はりまやSTORY10周年に行きました。
[松田雅子さんが発行しているフリーペーパー「はりまやSTORY]と、谷ひろ子さんが作成されている「はりまや橋かわら版」です。)
「はりまやSTORY]というフリーペーパーは、はりまや橋商店街近辺の情報を伝達するフリーペーパー。松田雅子さんが編集・発行されています。発刊10周年と言うことで、記念事業があり、フェイスブックを通じてのご招待がありましたので、出かけました。
思えば私にしても、毎週金曜日は母(86歳)が、はりまや橋商店街の広場で開催されている「活き活き100歳体操」(介護予防体操)へもう5年ほど前から参加させていただだいています。そんな義理もありましたので、参加いたしました。

(母(86歳)は常連です。要介護1で軽い認知もありますが、体操のおかげで進展していません。)
まず主催者の松田雅子さんからの挨拶がありました。「商店街の皆様の励ましがあったからこそ、10年も続いてきたとのことでした。」

続いて第一部はおかみさんシンポジウム。司会進行は畠中智子さん(フリーファシリテーター)です。
登壇者は、はりまや橋商店街布工房「めろでぃ」のおかみさん。鏡川河畔料亭濱長のおおおかみさん。はりまや界隈パーキングと賃貸業をされているおかみさん。魚の棚商店街干物屋のおかみさんたちでした。

わたしなどが子供時代に微かに覚えている昔の播磨屋橋界隈の話が出ていました。とても懐かしい。
話が「よさこい踊り」になりました。最初は商店街の活性化のために、徳島県の阿波踊りを視察。高知へもよさこい踊りをこしらえるということで、濱長の浜口八郎氏(おおおかみの父親)などが発案し、広めたそうです。
当初「よっちょれ、よっちょれ」という言葉や「爺ばも。婆ばもよう踊る」という文言が酷いと言う批判も一部にはあったそうです。「鳴子と持つ。前進する。よさこいの一節をいれる。あとはフリー」という3つの制約以外は自由にしたので、大発展しました。
おかみさんたちは、身内がよさこい踊りの考案者であったり、自分たちも子供の時代から踊っているだけに話はつきませんでした。
鳴子の変わりにとり皿4枚を鳴子代わりにして、巧みに踊るおかみさんもいました。

続いて休憩タイムとなり、食堂よしので、おかみさんたち手作りの料理が振舞われました。それがめちゃくちゃ美味しいこと。ついつい許容量を超えて食べてしまいました。

リトルプレイヤーズ・シアターの子供たちのダンスを見せていただきました。

第2部は音楽ライブです。最初にSWAN FREEのライブ・ステージがありました。
リトルプレイヤーズ・シアターの子供たちのダンスとコラボして盛り上がりました。

続いて小笠原献一&ちあきライブがありました。迫力あるステージでした。
いも天君[芋のてんぷら(とフルトマちゃん(フルーツトマト)の人形が踊り盛り上がりました。

最後は「おかみの夢かなえます」ということで、濱長のわかおかみが「八松任谷由美佐子」として、ユーミンの曲を熱唱しました。濱長の芸妓さんたちの踊りも披露されました。

午後4時から午後8時半までの長丁場。主催者の松田雅子さんの疲れ様でした。

観客の多くは動画を撮影していたので、動画投稿サイトに後日出ているかもしれません。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)


































最近のコメント