書籍・雑誌

2017.10.07

憲法改正より原発の廃炉が先だろう!!


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 10月22日に投開票の衆議院選挙。「体制選択選挙」であると言われてます。「憲法改正をして北朝鮮といつでも戦争が出来る国にしなければならない」と安倍首相は声高に叫んでいる。野党の希望の党も維新も安保法制(戦争法案)と憲法改正に賛成だ。

 この状態ではいわゆる「改憲勢力」が憲法改正の発議に必要な国会議員の議席の3分の2以上どころではなく5分の4を占める勢いだ。声高に「戦争だ」「北朝鮮をやっつけろ!」を言うのは自由であるが、憲法改正よりも最優先課題がある。それは「原発の廃炉」である。
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 週刊現代、10月14日・21日の合併号にとても気になる特集記事があります。

「緊急シュミレーション 北朝鮮のミサイルが日本の日本の原発に落ちたら」「朝鮮労働党幹部が標的の1つと明言」「いつミサイルが飛んできてもおかしくない。北朝鮮をめぐる情勢。もし日本の原発に着弾すればその被害は想像を絶するものになる」

 トランプ大統領に追随し、安倍首相は「北朝鮮には対話でなく圧力だ、」と強硬姿勢で戦争も辞さない。そのためにはついに憲法改正まで言いだし、自民党の選挙公約にまでしています。

 それは勇ましいことですが、日本には弱点、しかも致命的な弱点があります。それは国内に54カ所にある原子力発電所と核燃料保管施設の存在です。多くは北朝鮮近くの日本海沿いにあります。もし原発が攻撃され爆破されたら、日本国民は生存することが出来ません。
 
 世界1の軍事大国イスラエルが何故自国に原発の建設を諦めたのか?それは世界1の軍事力とスパイ組織をもってしても僅か1基の原発を守りきれないと判断したからです。日本は原子力発電所だけで54基もあります。自国の防衛をどうするのか?安倍首相は原発の防衛しきれるのか?ちゃんと国民に回答していただきたい。

 記事の中に「最近北朝鮮では日本にいる米軍はもちろん、日本と言う国自体が強大な敵と言う認識が強まっている。

 敵国の1番の弱点を狙うのは戦術的には当然。狙われるのは日本にある50基以上ある下の原発です。」(軍事アナリストに西村金一氏)

 直接原発が攻撃されなくても災害大国日本です。大地震や大津波や大噴火で原発がッメルトダウンすれば、頼りにしている在日米軍は1番先に日本から逃げ出しますから。自衛隊は原発災害対策と被災者支援に廻ります。とても国防どころの話ではありません。少し冷静に考えたらわかることです。政治的主張が右とか左とかではありません。
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 今回の選挙は「戦争準備をしながら」「原発を推進する」という安倍自民党に投票しては亡国になります。「原発を廃炉にする」と明言する政党と候補者に入れます。国防のために私はそうします。

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2017.09.25

北朝鮮はロシアの傀儡国家でしょうね

 もともと金日成は旧ソ連領に匿われていました。抗日ゲリラをしていた人物になりかわりスターリンが押し立てた国が北朝鮮です。南朝鮮の体制が弱いと見抜いたスターリンは金日成を支持し朝鮮戦争を始めました。

 戦争準備が出来ていなかった韓国軍も米軍も押しまくられ釜山付近まで後退しました。日本にいたマッカーサー将軍の作戦で仁川に上陸。北朝鮮軍を撃破し、鴨緑江まで押し戻しました。建国直後の中国は介入を渋っていましたが、国の危機を感じ100万人の義勇兵を派兵し、38度線まで米軍を押し戻しました。

 1953年にスターリンが死去。朝鮮戦争は休戦になりました。しかし実際には朝鮮戦争は今でも続いていると見るべきですね。
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 週刊現代の今週号に面白い記事が掲載されていました。「金正恩極秘ルートで最後はロシアに亡命」「北朝鮮はプーチンランド」「北極海に浮かぶ島に亡命」とあります。記事を読みますとさもありなんと思いますね。

 北朝鮮軍の行軍の風景はロシア軍に似ています。帽子もです。弾道ミサイルも核爆弾もすべてロシアの技術でしょう。ロシアは中東におけるアサド政権の役割を北朝鮮に求めているのです。だから金正恩は超大国アメリカ相手に強気でおれます。

 ロシアが後ろについているようなので、いくら中国への制裁協力を要請しても北朝鮮はつぶれません。
 
 安倍首相もプーチンさんと親しいと言うのなら、拉致問題を始め、外交交渉で北朝鮮を黙らし、拉致問題を解決するように動くべきではないかと思いますね。なかなか興味ある記事でした。
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2017.09.22

浮浪雲の連載が終了しました


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 9月20日発売の「ビックコミック・オリジナル」の2017年10月5日号。1973年より44年間連載されていた「浮浪雲」ジョージ秋山・作)が最終回でした。幕末の時代を飄々と生き抜いた駕籠かき屋に主人はぐれ雲。最終回もそれなりに終わりました。
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 さして入れ込んで読んでいるわけではありませんでしたが、自分のモータークルーザー艇に「浮浪雲」と名前を付けた人もいました。

 連載が始まった1973年と言えば、高校を留年し、やっと卒業し、なんとか東京の私大へ進学し、田舎者が上京した年でした。19歳から20歳頃なので大昔です。

 時代はめまぐるしく変化しましたが、浮浪雲は相変わらずで、江戸時代のリズムで登場人物は皆「まったり」していました。
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 ビックコミック・オリジナルといえば「あぶさん」(水島新司・作)も長期連載されていました。1973年から2014年まで。41年の連載でしたね。

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2017.08.08

「日本の参謀本部」を読んで

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 「日本の参謀本部」(大江志乃夫・著・中公新著・1985年刊)を読みました。一読して旧日本帝国陸海軍の参謀本部のいい加減さ、出鱈目ぶり、無責任ぶりに驚きました。」正直これほど酷いものであるとは一読するまで思っていませんでした。

 明治以降日本の参謀本部のモデルはプロイセン=ドイツ陸軍でした。
「日本の陸軍はドイツ参謀本部、直接にはモルトケ時代の参謀本部を手本にしてつくられた。陸軍の機構・編制はもとより、軍事理論、参謀将校の養成に至るまで、ドイツを師とした。
 実際に指導にあたったのは、モルトケが人選してドイツ陸軍の参謀将校K・メッケル参謀少佐であった。メッケルの軍事理論と参謀養成教育がその後の日本陸軍のありかたに大きな影響をおよぼした。」(P9「メッケルの遺産」)

 ただ「生徒」である日本陸軍は伝統的に「戦略軽視・戦術重視」であったようです。それ故、ドイツ参謀本部の全貌を理解したと言い難いところがあったようです。

 以下の記述には注目して精読しました。

「ドイツ参謀本部の前身は戦時に編成される兵站部であった。ドイツの理想とされたフリードリッヒ大王に典型的な例を見ることが出来るように、最高将師である国王自身が全軍を率いて戦場にでて指揮をとったのであるから、そのスタッフに要求されたのは、最高将師が後願の憂いなく戦場で活動できるように準備体制をつくることであった。

 その最大の任務は兵站であり、陣営、行軍路の管理、要塞建設などの任務もふくんでいた。

 騎士軍団の崩壊以後、フランス革命まえのヨーロッパの陸軍の大部分が傭兵軍隊であり、使用兵力に限界があって1人の将師による全軍の運用が可能であった。傭兵軍隊の忠誠をとりつけるに必要なことは給与の支払いについで行軍と戦闘のさいに飢えさせないことであった。

 使用することが出来る兵力、軍隊の行動範囲と速度、戦場における士気、これらはいずれもパンの補給能力、つまり倉庫給養の展開能力にかかっていた。」

「フランス革命による国民軍隊の成立とその徴兵軍隊への移行、すなわち近代大衆軍隊の成立が事態を一変させた。傭兵軍隊時代に想像もできなかった大兵力を組織することができるようになり、兵力の分割使用が必要かつ可能になりー師団=ディバィジョーンの語源は”分割”であるー。

 さらに人口密度がたかいヨーロッパの農村を戦場とする限り「糧を敵に得る」つまり食料の現地調達が可能かつ不可欠となり、傭兵軍隊とちがってそれで我慢するようになった。スタッフの主要な機能は、兵站から分割された大兵力の合理的な管理運用に変化した。」

「日本には封建武士軍隊と近代大衆軍隊のあいだに傭兵軍隊時代の歴史がない。軍隊の忠誠をつなぎとめるものが兵站であるという歴史の経験がなかった。

 この伝統がなかったところに大衆軍隊時代の産物である参謀本部の制度が持ち込まれ、」しかも参謀本部の設置の中心人物が情報政治家の山県であったことは、日本の参謀本部に悪い伝統を持ち込む結果となった。」

「参謀本部が一方で兵站を軽視し、他方では軍事情報の実ならず、本来は政略に属する分野の謀略や情報政治にまで手を出すことになった。戦略の欠如を政略でカバーする傾向が生じた。

 軍人政治家は多いが、戦略家が出なかった日本陸軍の体質を、日本の参謀本部の期限が決定したものといえよう。」(P57「外征軍の頭脳」)

 戦略を軽視(戦争目的の欠如)と兵站(物資補給ルートの確立)がなしに戦争を外地で仕掛けても勝てる筈はないと思いました。現在一部のファシスト達が理想とする旧帝国陸海軍が実にお粗末な頭脳の参謀本部によって暴走していた惨状を想像しただけで戦慄します。

 その悲惨な状況が日中戦争の長期化であり、2次大戦での無残で悲惨な敗北でした。なぜ旧帝国陸海軍の参謀本部は無能で体たらくであったのか、兵站軽視と戦略軽視にあったことは理解できました。

 もう1つの大事な要素は「情報をきちんと収集し、時代の変化に軍を変化させることを怠ったこと」ではないかと思いました。

「日本の陸軍は第1次世界大戦の主要な参戦国陸軍の中で主戦場に姿を見せなかったただ一つの陸軍であった。第1次世界大戦は、日露戦争が端緒的に示した戦争の様相をより明確な形で表面化した。」

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「日露戦争以後の野戦の様相を一変させたのは掩蔽(えんぺい)陣地に潜む機関銃であり、そのような火力を擁する縦深陣地であった。

 歩兵の大量集中による決戦的会戦で敵野戦軍を撃滅するという短期決戦思想は破たんし、陣地戦による長期戦、消耗戦、持久戦の時代となった。

 戦争の長期化、消耗戦化にともない兵力だけでは勝敗を決することができなくなり、国力をあげての総力戦体制が必要となった。新しい戦争の様相に対応するための軍の編成、装備、戦法のすべての分野に渡って根本的な再検討が要求された。」

「しかるにこの重要な時期に、日本の陸軍はシベリア出兵に兵力とエネルイギーを費用を浪費し、大戦の研究から教訓を学ぶことを怠った。さらにシベリア出兵から、侵攻軍がおアルチザン=ゲリラ戦に巻き込まれた場合戦争は泥沼化し、勝利の展望がほとんどなくなるという教訓さえもひきだせなかった。」

「日露戦争を世界でも最新の編制、装備、戦法でたたかった日本の陸軍は、第1次世界大戦後に世界で2流の陸軍に転落した。

 日露戦争で少数兵力の日本軍が多数兵力のロシア軍に対して包囲戦術にでて成功したのは、編制、装備、戦法がロシア軍にまさっていたからであって、日本軍が精神的にすぐれていたからではない。

 むしろロシア軍のほうが戦場では勇敢であった。分析してみると、日露戦争の日本軍より第1次世界大戦の各国軍のほうが遥かに強靭な精神力を発揮している。」

「ところが日本陸軍は、維新と同時期の内戦である南北戦争以後はじめて本格的な陸戦を経験したにわか編成のアメリカ陸軍に対して、参戦当初の混乱だけからアメリカ陸軍を問題にするにたりないという結論を出してしまった。

 おくれて参戦したアメリカ陸軍が経験を積むことによって、ヨーロッパのどの国の陸軍にも劣らぬ精鋭に成長し、さらに大戦から多くの教訓をまなびとったことを見落としたのである。」(P137「幕僚機構の官僚機構化」)

 日本の参謀本部や政府首脳が、日清・日露の戦勝に酔いしれている間に、世界の戦争事情は劇的に変化していました。日本は第1次世界大戦の教訓を戦場で学ぶことなく、余計なシベリア出兵で資源を浪費し。遅れをとり二流陸軍国へ転落しました。

 一方もたついたアメリカ陸軍は第1次世界大戦で鍛えられ、精鋭に成長したのです。後々日本の陸海軍が米軍を馬鹿にして無残な敗戦を付き重ねて行く要員の1つが良く理解することが出来ました。

 最終章の「参謀本部の崩壊」のなかの見出しだけを取り出しても気が重い。「展望のない戦争」「無理な作戦計画」「無謀な第2段作戦」「原則無視の選択」「決断力をなくした大本営」「スタッフ人事の頽廃」「責任能力の喪失」「見えなくなった情勢」。ならべただけでも第2次世界大戦時の日本の参謀本部の無能ぶり¥、頽廃ぶり、無責任ぶりがわかりますね。

 現在自民党の安倍政権は、戦前の日本国の全体主義体制を理想化し、日本国憲法を改憲して復古主義で国づくりをしようともくろんでいます。

 日本の参謀本部のレベルの低さ、無責任、無能な体制を反省し、総活なしに、戦前の日本の国家体制が今より良いなんてことはありません。ありえません。一体何を勘違いしてこのような無能な参謀本部が指導し、惨めな敗戦を招いた社会体制にしたいのでしょうか?理解に苦しみますね。

 無能な軍部が国家中枢にのさばりつづけたのは、大日本帝国憲法の中に「統帥権」という国民が選んだ国会で統治・コントロールできない仕組みがあったからです。欽定憲法という形をとった故の制度的な欠陥でした。

 明治維新(1868年)以来、戦争に明け暮れ、大日本帝国憲法の制度的な欠陥と戦争指導部の無能さ(参謀本部の無能)ゆえに1945年の無残で惨めな敗戦よりも、日本国憲法の公布’1947年)以来、70年間平和を維持し、1人の外国人兵士も殺害しなかった時代のほうが、日本国民は幸せでした。

 書籍を一読してつくづくそう思います。

 

 

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2017.06.29

「透徹した人道主義者 岡﨑精郎」を読んで

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「透徹した人道主義者 岡﨑精郎」(吉田文茂・著・2008年・和田書房刊)を讀みました。高校生時代の知人のKさんに先日44年ぶりに再会した折に、この書籍を渡されました。いわば「課題図書」。父(98歳)の点滴中や、父のゴルフ練習の間の待ち時間を活用してようやく読み終えました。

 挿絵も写真もまったくなく、字がびっしりと並んでいました。295Pですが、脚注などもきちんとされていて、著者の吉田文茂氏は教育関係者らしく、時代考証し、関係者への聞き取りや関係者から提供された資料を読み込み、活用し、この著作を記述されたようです。

 一読して「岡﨑精郎」は、書籍の題名のとうり「透徹した人道主義者」であったと思いました。1898年に生まれ、1938年に逝去した40年の短い生涯でした。秋山村(現高知市春野町秋山)に生れました。実家は裕福な地主でした。

 絵画に才能があり学童美術でいくつか賞をとり、旧制第1中学(現・県立追手前高校)を卒業し、上京。画家岸田劉生と交流をしました。しかし病弱で画業で身を立てることに断念。療養中に白樺派の武者小路実篤やフランスの文学者ロマン・ロランなどの人道主義の文学者に傾倒していきました。

 父の逝去後地主の跡を継いで、白樺派流の理想の農園経営をめざし、小作料を提言し、小作農と協同組合を設立していくようになりました。部落問題にも取組差別解消のための運動へも参加するようになりました。

 農園経営は実に禁欲的なものでありました。読んでいてだらだらした我儘な私には到底そのなかで生活することは出来ないと思いました。これが第2期の時代。

 第3期はより社会と関わり、農民運動の指導者となり、秋山村の村長も歴任し、県会議員にも立候補、落選するが繰り上げ当選しました。理想を実現するため現実の社会運動路政治活動に没頭します。しかし思ったような成果はなかなか得られないようでした。

 第4期は地元に経済困窮者にも医療が受けられる医院を設立します。多くの人達に大歓迎されましたが、自身の病気と資金難で医院は閉鎖せざるを得なくなりました。

 正直讀んだ感想は、岡﨑精郎さんは「透徹した人道主義者」そのもので、禁欲的でそれは立派な人間であります。ではお付き合いしたいとか、一緒に行動したいかと言えば、今の余裕のない私の立場では遠慮させていただきます。

 私も中学生時代から左も右も社会運動や市民活動に邁進した時期もありました。負け戦が大半でした。成果をあげた市民活動もありました。

 「透徹した人道主義者」ということになりますと、俗人は到底ついていけません。ついていくのは隷属することになります。岡﨑精郎さんの独善性も気になりますが、「透徹した人道主義者」なので誰も批判ができません。また批判をしても「信念の人」なので自説を曲げることはない人でしょうから、一緒に行動することはたぶんないと思います。

 私の信念は、「面白いか面白くないか」であり、「面白いことはやるが、面白くないことはどんなに社会的意義があり、社会的正義であってもやらない」ことです。岡﨑精郎さんは「面白くない人」なので、同時代に今の私がいても多分一緒には行動しなかったと思います。「透徹した人道主義者」からすればそんな私の身勝手な思いは、到底許せないと思います。

 岡﨑精郎さんは1898年から1938年の40年生涯でしたが、同時代人としてはクラボウの創業者で企業家の大原孫三郎さん(1880年から1943年)がいます。

 大原孫三郎さんは紡績業で莫大な利益を上げた反面、従業員の待遇改善や、地域のために病院をこしらえ経営し、大原美術館をこしらえ、世界の絵画を収集し、社会科学研究所を設立したりしていました。岡﨑精郎さんと同様にキリスト教の洗礼も受けています。

 作家城山三郎の作品に「わしの目には十年先が見える」があります。大原孫三郎は学生時代(早稲田大)に放蕩三昧の生活(今のお金で1億円を浪費)を送り、父親に連れ戻され謹慎させられました。その後家業に専念しクラボウを発展させます。企業経営者として才覚がありました。

 広島の軍令部の駐屯地を倉敷に誘致する計画が倉敷の商業者の間から持ち上がったときは、「女工にとって風紀が乱れるから反対だ」と強硬に主張し、誘致を諦めさせました。また西洋美術の作品を収集した大原美術館は、満州国調査に来ていたリットン調査団がわざわざ立ち寄り視察したそうです。

 結果論ですが大原孫三郎のお蔭で倉敷は空爆を免れ、貴重な美術品も古い街並みも残りました。

 これはあくまで「たらねば」の話ですが、岡﨑精郎さんが大原孫三郎に面談し、診療所支援の話をすれば、ひょっとして支援をいただけたかもしれません。

 でも岡﨑精郎さんは、あくまで「自己完結的」な人であったので、そういうことはしなかったのかもしれません。

 全く知らない人物の伝記を読みました。著者の吉田文茂さんの労力のおかげで、地方で戦前に人道主義者で社会運動に生涯を捧げた人物が居たことを知ることが出来ました。

 

 

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2017.06.27

「ドラゴン桜」の設計思想


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 今日は週刊モーニング(講談社)の発売日(毎週木曜)です。近くのコンビニへゴミ拾いしながら早朝行きました。GIANT KILLINGとかグラゼニ、クッキングパパとかジパングとか老舗作家の作品も満載ですが、新人作家の登竜門でもあるようです。知らない作者の作品が多い。

 今週号(30号)で「面白い」と思ったのは、「モーニングを作った漫画たち」(コージイ城倉)です。「ドラゴン桜」(三田紀房・作・2003年~2007年迄)でした。10年前に連載は終了していますが、関連本も出版されドラマ化もされました。

 丁度娘が高校時代に担任教師が「ドラゴン桜」の愛読者だったらしく、授業中に「古典の源氏物語は「あさきゆめみし」(大和和紀の漫画)を読め」と言ったそうです。

 「先生それは今週号の「ドラゴン桜で桜木が言ってました。」とネタバレ発言をしたそうです。現職教員[特に受験指導担当)に隠れた愛読者が多かったようですね。

 P259は龍山高校3年生。特進クラスの生徒の水野直美にたいして桜木建二(弁護士で、私立龍山高等学校の運営問題を請け負人)が言い放つ場面が特集されています。

「社会のルールっていうやつは、すべて頭のいい奴が作っている。」

「それは つまりどういうことか。そのルールは頭のいい奴に都合のいいように作られてるんだ。」

「つまりお前らみたいに頭使わずに面倒くさってると、一生だまされて高い金払わされるんだ。」

「・・だまされたくなかったら、損して負けたくなかったら、自分でルール作る側にまわれ。勉強しろ」

「お前らガキは社会について何も知らないからだ」

「知らないと言うより大人は教えないんだ そのかわり 未知の無限の可能性なんて何の根拠もない無責任な妄想を植え付けるんだ」

「そんなもんに踊らされて 個性生かして人と違う人生遅れると思ったら大間違いだ!社会はそういうシステムになってない。 それを知らずに放り出される。」

「そこに待っているのは不満と後悔が渦巻く現実だ。」と。

 高校時代にこうした「現実」を思い知らせてくれる教師との出会いは残念なことにありませんでした。「社会革命」が本当に起きるかもしれないと信じていた幼稚な高校生でしたから。

 卒業できずただ1人留年して、2度目の3年生をしていました。運動体も壊滅し、高知から出て行きたいと思っていました。幸い父の家業も順調で学力さえ伴えば進学は可能でした。でも英語が全然ダメでした。

 9月になって担任教師が執拗に旺文社の実力テストを受けろと言いました。いやいやながら受けました。そしたら英語が15点、社会が95点、国語が90点でした。[英語さえ点数がとれたら私大文化系学部へは進学できる」ことがわかりました。

 そしたら母の女学校時代の友人の息子さんがある国立大学の医学部学生(土佐高校卒)で何故かぶらぶらしているとの事。その人に母が英語の家庭教師を10月に依頼しました。

 その人曰く「お前ら県立高校はな全然英語が駄目。ましてお前はまだ駄目。時間がない。赤尾の馬鹿たんを丸暗記しろ。英文読解と英作文だけやれ。授業が終わったら英語だけ勉強しろ。」とか言われ、1日8時間ぐらい受験英語の勉強をしました。

 「国語と社会は100点取れ。取りこぼしをするな。英語が50点取れればどっかの私大へは入れるから。」と言われました。11月の実力テストで英語が50点取れるようになりました。

 しかし基礎のない「付け焼刃」なので、50点から上がることはありませんでした。翌年2月に立命館・文と日大・法は不合格、専修・経済へ合格しました。進学先はどこでも良かったので、留年して「現役」で大学へ進学できました。

 結局10月から4か月半の猛勉強に過ぎませんでした。結果論ですが1年前から猛勉強していたら英語が80点は取れるようになれば、もっと偏差値の高い私大へ進学できたのでしょうが、所詮は「たらねば」の世界です。

「そこに待っているのは不満と後悔が渦巻く現実だ。」というには全くそのとうりでした。中学―高校と信じていた社会運動全般が破たんし、理想がすべて幻滅に変りました。「連合赤軍と新自由主義の総括」を試みていますが、未だにきちんと自分の中で出来ていません。現実の社会の変化が早く、アナログ人間の私はついていけないのですから。

 「ドラゴン桜」の桜木の言葉は真実です。

「社会のルールっていうやつは、すべて頭のいい奴が作っている。」

「それは つまりどういうことか。そのルールは頭のいい奴に都合のいいように作られてるんだ。」

「つまりお前らみたいに頭使わずに面倒くさってると、一生だまされて高い金払わされるんだ。」

 森友学園事件、加計学園事件などまさに「頭のいい奴が都合のよいように社会にしくみを作り替え、やりたい放題をやっている」ことにつきますね。

 福島原発の後始末も未だに出来ないのに、地震列島、災害大国日本で原発を再稼働させるのも、「頭の良い人達の自己都合」なんでしょう。

 馬鹿で還暦過ぎたおっさんが今更受験勉強して東京大学を目指すことができません。でもやれることは真摯に出来る範囲で地域活動をして、「社会のしくみ」を勉強して、避難困難地区で1人の犠牲者を出さない下知地区防災計画をこしらえることでしょうか。

 偏差値の低い市井の市民でも「やるときはやる」ことを人生掛けて証明したいと思います。「負け戦」の連続の人生ではありますが、そこから学ぶことも多いし、へこたれ中ればたまに「勝つ」こともあるでしょうから。

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2017.05.29

ショック!!「疾風の勇人」が打ちきりか?


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 週刊モーニング連載の戦後政治史を描いた政治漫画「所得倍増伝説!!疾風の勇人」(大和田秀樹・作)が、来週第63話で打ち切りになるらしい。
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 無残な敗戦後、闇市から税の取り立てを行っていた大蔵官僚の池田勇人を吉田茂がスカウトし、政治家として育てあげました。佐藤栄作、田中角栄、宮沢喜一、大平正芳、鳩山一郎、河野一郎、三木部吉、岸信介、三木武夫、石橋湛山などが存在感が濃厚に登場しました。

 それが来週で打ち切りとか。やはり安倍内閣からの圧力でしょう。安倍晋三が尊敬するという祖父の岸信介は漫画でも「妖怪」であり、「悪魔的」に描かれています。
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 それに引き替え戦後日本をけん引し、惨めな敗戦国から経済大国に引きあげた「吉田学校」の生徒たちは、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、大平正芳、宮沢喜一もカッコよくいい男で描かれています。
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 おそらく「祖父をこけにした」と安倍晋三が激怒したんでしょう。なんともスケールの小さい奴だと思いますね。「この漫画は史実を基にしたフィクションです」と書いていますのに。なんとも小さい。
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 公職の政治家は「こけにされてなんぼ」の世界ですから。

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2017.05.24

「誰にも書けないアイドル論」を読みました。

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 いつぞや出張時の県外のホテルのTVで、やたら芸能界のアイドルに詳しく、オネエ言葉で喋る強烈な印象のある人でした。最近ではNHK総合TVの「シブ5時」にも登場しているクリス松村氏です。

 「誰にも書けないアイドル論」(クリス松村・著・小学館・2014年刊を読みました。

 父親は外交官。海外生活が長く、家庭ではクラッシック音楽しか聞くことが許されなかったとか。親に隠れてアイドルの曲をラジオで聞いたり、小遣いでアイドルのレコードやグッズを買いためていましたが、ある時両親にすべて捨てられたのを機会に、絶縁紙独自の人生を歩んで行きました。

「かつてのアイドルは、デビュー当時はまだまだ垢抜けないないイモねえちゃんでした。そんな普通の女の子を、ファンのみんなと磨いていくー。その過程を楽しむのが、アイドルを応援する醍醐味のひとつでした。

 そういう喜びを感じさせるアイドルが、近頃は本当に見当たりません。」(「アイドル時代」概論 P37)

 クリス松村氏は、彼自身の定義するアイドルの原点は、森昌子であると言います。「昔からあった歌謡曲のジャンルのなかに、新たに「アイドル」というジャンルができたのは1971年でした。」(P33)

そしてクリス松村氏好みの「いも姉ちゃん」アイドルと、ファンとの良好な関係が持続したのは1984年までとか。そして昭和が終わる(1989年)でアイドルらしいアイドルは終わってしまった。

 また松田聖子は、アイドル出身のある意味の「スーパー・スター」ですね。

「彼女は、売り上げが安定しないというアイドルの流れや、恋愛ネタや結婚ネタがマスコミで騒がれるとアイドル生命を絶たれると言うジンクスをなくしました。」(P63)

 私にとってのアイドルを意識してみたらどうなっているか思い出してみました。

 岡﨑由紀、岩崎宏美、太田ひろみ、キャンデーズ、アグネスラム、南沙織、あたりになるんでしょうか。学生時代の友人はアグネス・チャンと浅野ゆう子のファンで、実際にコンサートへ行っていましたから。わたしはそれほど熱心ではなく、耳に入っていたと言う程度です。

 2年前に高知市で講演された音楽評論家のピーター・バラカンさん。子供の時から聞いていたことと同じことであると思いました。

「ピーター・バラカンのわが青春のサウンド・トラック」を読んで

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-fbf5.html

 クリス松村氏は、ゲイであるそうです。そうでありながら女性アイドルの成り立ちから歴史について記述しているのは、「大河ドラマ」のようでした。「年表」がほしいですね。ほんとにクリス松本氏以外は「誰も書けない」と思いました。

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2017.05.23

素晴らしいビックコミック・オリジナル

20日発売のビックコミック・オリジナル(6月5日号)。なかなかヘビーな内容ではないか。
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 登場人物が昭和天皇やアメリカの「赤狩り」の様子や、政治家の裏側を見せるまんがや、太宰治原作の「人間失格」まで盛りだくさんです。
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2017.05.12

母を連れてはりまや橋商店街へ


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 先週は5月の連休の5日(金曜)は、はりまや橋商店街での「活き活き100歳体操」はお休みでした。2週ぶりに母(91歳)を連れて来ました。
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 まずは夕飯用のコロッケを購入しました。次に谷ひろ子さんのお店で焼き菓子を購入しました。パン屋さんでクッキーを購入しました。
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 谷ひろ子さんのお店でコーヒーを依頼し、母とお茶しました。今日は100歳体操へ参加される人の参集時間が遅いようでした。
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 カメラの調子が悪く、100歳体操の写真が多く撮影できませんでした。
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 終わりますと事務所へいったん戻り父(97歳)を積んで横田胃腸科内科へ行きました。、待合室で奥内将之さんに会いました。久しぶりでした。
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 横田哲夫先生の診察は両親とも「医学的な所見はない。」ということでした。血圧は、父が136-60で、母が130-68で良好でした。

 処方された薬を受け取る調剤薬局に母と一緒に行きました。RKCテレビをやっていまして「文旦好きがこうじて」の著者である松田雅子さんがゲスト出演されていました。
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 だんだんお天気が悪くなりますね。明日は夜須でヨットレースがあります。土日2日間の予定。土曜日だけエントリーしていますが、お天気はどうなることでしょう。

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