国際問題

2019.08.16

74回目の敗戦記念日


日本新聞
 8月15日は、かつての日本帝国が全世界相手に無謀な世界大戦を仕掛け、無残に敗北した74回目の敗戦記念日です。日本国民だけで310万人の戦没者を出しました。

 東日本大震災の犠牲者は2万人。阪神大震災の犠牲者は6600人。自然災害の犠牲者を遥かに上回る犠牲者を出したのが戦争災害でした。

 8月12日に放映されましたNHKスペシャル「かくて“自由”は死せり ~ある新聞と戦争への道~ 」を録画していましたので、じっくり見ました。

 http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190812

 アジア近隣諸国だけでなく、欧米列強を相手に、戦力や国力が劣る日本帝国が無謀な戦争を仕掛け、敗戦が濃厚になっても戦争を辞めることが出来なかったのか?わたしは常に疑問でした。

 靖国神社の遊就館の展示を見学しましたが、戦争展示は日清戦争、日露戦争までで、太平洋戦争(靖国神社の表記は大東亜戦争)になると戦争ではなく、自己犠牲を前提とした特攻兵器の展示ばかりで、まともに展示品を見ることはできませんでした。

 大正デモクラシーを謳歌し、政党政治や普通選挙により、軍縮と市民社会の成長により、国民経済の成長に舵を切っていた日本が何故「転落」したのか?大いなる疑問でした。

 作家司馬遼太郎氏も戦争体験者として独自の見解を述べていました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21875235/index.html

 (ブログ記事「司馬遼太郎氏の帝国主義論」)

 戦前の日本帝国を「調子狂い」に貶めた勢力に「日本新聞」の存在があったようです。「異論を認めず。排除し、軍部と結託し、国民の自由と人権を簒奪した歴史がありました。

「なぜ日本人は、戦争への道を歩むことを選択したのか。これまで"空白"だった道程を浮かび上がらせる第一級の史料を入手した。治安維持法制定時の司法大臣・小川平吉が創刊した戦前最大の右派メディア「日本新聞」である。」

「1925~35年に発行された約3千日分が今回発見された。発刊当時、言論界は大正デモクラシーの全盛期。マイナーな存在だった"国家主義者"は、「日本新聞」を舞台に「デモクラシー=自由主義」への攻撃を開始する。同志の名簿には、後に総理大臣となる近衛文麿、右翼の源流と言われる頭山満などの実力者が名を連ねていた。国内に共産主義の思想が広まることを恐れた人たちが、日本新聞を支持したのである。」

 記述を読むと、ナチスのような活動をしていたことがわかります。

「さらに取材を重ねると、日本新聞は地方の読者に直接働きかける運動を展開していたことも明らかになってきた。そして、ロンドン海軍軍縮条約、天皇機関説排撃など、日本新聞が重視した事件がことごとく、社会から自由を失わせ軍の台頭を招く契機となっていく。知られざる日本新聞10年の活動をたどり、昭和の"裏面史"を浮かび上がらせる。」

 今日は、74回目の敗戦記念日。再び形を変えた「調子狂い」の人達が台頭しているやに思えます。国民主権と基本的人権の重視、平和主義の日本国憲法を破壊し、敗戦前の国家主義国に日本国を戻そうという動きです。

 そんなことを言うのは「危機意識が欠如」しているとしか思います。南海トラフ地震や首都圏直下型地震の脅威はあf理ます。日本は地震大国です。また火山大国・噴火大国です。台風災害。大雨災害も多い。日本は「災害大国」なのです。

 その上に再び「戦争災害」を引き起こしてはいけないと思います。
 日本国の現代史をきちんと勉強すれば、日本新聞が影響与えた1925年から1945年の20年刊がいかに異常な時代であったかわかると思います。

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2019.08.12

まんがが伝える戦争と平和

まんがが伝える戦争と平和チラシ_NEW  2019年8月10日(土曜)ですが、高知市自由民権記念館で開催されている「まんがが伝える戦争と平和」(8月6日~8月15日迄)を家内と帰省したばかりの娘と3人で見に行きました。入場料は無料です。(13日(火曜)は休館日)
まんがが伝える戦争と平和チラシ_NEW_NEW  絵心のある夜須町出身の山崎裕則さん。高知市の城東中学(現・県立追手前高校)卒業後、海軍航空隊に志願。特攻で亡くなるまでの2年半に渡り描いていたスケッチや絵手紙が展示されていました。
まんが  画力がある人です。絵には動きがありました。海軍航空隊の訓練の様子も描かれています。大正14年生まれ(1925年)ですので、母(93歳)や、沖縄の義父と同い年です。美術学校やデザインの専門的な勉強はしていないようですが、「絵の才能がある」と、大学のデザイン科を卒業し「お絵かき職人」になっている娘が高い評価をしていました。
絵手紙2  絵にはユーモアもあり、訓練風景が描かれています。戦死しなければ、漫画家やアニメーターになっていたと思いますね。戦争は無駄に犠牲を強いますね。19歳で生涯を終えられました。惜しいと思いました。


 


 戦争は前途ある若者の夢を奪いました。戦争を引き起こすのは人間。止めることが出来るのも人間です。展示を鑑賞して、平和でなければ多くの才能のある人たちが亡くなることを思い知りました。展示の鑑賞をお勧めします。

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2019.06.23

映画「沖縄スパイ戦史」を鑑賞しました。


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 6月23日は「沖縄慰霊の日」。二次大戦末期凄惨な地上戦が行われた沖縄では20万人を超える沖縄県民や日米両軍兵士が亡くなりました。旧日本軍牛島満司司令官が自決し。4月1日から始まった沖縄本島での沖縄戦は終結しました。しかしそれは「表の戦争」でしかありません。
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 今まで知られていなかった沖縄での戦争を映画「沖縄スパイ戦史」(三上智恵監督・大矢英代監督)を沖縄出身の家内と一緒に高知市自由民権記念館へ2019年6月22日(土曜日)午前9時半の上映時間に行きました。朝1番の上映故好いているだろうとの勝手な思惑は外れ、席は満席でした。お堅く深刻そうなテーマのドキュメンタリー映画ですが、女性の観客が多く半数を占めていました。ごとごとシネマの主催でした。
沖縄スパイ戦史解説本2_NEW
 「絶望的な戦況の中で戦闘し続けた少年兵士の話」と「軍による西表島への強制移住の話(マラリア地獄)」「今日の八重山諸島への自衛隊配備と辺野古への米軍基地建設」の問題もまた、つながり連動していくことが映画を見てよく理解することが出来ました。74年前の悲劇を、2人の女性監督の丹念な取材と証言者の発言や、背景取材によって事態の深刻さを想い知らされました。

 旧日本軍は、本土決戦に備えるために、陸軍中野学校で訓練を受けた青年将校を全国に教員などの体裁で派遣し、現地の少年(13歳から17歳前後)を少年兵士に仕立て上げ、主に後方かく乱戦に動員するつもりでした。その先駆けが沖縄での少年兵士(護郷隊)だったのです。

 沖縄戦の真実は「軍隊は自国民を守るどころか、利用し、疑い、スパイ容疑で殺害しました。住民を分断統治し、住民同士監視させ、密告させ、地域コミュニティも破壊しました。すべて軍優先の考えで地域社会を支配しました。
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 この事実がなかなか表に出なかった事情は、よくわかりました。「米軍兵士に殺害されたということなら見舞金など補償金が遺族に支払われますが、旧日本軍に殺害されたということになれば一銭の補償金も支払いはないそうです。

 マラリアが蔓延する西表島への強制移住で移住した住民の3分の1が死亡したり、旧日本軍に集団自決を強要されたこともいまだに政府も認め、遺族に謝罪し、補償金を払うこともどうやらしていない様ですね。

 沖縄の義母が健在であった頃いつもこう言われていました。「沖縄には軍事基地がたくさんあるから怖い。いつ敵から攻撃されるかもしれないから。」と言われていました。家内の実家のご両親は、企業経営者であり、保守的な考え方の人たちでしたが、ご自身の戦争体験から自然に「基地のあることの怖さ」を話してくれました。

 2時間のドキュメンタリー映画は、戦争の悲惨さ、不条理を、当時を知る人達の証言を繋いで語り継いでくれました。6月23日の「沖縄慰霊の日」を前に、考えさせられました。
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(沖縄スパイ戦史公式プログラムも参考にさせていただきました。画像は公式プログラムの4Pから6Pまでです。重たい証言の数々です。)

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2019.06.22

映画「沖縄スパイ戦史」


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 6月23日は「沖縄慰霊の日」。二次大戦末期凄惨な地上戦が行われた沖縄では20万人を超える沖縄県民や日米両軍兵士が亡くなりました。旧日本軍牛島満司司令官が自決し。4月1日から始まった沖縄戦は終結しました。

 しかし北部の山岳地帯では、ゲリラ戦が展開されていました。その内実は知らされていませんでしたが、実は日本陸軍のスパイ養成施設であった陸軍中野学校の出身者が1944年に密かに沖縄へ渡り、学校の教員として赴任、現地の意少年をゲリラ戦士として育成し、米軍との戦闘に動員していた驚く事実が判明しました。
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 珍しく沖縄出身の家内のお誘いがあり、明日は一緒に映画鑑賞に行く予定です。

 沖縄スパイ戦史高知上映会の予定 2019年6月22日(土曜日)自由民権記念館

 上映時間 9時30分 12時  14時30分  です。

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2019.06.04

天安門事件から30年が経過しました。


天安門1986年
 1979年6月4日。中国北京市の天安門広場に集まっていた学生や青年労働者に対して、人民解放軍が戦車などで発砲し多数の人民大衆が虐殺されました。「人民に銃口を向けない」とされてきた人民解放軍が、あろうことか自国の民主化と政治的自由を求めて天安門広場に集まってきた真摯な人民大衆を「暴徒」と中国共産党指導部は決めつけ、虐殺し歴史を偽造続けています。
新左翼1960年代
 1960年代後半は全世界を若者パワーが席巻していました。フランスの5月革命、日本やアメリカや欧州のベトナム反戦運動。中国の文化大革命。田舎町の中学生も影響を受けていました。当時国交のなかった中国の物産を販売していた日中友好協会(当時)の人たちの多くは毛沢東主義者であり、文化大革命の映画を上映していました。世間知らずの中学生は影響を受け、「造反有理」の理念に共感し、勉強もせず毛主席語録を暗唱していました。会場で購入した毛主席バッチを学生服に着けて高校時代は登校していました。

 70年安保闘争の敗北と社会運動の後退局面で起きた出来事が1972年の連合赤軍事件でした。毛沢東主義を標榜する指導部が多くの仲間をリンチで斬殺した事件でした。勉強もせず学習していた毛沢東主義が崩壊しました。その年には高校を卒業できず、留年し翌年卒業しました。
連合赤軍事件1972年
 大学へ入学した時は既に社会運動は衰退期になり、新左翼党派同士の凄惨な内ゲバ時代になっていました。今にして思えば連合赤軍、当時の新左翼党派各位も、「ささいな違い」を許容せず排除し、対立した人物を殺害するという広がりのない「純化主義」に陥っていたように思います。
時代を振り返る
 時代は下り大学は4年で卒業し、都市部での社会人体験を経て。田舎町にUターンをし、父の創業した零細企業で働きました。、周りの水洗で1985年に高知青年会議所(JC)へ入会。翌年の1986年に日本青年会議所研修委員会へ出向させられました。高校生時代に経験した社会運動と対極にある右派系の青年団体でした。その研修で1986年5月に中国北京で研修があり、現地の共青(共産主義青年団)との食事会が人民大会堂でありました。建物の前が天安門広場であり、かつての毛沢東主義者にとっては憧れの地でしたので、一緒に同行した仲間に写真を撮影してもらいました。

 しかしその3年後に自分が行った天安門広場で、青年・学生を軍が虐殺する天安門事件は起きました。

 その後中国は日本などの経済支援と技術供与を受け、急速に経済発展しました。真摯な学生たちに民主化の想いを押さえつけ、経済発展することでごまかしてきました。最近は「赤い帝国主義国:として散漫な振る舞いが目立ちます。

 香港も中国化してきて、自由な集会が開けなくなってきつつあるようです。中国共産党指導部は、当時の過ちを認め、遺族に謝罪し、政治的な自由、言論の自由のある民主国家になっていただきたい。異論を否定しない多様な考え方を許容する市民社会を中国は目指してほしいと切に思います。

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2019.06.01

ようやく大企業が重い腰を上げました


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 日本経済新聞2019年5がtる29日の記事に注目しました。
「サントリー ペット容器100%再生へ」「使用済み+植物由来 30年までに体制」とあります。

 「サントリーはすべてのペットボトルを再生するシステムを確立する。2030年までに新たな化石燃料を投入せず、再生PET(ポリエチレンテレフレート)樹脂と植物由来の素材を組み合わせて循環させるようにする。
  廃プラスチックによる海洋汚染を防ぐ日本発のプラ資源循環のモデルとして、期待される。」

  2030年までにそのシステムにて100%にするとか。投資金額は500億円とか。

 「ようやく大企業が動いたか」というのが正直な感想。もともとはお酒も飲料水も瓶に入っており、メーカーは瓶を回収。洗浄して再利用していました。100%かつては再利用していました。つい30数年前までは全国的にそうでした。うちの会社もローカルの清涼飲料水メーカーや酒造会社の資材会社と取引をしていましたので、当時は劇薬の工業薬品である塩酸が大量に販売していました。

 当時通産省が「ワンウエイ・容器」の使用を提唱、酒造メーカーや飲料水メーカーなどに使用を促しました。つまりは国が完結していた「資源ごみを出さない」瓶の再利用システムを破壊し、瓶をペットボトルに代替えさせ、回収費用が減額されました。使い捨て容器となったため、自治体が後始末をする事態になり、企業は巨額の利益を上げることができました。一方で自治体は廃棄物の処理費用が上昇し財政を圧迫する事態となりました。

 醤油やソースも瓶でしたが、通産省の誘導などでプラスチック製のワンウエイ容器となり、すべて使い捨てになりごみになり、膨大なごみが自治体財政を圧迫するようになりました。こちらも瓶の回収がなくなり企業の収益が格段に増えたのです。

 サントリーだけでなくアサヒやキリン、コカ・コーラや大塚や、キッコーマンやソースメーカーなども追随せんといかんでしょうに。経団連などの経済団体も「原発推進」は言うことがあっても製造段階からごみを出さない社会づくりはあまり言いませんね。何をしているんでしょうか?

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2019.05.02

令和元年を伝える新聞各紙


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2019年5月1日(水)です。うちか宅配している地元紙(高知新聞)も全国紙(日本経済新聞)も1面で「令和」の大合唱の記事が掲載されていました。

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2019.05.01

平成天皇が退位されました

58600151_651073795340641_2127897111071555584_n 2019年4月30日に天皇陛下が退位されます。宅配いただいている新聞2紙(地方紙の高知新聞・全国紙の日本経済新聞9は、1面トップ記事です。



今上天皇・皇后両陛下は、国内で災害が起きるたびに被災地へ赴き、励ましに行かれました。また先の大戦の戦没者慰霊の旅を続けられました。いつしか視聴した天皇陛下の退位に関する記者会見で「平成の世に戦争がなくて本当に良かった。」としみじみといわれました。



今後も戦争のない平和がつ続くことを切に願います。

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今上天皇の護憲への強い思いを無駄にはしません


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 平和主義を高らかに世界に宣言した日本国憲法。その憲法を1番大事にした日本人は天皇・皇后両陛下ではないかと私は思います。

 「敗戦後の日本にとって米国占領軍に押し付けられた屈辱的な憲法。是非自主憲法を制定しなければなりません。」と声高に言い立てる人たちが最近増えたように感じます。でもきちんとその人たちは日本国憲法制定時の歴史的背景をきちんと勉強しているのでしょうか?
 日本を占領した連合国総司令官は米国のマッカーサー将軍。彼は日本通で天皇制を残したい意向がありました。しかし連合国のソ連や英国、オーストラリア、ニュージーランドなどは天皇の戦争責任を追及し、東京裁判にかけるべきであるとGHQの上部機関である極東委員会で主張していました。

 吉田茂内閣時代の事であり、独自の憲法私案を松本烝治氏を中心にまとめられていました。しかし松本案では大日本帝国憲法の焼き直しに過ぎず、極東委員会で合意を得られることは難しい情勢でした。

 それで急遽GHQ側は米国側で憲法草案をこしらえ吉田茂首相に提示しました。吉田茂氏は前首相の幣原喜重郎氏と相談し、憲法草案をこしらえたと思います。

 その時天皇制の守護(象徴天皇制・憲法第1条)と戦争放棄(第9条)がリンクされ、「皇軍として天皇は軍を率いて戦争することは永遠にないこと」を宣言しました。それにより極東委員会でも日本国憲法は支持され、天皇制は象徴天皇として存続することになりました。

 日本国憲法で定められた象徴天皇を見事に「あるべき姿」を見せ続けてきたのが今上天皇皇后両陛下です。戦没者慰霊の旅と国内の大災害地への励ましの旅がそうでした。
 その役割を果たしたのは幣原喜重郎氏と吉田茂氏、マッカーサー氏でした。日本国憲法発布が公表されますと圧倒的な国民の支持を集め公布されました。当時の共産党は日本国憲法に唯一反対していました。今や9条を守れと護憲の先頭になっています。変われば変わるものです。

 翌年の1948年12月23日に東京裁判のA級戦犯であった東条英機ら7人が処刑されました。その日は今上天皇の誕生日でした。翌日の24日A級戦犯の岸信介は保釈され、米国から多額の工作資金を得て政界に復帰し、対米従属路線と憲法改正を政治信条にした政治活動を展開しました。自民党の「清和会」にその伝統(対米襦族路線)は継承されています。森―小泉―安倍―福田―安倍の歴代首相は清和会ですから。
 無謀な世界大戦を始めてしまい、無残な無条件降伏をした当時の日本。もし敗戦後の占領統治時に日本国憲法が制定されていなければ、昭和天皇は東京裁判の被告として極東委員会から戦犯として起訴され、有罪になった可能性もあります。当然反対するテロ行為などが起きたことでしょう。占領統治は長引き、国際社会への復帰や産業経済の再構築は大幅に遅れたと思います。

 その「平和な日本」を懸命に壊そうとしているのが安倍晋三らのファシストたちであり、今やファシスト政党に変質した自民党です。国民はその「事実」から目を吸向けてはいけません。無関心であったも行けないと思います。
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 沖縄を「慰霊の旅」として皇太子時代から11回も訪問された今上天皇ご夫妻。沖縄への想いはことのほか強い。魚類学者でもある天皇陛下。貴重な漁業資源の宝庫である辺野古の海を沖縄の人たちの「民意」無視して埋め立てを強行する安倍政権。米軍の基地を作るために自然を破壊しています。こうした行為もきちんと見て国民は判断しないといけないと思います。
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2018.09.29

沖縄から日本が変る


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 大型台風24号は強い勢力を維持し未だに沖縄付近にいます。おかげで激戦が続く沖縄県知事選挙の最終日ですが、候補者も支援者も街頭へ出ることが出来ず、電話作戦やSNSで支援を呼びかけているようです。

 とても不思議なのはわたしのFBでは、玉城デニーさん関連の投稿がやたら多く、動画配信も行われています。ところが全く佐喜眞さんのSNSの情報が見えません。

 私の場合FBにつきましては、自分自身の思想信条やこだわりと対極にあるみなさんとも「友人」になっています。安倍内閣支持の投稿や中国脅威論の投稿は散見できるのにどうしたことでしょう。佐喜眞陣営は「ステルス」(潜航)作戦をしているいんでしょうか?それともSNSに投稿する余裕がないほど追い込まれているのかどちらかです。

 政府閣僚や各業界顧問格の国会議員を送り込み、徹底した組織選挙や、ある組織政党関係者を大挙動員し、事前投票へ誘導する作戦をやっているようです。玉城さんへの誹謗中傷をやっているやに聞いていますが、FBには現れません。

 結論は 沖縄の皆様の真摯さ、平和を願う真摯な心を信じます。辺野古基地が出来たところで、沖縄の経済振興にはなりません。それは那覇市議、那覇市長と沖縄県自民党の要であった翁長雄志前沖縄県知事が、中央政府の強引さ、地元を無視する横柄さに怒り、辺野古基地反対に命をささげた事でもわかります。
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 与野党支持者の遺恨を超えた「オール沖縄」の共闘体制も出来ています。相手候補を安倍政権総がかりで支援しています。ですのでその圧力を正々堂々と打ち破り、圧勝していただきたいと思っています。

 11年前高知県東洋町も似たような状況でした。

 当時の町長が高レベル放射性廃棄物の文献調査に町長の専決事項で応募しました。国はそれを根拠に東洋町に原子力発電所から排出される廃棄物の処理場建設のために多大な資金を提供することを表明しました。

 危機を感じた東洋町の町民は町長のリコール運動を展開。町長は辞職し選挙になりました。「教育費も医療費も、光熱費も無料します。」という公約を掲げていました。一方の多数の町民は「子孫に思い切り深呼吸のできる東洋町を残したい」と団結し、反対派候補を支持しました。結果は7対3の得票で反対派候補が圧勝しました。
 
 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-babc.html
 
 (高知県は東洋町の皆様に救われました。)
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 2007年の第1次安倍内閣の時代。その結果国は核廃棄物処理場建設事業を東洋町から全面撤退しました。以後国は高レベル放射性廃棄物最終処分場は決めることが出来ず、今日に至っています。小さな自治体が国の政策を変更させた実例です。

 今回の沖縄県知事選挙は、玉城デニーさんが圧勝すれば国の政策が変わるでしょう。オール沖縄の野党共闘の成功事例が全国各地に広がり、日米交渉で農業分野を切り捨てた安倍内閣は、来年7月の参議院選挙で1人区の選挙区でことごとく敗北し、過半数割れに追い込まれ退陣するでしょう、第1次安倍内閣の時もそうでした。
 
 安倍内閣退陣の一里塚は沖縄県知事選挙です。沖縄の皆様の頑張りを支援しています。

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