「ぼくのマンガ人生」を読みました。

青柳公園での下知地域内連携協議会(国見俊介会長)主催の夏休みラジオ体操が14日間開催されていました。半ば過ぎから「古書広場」さんが古本を展示し、無料で何冊もいただきました。そのうちの1冊が「ぼくのマンガ人生」(手塚治虫・著・岩波新書・1997年刊)
天才漫画家手塚治虫は、1928年(昭和3年)大阪生まれ。戦後の日本漫画界をけん引をしました。1989年(平成元年)に60歳で亡くなられました。

鉄腕アトム、ジャングル大帝、火の鳥、ブラック・ジャック、アドルフに告ぐ、などの名作を読み、またテレビのアニメで見ました。「空を超えて、星のかなた、行くぞアトム人間守って」とかいうテーマソングも覚えています。
少年時代は体が弱く、家の周りの昆虫を観察したり、マンガばかり描いていたとか。しかし多感な少年期時代は、軍事工場に動員され、大阪大空襲も実体験されていました。凄惨な大空襲の現場にもおられ、大きな影響を受けられたと思います。

敗戦後は大阪大学医学部を卒業後、上京し漫画家人生をスタートさせます。新しい着想で日本の漫画を変革していきました。ただあまりにも仕事をしすぎ、とくにアニメにマンガの収益をすべてつぎ込んだために、過重に働き続け、60歳という働き盛りで命が尽きてしまいました。
一読して「壮絶な人生」であったと思います。惜しむことは「天才」を支える経営者がまわりにいなかったことです。ウォルト・ディズニーには、実業に長けたお兄さんがいました。天才開発者本田総一郎には藤沢さんという計数に明るい経営者がいました。

もしもの話ですが「チーム手塚治虫」があったなら、おそらく世界を席巻していたと思われます。今更ながらに残念です。



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