎日抱擁しあっています。

haha腕曲がり_NEW
 母(97歳)は、今年難病の誤嚥性肺炎と下肢蜂巣炎の治療のために102日間病院に入院していました。病気は医療関係者のご尽力で完治しました。ですが母は廃用症候群になり、要介護5になり、自分の足であるけなくなりました。

家内と話し合い支援と協力がえられましたので、在宅介護を6月15日からしています。母を介護べxベットから起こすとき、歩行介助するとき、排泄介助するときなどは、母を立ち上がらせます。懸命に母は私にしがみついてきます。

 そのせいなのか、両腕が「くの字」に曲がっています。写真はデイケア施設で撮影いただきました。腕と椅子の添え木の間にクッションを置いて緊張を緩和するようです。努力しています。

| | コメント (0)

2022.11.18

母が97歳になりました。

haha1
 1925年(大正14年)11月17日今れの母・春子です。97歳になりました。昨年は通所していたデイサービスで誕生会をしてくれました。今年は要介護5で、しかも誤嚥性肺炎の後遺症で摂食障害を起こしているので、ペースト食しか食べれません。
haha2
 でも元気にデイケアに行きました。元気が1番です。STさんに聞きますと「お菓子ならシュークリームの中身やショートケーキを少量、プリンやゼリーは大丈夫とか。家内に任せてお菓子屋で買って来てもらhaha3い、ささやかな誕生会をしてあげたいです。

写真は言語聴覚士(ST)の筒井佳代さんとの2ショット写真。デイケアへ行く前の母の写真です。今朝も快食快便でお元気です。
haha4
 デイケアで世話になっている松村さんとの2ショット写真もあります。デイケアには元気で行きました。

| | コメント (0)

2022.09.15

母の在宅介護3か月目


DSCN6286 - コピー
 2022年9月15日(木)ですが、母(96歳)の在宅介護が始まって3か月目となりました。2022年1月14日から途中退院がありましたが、101日間の入院生活を経て、6月15日からの在宅介護が始まりました。

DSCN6290 - コピー
 「誤嚥性肺炎」と「下肢蜂巣炎」という超高齢者には厄介な難しい病気でしたが何とか克服し退院することが得来ました。しかしながら101日間の入院生活で、母は「廃用症候群」になり要介護5になりました。
DSCN6299
 要介護5とは「全介助」です。食事はすべてペースト食。液体状のお粥とおかずをスプーンで介助して食べます。母は誤嚥性肺炎になりましたが、口から食べ物を摂取することが出来るので、内臓が働き、便が出るようになり、元気になりました。

 とはいえ「全介助」です。食事も、着替えも、歩行も、トイレも全介助です。なかなか仕事しながらの在宅介護は大変は大変。ですが在宅介護できる幸運に感謝しています。
DSCN6300 - コピー
 自営業形態だから在宅介護、在宅勤務が可能です。職場と一体化した建物だから可能でした。また何より家内の協力支援があればこその可能でした。


 なかなかしたくともできないのが在宅介護です。母がモデルになって「要支援者個別避難計画」を立案しないといけないですが、まだ知恵がありません。当事者になりましたので、今まで「見えなかっや問題が」見えるようにはなりました。

 今日は週3回のデイケアの日です。入浴サービスがあります。火曜木曜・気尿に通所しています。

DSCN6301 - コピー
 通所の場合は2階の生活空間から、おんぶらックで私が母を背負い、階段を下りてきて車椅子に座らします。週3回おんぶらっくで階段昇降していますと、私も母も慣れてきました。当初怖がっていた母も怖がりません。怖がらなくなると体重が軽く思えます。


介護事業者が車で迎えに来てくれます。母を車いすごと車に載せます。今日も元気に行きました。夕方16時過ぎに戻ります。

DSCN6302 - コピー
在宅介護の3か月の間に母と同年齢の96歳の御近所の人が、誤嚥性肺炎で亡くなりました。また先日は英国のエリザベス女王が亡くなりました。
DSCN6303 - コピー
 母の在宅介護がいつまで続くのかはわかりません。1日でも長く母に寄り添っていたいと思います。

| | コメント (0)

2022.08.24

母は元気にデイケアに行きました。

DSCN5486
今日は週3回(火曜・木曜・金曜)のデイケアの日です。母(96歳)をおんぶらっくで2階から下ろし、デイケア施設の送迎車を待っています。
DSCN5487
送迎車は後部にリフトがあり、車いすごと上昇し、固定します。母は元気に行きました。
昨日は母と同い年の御近所の人が、療養病院で誤嚥性肺炎で亡くなられたと聞きました。ショックでした。母も1月に誤嚥性肺炎で救急車で高知医療センターへ帆走され、「もうだめかもしれません」と医師に告げられ、紙一重で生還しましたから。
DSCN5488
ご家族にお話を伺いますと「誤嚥性肺炎と診断され、その後点滴治療していましたが、力尽き亡くなりました。」とのことでした。やはり口から食べ物が食べられなくなりますと、人間は衰弱し死に至ります。
母は誤嚥性肺炎後は一般食が食べられなくなり、今は100%ペースト食です。全部出されたものは完食するようになりました。便もどっさり出ます。デイケアではリハビリと入浴サービスがありますので、元気で戻ってきます。
まだまだ在宅介護の日常に慣れませんが、母が元気で「生きていてくれる」ことが何よりの励みです。
DSCN5490
96歳ですから、いつまでも元気ではありません。元気である日々を大事に一緒に過ごしたいと思っています。

| | コメント (0)

2022.08.21

母の在宅介護をする幸福感

300485168_1496766784104667_158282984168431139_n
101日間(誤嚥性肺炎と下肢蜂巣炎)で母(96歳)は入院していました。
コロナ禍であり、面会禁止でした。担当看護師さんに、母の着替えや衛生用品を持参し、洗濯ものを受け取る僅かな時間で母の様子を聞くしかありませんでした。

現在も医療施設や介護施設も面会禁止になっています。家族にはとても辛いです。

6月15日から母の在宅介護が始まりました。確かに大変は大変です。全介助ですから。
食事も排泄も、着替えも、歩行も全介助です。時間がかかります。

でも母とは毎日会えます。母が表情も明るくなりました。
あまりに生活リズムが違うのでなかなか慣れません。我が親なので適当に対応しますと、きちんとした家内に叱られています。

家内の理解と支援があればこそ母の在宅介護が出来ています。
人間には寿命があります。いつまでも在宅介護が出来ません。私も家内も来年70歳になります。母は98歳になります。

自分達で出来る範囲で母の在宅介護をするだけです。出来ないこともあると思います。
介護や医療の専門家に真摯に学びながら、仕事や地域活動もやれるようになりたいです。まだまだですから。

| | コメント (0)

2022.07.23

いつまで続くコロナ禍の脅威

294320446_3277526019151304_6606562187822727349_n294081890_3277526089151297_7724275280374297926_n
 このところ高知県でも「過去最大の感染者数」を記録し続けています。全国的に子供世代、50歳以下の現役世代の感染者割合が大半を占めています。


 


 コロナワクチン接種率も低い世代が感染の中心なので、手の打ちようがないようです。


 


 子供たちも夏休みに入り、政府も自治体も「行動抑制施策」を特に出していません。旅行に出る人が多く、感染も広まりそうです。


 


 


 東京は「感染者数3万人越え。最高の感染者数」となっている一方で「インフルエンザ並みの感染者扱いをして、経済活動をまわせ」という意見を声高に言われる人たちがいます。


 


 しかしコロナはインフルエンザとは違います。


 


「夏になるとインフルエンザの流行は下火になりますが、コロナは逆に急拡大しています。」


 


「インフルエンザはタミフルやイナビルなどの特効薬はありますが、コロナにはまだありません。」


 


「インフルエンザは、のどの炎症、気管の炎症、肺炎という段階を踏んで重篤化します。コロナはいきなり肺炎になります。高齢者は重篤化しやすい。」


 


 「高齢者」に分類される私は7月28日。家内は22日にコロナワクチン4回目の接種します。超高齢者の母(96歳)は、3回目の接種(2022年2月22日)の1月後の3月21日に下肢蜂巣炎と1月に緊急入院し誤嚥性肺炎などで、6月に退院するまっでに101日間は母は入院治療していた関係で、接種が遅れます。仕方がありません。


 


 何とか私たちも、感染しないようにし、母もせっかくつないだ命です。感染せずリハビリし、回復基調でいてほしいです。

| | コメント (0)

2022.07.14

在宅介護・1か月目 母は元気です

DSCN4276 - コピー
2022年6月15日に101日間入院していた母(96歳)を自宅へ引き取りました。誤嚥性肺炎と下肢蜂巣炎という、重篤状態に一時期なりました。病気は完治しましたが、入院中に要介護3から要介護5になりました。
DSCN4277 - コピー
協力動作をしてくれるようになりました。
 
 今週の金曜日(7月15日)で在宅介護1か月になります。
母も自宅環境がお気に入りで、良く睡眠もとり、食欲もあり、身体機能も少しづつ良くなりつつあります。
 入院中にありました、強い「のけぞり」や「つっぱり」が弱くなり、「協力動作」をするようになりました。着替えや身体介助の時に「協力動作」を母がしてくれると介護も楽です。
DSCN4280 - コピー
 今日は車椅子でデイケアへ行きました。自宅では入浴は無理なので週3回通所(老健あいおい)しています。うちは1階は会社事務所。生活空間は2階と3階なので、デイへ行く場合は私が母を背負い階段を下りています。
DSCN3553 - コピー
 背負う動作も最初は抵抗感が強く、のけぞるので苦労しました、今は「協力的」になってくれていますので、それほどしんどくはなくなりました。
DSCN3554 - コピー

| | コメント (0)

その他のカテゴリー

07高知県知事選挙 08syugin_ 2008年衆議院選挙関連 2009年衆議院選挙関係 2012年衆議院選挙関係 2012年車椅子で行く高知の観光施設 2013年参議院選挙関係 2014年東京都知事選挙 2015年雨漏り修繕工事 2015雨漏り・外壁補修工事 2016年参議院選挙 2016年首都圏遠征 2019年参議院選挙 2019年高知市長選挙 2019年高知県知事選挙 2019年高知県議会議員選挙 2019高知市議会議員選挙 2022年沖縄県知事選挙 blogによる自由民権運動 blogの伝道師・blogの鬼 bousai_ Eコマース・スキルアップ講座 koutikengikaigin NPO法人高知減災ネットワーク会議 SOSカード W杯カタール大会2022 おんぶらっく おんぶらっく大人用 お花見遊覧船 けんちゃんの今すぐ実行まちづくり けんちゃん1人weblog はりまや橋サロン まちづくり まちづくり条例見守り委員会 アニメ・コミック イラク派兵問題 ウェブログ・ココログ関連 エアーボート 救命艇 カタールW杯2022年 カラー・ユニバーサルデザイン コロナ感染症療養体験 ゴーヤ栽培日誌 サッカー スポーツ スポーツのありかた スマホへの依存は危険 スマホ活用防災講座 スマホDEリレー スマホSOSシステム タウンモビリティ・ステーションふくねこ チベット問題 ニュース ハイパーレスキュー艇・シーレックス バリヤアリー住宅 バリヤフリー パソコン・インターネット ピースウィンズ・ジャパン ホームページによる交流 メディアリテラシー ヤッシー西開口口テトラ投入問題 ヨット関係 リハビリ・ウォーキング ロシアのウクライナ軍事侵攻問題 ロープワーク 三好市との交流事業 下知コミュニティセンター防災部会 下知中小零細企業BCP研究会 下知交番だより 下知交番との地域での協働 下知地区減災連絡会 下知地区防災計画 下知地区防災計画・ブロック会 下知地域内連携協議会 下知町内会連合会 下知防災紙芝居 両下肢蜂巣炎 中国四川大地震 中土佐町との交流事業 事前復興まちづくり計画 事前減災対策としてのインフラ整備 事業継続力強化計画 二葉町ゆかりの巨匠 二葉町町内会の動き 二葉町総合防災訓練2020年 二葉町総合防災訓練2019年 二葉町総合防災訓練2021年 二葉町総合防災訓練2022年 二葉町自主防災会 二葉町防災世帯調査 五台山・市民農園 井原勝介さん講演会 交通事故防止対策 人繋がりネットワーク 仁淀川町と二葉町との交流 今治市防災士会・連合自治防災部会との交流会 今野清喜さん講演会 仙波敏郎さん講演会 伊野町問題 低温火傷 体成分測定 健康・体の問題 健康問題 傷害のある方との協働 入野敏郎さんみかん園 公共交通問題 公共社会インフラの維持管理 公共財のありかた 共謀罪反対運動 内閣府地区防災フォーラム2016年仙台 内閣府地区防災計画 前田康博さん講演会 南海地震対策 南海地震特別税 危機意識・リスクマネジメント 原子力政策 原発と核のゴミ処理場アンケート 原発災害 反ファシズム運動 叔母・車椅子来高・2014・10・18 受援力」(支援を受ける力) 口腔ケア 台風・大雨対策 台風・大雨情報 台風対策 司馬遼太郎氏の帝国主義論 吉本隆明氏・追悼文 名古屋大学室井研二准教授 品川正治さん講演会関係 嚥下障害改善食 国政問題 国際問題 土佐電鉄ーごめん・なはり線 在宅介護と仕事 地区防災計画学会・高知大会2018年 地方の公共交通 地震保険 坂本龍馬像建立運動 報道関係 夜須沖からの津波避難 夜須町関係 大学問題 大阪北部地震2018 天木直人さん講演会関係 宇田川知人さん出演番組 安田純平さんを高知へ招く会関係 少子化問題 岡村眞先生講演会 岡林信康コンサート 岩手日報の震災特集記事 島本茂雄さん・中平崇士さん出演 巨大地震・津波対策用高強度発泡樹脂浮力体 市民参加のありかた 平和・反核・護憲の社会運動 平和問題 平成天皇を称えます 平成28年度下知地区防災計画 広域地域間交流 建築物 徳島県美波町との交流 感染症対策 憲法問題 戦争を知らない子供たちへの映画会」 戦争法案反対運動 戦争災害 手結福島・南地区自主防災会 排泄ケア(排尿・排便)の重要性 携帯・デジカメ 政治のありかた 政治評論 救命船南風 教育問題 新しいメディアの創出 新型インフルエンザ対策 新型コロナウィルス対策 新堀川市民大学 新堀川生態系保護問題 日本の裁判官 日誌風の感想 映画「六ヶ所村ラプソディー」 映画・テレビ 昭和南海地震の記録 昭和小学校・防災じゅぎう 昭和小学校防災学習 書籍・雑誌 有機農業の支援 朝鮮半島問題 木質バイオマス地域循環システム 村上肇さんWEBセミナー 村上肇氏BtoBセミナー 東京五輪・パラリンピック2021 東京五輪・パラ五輪の在り方 東京近辺見聞録2013年 東京近辺見聞録2014年(1) 東京近辺見聞録2015年 東京近郊見聞録2010 東京近郊見聞録2011年 東京近郊見聞録2012年 東北被災地ツアー2015年 東北被災地交流ツアー2005 東日本大震災の被災者の皆様との交流事業 東洋町サポーターズクラブ 横紋筋融解症 橋本大二郎さん出演番組 橋本県政16年の検証 橋本県政16年の総括 歩いて見る高知市 歴史の宝庫新堀川 歴史問題 死生観・終末観 母ショートスティ 母・デイケア 母・春子の供養 母・春子の健康情報 母・春子の在宅介護日誌 母・毛山病院入院2017 母・西村春子介護日誌 母入院・細木病院 母入院2022年 母春子の供養 母春子の逝去 母春子を支援いただいた皆様へのお礼状 気象庁情報の正確な伝達 水道管凍結防止対策 沖縄ー高知の交流 沖縄基地問題 沖縄返還50年 沢山保太郎東洋町長出演 河瀬聡一郎さん講演会 津波避難施設について 浦戸湾三重防護整備 海からの高台への津波避難 海での防災対策 浸水地区に救命艇 浸水対策備品 漫画文化 災害大国日本 父・いずみの病院 父・日赤・ICU 献血時血液検査表 環境問題 田辺浩三さん映画会(小夏の映画会) 真備町関係者との交流 社会問題一般 社会思想問題 社会運動 神戸市長田区鷹取との交流 神戸市長田区鷹取東地域との交流 福井照 福井照さん出演番組 福祉の問題 私の腰痛 空のあんちくしょう 窓ガラス飛散防止講習会 経済・政治・国際 経済問題 統一教会問題 耐震偽装問題 聴覚障害者との情報共有 脱水症対策 臨時情報 自然エネルギーの活用 自然地形の高台 自然災害と経営責任 自衛隊の救助訓練 芸能・アイドル 芸術・文化 若者支援事業 蓄光塗料 西村吉正・春子服薬・食事情報 西村吉正・死去後の動き 西村吉正1周忌・3回忌 要支援者用食材 観天望気・日常観察からの天気予報 訪問看護 認知症症候群について 認知症重度化予防実践塾 誤嚥性肺炎対策 講演会・研修会 講演会・講習会 超高齢者の事前減災対策 趣味 路上詩人はまじさん 連合赤軍と新自由主義の総括 遠地津波 都市再開発 都市論 錆を防ぐさびのある話 閖上だより 阪神大震災20年慰霊と交流 防災備品整理棚 防災問題 防災対策 防災紙芝居 防災紙芝居プロジェクト 防衛問題 雛人形の展示 雪道対策 非常備蓄用ミキサー粥 靴底消毒 音楽 飲料水の備蓄 高レベル廃棄物問題 高知の根源・由来を考える 高知の観光 高知シティFM 高知シティFM「けんちゃんのどこでもコミュニティ」 高知シティFMけんちゃんのどこでもブログ 高知シティFM最終収録 高知大学防災すけっと隊 高知学研究所 高知市地域コミュニティ推進課 高知市政問題 高知市社会福祉協議会 高知市長との意見交換会・資料2015年 高知市長期浸水救出計画020年 高知減災ネットワーク会議 高知県政ぷらっとこうち問題 高知県政問題 高知県民マニュフェスト大会 高知県物産公社構想 高知県議会立候補者への公開質問状 高知蛍プロジェクト 高知警察署下知交番 鵜の目鷹の目 2006年白バイ・スクールバス衝突事件 2010年参議院選挙 2014年東京・横浜出張 2014年衆議院選挙関連 2015年叔母北海道より車椅子の旅・高知 2015年県議選・市議選 2016年熊本地震 2017年衆議院選挙 2018年沖縄県知事選挙 2021年衆議院議員選挙 2021年衆議院選挙 2022年参議院選挙 2023年県議選 2023年高知市議選 3・11ミニ慰霊祭 A型RHマイナス血液型