週刊読書人の重信房子さん特集記事

県外在住の友人から久しぶりに手紙と、「週刊読書人 2026年6月12日号」を郵送してくれました。昨年緊急性の高い重篤な症状から完全回復し、健康状態を維持しているという嬉しい連絡もありました。
お互い70歳を超えますと、「若くもなく」死に至る病が忍び寄ります。若い時代の3倍努力しないと「現状維持の体力」が維持できない現実を思い知る毎日です。
2年ほど前も、絶版になった「重信房子がいた時代」を貸していただき、2回熟読し、お陰様で「50年間暗いトンネルでうじうじしていた」精神状態から脱出できました。
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2024/06/post-b83a12.html (「重信房子がいた時代」を読んで)
今回の「週刊読書人の重信房子さん特集記事」は、重信房子さんと、明治大学教授丸川哲史さんとの対談記事でした。
書籍の紹介があり「獄に暮らせば(作品社)」の刊行に関する対談でした。重信房子さんは1971年に日本を出国し、パレスティナ解放闘争に参加していました。2000年11月に日本国内で逮捕され、2022年5月に刑期満了で出所するまで20年間獄中にいました。その獄中でつづった日誌をもとに出版されたということです。
友人によれば、「重信さんの20年の獄中生活を支えたのは、「土曜会」というノンセクトの当時の明治大学2部の元学生たちでした。当局は20年ももたず獄死してくれることを狙っていましたが、自己批判を果たし20年の刑を満期出獄できたのは、昔のノンセクトの仲間が大きい。」「彼女の裁判や、入獄中の支援には、法学部教授の宮崎繁樹先生(のちの明治大学総長)がこの本で知りました。1暴力過激派学生の女性であれば、彼女の母校、明大の総長がここまで支援することはありません。とのことでした。いかに重信=過激派のレッテル貼りが作為的に作られて者であるかとわかります。」と言われていました。
また重信さんは対談の中で、活動の反省をこめてこうも言われています。
「当時は自分たちで何でもできると思っていて、夢に燃えていた。あの時は武装闘争だったけれど、そうではなく、自分たちのことを1番知っているひとが故郷に帰って、合法性を生かして合法的に闘う。
それを私たちはやってこなかった。ヨーロッパの人達を見ていると、もちろん法律の違いはありますが、合法性をぎりぎり利用して抵抗を続けている。私たちも、みんなが自分の持ち場で対抗社会的に活動をしていたら、日本をこんなに悪くすることはなかったんじゃないか。」
「連合赤軍事件を大きな契機にして、左翼は社会の中で発言しにくくなって落ち込んでしまった。でも落ち込んで黙っていること自体が、社会総体の中では権力を利していることになる。まだまだ頑張らないといけないよ、と今はもう一つの自分が励ましてくれている感じです。」(週刊読書人 3P)
また重信房子さんは、娘のメイさんに「あなたは異議なしと言ってくれる友達にまもられてきた。外へ出たら厳しいことがたくさんあるから。」との。ご本人もまだまだ「外の世界に」な慣れていないともいわれています。
「階段を降りることが怖い」とか、パソコンも携帯もわからないからゼロからやり直し」だとのことでした。
YouTubeで重信房子さんが「中東情勢」の解説をされています。聞いていて的確な情報提供であり、30年間パレスティナで生活されてこられたので、アメリカ経緯の情報提供に依存する現在のテレビや新聞では知られない、パレスティナの現実をかたられています。それはきちんと聞いてみたいと思います。
3年ぐらい前「あさま山荘事件50年特集」をテレビでやっていて、私と同い年の(当時高校生)だった連合赤軍のメンバーが「50年経過したけど、自分がどうしyてこんあことしたのかわからない」と語っていました。
重信房子さんには、明治大学2部の元学生たちの「土曜会」のメンバーに支えられているので明るいし、」前向きです。パレスティナで30年。獄中で20年の経験を活用して、現在の日本社会を体験されて、いろいろ話していただきたいと思いました。
図書館で「はたちの時代」と「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」を借りてきました。読んでいます。






もこのペースで行くと延長・PK戦までいく可能性はあります。22年大会決勝はPK戦までいきました。母をその最中に自宅で見取りましたので思い出します。



は優勝を前提だけにモチベーションの維持が難しい。さてどうなるのか?

































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