歴史問題

2019.06.23

映画「沖縄スパイ戦史」を鑑賞しました。


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 6月23日は「沖縄慰霊の日」。二次大戦末期凄惨な地上戦が行われた沖縄では20万人を超える沖縄県民や日米両軍兵士が亡くなりました。旧日本軍牛島満司司令官が自決し。4月1日から始まった沖縄本島での沖縄戦は終結しました。しかしそれは「表の戦争」でしかありません。
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 今まで知られていなかった沖縄での戦争を映画「沖縄スパイ戦史」(三上智恵監督・大矢英代監督)を沖縄出身の家内と一緒に高知市自由民権記念館へ2019年6月22日(土曜日)午前9時半の上映時間に行きました。朝1番の上映故好いているだろうとの勝手な思惑は外れ、席は満席でした。お堅く深刻そうなテーマのドキュメンタリー映画ですが、女性の観客が多く半数を占めていました。ごとごとシネマの主催でした。
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 「絶望的な戦況の中で戦闘し続けた少年兵士の話」と「軍による西表島への強制移住の話(マラリア地獄)」「今日の八重山諸島への自衛隊配備と辺野古への米軍基地建設」の問題もまた、つながり連動していくことが映画を見てよく理解することが出来ました。74年前の悲劇を、2人の女性監督の丹念な取材と証言者の発言や、背景取材によって事態の深刻さを想い知らされました。

 旧日本軍は、本土決戦に備えるために、陸軍中野学校で訓練を受けた青年将校を全国に教員などの体裁で派遣し、現地の少年(13歳から17歳前後)を少年兵士に仕立て上げ、主に後方かく乱戦に動員するつもりでした。その先駆けが沖縄での少年兵士(護郷隊)だったのです。

 沖縄戦の真実は「軍隊は自国民を守るどころか、利用し、疑い、スパイ容疑で殺害しました。住民を分断統治し、住民同士監視させ、密告させ、地域コミュニティも破壊しました。すべて軍優先の考えで地域社会を支配しました。
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 この事実がなかなか表に出なかった事情は、よくわかりました。「米軍兵士に殺害されたということなら見舞金など補償金が遺族に支払われますが、旧日本軍に殺害されたということになれば一銭の補償金も支払いはないそうです。

 マラリアが蔓延する西表島への強制移住で移住した住民の3分の1が死亡したり、旧日本軍に集団自決を強要されたこともいまだに政府も認め、遺族に謝罪し、補償金を払うこともどうやらしていない様ですね。

 沖縄の義母が健在であった頃いつもこう言われていました。「沖縄には軍事基地がたくさんあるから怖い。いつ敵から攻撃されるかもしれないから。」と言われていました。家内の実家のご両親は、企業経営者であり、保守的な考え方の人たちでしたが、ご自身の戦争体験から自然に「基地のあることの怖さ」を話してくれました。

 2時間のドキュメンタリー映画は、戦争の悲惨さ、不条理を、当時を知る人達の証言を繋いで語り継いでくれました。6月23日の「沖縄慰霊の日」を前に、考えさせられました。
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(沖縄スパイ戦史公式プログラムも参考にさせていただきました。画像は公式プログラムの4Pから6Pまでです。重たい証言の数々です。)

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2019.06.04

天安門事件から30年が経過しました。


天安門1986年
 1979年6月4日。中国北京市の天安門広場に集まっていた学生や青年労働者に対して、人民解放軍が戦車などで発砲し多数の人民大衆が虐殺されました。「人民に銃口を向けない」とされてきた人民解放軍が、あろうことか自国の民主化と政治的自由を求めて天安門広場に集まってきた真摯な人民大衆を「暴徒」と中国共産党指導部は決めつけ、虐殺し歴史を偽造続けています。
新左翼1960年代
 1960年代後半は全世界を若者パワーが席巻していました。フランスの5月革命、日本やアメリカや欧州のベトナム反戦運動。中国の文化大革命。田舎町の中学生も影響を受けていました。当時国交のなかった中国の物産を販売していた日中友好協会(当時)の人たちの多くは毛沢東主義者であり、文化大革命の映画を上映していました。世間知らずの中学生は影響を受け、「造反有理」の理念に共感し、勉強もせず毛主席語録を暗唱していました。会場で購入した毛主席バッチを学生服に着けて高校時代は登校していました。

 70年安保闘争の敗北と社会運動の後退局面で起きた出来事が1972年の連合赤軍事件でした。毛沢東主義を標榜する指導部が多くの仲間をリンチで斬殺した事件でした。勉強もせず学習していた毛沢東主義が崩壊しました。その年には高校を卒業できず、留年し翌年卒業しました。
連合赤軍事件1972年
 大学へ入学した時は既に社会運動は衰退期になり、新左翼党派同士の凄惨な内ゲバ時代になっていました。今にして思えば連合赤軍、当時の新左翼党派各位も、「ささいな違い」を許容せず排除し、対立した人物を殺害するという広がりのない「純化主義」に陥っていたように思います。
時代を振り返る
 時代は下り大学は4年で卒業し、都市部での社会人体験を経て。田舎町にUターンをし、父の創業した零細企業で働きました。、周りの水洗で1985年に高知青年会議所(JC)へ入会。翌年の1986年に日本青年会議所研修委員会へ出向させられました。高校生時代に経験した社会運動と対極にある右派系の青年団体でした。その研修で1986年5月に中国北京で研修があり、現地の共青(共産主義青年団)との食事会が人民大会堂でありました。建物の前が天安門広場であり、かつての毛沢東主義者にとっては憧れの地でしたので、一緒に同行した仲間に写真を撮影してもらいました。

 しかしその3年後に自分が行った天安門広場で、青年・学生を軍が虐殺する天安門事件は起きました。

 その後中国は日本などの経済支援と技術供与を受け、急速に経済発展しました。真摯な学生たちに民主化の想いを押さえつけ、経済発展することでごまかしてきました。最近は「赤い帝国主義国:として散漫な振る舞いが目立ちます。

 香港も中国化してきて、自由な集会が開けなくなってきつつあるようです。中国共産党指導部は、当時の過ちを認め、遺族に謝罪し、政治的な自由、言論の自由のある民主国家になっていただきたい。異論を否定しない多様な考え方を許容する市民社会を中国は目指してほしいと切に思います。

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2019.05.02

憲法記念日を考える


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 5月3日の憲法記念日。憲法記念日は、戦後に公布された日本国憲法が施行された日を記念する祝日です。

 日本国憲法は「平和憲法」とも言われ、無残な世界大戦の敗戦後73年間、日本は戦争をしませんでした。1人の自衛隊員が戦闘で亡くなることもなく、1人の外国人兵士を戦闘で殺害することもありませんでした。それはごく一部の改憲論者が言うように「恥ずべき事」ではなく、「世界に誇るべき」ことです。
9条
 改元に関するコメントでも触れましたが、日本国憲法の中で「第1条」の「天皇」・「第2条」の「戦争の放棄」は相互リンクされており不可分な条文になっています。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-5a1dd0.html

(今上天皇の護憲への強い思いを無駄にはしません)
日本国憲法の中で、天皇制の守護(象徴天皇制・憲法第1条)と戦争放棄(第9条)がリンクされ、「皇軍として天皇は軍を率いて戦争することは永遠にないこと」を宣言しました。それにより極東委員会でも日本国憲法は支持され、天皇制は象徴天皇として存続することになりました。
 日本国憲法で定められた象徴天皇を見事に「あるべき姿」を見せ続けてきたのが今上天皇皇后両陛下です。戦没者慰霊の旅と国内の大災害地への励ましの旅がそうでした。

 日本国の中で1番日本国憲法を尊重し、「象徴天皇」とはなんであるのかを身をもって実践されたのが、4月30日に退任された平成天皇でした。

 国民各位は日本国憲法を熟読し、軽卒に「改憲論」に取り込まれないようにしないといけないと思います。平成天皇は実に立派に「護憲」の姿勢を貫かれました。今度は国民が平和を保つ努力をしなければいけないと強く思います。
 安倍政権のおかげで、日本国憲法が危なくなってきています。一体なぜ72年も日本国民に親しまれていた日本国憲法を改正(改悪)しなければならないのでしょうか?わたしは全く必要性を感じません。
 政権政党や日本国首相は、日本国憲法に敬意を払い、護憲の姿勢を政治的な態度をすべきでしょうに。政権政党が改憲を言い立てるおかしな話です。
 よく憲法改正論者は「日本国憲法はアメリカ占領軍に押し付けられた憲法だ。日本国民の意志で改正しないといけない。」と主張します。
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 アメリカ言いなりの日本ではなく、独立自尊の日本国たれとでも言いたいのでしょう。
 であるならば、アメリカ軍基地を整理縮小すべきでしょう。国土の1%にも満たない面積の沖縄県だけに米軍基地を70%も押し付けることは辞めましょう。辺野古への基地建設はとりやめましょう。なにより「不平等条約」のようなものである「日米地位協定」を改正し、日本国に,不良米兵の逮捕・裁判権を確立すべきです。日本はアメリカの植民地ではありませんから。
辺野古
 それからアメリカから「押し付けられた」原子力発電所をすべて廃炉にすべきです。これほど地震や噴火が続いているのに、原発の運転を停止し、安全点検をなぜしないのでしょうか?おかしな話です。
 大企業と大金持ばかり優遇する安倍政権。憲法をないがしろにする首相と閣僚は辞任すべきです。国民の手で辞めていただくしかありません。

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2019.05.01

今上天皇の護憲への強い思いを無駄にはしません


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 平和主義を高らかに世界に宣言した日本国憲法。その憲法を1番大事にした日本人は天皇・皇后両陛下ではないかと私は思います。

 「敗戦後の日本にとって米国占領軍に押し付けられた屈辱的な憲法。是非自主憲法を制定しなければなりません。」と声高に言い立てる人たちが最近増えたように感じます。でもきちんとその人たちは日本国憲法制定時の歴史的背景をきちんと勉強しているのでしょうか?
 日本を占領した連合国総司令官は米国のマッカーサー将軍。彼は日本通で天皇制を残したい意向がありました。しかし連合国のソ連や英国、オーストラリア、ニュージーランドなどは天皇の戦争責任を追及し、東京裁判にかけるべきであるとGHQの上部機関である極東委員会で主張していました。

 吉田茂内閣時代の事であり、独自の憲法私案を松本烝治氏を中心にまとめられていました。しかし松本案では大日本帝国憲法の焼き直しに過ぎず、極東委員会で合意を得られることは難しい情勢でした。

 それで急遽GHQ側は米国側で憲法草案をこしらえ吉田茂首相に提示しました。吉田茂氏は前首相の幣原喜重郎氏と相談し、憲法草案をこしらえたと思います。

 その時天皇制の守護(象徴天皇制・憲法第1条)と戦争放棄(第9条)がリンクされ、「皇軍として天皇は軍を率いて戦争することは永遠にないこと」を宣言しました。それにより極東委員会でも日本国憲法は支持され、天皇制は象徴天皇として存続することになりました。

 日本国憲法で定められた象徴天皇を見事に「あるべき姿」を見せ続けてきたのが今上天皇皇后両陛下です。戦没者慰霊の旅と国内の大災害地への励ましの旅がそうでした。
 その役割を果たしたのは幣原喜重郎氏と吉田茂氏、マッカーサー氏でした。日本国憲法発布が公表されますと圧倒的な国民の支持を集め公布されました。当時の共産党は日本国憲法に唯一反対していました。今や9条を守れと護憲の先頭になっています。変われば変わるものです。

 翌年の1948年12月23日に東京裁判のA級戦犯であった東条英機ら7人が処刑されました。その日は今上天皇の誕生日でした。翌日の24日A級戦犯の岸信介は保釈され、米国から多額の工作資金を得て政界に復帰し、対米従属路線と憲法改正を政治信条にした政治活動を展開しました。自民党の「清和会」にその伝統(対米襦族路線)は継承されています。森―小泉―安倍―福田―安倍の歴代首相は清和会ですから。
 無謀な世界大戦を始めてしまい、無残な無条件降伏をした当時の日本。もし敗戦後の占領統治時に日本国憲法が制定されていなければ、昭和天皇は東京裁判の被告として極東委員会から戦犯として起訴され、有罪になった可能性もあります。当然反対するテロ行為などが起きたことでしょう。占領統治は長引き、国際社会への復帰や産業経済の再構築は大幅に遅れたと思います。

 その「平和な日本」を懸命に壊そうとしているのが安倍晋三らのファシストたちであり、今やファシスト政党に変質した自民党です。国民はその「事実」から目を吸向けてはいけません。無関心であったも行けないと思います。
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 沖縄を「慰霊の旅」として皇太子時代から11回も訪問された今上天皇ご夫妻。沖縄への想いはことのほか強い。魚類学者でもある天皇陛下。貴重な漁業資源の宝庫である辺野古の海を沖縄の人たちの「民意」無視して埋め立てを強行する安倍政権。米軍の基地を作るために自然を破壊しています。こうした行為もきちんと見て国民は判断しないといけないと思います。
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2019.04.28

「戦略の世界史」を拾い読み


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 2週間前に家内がオーテピアという高知県と高知市の合築図書館へ行ってみたいというので、歩いていきました。私にすれば2回目。家内が本を借る間館内をぶらついていると社会科学のコーナーで「戦略の世界史」(ローレンス・フリードマン・著・貫井佳子・訳・日本経済新聞出版社・2018年)を借りてもらいました。

 分厚い書籍で上下2巻。1冊で557pもある大作です。著者は英国人。さすがはかつて世界帝国を運営していたことがある英国だけに世界史的な視点で書いています。
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 軍事や戦争、政治、社会運動や社会思想など幅が広いし壮大。古代ギリシャ時代から、孫子やマキァベリ、ナポレオン、クラウゼヴィッツ、モルトケ、チャーチル、毛沢東、マルクス、バクーニン、レーニン、ローザ・ルクセンブルク、マックス・ウェーバーなどが登場します。

 丁度仕事が忙しい時期と重なり、「拾い読み」しただけ。なるほどと思ったのは、欧米人は「戦略」に長けているといわれていますが、それは歴史をよく勉強し、そこから学び、教訓を引き出していることはよくわかりました。拾い読みでもよくわかります。
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 返却時期が来ましたので、拾い読みでしかありませんでしたが、壮大さ、力強さを感じました。この種の書籍をじっくり精読できる時間をこしらえたいと思いました。

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2018.11.08

映画・マルクス・エンゲルス

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 格差社会が世界中で進行しています。さらには民族排外的な極右勢力が台頭し、より格差と対立を深めています。そんな折映画「マルクス・エンゲルス」(ラウル・ペック監督作品)が全国各地で自主上映されています。高知市でも11月29日に高知県美術館ホールで自主上映されるようです。主催は「マルクス・エンゲルス」上映実行委員会・高知です。
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 監督はハイチ人。描かれるマルクスとエンゲルスは1840年代の青年時代。髭もじゃもじゃの晩年の姿ではないですね。哲学学徒からジャーナリストになっていた青年マルクスと、実家が裕福な紡績工場を経営している青年エンゲルス。経済の不合理を感じながら社会運動に目覚める。
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 マルクスとエンゲルスの運命的な出会いや終生の友情のスタートが描かれているようです。貧困と格差社会にあえぐ貧しい労働者たち。マルクスとエンゲルスは思索の結果、社会運動を通じた社会の変革、階級闘争の推進を唱え「万国のプロレタリア団結せよ」の」というコピーを考案、共産党宣言を発表し、世界各地で出版します。映画は熱い彼らの青年時代を描いているようです。
 
 映画「マルクス・エンゲルス」公式サイト

http://www.hark3.com/marx/

 https://youtu.be/UTa0szGAMqU

 私個人も高校生時代に、「共産党宣言」や、「経済学・哲学草稿」「ドイツイデオロギー」、「フランスの内乱」、「イギリスにおける労働者階級の状態」などの著作を讀んでいました。心を熱くしていました。それから50年余りになります。当時は勉強せず社会運動に憧れる馬鹿な田舎の高校生でした。卒業できず4年間高校にいましたから。
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 今の日本も格差社会が蔓延し、勤労者の権利はどんどん剥奪され、経済的な貧困層が爆発的に増えています。しかるに社会運動がきちんと確立されていないので、政府や大企業の思うままの「改革」と称した格差拡大がとめどもなく拡大され続けています。人々の不平不満の受け皿が排外主義的な民族差別団体になっていることを真底憂いますね。なんとかしなければいけないが、母(92歳)の在宅介護と地域防災活動しか出来ない今の私には今はどうすることも出来ません。それに脊椎間狭窄症や滑り症との診断で、毎日足腰が痛く、「走れないからだ」になっているので、ストレスのかかる社会運動はできません。

 今こそ原点に戻り、今一度マルクスやエンゲルスを学び直し社会運動として「階級闘争」をしなければいけないのではないかと思いますね。私個人のレベルでいつになればそれができるのか不明ですが、「目標」にしなければいけないと強く思います。

 世間は「明治維新150年」とごく一部の人達は騒いでいますが、同時代に「世界の変革」を唱えた巨大な思想家がいたことを忘れてはならないと思いますね。彼の著作を今一度熟読して、社会変革のヒントを考えてみたいと思います。映画は面白そうだと期待しています。

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2018.10.17

西郷どんの高知での痕跡

 母(92歳)が通所しているデイ・サービス施設の近くにある東九反田公園。今はひなびた小規模公園ですが、その昔は開誠館があり、憲政記念館もあったようです。建物は取り壊され、小さな児童公園になっています。
開誠館跡。西郷。木戸・板垣
 明治の初めここにあった建物に、西郷隆盛と木戸孝允、板垣退助らが新政府の運営について話し合いをしたと石碑に書いてありました。それを偲ぶ、追体験する建物は既にありません。
西郷来訪
 大きな石造の憲政記念の碑もどうしてこの地にあるのかわかりません。高知県の観光業界は「幕末維新博」であるとか「明治150年」とか、まくし立てていますが、西郷どんが高知に足を踏み入れた場所が、あまりにあっさりと「石碑化」しているのは残念です。
憲政記念碑

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2018.09.20

タクシー運転手・約束は海を越えてを鑑賞

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 2018年9月15日(土曜)ですが、高知市あたご劇場へ家内と一緒に「タクシー運転手・約束は海を越えて」(韓国映画・2017年・チャ・フン監督作品を鑑賞に行きました。

 最初は「カメラを止めるな」(上田慎一郎監督作品)を東宝シネマズ高知で見たいと思っていましたが、休日は17時からの1回上映で、母を自宅に置き去りにして見に行くわけにも行けないですから。母がディ・サービス(午前9時過ぎから16時まで)に行っている間でないと夫婦で映画鑑賞はできません。それで鑑賞しました。
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 上映時間は127分と2時間を超える映画でしたが、史実にもとづく緊迫感のある場面の連続で見入ってしまいました。「1980年5月に韓国でおこり、多数の死傷者を出した光州事件を世界に伝えたドイツ人記者と、彼を事件の現場まで送り届けたタクシー運転手の実話をベースに描き、韓国で1200万人を動員する大ヒットを記録したヒューマンドラマ」ということです。

 奥さんを病気で亡くし、娘と2人暮らしの個人タクシー運転手。生活は苦しく家賃も滞納気味。ある時。タクシー運転手が集まる食堂で、外国人記者を光州へ連れて行けば、高い報酬とチップまでいただけるらしいとの話を聞いて、本来予約していたタクシー会社のタクシーを出し抜いてドイツ人記者を乗せて、一路光州へ向かいます。

 「1979年 10月 26日朴正煕大統領が暗殺され、韓国全土で民主化運動が盛んになっていましたが,しかし同年 12月 12日の「粛軍クーデター」で権力を握ったチョン・ドファン (全斗煥) 少将を中心とする若手将軍グループは,1980年5月 17日に戒厳令の全国拡大を宣布し,キム・デジュン (金大中) ら与野党の大物政治家を逮捕するなどして民主化の動きに歯止めをかけようとした。

 その直後光州市で起こった街頭デモが戒厳軍部隊と衝突,戒厳軍部隊の手荒な対応もあって激昂した市民の一部は武器を手に対抗,市内で銃撃戦が行なわれ,多数の死傷者が出た。 27日に戒厳軍によって制圧されるまで光州は解放区の様相を呈した。事件事件についての論議は全斗煥政権下ではタブー視されたが,ノ・テウ (盧泰愚) 政権成立 (1988) 後実施された総選挙の結果,国会が「与小野大 (少数与党) 」の状態となり,そこで事件の性格規定や被害補償などについて論議され,責任者も追及された。盧政権は光州事件を民主化運動と評価し,被害者に補償金を支払った。」 (コトバンクより)
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 ドイツ人記者は「光州で何かが起きている。直接現地へ行って、取材をしたいという大変危険な行為です。軍が非常線を張り光州へ行くことが難しいなか、タクシー運転手の機転もあり何とかたどり着けました。
 
 しかしそこは軍が完全武装し、丸腰の市民の抗議行動を執拗に強権弾圧するで現場した。最初は警棒と催涙弾での制圧行動でしたが、銃を構え水平射撃で市民を虐殺する事態にまでなっていました。その有様をドイツ人記者は撮影していました。

 公安警察の執拗な追及を逃れ、光州のタクシー仲間たちにも助けられ、検問を突破し、記者は無事に出国、光州の凄惨な市民虐殺の有様は全世界に報道されました。実話に基づいているだけに、息つく暇のない迫力のある場面の連続でした。
 2017年に韓国で大ヒットした映画とのことですが、うなづけますね。
 高知市あたご劇場で上映しています。

http://neconote.jp/atago/

 今日(9月15日)から、9月28日までの上映予定です。 
 ちょうど10年前でしたが「光州・5・18」という光州事件をテーマにした映画も鑑賞していました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-b70c.html

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2018.08.09

翁長雄志知事の想いを引き継いでいただきたい


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 2018年8月8日、すい臓がんで闘病中であった翁長雄志沖縄県知事が逝去されました。前知事の辺野古埋め立て申請許可を県知事として正式に不認可にし、国側と全面的に争う矢先に病に倒れ亡くなられました。

 死去から50日以内に県知事選挙があります。どうか沖縄県民の皆様、「上から目線」の安倍内閣のぶら下げる「見せかけの経済支援策」に囚われることなく、翁長さんの命がけの想い(辺野古基地阻止)を貫いてください。

 私の家内は沖縄出身です。家内の実家は商売をしていて、どちらかと言いますと保守的な気風でした。義母がお元気だったころ、家内と子どもと沖縄の家内の実家へ行くといつもこう言われていました。

 「沖縄は基地があるからね。いつ攻撃されるかも知れないから、怖い。」と言われていました。義母は軍事基地があるから安全なのではなく、軍事基地があると真っ先に攻撃されて怖いと日頃言われていました。

 敗戦後ほどなくは、日米の経済格差があり、沖縄でも米軍基地に関わりのある人たちは、基地経済で潤っていました。有り余る米軍資材の1部を転売すれば莫大な利益をあげた時代もあったとか。

 しかし今の時代は基地経済の沖縄県経済に占める割合は8%以下です。土建業者は下請けなどで仕事はあるでしょうが、経済全体の広がりはさほどありません。

 むしろ地域経済である物販販売や観光産業が成長し、軍事経済ではなく、平和経済が沖縄では大きくなりました。もともと自民党であった翁長さんが辺野古基地反対で知事選挙で出馬されたのも、支援者に沖縄で手広く事業を展開されておられる金平氏や。リゾート・ホテルのオーナーや、手広く経営をされている金秀グループのオーナーも翁長知事を支持されていました。

 リゾート・ホテルとビーチの上空をオスプレーが爆音をとどろかせて毎日日にち何回も離発着する環境になるとホテル経営は成り立たない。という率直な想いがありました。

 軍事産業に依拠すると、政府の裁量で左右されるようになり、経営者の才覚で市場を開くことはできなくなります。現実に米軍住宅用地が返還され、那覇市の新都心である天久(あまく)地区では、雇用が返還前の10数倍になったと聞いています。

 基地が沖縄経済では比率が小さくなり、むしろ広大な用地を占用し、市民生活すべてを圧迫していることが現実。沖縄経済発展の「桎梏」になっています。

 翁長雄志さんは「イデオロギーでなく、アイデンティティである。」と言われていました。基地経済に依存しない自立的な経済発展を志向されていました。それを加速されようとしたところで病に倒れました。

 後釜に沖縄県知事になる人は、「オール沖縄」の翁長さんの意志を継ぎ、実現していただきたいですね。

 建設中の辺野古基地は、普天間飛行場の「移転先」と言う事ですが、規模も大きく、海を埋め立て護岸をつくり艦艇が停泊する施設までこしらえています。沖縄県には「基地負担の増大」以外何物でもありません。

 国費を投入して、沖縄県民の基地負担を増大させています。自衛隊の基地をこしらえるのなら理解できますが、米軍のために巨大な軍事基地を日本政府がこしらえる意味はどこにあるのか不明です。きちとした説明を聞いたことがありません。

 近隣諸国との対話を薦め、軍事施設のお互いの縮小を図るべき時期に、大きな米軍基地をこしらえる公共・公益的な意味があるのか私には理解できません。

 日本政府が米軍だけのために巨額の国費を投じて、辺野古海域の自然環境を破壊しながら基地建設する愚行はただちに辞めていただきたいと思います。

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2018.05.23

ゲバ文字も立て看板も一種の文化遺産?


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 日本経済新聞はユニークな全国紙。経済専門の形態ですが、コラムや特集記事は他の全国紙や地方紙にはない独特の味がありますね。2018年5月20日朝刊の1面のコラム「春秋」は面白い。

「ゲバ字をご存知だろうか。」で文章は始まります。それは「ビラや立て看板に踊っていた独特の書体だ。字形は極端に角張り、闘争を斗争、万歳を万才などと略字で書き、いかにも物々しい雰囲気を伝えていた。中国の文化大革命に登場した「大字報」の影響もあったろう。」とありますね。

当時私はアホな若者であり高校生時代に負け続けていた社会運動に打ち込み卒業できず1年留年して卒業、大学へ入学したのは1973年でした。1968年をピークとする学生運動も衰退局面にありました。学費値上げ反対運動などの集会などがありました。

 サークルの案内や各グループの自己主張は、立て看板に日経新聞の言う「ゲバ文字」で書かれていました。アートな書体なんでしょう。書いていた先輩が「最近の新入りは立て看の字も書けない。デモ指揮も出来ない連中が多い。昭和30年代以降の連中はダメだね。」とか言われていました。「今は昔」のお話です。「伝統」は滅びてしまいました。

 5月には1968年のフランス5月革命がありました。日本でも大学での闘争がありました。アメリカではベトナム反戦運動が展開され、中国では文化大革命。チェコでは「プラハの春」がありました。「かつての若者」であった私も少しだけ現場の雰囲気を味わいましたが、1972年の連合赤軍事件と陰惨な内ゲバが繰り返され、新左翼の社会運動は壊滅しました。
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 京都大学の立て看板も風物の1つ。市当局が景観条例をたてに取り締まる方がおかしい。日経も「京都らしい場所ではないか」と嘆いています。

 価値観は多様であり、多様性を認めることが社会の活力であると思います。全体主義がはびこりますと社会の活力が衰退します。

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