国政問題

2026.08.12

「獄に暮らせば」を読んで

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「獄に暮らせば 21年7か月の獄中日記から」(重信房子・著・作品社・2026年刊)を読みました。率直な感想は、「重信房子さんは21年7か月の獄中生活をよくぞ生き抜いた。」と思いました。

 2000年11月8日に逮捕され、2022年5月27日に刑期満了で出所するまで21年7か月の獄中生活は、山あり谷ありであったことが読んでいて理解できました。わたしは3つの視点から注目しました。
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①獄中生活の詳細が克明に書かれていました。

 獄中生活の生活リズムは、特異です。制約だらけであり。拘置所時代と、刑務所時代とでは異なっています。

「獄の一日 2001年9月1日。

 平日は7時に起床のチャイムが鳴るが、今日は休日なので、7時30分にチャイム。(中略)

 寝床を畳んで、定位置に置き、掃除。平日は洗濯をこの時間に行い、干すものは刑務官補助員を補助する懲役労働の人が受け取りに来るが、休日は職員、職員補助の懲役の人の労働がほぼストップするので、自房に干せる小物を洗濯。(中略)

 7時50分に点呼。順番に、自分の房の前に職員が来たら東京拘置所入所の際に決められた番号を答える。名前は存在しない。(中略)
 8時の朝食は、マグロのフレークと、焼き海苔、味噌汁。今日の味噌汁は、なすの味が少々。15分後位、食べ終わる頃に残飯を弁当箱に入れて窓口に置いておくと、回収していく。(中略)

 9時からラジオ番組が流れ出す。9時45分に室内体操の放送が流れる。部屋の掃除をされている。11時30分ころ昼食。今日の昼の献立は、すき焼き風牛肉入りスープ、辛く煮た肉じゃが風ポテト。コーヒー、ビスケット5枚。

 4時過ぎに夕食。献立は、とろみ味あんかけ肉と野菜、コンソメスープ。ザーサイ。
 4時40分夕方の点呼。5時からラジオ放送が始まる。

 9時チャイムが鳴って減灯。消灯はないが暗くなる。大体11時過ぎに床につく。」(P60)
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 重信房子さんは淡々と拘置所生活、刑務所生活の日常を記述しています。その間に裁判があり、2010年に最高裁判決が確定し(控訴は棄却)され、2010年8月5日に判決が確定。受刑者となり刑務所に移管されました。拘置所から刑務所に代わっても獄中生活は克明に記述されています。

 人権無視の身勝手な刑務所のルールなどを、留置場や刑務所の受刑囚同志団結し、待遇改善を文章化し要求し、待遇改善につなげた事例がいくつも紹介されていました。

 重信房子さんが逮捕された時も「私は何も悪いことはしていない。」という信念で顔を上げ、手錠を掲げてサムアップされていたそうです。(サムアップ(Thumbs up)とは、握ったこぶしから親指を上に立てるジェスチャーのことです。英語圏や日本など世界中で「いいね」「賛成」「了解(OK)」という意味の肯定的なサインとして使われています。

 警視庁留置所に後から入ってきた中国人が「テレビでサムアップした人だ。」ということで同房者同士が「連携」したようです。街宣車で応援演説していたのは右翼民族派で「重信房子は正義だ!頑張れ重信房子!」と拘置所の外で言っていたとか。

 ラジオ体操の時間では、ラジオ体操のふりを知らない中国やベトナム人や日本人もいるので、教えあいながら情報交換をしていました。フレンドリーな姿勢は、21年7か月の獄中生活が無駄ではありませんでした。その後2022年5月28日に刑期満了集会に現れた一人は「昭島の獄で重信さんと友達になりました。重信さんから薬を辞めなさいと言われました。もうわたしは薬を辞めました。今は福祉施設で働いています。重信さん生きて出てこれてよかった。」(P322)」と発言し大きな拍手で皆が称えました。

②癌の手術や闘病生活は凄まじい。よくぞ生き抜いたと思います。

 大腸がん(数か所以上)、小腸がん、卵巣がん、子宮がんなどがあり,開腹手術、カテーテル手術も9回以上行われていて、抗がん剤の服薬もあり、手術に家族が付き添うこともかなわず、1人で耐え抜きました。刑務所の中で生き抜いたことは凄いとしか言いようがありま
 またコロナの時代も生き抜かれました。癌の手術も過酷な条件で移動が強いられ、命がけであったことも理解できました。2008年に癌が発見され、手術を繰り返し、刑期満了で生きて出所したことは素晴らしいです。

「突如、1月27日。大阪医療刑務所(大阪府堺市堺区泥町8の80)に移されました。2月3日に大腸癌2か所の手術を行うことにました。(中略)

 1月26日夕食後、外部との連絡が取れない時刻に突然、「すべての荷物持ち出し」を命じられました。(中略)医務担当係が現れて、以下の4点を通告しました。

第一に、あす他の刑事施設へ移動する。どこか?の質問に答えられない。第二に、手術に関しての一切は行き先で指示する。第三に、すでに東拘で、行った検査も含めて追加の検査を含めて追加の検査も含めて追加の検査を行う必要がある。第四に、感染症を避けるため、一時的に人工肛門をつける可能性がある。(中略)
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 バスに乗る寸前に「高等検察庁の命令によって、大阪医療刑務所に移動する」ことになりました。手術は成功し大腸癌の2か所の摘出と、小腸の癌の摘出をしました。

 その後8回も癌の手術しています。重信さんの身体にも大変な負担でありました。著作を読むと医療刑務所の医師たちは皆優秀で腕利きでした。重信さんの身体も癌に負けず元気で獄中の22年を耐えました。

③活動履歴の総括と反省、再出発について

 重信房子さんの存在は、日本の学生運動の高揚と限界、新左翼要は運動の高揚と限界、崩壊の歴史をご自身の身をもって体験されています。
重信房子がいた時代
 学生運動の体験者の多くは「若き日の良き思い出」として語られる繰り言が大半ですが、重信房子さんは、社学同から第2ブント(共産主義者同盟)の勃興と分裂、赤軍派の結成への参加と分裂と対立。連合赤軍への違和感の表明。「昔の思い出話」ではなく、常に「今の日本社会をどうするのか」「私たちは何を獲得し、何を失い。何を間違ったのか」を率直に今なお語られていることに注目していました。

 今回の著作では逮捕後の獄中生活22年の詳細な記録と、獄中にいた2008年からの壮絶な癌との闘病の記録も読みごたえがありました。社会運動への言及も記述は少ないものの、きちんと書かれていました。

「獄中記では、日本の60年代の学生運動のうねりの中から、その1人として等身大の姿の日々を記しています。」(P12 逮捕から裁判へ)

「70年代の私たち「日本赤軍」の戦いによって、不本意ながら巻き添えにし、被害を与えてしまったすべての方々に、深くお詫びします。
 70年代当時は、武装闘争が盛んに闘われてきました。当時アラブに結集し始めた私たち、のちの日本赤軍は、パレスティナに連帯し、解放運動の一翼を担っていました。武装闘争をもって、連帯することが、最高の連帯と考えていました。当時の条件の中で、パレスティナの解放の戦いに連帯したことを、今も誇りとしています。
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 しかし同時に、自らの能力や力量不足を補う方法として、「人質作戦」などの形態をとって戦いました。こうしたありかたは、直接当事者ではない人々を戦いに巻き込み、精神的、肉体的苦痛を与えてしまいました。
 この最終意見陳述の機会に、再びお詫び申し上げます。」(P51被告人の意見陳述)

「当時は、国内の武装闘争(今から考えれば、とても武装闘争と言えるものではなく、大菩薩峠闘争とか、逮捕されて当然の稚拙な在り方でした)の行き詰まりから、やはり武装闘争を国際的に成功させているパレスティナの戦いに幻想をもっていました。そうした「青い鳥」を探すような主体状況で、パレスティナ解放運動の生死を問われる戦争の中にさんかしました。

 時代の勢いもあり、私がアラブに渡った当時は、日本も連合赤軍事件前で、まだ左翼運動は負けつつも闘い続けていました。ベトナム解放の戦いも勝利的に前進していました。そうの戦いに貢献できることは、ボランティアとして何でもしようという思いからすたーとしました。

 その中に、政治も軍事もありました。パレスティナ解放の戦いをともにし、かつパレスティナで受け入れられた力をバネに、日本の変革も関わっているつもりで、後先を考えず(戦略的に考えず)闘ったと言えます。その結果としてイスラエル史観を土台とする西洋の警察・メディアからはテロリストと言われています。(中略)
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 わたしたちは、国内の連合赤軍事件に悲しみ、怒りつつ、しかし鉛のような敗北感のある日本社会ではなく闘いの中で解放される海外の世界にいました。
 その分、私はPFLPやパレスティナ革命の正義性に身を寄せて、日本の国内の戦い方をだめだなあと、外在的にしか見ていなかった。またなすすべがなかったと言えると思います。」(P65 誰がテロリストなのか)

「ぼんやりと69年の7月6日事件(当時ブント内フラクションだった赤軍派がブント指導部を暴力攻撃して赤軍派誕生のきっかけになった事件)(中略)

 なんであんな戦い方しかできなかったのか?社会運動や変革の可能性を摘み取ってしまったような、私たちの戦いの稚拙さをあれこれ思い巡っていました。」(P147)

 私の記憶が正しいければ当時のブントの議長はさらぎ氏でした。明治大学泉校舎で赤軍派が一方的に暴行した事件であったと思います。党内議論せず暴力で反対派を排除したレーニンの真似をしたと思われます。

 刑務所の待遇改善や、賃金の安さでは出所後の生活がなりたたない。また健康保険の対象ではないこともおかしいと指摘されています。

 とぎれとぎれでしたが読み切りました。引用し、紹介した文章はごく一部でしたが感動しました。この50年間の私個人のテーマであった「連合赤軍と新自由主義の総括」もなんとかできそうに思えるようになりました。重信房子さんに感謝です。
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2026.08.03

「獄に暮らせば」が届きました。

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 友人から「重信房子さんの獄中紀が出版されたぞ」との手紙が1か月前に来ていました。最近猛暑でへばり気味ですし、年老いた爺さんなのに仕事も多忙だし、地域防災活動も多忙を極めている。


 


 手紙の直後に図書館に「リクエスト」していました。7月31日に下知図書館に届き、早速借りてきました。でも返却日の8月14日までには読破できそうもない。341Pもあります。
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 重信房子さんは昭和20年生まれですから、80歳を超えています。「戦後日本社会の申し子」的な体験をされています。赤軍派の活動家になり、1971年にパレスティナに渡り、30年暮らされていました。2000年に日本で逮捕され、21年間刑務所生活をされ、その間に癌になり9回も手術され、生還されています。刑期満了で2022年に出獄されました。
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 友人によれば重信さんを心身共に支えたには、かつての明治大学2部の同窓生たちだとか。「ノンセクトに彼ら彼女らが、重信房子さんを励ましていた。」という。皆が「出所してきたら、皆で重信に文句を言わないかん。」ということで、20年間支えてきたと聞きました。


 


 仲間たちの励ましがあればこそ、病気からも生還できたし、「獄中記」も出版が出来たと思いました。
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 8月2日(日)は、地元二葉町町内会の「防虫・清掃作業日」。前日の8月1日(土曜)は、猛暑の中、お爺さんは夜須の海に浮かんでいましたので、疲れ果てています。何とか熱中症にならずに生還しましたが、戻ってからも冷やした水を3杯(500ML)を飲みました。


 


 慌てずに読める範囲で読んでみます。
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2026.08.01

熊本地震の怖さを感じます。


 10年前にも強い揺れで熊本地震はありました。10年後に再び熊本地震が起きました。今回は大企業の商業施設(イオン)や日本製紙などで大きな被害が出て、死傷者もでました。

 多くの大企業の製造拠点が熊本に集積していますが(その昔、熊本は地震が無いからという理由で誘致をしたらしい。)10年前に対策不足で手痛い目に逢いながら、今回は万全の対策をしていたはずなのに、大きな被害が出ました。理由がわかりません。

 とても他人事とは思えません。うちの鉄骨3階建ての建物も軟弱地盤に立っているので、おそらく傾いて住めなくなるだろう。あるいは浸水で海水が1階部に入り込んで修理不能になるでしょう。70歳を超えた老夫婦に再建できる余力などないし、銀行も兼ね貸してくれないでしょうから。年寄りには。

 本当に日本は災害大国です。つい1か月前には大雨災害が話題になっていました。今度は地震です。次はどこで起きるのかわかりません。

 それにしても高市内閣の動きの鈍い事。高価なアメリカの中古ミサイルよりも熊本の被災者のために、宿泊施設を提供することを手早くやれよと言いたい。なんか高市も維新も「防災」には関心がないことがありありとわかりますね。嫌になりますね。

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2026.07.27

「マルクス・リバイバル」を読んで

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 図書館で「マルクス・リバイバル・キーワードと新解釈』(マルチェロ・ムスト・著・斎藤幸平・監訳、佐々木隆治・監訳・2025年刊・地平社)をようやく読み切りました。2週間の貸し出し期限では読み切れず、リクエストががないことを図書館で確認し3回貸し出しを延長してようやく読みました。


 


 驚いたのは590ページもある書籍。編著者は1976年生まれの社会学教授。50歳。
監訳者は39歳と52歳の大学教授。私の大学入学当時も「初期マルクス」の研究が日本で盛んでした。もう53年も前のことです。


 


 マルクスの初期の著作と言えば「へ―ゲル法哲学批判」「ドイツ・イデオロギー」「フォイエル・バッハ論」「経済学・哲学草稿」「哲学の貧困」「フランスの内乱」「共産党宣言」などでした。
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 マルクスの巨大な概念構築のために、大陸の哲学や社会思想の読みこなし、後年イギリスへ渡ってから、当時の産業先進国のイギリスの経済学を丹念に分析し、資本論研究につながっていきました。


 


 その程度のことは、学生時代に「現代の理論社」等の雑誌などで読んでいました。しかし当時の日本の社会は「連合赤軍事件」(1972年2月)、早稲田大学での川口大三郎さんのリンチ殺人事件(1072年11月)のあとの新左翼セクト同士の際現のない内ゲバ殺人の連鎖が無限に継続する暗黒の時代が続きました。


 


http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html (連合赤軍と新自由主義の総括)


 


 田舎育ちの「早熟な政治少年」は、連合赤軍や内ゲバ殺人の巨大な渦の外周をぐるぐる回されて「50年間も」暗闇のトンネルに閉じ込められてうじうじしていました。転機は2024年に「重信房子のいた時代:(油井りょう子・著・絶版)と「彼は早稲田で死んだ」( 樋田毅・著・文藝春秋刊)を精読して、50年の呪縛から解放されました。
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http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2024/06/post-b83a12.html (「重信房子がいた時代」を読んで)


 


http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2024/06/post-a3dfc5.html (「彼は早稲田で死んだ」を読んで)


 


 自分が50年暗いトンネルの中にいた時代に生まれた若い学者(子供世代の知識人たち)が「マルクス・リバイバル」なる新しい概念でのマルクス像を提示していました。


 


 マルクスの概念に従い22の項目別に記述があります。
「資本主義」「共産主義」「民主主義」「プロレタリアート」「階級闘争」「政治組織」「革命」「労働」「資本と時間制」「エコロジー」「ジェンダー平等」「ナショナリズム」「移住」「植民地主義」「国家」「グローバル化」「戦争と国際関係」「宗教」「教育」「芸術」「テクノロジーと科学」「マルクス主義」でした。従来型のマルクス研究ではとりあげないテーマで学識者がコメントをしています。


 


 マルクスの著作をもとに、現代社会を各著者なりに「アップデート」して書いてありました。わからん項目が大半でしたが、読みごたえがありました。


 


 


 私は真面目にマルクスの著作(資本論など)を読み込んでいませんので、的外れな感想ですが、これはと思う部位を書きました。学生時代は「連合赤軍」と「内ゲバ殺人」の悪影響を強く受けた人間です。ほとんどの人達が無関心な問題でしょうが、50年間もうじうじと悩んでいましたから猶更です。22項のうち「政治組織」の問題が最も関心がありました。


 


 「政治組織」(ピーター・ヒューディス)(P175)


 


「マルクスの組織概念の基礎は、早くも1843年にはすでに見ることができる。」(P175)


 


「レーニンはマルクス主義の歴史の中で立場を確立したが、彼の組織概念(中略)は、とりわけ大衆に代わって権力を独占する一党独裁主義国家を推し進めて点で、きわめて自滅的なものであった。(中略)
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 労働者階級ではなく、労働者階級の名において支配すると訴える知的エリートに指導された単一の政党による権力の独占が、ソ連やその他のスターリン主義国家において、歴史のおける最も抑圧的な体制を準備した。」(P195)


 


「カール・マルクスは、生涯を通して革命組織に積極的に関与し、そこに参画しながら彼がどのような寄与をしたのかは、彼の数多の仕事の中でも最も議論されてこなかった問題の一つである。」(P175)


 


「一世紀が経ってみて、理論と実践の切り離しがどれだけの存在がもたらしたかは、いまや明らかである。いまこそ、マルクスの「政治的な」貢献、つまりは政治組織への貢献を再検討するときである。」(P196)


 


 マルクスの生存中に「プロレタリアートの党は、職業革命家たちに小さな集合からなされなければならないというブランキの見解を認めませんでした。


 


 しかしマルクスの没後には、マルクスの概念とは別物の党組織論が台頭し、大衆に代わり権力を独占する一党独裁国家を推し進めた点ではレーニンの間違い、スターリンの犯罪性は明らかです。マルクスの組織論概念とは別物でした。


 


 わたしが覚えているマルクスの概念は「1人の自由な発展が万人の発展となりうる新しい共同体(組織)」でした。


 


 一党独裁的な政党やセクトなどが、いくらマルクスの考え方の素晴らしさ、ユニークさを説いても、実現すべき党組織が個人の尊厳を限りなく無視する独裁政党故に何の説得力もありません。世界の多くで「いわゆる左翼政党」が退潮していますが。組織論がまちがっているから大衆は、見抜いて支持をしないと思われます。多くの既成左翼は気がついていないようですね。
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2026.07.26

仁淀川町防災キャンプの投稿

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 2026年7月23日地元紙の声広場(読者投稿欄)にひさしぶりに掲載されました。

「仁淀川町防災キャンプ」についてです。
 高知県は県土の84%が山地であり森林です、平野は16%しかありません。多くの平野は海に近く低地であり、地盤も悪い。二葉町は海抜0Mであり、海に隣接している。
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 80年前の昭和南海地震では、地震で堤防が崩壊。地盤も1・3M沈下したので、海水が地域内に流入。」2か月半は水没したままでした。

 唱和南海地震は規模は小さいと言われています。県は3重防護の堤防が完成したら下知地域は浸水しないと言います。ただし、それは規模の小さな昭和南海地震であった場合のこと。地震学者は次回の南海トラフ地震は、放映南海地震(1707年)規模の巨大地震が来るといわれています。
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 そうなれば二葉町は昭和南海地震と同じように長期間水没します。地域に戻り再建できるのは、早くて8年後です。その間どこで生活し、どこで商売をするのか。そのあたりが全く議論の対象になっていません。それに対する回答を二葉町は出しています。
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 それは山間部の人達との事前の地域間交流であり、顔の見える疎開(長期避難生活)を前提とした地域間交流を事前にやり続けることなのです。
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 写真は2025年の第1回仁淀川町防災キャンプです。避難所の確認、炊き出し訓練、地域交流う事業など最高でした。今年は長者地区でかいさいします。
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2026.07.23

「はたちの時代 60年代と私」を読んで

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 重信房子さんの著作の2冊目は「はたちの時代 60年代と私」(重信房子・著・太田出版・2023年刊)を読みました。1冊目の「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」(重信房子・著・2001年・幻冬舎刊)を読みました。1冊目は重信さんが日本へ30年ぶりに帰国され逮捕され、懲役20年が確定し、当時はパレスティナに置いていた娘さんのメグさんあてに書かれたものでした。

 2冊目の「はたちの時代 60年代と私」は20年の刑期を終えて出版されたものでした。
本の中で重信さんが言われていましたが、最初の10年は裁判の手続きや制度のことに忙しく、後の10年はじっくりと自分の生い立ちから、活動履歴を振り返り、過去を思い出しながら丹念に記述されています。
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 素晴らしいのはかつての重信房子さんの学生時代のお仲間(明治大学2部学生たち)が「土曜会」というグループをつくりなにかと重信房子さんを支えてきたことですね。「出所したら文句を言わないといけないから、みんなお互いにいきていこうぜ!」という趣旨はすばらしいです。暗さのみじんもない。素晴らしい人間関係です。

 たぶん「土曜会」の人達の支援があったので、出版が出来たのではないかとおもいました。重信房子さんの家庭環境や生い立ちの個所と、キッコーマンに勤務しながら明治大学2部学生時代に体験された文学研究会、学生集会や、自治会活動、学費値上げ闘争、などが詳細に丁寧に記述されています。

 対話や討論、意見交換を続けながら、可能なら合意形成する地道な努力を当時の重信房子さんは孤軍奮闘してやっておられました。サークルや自治会や、学費値上げ反対闘争などの真摯な重信房子さんを知っている学生時代の仲間が「土曜会」の人達がベースになっているのではないかと想像します。

 1965年に入学し、」67年ごろになると60年安保闘争で解体した全学連の再建が始まり、67年ごろにはセクト(党派)の影響も出てきて。3派全学連(社学同・中核派・社青同解放派)がはびこってきた時代でもありました。

 第3部の実力闘争の時代(P100)から、社学同への加盟(P115)、激動の戦線(P155)は、羽田闘争や三里塚闘争や、神田カルチェラタン闘争など。世界中の学生運動が高揚し、aある意味1番楽し気な時代のように思います。
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 1969年を過ぎたあたりから、第二次ブント(共産同)も分裂基調になり、そのなかから、「前段階武装蜂起」を唱える赤軍派が関西方面から現れ、勢力を拡大していったようでした。

「赤軍派は大きな構想を描きつつも、その始まりで、出発の方向性を誤ったのです。今からとらえれば、ブント自身が「党」といいながらも、学生運動の大衆闘争機関の指導部でしかなかったと思います。
 そして中核派など、新左翼党派と競合しながら、それがブント内に反映し、路線も組織論も近視眼的な矛盾に規定され対立にと思います。やり方が違っても、共同する条件と方法はあったと思いますが、当時の未熟さでは、分裂は必然だったとも言えます。

 だとしても、党内に自分たちの要求を通すために暴力をふるうというやり方は、中大グループもそうですが、赤軍派がブントに持ち込んだ誤りであったこと、後のブントの分解の原因となったこと、また「連合赤軍事件」にも影響を与えたことは事実です。
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 7月6日の赤軍派の振る舞いを、使命感で正当化したことは、以降の赤軍派の自身の戦い方の傲慢、未熟な英雄主義を伴う闘いの出発点となってしまったのです。「7・6事件」という事実を直視し、もはや半世紀前近い前の事件ではありますが、まず戦ったかつての友人たちに、当時の赤軍派の一員として謝罪しておきたいと思います。」(P236「過ちからの出発」)

 確かに重信さんが当時の赤軍派の理論というかスローガンが「前段階蜂起」と「国内外根拠地論」もスローガン先行で、モデルにしていたロシアの「革命前夜」の状況名など日本にはまるでなく、赤軍派は小人数の精鋭部隊で混乱を引き起こすとかでしたが、ほとんど未遂に終わり、逮捕者だけが増えていきました。
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 特に大菩薩峠の福ちゃん荘での大量逮捕、赤軍派幹部の逮捕は大打撃でした。その残党が「よど号ハイジャック」で北朝鮮へ行った田宮グループ。後の国内残留組は連合赤軍事件をひき起こし同じ活動家仲間の惨殺に向かいました。重信房子さんの少数のグループが1971年にレバノンに向かい、パレスティナの人たちと連携していきました。

 偏狭で狭小な「革命史観」ですべてを解釈し説明することなど到底不可能。連合赤軍は、ロシア革命のカリスマ独裁者レーニンの「民主集中制」という組織原理から派生しているだけに、構成員は逆らうことが出来ず、仲間の殺害と絶望的な武装闘争に加担し破滅してしまいました。
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 当時一時的に興隆した新左翼系の社会運動も道連れにして滅亡してしまいました。連合赤軍事件前後の新左翼党派間の「内ゲバ」抗争も重なり、絶望感もあり、国民各位が政治に対して失望感を抱きました。以来「政治のしらけ」「社会運動の停滞」が日本社会に続いています。

 重信房子さんは、30年間アラブ社会・パレスティナで、日本赤軍のリーダー的な存在となり生活し、子育てされていました。20001年に日本へ帰国し逮捕され、20年間拘留生活を体験されました。20年の刑期を終え社会復帰された後の2023年に振り返られています。

 運動の渦中、渦の真ん中におられた人の社会体験、生活体験だけに貴重な記録です。私は70年代初頭は田舎の高校生でした。毛沢東思想を崇拝し、声をかけてきた人が後の連合赤軍に合流したようです。私は臆病者であり、坂本龍馬のように「脱藩」して参加することなどよう考えませんでした。合流しなくて良かったです。

 結局高校を留年して、翌年大学へ入りました。そこは「内ゲバ戦争」の最中でした。革命思想を唱える党派の構成員が殺し合いをしていました。重信房子さんが体験された1968年の「神田カルチェラタン」のような楽し気な風景などまるでありませんでした。

 連合赤軍事件と内ゲバ殺人現象の「ブラックホール」にお吸い込まれ、日本の社会運動は壊滅してしまいました。その挙句ヘンテコな政治状況になりました。私は50年間の「暗黒」からは脱しましたが、「何をどうしていいのか」はわかりません。18歳の若者は気が付けば72歳の老人になりました。残りの人生で懸命に考え生きていきたいと思います。

 重信房子さんの2冊の著書は、大変参考になりました。

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2026.07.22

「りんごの木の下であなたを産もうと決めた」を読んで

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 以前今は絶版になっていいる 「重信房子がいた時代」(油井りょう子・著・世界書院刊)を読みました。2024年のことで、友人が貸してくれました。著者の油井涼子さんは、明治大学2部で重信房子さんの同級生。1967年から68年頃の2年ぐらいの付き合いでしたが、明治大学での学園闘争や文学サークルでの付き合いや、「神田カルチェラタン」で一緒に道路に机を一緒に出して一時的に封鎖したとか、楽し気に重信房子さんとの行動を書かれていました。

 

 一読して。重信房子さんは、「普通の生活者感覚のある人」「1960年代後半から1970年代初頭の激動の時代の渦の中にいた人ですし、著者の油井さんは、重信房子さんの生い立ちから家庭環境、学生生活も丹念に描いていますので、人物像がわかりました。

 

 そんなことで、とにかく私が高校を留年した1971年2月に引き起こされた「連合赤軍・あさま山荘事件」と1972年11月に「早稲田大学構内で革マル派による一般学生川口大三郎さんへのリンチ殺人事件」から連なる際限のない内ゲバ殺人抗争が激化し、日本社会から「社会運動」「政治闘争」が、2つの「ブラックホール」に吸い込まれ消滅しました。

 

 私個人は「連合赤軍」や「内ゲバセクト」の渦の渦中にいたわけではなく、大きな影響(悪影響)を受けた渦の外周に居ただけの人間です。ですが渦巻は渦の外周ほど高速で回転します。強い悪影響を受けながら、鬱鬱とこだわり続け、貧弱な頭脳で1972年から52年間考え続けてきました。

 

 考えたことは、「なぜ日本の新左翼セクトは仲間殺しをし、セクト同士で連携することなく、殺し合いを際限なくするのだろうか?

 

 個人ブログで「連合赤軍と新自由主義の総括」なるタイトルをつけ、20年以上前から考え続けてきました。なかなか解決しませんでした。

 

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html (連合赤軍と新自由主義の総括)

 

 それで今回重信房子さんの著作を直接読んでみることにしました。
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「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」(重信房子・著・2001年・幻冬舎刊)その1を読んでの読書感想文を書いていました。

 

 最終ページにこう書いてありました。

 

「本書は重信房子本人が、娘メイの国籍取得のために出生届を提出した2000年12月26日から、法務局戸籍係が警視庁に真実出生の有無を確認するための接見をに赴いた2001年3月1日までの間、警視庁留置場で書き続けた法務局宛の上申書である。」とのことです。
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 昭和20年生まれの重信房子さん。ご自身の生い立ち、家庭環境、家族関係や高校卒業後キッコーマンに入社し、明治大学2部学生になり、学年集会に参加し、学生運動に参加。街頭闘争にも参加しますが、持ち場は常に「救対」。でもで傷ついた学生たちを病院へ運ぶ役割。

 

 ご自身の生い立ちから、成人し学生運動し、党派ともかかわり、赤軍派内部の分裂から、パレスティナに渡り、独自の活動を展開、最大の展開は「リッダ空港襲撃事件」でした。ペレスティナアラブ社会での英雄になりましたが、日本ほかの諸国では「テロリスト(人殺し)」の評価でした。

 

 「リンゴの木の下であなたを産もうと決めた」という本は、娘のメイさんに対して、ご自身の生い立ち、社会運動へのかかわり、パレスティナとのかかわりを語っています。

 

「アメリカのベトナムでの侵略に反対し、社会正義を求め、」公正な市民社会を求め闘ったことです。日本の私たちの失敗は、当時ごくわずかな人しか、社会運動に-人民の中に帰らなかったことです。
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そして”軍事”や”武装”による解決策を万能薬として求めるという焦りや、稚拙さから現実に立ち向かう術(すべ)を、物や技術に求めたのです。武装蜂起することがすべての目的になってしまいました。戦術が目的になって、人々の心を縛りました。  

 

その結果”武装”とか”軍事”とか言わないことは日和見主義だとされる時代をつくります。これらは、ブント(第二次)という組織自体が内包し、赤軍派によって拡大した間違った「攻撃型階級闘争論」によって、日本の左翼運動全体に影響を与えました。連合赤軍の誤りも、赤軍派のこうした誤りの結果と言えます。」と虚心坦懐に振り返ってろられます。

 

 わたしは社会運動の外周にいただけですが、重信房子さんは、結果的に運動の渦の中心におられた人の言葉故に説得力があります。

 

「30年以上前に、私たちは敗北したのです。
でもその敗北が、元気のない日本をつくっているように思います。”68年世代”が復権し、あなたたちと、歴史を楽しく語れる時が来ると信じています。
 母さんたちの世代は、運動の高揚に図に乗りすぎ、人々の社会を変えようという力に真実を求めず、自分たちがどう戦うかに夢中でした。
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 そして常に社会を変えようと言いながら、対象・他者を批判するだけで、自己を祈願みる視座をもっていませんでした。外因のせいにしながら、敗北と失敗を、それと認めずに,想いだけが水膨れのように膨れていきました。
 そうしたことを、当時を振り返りながら反省し、70年代後半に闘いを転換しました。
「自分を変えることなしに、世の中を変え得ない!」
 この言葉が私たち自身の70年代の教訓になって、今も私たちに“粋がり”を戒めさせます。」(P71日本では運動の高揚に図に乗りすぎた)

 

 重信房子さんは1971年に少数の仲間と一緒にレバノンに行きます。はじめは義勇兵としてパレスティナ解放戦線(PFLP)として活動を始めました。そして1972年5月30日、イスラエルのテレアビブで空港襲撃を3人の日本人が参加(奥平・安田・岡本)しました。

 

 パレスティナ・アラブ世界では「英雄」になりましたが、イスラエルからは暗殺の対象になりました。連れ合いとなった奥平剛士さんは銃撃戦で亡くなり、翌年メイさんが生まれました。

 

 1982年にイスラエル軍がベイルートに侵攻し、レバノンに住めなくなり、パレスティナに移動し、子育てしていたそうです。1990年にソ連と東欧諸国が崩壊し、アラブ社会への支援が細りました。2020年に日本に潜伏していた重信房子さんは逮捕され、懲役20年が確定しました。

 

 獄中に収監され始めた当初に書籍を書かれたようです。当時はメイさんはパレスティナにおられました。懲役20年ですから20年間は社会に出られません。メイさんが知らない日本社会のことを重信房子さんは語られています。どうしてパレスティナに行ったのか。30ね乗られてどうしておられなくなったのか。日本でどうして20年間牢獄にいなくてはいけないのかを自分の言葉で語られています。

 

 失敗事例や、信じていた理論の間違いも認めています。「歴史の証人」としての貴重な発言であると思いました。

 

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2026.07.11

ふるさと住民登録制度が未来を開く

 昨年総務省が「思いついた」ふるさと住民登録制度が、ずっと抱いていた「二拠点居住が実現するかもしれないと思います。

 

 

https://www.soumu.go.jp/main_content/001010766.pdf

 

 しかし「思いついたいた制度」ゆえに、難しい課題もある。

 

 そのあたりのレポートがありました。

 

 日本の地域政策に大きな転換点が訪れようとしている。「ふるさと住民登録制度」―それは住んでいないのに住民として認める新たな制度である。都市部に暮らしながら、故郷や関心のある地域と関わるこの仕組みは、「関係人口」という概念の制度化にほかならない。

 

 2025年6月、政府は「ふるさと住民登録制度」の創設を正式表明し、10年で1,000万人、将来的には1億人規模の登録を目指すとした。少子高齢化、財政危機、地域の担い手不足が深刻化するなか、「住んでいない住民」を制度的に迎え入れるこの制度がもたらす社会的インパクトは大きい。本稿では、この制度について考察する。

 

制度概要と政策的狙い

 

ふるさと住民登録制度は、実際に居住していなくても、任意で住民として登録できる仕組みである(【図表1】)。登録者は、地域の広報誌やイベント情報の受信、公共施設の住民価格での利用といった“地域への関与のきっかけ”を得る。さらに政府は、住民税の一部を希望する自治体へ分割納税する仕組みや、地域の意思決定への参加まで視野に入れている。

 

【図表1】ふるさと住民登録制度の概要

 

 

(出典)総務省ホームページ

 

本制度の政策的狙いは明確で、定住人口に代わる地域の担い手を拡大することで、地域経済の活性化をはかるこことだ。従来、地域の担い手の拡大を狙った「関係人口」政策や、地域経済活性化に向けた財源確保や地域産業活性化を狙った「ふるさと納税」といった政策が先行してきたが、いずれも制度的に不十分だった。

 

 ふるさと納税は、都市住民による地方支援の成功モデルとして評価されてきたが、その多くは返礼品目当ての一過性の寄付にとどまることが多いため、地域との継続的な関係構築が難しい側面もある。加えて、納税額が地方に流れる一方で、都市部の自治体の税 収減が無視できないほどに大きくなっているという課題が顕在化しつつある。

 

 また、関係人口関連施策もやや曲がり角に来ている。観光などで興味・関係をもった人がいたとしても、その後に移住者となってもらうことは容易でないからだ。移住者を増やしたい地域にとって、手ごたえ感の少ない政策となりつつある。

 

 今回の制度化は、そうした「善意の寄付」や「一時的な関わり」を越えて、都市と地方を恒常的につなぐ制度インフラを構築するものといえる(【図表2】)。

 

制度創設の背景と課題
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 ふるさと住民登録制度は、単なる地域政策にとどまらない。国が想定する「ふるさと住民1億人」構想は、国民一人ひとりの地域とのつながり方を問い直し、従来の「住んでいる=住民」という固定観念を崩す新たな暮らしの形を提案する制度である。たとえば、複数の地域に生活的・感情的な拠点を持つこと、週末だけ別地域でボランティアに参加すること、あるいはオンラインで地元のまちづくりに関与することも地域との関わりとして制度的に認められるようになる。

 

 背景にあるのは、人口減少に伴うコミュニティ機能の空洞化だ。ほとんどの自治体にとって少子高齢化に伴う自然減少が避けられない中、それを移住で補うというのはあまり現実的でなく、都市に住みながら地域に貢献する「第3の選択肢」を制度化することが急務とされている。折しも、テレワークや副業・兼業の普及など、ここ数年で人々のライフスタイルが変化している。政府はこの流れを受け、「都市と地方の支え合い」を制度に落とし込もうとしている。

 

 一方で、具体的な制度設計には課題が残る。特に、選挙・行政への関与可否は大きな議論となろう。ふるさと納税では、住んでいない人が納税分の使い方を指定できるものの、かなり緩やかな関与に留まっている。新制度次第では、地域運営に「住んでいない住民」が大きな影響力を持つことになり、「住んでいる住民」との摩擦を生まないだろうか。

 

https://www.sompo-ri.co.jp/topics_plus/20250604-18848/ (「住んでいない住民」が地域を変える~新制度「ふるさと住民登録制度」の衝撃と可能性)

 

 日本経済新聞の記事は、ビジネスへの市視点で語られている。それも一理ある。

 

 

 私たちは2011年4月から、南海トラフ地震で下知地域(二葉町)が壊滅しても、生き延びて、商売も継続することを目標に、山間部の皆さんと地域間交流をしてきました。私たちは手探りで地域間交流を続けてきました。
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「もしもの時(南海地震後の)疎開を前提とした顔も見える地域間交流」を私たちは15年間仁淀川町の皆様にのご理解とご支援を受けて活動してきました。」

 

 

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat43975382/index.html (仁淀川町ー二葉町との交流事業)

 

 そういう国の制度も活用して、過疎高齢化に悩む山間部と、災害後水没し壊滅する下知地域との地域間交流の輪を大きく広げたい。
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2026.07.10

日本の政治は面白くない!!


 わたしの価値判断は、全く個人的な見解にすぎません。その判断基準は「わたしにとって日本の政治は面白いか、面白くないか?」ですが、。結論は「全く面白くありません。」

 今当面の話題は、「皇室典範の改正(改悪)」だとか、「衆議院のg定数削減」「副首都問題」とか。全く関心のないことばかりです。

 「皇室典範の改正」という問題の本質がわからない。第1今の皇室天皇家はよくやっている。また日本の天皇家だけが「男子だけの相続」「男系天皇制」にこだわっいている理由が全く分かりません。天皇家の長女の愛子さんが次の天皇になっても全く構わないと思います。いけない理由は理解できません。

 欧州にも王室は残存しています。英国、オランダ、ベルギー、スウェーデンなどは「男系相続」ではなく、女性の王族にも王位継承を認めています。なんだか国際親善や平和のための慰霊の旅をしている現在の天皇家を冒涜しているのが、政府と与党ではないかと思います。「面白くない」話です。

 それから「衆議院議員の定数削減」」「副首都構想」も、国会で議論した形跡がないし、大阪維新の思い付きにすぎません。議論したことないものを多数決で決めることなどするものではないでしょう。これも「全く面白くない」政治の話です。
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 また高市内閣の「やろうとしている」ことは「すべて面白くない。「国旗棄損法」(?)、「スパイ防止法」(?)、「人殺し兵器の輸出促進政策」「アメリカ(トランプ大統領)隷属政策」「隣国の独裁国・中国との不必要な摩擦と対立政策」「円安促進政策」。

 日本を中国や北朝鮮のような「全体主義国家」を目指すような行動履歴ばかりしています。実につならないし、面白くない。

 1番だめなのはトランプの大義なきイラン戦争を止めることもせず、友好関係を歴代政権が継続していたイランとの関係も冷却化させました。全く不必要な行為です。面白くない。
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さらにはホルムズ海峡封鎖以来、日本へのナフサ供給がカタールからこれなくなり、40%供給カットになり足りないのは当たり前。それを「ナフサの総量は足りている。目詰まりだ。」とのデマを平気で流すセンスや神経が許せないし、面白くない。

 自民党も人材がいないわけではないので、全く面白くない高市早苗首相は早く退陣してもらいたい。

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2026.07.07

第2回仁淀川町防災キャンプ関係者意見交換会 


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 2026年7月6日に第2回仁淀川町防災キャンプ関係者打ち合わせ会はは、仁淀川町長者公民館で開催されましたされました。今回は長者地区での開催となりました。

 出席者は仁淀川町側は長者地区からはだんだんクラブ会長、副会長、長者地区地域長、泉川地区地域長、仁淀川町役場総務課危機管理室、仁淀川町支所、高知市からは下知地区の自主防災会有志3人、高知市地域防災推進課2人、高知県危機管理課中央西地区担当者2人等、関係者14人が出席いただきました。
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各項目ごとに意見交換をしました。


①今回出席者の自己紹介と連絡用名簿作りの承諾について(情報の共有化)


→今回の参加者全員の氏名・連絡先を表記した出席者名簿をコピーし船員に配布。
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②開催予定日 2026年8月22日(土曜・23日(日曜)。予備日はなし。


→翌週土曜日は下知地区でイベント(わらこう夏祭り)7年ぶりの開催がありますので延期はできません。


③開催の有無の決定
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 ◎西森だんだんクラブ会長・仁淀川町西森危機管理室長、片岡にて決定されます。仁淀総合支所長の判断

 ◎大雨洪水警報の発令・国道33号線の大雨による通行止め


④タイムスケジュール案と役割分担について
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 ◎キャンプファイヤーの有無・屋外調理の有無

 →キャンプファイヤーは、だんだんのさと広場にて開催する

 ◎長者地区・泉川地区の皆様との交流や意見交換について

 →キャンプファイヤー

 ◎雨天の場合のメニューは?

 →長者小学校体育館で意見公開会を開催します。

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⑤避難者の高知市民側は今回は「折りたたみ式ベット」を18個(下知から11個、泉川多目的集会所倉庫から7個搬入します。


⑥キャンプ終了後の片づけは、参加者各位で、掃除、ごみの収集、持ち帰りなどは責任をもってやります。

 →ゴミ収集袋(仁淀川町洋式指定袋)を購入し、分別してだします。
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⑦その他

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