書籍・雑誌

2018.08.18

「意識髙い系」の研究を讀んで


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 「意識髙い系」の研究」(古谷経衡・著・文春新書・2017年刊)を讀みました。週刊現代2月10日号にの佐藤優氏のコラム「名著。再び」の書評は、うなずくことが多い文章でした。その書評もありましたので、新刊を書店で購入し読みました。

「「努力する覚悟も能力もない それでも承認はされたい!「現代病」の実態」と今回の佐藤優氏のコラムの題名です」

現代日本社会の病理・自称「意識髙い系」の人々

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-a212.html

 筆者は1982年の札幌生まれ。立命館大学を卒業後、現代は千葉に住んでいます。うちの子供世代の同世代です。「謄写版世代」の私なんぞと違い、インターネットやパソコンや情報端末が成長期に最初から存在していた世代とは、発想などは違いますね。

 SNSに多く登場する「ノマドワーカー」「愛国女子」や「ハローウィン」などわたしらの年代には理解不能な人達が出て来ます。それは「スクールカーストが生んだ被害者「意識髙い系」であると言います。

「彼ら「意識髙い系」の人々が、あくまで現代日本風にアレンジせしめた、実に卑小で輪郭の伴わない、社会的利益や公共への奉仕、あるいは自分磨きやスキルシップ、社会的弱者や地域・国家・世界への貢献と言う、「一見してだれもが納得しうる美辞麗句」を多用する一方で、その「抽象的な高次の大義」の下で遮断された欲望もまた、領土的な野心や帝国の建設などと言う壮大なものではなく、ひどく不細工で劣等なものばかりだからだ。

 その「小ささ」に再び幻滅するのである。(P134「欲望を隠す気持ちの悪さ」)

 長々と記述された著者の文章を書き写しながら、その「おぞましさ」を感じますね。なんだか「どうでもいい」存在ですが、SNSではご活躍されているのでしょうか?

 この著作を紹介した佐藤優氏もこう書いています。

「大学生や20~30代の青年で、承認要求が肥大化しているが、実力が伴わない人がときどきいる。こういう人に勉強法を指南しても、継続的な努力が出来ないために、成果を全くあげることができない。

 自分の力は標準に達していないのにかかわらず、他人を見下す傾向がある。また、こういう人は、ノマド(遊牧民)、シンギョラティ(特異点)などのカタカナ用語をあちこちに千ラバめるが、その意味を正確に理解しているとは思えない。

 こんな生き方をしても滑稽で、誰からもまともに相手にされなってしまうことくらいわかる筈なのに、立ち居振る舞いを矯正することができない。本書を読んで、こういう人たちは「意識髙い系」というカテゴリーに括られ、独自の内在的論理をもっていることがわかった。」(週刊現代2月10日号 P116)

「(うざい、痛々しい、不愉快、とだけ形容される「意識髙い系」は漠然とした忌避や嘲笑の対象としてネット空間のみならず、いまやドラマなどのテレビ番組の中でも使われるほど単語として市民権を得た)古谷氏は指摘する。」(週刊現代2月10日号 P117)

 佐藤氏はまたこう言います。
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「学生時代と社会に出た初期に、自分を評価してくれるまともな大人との出会いがないと「意識髙い系」になりやすいのだと思う。」(週刊現代2月10日号 P117)

 わたしの場合は、社会人2年目に森雅弘さんと言う許容量の大きな上司に恵まれました。当時は42歳で営業のスーパースターでありましたが、持論を押し付けることもなく、生意気な若造の主張を根気よく傾聴していただき、「そこまで言うならやってみろ!!」と背中を押していただました。今でも交流を続けている人生の師匠です。
 
 また担当していた得意先のオーナーの荻野正吾さん、正宏さん、賢二さんとの出会いがあり、ご指導いただいたことが、社会人のスタートとしてはとても幸運でした。仕事の意義。営業のやりかた、商売人の心得を叩きこまれました。

 せっかくのご指南をほぼ40年近く活用できませんでした。わたしは無能でした。昨年からそのことを思いだし、真摯に努力しますと少し結果が出ました。「遅れてきた青年」は初期高齢者となりましたが、「人生125年」の老師の教えに従い「人生まだまだこれからだ」と奮闘してみようと決意しているこの頃です。

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2018.08.10

高知商業の打力は本物ですね。


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 8月7日(火曜)発売の「週刊現代」のP68の記事。「本当の「ドラ1候補20人詳細データ付き」の記事は面白い。

20人のスカウト注目の選手のうち8人は投手。「山梨の山本昌」と言われている剛腕左腕の山梨学園の投手堀越建伸投手を乱打戦に持ち込み1回戦で高知商業は打ち勝っています。

 また明徳樹塾高校の市川悠太投手も県大会決勝で10点を取り、うち破っています。プロのスカウトが注目の有力投手2人に打ち勝った高知商業の実力は本物ですね。

 後は北代投手が「1人相撲」をしなければ、勝ち進んでいくのではないかと思います。大本命の大阪桐蔭と対戦していただきたいと思います。面白い試合になるでしょうから。

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2018.07.31

BS1スペシャル「ボクらと少年ジャンプの50年」

2018年7月29日(日曜)は台風12号対策で1日自宅に引きこもり。結果的に高知市は山間地区の避難準備情報も解除され、心配された大雨は降りませんでした。再放送でしたが「NHK BSIスペシャル ボクらと少年ジャンプの50年」を見ていました。歴史を感じる面白い番組でした。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2637528/index.html

 わたしは古い世代に属するので、少年漫画雑誌は「少年マガジン」「少年サンデー」を創刊時(1959年頃)から購入していました。少年ジャンプの創刊は1968年とか。中学3年時でした。直接購入した記憶はありませんが、初期の頃の「ハレンチ学園」とか「男1匹ガキ大将」、「東大一直線」などは記憶にありますね。

 「キン肉マン」や「ドクター・スランプ」「ドラゴンボール」「北斗の拳」「こちら亀有交番所前」「キャプテン翼」は、子供たちの時代に一緒に読んでいました。最盛期の1995年では653万部を発刊していたとか。

 先行していた少年マガジンと少年サンデーの牙城を崩すために、「新人作家の発掘」「作品賞の設置」「読者アンケートによる連載の可否」というシステムを導入し、若くてパワーのある漫画作家を引きつけていったようです。漫画家も個性的ですが、編集者も個性的。世界に誇る日本の漫画文化の凄さを垣間見ました。

 ネット社会になって紙媒体は苦戦はしているでしょう。でも面白いコンテンツは「漫画」にあるので、形を変えて漫画文化を展開していくものと信じています。

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2018.07.24

親鸞さんと蓮如さん


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 偶然の産物で父(享年100歳)の葬儀は浄土真宗西本願寺系の僧侶に読経してもらいました。四十九日の法要と納骨も依頼しました。

 仏壇も購入しました。右手に浄土真宗の開祖者である親鸞さん。左手には中興の祖であり大きな組織をこしらえた蓮如さん。仏壇はお寺の出張所だそうです。たしかに四十九日の法要をしたお寺は仏壇を拡大した装飾でした。というかお寺を縮小した様式が仏壇になっているようです。
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 以前親鸞さんと蓮如さんに関しては五木寛之氏の著作で読んだことがありました。個人ブログに読書感想文も書いていました。

 「親鸞」を読んで(2012年3月10日投稿)
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 「親鸞」(五木寛之・著・講談社・2010年刊)を図書館で借りて読みました。 上下2冊の小説でしたが、雨の2月25日に1日で読みました。小説では9歳から32歳までの親鸞や周りの人物が活き活きと描かれ、活劇のような躍動感がありました。五木氏の代表作「青春の門」のような、やんちゃで常に悩ましい親鸞は魅力でした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-cdbf.html

 「蓮如ー聖俗具有の人間像」を読んで(2012年5月22日)

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-9994.html

 「蓮如ー聖俗具有の人間像」(五木寛之・著・岩波新書・1994年刊)を読みました。親鸞が開祖した浄土真宗も、時代が下ると、衰退し、分派がいくつもあり、混乱していました。また蓮如が生まれた時代は、室町末期で、応仁の乱が勃発し、地方も都も秩序が乱れていました。
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 読んでいて驚いたのは、蓮如は若い時から布教活動を精力的にしていたわけではなく、貧しい寺を継承する43歳までは雌伏の時代であったと言うことでした。

  五木寛之氏は親鸞と蓮如を対比させ、こう書いています。

「親鸞は「貴種流裡」の聖人でした。どんなに「とく」を自称し、野のひじりとして貧しく生きても、その身辺にはおのずと精神の貴族性がオーラのように漂います。彼は貴族の子として生まれた、いわば「乞食王子」なのです。

 蓮如は、さびれはてた寺に、「いやしき女」の子として生まれました。いわば「卑種栄達」の俗人です。こういう人が成金めいた振る舞いをするのは、ある種の切なさがあって、わたしは嫌いではありません。

 蓮如の同胞意識は、彼の思想の結果ではありません。おのずと人と差別なく接する体質だったと思います。彼が親鸞思想の本質を正しく理解しえていたかどうかは、論議のわかれるところです。

 しかし、私は蓮如が親鸞の教えの中に自己を救われる何かを発見し、親鸞を「たのんだ」と思います。そしてそれを同じ立場の人に伝えたいと、真剣に心から願ったと感ずるのです。」

 親鸞さんは「弟子などはいらん」と言い続けた創業者。理念は素晴らしかったですが、宗教組織とし体裁がないまま衰退していきました。蓮如さんは「時代の申し子」として中高年甥なってから突然輝き出し、強固な宗教組織をつくりだしました。

 織田信長は終生一向宗との対立抗争を繰り返し、天下人の豊臣秀吉は懐柔し、徳川家康は、本願寺を東と西に分割しました。

 小さな父の仏壇を眺めながら6年ほど前に読書した「親鸞」と「蓮如」について考えてみました。

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2018.05.27

書くことが「自由」な発想を獲得するための手段だ

 父が愛読していた「週刊現代」。父が亡くなった後も、私が購読しています。理由は談合記者クラブに所属していない「野良犬メディア」であること。発行者が講談社であるので、初老の人向けの「少年マガジン」であると思います。

 週刊現代6月2日号の佐藤優氏のコラム「名著。再び」P116の文面には感心しました。表題は「書くことの鍛錬こそが複雑な現代社会で 自由になるための方法だ」です。
書評であり「小論文書き方と考え方」(大堀精一・著・講談社2018年刊)を評論しています。いくつか引用してみます。

「この本が優れているのは、小論文の対象を拡散させずに、大学入試1本に絞り込んだことだ。大学入試の小論文では、高度な専門知識は必要とされないが、高校の教科書レベルの知識を総合し、表現する能力が問われているからだ。

 これはビジネスパーソンで必要とされる能力とかさなるところが大きい。」(P116)

「皆さんはそれぞれに心の中で思っていることがありますよね。でもそれを人の前で抵抗感なく言える人はいますか。尋ねられて目をおよかせたり、うつむき加減になったり、生真面目な表情になったりする生徒たち。でもそれは自然な反応なのだ。

 思っていることを抵抗なく言えると胸を張れる人などほとんどいない。自分が思うことと、それを口に出すことはイコールでもないし、連続もしていないのだ。

  (中略)
 
 もちろん、それを人にうまく伝えられたほうがいいけれど、感動が深い程、表すのは難しいというのはよくあることだ。「筆舌に尽くしがたい」という言葉もある。」(P117)

 書くことの意味合いを明確に以下のように定義しています。

「思ったことをうまく口に出せないという「感じ」が本書の始まりだった。その違和感から出発して「書く」ことは論理的思考を呼び寄せ、その思考こそが「書く」にふさわしい言葉、普遍性のある言葉を探し当てる。

 その先で私たちが出合うのは自分の世界がひとまわり広くて多様なものになっていく感じだ。その「感じ」の事を、私たちは「自由」と言う言葉で呼ぶ。

 違和感から出発して「書く」ことの先で私たちが出あうのは。この「自由」なのである。」(P117)

 私などは、毎日「だらだら」と雑文を書いては、FBやブログに「投稿」しています。社会の出来事や、日々流されている毎日の生活記録や、地域活動の記録を書いているの過ぎません。今日の出来事を今日書いておかないと、明日はまた別の出来事があるので、忘れてしまうので。ひたすら書いています。私には佐藤氏が記述いるような、「書くことで思索する」などの高尚なことはありません。記録の意味合いが強いです。最大の読者は自分であり、あの時こんな出来事があったんだと、振り返りの時役立つ程度です。

 IT時代、情報化社会である現代社会では「書く」ことがとても大事であると言います。

「言語の指示機能とは、生活の上で他人との交通の必要性がうまれたために使われる機能を指している。グローバル化とIT化が進み、生産過程が高度に複雑化していく現代社会において、そこで使われている言葉は「機能化と能率化の度合いを益々深めていく」。

 その一方で語彙は多様化しながら、それぞれに「単一の明晰さを求められる。」私たちの使う言葉は曖昧さが許されず、同調圧力は高まって、「じぶんがこころの奥底にもっている思いは、とうてい言葉であらわせないという感じはつよくなっていく。」のである。」

「現代は、たくさんの言葉が行き交っているように見えながら、じつは「みんなもそう言っている」と思える範囲の事しか語りえないような、息苦しさにとらわれた時代なのだ。」

「同調圧力の強い時代に内心の自由を確保するためには書く作業が不可欠なのである。小論文いこだわる必要はない。大学ノートや手帳、あるいはスマートフォンやタブレットのメモ機能を用いて書く作業を日常的に行うことで、われわれの知力は強化される。」

「同時に必要なのは㎡各作業に素直さが要求されることだ。大堀氏は、書く過程での倫理的思考は、現実への単なる拒絶や立場の異なる者への攻撃、糾弾を意味していない。

 論理と言う言葉の硬く冷たいイメージと裏腹に、論理的思考がやわらかい言葉を研ぎだすことが、むしろ重要なのだ。と強調する。」(P117)

あらかじめ相手を罵倒し、こきおろすだけのための文章などがあります。そんな文章をいくら読んだところで知力は高まらないと筆者はいいます。「ポジショントーク」ということらしいですが、いくら読んでも知力は高まらないそうですので。

 さて私は毎日いくばくかの文章を仕事でも個人でも書いています。さて「知力:」は少し向上したのであろうか?自信はないですね。

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2018.04.26

週刊新潮記事の社会的貢献度

 官邸機密費で買収饗応されているとおぼしき「談合記者クラブ」には属しない「野良犬メディア」の1つである週刊新潮。2018年4月26日号は何かと話題になっていましたので、コンビニで購入しました。
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 巻頭の白黒グラビアは「最強官庁トップの 嘘がバレルる日」とあります。全く「ろくでもないセクハラ行為」。エリート官僚らしいがおぞましく、恥ずかしい。

 話題の記事は20Pから27Pの見開き特集。「嘘つきは財務官僚の始まり」「セクハラをしらばっくれた「福田次官」の寝言は寝て言え!」という強烈な見出。
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「女性記者」を「キャバ嬢」にする替えた改ざんを暴く」

「女性輝けない「麻生財務相」が「嫌なら男の記者に変えればいい」とか言い見出しなんぞは、電車の中吊り広告や駅の売店用のコピーに使用されているんではないでしょうか?
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 週刊新潮の記事の中で特に注目したのは、P24にある「なぜ自社で報道できないのかの疑問に答える」ですね。

 ある大手新聞社の社会部の女性記者は情報源の男性から執拗なセクハラを常にうけていたので会社の相談したそうです。
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「幹部に呼び出されて、ひとりの人間を潰す気かと叱責されました。情報源の勤務先に漏れて迷惑がかかったらどうするんだ」と言われたそうです。

 セクハラは「人権問題」です。取材活動でのセクハラが耐えられないと正論を言っているのに社員を守る対応をしない大手新聞社の人権感覚はどうなっているんでしょうか?日本は「先進国」と言えるのでしょうか?
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 結局諸悪の根源は「談合記者クラブ」でしょう。官公庁記者クラブからの追放が怖くてマスコミ各社は正論が言えないと言うことのようです。これでは新聞やテレビは「社会の歪みを正す」役割を自ら放棄した腰抜けしか言えないですね。最低ですね。

 官公庁や首相官邸の「意向通り」の記事しか書けないし、報道できない。報道の自由を自ら放棄している記者クラブの大手メディア。

 週刊新潮などの「野良犬メディア」は逞しくあっていただきたい。社会的な役目はとても大きいと思いますね。

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2018.03.03

個人消費増大は羽生結弦のおかげ?

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 高知市で今日発売の週刊現代3月10日号の記事「さあ、大変!妻が羽生くんの追っかけになりました」(P150~153)には仰天しました。

 「観戦ツアーは4日で90万円」「プーさんぬいぐるみ5000円、応援行脚で年間3000万円。いくら遣えば気が済むのか」「なかなか注意できない」「今度は娘までハマりだした」という見出しは、奥さんが羽生選手の熱烈なファンになり、TV観戦に飽き足らず「追っかけ」になり行動するさまを嘆いているご主人の声です。

 平昌五輪の男子フィギア・スケートの羽生結弦選手の演技終了後にリンクに投げ込まれた熊のプーさん人間は1つが5000円もするとは驚きでした。記事に寄りますとプーさんのぬいぐるみはディズニーの公式ストアで5000円前後で売られているとか。
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 投げ込まれたぬいぐるみの数は何百とありましたから。其れだけでも凄い。ファンと思われる人のツイーターにはこう書かれています。

「羽生くんは毎回リンクに投げ込まれる大量のプーさん達を全国のスケートクラブの子供達や児童養護施設の子供達にプレゼントしてると知りまたもや泣いております(´???ρ???`)羽生くんは人間ではなく天使なのですね(´???ρ???`)(震)今まで人間だと思っていましたごめんなさい(´???ρ???`)
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 以前韓流スターのぺ・ヨンジュンのファンであると言う女性の自宅に行ったことがありました。家じゅう、部屋中がグッズで溢れかえっていました。国内や韓国でのイベントにも可能な限り参加し、グッズを購入するとか。壁は写真だらけで食器も座布団まで顔顔顔。目が回りそうでした。

 羽生選手はまだ若い(23歳)だし、怪我で引退でもしない限りブームは後4年(2022年北京冬季五輪)までは続きますね。

 記事はこう結ばれています。

「かくして「ゆずリスト妻」たちは日に日に増えていく。家庭も家計も溶かしてしまう羽生結弦は、やはりスゴすぎる。」(P153)

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2018.02.23

現代日本社会の病理・自称「意識髙い系」の人々

 週刊現代の先週号(2月10日号)の佐藤優氏のコラム「名著。再び」の書評は、うなずくことが多い文章でした。佐藤優氏が論じた著作は「意識髙い系」の研究」(古谷経衡・著・文春新書・2017年刊)でした。

「努力する覚悟も能力もない それでも承認はされたい!「現代病」の実態」と今回の佐藤優氏のコラムの題名です。冒頭から引用します。

「大学生や20~30代の青年で、承認要求が肥大化しているが、実力が伴わない人がときどきいる。こういう人に勉強法を指南しても、継続的な努力が出来ないために、成果を全くあげることができない。

 自分の力は標準に達していないのにかかわらず、他人を見下す傾向がある。また、こういう人は
ノマド(遊牧民)、シンギョラティ(特異点)などのカタカナ用語をあちこちに千ラバめるが、その意味を正確に理解しているとは思えない。

 こんな生き方をしても滑稽で、誰からもまともに相手にされなってしまうことくらいわかる筈なのに、立ち居振る舞いを矯正することができない。本書を読んで、こういう人たちは「意識髙い系」というカテゴリーに括られ、独自の内在的論理をもっていることがわかった。」(週刊現代2月10日号 P116)

 なるほど、そういわれてみると該当する様な人物が過去にも何人かいました。私自身も大学時代に「その種」の傾向があったと自省します。「高校時代は浅薄な革命思想に被れていたので、大学では経済学などを真面目に勉強しよう」と思ったものの、勉強は3か月も続きませんでしたから。

 佐藤優氏の指摘は鋭い。「意識髙い系」の人達の願望は持論が公共性を獲得し、社会から認められたいという欲望がことさら強い「厄介な」存在であると。
  また1昔前と異なり最近ではインターネットの発達で、手軽にSNS(フェイスブック、ツイッター、インスタグラム等)で、「意識髙い系」は、加速度的に「可視化」されるようになっているそうです。

「(うざい、痛々しい、不愉快、とだけ形容される「意識髙い系」は漠然とした忌避や嘲笑の対象としてネット空間のみならず、いまやドラマなどのテレビ番組の中でも使われるほど単語として市民権を得た)古谷氏は指摘する。」(P117)

 自己顕示欲のせいであるとは思えませんが、日本社会で「護憲運動」や「反原発運動」が市民各位に広がりがないのも、運動体に意識、無意識に「意識髙い系」と見える振る舞いや言動が感じられるからではないかと思います。

 「自分たちは正しい事をやっている。」「自分たちは間違っていない。間違っているのは安倍政権」「安倍政権を無批判に支持するB層の政治的無関心な市民が悪いのだ。」と言い続けている限りは、広がりはないと思いますね。

 最後に佐藤氏はこう言います。

「学生時代と社会に出た初期に、自分を評価してくれるまともな大人との出会いがないと「意識髙い系」になりやすいのだと思う。」(P117)

 わたしの場合は、社会人2年間に森雅弘さんと言う許容量の大きな上司に恵まれました。営業のスーパースターでありましたが、持論を押し付けることもなく、生意気な若造の主張を根気よく傾聴していただき、「そこまで言うならやってみろ」と背中を押していただました。今でも交流を続けている人生の師匠です。
 
 また担当していた得意先のオーナーの荻野正吾さん、正宏さん、賢二さんとの出会いがあり、ご指導いただいたことが、社会人のスタートとしてはとても幸運でした。仕事の意義。営業のやりかた、商売人の心得を叩きこまれました。

 せっかくのご指南をほぼ40年近く活用できませんでした。わたしは無能でした。昨年からそのことを思いだし、真摯に努力しますと少し結果が出ました。「遅れてきた青年」は初期高齢者となりましたが、「人生125年」の老師の教えに従い「人生まだまだこれからだ」と奮闘してみようと決意しているこの頃です。
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2018.01.18

アマゾン依存症問題と天皇と安倍政権


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 今週号の週刊現代1月27日号は、「アマゾン依存症の弊害・副作用」についてのレポートでした。考えさせられる記事です。「このままでは商店街もなくなりスーパーも淘汰される。」「アマゾンに個人情報も身ぐるみ剥がされ、管理社会になるのではないか」「アマゾンと取引しないと倒産してします。取引すれば苛酷な条件で疲弊してしまう現実」が克明にレポートされています。

 かつては「グーグル村八分」というのがありました。検索してもグーグルで表示されない仕打ちの事です。アマゾンの場合は物販が絡んでいるだけにより大きな影響力があります。ゆゆしき問題ですね。

もう1つ今週号の週刊現代で注目した記事は「安倍官邸は天皇陛下が大嫌い」(P52)でした。
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「速報を知った天皇は驚愕」

「官邸の宮内庁支配」

「見せしめの日程変更」

「5月1日退位を通告」など刺激的な見出しが躍っています。

 記事の結論は、「21年まで総理を続ける可能性がある安倍にとって。今上天皇は「目の上のタンコブ」であり続ける。(P55)

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2018.01.09

「世界史を創ったビジネスモデル」を読んで

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 「世界史を創ったビジネスモデル」(野口悠紀夫・著・新潮書店・2017年刊)の読書感想文をようやく書くことが出来ました。実は昨年10月7日に名古屋大学へ意見交換会に行った翌日に、名古屋市の丸善で購入し(空港で面談したかおちゃんにサインしてもらいました).父(98歳)の通院する植田医院での点滴治療の合間に読み終えていました。
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 しかし10月は仕事で滅茶苦茶せわしく、11月になり父が身体機能が低下し、足のむくみが酷くなり、12月になり母(92歳)が自宅で火傷し入院し、「ダブル介護」状態になりました。介護ケアは肉体的にきつくはありませんが、精神的になんか疲れます。最近ようやく慣れてきたこともあるし、1月7日の海の散帆で疲れも癒えました。感想文を書いてみます。

 まずタイトルに惹かれました。「世界史を創ったビジネスモデル」です。「ローマ帝国」「大航海時代の大英帝国」「マイクロソフトとアップル」「グーグルの成長」などが取り上げられています。「ITとビックデータはどんな世界を創るのか」と見出しにあり興味はつきません。

 著者の野口悠紀夫氏と言えば、経済学者であり、情報整理の「達人」であり「超整理法」とう著作を以前読んだことがありました。ハイテクやグローバル経済に長けた学者であり、ネット時代以前からその社会に対応する仕組みを20年前から考案されていました。
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 「歴史」といえば、「ローマ人の物語」(塩野七生)だとか、佐藤優氏や、内田樹氏や、古くは司馬遼太郎氏「この国のかたち」などを読んでいました。経済学者でハイテクやグローバル経済に長けた学者野口悠紀夫氏が「歴史について」記述すること事態が新鮮でした。
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 「歴史からビジネスモデルを学ぶ」としてこう記述しています。

「ビジネスモデルとは、普通は企業が事業を遂行するための具体的な手段や方法を指す。いかなる顧客を対象として、どのような商品やサービスを、どのように提供するかといったことだ。

 適切な微視ネスモデルの具体的な形は、環境条件が変れば変る。とりわけ、新しい技術が現れれば、大きく変わる。そうした場合にいかなるモデルを構築するべきかは、けっして簡単なことではない。」

  中略

「その際、過去のケースを調べて役立ちそうな事例を抽出するのは、有効な方法だ。ビジネスモデルの研究は。必然的にケースメソッドになる。」(P17)

→「ケースメソッド」は企業研修として注目されている学習手法の一つです。自己研究とディスカッションによって構成され能動的に学習に取り組むため、実践力とリーダーシップといった非認知能力が身につくとされています。(調べました)

 古代ローマ帝国は東西ローマ帝国に分裂するまで500年続き、東ローマ帝国は1500年も続きました。地中海全域を支配した大帝国が500年も続くことは、かつて人類の歴史上在りません。旧ソ連邦も広大な面積を支配しましたが、僅か74年しか続きませんでした。

 ビジネスモデルの2つの基本概念があると野口氏は言います。

「重要な概念は「多様性の確保」と「フロンティアの拡大」である。
 多様性を実現できた国や企業は、出来なかった国や企業に対して優位になることが多い。

 中略

 現代ではナチスドイツの異民族排斥政策がその典型だ。企業も多様性を失うと、80年代のIBMの例にみられるように衰退する。」
 
「多様性は、分権化と結びついている。これは特に現代国家における国の構造について、重要な意味を持つ。企業の場合でも、単に巨大化するのではなくて、意思決定を分権化することが必要だ。
 
 分権化を実現する手立ては、経済的な問題をについては市場メカニズムの活用であり、政治的には分権化である。」(P24)

 筆者が著作を起草した動機は、長らく続く日本経済の停滞であることでしょう。多様化を拒否し、分権を拒否し続ける日本の政治と経済。人口減で労働力人口が減少し、高齢化が世界に例を見ない速度で進行しているのに、移民の受け入れをしない日本社会の現実は、経済学の観点からは全く不意合理であると筆者は述べています。

 日本と対照的なやりかたで世界帝国を建設し、しかも500年間存続させた古代ローマ帝国を事例として野口悠紀夫氏独自の視点で分析しています。

「ローマ帝国は成功した。それは、分権化した国家機構、小さな官僚機構、自由な経済活動、平和、強力な軍などの条件による。」

「ナチスドイツが寛容政策を取っていれば、第2次大戦の結末は違うものになっただろう。ソ連が市場経済制度を導入していれば、集権下に伴う問題を回避できただろう。

 ナチスもソ連も、歴史の教訓に学ぶことができなかったのだ。」(P441)

「企業が失敗する条件もさまざまだ。新しい技術の価値を評価せず、古いビジネスモデルに固執し、異質性を排除し、同質の人々のグループになってしまうこと。短期的利益にとらわれて、長期的見通しを失うこと、などなど」(P442)

 まるで最近の日本の大企業の体たらくを指摘しているようですね。東芝やシャープのていたらく。品質管理の不祥事の酷さ。株高で空前の好景気と安倍政権は宣伝していますが、日銀の大幅な金融緩和政策でゆるゆるの利益向上であって、大半が内部留保と海外投資に廻り、新技術の開発投資や賃金への還元、人材投資は殆ど行われていません。

 野口悠紀夫氏は日本の現実をこう指摘しています。

「今の日本では、分権的な機能が機能しておらず、官僚機構が肥大化している。国全体も地域も企業も、異質のものを排除し同じ仲間だけで集まろうとする。

 古いビジネスモデルに固執して、新しい技術の導入を怠っている。異常な記入緩和政策で財政支出をまかない、企業は国の介入に依存するようになってきている。これらはきわめて深刻な兆候だ。しかも無視ないしは、軽視されている。

 日本は歴史に学ぶことができるのだろうか?」(P443)

 筆者は終章で本質を述べています。

「ナチスは人種的偏見のためにユダヤ人科学者を失った。これは、ローマ帝国がその末期に、ローマを守るゲルマン人を人種的偏見から排斥したのとそっくりだ。だから失敗すると予測できる。」

「ソ連の全体主義計画経済は、ディオクレティヌス帝以降のローマ帝国と殆ど同じ構造である。したがって、ローマ帝国のような崩壊の道を辿るだろうと予測できる。」

「中世のイタリアでは、都市国家が発展した。近代のヨーロッパも国家が分立していたからこそ進歩した。ところがEUはそうしたヨーロッパの歴史と異質のものである。

 EUはローマ帝国と同じだと思っている人が多いが全く異質だ。したがって、いずれ失敗すると予測できる。イギリスのEU離脱は、EUが終わりに向かう過程の始まりだろう。」

「ドナルド・トランプ米大統領は、自由な貿易を否定し、伝統的な製造業をアメリカに復活させることによって、失業した労働者に職を与えようとしている。そして移民や外国人労働者に対して非寛容な政策をとろうとしている。

 こうした政策が失敗するのは、火を見るより明らかだ。このような政策がアメリカを強くするなど、決してない。それは確実にアメリカの産業力を弱めるだろう。

 トランプ大統領の政策は、控えめにいっても時代錯誤の復古主義だが、国のビジネスモデルの基本から見ても明らかに誤りだ。

 建国以来のアメリカは、古代ローマの再建を目指し、そのビジネスモデルを意識的に模倣した。その理念は「異質性の尊重と寛容」だ。バラク・オバマ大統領が退任演説で強調したとうりである。」

「IBMがサービス事業に転換し、アップルが水平分業を実現し、グーグルがインターネット時代のビジネスモデルを構築した後の世界において、モノを作ることに固執するのは無意味である。

 シャープが失敗するだろうことは、かなりの確度をもって予測できた。これはビジネスモデル選択の問題であり、よく指摘されているような人事をめぐる内紛の問題ではなかったのだ。」(P447)

「予測の自己実現効果で社会が進歩する。」

 引用箇所が多いですが、この本の「エキス」であると思いますので、そのまま引用します。

「歴史の知識は、勝ち馬に乗ろうとする個人を助けるだけではないことだ。それは社会全体に利益を与える。何故なら多くの人々が歴史法則を知れば、成功すると予測されるビジネスモデルに対する支持が強まり、実際に成功するからである。」

「たとえば、ある会社が、歴史法則から見て成功するだろうと考えられるなら、優秀な人が集まる。そして、会社は実際に成功するだろう。予測は自己実現するのだ。これは「オイディプス効果」とか「マタイ効果」とよばれるものだ。歴史法則も自己実現するのである。」

「成功するだろうと歴史法則によって評価されるビジネスモデルは「正しい」モデルだ。
それが、偶然の些細な条件によって挫折してしまうという事態を避けることができ、本来成功すべきビジネスモデルが実際に成功できれば、社会は進歩する。」

「ナチスのドイツから逃げたユダヤ人の科学者たちは、アメリカが成功すると考えてアメリカに来た。そして、彼らの寄与により、アメリカの科学技術が実際に発展した。

 IT革命も同じだ。これはアメリカ人が実現したと言うよりは、シリコンバレーに来た外国人、とくにインド人や中国人が実現したのである。これらはアメリカのビジネスモデルが成功するだろうと言う予測が自己実現した例だ。」

「インターネット時代になって歴史のデータを引き出すのが容易になったので、歴史法則の自己実現効果は強まった。それを巧みに利用できる企業や国家の成長が加速化することになる。」

「ところで、歴史と言う集団記憶を維持できるのは、人類だけである。恐竜は遺伝子を通じて身体の機能や形態を進化させた。そして環境に適応して繁栄し続けた。しかし、集団的な記憶を持っていたのは遺伝子であり、歴史ではなかった。人類だけが歴史を用いて進化することができるのだ。

 ナチスドイツやソ連のような国家は、これからは現れないと思う。ただし、それは人々が歴史を知っている場合の事だ。北朝鮮のように歪められた歴史が教えられている国では、抑止効果は働かない。

 歴史に対する誠実さを欠く社会は、進歩から見放された社会だ。」(P446)

 昔の人は「故きを温ねて新しきを知る」とか温故知新ということを言いました。まさに野口悠紀夫氏の著作は「過去の事実を研究し、そこから新しい知識や見解をひらくこと」そのものでした。」一読されることをお薦めしたい。税別で1700円しますが、それだけの価値はありました。

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