いよいよサッカーW杯が開幕します。
2016年FIFAW杯北中米大会が6月12日から開幕します。日本代表の所詮は5日午前5時からのオランダ戦から。準優勝3回の欧州の強豪。2戦目のチェニジアも3戦目のスウェーデンも強豪(3位になったことがある)。いずれも生易しい相手ではありません。

私事ですが、うちの両親はW杯の年に亡くなっています。父が2018年5月。母が2022年12月でした。父は99歳でW杯が開幕する前(6月か開幕)に亡くなりました。
母は自宅で在宅介護をしていて、W杯の決勝戦を徹夜状態で見ていました。アルゼンチンVSフランス戦でした。引き分けで延長になっても決着がつきませんでした。
午前3時頃PK戦でアルゼンチンが勝ちました。母の様子を見に行きましたが呼吸をしていました。エースのメッシが優勝したというのでアルゼンチンの選手とサポーターは大喜びで、その様子を延々とテレビは中継していました。早寝早起きの私も徹夜してみていました。午前6時頃母の様子を見に行きますと、心拍数も0に、酸素濃度も0%になっていました。さすがに就寝した家内を起こして確認しましたが、結果は同じでした。

6時半にかかりつけ医師の訪問診療の南先生の委員に連絡しました。7時過ぎに南先生と看護師さんが来てくれました。診察していただき「お母様は亡くなられています。」と告げられました。死亡診断書も書いていただきました。確か老衰と書いてありました。97歳でした。自宅で母を看取ることができました。
父の場合はいずみの病院でした。2018年の1月に日赤に緊急入院し、慢性腎不全で腎臓の機能がほとんどないので、首から緊急透析を2回して生き永らえました。しかし普通なら1か月でリハビリ病院に転院すべきところが、当時はインフルエンザの大流行でd歩の病院も受け入れてくれず、日赤で寝たきりと点滴療養してましたので、父は要介護5の廃用症候群になり、3月にいずみの病院に転院ができました。
廃用症候群になるとなかなか回復しません。頑張り屋の父でしたからリハビリを頑張ると熱が出ていました。それでも在宅介護をするための会議をすることになり、私ら夫婦も身構えていましたが、その前に父は亡くなりました。
亡くなる前日に見舞いに行き、「明日はヨットに行くから見舞いは遅くなる」と言いますと「行ってこい!」と言う会話が最後でした。朝から夜須へ行き結構な強風でしたので赤岡まで行き、戻りました。着艇すると20ぐらい着信履歴がありました。家内に電話しますと「お父さんが亡くなった。16時に葬儀屋さんが来るので戻ってきなさい。」とのことでした。ヨットをぎ装解除し、水洗いし、自分もシャワーし、ヨットにカバーし自宅へ戻り着替えて、母と家内と連れて病院へ行きました。
葬儀会館まで父を運んでもらい。会館の部屋で父と過ごし、葬儀屋さんと葬儀の段取り各種をしました。半日海で遊んでいましたので、頭はすっきりしていて、落ち着いて対処ができました。それは父が海へ行かせてくれたからでした。

両親とも安らかに旅立ちました。病院で管につながれ苦しんで逝去しませんでした。母の場合は大好きなサッカー観戦の最中。父の場合は大好きな「海の散帆」の最中に旅立ってくれたので、落ち着いて葬儀の段取りができました。両親に感謝です。

サッカーW杯の年になりますと両親を思い出します。写真はフリーのサッカー関係の写真で本文とはあまり関係ありませんが・

く予定でしたが、お天気が悪く雨という予報がでましたので。今日の午後に両親の墓参りに、家内と行きました。本来ならお盆や、お彼岸に行くべきなんでしょうが、今年は「猛暑」でしたので、老夫婦は日和りました。




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