容量オーバーでしんどい気持ち
仕事以外に、「地域防災」関係の事業wに取り組んでいる。自宅のある地域は「海が近い海抜0m地帯の軟弱地盤の平地」というどうしようもなく条件の悪い市街地です。
2008年に結成した地元防災会。「前例のない」ことの繰り返しで事業をしてきました。まずは「避難場所の高台」がない低地の市街地。しかも公共の避難場所はない。
近くにある賃貸マンションのオーナーと交渉して「避難ビル」になっていただきました。ところが高知市は「新耐震前の建物は津波避難ビルと認定しない」というルールで道眼てくれなかった。せっかくの所有者オーナーの善意をないがしろにする行為。
二葉町防災MAPでは「地区避難ビル」として表記しました。そこへの水とか備品は市の支援がないので防災会で整えました。
2011年の東日本大震災直後には、町内会幹部から「津波浸水しない山間部の疎開先を作れ」という無理難題のお達しがありました。皆商売人だし、私自身もそうですので100%わかります。
高知県の高台移転事業は、従業員数50人以上の製造業企業が優先されるようになっています。一方で高知市では、授業員数20に2課の企業が90%、5人以下は60%となっています。浸水地域に13万人が居住する高知市。大半の事業所は南海トラフ地震が起きれば水没し壊滅するばかりで救われない現実があるのです。

「もしもの時(南海トラフ地震時)に疎開を前提とした顔の見える地域間交流」を目指して、ようやく仁淀川町の皆さまにご理解を得て、広域避難協定が高知市と仁淀川町が締結(2022年11月1日)になり、その場所で「仁淀川町防災キャンプ」を実施しました。


これまた前例のない事業であり、達成したものの「ゴール」ではありませんが、疲れがでて未だに情けないことに回復していません。
思うのは「生活を再建する」という理念がない復興計画はすべて間違いであるという確信がでました。多くの防災関係者(学識者や専門家と称する人たち)は、いまだに「命を守る」「命をるなぐ」段階の防災にとどまっており生活を再建するなんていうことをまじめに真剣に考え実行している人はほとんどいないという現実に驚くばかりです。

だから「いまだに雑魚寝避難所」や「被災者や被災自治体の負担が重く」生活再建までに至らない現実を見せつけられるのですから。


圧倒的な少数派ですから、理解をされないことが当たり前なんですね。仕方がないとは諦めません、疲れるけれどもへこたれずに言い続けるしかありません。








































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