日誌風の感想

2018.07.20

大盛況の24時間コインランドリー


 2018年7月18日ですが、午後の事務所の気温は33・6度。今日はHPの作りこみをし、PCを活用しますので、今年初めてエアコンをつけました。1時間半ほど集中して」作業をしました。
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 家内が「毛布を洗濯しにコインランドリーへ行きたいので車を出してほしい。」と言われました。毛布4枚をこの猛暑の中洗濯と乾燥へ持って行くのです。行先は24時間営業のコインランドリーです。
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 行くと駐車場は満杯。しかも大型は空いていません。中型2台で毛布を2枚ずついれて洗濯・乾燥することにしました。1時間かかります。自分で携帯電話番号をコイン投入後に打ち込みますと、終了5分前に呼び出しのアナウンサが携帯電話へかかってきます。1台に1200円投入。2台で2400円です。
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 実際に55分後にかかって来ました。頃合いを見て行きますとできあがっていました。かんかん照りの晴天であるのに、この種のコインランドリーは大盛況ですね。24時営業で人手はいらないので、稼働すれば儲かりますね。全国的に流行しているようです。
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2018.07.11

過去の体験が役に立たない未曾有の大災害


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 2018年7月初めの大雨災害。広域にわたり大きな被害が出ました。驚いたのは広島や岡山県など瀬戸内の大雨が普段は降らなくて、雨が少ない温暖な地域と言う印象でしたが、今回の豪雨災害には驚きました。

 報道に寄りますと土砂崩れと、河川の堤防が切れたことによる大量の水による洪水被害は想像を超えました。

 実は私は床上浸水1回、床下浸水2回。避難所生活も経験、浸水被害の後の片付けの大変さは体が覚えています。床上浸水支援(祖父母の家)は1970年の台風10号による水害でした。いの町の自宅が床上と床下浸水したのは1975年の大水害でした。

 1975年に体験した水害はいの町で土砂崩れで70人亡くなりました。隣の日高村の知り合いの人が2階で寝ていると枕が湿っぽいので目が覚めたら水が2階まで来ていたとの事。
 
 いの町の自宅は路面より1M嵩上げしていましたが床上15センチの浸水被害。たったそれだけですが、畳や床材、カーテンなどはダメになりました。床も張り替えました。湿気が治まらないので、シロアリが発生し後で床が抜けました。それだけの浸水でも家屋は半壊状態になります。

 まして床上30センチを超える浸水になりますと、家具や冷蔵庫は転倒します。家屋は全壊状態になったも同然です。

 床上浸水の時は平屋でしたので、隣の家の2階へ避難させてもらいました。後の床下浸水の時は母を背負い、近くの農協へ避難し、一夜を明かしました。夏でしたが寒かったです。

 浸水の予想が出ますと、床から畳を剥いで、台所のテーブルの上に積み重ねて置いて避難しました、前の床上浸水時の苦い経験があったからですね。避難所でのラジオで当時の坂本昭高知市長が非常事態宣言を叫んでいました「市民はただちに避難してください!!非常事態ですから!1」と叫んでいました。43年経過しても覚えています。

 高知市の水害被害も、いの町の水害被害も堤防が切れての被害ではありませんでした。いの町は、仁淀川の水位が上がり、いの町の少河川のさいな川と宇治川の水が排水されず市街地に逆流して浸水しました。もし仁淀川の堤防が決壊しておればおそらく軒まで水が来て跡形もなく家は流れていたことでしょう。

 高知市の当時の水害も内水面の水が排水できず逆流して浸水しました。その後高知市は20年間水害対策工事を進め、排水ポンプ場と雨水処理施設を最優先でこしらえました。お蔭で1時間の雨量が77ミリまで排水能力があるそうです。

 この数日で高知市は650ミリの雨が降りましたが、排水され海抜0メートルの下知地域の浸水はありませんで死した。高知市の当時の横山龍雄市長のお蔭です。

 今朝の日本経済新聞では企業も被害を受けていました。ホームセンターのダイキは愛媛で4店舗、岡山と広島でそれぞれ1店舗が浸水被害を受け営業停止状態とか。防災対策備品を販売しているホームセンターでも店舗が被害を受けるぐらいですから、「想定外」の大被害であったことがわかりますね。

 個人の過去の体験や皮膚感覚だけでは、応用が効かない大災害でありました。反省しています。

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2018.06.28

零細企業のBCP(企業再建計画)


 大災害(南海トラフ地震などを想定したBCP(事業継続計画)などが言われています。多くの場合、資金的に余裕がある大規模事業者が主体であり、生業を営んでいる零細企業のBCPは無きに等しい状態です。

 高知市下知地域は、海に隣接した市街地で全域が海抜0メートルです。最悪の想定では地盤が2M沈下し、地域全体が長期浸水すると言われています。居住も企業活動も長期間出来なくなります。

 商人は企業活動が出来なくなれば、得意先を失い、生活がひっ迫します。大規模事業所は、自力で高台地区への移転をしています。零細企業は自社の土地・建物の担保価値が下がっているので、すでに自社の土地を売却して高台移転は不可能になりました。


「緊急事態で的確に判断し行動するためには、緊急時に行うべき行動や、緊急時に備えて平常時に行うべき行動をあらかじめ整理し取り決めておく「事業継続計画(BCP)」の策定・運用が有効です。」(中小企業庁)

 高知県の商工労働部あたりのBCPの講演会を以前も傾聴しましたが、所詮は「大規模事業所対象」のものであり、」生業に近い零細企業では無理なお話です。

 そこでうちの場合は「事務所の一角を借りる」「WIFIをご利用させていちゃだく」「配送センター機能を代行いただく」ことを念頭に業務提携先を探しています。

 徳島県山間部と香川県高台地域で意見交換会をしましたが、被災の小さな地域は「危機意識が希薄」であり、「温度差がある」ことを思い知りました。

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2018.06.27

まんのう町役場へ行きました。


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 2018年6月26日(火曜)ですが、FBでの友人でありまんのう町の森近育子さんのご紹介で、まんのう町役場総務課をお訪ねしました。用件は「零細企業同士のBCPは業務提携です。「業務提携について(災害時相互支援協定がのぞましい。」。高知市下知地域の「逼迫した地元事情を説明する。」と言うことで、意見交換することが目的でした。

 私(二葉町・防錆塗料の通販)と横田政道さん(若松町・米穀販売)の2人で訪問しました。まんのう町側は総務課課長補佐と防災担当官(元自衛隊出身)と担当主事の3人で丁寧に応対いただきました。

 まんのう町側の資料では、町内地域ごとに避難所(公共施設)が指定されており、飲料水や毛布や非常用トイレ、非常食などが最長3日分が備蓄されているようです。お話を伺うにまんのう町は津波や地盤沈下の心配もなく、町内には険しい山地もなくがけ崩れなどの心配もないようです。家屋の耐震化と防火対策を主体に減災対策をすればいいという、低地の海抜0メートルの下知地域に居住し働いている者にとっては羨ましすぎる環境であることが良くわかりました。

 今日の所は、初対面でもあるし、ざっくばらんな意見交換、情報交換をしました。下知の零細企業のパートナー探しは、また次回以降の課題とさせていただきました。今回の意見交換会は間に入っていただいた森近育子さんが、町長さんに面談し、下知側の事情を説明していただいたようです。それに対して役場側が配慮していただき実現したものでした。こうした良縁を大事にし、関係を今後深めていきたいと思いました。
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 意見交換後のランチは、役場近くのうどん店(セルフ)へ行きました。うどんの玉を注文し、てんぷらなどをトッピングして、支払います。うどん汁は蛇口で注ぎます、ネギや生姜も自分で取りテーブルへ運んで食べます。味は美味しかったです。
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 帰りは高速道路ではなく、久しぶりに国道32号線を走行しました。途中徳島県大歩危のモンベル・ショップへ寄りました。アウトドア・スポーツ販売店ですが、山間部にに結構大きな店舗をかまえていることには驚きでした。吉野川でのラフティング用の用品を販売しているのではないかと思いました。これを見ると地方にも可能性がありますね。感心しました。
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2018.06.26

耐震シェルター・防災別途補助制度


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 高知県同様に南海トラフ巨大地震への恐怖に苛まれている筈の静岡県。吉田町(人口29680人)ですが、「道路上に設置した津波避難タワー」(1200人収容のものもあり)で知っていました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-03c9.html

以前に地元市議の高木妙さんに現地視察をされたおり資料もいただきました。人口が3万人の町なのに徹底した地震・津波対策の充実ぶりは羨ましい。町のホームページでは「町への移住者」を募集しています。

 吉田町のホームページで「防災・防犯情報」という分野がありました。そのなかに「吉田町防災ベット等。耐震シェルター設置事業補助金」という項目がめにつきました。

http://www.town.yoshida.shizuoka.jp/item/4364.htm#ContentPane

 このシェルターや防災ベットが効果があるのであれば、高齢で年金以外の収入のない人達でも導入できそうですね。この補助制度は県や高知市でも検討すべきではないでしょうか。
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 高知市下知地域では老朽化した木造低層住宅が多数あります。多くは高齢者が居住しています。「揺れ対策」の検討課題にすべきであると思います。
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2018.06.25

ブロック塀の”恐怖”


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 先日の大阪北部地震。高槻市の小学校のブロック塀が倒壊し、通学時の小学4年生の児童が下敷きになり亡くなられました。何とも痛ましい事故です。

 他人事かと思いきや、あらためて眺めてみますうちの倉庫の壁はブロック塀でつくられています。なんせ父の代に1979年位に倉庫は作られています。
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 高さが2・3M位有、10段積み。髙いのでブロック塀控えはあります。鉄筋はたぶん入っているとは思いますが、調査していないのでわかりません。
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 生前の父に聞きますと「最初はつくり予定にはなかった。倉庫が建ってから後から壁代わりにこしらえた。」とのこと。そんな調子だから基礎なんかもきちんとしていないやっつけ仕事でしょう。

 三方がブロック塀、道路に面したところがシャッターです。鉄骨階段にセメントを塗りつけているだけなので。、防水対策なんぞしておらず、老衰で鉄骨が錆びていますから。
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 建築に詳しい人から「心配ならブロック塀に鉄筋が入っているかどうかを確かめる鉄筋感知センサーがあるので、レンタルして調べたらいい。」とのことです。
 
 倉庫を建築した建築会社は廃業していません。もう39年も前のことです。倉庫も最初から欠陥建築で老朽化が酷い。何とかしたいですが、先立つものがありませんから。それに昔と違い倉庫の役目は低下しました。余計に「なんとかせんといかん」という気持ちは失せています。

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2018.06.21

建立して10年ぶりに墓へ行きました


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 2008年8月にいの町の南墓地公園内に、お墓を建立しました。うちは分家であり、家族がみんな元気なうちにお墓をこしらえました。生前にお墓をつくるといいことがあると言われていましたので。建立の3年前から計画し、いの町の墓地公園に応募し、墓地を購入し、お墓を建てました。僅か1・5坪の小さな墓です。

 沖縄の義父は、家内と結婚して最初に沖縄へ行ったときに、私を家のお墓へ連れて行ってくれました。なんで私をお墓へ連れて行くのだろうと当初は戸惑いました

 おそらくご先祖にも紹介していただいたことでしょう。
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「沖縄では家をつくる前にお墓をつくる。」と義父は言われていました。70坪の敷地に建立するお墓の大きさには驚きましたが、それでも沖縄ではどれほど大きくないそうですし。

 さて10年間お墓は野ざらしになっていました。父(享年100歳)が5月に亡くなり、49日の納骨もするので、墓石屋さんに父の名前と死亡年月日と年齢を刻んでいただきました。納骨のやりかたも教えていただきjました。納骨室は2段になっているので、父の骨は1番右手に置くように言われました。
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 10年間全く来ることがなかったので墓石も汚れていました、納骨前の土曜日に現地へ行き、墓石の汚れ落としをします。また当日雨だとつらいので、墓石屋さんが組み立て式の小型テントを貸していただきました。
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 なにかと用事がたくさんあるようです。家内から前日は「サッカーW杯観戦を控えるように」との沙汰が出ております。

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2018.06.19

父から教えられました


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 父が亡くなって1カ月以上が経過しました。いろいろと手続きや届け出などが煩雑にあり落ち着かない日々を過ごしています。

 6月17日は珍しく高知新聞の「声・広場」欄に投稿文が掲載されていました。最近は私の投書はまずは掲載されることはありませんから。「父の日特集」と言うことで。父親に関する投書が特集されていました。徳久衛さんの投書も掲載されていました。

 「他人を思いやる心が自然に芽生え」などと書いているが、家族にとっては「あんたは感情的にわめいていることも多く、ありえない。」と辛らつに批判されています。常に身内の評価はシビアなものです。

 寝たきりになっても、介護状態になっても、父は「人間の尊厳」を保っていました。それは最後まで私は感じていました。前日「明日は海へ行ってくる。夕方になるけれど寄るから」、「行って来い」と言ってくれました。「海の散帆」へ行かしてくれた父には感謝しています。

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2018.06.18

いつどこでも危機管理意識を

 1985年から夜須でヨットを始めて今年で33年目。全然技術的には進歩しません。レースで早く帆走しようと言う気が全くなく、ヨットは精神的な癒しです。ぎ装してますと陸から海のリズムに代わります。一旦自分の判断で出艇すれば、自己責任で戻らないといけないです。

 天気予報や観天望気の自己判断をして、出艇時の気象にてぎ装を調整します。私は海抜0メートル地帯の高知市二葉町で24時間生活し仕事をしています。防災士であり地域防災会の役員をしています。南海トラフ地震はいつ起きるのかわかりませんが、対策をしています。

 起きても困らないように寝室と玄関と車のトランクに避難用備品を置いています。夜須の海へ出て大津波警報が発令されたら、迷わずヤッシー・パークの津波避難タワーを目指します。ハーバーであれば手結山トンネルまで走ります。

 とにかく初動を間違わない事。日頃から体調を整え、いつ地震・津波が起きても慌てない対策を常に、どの場所でも行う事です。海岸周辺や低地の高知市街地では、車での走行時には、避難場所や避難タワーや津波避難ビルを確認し、車を放棄し駆け上がる心づもりをしましょう。

 南海地震に遭遇しても、3分間の揺れと、24時間の津波をやり過ごせれば生き残ります。地震も津波も自然現象です。それを災害にするのは全て人間です。災害をやり過ごす準備は常にしないといけないですね。

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2018.06.04

天安門時間から29年目です

1986年に初めての海外旅行が中国の北京周辺でした。

天安門広場で記念撮影し、人民大会堂で食事会をしました。革命広場を散策しました。(写真です。髪の毛が黒いです。32年前ですね。)

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 3年後多数の市民や学生が集まっている革命広場に、あろうことか人民解放軍が発砲し、戦車が突っ込んでいる映像を見て驚愕しました。

 1972年の連合赤軍事件と1989年の天安門事件によって進行していた毛沢東思想は崩壊しました。

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