今年は阪神大震災から30年、東日本大震災から14年、熊本地震から6年、能登半島地震から1年が経過しました。防災関係者(学識者・行政。防災アドバイサー)たちの関心事は「命を守る」(自助)「命をつなぐ」(避難所運営)などが大多数であり、「生活を再建する」観点はなおざりにされているように私たちは思います。
その理由は、おおむね被災地の近くで、避難生活が可能であり、同じ県内で避難生活ができる事例が大半です。(福島原発災害の広域避難は例外)
高知市二葉町では町内会役員(会長他4人)から東日本大震災の直後の2011年4月から「次の南海地震が起きたら二葉町は水没する。復旧・復興には長い時間がかかる。町民の命と生活を守るために、浸水しない地域との事前交流が必要だ。その地域を探してもらいたい。」と指令が出ました。 (写真は昭和南海地震時の下知の現状)
1946年12月21日の昭和南海地震では、高知市下知地区は地盤が1・3M沈下し、土盛堤防は破壊され、海水が高知市下知地区や潮江地区に流入しました。
とんでもない難題でしたが、ようやく最近、二葉町町内会幹部の強い危機意識の理由がわかりました。当時(2011年)の町内会長は酒販店、副会長3人は、美容室が2人、あとは漬物販売業、元会長で初代防災会会長は仕出し店、弁当店経営されていました。
つまり町内会幹部全員は、地域住民を相手にするご商売をされていて、自宅と店舗が共有になっています。私の場合は、小さな商社です。地域には得意先はありませんが、得意先に資材を販売し、県外にも得意先はありました。当時は倉庫に得意先の資材を在庫していました。
南海トラフ地震で、店舗と自宅が水没すれば、商売ができないし、ホームレスになる。仕入れ先への支払いもできないし、銀行の借金も返済できない。また地域内で避難生活も困難であることが町内会幹部は皆全員が指摘していました。
「生活を再建する」=「浸水しない山間部地域と交流し、疎開生活を送り、長期スパンで生活再建を考える場所を最優先課題でとの指令が出たのは当然です。
鷹取東地区のリーダー石井弘利さん(2025年ご逝去)に背中を押されました。
二葉町自主防災会は2008年から神戸市長田区鷹取東地区と交流しています。阪神大震災で壊滅的な被害を受けた神戸市長田区鷹取東地区の商店街振興会会長の石井弘利さんに2013年に下知に来ていただき講演をいただきました。
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/2-4326.html
「わしらは地震なんぞ来るとは全く思わんかった。着の身着のままで焼き出された。昨日一緒に飲んでいた仲間が家の下敷きになり助けを呼んでいたが、わしらは軍手1つ持ってなかった。火が迫り逃げた。仲間が大勢亡くなりました。 (2)
地震から半年して生活再建のめども立たんうちに市役所が来て再建計画ができたから判子ついてくれと来た。わしらは何もわからなかった。やむなく判子付いたら、駅前には高層マンションだらけになり、下町の長田やなくなった。それからや区画整理事業の勉強を始めて市とやりあったのは。」
「長田では市役所主導の再開発ビルが建ちました。家賃や管理費が高いので店舗が埋まりません。震災後住民とくに借家人が地域から多く出て行き人口も減りました。住民側の意向と市役所の再開発プランとの隔たりが大きいのです。」(震災30年後も同じでした。)
石井弘利さんは教訓としてこういわれました。
「役所と言うのは住民がだまっとったら何もせえへん。言わないと権利もないと思わないといけない。」
「役所は命を守ってくれない。命を守るのは、自分と家族と隣近所のお付き合いだ。地域で真剣に考え、検討しないといけない。その上で役所に要求すべきことはすることだ。」
「地震となれば電気とまる。ガスも水道も止まる。家も壊れる。商売人は商売せいへんかったら1円も収入がなくなる。でも役所の人は罹災の時も給与は出るし、ボーナスまで出るんや。商売人はたいへんやぜ。だから日頃から真剣にもしものことも考えなあかんのや。役所は助けてはくれへんのやから。」
「要求して5年据え置きの金利なしの20年支払いの貸し付けをしてはくれましたが、まもなく20年。支払いの延長を要求するものもおるやろう。役所やコンサルが言うように簡単にまちは再興できへんのや。
復旧はたしかにできたのかもしれん。でも復興は未だならずや。」と言われました。
http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-39d2.html
そして石井さんは下知地区の住民各位に以下のことを提言してくれました。
「住民側は集まって、まちづくり協議会をこしらえて、地域の要望を役所に言うことや。言わないと何も始まらん。それをせんと文句ばかり言っても何も変わらん。
住民側も勉強せんといかん。役所に対抗するには勉強が必要や。地域の絆を強めて、地域からの要求を聞いてもらうことや。 (3)
それにはメンバーには役所の人にも入ってもらい、一緒に地域づくりをやっていたらえいと思う。
いずれにしろこの地域は南海地震が来るのだから、その時に困らないように、地域の地盤のかさ上げをするとか、耐震地盤をこしらえるとか、耐震高層住宅を建てるとか地域の要求を行政側に出すことや。それを地道にやっていくことです。」
確かに学識者も行政職員も、地域が大災害になっても、給与は出るしボーナスも出ます。自宅が被災しても、給与は保証されています。そこが生業に関わる商人や零細企業主と根本的に立場や当事者意識が違うことです。
行政職員や学識者の大半は「命を守る」「命をつなぐ」活動や、研究や支援に追われていました。「生活を再建する」ことを最優先して考え、訴え続けて来た二葉町は「圧倒的な少数派」でありました。「お気持ちはわかりますが、命を守り、命をつなぐ作業に追われているので、そこまで余裕はありません。」というのが防災評論家の皆様の本音です。永久水没地ではない地域の減災対策なら正解ですが、永久水没地区(長期浸水地区)での対策には全くなっていないことを理解していただきたいのです。(永久水没地という表現は岡村眞高知大名誉教授が高知市の海抜2M以下の低地の市街地をさしていう表現です。)
2022年11月1日に、高知市と仁淀川町が広域避難協定を締結。仁淀川町管理の2か所の施設に高知市民260人の長期避難が可能になりました。
2024年1月20日に仁淀川町の泉川多目的集会所に下知地区住民の25人が広域避難訓練をしました。(仁淀川町の住民代表、仁淀川町役場、消防、高知市地域防災推進課、高知県庁南海トラフ地震対策課地域支援担当、県危機管理部中央西担当ら45人で意見が行われ、仁淀川町的集会所を活用した「仁淀川町防災キャンプ」の開催が参加者全員の賛同を得て決定しました。しかし2024年は台風の雨で中止になりました。(4)
2025年8月23日・24日に泉川多目的集会所にて31人が参加し、宿泊を伴う「仁淀川町防災キャンプ」が地元の仁淀川町の皆様も多数参加いただき行われました。
「事前の交流が最も重要」“防災キャンプ”で広域避難の課題探し 高知市の自主防災組織が初開催
| TBS NEWS DIG (1ページ) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2157740(テレビ高知)
ここまで来るのに着想時(2011年4月)から14年経過しました。提唱した町内会の役員5人のうち2人はその間に死去され、2人は健康問題で出席できず、役員は1人だけの出席でした。もう少し行政側が早く対応いただきましたら、皆が喜んで参加いただいたのに残念です。(写真は2025年8月23日の仁淀川町防災キャンプの様子です。)
(上左はキャンプファイヤー前の様子。上右は折りたたみ式ベットと個別テント組みたて
下左は地元区長の挨拶です。下右は鳥形山を水源とする泉川。清流で水温は冷たい。)
「仁淀川町防災キャンプ」は大成功でしたが、問題は何も解決していません。仁淀川町内でサテライトオフィス、セカンドハウスは未だに確保できていません。地元事情があると思います。今後も慎重に地元の皆様のご理解を得て進行させます。
長者地区では2025年3月に地域の長者小と長者保育園が廃校になりした。
地元の皆様と真摯な意見交換をして両地区がWINWINにしたいものです。 (5)
下知地区の事業所各位への呼びかけと参加依頼
同時に下知地区の企業経営者、事業所に呼びかけ、「2拠点生活」を推進するように働きかけをします。2026年1月半ばに高知市城東地区(下知地区を含む)法人会会長から「下知地区の事業者を集めるので、事業継続力強化計画づくりの必要性と、地域内の中小零細企業の事業継続を目指す、「広域疎開(例えば仁淀川町の)」や「2拠点生活」の実現のための提案をしてほしい。」と依頼されています。
大人の下知地区津波避難ビル巡りや、事業者向けの防災減災講演会の依頼ですので、下知地区減災連絡会とも連携できるような形にしたいと思います。
従来型の「避難所生活」→「仮設住宅暮らし」(高知県は応急仮設住宅用地を未だに50%しか確保できていません。)など被災者皆が県内で現状では避難生活ができないのです。その現実があるためか、高知県庁も高知市役所も私たちが2011年から仁淀川町の住民の皆さん方とやってきた「もしもの時に備え顔の見える地域間交流」に、仁淀川町長者地区・泉川地区の住民皆様や仁淀川町役場の皆さんも、気長に支えていただきました。
ただし現状は発案から14年もかかり地元の皆さんも多数参加した「仁淀川町防災キャンプ」をやっただけです。これからが本番です。行政側も懸命に頑張ってはいただいていますが、被害想定が甚大なので追いつかないのが現状です。地域住民も事業所も「手をこまねく」ことなく「やれることから実行」することをしませんか。そして地域同士、事業所同志連携をしませんか。孤立せずに皆が知恵を出し合えば解決できることもありますから。
また遠慮なく支援をしていただきようにしましょう。地域全体で「受援力」(支援を受ける力)を意識しつけましょう。
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