blogの伝道師・blogの鬼

2020.10.08

閖上(ゆりあげ)便り2号

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「前進 元気を運べ 閖上だより 2号」(発行元 一般社団法人ふらむ名取)から送付されてきました。

 1面は8月11日に打ち上げられた「鎮魂の花火」についての記事でした。東日本大震災の「月命日」の8月11日に7丁目閖上グランドで花火が打ち上げられたとのことでした。

 75発約3分間の花火でしたが、多くの人達に感銘を与えたとのことでした。記事によると近隣町内会の協力のほかに、名取市文化スポーツ課、消防署、閖上公民館、仙台空港事務所の協力もありました。見物された多くの人達から歓声と拍手があったとのこと。素晴らしい行事でした。
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 2面は閖上地区各地の夏祭りや交流活動、応急手当講習会や、エコ学習などが掲載されていました。震災後9年間に閖上に新しくできた施設や住宅、公園などで盛んに地域コミュニュティ活動がされている様子がよく理解できました。

 3面は「閖上散歩」「閖上自転車紀行」「”閖上の風”を求めて」という3人の随筆が掲載されています。
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 名取水門の役割については「閖上散歩」に詳しく記述されていて理解出来ました。変わりゆく閖上地区の様子をロードバイクで走り記述している「閖上自転車紀行」は、街並みの光景が目に浮かびます。

 5年前と4年前に閖上地区を訪問した折には、日和山周辺は盛り土工事の真っ最中であり、沿岸部の水産加工施設は完成していましたが、住宅は殆ど居住地域には建っていませんでした。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/44-b965.html
(当時格井直光さんから日和山で震災当時の話を傾聴しました。)

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-8809.html
(2016年3月11日も閖上地区を訪問しました。)
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 紙面4面は広告欄も地元企業ばかりなので、地域情報満載です。「その日に備える防災メモ」と「閖上知って」のコーナーは、地名の由来や歴史についての記述がありました。私は個人的には各地の地理歴史は好きな方なので、興味深く読みました。
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 伊達家と四国宇和島との縁も深く、伊達正宗の長男が幕府の命令で宇和島10万石藩主になり、名取からも領民が同行したとか。猿猴沼の由来も、四国では河童のことを「猿猴(猿猴)と言っていたので、帰郷した名取の領民が水害後に出来た沼を「猿猴沼」と命名したとか。楽しいお話ですね。

 閖上地区には閖上だより第2号4_NEW東日本大震災の「震災遺構」はありません。でも地域コミュニュティがしっかりしているので、被災地にもどる人の割合が、高いのではないかと思いました。それは「閖上だより」のような「地域コミュニュイ紙」の存在もとても大きいと思います。

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2020.09.22

2つの50年史に想う

2つの50年史_NEW
 2020年9月18日に高知新聞の「小社会」という1面コラムと、日本経済新聞の「春秋」という1面コラムは、記述者がそれぞれ50年前の出来事を思い出し、現代社会と対比して味のある文章を書いていました。

 高知新聞「小社会」では、50年前にロンドンで急死した黒人ロック・ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスに思いをはせる文章でした。

「まだ27歳だった。自由自在にギターを奏で、ビートルズやローリングストーンズなどのバンドや音楽家に影響を与えた。

 さまざまなCDや映像が残っている。有名なのは、亡くなる前年、野外会場ウッドストックでの米国国歌の演奏だ。ひずんだ響きのギターのごう音が、田園地帯にとどろいた。」

「米社会は、ベトナム反戦運動や公民権運動で揺れていた。既存の価値観や考え方に若者らが異を唱えたからだ。そんな混沌とした状況を象徴する演奏だった。」

 私も「ウッドストック」という映画は、高校をさぼって名画座という映画館で見ました。ジミ・ヘンドリックスの米国国歌の演奏は今でも覚えています。強烈な衝撃でしたから。

「時代を経て、米社会では黒人差別撤廃を求める激しい抗議活動が続いている。

   中略

 みんなが議論を始めてくれたらいい。 黒人差別に抗議するマスクで注目された全米テニスの覇者、大坂なおみさんの言葉は強烈なスマッシュとなった。」

 早世した伝説のギタリストは貧しい家庭で育ち、本物のギターを手にしたのは15歳だったとか。「もう1度、米国家を演奏するとすれば、どんな音になるだろう」と執筆者は書いていました。

 日本経済新聞のコラム「春秋」では、50年ぶりに姿を現した過激派党派『中核派」の最高指導者清水丈夫議長のことを書いています。

「中核派と言えば、1971年に交番が襲われ警察官が殺害された「渋谷暴動」をはじめ、敵対するグループのメンバーへの襲撃や、公共施設へのロケット弾の発射など数々の事件を引き起こしてきた。

 80の坂をこえている清水議長の今後について同派側は「大衆的な労働運動に取り組む」と語ったとされている。」

「古くは柴田翔さん、その後は村上春樹さんに、高村薫さんなど、運動体の内部の空気や、当事者、脱落した人の苦悩は主に文学作品を通じてしか知る由がなかった。」

「これは幸いなことなのか、不幸な事か。50年を超える活動の経験を踏まえたトップによる真摯な総括こそ聞いみたい。世の中を、替えたいというなら。」

 新聞社は異なりますが2人の執筆者は想像するに編集委員や論説委員のベテランで、団塊世代で20歳代前半大学で大学闘争や第2次安保闘争、街頭闘争など全世界的な若者たちの反乱に影響を受け、派生したカウンター・カルチャーにも影響を受けて青年時代を過ごした人たちではないでしょうか?

 わたしは50年前は田舎の高校生。大学闘争に憧れていました。1970年の安保闘争は制服姿で集会に参加、1971年の沖縄闘争(4月28日)には、高知大学から中央公園までヘルメットを被りデモ行進をしました。

 しかしそのころから日本の社会運動は衰退期であり、分裂し、些細なことで、かつての仲間同士が武力抗争するようになりました。1972年の「連合赤軍事件」は陰惨極まりない仲間殺しを実践し、社会運動の暗部をさらけ出しました。

 1973年に大学へ入学し、少しだけ学生運動気分を味わいましたが、ほどなく「内ゲバ」の時代になり、武力の刃が国家権力に向かうことなく、かつての仲間同士の凄惨な殺し合いになりました。そしてごく一部の党派を除き運動体は消滅しました。田舎者がついていけるわけはなく、失意を感じただけでした。

 簡単に世の中は変わらないし、差別や格差はよりひどくなっています。
わたしは運動体の周辺にいたにすぎませんが、「総括できないもどかしさ」は50年間あり、今でも持っています。あと10年考えても、私の頭脳では総括なんて出来ないと思います。

 数年前から「連合赤軍と新自由主義の総括」というテーマで考え続けていますが、全然総括なんて市井の小市民にはできるものではありません。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html

(連合赤軍と新自由主義の総括)

 私にすれば多大な代償(高校を留年したこと)を払って獲得した教訓は、「面白くないことはしないこと。」「たとえ社会的に意義のあることでも自分が面白くないと思ったことはしないこと」であります。

 これはヨットの帆走時の「観天望気」と同じです。人生の時間は限られています。自分が心底納得して「面白い」と感じたことしかしないことにしています。案外間違いのない選択が出来ていると思います。

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2019.05.27

池上彰・記憶の伝承の難しさ


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 日本経済新聞2019年3月11日号に、ジャーナリストの池上彰氏が「3・11の記録 後世への教訓どう伝える」と寄稿されていました。
 池上彰氏は「3・11」以降夏休み期間中に福島県の小中学生に福島の復興の様子を広く伝える授業を行われています。

 ある時小学校の教員から「小学生たちはあの日の記憶がおぼろげになっている」と話を聞いたそうです。確かに小学5年生は震災当時は3歳前後。大震災と大津波の記憶はないでしょう。「大人たちには昨日のことのようですから、いちいち子供たちに伝えなくてもわかっているだろうと思っていますのですが、実際はそうでもいないのです。」と指摘されていますが、そのとうりであると思います。
「こどもたちも覚えているはず。という大人たちの思い込みから、悲劇の伝承が途切れてします危険があるのです。」と池上彰氏は指摘しています。

 命からがら高台へ逃れた人たちが、苔むして読めなくなった石碑に「これより下に家を建てるな」という趣旨の文章が刻まれているということに気づいたということもあったようです。先人の教訓が忘れ去られ、再び被害がでてしまったということもありました。

 1つの有力な方法を紹介されていました。宮城県気仙沼市から「復興記念公園整備のためのクラウドファンディング」を開始したそうです。目標金額は2000万円とか。市の予算を使わず、人々の善意の寄付で復興記念公園を整備するそうです。いい試みです。
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 未災地高知ですが、実は73年前は、昭和南海地震の被災地でした。わたしは先人が「家を建ててはいけない。」と言うはずの海に隣接した海抜0メートル地帯に家を40年前に建てました。いつ起きるかわからない、いつ起きてもおかしくない南海トラフ地震に毎日おびえています。

 どう生き延びるのか。どうやって会社を守り継続させ生活を再建するのか。課題は多く毎日日にち悩んでいます。

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2019.05.23

ちょっとだけいい話


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2019年5月20日に埼玉のAさん(発達障害にお悩みのご家庭のお子様をお預かりしている療育所の所長)からの電話があり、元気になりました。私の力が到底及ばないご要望事項が、「自然に」解決したからでした。
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 連休前にAさんから「宇宙メダカを子供たちのためにいただきたいのですが。」とのメールをいただいたいました。
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 しかし「宇宙メダカ」の育ての親の前田正雄さんは、2年前に逝去され、今は宇宙メダカ保存会も活動をしていない様でした。わたしにはどうすることもできません。少しだけ関連情報をメールをさせていただきました。
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「宇宙めだかの件は、あなたの情報で東京大学からいただきました。施設の子供たちも喜んでいます。」とのこと。良かったです。本家本元と繋がってなによりでした。
 2年前に逝去された前田正雄さんが育て、全国の学校や施設に配布していました。2013年には仁淀川町長者小学校で「宇宙メダカ」「宇宙大豆」の贈呈式までしました。

 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-3974.html

 そもそも「宇宙メダカ」は、スペースシャトルで宇宙飛行士の向井千秋さんが実験し、東京大学の井尻先生が育て、高知の前田正雄さんがより大規模に育て、全国の学校や施設、非営利団体に配布されてこられました。前田さんが2年前に逝去してから、活動はどうなったのか正直私にはわかりませんでした。
 前田正雄さんにわたしが当時高知シティfmでやっていた番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演していただき、宇宙メダカについてお話していただいたのを後日ホームページにまとめていました。

 今年会社のホームページを再構築する際に、PCに詳しいTさんに新たにサーバーを構えていただき、アーカイブとして保存していただきました。 前田正雄さんが出演した記事を埼玉のAさんにメールでおくりました。

http://kenchan-radio.sakura.ne.jp/dokodemo/whatnew1/maeda/maeda1.html

http://kenchan-radio.sakura.ne.jp/dokodemo/whatnew1/maeda/maeda2.html

そしたら東京大学をお訪ねされ、井尻先生とつながり、希望どうり宇宙めだかを東京大学からいただいたそうです。
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アーカイブとなり更新していないホームページですが、世の中の役に立てたということで嬉しい限りでした。保存して良かったと思います。

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2019.03.09

無益だった日本の社会運動。負の遺産

憲法米ストーリー_NEW
 2019年3月3日の高知新聞11面の特集記事「憲法マイストーリー・生き方から考える価値」は改めて考えさせられる記事でした。

 「個人尊重せず暴力闘争」「学生運動元行動隊員「限界あった」「かみあわず」「面白くない」というキーワードが見出しになっています。
 記事で取り上げられていたのは当時早稲田大学法学部学生で民青(共産党の青年組織)に所属していた宮崎学さん(73歳)。51年前の1968年に宮崎さんは民青の行動隊を率い、東大教育学部にいて、全共闘学生と暴力的な対立を繰り返したそうです。

「60年安保闘争が終わると、民青と反民青の対立が激しくなった。民青は組織的な行動を求め。、個人の多様性を認めなかった。
 反民青の全共闘でも内ゲバ(組織内での暴力闘争)を繰り返し、どこも組織と運動がかみ合わなかった」

「学生運動は社会そのものを動かせなかった。階級闘争に終始し、個人を大事にしなかった。そのあたりに限界があり、もっと考えねばならないことがあった。」

 「階級闘争」ではなく「暴力闘争」「内ゲバ」「仲間殺し」をやっていたにすぎません。その極みが1972年の連合赤軍事件であり、凄惨な党派間の内ゲバ抗争でした。一時的に盛り上がった日本社会の社会運動も一気に衰退し、政治に「しらけ」る世代が蔓延する原因を作り出しました。
 つまりは日共系も反日共系も宮崎学さんが言われるように「個人の多様性を認めず、組織優先の暴力闘争ばかりして内部崩壊した。」ということでしょうね。

 かつて対立した荒岱介さん(早稲田在学中にブント(共産主義者同盟)戦旗派リーダー。2011年死去)をお見舞いに行かれた時に、「どこで間違えたのか」と宮崎さんが聞きますと、「全部間違ったんじゃねえぁ」と荒さんは答えたといいます。

 ドイツやフランスは学生運動から政治のリーダーが生まれ、国の政治にも大きな盈虚力を持ちましたが、日本では全くそうなりませんでした。
 やはりその原因は「個人尊重せず暴力闘争」ばかりして、「組織的な行動を求め。組織優先で個人の多様性を認めなかった。」社会思想の粗雑さ、稚拙さにあったと言えるでしょう。

 50年経過してようやく「身に染みて」理解できるようになりました。
 1968年から1969年と言えば、中学3年生から高校1年生の青年前期の多感な時期。ひたすら社会運動にあこがれていた田舎の学生でしたが、まったく中身のない、こけおどしの粗雑な革命思想であったかと。がっくり来る現実ですね。

 ではその後日本は豊かになり社会問題はなくなったかといますと、さにあらずです。格差社会はより進展し、国民の意識と中央政府の意向がものすごく乖離しています。その現実を埋め、解決できる社会運動の再構築が今こそ望まれていると思います。

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2015.07.18

SNS時代、ブログを運営するために大切な、5つの「意図」

「情報営業」のコンサルタントである藤村正宏氏の今回のメールマガジンのテーマはブログについての心構えを書かれていました。引用自由ということなので、貼り付けさせていただきます。


「SNS時代、ブログを運営するために大切な、5つの「意図」」


でも、ブログをただ単に書いていてはあまり意味がありません。
ブログを運営するためには以下の5つの意図を持ちましょう。

1・共感してくれるファンを増やす意図
2・セルフブランディングを意図
3・ソーシャルメディアで拡散する意図
4・ブログ記事を資産にする意図
5・キーワード(SEO対策)を意図


1・共感してくれるファンを増やす意図

継続的にあなたらしい記事を書き、ファンを作っていく。
そのためにも、一方的な発信ではなく、FacebookやTwitterでコミュニケーションすることが大事。
そして、あなたの「個」をだすこと。

2・セルフブランディングを意図

「個」を出す意図をもちましょう。
あなたがどんなことが好きで、どんな人柄なのかがわかるようにする。
趣味のことやどんな生活をしているのかをFacebookやTwitterで発信する。
ブログでもあなたらしさを出す意図を持ちましょう。


3・ソーシャルメディアで広げる意図

FacebookやTwitter、Instagram、はてなブックマークなどで広げる意図をもちましょう。
なるべくたくさんの人に見てもらえるように、必ずブログを更新したら、あなたのSNSでリンクすることです。
でもね、ブログを更新したら自動的にTwitterで投稿するのは禁止です。
必ず手動で投稿すること。
コメントを入れて。


4・ブログ記事を資産にする意図

ブログはあなたの資産になります。
3年前に書いた記事でも読んでもらえます。
だから毎日コンテンツの貯金をしているという意識で書きましょう。
Twitterは新聞、Facebookは雑誌、ブログは書籍。
そんなイメージです。


5・キーワード(SEO対策)を意図

ブログがあなたのウェブサイトにストックされると、コンテンツSEOとして力を発揮します。
たとえばあなたが、お酒屋さんをやっていて、毎日のようにワインのことを書いているとします。
そうすると、Googleは「このブログはワインの専門ブログ」だなというふうに認識して、ワイン関連キーワードで上位表示されるようになります。
Googleは専門家が大好きなんです。
そのためには、内容はもちろんですが、ブログのタイトルも工夫しましょう。
「バーベーキューに合うワイン―○○ワインが意外とバーベキューとの相性がよかった」などと検索されそうなキーワードを意識したタイトルを考えることも大切です。

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2015.05.11

ある家屋の傾き・沈下修正施工会社の社長ブログです

 東日本大震災の後に千葉県浦安市では、液状化により、家屋が傾き、沈下する現象が多発しました。そのなかで、きちんとした技術で家屋の傾きを誠意をもって直していた家屋の傾き・沈下修正施工会社の社長ブログです。参考になると思います。曳家の岡本直也さんにご紹介いただきました。

浦安市 助成金対象工事の受付を終了しました。

浦安市の皆様

地盤復旧工事の為の助成金が4月10日をもって終了します。

当社も震災以来、浦安市の多くの住宅の傾斜修復工事を行わせていただきました。

お客様の心配を取り除いてもらうために

1  他社、他工法の悪口は言わない。 
2  他社、他工法が私たちの行う工法の悪口を言っても否定はしない。
3  修正の精度を上げるために、協力業者の方に無謀な価格交渉は行わない。
4  市との連携をしっかりと行う。
5  施工精度を求め、クレームが出ない体制で仕事をする。

こんな信念で仕事を行ってきました。

4月10日までに完工できる施工棟数も全て予約が終わり、当社での浦安市助成金対象の工事の受付は終了させていただきました。

この4年間、素晴らしい方々の協力を得ました。と同時に、仕事を取るために発せられた根も葉もない嘘や誹謗中傷の数々も反論することなく受け入れてきました。反論する暇があれば、そのエネルギーを工事のエネルギーに変えたほうがより良い結果につながると思っています。

ウレテックは浦安市と癒着している 
ウレテック工法(ウレタン注入工法)は耐久性が無い
ウレタンはシロアリが好んで食べる

さらには
社長の目がいやらしい
理由もないのに家に上がりこむ

仕事のやり方はその企業の風土で違ってきます。また社長の方針で決まります。

今後も他社の否定、批判はすることなく、お客様に信頼いただける工法提案を行っていきます。

数ある沈下修正業者の中でウレテックジャパン社で工事を行っていただいた方、そして当社からお見積もりを取っていただいた方、ありがとうございました。 当社の努力が足らず、他社を選んで工事をされた方へもありがとうございました。

衰退する沈下修正業界の様々な特殊技術が少しでも役に立てたことを嬉しく思います。

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2014.05.08

ブログの効用について(再確認)

 コンサルタントの藤村正宏さんのメールマガジン。今回は「ブログの効用」について述べられていました。わたしもブログについてはそう思います。仕事関係のこともブログに書いていますから。


「コンテンツマーケティング」

 FacebookやTwitterをやっていて、いつも思うことがあります。
それは「コミュニケーションが消費されている」そういうこと。
そう思いません? 特にスマホの普及と、それが比例しているってこと。
企業や店は、そこに新しい可能性があると思うんです。
今以上のたくさんのチャネルで情報を発信して、あなたの商品や会社のことをたくさんの人に深く伝えることも可能だと思う。


 有益な情報を使って、お客さまとのコミュニケーションを売っているということです。これは「コンテンツマーケティング」です。アメリカでこの「コンテンツマーケティング」という概念が生まれ、日本でもけっこう定着してきました。
企業はメディア化をしたがっています。

 「コンテンツマーケティング」って知らない人のために、カンタンに解説しておきますね。カンタンに言うと、自社のメディア、「オウンドメディア」を活用して、見込み客や既存顧客に有益な情報を発信して、関係性を創り出し購入してもらう。
カンタンに言うとそういうことです。

 役立つ情報をいつも発信して、それに触れたお客さまは「なるほど、この会社は専門家だな」とか「いつもいい情報をくれるな」と認識してもらって、親しくなっていく。
そして、結果的に商品やサービスを売るってことです。

 たとえば、印刷会社が「売れるチラシのチェックポイント」とか「反応のいいダイレクトメールの作り方」、「カンタンにできる売れるメニューの作り方」などを、いつも発信して、「チラシを作るならこの会社に頼もう」と思ってもらう。
あるいは、新築住宅を売っている会社が、いい家を作るためのさまざまな注意点をいつも発信していて、それを読んで自分で勉強したお客さまが、その会社に家を注文するとか。そういうイメージです。


「コンテンツマーケティングではブログが効果的」

 そのコンテンツマーケティングの核になるのが、オウンドメディアといわれているもの。オウンドメディアはたくさんありますけど、その中でも「ブログ」がとっても重要だと思うんです。

 ウェブサイトの中でも、ブログが効果がある。
毎日のように更新されると、毎日見に来る人もいますよね。
こういうお客さまは、もうあなたのファンになっているという状態。
だから、毎日のようにブログでいい情報、役立つ情報、悩みを解決する情報、願望を達成する情報、などを発信することで、見込み客との関係性が深まるのです。
いつも固定されているホームページの情報より、ブログの新鮮な情報を知りたいですよね。だからブログはとっても効果があるんです。

 でも、ブログってなかなか難しいことも事実。
一番多い悩みは、ブログに何を書いたらいいかがわからない。
ブログのネタに困ってしまう。
だから、いつも日記のようなブログになってしまう。
そんな悩みです。

「毎日のように、そんな専門的な記事は書けない」
そう思うのも、無理はありません。
それはプロのライターでも、けっこうたいへんな仕事ですから。
でも、毎日は無理でも、週に1本くらいは専門性のある記事を書けると思う。
そういう記事が溜まっていくことで、あなたのブログは専門性が出てきて、たくさんの人に認識されていくのです。
検索エンジンも、専門性が高いサイト、いい情報を出しているサイトは検索上位に表示するのです。


「ブログのネタに困ったらQ&Aサイトを参考にする」

 それでもネタに困るようでしたら、ヤフーの「知恵袋」とか、「教えてGoo!」などのQ&Aサイトを見ることをおススメします。

 たとえば、あなたが漢方薬の相談薬局をやっていたとします。
そうしたら、たとえばお客さまの悩みってたくさんありますよね。
「ダイエット」「アレルギー」「不妊」「アトピー」・・・
キーワードがたくさん出てきます。

 そうしたら、もし「アトピー」というキーワードで記事を書きたいと思ったら、Q&Aサイトにそのキーワードを入れてみる。
そうしたら、一般の人が「アトピー」に関して知りたいことが質問形式でたくさん出てきます。それに答えている人の回答も見られます。

「アトピーは遺伝しますか?」
「母親のアトピーは子供に感染しますか?」
「アトピーなのですが出産について」
「彼がアトピーの人いますか?」

 などなど、たくさんの質問が出てきます。
それを丁寧に答えていくブログ記事を書くのです。
(ちなみに、アトピーは遺伝しませんし、感染もしません)

 そういう記事がたくさんあなたのブログに蓄積されていったら、これはすごい財産になります。そういういブログを書いていると専門家として、認知されるわけです。

 人々の知りたいことを書く。
これがブログの基本です。
コンテンツマーケティングの基本なんです。

 他にもいいブログネタを探す方法があります。
ここでは書ききれないほどです。
そして、リアルの媒体。たとえば、看板やチラシ、ダイレクメールなどと組み合わせると、さらにお互いの効果が倍増するのです。

 ブログは関係性を構築するために、効果のあるメディアです。

 わたしは個人ブログは2004年からやっています。業務関係のブログも2009年からしています。業務サイトのホームページでは「よくある質問」で、400記事ちかうになりました。日々更新していこうと思っています。

 ブログはたしかに効果があると思います。これからも更新して行きます。

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2014.02.28

「コミュニケーションは、要らない」を読んで

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 「コミュニケーションは、要らない」(押井守・著・幻冬舎新書)を読みました。作者は「うる星やつら」「攻殻機動隊」などの劇場用アニメ作品の監督。なかなか毒をいつも吐いています。

 最近流行しているツイッターやフェイスブックなどにも言及。早速毒を振りまいております。

「ただ気分を吐きだすだけの言葉をネット上に書き散らし、真偽の不確かない情報に右往左往し、目的もなく自分のフォロワーを増やそうとする。

 そんなものはコミュニケーションではない。高度成長以降、日本人は「現状維持」のために協調性ばかりを重んじて、本質的な問題について@議論」することを避け続けてきた。

 そのツケが今、原発問題を筆頭とする社会のひずみとして表面化しているのだ。」(裏表紙)

 確かに言われるとうりですね。わたしも誰かに「共感」してもらいたいがために、ブログやフェイスブックに書き込んでいるわけではありません。自分の想いの吐露であり、記録です。1番の読者は自分なのです。「つながりたい」とか全く私も考えません。

「東日本大震災以降の日本では「絆」という言葉が至るところで使われ、「コミュニケーション」の必要性を説く人い今更ながらに急増した。

 そういう人たちが真っ先に飛びつくのが、「ツイッター」や「フェイスブック」などのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だ。

 これからの時代のコミュニケーションにはインターネットやスマートフォンは欠かせないツールであり、これらのツールが人々の想いを繋ぎ、エジプトの革命を成功させたような大きな力となって、新しい社会の枠組みを生み出していくのだという。

 僕はこういう言葉を一切信用していない。」」

 「今回の震災において、携帯電話が使用不能な状態の中で「ツイッターで情報交換した」「SNSがインフラとしての役割を果たした」という話がよく聞かれる。確かに安否情報を確認する。といった局面でそれらが有効に機能したことは僕も知っている。

 あるいは、テレビ局では編集されるような政府や東電の記者会見を、インターネット上で「ユーストリーム」などの配信によってノーカットで見られるように、新たな報道の可能性を見出したというような話も耳にする。これはこれで、納得はできる。

 しかし、これは果たして、コミュニケーションと呼べるのだろうか?」(「ツイッターはコミュニケーションの役にたったのか?」P20)

 押井氏は幻想ではないかと言っています。「重大な被害にあった土地以外の日本は、あっという間に復旧していった。インターネットやSNSや携帯電話が、その間にどのように使われようとも、それらが同じ言語空間を共有しているようには僕には思えなかった。」(P21)

 押井守氏は、コミュニケ―ンというのは2つの側面があると定義しています。それは「現状を維持するためのコミュニケーション」であり。もう1つは「異質なものとつきあうためのコミュニケーション」である。

「現状を維持するためのコミュニケーション」とは、

「ご近所づきあい」「会社づきあい」「先輩とのつきあい」や「友達とのつきあい」。更にいうなら「夫婦関係」「家族関係」「恋愛関係」を維持するためのコミュニケーションもふくまれる」と押井氏は言います。

 「ここで重要なのは「いかに問題を起こさないか」ということだ。良い言葉で言えば「協調」や「協力」と言うことになるが、悪い言葉で言えば、ようするに「馴れ合い」である。ここには、なにか新しい価値観を生み出そうと言う意味はない。

 日本人が「コミュニケーション」という言葉を使う場合、ほとんどはこちらの「コミュニケーション」を指しているように思う。」(P23)

 よく言われる「同調圧力」であり、同調しないと「KY(空気が読めない人)となりかねません。

 もう1つのコミュニケーションは「異質な世界や異質な文化といかにつきあい、新たな関係性を生み出すかという重要な目的をもっている。こちらは「議論」という行為に代表される。

 会社や学校での「会議」や国同士の「外交」、企業間での「交渉」がそうであるし、「恋愛」や「結婚」においてもその初期段階は「交渉」に近いコミュニケーションが必要になる。この2つは完全に分離したものではなく。フェーズが異なるものだといえる。

 僕が「コミュニケーション:というものにおいて問題にしたいのは、日本におけるコミュニケーション」が前者に偏りすぎているということである。(中略)

 ある共同体を維持するためには確かにそういうコミュニケーションも必要だろう。けれども、戦後半世紀以上が過ぎ、そろそろそういうコミュニケーションだけでは日本と言う国をささえきれなくなってきている。

 最大の問題は。こうしたコミュニケーションを続けてきた結果、日本にはまともな言語空間と言論空間がなくなってしまったということだ。

 まともな言葉が育まれる世界がなければ、まともな議論は成立しない。今回の東日本大震災とそれに付随する福島県の原発問題は、その末期症状を露呈しているように僕には思えるのだ。」(P25「コミュ二ケーションができない日本人」

 つまり「方法論」ではなく、「本質論」を押井守氏は言っていますね。映画をつくるという作業は「説得」の連続。それも異質な人たちを毎日日にち説得して協力していただかないと、良い作品はつくれない。その現実の中から出てきた言葉であると思います。

「自分が何かを成したいのなら、自分なりのコミュニケーションのシステムを作ればいい。人と会うのがどうしても嫌ならば、そんな自分でも可能なコミュニケーションの方法論を生み出せばよい。

 でも何より大切ななのは、何かを成したいと言う意志だ。それを実現するために誰かの協力が必要ならば、その誰かを説得する必要がある。

 説得と言うのは論理的でなければできないことだ。だから、人を説得しようと思ったら自分のロジックを鍛えるしかない。

 喩を出し、事例をあげ、結論を先に言うようにしたり、あるいは最後までひっぱったりする。相手が中学生なのか、オヤジなのか、奥さんなのか、1対1で話す場合と壇上で話す場合でももちろん違う。それはその場で合わせていくしかない。

 ただ、共通して言えるのは、「相手は自分を信用していない」という前提から始めるということだ。信用していない相手を説得する。だから、様々なテクニックを屈指して言葉を尽くしてロジックを強固にする。

 議論とはそういうことだ。その過程を経ているのであれば、結果としてどういう結論に達するのかということは本当はどうでもいい。

 大切なのは、そこでもれなく語れたかといおうことだ。語らうことの総量が問題なのであり、その語らいの中でより深く思考していく。」(P137「ひとを説得するということ」)

 押井守氏の真骨頂は本質論を徹底して主張することですね。

「まず信じない。ということによって自分で考える。それが今の世の中を生き抜くために必要なことだと僕は思う。

 信じるか信じないかというのは二者択一ではない。すべてを嘘だと疑えと言うことでもない。信じないと言うことはまず判断を保留するということだ。

 与えられたひとつかみの情報に一喜一憂するのではなく、まず信じないという選択によって、そこから自分の頭で考えてみる。「自分がしらないことがあるんじゃないか?」という強迫観念ほど根拠のないものはない。それはまさに現代人特有の病だ。自分が知らないことがこの世の中にはまだまだあるんじゃないか?「あるに決まっている」と。

 どんなにネットが発達しようがテクノロジーが発達しようが人間はさらなる万能感を欲する。そして、その万能感を手に入れる方法はひとつしかない。

 それは知識を増やすことでも、アンテナを張りまくることでもない。通信傍受システム、エシュロンで世界中の情報に聞き耳を立てる賢者になることでもない。

 結論は、まっとうな価値観を持つことだ。人間が生きることに関して、その延長上に社会がどうあるべきなのかを見出すことだ。

 人間が考えることなんて最終的にはひとつしかない。自分の人生とどう向き合うかだ。今生きている人間にとって、1番大切なのは、死生観であり、もっと言えば死とどう向き合うかだけだ。

 死と対峙したとき、そこから自動的に生きるということの意味が明らかになってくる。生についてばかり考えているのとは順番が違う。どんなに知識を積み重ねても死と向き合えない限り、その知識はなんの役にも立たない。

 問われるべきは知識ではなく、覚悟なのだ。


 そういえば、沖縄出身の家内と結婚し、沖縄の実家へ行った時に、義父が私を連れ出し一族の墓へ2人で行きました。御先祖様にわたしのことを報告していたようでした。

 今頃の年齢になって義父の気持ちが少しわかります。その義父も義母とともにこのお墓で眠っています。沖縄へ行くと常に死と向き合うようになりますね。確かに。
Okinawahaka1


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2014.01.01

10年目となった個人ブログ

2014umagazou


 早いものですね、2004年1月1日にスタートした個人ブログ。今日でとうとう10年目になりました。相変わらず1人で「吠えて」おりますね。

 2004年1月1日のブログ記事です。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2004/01/post.html

 その後フェイスブックなども現れましたが、個人ブログで相変わらず1人で「吠え続けて」います。今後も変わらないと思います。

 NIFTYがブログサービスを辞めない限りは、続けて書き続けて行くと思います。

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