書籍・雑誌

2019.06.03

弱者に寄り添う社会になるべきです。

 2019年5月29日の日本経済新聞の1面のコラム「春秋」には感心しました。
 筆者は「ハンセン病の元患者の隔離や障害者への強制不妊手術が基本的人権を原理とする現行憲法でかくも長く続いたのか」を問いかけている。

 5月28日に仙台地裁で、知的障害を理由に、不妊手術を強いられた女性が国を相手に損害賠償請求を求めた訴訟の判決が出ました。裁判官は「旧優生保護法は憲法違反。賠償請求は却下。請求期間が過ぎたから(20年とか)」とのことでした。

 https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201905/20190528_13041.html(河北新報記事)

 原告は勇気を振り絞って提訴に踏み切ったと思います。先日関連番組をテレビで見ていますと「あなたたちは生まれてきたことを恥と思いなさい。」「生まれてきてごめんなさいと言いなさい。」と周りから言われ続けてこられたそうです。優生保護法は平成時代にようやく廃止されましたが、根強い差別感情が周辺にありました。

 「原告はさまざまな理由で声を上げることが出来なかった。いわば、「弱い個人で」である。
 「周縁の弱い者こそがリアルな個人であり、そうした個人像に立脚した経験的な人権論を構成する。」ことが必要だ。と憲法学者の棟居快行さんは自戒をこめて発言されています。

 「日本の思想」の中で丸山真男氏は。「権利の上に眠る者」という記述をしていました。

「金を借りて催促されないことを言いことにして、ネコババをきめこむ不心得者がトクをして、気の弱い善人の貸し手が結局損をするという結果になるのは随分不人情な話のように思われるけれども、この規定の根拠には、権利の上の長くねむっている者は民法の保護に値しないという趣旨も含まれている、というお話だったのです。

 この説明にわたしはなるほどと思うと同時に。「権利の上にねむる者」という言葉が妙に強く印象に残りました。

 いま考えてみると、請求する行為によって時効を中断しない限り、たんに自分は債権者であるという位置に安住していると、ついには債権を喪失するというロジックの中には、1民法の法理にとどまらないきわめて重大な意味がひそんでいるように思われます。」(日本の思想・丸山真男・著(P154)

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-bde8.html(権利の上に眠る者を讀んで)

 確かに「強者の個人」の主張の様に思えますね。実際に差別や偏見、同調圧力などで「声をあげられない人たち」への「思いやりと」「配慮のない」裁判所の判決のように思えますね。日本経済新聞もなかなか鋭いコラムを書いていると感心しました。

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2019.04.28

「戦略の世界史」を拾い読み


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 2週間前に家内がオーテピアという高知県と高知市の合築図書館へ行ってみたいというので、歩いていきました。私にすれば2回目。家内が本を借る間館内をぶらついていると社会科学のコーナーで「戦略の世界史」(ローレンス・フリードマン・著・貫井佳子・訳・日本経済新聞出版社・2018年)を借りてもらいました。

 分厚い書籍で上下2巻。1冊で557pもある大作です。著者は英国人。さすがはかつて世界帝国を運営していたことがある英国だけに世界史的な視点で書いています。
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 軍事や戦争、政治、社会運動や社会思想など幅が広いし壮大。古代ギリシャ時代から、孫子やマキァベリ、ナポレオン、クラウゼヴィッツ、モルトケ、チャーチル、毛沢東、マルクス、バクーニン、レーニン、ローザ・ルクセンブルク、マックス・ウェーバーなどが登場します。

 丁度仕事が忙しい時期と重なり、「拾い読み」しただけ。なるほどと思ったのは、欧米人は「戦略」に長けているといわれていますが、それは歴史をよく勉強し、そこから学び、教訓を引き出していることはよくわかりました。拾い読みでもよくわかります。
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 返却時期が来ましたので、拾い読みでしかありませんでしたが、壮大さ、力強さを感じました。この種の書籍をじっくり精読できる時間をこしらえたいと思いました。

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2019.02.25

高齢化社会の現実を知ること


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 2019年2月19日は、役場で超高齢者の両親の医療費控除などの手続きがありました。確定申告の時期でもあり役場は大混雑。待ち時間を有効に活用するために、四国高知では今日発売の週刊現代3月2日号(講談社・刊)と週刊ポスト3月1日号(小学館・刊)を購入しました。
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 両誌とも共通してますのは、高齢者の親が亡くなった後の手続き特集「間違いだらけの死後の手続き」(週刊現代)や。「親のトリセツ」(老いては子に従え玄宗。親がOKしなければ決まらない)(週刊ポスト)という事前対策特集であります。

 私個人も昨年5月に父が逝去してからと言うもの、役場・年金事務所・銀行を49日までに何度も訪問。その間に法務局へもいきましたからよくわかります。
 役所は平日の昼間しか開庁していません。また親の死後の手続き期間があり、短いものもあります。税務署の手続きも4か月(昨年5月だから今年の12月31日まで)の届け出が必要です。
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 私の場合は親と同居してましたから、楽でしたが、県外に居住していて、会社勤めでしたら、その都度休暇を取り、役場や年金事務所や銀行周りをしなくてはいけません。兄弟がいれば遺産相続の法定手続きもしないといけないので、葬儀の時に、遺産相続を49日に行うことをしないと難しい。承諾書と印鑑も持ってきてもらわないと前へは進めないから。
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 私は1人息子であるし、父も税務署に申告しなければならないほどの資産はありませんでした。本当に清貧の人生でした。税務署への申告も担当官が一読して「これでいいですよ」で終わりでした。個人資産がたくさんある人は大変であると思いますね。
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 かつての少年マガジン(講談社)や少年サンデー(小学館)の愛読者であった少年たちが、老親の死後対策特集を読んでいるとは。日本はつくづく高齢化社会であると思いました。
 「巨人の星」「おばけのQ太郎」「おそ松くん」「天才バカボン」「あしたのジョー」などを少年マガジンや少年サンデーを愛読していた少年が、今や老人になり、高齢化社会への入り口に立っています。

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2018.11.08

映画・マルクス・エンゲルス

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 格差社会が世界中で進行しています。さらには民族排外的な極右勢力が台頭し、より格差と対立を深めています。そんな折映画「マルクス・エンゲルス」(ラウル・ペック監督作品)が全国各地で自主上映されています。高知市でも11月29日に高知県美術館ホールで自主上映されるようです。主催は「マルクス・エンゲルス」上映実行委員会・高知です。
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 監督はハイチ人。描かれるマルクスとエンゲルスは1840年代の青年時代。髭もじゃもじゃの晩年の姿ではないですね。哲学学徒からジャーナリストになっていた青年マルクスと、実家が裕福な紡績工場を経営している青年エンゲルス。経済の不合理を感じながら社会運動に目覚める。
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 マルクスとエンゲルスの運命的な出会いや終生の友情のスタートが描かれているようです。貧困と格差社会にあえぐ貧しい労働者たち。マルクスとエンゲルスは思索の結果、社会運動を通じた社会の変革、階級闘争の推進を唱え「万国のプロレタリア団結せよ」の」というコピーを考案、共産党宣言を発表し、世界各地で出版します。映画は熱い彼らの青年時代を描いているようです。
 
 映画「マルクス・エンゲルス」公式サイト

http://www.hark3.com/marx/

 https://youtu.be/UTa0szGAMqU

 私個人も高校生時代に、「共産党宣言」や、「経済学・哲学草稿」「ドイツイデオロギー」、「フランスの内乱」、「イギリスにおける労働者階級の状態」などの著作を讀んでいました。心を熱くしていました。それから50年余りになります。当時は勉強せず社会運動に憧れる馬鹿な田舎の高校生でした。卒業できず4年間高校にいましたから。
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 今の日本も格差社会が蔓延し、勤労者の権利はどんどん剥奪され、経済的な貧困層が爆発的に増えています。しかるに社会運動がきちんと確立されていないので、政府や大企業の思うままの「改革」と称した格差拡大がとめどもなく拡大され続けています。人々の不平不満の受け皿が排外主義的な民族差別団体になっていることを真底憂いますね。なんとかしなければいけないが、母(92歳)の在宅介護と地域防災活動しか出来ない今の私には今はどうすることも出来ません。それに脊椎間狭窄症や滑り症との診断で、毎日足腰が痛く、「走れないからだ」になっているので、ストレスのかかる社会運動はできません。

 今こそ原点に戻り、今一度マルクスやエンゲルスを学び直し社会運動として「階級闘争」をしなければいけないのではないかと思いますね。私個人のレベルでいつになればそれができるのか不明ですが、「目標」にしなければいけないと強く思います。

 世間は「明治維新150年」とごく一部の人達は騒いでいますが、同時代に「世界の変革」を唱えた巨大な思想家がいたことを忘れてはならないと思いますね。彼の著作を今一度熟読して、社会変革のヒントを考えてみたいと思います。映画は面白そうだと期待しています。

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2018.08.18

「意識髙い系」の研究を讀んで


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 「意識髙い系」の研究」(古谷経衡・著・文春新書・2017年刊)を讀みました。週刊現代2月10日号にの佐藤優氏のコラム「名著。再び」の書評は、うなずくことが多い文章でした。その書評もありましたので、新刊を書店で購入し読みました。

「「努力する覚悟も能力もない それでも承認はされたい!「現代病」の実態」と今回の佐藤優氏のコラムの題名です」

現代日本社会の病理・自称「意識髙い系」の人々

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-a212.html

 筆者は1982年の札幌生まれ。立命館大学を卒業後、現代は千葉に住んでいます。うちの子供世代の同世代です。「謄写版世代」の私なんぞと違い、インターネットやパソコンや情報端末が成長期に最初から存在していた世代とは、発想などは違いますね。

 SNSに多く登場する「ノマドワーカー」「愛国女子」や「ハローウィン」などわたしらの年代には理解不能な人達が出て来ます。それは「スクールカーストが生んだ被害者「意識髙い系」であると言います。

「彼ら「意識髙い系」の人々が、あくまで現代日本風にアレンジせしめた、実に卑小で輪郭の伴わない、社会的利益や公共への奉仕、あるいは自分磨きやスキルシップ、社会的弱者や地域・国家・世界への貢献と言う、「一見してだれもが納得しうる美辞麗句」を多用する一方で、その「抽象的な高次の大義」の下で遮断された欲望もまた、領土的な野心や帝国の建設などと言う壮大なものではなく、ひどく不細工で劣等なものばかりだからだ。

 その「小ささ」に再び幻滅するのである。(P134「欲望を隠す気持ちの悪さ」)

 長々と記述された著者の文章を書き写しながら、その「おぞましさ」を感じますね。なんだか「どうでもいい」存在ですが、SNSではご活躍されているのでしょうか?

 この著作を紹介した佐藤優氏もこう書いています。

「大学生や20~30代の青年で、承認要求が肥大化しているが、実力が伴わない人がときどきいる。こういう人に勉強法を指南しても、継続的な努力が出来ないために、成果を全くあげることができない。

 自分の力は標準に達していないのにかかわらず、他人を見下す傾向がある。また、こういう人は、ノマド(遊牧民)、シンギョラティ(特異点)などのカタカナ用語をあちこちに千ラバめるが、その意味を正確に理解しているとは思えない。

 こんな生き方をしても滑稽で、誰からもまともに相手にされなってしまうことくらいわかる筈なのに、立ち居振る舞いを矯正することができない。本書を読んで、こういう人たちは「意識髙い系」というカテゴリーに括られ、独自の内在的論理をもっていることがわかった。」(週刊現代2月10日号 P116)

「(うざい、痛々しい、不愉快、とだけ形容される「意識髙い系」は漠然とした忌避や嘲笑の対象としてネット空間のみならず、いまやドラマなどのテレビ番組の中でも使われるほど単語として市民権を得た)古谷氏は指摘する。」(週刊現代2月10日号 P117)

 佐藤氏はまたこう言います。
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「学生時代と社会に出た初期に、自分を評価してくれるまともな大人との出会いがないと「意識髙い系」になりやすいのだと思う。」(週刊現代2月10日号 P117)

 わたしの場合は、社会人2年目に森雅弘さんと言う許容量の大きな上司に恵まれました。当時は42歳で営業のスーパースターでありましたが、持論を押し付けることもなく、生意気な若造の主張を根気よく傾聴していただき、「そこまで言うならやってみろ!!」と背中を押していただました。今でも交流を続けている人生の師匠です。
 
 また担当していた得意先のオーナーの荻野正吾さん、正宏さん、賢二さんとの出会いがあり、ご指導いただいたことが、社会人のスタートとしてはとても幸運でした。仕事の意義。営業のやりかた、商売人の心得を叩きこまれました。

 せっかくのご指南をほぼ40年近く活用できませんでした。わたしは無能でした。昨年からそのことを思いだし、真摯に努力しますと少し結果が出ました。「遅れてきた青年」は初期高齢者となりましたが、「人生125年」の老師の教えに従い「人生まだまだこれからだ」と奮闘してみようと決意しているこの頃です。

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2018.08.10

高知商業の打力は本物ですね。


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 8月7日(火曜)発売の「週刊現代」のP68の記事。「本当の「ドラ1候補20人詳細データ付き」の記事は面白い。

20人のスカウト注目の選手のうち8人は投手。「山梨の山本昌」と言われている剛腕左腕の山梨学園の投手堀越建伸投手を乱打戦に持ち込み1回戦で高知商業は打ち勝っています。

 また明徳樹塾高校の市川悠太投手も県大会決勝で10点を取り、うち破っています。プロのスカウトが注目の有力投手2人に打ち勝った高知商業の実力は本物ですね。

 後は北代投手が「1人相撲」をしなければ、勝ち進んでいくのではないかと思います。大本命の大阪桐蔭と対戦していただきたいと思います。面白い試合になるでしょうから。

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2018.07.31

BS1スペシャル「ボクらと少年ジャンプの50年」

2018年7月29日(日曜)は台風12号対策で1日自宅に引きこもり。結果的に高知市は山間地区の避難準備情報も解除され、心配された大雨は降りませんでした。再放送でしたが「NHK BSIスペシャル ボクらと少年ジャンプの50年」を見ていました。歴史を感じる面白い番組でした。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2637528/index.html

 わたしは古い世代に属するので、少年漫画雑誌は「少年マガジン」「少年サンデー」を創刊時(1959年頃)から購入していました。少年ジャンプの創刊は1968年とか。中学3年時でした。直接購入した記憶はありませんが、初期の頃の「ハレンチ学園」とか「男1匹ガキ大将」、「東大一直線」などは記憶にありますね。

 「キン肉マン」や「ドクター・スランプ」「ドラゴンボール」「北斗の拳」「こちら亀有交番所前」「キャプテン翼」は、子供たちの時代に一緒に読んでいました。最盛期の1995年では653万部を発刊していたとか。

 先行していた少年マガジンと少年サンデーの牙城を崩すために、「新人作家の発掘」「作品賞の設置」「読者アンケートによる連載の可否」というシステムを導入し、若くてパワーのある漫画作家を引きつけていったようです。漫画家も個性的ですが、編集者も個性的。世界に誇る日本の漫画文化の凄さを垣間見ました。

 ネット社会になって紙媒体は苦戦はしているでしょう。でも面白いコンテンツは「漫画」にあるので、形を変えて漫画文化を展開していくものと信じています。

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2018.07.24

親鸞さんと蓮如さん


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 偶然の産物で父(享年100歳)の葬儀は浄土真宗西本願寺系の僧侶に読経してもらいました。四十九日の法要と納骨も依頼しました。

 仏壇も購入しました。右手に浄土真宗の開祖者である親鸞さん。左手には中興の祖であり大きな組織をこしらえた蓮如さん。仏壇はお寺の出張所だそうです。たしかに四十九日の法要をしたお寺は仏壇を拡大した装飾でした。というかお寺を縮小した様式が仏壇になっているようです。
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 以前親鸞さんと蓮如さんに関しては五木寛之氏の著作で読んだことがありました。個人ブログに読書感想文も書いていました。

 「親鸞」を読んで(2012年3月10日投稿)
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 「親鸞」(五木寛之・著・講談社・2010年刊)を図書館で借りて読みました。 上下2冊の小説でしたが、雨の2月25日に1日で読みました。小説では9歳から32歳までの親鸞や周りの人物が活き活きと描かれ、活劇のような躍動感がありました。五木氏の代表作「青春の門」のような、やんちゃで常に悩ましい親鸞は魅力でした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-cdbf.html

 「蓮如ー聖俗具有の人間像」を読んで(2012年5月22日)

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-9994.html

 「蓮如ー聖俗具有の人間像」(五木寛之・著・岩波新書・1994年刊)を読みました。親鸞が開祖した浄土真宗も、時代が下ると、衰退し、分派がいくつもあり、混乱していました。また蓮如が生まれた時代は、室町末期で、応仁の乱が勃発し、地方も都も秩序が乱れていました。
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 読んでいて驚いたのは、蓮如は若い時から布教活動を精力的にしていたわけではなく、貧しい寺を継承する43歳までは雌伏の時代であったと言うことでした。

  五木寛之氏は親鸞と蓮如を対比させ、こう書いています。

「親鸞は「貴種流裡」の聖人でした。どんなに「とく」を自称し、野のひじりとして貧しく生きても、その身辺にはおのずと精神の貴族性がオーラのように漂います。彼は貴族の子として生まれた、いわば「乞食王子」なのです。

 蓮如は、さびれはてた寺に、「いやしき女」の子として生まれました。いわば「卑種栄達」の俗人です。こういう人が成金めいた振る舞いをするのは、ある種の切なさがあって、わたしは嫌いではありません。

 蓮如の同胞意識は、彼の思想の結果ではありません。おのずと人と差別なく接する体質だったと思います。彼が親鸞思想の本質を正しく理解しえていたかどうかは、論議のわかれるところです。

 しかし、私は蓮如が親鸞の教えの中に自己を救われる何かを発見し、親鸞を「たのんだ」と思います。そしてそれを同じ立場の人に伝えたいと、真剣に心から願ったと感ずるのです。」

 親鸞さんは「弟子などはいらん」と言い続けた創業者。理念は素晴らしかったですが、宗教組織とし体裁がないまま衰退していきました。蓮如さんは「時代の申し子」として中高年甥なってから突然輝き出し、強固な宗教組織をつくりだしました。

 織田信長は終生一向宗との対立抗争を繰り返し、天下人の豊臣秀吉は懐柔し、徳川家康は、本願寺を東と西に分割しました。

 小さな父の仏壇を眺めながら6年ほど前に読書した「親鸞」と「蓮如」について考えてみました。

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2018.05.27

書くことが「自由」な発想を獲得するための手段だ

 父が愛読していた「週刊現代」。父が亡くなった後も、私が購読しています。理由は談合記者クラブに所属していない「野良犬メディア」であること。発行者が講談社であるので、初老の人向けの「少年マガジン」であると思います。

 週刊現代6月2日号の佐藤優氏のコラム「名著。再び」P116の文面には感心しました。表題は「書くことの鍛錬こそが複雑な現代社会で 自由になるための方法だ」です。
書評であり「小論文書き方と考え方」(大堀精一・著・講談社2018年刊)を評論しています。いくつか引用してみます。

「この本が優れているのは、小論文の対象を拡散させずに、大学入試1本に絞り込んだことだ。大学入試の小論文では、高度な専門知識は必要とされないが、高校の教科書レベルの知識を総合し、表現する能力が問われているからだ。

 これはビジネスパーソンで必要とされる能力とかさなるところが大きい。」(P116)

「皆さんはそれぞれに心の中で思っていることがありますよね。でもそれを人の前で抵抗感なく言える人はいますか。尋ねられて目をおよかせたり、うつむき加減になったり、生真面目な表情になったりする生徒たち。でもそれは自然な反応なのだ。

 思っていることを抵抗なく言えると胸を張れる人などほとんどいない。自分が思うことと、それを口に出すことはイコールでもないし、連続もしていないのだ。

  (中略)
 
 もちろん、それを人にうまく伝えられたほうがいいけれど、感動が深い程、表すのは難しいというのはよくあることだ。「筆舌に尽くしがたい」という言葉もある。」(P117)

 書くことの意味合いを明確に以下のように定義しています。

「思ったことをうまく口に出せないという「感じ」が本書の始まりだった。その違和感から出発して「書く」ことは論理的思考を呼び寄せ、その思考こそが「書く」にふさわしい言葉、普遍性のある言葉を探し当てる。

 その先で私たちが出合うのは自分の世界がひとまわり広くて多様なものになっていく感じだ。その「感じ」の事を、私たちは「自由」と言う言葉で呼ぶ。

 違和感から出発して「書く」ことの先で私たちが出あうのは。この「自由」なのである。」(P117)

 私などは、毎日「だらだら」と雑文を書いては、FBやブログに「投稿」しています。社会の出来事や、日々流されている毎日の生活記録や、地域活動の記録を書いているの過ぎません。今日の出来事を今日書いておかないと、明日はまた別の出来事があるので、忘れてしまうので。ひたすら書いています。私には佐藤氏が記述いるような、「書くことで思索する」などの高尚なことはありません。記録の意味合いが強いです。最大の読者は自分であり、あの時こんな出来事があったんだと、振り返りの時役立つ程度です。

 IT時代、情報化社会である現代社会では「書く」ことがとても大事であると言います。

「言語の指示機能とは、生活の上で他人との交通の必要性がうまれたために使われる機能を指している。グローバル化とIT化が進み、生産過程が高度に複雑化していく現代社会において、そこで使われている言葉は「機能化と能率化の度合いを益々深めていく」。

 その一方で語彙は多様化しながら、それぞれに「単一の明晰さを求められる。」私たちの使う言葉は曖昧さが許されず、同調圧力は高まって、「じぶんがこころの奥底にもっている思いは、とうてい言葉であらわせないという感じはつよくなっていく。」のである。」

「現代は、たくさんの言葉が行き交っているように見えながら、じつは「みんなもそう言っている」と思える範囲の事しか語りえないような、息苦しさにとらわれた時代なのだ。」

「同調圧力の強い時代に内心の自由を確保するためには書く作業が不可欠なのである。小論文いこだわる必要はない。大学ノートや手帳、あるいはスマートフォンやタブレットのメモ機能を用いて書く作業を日常的に行うことで、われわれの知力は強化される。」

「同時に必要なのは㎡各作業に素直さが要求されることだ。大堀氏は、書く過程での倫理的思考は、現実への単なる拒絶や立場の異なる者への攻撃、糾弾を意味していない。

 論理と言う言葉の硬く冷たいイメージと裏腹に、論理的思考がやわらかい言葉を研ぎだすことが、むしろ重要なのだ。と強調する。」(P117)

あらかじめ相手を罵倒し、こきおろすだけのための文章などがあります。そんな文章をいくら読んだところで知力は高まらないと筆者はいいます。「ポジショントーク」ということらしいですが、いくら読んでも知力は高まらないそうですので。

 さて私は毎日いくばくかの文章を仕事でも個人でも書いています。さて「知力:」は少し向上したのであろうか?自信はないですね。

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2018.04.26

週刊新潮記事の社会的貢献度

 官邸機密費で買収饗応されているとおぼしき「談合記者クラブ」には属しない「野良犬メディア」の1つである週刊新潮。2018年4月26日号は何かと話題になっていましたので、コンビニで購入しました。
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 巻頭の白黒グラビアは「最強官庁トップの 嘘がバレルる日」とあります。全く「ろくでもないセクハラ行為」。エリート官僚らしいがおぞましく、恥ずかしい。

 話題の記事は20Pから27Pの見開き特集。「嘘つきは財務官僚の始まり」「セクハラをしらばっくれた「福田次官」の寝言は寝て言え!」という強烈な見出。
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「女性記者」を「キャバ嬢」にする替えた改ざんを暴く」

「女性輝けない「麻生財務相」が「嫌なら男の記者に変えればいい」とか言い見出しなんぞは、電車の中吊り広告や駅の売店用のコピーに使用されているんではないでしょうか?
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 週刊新潮の記事の中で特に注目したのは、P24にある「なぜ自社で報道できないのかの疑問に答える」ですね。

 ある大手新聞社の社会部の女性記者は情報源の男性から執拗なセクハラを常にうけていたので会社の相談したそうです。
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「幹部に呼び出されて、ひとりの人間を潰す気かと叱責されました。情報源の勤務先に漏れて迷惑がかかったらどうするんだ」と言われたそうです。

 セクハラは「人権問題」です。取材活動でのセクハラが耐えられないと正論を言っているのに社員を守る対応をしない大手新聞社の人権感覚はどうなっているんでしょうか?日本は「先進国」と言えるのでしょうか?
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 結局諸悪の根源は「談合記者クラブ」でしょう。官公庁記者クラブからの追放が怖くてマスコミ各社は正論が言えないと言うことのようです。これでは新聞やテレビは「社会の歪みを正す」役割を自ら放棄した腰抜けしか言えないですね。最低ですね。

 官公庁や首相官邸の「意向通り」の記事しか書けないし、報道できない。報道の自由を自ら放棄している記者クラブの大手メディア。

 週刊新潮などの「野良犬メディア」は逞しくあっていただきたい。社会的な役目はとても大きいと思いますね。

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