歴史問題

2017.02.11

コンビニ栄枯盛衰とイベント

 冷たい風の吹く中、体調が戻って来ましたので、体をほぐすために、自宅からウォーキングしました。
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 高知城前の富士書房跡。確かコンビニでしたが早々に閉店。今度は別の系列のコンビニが開店するらしい。大橋通り北側角のコンビニは先月閉店。貸店舗の張り紙が見えます。
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 大神宮という神社はイベントしてました。自転車の曲乗りのお披露目の後は、餅まきらしい。大勢の人達が集まっていました。
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 今日は詳細不明な「建国記念日」とか。賛成・反対の立場で集会が開催されています。私個人の立場で言えば「息子の誕生日」が1番大きく、それ以上でも以下でもありません。

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2017.01.15

あたご劇場で映画三昧しました。

 2017年1月14日の高知市は寒かったです。朝1番に五台山市民農園(農園主・横田政道さん)へ行きました。風がなかったので寒さをあまり感じませんでした。昼過ぎから冷たい北西風が吹き出して寒くなりました。
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 家内に誘われあたご劇場へ行きました。なんと2本も映画を見ました。1本目は「シング・ストリート」(2016年・英国映画)でした。アイルランドのダブリンの高校へ通学する冴えない高校生たちがバンドを結成し、音楽で元気になっていく青春ドラマでした。

http://gaga.ne.jp/singstreet/

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 アイルランドの庶民の暮らしぶりや風俗が良く描かれています。田舎町の息苦しさ。家庭の崩壊。高圧的な教員などが出て来ます。音楽が階級や人種や偏見の壁を超えて行く、「突破力」を感じました。挿入されるロック音楽も良かったです。
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 もう一つは「帰ってきたヒットラー」(2015年・ドイツ映画でした。ヒトラーが現代にタイムスリップし、テレビ芸人として活躍するコメディでした。例えパロディでも「ヒトラー」はドイツではタブーであったはず。昨今の移民問題やらテロや格差社会などで、政治不信が高まる状態にドイツ社会がなっていっているんでしょうか?

http://gaga.ne.jp/hitlerisback/
 
 現実味があり空恐ろしい映画でした。休日は「海の散帆」主体の体育活動の多い私でしたが、家内に付き合いして文化活動もたまにはいいもんですね。

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2016.12.23

天皇誕生日の休日に想う


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 今日は明仁天皇陛下の誕生日です。ひたすら戦没者への祈祷を行い、平和な日本を願い続けて来られました。高齢をおしての昨年のパラオの訪問は胸を打たれました。

 日本国憲法で象徴天皇が第1条で制定されています。そして戦争放棄を高らかに提唱した第9条と見事にリンクされています。明仁天皇陛下は護憲・平和を貫いて戦没者の慰霊の旅を国内外で続けられました。
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 この明仁天皇の誕生日である1948年(昭和23年)12月23日に、東条英機以下7人のA級戦犯が戦争犯罪人として東京裁判で裁かれ処刑されました。GHQはわざわざ明仁天皇の誕生日に処刑したのです。これにはどういう意味があるのか私にはわかりません。

 その翌日の12月24日にA級戦犯であった岸信介は何故か無罪放免・釈放されています。安倍晋三現首相の祖父です。アメリカ従属外交を後に首相になって強く推し進めた人物です。


「普通の日本人であった経験がないので、何になりたいと考えたことは1度もありません。皇室以外の道を選べると思ったことはありません。」と言う言葉は衝撃的でした。確かにそうですが、「当事者」の発言だけに重たいです。

 11歳の時に日本の敗戦があり、疎開先の日光から東京へ戻って来られた時一面の焼け野原に衝撃があったと思います。15歳の時に職業選択の自由がないことを良く理解されていたのです。

「25歳で美智子妃と結婚する直前には、
「ぼくは天皇職業制を何とか実現したい。(略)毎日朝10時から夕方の6時までは天皇としての事務を執る。(略)そのあとは家庭人としての幸福をつかむんだ」

「僕は皇居内に住みたくない。皇居はなるべく早く開放して、大衆向きの公園に使ってほしい。(略)天皇になっても、ぼくは街の中に住む」(P9)

その願望は実現しませんでしたが、美智子妃殿下と一緒に、3人の子供たちを自分で育てることは貫徹しました。強い意志を感じます。

 昭和天皇の誕生日の4月29日(1946年)に東京裁判でA級戦犯が起訴され、明仁天皇の誕生日(15歳)の12月23日(1948年)に処刑されたのは偶然ではありません。

「この裁判と処刑が何を意味するのか、天皇とその後継者は、絶対に忘れてはならない。」との占領軍のメッセージがこめられています。

「日本とは何か、敗戦とは何か、占領軍とは、憲法とは、戦争責任とは、新しい時代の天皇制とは・・・・。

 この15歳の誕生日に受けた衝撃が、明仁天皇の長い長い、まもなく70年におよぼうとする「思索の旅」の根底に、つねにあったのだと思います。

 そしてその思索にはもちろん、父である昭和天皇の戦争責任についての検証と、そうした問題を自分はいかにして克服し、過ちを繰り返さないようにするべきかと言う、大きな心の葛藤も含まれていたことでしょう。

 その心の旅が長い手探りの時代を終え、ひとつの形を取り始めるきっかけとなったのは、東京からはるか遠く離れた島、沖縄との衝撃的な出会いだったのです。皇太子時代のひめゆりの塔の慰霊の時に、火炎瓶を潜んでいた男に投げつけられたことがありました。明仁天皇(当時は皇太子)はひるまず対処され、その後も沖縄慰霊の旅をされておられます。

 サイパンの慰霊にも出掛けられています。硫黄島にも行かれました。

 そして2015年は、80歳を超えてパラオ諸島へも巡礼の旅に行かれました。

 中国に対する想いと謝罪もされています。

 韓国に対する想いと謝罪もされています。

 象徴天皇制という制約だらけの立場の中で、巡礼の旅を続けられています。国内では大災害の被災者に常に寄り添い、福島第1原子力発電所からの避難生活を続かられている人々への想いを常にされておられます。

 終戦から70年の年(2015年)に、明仁天皇は平和への決意を一層、巡礼と言う形で表現されておられるように感じました。

 安保法制と言う粗雑な「戦争法案」を安倍内閣は「数の力」で国会で採択しました。2013年の参議院選挙でも、2014年の衆議院選挙でもこのような「戦争法案」の話は安倍首相は国民に対して一切していません。国民の進路を決める重大事項こそ、正面から議論し、慎重に粘り強く国民各位の合意形成する努力が必要です。安倍内閣には胆力がありません。

 国政選挙の時はひたすらご当地ネタか、アベノミクスという経済政策を誇らしげに語っていただけでした。選挙で戦争法案は信任されたわけではありません。そこを現在の自民党の幹部は理解していません。
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 明仁天皇が生涯をかけて先の大戦の戦没者の慰霊をされている。その強い意志に驚きました。いったい今の安倍内閣は何をしているのだろうと思う。明仁天皇の平和への想いを平気で踏みじる行為をしています。恥ずかしくはないのだろうかと真底思います。

 あらためて明仁天皇の「平和への強い願望」を感じました
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 きちんと敗戦後の日本の歴史を冷静に検証すべきであると思いました。

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2016.12.08

韓国歴代大統領の不正と末路・諸悪の根源は朱子学


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 パク・ウネ大統領の即時退陣を求める韓国市民の街頭での抗議活動は物凄い。今のところ警備部隊との暴力的な衝突もなく、整然と行われています。大規模野外コンサートのように、ウエーブが起きたり、大合唱があったりして、週末のソウルの恒例行事になっています。

 これを「民主主義の勝利」と称賛される人達もいます。週刊ポスト12月16日号の「逆説の日本史」を連載している井沢元彦氏は、伝統的な政治イデオロギーであった「朱子学」が韓国社会を蝕み世界観を歪めていたからだと言われています。

「韓国という国家、韓国人という民族ほど朱子学の毒に蝕まれている民族はいない。」(P71)

「朱子学は「亡国の学問」だと確信しているが、朱子学は民族に真実の歴史を忘れさせてしまうという、とんでもない副作用がある。」(P72)

「要するにこれは民主主義社会あるいは法治国家で定められるルールよりも、韓国人を厳しく縛り逆らうことを許さない絶対のルールがあるということだ。

 それは言うまでもなく親に対する。「孝」そして血縁に対する身びいきを、国家や民族という「公」よりも重要視する儒教(朱子学)の影響であることは少し考えればわかる話である。」(P72)

 「朱子学はインテリのヒステリー」と井沢元彦氏は言います。南宋時代に朱子は生まれました。中原の地域を異民族に宗は奪われ、揚子江の南に追いやられた南宋。その際,皇族をはじめ漢民族の女性の多くは連れ去られ、性奴隷とされました。

 そのことで南宋の民は激しく外国を憎むようになりました。軍備を怠り軍事的に敗北した原因を冷静に総括せず、悪いことはすべて外国の「野蛮人」に責任を点火するインテリの負け惜しみ思想が朱子学であるようです。

 司馬遼太郎さんも幕末期に日本で流行した「尊王攘夷」の思想は南宋が元祖で「薄っぺらな思想」と看破していました。

 「この国のかたち」を読んだ読書感想文を2009年11月に個人ブログに書いていました。

「 司馬さんは「尊王攘夷」で幕末維新期は来たものの、明治政府は開国し、文明開化をなしとげ、当時の先進国にキャッチ・アップしようとした。「尊王攘夷」は、中国の宋時代の思想で「たいしたものではない、」と。結局明治政府は新しい国のかたちをもとめ、政府中枢閣僚が2年間も欧州に滞在し、ドイツなどの社会制度を性急に輸入し、プレハブ工法で社会制度をこしらえました。

 ぎりぎりの国力と必死の外交的努力で日清・日露戦争に勝利したことがあだになり、昭和10年以降に無能な政治指導者や軍幹部が日本で台頭、結果明治国家を滅ぼしてしまった昭和10年から20年までの日本史を断罪されていることがよく理解できました。」

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-6fb0.html

 国家国民のことよりも家族のこと一族郎党の繁栄が何より大事という韓国に定着している朱子学の弊害が、歴代大統領一族の不正の繰り返しを生んでいるのでしょう。

 またなんでもかんでも外国を悪にする思考、とくに韓国の反日運動・従軍慰安婦像を米国に立てる運動なども、いささか冷静さを欠いているように思えますね。

 いずれにしてもパク・クネ大統領は辞任が解任されるでしょうが、再発防止の社会システムと韓国社会の思考システムの変革がない限り、韓国社会に未来はないのではないかと思います。

 北朝鮮という「やっかいな独裁国」と隣接しているだけに、韓国の混乱は、隣国日本にとっても他人事ではありません。

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2016.09.01

「防災の日」に想うこと

 今日から9月です
 9月のスタートとなりました。今朝の事務所の気温は25度。湿度は53%です。朝の水撒きをしなくても涼しいです。
 台風10号は東北
・北海道地方に大雨災害をもたらせました。大雨の洪水で平屋のグループ・ホームの高齢者が9人亡くなったことは痛ましい。なんとかならなかったのでしょうか?

 今日は「防災の日」。1923年9月1日に関東大震災が起きました。家屋の倒壊、津波、大火災で多くの人達がなくなりました。
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 首都圏地震の危険性も言われています。2020年に東京五輪であるとはしゃいでいますが、関東大震災から100年になるころですから、地震のリスクも考えないといけない。
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 関東大震災で被害が1番大きかったのは神奈川県でした。横浜市の山下公園は震災がれきを埋めてこしらえたと聞いています。
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 津波は湘南地方の沿岸を襲いました。あるペイントメーカーの営業で湘南地域の担当で巡回していました。東北・北海道とともに神奈川県はトタン用ペイントの売り上げが多い地域でした。
 ペンキ屋さんに聞きますと「そりゃあ関東大震災の影響ですよ。日本瓦は屋根が重く、地震で多くが倒壊しましたから。トタン屋根は軽く、倒れんからね。」と教えてもらいました。

 隣町にある父の古家は雨漏り修理の折に、トタン屋根にしました。耐震性は向上したと思います。
 我が家の耐震対策もまだまだです。少しずつ進んでいますが・・・。

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2016.06.23

沖縄の終戦記念日


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 6月23日は、「沖縄の終戦記念日です」。1945年3月に沖縄本島に上陸した米軍との、激しい地上戦に非武装の県民も巻き込まれ、日米双方で20万人の犠牲者が出ました。6月23日は日本軍守備隊が組織的な戦闘を停止した日でもあります。
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 これだけの犠牲を払いながらも、1952年のサンフランシスコ講和条約で、沖縄は日本本土から切り離され米軍軍政が20年沖縄で続きました。その間に米軍基地に強制収容された土地は広大です。日本国土の0・4%の沖縄に74%の米軍基地が集中しています。
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 6月19日には、6万5000人の県民が集い、基地負担軽減、辺野古への基地建設反対を訴えました。
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 今回の参議院選挙でも沖縄の想いを共有しないといけない。沖縄の基地を新たにこしらえようという政党に投票しないでいただきたい。沖縄から国際社会を見る視点を日本国民は獲得すべきでしょう。

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2016.05.15

沖縄返還の日と義母の命日

 昨日のヨットレースから一晩明けますと、全身が筋肉痛。階段生活の自宅では昇降時に痛くてたまらない。情けないことです。

 父(96歳)のゴルフリハビリへは付き添わないといけない。それは行かないといけないです。
 5月15日は、沖縄返還の日と義母の命日です。1972年に沖縄の施政権が返還され44年となりました。義母は1997年に亡くなられたのでもう19年になります。
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 日本の米軍基地の74%が狭い沖縄県に集中、そのうえに安倍内閣は強引に辺野古に米軍基地をこしらえようとしています。
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 義母は「沖縄には基地があるからいつ攻撃されるかもしれない。怖いことです。」と言われていました。軍事基地は安全をもたらさないことを体験的に知っているからでしょう。

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2016.02.28

「堕落論」を読んで

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 下知市民図書館で日本文学全集(集英社・刊)「坂口安吾」を借りて読みました。その中に345Pに「堕落論」があります。日本が世界大戦に無残に敗北した敗戦直後の1946年4月に、40歳の坂口安吾が書いて雑誌新潮に発表し、直後から大きな反響をあった評論でした。

「昔,四十七士の助命を排して処刑を断行した理由の1つは、彼らが生きながらえて生き恥をさらしせっかくの名を汚す者が現れてはいけないという老婆心であったような。

 現代の法律にこんな人情は存在しない。けれども人の心情には多分にこの傾向が残っており、美しいものを美しいままで終わらせたいということは一般的な心情の1つのようだ。」(P345)

 そういう書き出しから「堕落論」は始まります。70年前の文章とは思えない「現代性」を読んでいて感じました。

「武士は仇討のために草の根を分けて乞食になっても足跡を追いまくらなければならないと言うのであるが、真に復讐の情熱をもって仇敵の足跡を追い詰めた忠臣孝子があっただろうか。

 彼らの知っていたのは仇討の法則と法則に規定された名誉だけで、元来日本人は最も憎悪心の少ないまた永続しない国民であり、昨日の敵は今日の友と言う楽天性が実際の偽らぬ心情であろう。

 昨日の敵と妥協否肝胆相照らすのは日常茶飯事であり、仇敵なるがゆえにいっそう肝胆相照らし、たちまち二君に仕えたがるし、昨日の敵にも仕えたがる。生きて捕虜の恥を受けるべからず、というが、こういう規定がないと日本人を戦闘にかりたてるのは不可能でなので、我々は規約に従順であるが、我々の偽らぬ心情は規約と逆なものである。

 日本戦史は武士道の戦史よりも権謀術数の戦史であり、歴史の証明をまつよりも自我の本心を見つめることによって歴史のカラクリを知りうるであろう。」

「今日の軍人政治家が未亡人の恋愛について執筆を禁じた如く、古の武人は武士道によってみずからのまた部下たちの弱点を抑える必要がある。」(P346)

 坂口安吾は70年前に物凄くラジカルなことを「ひょうひょうと」こと無げに言い放っています。このあたりの坂口安吾の素養の凄さと本質をずばり言い放つ文章の凄さですね。

「私は天皇制についても、きわめて日本的な(したがってあるいは独創的な)政治的作品を見るのである。天皇制は天皇によって生み出されたものではない。

 天皇は時に自ら陰謀を起こしたこともあるけれども、概して何もしておらず、その陰謀はつねに成功したためしはなく、島流しになったり、山奥へ逃げたり、そして結局つねに政治的な理由によってその存立を認められてきた。

 社会的に忘れれた時にすら政治的に担ぎ出されてくるものであって、その存立の政治的理由はいわば政治家の嗅覚によるもので、彼らも日本人の性癖を洞察し、その性癖の中に天皇制を発見していた。

 それは天皇家に限るものではない。代わりうるものならば、孔子家でも釈迦家でもレーニン家でもかまわなかった。ただ代わりえなかっただけである。」(P347)

 日本史における天皇制を正しく坂口安吾は記述していますね。それが天皇制の本質ですね。となりますと明治維新以来明治政府によって、「西欧化した」天皇制は、日本的なものではなく、「異物」であったということがよくわかります。

 とにかく坂口安吾の独自に世界観はとどまることを知らない。少し長いですが著作から引用させていただきます。

「終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、ひとはあらゆる自由を許された時、自らの不可解な限定とその不自由さに気付くであろう。自らの不可解な限定とその不自由さに気付くであろう。人間は永遠に自由ではありえない。なぜなら人間は生きており、また死なねばならず、そして人間は考えるからだ。

 政治上の改革は1日にして行われるが、人間の変化はそうは行かない。遠くギリシャに発見された確立の一歩を踏み出した人性が、今日どれほどの変化をしているであろうか。」

「人間。戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって向うにしても人間自体をどうなしうるものではない。戦争は終わった。特攻隊の勇士は既に闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。

 人間は変わりやしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことは出来ないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は墜ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」

「戦争に負けたから墜ちるのではないのだ。人間だから墜ちるのであり、生きているから墜ちるだけだ。だが人間は永遠に墜ちぬくことは出来ないだろう。なぜなら人間の心は苦難い対して鋼鉄のごとくではありえない。

 人間は可憐であり脆弱であり、それゆえ愚かなものであるが、墜ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみだすにはいられず、天皇を担ぎ出さずにはいられなくなるであろう。

 だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちることが必要なのだ。そして人のごとく日本もまた堕ち切ることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。

 政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。」(P352)

 なんとも見事な日本の歴史と社会の鳥瞰であり、巧みに「矮小化して」一刀両断しています。ここまで小気味よい社会評論を読んだことはありませんでした。70年前の文章とは思えない時代を超えたところがありますね。

 新たな立ち位置を坂口安吾は日本国民に示したと思います。いやはや感服いたしました。恐れ入りましたとしか言えません。

また巻末の奥野武男氏の評論も興味深いものがありました。

「今まで罪の意識を抱きながら闇屋をやっていた元特攻隊員もはじめて生きるための自己の行為に自信を持つことが出来た。今まで自分を縛りつけていた道徳の虚妄性を知り、自分のやりたいことをやるのがほんとうの人生なのだと気づく。

 はじめて戦後という時代の自由さ、自我の主体性と実感的にめざめたのだ。よし世間がどう批判しようとも、自分は自分の道を進もう、それを堕落というなら堕ちるところまで堕ちてやろう、どうせ戦争で死ぬはずだった身だ。今まで人がやれなかった生き方をしてやろう。

 人々は安吾の「堕落論」を読み、きゅうに目っからうつぱりがとれ、戦争の呪縛から自由になり、自分の人生の自由さ、自分の力というものに気がついたのだ。ここからぼくたちの戦後がはじまったのだ。」(P413「作家と作品」)

 当たり前のことを自然体であたりまえに言い切る坂口安吾は、敗戦後のあの時期に「堕落論」を出したことで、人々に勇気を与え、人生の糧を与えた先駆者でありました。「無頼派」と言われた文学者であり太宰治、石川淳、織田作之助、伊藤整、三好十郎、檀一雄、田中英光らに影響を与えた巨大な存在だったそうです。

 しかし朝鮮戦争後の相対安定期にはいるや、「戦後派」と言われた作家が台頭し、坂口安吾は「ドンキホーテ的」とまで言われるようになり、」昭和30年(1955年)に50歳で亡くなってしましました。奥野氏は「自爆のごとき死をとげた。」と言いました。

 「坂口安吾は、典型的な日本人の精神構造の原像であり、かつその可能性を日本人ばなれした大きさにおいて表現しようとした文学者であるのだ。」(P413「作家と人生」)

 この坂口安吾作品集のなかでは、黒田如水を描いた「二流の人」と豊臣秀吉の晩年を描いた「狂人遺書」を読みました。2つの作品とも2014年のNHKの大河ドラマ「軍事官兵衛」を真面目に見ていましたので興味深く読みました。

 坂口安吾は黒田如水を「能力はあるが、所詮は2流の人。晩年の関ヶ原の折の九州での決起は見苦しい。」と切り捨てていますね。秀吉の晩年の朝鮮侵略は、領土獲得ではなく明帝国との対等貿易をして、富を独占するための無謀な戦争であったとの独自の解釈で興味がありました。

 あの日本人が自信を失っていた敗戦直後に坂口安吾の存在は、建前に縛られるな、戦争で生き抜いた命は精一杯自分のために使え。はばかるな。自分らしくせよ。と皆を励ましたのです。今読んでも古さは全く感じません。

 安倍内閣は「歴史解釈を捻じ曲げ」、古き良き軍国時代の日本に先祖返りすることが素晴らしいことであるとマスコミを大々的に活用し、国民各位に刷り込みをしています。

 でもその「帰ろうとする日本の時代」が、窮屈であり、退屈であり、本来の日本人の気質には合わないものなのだ。と坂口安吾は「堕落論」で言い切っています。

 アメリカに追随し、原発を稼働させ、新自由主義経済で格差社会をこしらえ、全体主義国家をこしらえ、憲法を破壊し、基本的人権を制約する「窮屈で。面白おかしくない社会」なんぞまゅぴらご免ですね。坂口安吾は戦前・戦中の日本社会の異常さ、不自然さを見事に批判していて讀んでいて爽快でした。現代の日本人は坂口安吾のの批判精神学び、活用しないといけないと思いました。

 

 

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2016.01.28

中国の脅威と憲法改正問題

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 最近耳にするのは「中国は南沙諸島だけでなく、尖閣諸島も奪い、東シナ海も占有し、日本のシーレーンを脅かす。」

「中国は古くは鄧小平時代から航海法を制定、第1列島線で台湾・尖閣・沖縄を支配下に、第2列島線で日本を支配下にいれる長期戦略の元に軍事力を増強している。」

「隣国中国の露骨な軍事増強に目を向けない日本国憲法擁護者たちは、憲法を守って、日本国を、守らない非国民である。」と。そういう主張を散見します。

 確かに中国は既に日本のGDPの2倍の経済規模。一貫して「富国強兵」政策を追行しており、最近も南沙諸島を埋め立て軍事飛行場を建設し、自国領土と主張し、海軍力を増強し空母を建造しています。

 なるほどそれは脅威ですね。海軍力が弱小なベトナムやフィリピンは中国海軍いに蹴散らされました。次は日本へ侵略の手が来るに違いない。そう煽る人たちがいます。

 果たしてそうなるんでしょうか?わたしはそうはならないと思います。

1)もともと中国は海軍国ではない。機動部隊を展開させ、洋上展開するには最低3隻以上の空母が必要。過去に洋上展開できた国は米国と旧日本帝国海軍以外はありません。

 中国は中古の空母が1隻と、建造中の空母が2隻あるだけ。洋上展開するのにはまだ時間がヵかるでしょう。

2)70数年前ならいざしらず、現在は3次元ハイテク兵器の時代。空母は絶好の標的となり、高性能の無人機の餌食になるだけでしょう。


3)現在の中東情勢の混迷から、「第2・第3のイスラム国」が西アジア・中央アジア・中国新疆ウィグル地域に誕生する可能性が高い。

 中国はこの地域を中国が主導する国際金融機関「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)によって、道路建設や、天然資源輸送パイプライン建設を当て込んでいます。

 中国の「生命線」は陸路の中国西域にあり、こちらが脅かされますと尖閣や南沙どころではなくなります。早晩そういう事態になると思われます。

 中国の習金平はかつての明帝国の再現を夢見ています。しかし常に西域は異民族に脅かされていました。「歴史は繰り返す」といいますが、「西域の安定なしに東海上へ」侵略できる筈はありませんから。
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 結論は軽挙妄動せず、日本はアメリカの手先で軍事行動をしてはいけないと思います。日本国憲法はあえて改正する必要性は全くありません。
 アメリカの軍事的な力は相対的に低下しています。アメリカだけに従属するのは危険です。

 外交力で情報を正確に収集し、きちんと善隣友好関係を周辺諸国と構築し、自国の専守防衛はきちんと履行する。周辺国で怖いのは中国ではなくロシアでしょう。プーチンさんは一筋縄ではいかないでしょうから。

 中国にすれば日本・沖縄・尖閣・台湾が太平洋への進出を妨害する障害という発想にとらわれている可能性はありますね。
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2016.01.05

スギハラチウネを見ました


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 2015年1月3日午後21時30分上映の映画「杉原千畝 スギハラチウネ」を家内と一緒に観賞しました。遅い時間帯での観賞ですが、超高齢者の両親を寝かしつけて行くのにはこの時間帯でないと行けないのです。ようやく観賞することができました。

http://www.sugihara-chiune.jp/(映画スギハラチウネ)

 青木美佳さんのご推薦もあり、お正月休みに見たいと思っていました。
 外交官杉原千畝は、「日本のシンドラー」とか言われ、ナチスドイツから迫害されたユダヤ人6000人余りに職をかけて「命のビザ」を発行した人物でした。名前は知ってはいましたが、人物像はよくわかりませんでした。

 独自の人脈で対象国(ソ連)の情報を詳細に収集し、正確に分析していました。しかしその情報を活用できる指導者は当時の日本にはいませんでした。満州での関東軍は杉原の情報を悪用し、ソ連兵将兵を虐殺しました。協力したロシア人も虐殺したのです。

 杉原の情報収集能力を恐れたソ連はモスクワへの赴任を拒みビザを発給しませんでした。杉原は北欧のリトアニア大使として赴任します。

 時代は第2次世界大戦直前の欧州。独ソ不可侵条約が締結され、独ソによりポーランドが分割され、その先は独ソによる東欧分割であると杉原は推測します。欧州の日本大使館を統括するドイツ大使にそのことを報告するも、日独同盟に固執する大使にせっかくの杉原の情報は無視されます。

 赴任したリトアニア大使館の運転手はポーランド人。国を滅ぼしたドイツとソ連を恨んでいる。彼から抵抗組織からの独自の情報も杉原は入手する。それはドイツが独ソ不可侵条約を破りソ連へ侵攻する第一級の情報でした。

 車を飛ばしベルリンの日本大使館に駆け込み報告する杉原。「今なら間に合います。本国にアメリカと戦うなど無謀だと言って下さい!!」と報告する杉原。独ソ不可侵条約をドイツが破ると「想定外」の事態にドイツ大使館ほか外務省もなずすべもない。せっかくの第1級の情報を活用せずに不作為を繰り返し、日本は太平洋戦争に突入しました。

「戦時日本のインテリジェンス機能の麻痺と、「空気」で最高指導政策が決定されてしまう恐るべきガバナンスの欠如を物語っている。出先には優秀な諜報要員を配置しながら、中央に適切な分析官を用意できなかったため、命がけで入手された情報も活かされなかった。」

「ハルビン学院で千畝の二期後輩であったウラジオストク総領事代理・根井三郎は、難民たちの窮状に同乗し、通過ビザを発行しました。一度はシベリアの凍土に潰えるかに見えた難民たちの命は、二人のハルビン学院卒業生の勇気ある行為によって救われた。後藤新平が制定した同校のモットー「自治三訣」は、「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いを求めぬよう」というものであった。」
 
 「 」の引用の出展はウキペディアからです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%8E%9F%E5%8D%83%E7%95%9D

 歴史においては、戦争犯罪のような悪事も末永く記憶されます。同時に杉原千畝の行為もまた、国境と時間を超え末永く伝えられます。つくづく映画を見てそう思いました。

 道徳教育がやかましく言われていますが、杉原千畝は、間違いなく日本が誇る第1級の人物として末永く顕彰し、語り続けなければならない人です。

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