映画・テレビ

2017.04.28

映画「オアシス・スーパーソニック」を見ました。

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 2017年4月28日(昔は4・28沖縄デーと言われていた日)に、沖縄出身のロック好きの家内に連れられ、午後19時から始めるのでカルポートへ行きました。運よく息子がいまして車で送ってくれました。そのため手早く超高齢の両親(父97歳・母91歳)の夕食を終え、就寝させました。
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 正直わたしはオアシスなるバンドはよく知りません。曲の2~3は聞いたことがありました。その程度です。それで少し調べてみました。

「オアシス(Oasis)は、イギリスのロックバンド。1991年結成。2009年解散。ビートルズ、ローリング・ストーンズなどから続く正統派ブリティッシュ・ロックを踏襲した、ブリットポップ・ムーブメントの代表格であり、近年のイギリスの国民的ロックバンド。世界的にも人気があり、全世界でのCDトータルセールスは7000万枚を超える(2009年時点)

 バンドの核となるギタリストのノエルとボーカルのリアムからなるギャラガー兄弟は、同じくアイルランド系・労働者階級出身であるビートルズを大変敬愛している。「アイ・アム・ザ・ウォルラス」や「ヘルター・スケルター」などを時折演奏する他、ファッションや自身の曲に於いてもその影響を見ることができる。また、そのスキャンダラスな言動は常に人々の注目を集めた。

ファッションにおいても多くの若者の注目を集めた。それまでエルヴィス・プレスリーがリーゼントで固めた頭に革ジャンを、パンク・ロックが切り裂かれたTシャツとロックバンドは得てして「反社会的」「非日常的」とされる出で立ちで身を固めていたが、オアシスはウインドブレーカーやジャージといった労働者階級の普段着を着てライブやインタビューに臨んでいたことは新鮮であった。」(出典・うぃきぺでぃあ)

 150人は入れるかるぽーと小ホール。以前ピーター・バルカンさんのトーク・ライブがあったところです。バラカンさんのオアシスに関する説明を聞いてみたいと思いました。もっともバラカンさんは著作でオアシスを取り上げていませんので、お好みではないのでしょう。
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 会場を見ますと30代・40代とおぼしき若い人たちばかり。還暦過ぎた年配者は私らだけでした。夫婦で「浮いて」いましたね。しかし観客もおとなしい。ハードなロックなのに立ち上がる人は1人もいないし、皆おとなしく椅子へすわって見ていましたね。
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 さて映画の感想はと言いますと「成り上がっても、大金持ちになっても、馬鹿であることを隠さないし、継続していることがある意味凄い連中。もし音楽の才能がなかったら、犯罪者になって一生刑務所暮らしの人達です。」

 「オアシスの音楽は本流のハード・ロックではないでしょうか。体にずんと来る音だし、乗りがいい。しかも思いにたけをわめいている。自分の不平不満を曲にし、歌にしてしています。」
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「ビートルズもデビュー当初は、オアシスのような不良だったんでしょうが、売れて来ると難しいことを言いだしてなんかインテリになったようですね。悪童のローリング・ストーンズも最近では好々爺ですよ。でもオアシスは最初から最後まで不良だし、馬鹿です。でも音楽の才能は天才でした。」

 家内のおかげでロックを久しぶりに楽しませていただきました。

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2017.03.06

ラ・ラ・ランドを観賞しました


 3月5日の海の散帆は最高でした。どん曇りの予報が外れ、晴天でした。風も程よくあり、運動不足の年寄りは筋肉痛になるぐらいに帆走しましたから。おかげで疲れからか足がもつれてハーバーで2回も転倒。膝を擦りむきました。阿呆ですね。

 家内が、夕食が終わり両親を寝かしつけたら、映画「ラ・ラ・ランド」を見に行こうとの提案がありました。家内は昨夜も映画を観賞。このところ映画マニアになっています。1日遊ばせていただいたので逆らうことはできません。「いろいろと今月は地域活動がせわしいらしい。思い立ったら行かないと行けないから。と言われますとそのとうりですから。

 午後8時45分からの上映とか。終わると11時過ぎますね。映画の間はお疲れモードで寝るかもしれませんね。話題の映画だけに、遅い上映時間でしたが60人ぐらきていました。やはり若い年齢層が多い。

http://eiga.com/movie/82024/(作品情報)

 ストーリーは観賞してみてください。米国の俳優は皆「歌って踊れる」のが当たり前なんでしょうか。歌唱力もあり、バレーも出来、演奏力もあり、音楽の場面が多く退屈はしませんでした。

 「無事」に起床できました。今朝は回転性のめまいはありません。体の節々が痛いです。やはり頭が疲れている時は、海に浮かんで肉体を酷使するに限りますね。
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2017.01.21

ジャニス・リトル・ガール・ブルーを観賞しました。


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 27歳で夭折した悲劇の女性ロック歌手ジャニス・ジョップリンの生前の映像を繋いだドキュメンタリー映画。2017年1月21日に家内と一緒に、高知市大橋通りのメフィストフェレス2Fシアターへ行きました。

http://janis-movie.com/index.html(公式サイト)

 米国南部のテキサス州の田舎町で生まれ、生真面目な両親に育てられ、地元高校で音楽活動に目覚めるも、保守的な土地柄で虐めにも遭い、だんだんと独自の生き方を求めるようになっていたようです。テキサス大学に進学し、音楽活動に没頭し、休学してサンフランシスコへ行きました。
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 当時西海岸のサンフランシスコは米国のカウンター。カルチャーのメッカ。従来の米国式価値観を否定する文化が育っていました。ジャニスは、黒人音楽やブルースに傾倒し、独自の音楽性を発揮していきます。

 1967年のモントレー・ポップ・フェスティバルに参加。シャウトする圧倒的な歌唱力で関係者各位に衝撃を与え、メジャー・デビューに繋がりました。「サマー・タイム」や「クライ・ベイビー」や「コズミック・ブルース」などが印象に残っています。

 レコートは遠い昔の学生時代から聞いていました。家内がファンだったこともあり、一緒に新宿のロック喫茶でレコードを聞いたりしていましたね。パールというアルバムはLPもCDも持っています。活動期間は僅か4年余りですが、印象的な曲を残しています。
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 映画を見て思ったのは、両親はジャニスを最後まで理解しようとしなかった感じを受けました。何人か交際していた男友達も「ジャニスは魅力的だったが、母性が成長することはなかった。」と言っていました。

 10年ぶりにスターになったジャニスが高校の同窓会に出席しても、1人浮いていたそうです。保守的な土地柄からでしょう。時代を先駆ける大変さ。保守的な土地柄。女性ロック・シンガーの大変さ。「バンドのメンバーは帰るべき家庭がある。私にはなにもない。」と1人で煮詰まり、しばらく辞めていたヘロインをお酒と一緒に寝る前に服用してそのまま帰らぬ人になりました。27歳でした。夭折です。居場所がなかったんですね。

 ジャニス・ジョプリンが先駆者でいたから、マドンナとかビヨンセなど女性ロック歌手も世に出ることが出来ました。今生きておれば74歳。ローリング・ストーズやポール・マッカートニーと同世代ですね。未だに彼女を超える女性ロック歌手はいません。

 1960年代後半で楽器やPAなどは今の時代から比べれば貧弱ですが、ジャニス・ジョプリンの歌声は時代を貫いています。会場で松田雅子さんにもお会いしました。

 今日も寒いので、「海の散帆」を諦めました。「文化活動」の映画鑑賞が2週連続で続いています。たまにはいいものです。

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2017.01.15

あたご劇場で映画三昧しました。

 2017年1月14日の高知市は寒かったです。朝1番に五台山市民農園(農園主・横田政道さん)へ行きました。風がなかったので寒さをあまり感じませんでした。昼過ぎから冷たい北西風が吹き出して寒くなりました。
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 家内に誘われあたご劇場へ行きました。なんと2本も映画を見ました。1本目は「シング・ストリート」(2016年・英国映画)でした。アイルランドのダブリンの高校へ通学する冴えない高校生たちがバンドを結成し、音楽で元気になっていく青春ドラマでした。

http://gaga.ne.jp/singstreet/

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 アイルランドの庶民の暮らしぶりや風俗が良く描かれています。田舎町の息苦しさ。家庭の崩壊。高圧的な教員などが出て来ます。音楽が階級や人種や偏見の壁を超えて行く、「突破力」を感じました。挿入されるロック音楽も良かったです。
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 もう一つは「帰ってきたヒットラー」(2015年・ドイツ映画でした。ヒトラーが現代にタイムスリップし、テレビ芸人として活躍するコメディでした。例えパロディでも「ヒトラー」はドイツではタブーであったはず。昨今の移民問題やらテロや格差社会などで、政治不信が高まる状態にドイツ社会がなっていっているんでしょうか?

http://gaga.ne.jp/hitlerisback/
 
 現実味があり空恐ろしい映画でした。休日は「海の散帆」主体の体育活動の多い私でしたが、家内に付き合いして文化活動もたまにはいいもんですね。

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2017.01.07

ネットTVも多様化

どういう「しくみ」であるのか今一つ理解できませんが、「登録不要」「無料で番組が見られます。」とあります。インターネットのテレビ局なのか?

https://abema.tv/ アベマTV

 今までもギャオ・チャンネルだとか、ニコニコ動画なんかありました。めんどくさい登録作業が必要で、登録したら下で、売り込みのメールが殺到する有様でした・

 全部の番組が満足するわけではないですが、地上波やケーブルTVの番組も見るべき番組が少ないので、時折見ています。家内などはこのネット番組でONE ON ROCKを視聴し毎日「走って」おります。

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2016.12.24

いつのまに全国放送?

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 いやはや驚きました。12月18日(日曜)の高知ローカル番組枠での3分程度の放映かと思いきや、1昨日千葉県の高校時代の同級生の片岡君から突然の電話がありました。

「南海地震は高知は大変だな。知らなかった。」

「俺は白髪のひなびた老人になっちゅうと思うたろう。」

「いやはやなつかしい。高校時代の面影があるから。」

「流ちょうな標準語で話すので誰かと思うたぜよ。」

「親も亡くなったし、実家もなくなったんで高知へは行くことないし。40年以上も高知とはご無沙汰してるしな。」とか。
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 そういえば1昨日は村上肇さんに、早朝にニュースで見られたとFBでシェアいただきました。徳島県美波町の井若和久さんも診られたとの連絡がありました。

 http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-7d93.html

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2016.12.15

南海地震に備える番組撮影中にご近所で事故

 2016年12月19日(月)に午後6時10分からのNHK高知放送局での番組「高知いちばん」のコーナーで「災害に備える」という南海地震対策の高知市下知地区での取り組みを放映するようです。

 下知地区防災計画意見交換会の様子や、昭和南海地震の体験者岸田康彦さん(85歳)の取材仁淀川町長者地区での「疎開を前提とした交流風景」や、若松町自主防災会の地区指定津波避難ビルの防災備品装備の様子などを撮影されていました。

 そして今日が下知地区の「屋外ロケ」。白髪のお爺さんが下知の現状を下知の風景の中で説明しました。まずは電車通りにある「海抜0メートル表示」、宝永町歩道橋の上で道路交通量の多さ。もし今この場で地震が起きて、大津波警棒が出たら、皆どこへにげるのでしょうか?

 宝永町歩道橋からは東の葛島の橋が見えます。久万川と浦戸湾。北は一文橋で江ノ口川、南は鏡川大橋で、堀川と鏡川に下知南部地区は囲まれています。更に江ノ口川と堀川は新堀川という運河で繋がっています。

 つまり高知市下知地区は海抜0メートルに島です。
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 ランドサットから撮影した2.5万分の1のデジタル標高地形図。水色の部分は高知災市街地。すべて標高3M以下です。「1000年前の高知の予想図」を見ていただきました。私の住んでいる二葉町は海の底です。
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 最後のメッセージとしてこう申し上げました。

「高知は関東と違い地震は起きる回数が少ない。避難訓練に参加しない人が大半。また訓練してもすぐに忘れます。下知地区は海抜0メートルで自然の高台はありません。

 いつ何時地震が起きるかもしれません。それは仕事の最中、授業の最中、自宅での就寝中、車や自転車の通勤・通学中かもしれません。そこで南海地震が発生しても、下知地区は海抜0メートルですので、すぐに近くの津波避難ビルに駆け上がり、垂直避難しないと助かりません。

 70年前の昭和南海地震は、過去の南海地震からすれば大きな地震ではありませんでした。それでも高知市下知地区と潮江地区は地盤が沈下して水没していました。
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 想定どうりの南海トラフ巨大地震が起きれば、1000年前の高知市のように水雄没する可能性があります。という話をしました。

 それでも下知地区で生活し、仕事をして、学び、通過する場合は、いつなんどき地震が起きても、命を守る行動をとりましょう。

 下知は防災・減災は文化であり、たしなみです。避難袋を持つのは当たり前。耐震補強するのも当たり前。揺れたら近所の津波避難ビルへすぐに書け上がること。隣近所で助け合いしましょう。個人も家族も学校も企業も、地域も事前対策を進めましょう。

 そして「命を守り」「命を繋ぎ」「生活を再建する」ために「下知地区防災計画=事前復古まちづくり計画」を下知地区みんなで意見交換し、議論し作り上げましょう。ということを申しあげました。

 12月19日の「こうちいちばん」http://www.nhk.or.jp/kochi/program/b-det0003.htmlにて、編集され、ほんの僅かな時間放映されると思います。

 二葉町歩道橋の上で撮影されながら、そのような事を申しあげ、最後の「ロケ」は終了しました。その最中に警察と消防の車がサイレンを鳴らしながら疾走し、ご近所へ行きました。

 何事かと集まっているご近所の人に聞きますと、事情はわからないが建物から人が落下したらしく、消防が懸命の救命活動をしているようでした。やがて救出され、救急搬送されていきました。

 いろんなことが起こりますね。

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2016.12.12

この世界の片隅にを見ました

  久しぶりに休日にハガタカ・イオンのシネコンに家内と一緒に行きました。
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 昨夜家内と一緒に「この世界の片隅で」というアニメ映画を見ました。広島から呉に18歳で嫁いだ絵を描くことの好きな主人公の日々の生活を淡々と描いています。呉の高台にある嫁ぎ先にも戦争の影があり、脅威も迫って来ます。
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 描かれている戦災前の呉や広島の街の風景が印象に残ります。また戦争が銃後の市民生活にも大きく影響を受けています。シネコンで見た映画では観客が多かったです。

 アニメ映画と言えば「君の名は」がヒットしておりますが、娘によれば「今世界の片隅で」のほうが断然えいとの推薦がありました。映画を見て、うちの娘もお絵かき職人をしていますが、80年前なら絵の上手い主人公にように嫁ぎ、主婦としての生活をしていたのだろうかと考えていました。

 この映画製作費が当初なく、クラウドファンティングという手法で資金を集めたとか。良い映画と思います。観賞されることを勧めします。

 公式サイト  http://konosekai.jp/

 ユーチューブ動画予告編

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2016.11.26

「浩三を語る会」に参加しました。

 2016年11月26日は、父(97歳)の昼食が終わり、洗い物をして12時半過ぎに出掛けました。家内は組合の婦人部の食事会へ出掛けていましたが、3時までに帰宅するとこのと。4時過ぎにディから戻る母の受け入れをお願いしました。
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 高知市龍馬の生まれた町・記念館にて「浩三を語る会」が開催されました。
 去る9月10日に急逝された映画人田辺浩三さん。こちらの話は一切聞かず、一方的にお気に入りの映画の話をすえう田辺浩三さんでした。無理強いされていくつか映画を見せられましたが、駄作はなく。良い映画ばかりでした。
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 葬儀は行けなかったので、偲ぶ会へは行きました。知り合いも何人かいました田辺浩三さんゆかりの人達が、5分間で田辺さんとのエピソードを話されていました。
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「こちらの都合などおかまいなしに押しかけてきて映画の話を熱く語る。しかも大きな声で。見せられた映画はいい映画ばかりでした。」

「時代を読む力を映画で、表現していた。体を悪くされていたのでお酒を飲まない人でしたが、映画の話をすると止まらない人でした。」

「朝倉にお住まいだったので、大学へは良く来ていて授業も熱心に聴講され、質問もされていました。教官をやる気にさせる人でした。」などその人なりのユニークなエピソードが披露されました。聞いていて退屈はしませんでした。

 休憩を挟んで音楽アーティストである堀江真美さんのライブもありました。40年帆ほど前から田辺浩三さんとの交流があったそうです。田辺さんの周遊ルートの中に堀江さんの自宅もあり、時に迷惑なこともありましたが、お手紙が良くは入っていたそうです。田辺さんゆかりの曲を演奏し、歌ってくれました。
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 最後に娘さんの小夏さんの挨拶があり、田辺浩三さんを偲ぶ会は盛況のうちに終わりました。
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2016.10.06

「ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years」を観賞しました

 昨夜は「ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years」をいう記録映像の映画を、大嫌いな禿鷹イオンにあるシネコンへ家内と一緒に見に行きました。

https://hlo.tohotheater.jp/net/movie/TNPI3060J01.do?sakuhin_cd=013682

 家内が地元紙の読者投稿欄を見て「行こう」ということになりました。映像は1961年のリバプールでのデビューの時代から。1969年の解散直前のロンドンのビルの屋上での最後のライブまでの映像が出て来ました。

 わたしは当時からビートルズのファンではありませんでした。日本へ初来日し武道館ライブはテレビで見ていました。当時は田舎の中学生でしたが真似をする級友がいましたから物凄い影響力がありました。

 友人のY君が父親が買い揃えていた分厚い高価そうな「レーニン全集」を何冊か古本屋に売り飛ばしビートルズのレコードを購入し、聞かせてもらいました。当時のわたしはアホな毛沢東主義者だったので、さほど共感はしなかったようです。
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 休日にとでん百貨店の屋上のゲームコーナーで遊ぶためにいの町から自転車で来ていました。その屋上で「イエローーサブマリン」などのビートルズの曲が流れていたことを思いだします。

 家内もジャクソン・ファイブのファンでさほど共感はしなかったそうですが、転校生がアビーロードのLPを持っていて聞いたときはいいなと思ったそうです。

 映画はコンサートの様子や楽屋裏やスタジオでの収録風景が丹念に撮られています。人種差別の激しいアメリカ南部のコンサート会場で、人種隔離をするならコンサートはやらないと言いはり、当局にコンサート会場での人種隔離を辞めさせた場面は凄いと思いました。単なる人気アイドルではありませんでした。
 
 社会現象として「ビートルズ」の存在は大きく、ビートルズ以前と以後では社会風景が変わりましたから。西洋史では「紀元前(BC)]とか「紀元後(AC)とか言い方をしますが、まさにそうでした。

 映画の最後のほうで、1965年のアメリカ・NYのシェルスタジアムと言う野球場での5万6千人の観客の前での野外コンサートはただただ凄いとしか言いようがない。PAや音響機器も貧弱な時代で5万人を相手のコンサート。

 ドラムのリンゴスターが「観客の絶叫で音が全然聞こえず、ポールやジョンの尻の動きを見てドラムを叩いた」とか。今の野外コンサートのように巨大な映像スクリーンや巨大なPもない時代でしたから。

 野外興業に嫌気画さし、解散するもの自然の成り行きであると思いました。映画の中で「ビートルズはモーツアルトのようだ。多くの作品を残したが名曲ばかりだ。」と。確かに50年経過しても古さを感じないし、未だに彼らを超えるグループは現れませんから。
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 私のようにビートルズマニアでない者が観賞しても見ごたえのある映画でした。最初はプロジューサーの言うとうりアイドルバンドとして振る舞い成功しました。場面を重ねるうちに彼等は自信を持ち、自分たちの自己主張も曲に入れるようになり成長して行きました。歴史のドキュメンタリーでした。

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