歴史の宝庫新堀川

2009.01.04

ご近所の歴史遺跡

 年末の肋骨骨折という事故のおかげで、セーリングなどの激しい運動ができない身の上。メタ防止のためひたすら散歩が運動になっています。以前にも紹介していますが、徒歩でいける範囲に高知市は歴史史跡が多い。自宅付近にもたくさんあります。
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 まずその歴史資源を道路特定財源が付いたからといって、さほど緊急に工事をする必要性のない道路工事を高知県土木部都市計画課高知駅周辺都市整備事務所が、「歴史の宝庫」新堀川の史跡を「破壊」している地域には多くの史跡があります。
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 まず横堀公園には、土佐勤皇党党首武市瑞山(半平太)の剣術道場跡の史跡がありました。幕末維新で活躍した土佐の志士たちが多く集まったようです。
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 そこから北へ少し歩きますと、二次大戦前後に海軍大将で連合艦隊司令長官になったという永野元帥の碑が立っています。
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 またすぐ近くに幕末の土佐南学の儒学者岡本寧穂(ねいほ)の道場跡があります。吉田松陰ほど有名ではありませんが、当時弟子が数百人おり、土佐南学は行動的な陽明学の影響を受けていたので、土佐の志士の行動規範になっていたようです。
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 新堀川の階段護岸。江戸時代に江ノ口川と堀川をつなぐ運河として町民の民間活力で建設された新堀川。階段護岸は土佐の山林で伐採された材木を筏で浦戸湾から江ノ口川をさかのぼり、新堀川の階段護岸から荷揚げし、材木町へ運搬していたそうです。潮の干満に関係なく材木を荷揚げするのが階段護岸でした。
 道路工事で無残にも「埋め殺され」てしまいました。
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 その階段護岸のすぐ近くに明治時代の思想家、中江兆民の生家跡があります。幼少時代を新堀川河畔のこの家で過ごしたとあります。
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 新堀川を下っていくと、高知市が16億円かけて建設した「ほとんど利用者のいない立派なバス降車場」があります。その西角に幕末の「評論家」「絵師」の河田小龍(しょうりょう)という人の生家跡があります。
 もともと土佐堀という河川で、はりまや橋を超え、大丸百貨店前まで川はありました。それを高知市はすべて埋め立ててしまいました。
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 高知市の文化施設かるぽーとはもともとは市場があったところです。ここも川があり橋も多く架橋されていました。四つ橋は二次大戦中の高知空襲で焼け、鉄骨部は変形していました。そのほんの1部が保存されています。
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 堀川は海運の盛んな時代は高知の物流の拠点。海に関わる企業が今も多い。

 堀川のボードウォークから中ノ島地区へ行きますと、「憲政の碑」が立っています。明治時代自由民権運動をリードした板垣退助に関わる関連史跡です。今は跡形も無く石碑とわずかなモニュメントがあるだけです。
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 1時間足らずの散歩コースに歴史資源がたくさんあるものです。変な箱物(見世物小屋)を6億円高知駅前に建設する予定が(来年の大河ドラマ「龍馬伝」をあてこんで)あるやに聞きますが、「まちなか全体」を歴史博物館にする大きな構想を県も高知市ももつべきではないかと思いますね。
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昔は海運が高知市の物流の中心。堀川は重要な役目がありました。波と風が打ち込まない良港でもありました。

周辺歴史MAPです。「はりまや橋新聞」より転載しました。(クリックすると多少拡大します。)
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2008.12.08

熱い人の新堀川再生プラン

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 現在新堀川は高知県土木部都市計画課高知駅周辺都市整備事務所による県道「はりまやー一宮(いっく)線の道路工事のたけなわ。川には無数の矢板が打ち込まれ、環境破壊が進行しています。

 参考ブログ記事「生き埋めされた歴史的な階段護岸ー新堀川

 残念ながら市民の声は県当局に届かず、県議会や県知事を動かすことはできませんでした。市民運動は惨敗したのです。

 それでもある「熱い」志を持っている人から、「新堀川再生プラン」が提示されました。趣旨は大変良く出来ています。「コンパクト・シティ」というのであれば、この「新堀川再生プラン」も紹介したいと思います。
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 「再生プラン」のイメージ図です。現状の蓋をして道路にするよりも遥かに都市整備ができていると思います。「熱い思い」も空しく、イメージ図にある桜井橋も無残。大正橋は破壊され姿を消しました。
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 だいたい土木部署は県民の意見を無視し、工事を工期どうり施工することが正しいと思い込んでいます。結果として環境破壊だろうが、無駄遣いであろうがおかまいなし。

 今後はこのような無駄な工事を「ストップ」させるしくみを考案しないといけないですね。「経済波及効果は限りなくゼロ」の工事ですし。

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2008.11.27

やはり道路も削減傾向に

 ついに国土交通省が、交通量予測の下方修正をしたようです。今まで右肩上がりの予測を公表、地方行政にも影響をし与えていたのですから。

 道路交通量2・6%減 2030年予測 初の下方修正(産経新聞)

 20年前の交通量予測で、県民を欺く道路計画(新堀川にふたをし道路をこしらえる事業)に、道路特定財源がついたので、県は工事をしゃにむにしているようですね。実に愚かなことですが、なかなか改まりません。
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2008.09.10

環境破壊が進む新堀川

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 高知県土木部高知駅周辺都市整備事務所の道路工事である県道はりまや橋ー一宮(いっく)線の工事も道路特定財源によりどんどん進行しています。
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 新堀川中ほどに何本もケーソンが打ち込まれ、生コンが注入され川が破壊されています。道路の橋げたになるようです。
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 また階段護岸周辺も無数にケーソンが打ち込まれ、包囲されています。やがて地下に(埋設保存)されるようです。無残なことです。
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 一方新堀小学校角から南の部分については、2006年に当時の橋本大二郎知事に聞いたところでは、「新堀小学校から南の部分ー横堀公園横は、協議する余地があるのではないか。」とのことでした。9月県議会での坂本、吉良県議の質問にも同様の答弁をしていると思っています。

 関連ブログ記事 橋本大二郎と李明博(イ・ミュンパク)の違いShinbori9093_r

 しかし現実はその南側の新堀川にもケーソンがどんどん打ち込まれています。県は完全に新堀川に蓋をする意向です。高知市中心部の貴重なビオトープと歴史資源がさほど価値のない、環境破壊でしかない県道工事により破壊されつくすのでしょう。
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 かるぽーと(左奥)とはりまや橋バスターミナルという無用の長物のツーショット。再生プランはかるぽーとを「よさこい会館」化し、バスターミナルをレンタサイクル・ターミナルにして活用すべきでしょう。

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2008.09.05

道路建設で破壊が進む新堀川

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 はりま橋商店街金曜市の帰りに、新堀川の工事現場をと通りました。のどかな運河の雰囲気は破壊され、重機や矢板が設置され、あわただしい工事現場になっていました。護岸も見事に壊されていました。
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 これほど川を破壊し、護岸を破壊する意味があるのでしょうか?これも道路特定財源で建設されている道路ではありますが、どれほどの経済的効果があるのでしょうか?もはや無意味としか思えません。
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 道路建設されていない新堀川は高知市中心街とは思えない景観です。もっとこの景色と歴史的ないわれをきちんと検証すべきでしょう。
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2008.05.12

新堀川に関する高知県庁の基本姿勢

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(かつて中江兆民を顕彰する石碑が県民有志の手で新堀川河畔にありました。

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(新堀川に「蓋をし道路にする工事」のため、ぞんざいに保管されているようです。)
 連休中にパソコンの「整理整頓」「掃除」をしていましたら、ちょうど2年前の高知県庁都市計画課荒川辰雄課長に新堀川問題で公開質問状を出していました。その回答が2006年の6月30日付で来ておりました。回答文は周辺都市整備事務所長名で来ていました。

平成18年6月30日

 西村健一 様

高知駅周辺都市整備事務所長 
横山芳正  

「はりまや町一宮線工事に関する質問」について(回答)

日頃から都市計画事業に対しまして貴重なご意見をいただき、誠にありがとうございます。
さて、平成18年6月28日都市計画課長にEメールでいただきましたご質問について下記によりお答えします。


1.「兆民通り」の石碑について

 この石碑は、高知市道上に設置されていましたが、今回、旧新堀水門の撤去工事に支障となり移設する必要が生じました。このため、設置された「兆民通りの碑を建てる会」の関係者や高知市と協議をおこない、平成14年に地域の皆様にご説明したとおり、道路工事期間中は別の場所に一時移設することで協議が整いました。今回、町内会にも連絡したうえで、現在石碑は新堀駐車場南側部分に移設しています。このことを周知するため、石碑が設置された場所には説明文を掲示しております。
なお、兆民通りを案内する「兆民通り」の標柱は、工事期間中も元の設置位置周辺に設置する予定です。

2.汚濁防止フェンス(オイルフェンス)について

 ご指摘の汚濁防止フェンスは、工事中に濁水を出来るだけ拡散させないため、平成15年から工事期間中に設置しているものです。現在、旧新堀川水門を撤去するため水門南側にも設置しています。
また、取付け位置等で堤防部の強度に対してのご質問がありましたが、堤防強度に影響はないと考えています。
 なお、今後とも工事を進めるにあたっては可能な限り周辺環境に配慮する予定ですが、工事施工中については、汚濁防止が必要でありご理解をいただきたいと思います。

 最後になりましたが、貴重なご意見をいただきましたことに対しまして、誠にありがたく御礼申し上げます。今後とも、地域の皆様方のご意見をいただきながら事業を進めてまいる所存ですので、なにとぞよろしくお願いします。
 今後ますますのご活躍を祈念いたしております。

 2008年5月現在郷土の偉人中江兆民を顕彰する石碑は無残な姿です。

 歴史資源もそんざいな扱いー新堀川道路工事

 高知県庁が郷土の歴史を全く大事にしない部署であることは一目瞭然。工事のための工事になっているからです。

 歴史資源の新堀川を単に用地買収費がかからない公共用地だからなんでもかんでも埋めちまえという発想。当時国土交通省から高知県庁土木部都市計画課長として出向されていた荒川辰雄氏も見識がなかったようですね。

 この荒川辰雄氏ですが、建設省大臣官房政策課福祉環境推進室課長補佐時代には、「「歩いて暮らせる街づくり」構想についてということで 、日本福祉まちづくり学会の座長もされていたようでした。

 まさに高知市の新堀川は「歩いて暮らせるまちづくり」のモデル例になることができるはずでした。でも荒川氏は、新堀川に蓋をし自動車道路をこしらえることにGOサインを出されました。

 その部署、部署で言うことが異なるのでしょうか?日本の官僚が市民に信用されないのはそういう態度ではないでしょうか?

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2008.04.23

歴史資源もぞんざいな扱いー新堀川道路工事

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 郷土の偉人である中江兆民の生家跡は新堀川沿いにあります。その生家跡を示す石碑は移動され、粗末なブルーシートにくるまれ、柵のなかに無造作に放置されています。
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(郷土の偉人中江兆民生家を現す石碑でありました。)
 この扱いを観察しても高知県土木部高知駅前周辺都市整備事務所が、歴史資源をぞんざいにあつかい、新堀川のビオトープを破壊し、護岸をつるつるのコンクリートにして生き物が棲めない3面張りのどぶ川に多額の税金(多くは道路特定財源ではないのか)を使用してせっせと環境破壊をしています。

 こんな道路に道路特定財源を使用する必要は全くありません。必要不可欠の道路でもなんでもありません。

県道新堀川環境破壊道路」名付けましょう。

(フェンス上に「兆民どうり」という標識がかろうじてあります。歴史資源への「敬意」のかけらも県当局にはありません。)
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 河床に次々とケーソンが打ち込まれ、生コンが注入され環境破壊されていきます。

 後世の人たちは、かつて江戸時代の町民たちが自分たちで資金を出し、労力を出してこしらえた運河である新堀川。江ノ口川と堀川を結ぶ水路としての役目はつい最近まで果たしていました。
 
 そして今は浦戸湾と江ノ口川の浄化に新堀川は大きな役目をになってきました。江戸時代の町民たちが町民力でこしらえた新堀川。今風で言えばPFI方式でしょう。

 その新堀川を道路特定財源の税金で破壊し、さして緊急性のある道路でもないものをこしらえようとする。高知県庁も高知市役所も物笑いの種になりました。
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(市民Sさんが描いた新堀川。遥かにましな都市風景であると思います。)

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2008.03.26

歴史資源の新堀川 道路工事をやめさせよう!

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3月末になり19年度の予算がなくなったので今は新堀川の道路建設による「破壊工事」は止まっています。新堀川の河床のコアマモは無残にも県により剥ぎ取られ、魚たちの隠れ家が新堀皮川に少なく成りました。
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 護岸もおそらく道路の強度を増すためという理由でしょう、石垣は壊され、鉄筋が打ち込まれ、型枠に生コンが流され護岸があたらしくできつつあります。これでは石垣の穴に生息していた小さなカニたちは行き場がなくなりました。

 1971年に当時の高知の市民運動の先駆者達が浦戸湾を守るため汚染の元凶であるパルプ工場の排出菅に生コンを詰めてからそのパルプ工場は廃業し、汚染源はなくなりました。ひどい河川や浦戸湾は市民と行政のその後の努力で生態系が見事に回復し、高知市の中心街に近いところにあるにもかかわらず大変なことです。
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 これを県も市も観光資源として活用しようとしませんね。「中心市街地を死守せよ!」と叫んでいる商店街の人たちも無関心ですね。実にもったいないです。新堀川の道路工事はやめさせるべきですね。

 それを「漫画」にされた人がいました。「高知遺産ー新堀川」と主張されています。
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2008.03.18

県道路課の本音を土佐弁で言うと

 おんし(お前ら)ら県民はわしら(県庁職員)の苦労も知らんと、無責任に新堀川を守れなんて騒ぎゆう。

 わしらあ(我々は)は国に頼み込んでようやく道路特定財源で新堀川に蓋をして自動車道路をこしらえる予算をつけてもろうたとがよ(もらったのだ)。

 20年前からわしらの先輩職員が営々と国に陳情ようやく3年ばあまえ(3年ほど前に)に本格的な予算がついたがや。

 そやき今更「時代が変わったきに」というて「道路はいらんき」言うて道路特定財源を返上できんがよ。

 高知駅の高架工事も40年前に返上したきに、丸亀や今治より後になったがよ。高知市は踏み切りで南北に分断された状態やった。

 少々新堀川の自然や歴史資源が壊れたところで、殆どの県民は関心がないろうし。

 わしらあは土建屋さんの食い扶持も確保せんといかんきに(いけないから)。公共の存在はそうやき。高知県は20万人の県民が土建業と関わりがあるきに(関わりがあるので)。

 とにかくせっかく国に拝み倒してついた道路特定財源による新堀川に蓋をする工事をとやかく言わんといてや(言わないでくれ)。


 六ヶ所村の人が言いよりました。反対するがやったら「声を張り上げて反対せんといかん」と

「傍観したり動かん人は、賛成していると同じや」と。
 
 県庁職員も「国から道路特定財源をとることはええこと」と組織をあげて仕事にしている。こういう存在の高知県庁は強い。無敵であります。

 20年前にはとでん西武百貨店も映画館も高知市中心街にありました。中心地の商店街も今より遥かに元気でした。

 20年前にはイオン高知も北部環状道路もありませんでした。

 現実が大変化しているのに目をつぶり、ただただ国に追随して「新堀川をつぶして道路特定財源をもらわんといかん」と大合唱する。そのことをホームページに書く。

 高知県民として高知県道路課の姿勢は「恥」だと思う。
Rokashomura

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2008.03.16

海の散帆とまちの散策

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 3月も半ばともなりますとさすがに南国土佐は暖かい。夜須などは17度ぐらいになったと思う。でも海の上はドライスーツで調度ぐらいだったから季節はまだまだ春本番は先でしょうね。

 今日は高知大学ヨット部は岡山の大会へ遠征中。それでハーバーから出艇したヨットは、夜須中学が7艇と社会人と高校生、それと私の10艇程度でした。
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(ぎ装(ヨットの組み立て)も暖かく楽に成りました。)
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(中学生たちも今日は午前中で終わったようです。)
 例によって午前中のセーリング。風は弱いものの波がなく海面がフラットなのでヨットは進みます。今日は赤岡沖まで遠征しました。

 戻ると11時半を過ぎていましたし。片づけしてお昼はいつものおむすびだるま。やっしーも来たので一緒にランチをしました。

 それから戻り、備品の片づけして「新堀川草の根観光まつり」の後半の部分へ参加しました。
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 自転車で5分ほどにあるさえんば商店街の来楽座を目指しました。日曜日はさえんば商店街は「シャッター通り」になっています。普段も殆どの商店は午後6時に閉店するそうですし。個人商店にはもっと頑張って欲しいです。個人の要望に過ぎませんが。
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 こちらはいつもの七輪サロンがさえんば商店街で展開されています。御餅をご馳走に成りました。参加者は前半の「新堀川界隈と九反田歴史探訪」に参加された人が多いようでした。
 新堀川界隈は土佐の偉人の宝庫です。板垣退助,河田小龍、武市半平太、岡本寧穂、中江兆民ゆかりの史跡が点在し、歩いて散策できます。

 ウォーク風景は新堀川知行合一塾 ブログ参考
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 「新聞の葬式」というのは自由民権運動の主義主張を掲載していた当時の高知新聞が当局側の圧力で発刊停止になりました。市民はそれを「新聞の葬式」として一大イベントに仕立て喪服を着た市民数千人が街中を練り歩いたという史実がありました。
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  来楽座主人の開設に寄れば「土佐人が一番歴史上で土佐人らしかった時代は自由民権運動のじだいである。ユーモアと反骨精神は見習わないといけない。
 新堀川近くに武市半平太の道場があり、そこへで土佐勤皇党が結成され192人が土佐から脱藩して維新のために戦いましたが、板垣退助ら数人を除き皆死んでしまいました。

 明治政府の実態は薩摩と長州の藩閥政権であり、知事以下の役人はすべて藩閥政府に統制されていました。これではいけないということで自由民権運動が土佐から起こりました。
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 新聞の葬式という演劇は、高知市民プラザのかるぽーとで上演したそうです。実際に演劇に参加したひとたち50人ほどで史実を再現して新聞の葬式をしたようです。

 20人の市民が鑑賞しました。先祖のたくましさをあらためて感じました。

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