歴史問題

2009.11.29

ドラマ「坂の上の雲」の感想

  「坂の上の雲」(原作・司馬遼太郎・著)が、NHKで放映されました。物凄い前宣伝があり、ドラマ1本の制作費洋画4億円とのこと。さてそのできばえは?

 江戸時代と明治時代の境目から物語りはスタート。松山の町もよく再現されていた。貧乏士族の生活ぶりもリアルに描いていた。やがて秋山兄弟は上京し、東京での生活が始まる。そのあたりの描写も映画的に展開する。コストがかかっているととは思う。

 ただ40歳代の本木雅弘(秋山真之)と香川照之(正岡子規)が、16歳の中学生を演じるのは俳優とはいえちと苦しい。ぺ・ヨンジュンさんが冬のソナタで」高校生役をやっていたと同様に苦しすぎる。

 まあ肩肘を張って見る番組でもあるまい。娯楽番組としては悪くはない。裏番組では亀田が内藤に判定勝ちしたそうですが、全然見る気持ちが起こらなかったので、出来は悪くはなかったとは思いました。

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「花神」を読んで

 「花神全4巻を図書館で借りてきて休日に一気に読みました。司馬遼太郎さんが1972年に新潮社から出版された小説です。

 主役は村田蔵六(大村益次郎)。日本史では戊辰戦争の時に、総司令官として登場、日本陸軍の兵制をこしらえた人ですが、明治2年に京都で暗殺されました。

 1977年のNHK大河ドラマで放映されたとのことですが、関西ー東京勤務時代でせわしく見ないで終わったようで全然記憶にありません。

 今日から「坂の上の雲」という同じ司馬遼太郎さんの歴史ドラマが鳴り物入りで始まります。そういう背景もあり、司馬さんの書籍を「この国のかたち」を読んでからやたら読みたくなり図書館で借りてきて読みました。
Kashinhonm

 幕末・維新の歴史の大転換期にあって、主人公村田蔵六は異様なキャラクター。血気盛んな志士を軽蔑し、ひたすら蘭学に打ち込み、大秀才といわれていました。しかし百姓身分のせいか、出身の長州でも軽く扱われ、後に宇和島藩や幕府の役人にもなります。しかし「攘夷」の気持ちからか、出身地の長州に請われ、安い給与と待遇ながらそちらへ移籍します。

 村田蔵六の凄いのは、一度も外国へ行かないのに、西洋医学や科学を会得。宇和島藩では書物を頼りに蒸気船をこしらえます。長州では第二次長州征伐の大ピンチに司令官として抜擢され、大勝利を演出します。その後戊辰戦争も想定より短く1年足らずで終わりましたが、それは村田蔵六の功績がとても大きいと思いました。

「攘夷という一大発熱によって日本の体質を変える。ひとびとの需要のために村田蔵六という男は存在している」(1巻P138)

 司馬遼太郎氏はご自身の惨めな戦争体験を踏まえ日本の近代史を総括してしまっています。
「明治以前までの日本の歴史は虚構をほとんど受け入れることなく進行し、維新後80年間は絶対的天皇制という非日本的な虚構を大がかりにつくりあげたが、ついにキリスト教、インド教のように身に付かず、第二次世界大戦の敗北によって、もとの現実主義的な日本人に戻った。」(第4巻 P15)

 司馬氏によれば村田蔵六は徹底した合理主義者であり、思想や感情が支配されることを嫌う冷徹な現実主義者であったようです。
「ただほんのわずか普通人というか、とくに他の日本人と違っているところは、合理主義の信徒だったということである。この違いはわずかに見えるが、考えようによっては、日本的風土の中では存在しがたいほどに強烈なもので、その強烈さのために蔵六はその風土を代表する政治的狂人のために殺された。(第4巻 あとがき)

 幕末維新の立役者であり、今でも国民的な人気のある西郷隆盛と生涯うまが合わず。その危険性を村田蔵六は予見し、「九州から足利尊氏がやってくる」と彼の死後の8年後の西南戦争を予見、それに備えるために新型の砲台をたくさんつくれと言っていました。それが役立ち、政府軍は薩摩軍を鎮圧できました。

 どんな境遇に置かれても、冷遇されても不平を言わず、学問や文献調査に明け暮れていた村田蔵六。地味なキャラクターですがものすごく魅力的で惹かれました。

 あやかりたいと思いました。

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2009.11.26

司馬遼太郎さんの世界

 遅ればせながら、司馬遼太郎さんの本を図書館で借り、あるいは文庫本はブック・オフで購入し、読んでいます。
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 そのなかで「覇王の家」「この国のかたち」などを読みました。知っている本ばかりではありませんが、読みやすい小説や随筆でした。

 日露戦争で勝利したものの、膨張した海軍力をすみやかに削減し、軍縮し経済や民生の発展にまわすべきだったのです。しかし日本そうしませんでした。

 ポーツマス条約を命がけでまとめてきた小村寿太郎外相に対して、無知なる大衆(情報が公開されていないので、仕方はないところはあるが、当時の新聞なども煽り立てたことも事実)、焼き討ちや暴動を起こしました。

 結局冷静に事態を分析する能力に欠け、無謀な戦争に奔走していくことになりました。司馬さんによれば狂っていたのは昭和10年から20年までの間だったとのことですが、日本だけでなく、近隣アジア諸国に多大な迷惑をかけてしましました。

 その10年間の間違いであったとしても、それ以外の日本の歴史は変化に富面白いと司馬さんは言われています。そうだと思いました。

 この10年間は「狂った10年。悪魔の10年」とでも呼ぶべきでしょう。決して賛美してはいけないと思いました。

 この「狂った10年」をどう克服していくのか。現代日本の政治史の困難な課題をすべて解きほごすものがすべてあるように思います。
Konokuninikatachishibahon

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2009.11.24

映画「山河あり」と「梅原孝司さん講演会」へ参加

  戦争を知らない子ども達に送る映画会(田辺浩三氏主催)の11月上映は、11月23日高知市龍馬が生まれた街記念館でした。

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 今回行ったのが夕方。最初に梅原孝司さん(元教員・社会科)からの講演がありました。主に「教科書」の記述の問題を言われました。日本史の特に昭和史の記述は、時の政権次第で変化する事例を説明いただきました。

「戦前は社会科という科目はありませんでした。最近の流れとしては道徳や愛国心を強調する潮流が強くなり、現場の教員も大変です。教育基本法も改悪され、国家優先型の教育を押し付けられてきているからです。」

「政権交代もありましたが、教育現場を見る限り何も変わらないと思います。文部科学省は成立以来140年間なにも変わらなかったからです。最近ではゆとり教育を提唱。学力低下すると今度は授業時間を増やす。なにも反省することなしで。」

「現在現場の教員は忙しすぎるし、疲れ果てています。ただ教育の力は大きい。9月に講演された大川愛郎さんは小学生時代に職業軍人の話や、廊下で蒋介石の写真を踏みつける教育を受けられたと言われました。少年兵として予科練を志願する気持ちになられたといいます。

 会場からも質問があり、的確に梅原さんは答えていました。
 
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 続いて主催者の田辺浩三さんからの挨拶がありました。今後の「戦争を知らない子供たちのための映画会」は、12月は「カルメン純情す」を6日に上映されるそうです。この映画「カルメン故郷へ帰る」の続編ですが、戦闘風景など出てこない映画ですが、戦後になり再軍備の動きのある時代背景を見てくださいとのこと。

 また来年は愛宕劇場でいくつか映画をやります。とのこと。(詳しくは別の機会に掲載します。)
 映画「山河あり」の解説もありました。苦労してハワイへ移民し、安定した市民生活をしていた家族を日米戦争が引き裂き、悲劇を生んでしまう。どこも上映が困難な映画ゆえ堪能くださいとのことでした。
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 大正7年に日本での困窮した生活を脱出するために決死の覚悟でハワイへ移民しました。しかし待っていたのは農場での過酷な労働の日々でした。
 どうにかこうにか生活は17年後には安定し、2家族は個人商店を都市部で営むようになり、子供たちはハイスクールへ通うアメリカ市民になっていました。

 1世の親たちと2世の子供たちの意識の違いが描かれています。昭和16年に日米開戦が起こり、事態は悲劇的に。特に子供たち2人を戦争で亡くした主役の高峰秀子の嘆きは大きい。ラストシーンで戦没者墓地で泣き崩れる場面は胸を打ちます。

 それにしても映画で描かれた68年前のアメリカ市民生活の豊かさ。日本の地方の貧しさ。生活面での格差を見せ付けられる映画でもありました。

 母と同年輩の女優高峰秀子の演じた時代の重たさを感じました。

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「坂の上の雲」のブームが起きそうですが・・・・

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 NHKの大型歴史ドラマ「坂の上の雲」(司馬遼太郎。原作)いよいよ11月29日からスタートします。そういうこともあり、近くの図書館で「1冊でわかる 「坂の上の雲」司馬遼太郎が伝えたもの」(矢沢永一・著・PHP)を読みました。

 著者の谷沢氏は司馬遼太郎さんの発言を克明に記録し、書籍にまとめています。司馬さんの歴史観というか、歴史に対する思いはあれこれ言わなくても、この本にまとめられている「見出し」項目でだいたいの事柄は語りつくされている。

1・智恵と勇気と幸運と

2・善玉悪玉論で歴史の大筋が見えるか

3.義務感こそ人間を高貴にする

4.物事を革新する者は、人生の楽しみが生まれる

5.美がわかれば、人生の楽しみが生まれる

6.将師は庇護者としての責任を引き受ける

7.知らしめて悟らしめて人を動かす

8.精神主義と規律主義は無能者の隠れ蓑

9・専門常識はゆらい保守的なものである

10.常勝の驕りが目をくらませる

11・型によって栄え。型とともに滅びる。

12・「卑屈な笑顔」で人の心をとる性向

13・敵失による勝利を美化した悔恨

 など見出しだけ眺めていましても、奇跡的な日清・日露戦争の勝利を生み出した原因と努力を、その後の日本陸軍もマスコミも国民も分析することなく、愚かな世界大戦へ巻きこみ国土を廃墟にしながらも責任をとらない連中に対する深い怒りを司馬さんから感じます。

 便乗記事の週刊現代の今週号の記事もまあまあもともです。
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 谷沢氏の著作の記述をなぞりました。
 「日本陸軍は補給というものに観念が体験的欠陥としてはじめから欠落していた。」(P125)

「乃木希典 彼には戦争をどれだけ被害を少なく勝利へ運営していくことについてどこか神経の欠落したところがあった。」(P169)

 司馬遼太郎さんは「無能」な日本陸軍参謀本部に対する憎悪を口にしています。司馬遼太郎さんの歴史小説には一貫して日本のあり方、国の形を問うテーマが流れているのであると思いました。

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2009.11.23

鈴木啓介さんご夫妻が来訪

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 いつもはブログ「川越だより」で交流しています。ケイスケさんこと鈴木啓介さんと奥様が、四国訪問の途中。午前中に立ち寄っていただきました。

 車で埼玉の自宅からフェリーで徳島へ上陸。香川県や愛媛県を訪ね、出身地の室戸市へも行かれ、旧友たちに面談するために高知市へ来られ、復路もフェリーでお帰りになるそうです。

 
   四国訪問計画
 
 ブログ「川越だより」のご縁で、朴ポーさんのコンサートを室戸市まで行ったこともありました。

 ケイスケさんは、高知県室戸市出身。東京で教員をされていました。リタイヤされたあとも様々な社会運動に関われておられます。何種類かのチラシをいただきました。

 画像はクリックしますと多少は大きくなります。
Skiichigo
 きいちご多文化共生基金ニュースもグループで発刊されています。

 12月14日に新潟港で集会があるそうです。チラシをいただきました。
Sniigata1
Snigata2

 娘さんが勤務されておられる原爆の図丸木美術館のチラシをいただきました。
Genbakumaruki
 せわしい旅の途中の出会いでした。今回はゆっくり交流することはできませんでしたが、いろんな活動領域をご夫婦で持たれておられるようなので、次回はゆっくりお話を傾聴したいと思いました。

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2009.11.17

命どう宝(ぬちどう宝)

Inotitakaraokinawa

沖縄の方言で「命こそ宝」ということらしいです。
家内は沖縄出身ですが、家族間で全く沖縄方言を使用しなかったようなので、多少聞き取りができましても話すことはできません。

「土佐弁は何を言っているかだいたいわかるが、沖縄の方言は翻訳文がないとわからない。」とのこと。

 がじゅまるファミリーの中で、おばあとさんとの会話のなかで「命どう宝(ぬちどう宝)は、戦争の悲惨さと米軍基地の占拠の現実のなかでの沖縄の言葉です。

 現在は普天間基地の移設問題で、マスコミの例によって「日米合意で決まったことを一部の沖縄の人たちがごねている」と皆が受け取られかねないような報道を意識的にしています。

 辺野古で長期間交代で座り込みをしている人たちは「ベトナムやイラクへ行く米軍が爆弾を積み込んでいた。なにも言わなければ自分たちがイラクの人たちへの加害に加担したことになる。」という真摯な気持ち。

 つくられた八ッ場ダムの住民とは全く異なります。あちらは政治の無為無策が生んだもの。沖縄は被害者でありながら、加害者にはなりたくないという真摯な気持ちからの発言であり行動です。

 かじゃまるファミリーのこの4コマ漫画には心打たれます。

 「きんこん・がじゃまる博」は高知市横山隆一記念漫画館にて11月30日まで展示されています。(入場料は無料)

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2009.11.16

尊皇攘夷は薄っぺらい思想

Konokuninikatachishibahon
 昔のVTRで故司馬遼太郎氏の発言が印象に残りました。
「幕末期に流行した尊王攘夷思想。もともとは中国の宋の時代の思想。たいした思想ではありません。結局宋は南へ追いやられ、最後は元に滅ぼされます。

 水戸の儒学者が取り上げ、幕末の政治思想になりました。でもその政治思想では諸外国の公益や外交に役立たない。明治政府は2年もかけて欧州に滞在し、憲法も議会も、天皇主権制度も、軍隊制度、教育制度もすべて輸入し、付け加えました。

 明治政府首脳は幕末維新の動乱を生き抜き、西欧から学ばざるを得なかった現実を踏まえている。しかし明治末期ごろには元老たちは亡くなり、日清・日露戦争にも勝利し、だんだんと考え方が散漫になった。その元凶のひとつが尊王攘夷思想と言える。

 司馬遼太郎氏は「思想の大事」さ「この国のかたち」を突き詰めていたと思います。日本人の心に根ざした思想の確立もです。それをやり続けたいと思います。それをやりとげないと日本の存続はないと思うからです。

 わたしは「連合赤軍と新自由主義の総括」を思想的なテーマにしてきました。司馬遼太郎さんに教えられました。「昭和10年から20年までの日本は最低」。この時代の思想的総括を克服しないと日本は再び世界から孤立するでしょうから。

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2009.11.15

日本の発展はアジアとの共存にある

 中国は所詮は中華主義の覇権国。信頼はできない。政治が民主化されない限りは真の友好は出来ない。韓国もインテル層があまりに反日的。賢くない。彼らが跋扈しているうちは韓流ドラマ程度の交流でしかない。

 その点、台湾、ベトナム、インドネシアは将来があります。成長の伸びしろがあります。日本も中国や韓国に余分な神経を使わず、これら3国と真剣にお付き合いをしたほうがまし。真のアジア共同体と言えるだろうし。

 その動きを1番妨害するのはアメリカ帝国主義であろう。中国と韓国を炊きつけ反日感情を植えつけているからです。でもその策動は必ず失敗するだろう。日本が戦前の日本のような低劣なイデオロギーにとらわれた国にならなければアメリカには勝てますね。馬鹿でしたあの当時は。

司馬遼太郎さんが「昭和10年から20年までの間の日本は最低」と断じているようです。この愚かな10年間を相対化し、反省し、克服しないとアジア諸国との共存などありえない。

 きちんと真摯にアジアの国と付き合いさえすれば、アメリカの影響力は相対化されます。対米従属主義は日本から消え去るのです。

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2009.11.14

「この国のかたち」を読んで

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 「この国のかたち」(司馬遼太郎・著・文春文庫・1990年刊)を読みました。作家司馬遼太郎さんが文芸春秋社の編集者に依頼され、雑誌「文芸春秋」の巻頭随筆集だそうです。

 司馬遼太郎さんは敗戦時には、23歳の兵士でした。「当時の彼我の戦争の構造は、対戦というものではなく、敵による一方的な打撃だけで、もし敵の日本本土上陸作戦がはじまると、わたしの部隊は最初の戦闘の1時間以内に全滅することはたしかだった。死はまことに賢愚も美醜もないというのが、戦争の状況がそれを教えてもいた。」(P282)

 敗戦後駐留していた街を歩きまくり、思いをあらたにされたようでした。栃木県佐野にいたそうです。

 少し長くなりますが、司馬遼太郎さんの歴史小説や世界観の本質のように思えますので、引用してみたいと思います。

「わたしは毎日のように町を歩いた。この町(栃木県佐野)は、13世紀から鋳物や大正期の佐野縮(ちじみ)など絹織物による富の蓄積のおかげで町並みには大きな家が多く、戦時中に露地に打ち水などがまされていて、どの家もどの辻も町民による手入れがよくいきとどいていた。

 軒下などで遊んでいるこどももまことに子柄がよく、自分がこの子らの将来のために死ぬのなら多少の意味があると思ったりした。
 
 が、ある日そのおろかさに気がついた。このあたりが戦場になれば、まず死ぬよりは、兵士よりもこの子らなのである。
 
 終戦の放送をきいたあと、なんとおろかな国にうまれたことかとおもった。(むかしは、そうではなかったのではないか。)と、おもったりした。むかしというのは、鎌倉のころやら、室町、戦国のころやである。

 やがて、ごくあたらしい江戸期や明治時代のことも考えた。いくら考えても昭和の軍人たちのように国家そのもののを賭けものにして賭場にほうりこむようなことをやったひとびとにはおもえなかった。

 ほどなく復員し、戦後の社会のなかで塵にまみれてすごすうち、思い立って三十代で小説を書いた。

 当初は、自分自身のたのしみとして書いたものの、そのうち調べ物を書くようになったのは、右にふれた疑問も自分自身で明かしたかったのである。いわば23歳の自分への書き送るようにして書いた。」(P284)

 旧日本軍の戦車部隊で従軍した折の、あまりの軍の酷さ。戦車を守るために後退し、前線の歩兵を危険にさらされる愚かさ。参謀本部の無能さに司馬遼太郎氏は怒りを向ける。

「ともかくも、昭和10年以後の統帥機関によって、明治人が苦労してつくった近代国家は扼殺されたといったといい。このときは死んだといっていい。

 わたしは、日本史は世界でも第1級の歴史を光源にして日本史ぜんたいを照射しがちなくせが世間にあるようにおもえてならない。この10年間の非日本的な時代を、もっと厳密に検討してその異質性をえぐりだすべきではないかと思うのである。」(P83)

 司馬さんは「尊王攘夷」で幕末維新期は来たものの、明治政府は開国し、文明開化をなしとげ、当時の先進国にキャッチ・アップしようとした。「尊王攘夷」は、中国の宋時代の思想で「たいしたものではない、」と。結局明治政府は新しい国のかたちをもとめ、政府中枢閣僚が2年間も欧州に滞在し、ドイツなどの社会制度を性急に輸入し、プレハブ工法で社会制度をこしらえました。

 ぎりぎりの国力と必死の外交的努力で日清・日露戦争に勝利したことがあだになり、昭和10年以降に無能な政治指導者や軍幹部が日本で台頭、結果明治国家を滅ぼしてしまった昭和10年から20年までの日本史を断罪されていることがよく理解できました。

 「坂之上の雲」や「龍馬伝」など、司馬遼太郎さんが取り上げた、英雄がTVドラマ化されます。愛媛県も高知県も観光客呼び込みに必死。来るでしょう例年の倍近くは。しかし再来年は落ち込むでしょう。

 英雄に習うべきはその精神であり、思想です。それぞれの県民の「資質」が厳しく問われることは言うまでもない。

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