憲法問題

2017.05.24

共謀罪は平成の治安維持法ではないのか?


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2017年5月23日政府・与党は衆議院本会議で「共謀罪」を強行採択しました。民主主義の根幹に触れる「危険」な法律を国民的な理解が十分でない状態で採択するとは、おかしな国になったものです。

 共謀罪と戦前の悪法である「治安維持法」比較してみますと大変良く似ています。2つの悪法とも、政府に反対するデモや社会運動、市民運動を規制し、壊滅させるための悪法です。

 政治に関心のない一般市民は関係ないと戦前も言われていました。しかし些細なことで逮捕・拘留され、自白を強要される社会になり、戦争国家日本国は暴走し、全世界を相手に世界大戦を引き起こし無残な敗戦を迎えました。

 その反省から戦後日本は再出発しました。自衛隊は1人の外国人兵士を殺しませんでした。また1人の自衛隊員も外国の軍隊に殺されませんでした。自衛隊は「人殺し」の組織ではなく、「人を助ける立派な」組織として、国内外の災害支援や救援で大活躍してきました。

 それが安倍晋三の言うように「恥ずべき歴史」なんでしょうか?わたしは全くそうは思いません。「勇ましい事を」言い立てる人間は、絶対に兵士として徴用され前線へ行かない人間です。

 平成の治安維持法である「共謀罪」に私は反対します。

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2017.05.20

共謀罪反対集会に参加しました。


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 2017年5月19日の午後に衆院法務委員会での与党による共謀罪法案の強行採決は許し難い暴挙であると思いました。わたしは政党筋や労組などいわゆるサヨク系組織とは一切無縁なただの市井の市民です。坂本茂雄さんのFBの投稿を見て参加しました。主催は憲法アクション・高知です。

 午後6時からの集会。5時45分頃に中央公園北口に行きました。政党関係者や労組の関係者がおられました。何人かの知り合いの人に会いました。定刻の6時に集会は始まりました。
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 まずは高知大学人文学部准教授の岡田健一郎さん(専門は憲法)から話がありました。

「共謀罪は犯罪を起こす段階からの取締り当局が捜査していくことをより推進する法律です。例えば銀行強盗をするために、預金を降ろし、凶器となる刃物をホームセンターで購入する。その段階から監視し、犯罪抑止の名目で逮捕拘留することができます。」

「ネットでの書き込み、SNSでの呼びかけ、メールでの書き込みなどがすべて捜査・監視の対象になります。金田法務大臣は、悪用される恐れはない。裁判所がちゃんと規制をすると云いましたが、あてにはなりません。乱用の可能性は残ります。」

「また並行して憲法改正の考えを安倍首相は連休の最中に公表。憲法9条に「自衛隊を合法化する」一行を加え2020年の憲法を改正すると言われました。憲法を改正するためには国民投票が必要ですが、それには850億円の費用もかかります。

 そこまでして憲法を改正するにしては、憲法審査会で従来から自民党が主張してきた改憲草案との整合性もないものです。」

 続いて沖縄県の辺野古と高江へ行かれていた憲法アクションの役員の山﨑修一さんから沖縄の闘争の報告がありました。
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「皆さん辺野古の基地建設は、普天間基地の単なる移転先ではありません。普天間基地は米国海兵隊基地であり、ヘリコプター基地です。当初滑走路は1300メートルでしたが、今や2本の1800メートルの滑走路が建設予定になっています。

 更にイージス艦が着岸できる桟橋の建設まで行う予定になっているのです。単なる移転では全くありません。」

「高江のヘリパットも米軍に引き渡していますが、未だに工事中。ヘリパットが傾いていてヘリが着陸ができません。」

「辺野古は海中のボーリング調査では海底に鍾乳洞があることが判明してります。きちんと杭が打てるのかも怪しい。米軍仕様は耐用年数が200年です。基礎杭もろくに打たずして、採石を海に投入しています。高江もそうですが、強引に工事をすることを強行することで、反対している沖縄県民を諦めの境地に追い込むために政府はしています。」

「反対運動のリーダーの山城さんが些細な容疑で逮捕され、5か月間拘留されていました。山城さんの容疑は「工事用の有刺鉄線を切断した。」「機動隊員の腕をつかんだ。」「工事車両を妨害するために道路にブロックを積んだ。」というものです。いわば微罪。それだけで5か月間も拘留したのです。

「共謀罪が制定されますと、今日のような市民集会に参加しただけで、逮捕・拘留されます。沖縄県の辺野古や高江で起きていることが、日本全国に広まります。」

 政党関係者からは

「集会などにも参加しづらくなるし、ネットやホームページやメールなども常に権力側から監視されるようになります。」

「70年間日本の平和は守られてきました。安倍内閣のここ数年で、特定機密法、集団的自衛権の認定、戦争法案、そして今回の共謀罪と平和国家日本の破壊活動をしています。断じて許されません。」
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 続いてデモ行進をしました。仮面をかぶった人と太鼓が先導し、土佐弁でのシュプレキコール。「共謀罪はわやにすな!」「自由なおしゃべりが何故いかん!」「メールやラインの監視をやめや!!」「だまっちょったらいかんぜよ!!」「共謀罪は廃案に!」と言いながら、中央公園北口からアーケード商店街を抜け、丸の内緑地公園までデモ行進をしました。
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 150人の参加者がありました。1人での参加はやや心細い事でしたが、集会に参加し、デモ行進をしますと参加者同士で連帯感が生まれました。
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 今回の参加で私は国家権力の言う「一般市民」から「特定市民」になったようです。でもこんな悪法や、ファシズム国家を阻止するためには各市民は街頭へ出て声を張り上げないといけないと思います。戦いをするのは「今でしょ!!」と思うからです。

 

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2017.05.03

祝日本国憲法・制定70年


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 今日は日本国憲法が公布・制定されて70年の憲法記念日です。惨めな二次大戦の敗戦後、廃墟からの道しるべとして日本国憲法は機能し、国民各位に定着しました。
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 「国民主権」「基本的人権の確立」「平和主義」の三大項目は日本国憲法の根幹をなすものです。日本国民は敗戦後72年間平和を維持し、国民生活が豊かになりました。

 ごく1部の人達が「アメリカから押し付けられえた憲法だ。」「破棄して明治憲法に戻そう」と言う復古主義の主張も散見します。欽定憲法として出発した明治憲法(大日本帝国憲法)は、国民主権や基本的人権の概念が希薄であり、「統帥権」という無責任な国家体制で、戦争国家を突き進み、世界大戦へ突き進み惨めに敗戦を迎えてしまいました。


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 敗戦後昭和天皇陛下ご自身が「平和国家実現」の強い意志を示され、国民各位も日本国憲法を圧倒的に支持しました。焦土化していた日本が敗戦後驚異的な経済発展をし、先進国の仲間入りをすることができたのも私は日本国憲法のお蔭であると思います。
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 安倍内閣は「戦争法」や、「共謀罪」「緊急事態法」などを性急にも成立させて、日本国憲法を破壊しようと画策しています。近隣諸国と共存平和を継続し、経済発展してきた戦後の日本の「全否定」を画策しています。ありえません。
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 明治憲法は

1・「国家元首は天皇であり、権力の源泉であり、人民には西欧諸国のように分権はしない。同時に西洋諸国に強い影響力を行使してきたローマカトリック教会的な機能も明治以降の天皇制度に担わせました。

2・国民は国家への抵抗権も有する西欧的な「市民」ではなく、国の機軸である天皇に無条件に服従する「臣民」として位置付けられました。

3・天皇に政治的な権力も、国民の精神的な支柱も担わせました。西洋諸国は数百年の宗教戦争の教訓から「政教分離」を国家理念にしていますが、伊藤博文らは「利便性」だけで「輸入し」、政教分離には無関心だったように思います。

 急いで近代化し、欧米列強に対抗すべく、「尊王攘夷」で担ぎ上げた天皇を政治利用し、国民統制に使いました。戦前の日本社会の不幸が明治憲法制定当時から仕込まれていました。

 昭和天皇ご自身が「平和国家実現」の強固な意志を持っておられたのです。GHQなどアメリカ占領軍は、協力したと思います。欽定憲法では日本社会の民主化は無理でした。明治憲法を破却し、1から日本国憲法を策定したのです。

、国民主権と象徴天皇制、平和の実現の理念(憲法第9条)はすべて、連結しています。70年経過してなんら不自由さを感じません。80年。100年と歴史を積み重ねて行くべきであると私は思います。
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 4年ぐらい前に地元新聞の読者投稿欄に掲載されていました。

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2017.01.19

明治憲法の理不尽さを読み解く

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 教本は「日本の思想」(丸山真男・著・岩波新書)です。P29からの記述が面白い。今更ながらの古典社会思想学ですが、明治帝国憲法の意義と目的、思想的な欠陥について簡潔明瞭に分析し、記述しています。

1)近代日本機軸としての「國體」の創出

 江戸幕府時代末期に長らく続けていた鎖国政策を転換し、開国した日本。幕藩体制から明治新政府が成立し、一気に近代化した日本。国会を設立させ、憲法も制定し、近代国家の体裁を整えなければなりませんでした。それは幕末期に締結した不平等条約の改正のためにも必要であったからです。

 明治初期に2年位欧米歴訪をした伊藤博文。明治憲法を制定する場合の意義目的を丸山真男の解説で観察してみます。(ほとんど全文引用です。)

「明治21年6月、枢密院の帝国憲法草案審議が天皇臨御の下に厳か開始された日の冒頭に、議長伊藤博文は憲法制定の根本精神について所信を披瀝し、次のようにのべたー。

「憲法政治ハ東洋諸国ニ於テ会テ歴史ニ微証スヘキモノナキ所ニシテ,ソレヲ我日本ニ施行スル事ハ全ク新創タルヲ免カレス。故二実施ノ後、其結果国家ノ為ニ有益ナル、或ハ反対二出ツル、予メ期スへカラス。

 然リトも二十年前既二封建政治ヲ廃シ各国ト交通ヲ開キタル以上ハ、其結果トシテ国家ノ進歩ヲ謀ル二此レヲ捨テ、他ニ経理ノ良途ナキヲ奈何セン・・・

 欧州ニ於イテハ当世紀ニ及ンデ憲法政治ヲ行ハサルヲモノアラスト、是レ即チ歴史上ノ沿革ニ成立スルモノニシテ、其萌芽遠ク往昔ニ発セサルハナシ。

 反之我国ニ在テハ機軸ハ何ナリヤト云ッテ事ヲ確定セサルヘカラス。機軸ナクシテ政治ヲ人民ノ安泰ニ任ス時ハ、政其統紀ヲ失ヒ、国家、堕テ廃亡ス。

 抑、欧州ニ於テハ、憲法政治ノ萌芽セル事千余年、独リ人民ノ此制度ニ習熟セルノミナラス、又宗教ナル者アリテ之カ機軸ヲ為シ、深ク人心ニ浸潤シテ、人心此ニ帰一セリ。然ルニ我国ニ在テハ宗教ナル者其力微弱ニシテ、一モ国家ノ機軸タルヘキモノナシ。

 仏教ハ一タヒ興盛ノ勢イヲ張リ、上下ノ人心ヲ繋キタルモ、今日ニ至テハ己ニ衰替ニ傾キタリ。神道ハ祖宗ノ遺訓ニ基キ之ヲ祖述スト、宗教トシテ人心ヲ帰向セシムルノ力ニ乏シ。」(清水伸「帝国憲法制定会議」88P)

「つまり、伊藤は日本の近代国家としての本建築を開始するに当たって、まずわが国のこれまでの「伝統的」宗教がその内面的「機軸」として作用するような意味の伝統を形成していないと言う現実をはっきりと承認してかかったのである。」

 日本においては儒教は影響力を既に失っていました。「個別的な日常徳目として生き残っていた。」(P90)でした。後に「教育勅語に」形を変えて活用はされますが・・。

 封建体制を明治以降廃棄したものの、西欧列強諸国に対抗する国家機軸を作成しないと、亡国になる危機感を伊藤博文以下明治政府は持っていたんでしょう。

「自由民権運動との陰惨な闘争の歴史がまだ生々しい藩閥政府にとって、「機軸」のない憲法政治の姿は想像をこえたおそるべきものと映ったであろう。」(P30)

 そして明治政府のより、新しい「意味づけ」と「近代化」した明治天皇制が「機軸」として大日本帝国憲法制定にて登場してきます。それは伊藤博文ら明治政府主要閣僚が、新政府成立間もない頃に、2年間も日本を留守にし、欧米諸国を歴訪し、史実を彼らなりに調べ、解釈し、作リ上げたものでした。

「こうして「我国ニ在テ機軸トスベキハ、独リ皇室アルノミ。是ヲ以テ此憲法草案ニ於テハ専ラ意ヲ此点ニ用ヒ君権ヲ尊重シテ成ルヘタ之ヲ束縛セサラン事ヲ勉メリ。

 草案ニ於テハ君権ヲ機軸トシ、偏ニ之ヲ毀損セサランコトヲ期シ、勇エ彼ノ欧州ノ主権分割ノ精神ニ拠ラス。固ヨリ欧州数国ノ制度ニ於テ君権民権共同スルト其揆ヲ異ニセリ。是起案ノ大綱トス。」(清水伸「帝国憲法制定会議」89P)

 「先の述べた「開国」の直接的結果として生じた、国家生活の秩序化と、ヨーロッパ思想の「無秩序」な流入との対照は、ここに至って、国家秩序の中核主体を同時に精神的機軸とする方向において収拾されることになった。

 新しい国家体制には、「将来如何の事変に遭遇するも・・上元首の位を保ち、決して主権の民衆に移らざるための政治的保障に加えて、ヨーロッパ文化千年にわたる「機軸」をなして来たキリスト教の精神的代用品をも兼ねると言う巨大な使命が託されたわけである。」(P30)

 つまり明治憲法では国家元首は天皇であり、権力の源泉であり、人民には西欧諸国のように分権はしない。同時に西洋諸国に強い影響力を行使してきたローマカトリック教会的な機能も明治以降の天皇制度に担わせました。

 国民は国家への抵抗権も有する西欧的な「市民」ではなく、国の機軸である天皇に無条件に服従する「臣民」として位置付けられました。

 天皇に政治的な権力も、国民の精神的な支柱も担わせました。西洋諸国は数百年の宗教戦争の教訓から「政教分離」を国家理念にしていますが、伊藤博文らは「利便性」だけで「輸入し」、政教分離には無関心だったように思います。

 急いで近代化し、欧米列強に対抗すべく、「尊王攘夷」で担ぎ上げた天皇を政治利用し、国民統制に使いました。戦前の日本社会の不幸が明治憲法制定当時から仕込まれていました。

2)「國體」における臣民の無限責任

  丸山真男氏は、さらにモデルとした西欧社会にはない「危険性」を精神面、社会面から鋭く分析しています。

「「國體」と呼ばれた非宗教的宗教がどのように魔術的な力をふるったかという痛切な感覚は、純粋な戦後の世代にはもはやないし、又その「魔術」にすっぽりはまってそのなかで「思想の自由」を享受していた古い世代にももともとない。

 しかしその魔術はけっして「思想問題」という抽象的な名称が日本の朝野を震撼した昭和以後に、いわんや日本ファシズムが狂暴化して以後に、突如として地下から呼び出されたのではなかった。

 日本のリベラリズムあるいは「大正デモクラッシー」の波が思想界に最高潮に達した時代においても、それは「限界状況」において直ちに恐るべき力を露わしたのである。」(P21)

「かつて東大で教鞭をとっていたE・レーデラーは、その著「日本ヨーロッパ」の中で在日中に見聞していてショックを受けた2つの事件を語っている。

 1つは大正12年末に起こった難波大助の摂政宮狙撃事件(虎ノ門事件)である。彼がショックを受けたのは、この狂熱主義者の行為そのものよりも、むしろ「その後に来るもの」であった。

 内閣は辞職し、警視総監から道すじの警固に当たった警官にいたる一連の「責任者」(とうていその凶行を防止得る位置にいなかったことを筆者は強調している)の系列が懲戒免官になっただけではない。

 犯人の父はただちに衆議院議員の職を辞し、門前に竹矢来を張って1歩も戸外に出ず、郷里の全村はあげて正月の祝いを廃して「喪」に入り、大助の卒業した小学校の校長ならびに彼のクラスを担当した訓導も、こうした不逞のの徒をかつて教育した責を負って辞職したのである。」(P32)

「このようなバク(?)として果てしない責任の負い方、それをむしろ当然とする無形の社会的圧力は、このドイツ人教授の眼には全く異様な光景として映ったようである。

 もう1つ、彼があげているのは(おそらく大震災の時のことであろう)。「御真影」を燃えさかる炎の中から取り出そうとして多くの学校長が命を失ったことである。「進歩的なサークルからはこのような危険な御真影は学校から遠ざけた方がといという提議が起こった。校長を焼死させるよりはむしろ写真を焼いた方がよいというようなことは全く問題にならなかった。」とレーデラーは誌している。

 日本の天皇制はたしかにツァーリズムほど権力に無慈悲ではなかったかもしれない。しかし西欧君主制はもとより、正統教会と結合した帝政ロシアにおいても、社会的責任のこのようなありかたは到底考えられなかったであろう。

 どちらがましかというのではない。ここに伏在する問題は近代日本の「精神」にも「機構」にも決して無縁ではなく、また例外的でないというのである。」(32(

 ずっと丸山真男しの記述をそのまま写しましたが、なんとも「おぞましい」怖さがありますね。物凄い「同調圧力」なんでしょう。西欧人にはまったく想定外の世界であったことでしょう。


3)「國體」の精神内面への浸透性

かくも恐ろしい「同調圧力」をもっていました。それも明治以降短時間にこしらえたものだけに、末恐ろしさを感じます。古代天皇制とも、中世・近世の天皇制とも異なっています。

 そのあたり丸山真男氏は的確に分析されています。

「しかもこれほど臣民の無限責任によって支えられた「國體」はイデオロギー的にはあの「固有信仰」以来の無限定的な抱擁性を継承していた。國體を特定の「学説」や「定義」で論理化することは、ただちにイデオロギー的に限定し、相対化する意味を持つからして、慎重に避けられた。」

「それは否定面においてはーつまりひとたび反國體として断ぜられた内外の敵に対してはーきわめて明確峻烈な権力体として作用するが、積極面は茫洋とした厚い雲層に幾重にも包まれ、容易にその核心を露わさない。

 治安維持法の「國體ヲ変革シ」という著名な第1条の規定においてはじめて國體は法律上の用語として登場し、したがって否応なくその「核心」を規定する必要が生じた。

 大審院の判例は、「万世一系ノ天皇君臨シ統治権ヲ総纜シ給フ」国柄、すなわち帝国憲法第1条第4条の規定をもってこれを「定義」(昭4・521判決)した。しかしいうまでもなく、國體はそうした散文的な規定につきるものではない。」

「過激社会運動取締法案が治安維持法及びその改正を経て、思想犯保護監察法へと「進化」していく過程は、まさに國體が、「思想」問題にたいして外部的行動の規制ー市民的法治国家の法の本質をこえて、精神的「機軸」としての無制限な内面的同質化の機能を露呈してゆく過程でもあった。」(P33)

 なんともおぞましいほどのすさまじい社会的な同調圧力体ではないか。安倍内閣閣僚や復古主義的な政治家が、「理想の国家像」という現実は、国民の基本的人権も言論の自由も、政治活動の自由も何もない「奴隷制国家」ではないのか。

 宗教的な背景は異なりますが、中世のイスラム社会を復元しようと言うイスラム国並みの極端な国家原理主義ではないかと思います。

「それは世界史的にも、国家権力が近代自由主義の前提であった内部と外部、私的自治と国家的機構の二元論をふみこえて、正統的イデオロギー経の「忠誠」を積極的に要請する傾向が露骨になりはじめた時期と一致していた。

 日本の「國體」はもともと徹底的に内なるものでもなければ、徹底的に外面的なものでもなかったので、、こうした「世界的」段階にそのまま適合した。

 日本の「全体主義」は権力的統合の面ではむしろ「抱擁主義」的で[翼賛体制の過程や経済体制を見よ)は、はなはだ非効率であったが、少なくもイデオロギー的同質化にはヒットラーを羨望させただけの「素地」は見えていた。ここでも超近代と前近代は見事に結合したのである。」(P34)

 結局この項目は、すべて丸山真男氏の記述項目をすべて書き写し、引用しました。納得がいくからでした。二次大戦中も降伏するしかありえない状況の中でも支配層の最大の関心事は「國體」の擁護と維持であり、国民の命と財産の保全など全く眼中になく、決断できない間に、全国の都市は空爆で焦土となり、沖縄で凄惨な地上戦が行われ、広島・長崎に原子爆弾が投下されました。

 国民各位に無限に責任を押し付ける「國體」の体制でしたが、支配層は極めて無責任・無能でありました。その原因を丸山真男氏は、西欧諸国の制度や国家と比較して明確に述べています。

4)天皇制における無責任の体系

「近世の認識論の構造と近代国家の政治構造との密接な関連はすでにE・カッシラーやC・シュミットなどによって思想史的に解明されているが、こうした関係は、類似した政治理念がそれぞれの国民によって個性的な組織化の様式をまとう点にも現れている。

 例えばヨーロッパにおいて大陸の合理主義が絶対君主による政治的集中(官僚制の形成)を前提とした法治国家(Rechtsstaat)の形成と相即しているとすれば、イギリスの経験論には地方自治の基盤の上に自主的集団の論理として培養された「法の支配」(rule of law)の伝統が照応している。

 同じ儒教の自然法思想が中国の場合には規範的・契約的性格が比較的つよく現れ、日本ではむしろ権威(恩情)と報恩の契機が表面に出るのも、たんに学者の解釈の差ではなく、封建制あるいは家産的官僚制の内面に浸透してその現実的な作用連関を構成している「精神」なのである。」

「「天下は、天下の天下なり」と言う幕藩制に内在した「民政」観念が幕末尊攘思想において「天下は1人の天下なり」という一君万民理念に転換したことが、維新の絶対王政的集中の思想的準備になったにもかかわらず、こうして出現した明治絶対主義は、当初から中江兆民によって「多頭一身の怪物」と評されたような多元的政治構造に悩まねばならなかった。

 これもむろん直後には維新の革命勢力が、激派公卿と西南雄藩出身の「新官僚」との連立のまま、ついに一元化に組織化されなかった社会的事情の継続であるが、そこにも世界認識を合理的に整除せずに「道」を多元的に併存させる思想的「伝統」との関連を見いだすに難くない。」

 明治政府時代が、岩倉具視らの公卿衆と薩摩・長州の出身者の連立政権でしたが、実に危うい統治形態でした。維新の三傑(西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允)の死後、かつて吉田松陰に「斡旋屋に向いている」と呼ばれた伊藤博文と、「棒のような男」と言われた山形有朋が「元老」として権勢を振るったことも影響は大きかったと思いますね。

「明治憲法において、「ほとんど他の諸国の憲法には類例をみない」大権中心主義(美濃部達吉の言葉)や皇室自律主義をとりながら、というよりも、まさにそれゆえに、元老・重臣など超憲法的存在の媒介によらないでは国家意思が一元化されないような体制がつくられたことも、決断主体(責任の帰属)を明確化することを避け、「もちつもたれつ」の曖昧な行為連関(神輿担ぎに象徴される!)を好む行動形式が作用している。

 つまるところ、統治の唯一の正統性の源泉である天皇の意思を推しはかると同時に天皇への助言を通じてその意思に具体内容を与えることにほかならない。さきに述べた無限責任のきびしい倫理は、このメカニズムにおいては巨大な無責任への転落の可能性をつねに内包している。」(P39)

 国民各位には無限の国への忠誠心を強いるのに、統治する支配層が分裂し、統治能力が不足していて「無能」であったいうことなんでしょう。次に丸山真男氏は明治憲法体制の問題点を指摘しています。

5)明治憲法体制における最終的判定権の問題

大日本帝国憲法の「設計者」の思惑と狙いを以下の文章で丸山真男氏は的確に述べています。

「政治構造の内部において主体的決断の登場が極力回避される反面、さきの伊藤の言に表されているように、この「一大器械」に外から始動を与える主体を絶対的に明確にし、憲法制定権力について、いささかの紛議の余地を亡くしたのが、天皇制の製作者たちの苦心の存するところであった。

 明治憲法が欽定憲法でなければならぬ所似は、けっして単に憲法制定までの手続きの問題ではなく、君権を機軸とする全国家機構の活動を今後に渡って規定する不動の建前であったのである。

 この「近代」国家において憲法制定権力の所在が誰にあるかという問題は、これ以後もはや学問的にも実際的にも「問われる」余地がなかった。」(P39)

 個人の自由や、市民自治の概念が帝国憲法には殆ど盛り込まれていない。国民は「臣民」として、ひたすら天皇大権に奉仕する存在であるからです。

「しかしながらこの憲法によって、「保護」された良心と思想の自由は,「國體」が自在に内面性に浸透した人民を「保護監察」しうる精神としての側面を持つ限り、容認の範囲の問題であってもついには原理的な保障ではありえないのである。(中略)・・

 ただ多くの民権論者にも、いわんや伊藤にも等しく欠けていたのは、私的=日常的な自由を権力の侵害から防衛するためにこそ全権力体系の正当性を判定する根拠を国民自らの手に確保しなければならないという発想だった。」(P42)
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 例えば、日本国憲法では明確に「基本的人権の保障」を定めています。

第十一条

「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」

 大日本帝国憲法は、こうした明確な規定はないと丸山真男氏は言っています。「臣民」の義務ばかりの強調。条文ではあえてしてはいないでしょうが、社会の「雰囲気」や「同調圧力」は現代社会では全く考えられない力があったと思われます。

 権力の源泉が国民ではなく、天皇であるから、1人1人の国民の基本的人権の保障が限定的であり、国が個人の人権を守る形にはなってはいませんね。

6)「権利の上のねむる者」

 国民の基本的人権をきちんと認めた日本国憲法ですが、次の12条には、読むとこう書かれています。

第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 丸山真男氏は、厳しいことを書かれています。 借金もお金を貸した方が請求しないと「民法では時効」があり、請求権が無効になるという事例を説明しています。その後にこの文章が続いています。

「国民はいまや主権者になった。しかし主権者であることに安住して、その権利の行使を怠っていると、ある朝めざめてみると、もはや主権者ではなくなっているといった事態が起こるぞ」という警告になっているわけです。

 これは大げさな威嚇でもなければ教科書風の空疎な説教でもありません。それこそナポレオン3世のクーデターからヒットラーの権力掌握に至るまで、最近100年の西欧民主主義の血塗られた道程がさし示している歴史的教訓にほかならないのです。」(P155)

 なんとも今の日本の社会風土を分析して言われているようではありませんか。またこうも言われています。

「アメリカの社会学者が「自由を祝福することはやさしい。それに比べて自由を擁護することは困難である。しかし自由を擁護することと比べて、自由を市民が日々行使することはさらに困難である」といっておりますが、ここにも基本的に同じ発想があるのです。」

「私たちの社会が自由だ自由だといって、自由であることを祝福している間に、いつの間にかその自由の実質はカラッポになっていないとも限らない。自由は置物のようにそこにあるのではなく、現実の行使によってだけ守られる、。いいかえれば日々自由になろうとすることによって、はじめて自由でありうるということなのです。」

「その意味では近代社会の自由とか権利とか言うものは、どうやら生活の惰性を好む者、毎日の生活さえ何とか安全に過ごせたら、物事の判断などはひとにあずけてもいいと思っている人、あるいはアームチェアから立ち上がるよりもそれに深々と寄りかかっていたいと言う気性の持主などにとっては、はなはだ持って荷厄介なしろ物だといえましょう。」(P156)

 日本国民は代議民主制度の選挙への投票率がとても低い。若い人にすれば投票率が3割以下と言う場合もあります。まさに「権利の上で惰眠をむさぼぼっています」

 そしてよく考えることもなく国民の基本的人権。個人の自由を保障した日本国憲法を「制定して70年も経過し、時代にあっていないので改憲すべき」という意見に多くの国民が自分で深く検討せずに「なんとなく」賛成してしまう傾向がありますね。

 とても危険です。体制側が憲法改正に反対を主張する人たちを「サヨク」だとか、「変わり者」「少数派」だとの猛烈なキャンパーンを硬軟両方で執拗に毎日していますね。それに「騙される」人も多いと思います。

 ネットの無料配信のニュースの多くは憲法改正論者の産経新聞系ですから。SNSやネットの論調も圧倒的に「憲法改正論者」の主張が目立ちます。きっと莫大なお金を安倍内閣は電通などを使って毎日日にち広報宣伝をしていると思います。良く事情が分かっていない人たちが右派的な主張をネット上で吐いているんでしょう。

 今回丸山真男氏の「日本の思想」をテキストに、読書ノートを作成してみました。日本会議の主張である「日本国憲法を廃止して、大日本帝国憲法を復活させる」という企ては、いかに国民の基本的人権を無視したものであることが良く理解できました。

 日本の歴史の近代化で、西欧1000年の歴史と伝統に「急ごしらえの明治天皇制度」で追いつき、追い越そうとしましたが、所詮は矛盾が出て破綻しました。特に支配階級の無責任さ、無能さには呆れるばかりです。

 臣民(国民)に無限に忠誠と服従を強要するのに、支配階級は無責任極まりない存在でしかなかった現実が大日本帝国の実態でした。今更亡霊のように復活してほしくはありません。

 今一度足元の地域社会から社会全体を俯瞰し、民主主義国家・日本を市井の市民の立場で再生すべきではないかとわたしは思います。

 日本国憲法の改正論が、大震災やテロでの混乱収拾を名目に「緊急事態要項」として政府側から提案されようとしています。日々自宅まわりの地域防災に関わる市井の市民とすれば、「国の役目も重要ではあるが、後方支援として重要なんです。市民と基礎自治体の信頼感と協働で地域防災活動は展開されるべきです。」と私は思います。地域の事は地域住民と基礎自治体の職員が1番わかっているからです。

 「粗雑な緊急事態要項」なるもので、南海トラフ巨大地震の抑止や復興の主体になるものではなく、民意を無視した国家権力の暴走に繋がるのではないかと懸念しています。「民意を無視せず地域住民と一緒になって地区防災計画をつくる」ということで、内閣府は平成215年災害対策基本法を改正し、「地区防災計画」制度をこしらえました。

 国家官僚も事態をきちんと理解されている人がいます。防災対策1つでも国が「上から目線で」地域防災を仕切り、陣頭指揮が出来る筈がありません。地域住民と基礎自治体で、地区防系計画を作り上げ、国が後方支援をきちんとやることこそが大事なことなんです。

 「災害大国日本」では、地域住民と基礎自治体の協働で、各地で地区防災計画が策定され、国はきちんと後方支援することこそが、一番肝要なんです。「国民の命と財産を守る」ことが、政府や基礎自治体の行政の役目です。

 戦前の帝国憲法では、そのあたりの概念が弱く、支配階級の無責任さ、無能さを助長してしましました。ですので、日本国憲法を廃棄し、帝国憲法を復元するというのは」、国民生活のためにはなりません。

日本会議についてもレポート本を読みました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-a851.html

 個人の基本的人権が無視されるようでは、日本国が日本国でなくなりますから。

 

 

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2016.12.03

「日本会議の研究」を読んで


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 「日本会議の研究」(菅野完・著・扶養桑社・2016年刊)を読みました。安倍内閣の政治姿勢に大きな影響力を発揮していると言う「日本会議」。その実態は不明であり正直不気味な存在であると感じていました。

 日本会議 ウィキペディア

 菅野完氏と言う1974年生まれの42歳の若い執筆者の真摯な調査活動により、実態が判明いたしました。「日本会議」は政府・自民党に強い影響力を今や持っており、著者は「市民運動が嘲笑の対象にさえなった80年代以降の日本で、めげずに、愚直に、地道に、そして極めて民主的な市民運動の王道を歩んできた「一群の人々」によって、日本の民主主義は殺されるだろう」と記述しています。

 筆者は1年間「日本会議」を調査するために毎日図書館に通い。古書を漁り、人に会い続け調査ノートを作成し、資料を集め取材を続けてこられました。2015年に作業を続けておられたそうですが。「安保法制の国会審議」を横目に見ながらの作業でしたが、何故メディア各社や学者が、今や日本社会に大きな影響力を有している「日本会議」を研究しないのか、調査しないのか常に憤りを持っていたそうです。

「速報性と正確性が何よりも必要とされる大手メディアの仕事の範疇ではないのだ。調査・報告はやはり新聞やテレビ以外の仕事だ。また学問の範疇でもないだろう。学問の対象とするには生々しすぎる。

 テレビ・報道がカバーをするには歴史が長すぎ、学問の対象とするには歴史が短すぎる。そういう間(はざま)に「日本会議」は存在している。(P296)

 現実の日本社会に大きな影響力を与えているにも関わらず、正確な実態がそういった事情でわからず不気味でしたが、菅野氏の渾身のレポートでその正体がようやくわかりました。

 日本会議が目指ものは、6項目あるようです。

1・美しい伝統の国柄を明日の日本へ

2・新しい時代にふさわしい新憲法を

3・国の名誉と国民の命を守る政治を

4・日本の感性をはぐくむ教育の創造を

5・国の安全を高め世界への平和貢献を

6・共生共栄の心でむすぶ世界との友好を

 という美辞麗句で,記述されておりよくわかりません。筆者の「解説」は下記にありますが、読んでも曖昧であり、めざすべき彼らの言う「あるべき日本の姿」は今1つわかりません。

「(1)皇室を中心と仰ぎ均質な社会を創造すべきではあるが、(2)昭和憲法がその阻害要因になっているために改憲したうえで昭和憲法の副産物である行き過ぎた家族観や権利の主張を抑え、(3)靖国神社参拝等で、国家の名誉を最優先とする政治を遂行し、(4)国家の名誉を担う人材を育成する教育を実施し、(5)国防力を高めたうえで自衛隊の積極的な海外活動を行い、(6)もって各国との共存共栄をはかる」(P23)です。

「キーワード的には「皇室中心」「改憲」「靖国参拝」「愛国教育」「自衛隊海外派遣」といったものでしかなく、「日本会議が目指すもの」に示された内容の思想性や政治性に目新しいさは一切ない。」(P24)が実態のようです。

 内容が陳腐で新規性のないものであったとしても「いまや日本会議は、閣僚の8割以上を支える一大勢力である。現実に、彼等は「なんら新奇性のない古臭い主張を」確実に政策化し、実現化している。」(P24)

 わたしは戦前の思想家大川周明に注目していました。かれは米英諸国の「片手に民主主義」「片手に帝国主義」のダブル・スタンダードを厳しく批判し、英米帝国主義からアジア人民を解放するために日本帝国の役目はある。と主張し、現実に語学学校をこしらえ、塾生を東南アジア各国に派遣(フィリピン・ビルマ・インドネシア・マレーシア・ベトナムなど)し、現地の民族解放運動を担う指導者層に食い込んでいました。

「大川周明 アジア独立への夢」を読んで

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-892d.html

 日本会議に大川周明のような、大きな思想はありません。ありませんが何故時の政治権力者に影響力を与えることができたのでしょうか?その検証にこの著作は役だっています。

 「思想による影響力」というよりも、活動方法は「手順を踏んだ民主的な地道な市民運動の手法を執拗に全国展開でやり続行けている」ことではないでしょうか。

「日本会議の特徴は、個別目標の相応した分科会的な別働団体を多数擁している点にある。
 例えば改憲と言う目標。この目標を達成するため、日本会議では冒頭で紹介した「美しい日本の憲法をつくる国民の会](通称1000万人ネットワーク)をはじめとし、「新憲法研究会」や「21世紀の日本と憲法有識者懇談会](通称・民間憲法臨調)など複数の別働団体を擁している。
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 これら各種別働団体は、特段、日本会議であることは名乗らないものの、日本会議系団体であることを隠しもしない。あくまで別働部隊として、個別にシンポジウムを開催したり署名活動を行ったり、街頭演説を行ったりと実に様々なチャンネルで自分たちの主張を繰り返している。」

「また、活発な地方活動も特徴の1つだ。日本会議自体が「日本会議地方議員連盟」なる組織を擁しているのみならず、個別別働団体が、それぞれの地方組織を持っており、それら地方組織が地方議員を支え各自治体の議会での影響力を行使している。」
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 中略

「中央に置いて、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」を通じ、1000万人の改憲賛成署名を集めることを目標として活動する一方、地方の活動にも抜かりはない。

 日本会議はその地方支部を通じ、あるいは別働団体の地方支部や地方協力団体を通じ、地方議会の議員に働きかけ、次々と早期実現を求める地方議会決議」を行った地方議会は、25府県議会・39市区町村議会にのぼる。」(P26)

 2014年2月の石川県議会で最初に採択されその後、熊本、千葉、愛媛と採択された居ます。高知県議会でも採択されていました。最初の事例となった石川県議会の意見書は、日本会議の案文しのまま。自民党本部から各都道府県支部に、石川県議会に続けと言う通達がされ、2014年から15年かけて意見書採択の動きが広まったようです。

 教科書採択運動やや男女共同参画反対運動などの活発な市民運動を繰り返し、民主主義的な手法を屈指し、改憲運動を全国展開しています。

 地方議会への請願は、地域防災の観点からしたことはあります。各会派を巡回し、主旨を説明し、委員会審議にかけて採決していただくもの。書類の作成や各会派訪問など手間暇のかかることです。

 日本会議は全国規模で、地方議会への請願という民主主義的な地道な方法で執拗に継続し、改憲運動を「草の根」で展開していることがよくわかりました。

 また筆者によれば、その運動のルーツは1969年の長崎大学での民族派学生によるバリケード封鎖解除、学園正常化闘争に起因しているとか。学生自治会も支配し、成功体験をこしらえたとのこと。それ以後47年間地道な民主的な手法で、改憲運動をやり続けてきたようです。

 多くの新左翼党派や運動が1969年をピークに解体し、分裂し、内ゲバで抗争し続け消滅、今や市民層に何らの影響力を持たない体たらくとは対照的に長崎大学のたった1つの成功体験を保持し、半世紀にわたり地道に改憲運動を執拗に民主的なやりかたで継続している日本会議のやりかたに驚きました。

 安藤巌氏と言う表に出ない優秀な組織工作者の存在が大きいのでしょう。

 「むすびにかえて」で菅野完氏はこう述べています。

「事実を積み重ねて行けば、自ずと、日本会議の小ささ、弱さが目に付くようになった。活動資金が潤沢なわけでも、財界に強力なスポンサーがいるわけでもないほんの一握りの人々が有象無象の集団を束ね上げているに過ぎない。」

  中略

「しかしながら、その規模と影響力を維持してきた人々の長年の熱意は、特筆に値するだろう。本書で振り返った、70年安保の時代に淵源を持つ、安藤巌、椛島有三、衛藤晟一、百地章、高橋史朗、伊藤哲夫といった「一群の人々」はあの時代から休むことなく運動を続け、様々な挫折や失敗を乗り越えて、今安倍政権をささえながら、悲願達成に王手をかけた。

 この間、かれらはどんな左翼・リベラル勢力よりも煩雑にデモを行い、勉強会を開催し、陳情活動を行い、署名活動をしてきた。かれらこそ市民運動が嘲笑の対象とさえなった80年代以降の日本において、めげずに愚直に市民運動の王道を歩んできた人々だ。

 その地道な市民活動が、今「改憲」と言う結実を迎えようとしている。彼らが奉じる改憲プランは。「緊急事態条項」しかり、「家族保護条項」しかり、おおよそ近代的とも呼べる代物ではない。むしろ本音には「明治憲法復元」を隠した、古色蒼然たるものだ。しかし彼らの手法は間違いなく民主的だ。」

「私には、日本の現状は、民主主義にしっぺ返しを食わされているように見える。
やったって意味がない。そんなの子供のやることだ。学生じゃあるまいし・・・。と日本の社会が寄ってたかってさんざん馬鹿にし、嘲笑し、足蹴にしてきた、デモ、陳情、署名、抗議集会、勉強会といった「民主的な市民運動」をやり続けていたのは、極めて非民主的な思想を持つ人々だったのだ。

 そして大方の「民主的な市民運動」に対する認識に反し、その運動は確実に効果を生み、安倍政権を支えるまでに成長し、国憲を改変するまでの勢力になった。このままいけば「民主的な市民運動」は日本の民主主義を殺すだろう。なんたる皮肉。これでは悲喜劇ではないか。」

 筆者はにもかかわらず希望をすてないようにしようと言っています。

「だがもし、民主主義を殺すものがが「民主的な市民運動」であるならば、民主主義を生かすのも「民主主義の市民運動」であるはずだ。そこに希望を見いだすほかはない。賢明な市民が連帯し、かれらの運動に習い、地道に活動すれば、民主主義は守れる。」(P298)

 とても複雑な気持ちになりました。1969年というわたしとほぼ同時代に社会活動をはじめた人たちが、その後も執拗に自分たちの運動を継続し、国政に影響力まで持つようになりました。

 わたしといえば1976年以来社会運動はしていません。「連合赤軍と新自由主義の総括」がここ数年来の私のテーマでした、日本会議の連中は「明治憲法の復活」という懐古思想で彼らなりの回答を社会に主張していました。

 ほぼその思想はかつての生長の家の考え方の踏襲であると思います。中学時代に生長の家の幹部の人に冊子を送っていただき読んでいましたからよくわかります。精読はしましたが、共感することは全くありませんした。

 復古調の荒唐無稽な考え方が。日本国政に大きな影響力をもっていることに危機感を覚えます。かといって今の制約だらけのわたしには何もなす事ができません。それがとてももどかしい。

 推薦図書の1つです。

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2016.09.06

平成の「治安維持法」が準備されています。


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 「共謀罪」は廃案になりましたが、安倍内閣は「テロ準備罪法」なる「平成の・治安維持法」を9月の臨時国会に提出するとの記事が、朝日新聞2016年8月26日号1面に掲載されていました。

 あんまり猛暑が続くので、当日あたりは見出しを見過ごしていました。朝日新聞の1面に掲載されていたのに。

 戦前の治安維持法は、言論・結社の自由を極端に制約しました。特高警察と言う政治思想を専門に取り締まり、拷問する秘密警察もつくられました。日本国を無謀な世界大戦に巻き込み、国民を塗炭の苦しみに導いた悪法でした。

 テロ対策を名目に、また平成の治安維持法である「テロ等準備罪」が登場しようとしています。国民を分断し、暗黒日本国をつくらせることには反対します。

 現行法ではなにが不足しているのか。何ゆえに国民生活を束縛する法律を政府は性急につくろうとするのか。災害対策や地元での地域防災活動を全く無視する「緊急事態法」といい、日本国は民主主義国を放棄し、全体主義国家になりつつあります。

 全体主義国家に日本国が変質すれば、災害にも緊急事態にも全く対応できない危機管理の崩壊した国に成り下がることでしょう。

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2016.07.19

東京都知事選有力候補者について


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 2016年7月14日から東京都知事選挙が始まりました。このところ3回続けて任期をまっとうしない知事が続きました。今度こそどなたが都知事になられても4年間の任期はまっとうしていただきたいです。投票日は31日です。

 21人が立候補したらしいのですが、その中でも鳥越俊太郎氏、増田寛也氏、小池ゆり子氏の3人が有力候補のようです。3人の候補者の第1声を動画チャンネルで見ました。以下無責任で身勝手な見解です。

1)鳥越俊太郎氏(76歳)

 ひょろひょろした印象がありましたが、スピーチは悪くはない。「私は皆さんの意見を聞く耳をもっています。」と言う言葉が印象的。現在76歳で4年後の東京五輪時には80歳。癌を克服した強い意志は感じます。具体的な政策などは今一つ。
 野党連合が成立した功績は大きい。メディア出身なので、情報もあり、プレゼンも下手ではない。組織力もありますね。浮動票もとれるでしょう。

2)増田寛也氏(64歳)

 官僚出身者ですが43歳で岩手県知事に。当時「がんばらない宣言・岩手」というコピーを提唱されていました。地方分権にも官僚出身者ではとても熱心。総務大臣時代には東京都の税収の1部を国が吸い上げ、地方に交付する荒行もやっています。
 今回の選挙は自民・公明両党が三顧の礼で迎えた候補者です。徹底した組織選挙をするでしょうから。浮動票はあきらめている様子。

3)小池ゆりこ(63歳)

 米国のヒラリー大統領候補、英国のメイ首相にあやかるつもりでしょうか。わざわざ自民党都議団に喧嘩を売り、メディアに報道させるなど空中戦は得意。TV業界にもいたので、プレゼンテーションは上手い。短い言葉で印象に残る言葉が短時間で話す能力がある。
 完全に浮動票頼り。組織票はないが本人は勝算あるともくろんでいる。
 当選しても都議会自民党との関係修復が難しそうである。

 まさに3すくみ状態。有権者にすれば参議院選挙で自民党が勝ち過ぎたので、野党を支持しようと言うばねが働くのかどうか?保守系支持者が増田氏と小池氏のどちらを支持するのかもみものです。

増田さんは組織力。小池さんは浮動票。鳥越さんは組織力+浮動票ですが、今回のプレゼンを聞く限り浮動票の多くは同情票も含め小池さんに行くのではないかと思います。

 自民党はガチで内ゲバをしているようにも見えますが、組織の引き締めが出来るし、浮動票の掘り起こしも出来る。要は小池さんが当選しても、増田さんが当選してもOKなんですよ。目的は野党連合つぶしですからね。まだまだ同床異夢の野党連合の足並みを崩せば儲けもの。そういう目論見がみえます。

 小池さんが勝てば、都議会の「強硬派」を処分して、あっという間に和解するでしょう。野党連合つぶしの功労者ですから。増田さんが勝てば、小池さんをお休みさせて都政運営は順調にいくでしょう。なにより危機感で組織が引き締まる効果がありますから。自民党は権力政党ですので、そのあたりの柔軟性(ある意味いい加減)はあります。

 となると鳥越さんは強力な組織と浮動票を相手に戦わないといけません。組織票では自民・公明連合にやや劣ります。頼りは浮動票ですが、プレゼンでは小池さんが上手です。後はシールズ他の応援団がどれだけ浮動票を掘り起こせるのか。それで勝敗は決まりますね。


 野党支持者は生真面目な人たちが多く、些細な違いでいつまでも争う体質がありますね。旧左翼も新左翼も権力に矛先が向かわず、同じ陣営内での争うばかりが得意ですから。憲法改正[改悪)が現実のものとして迫り、本当の統一戦線が今後も構築できるのか。死ぬ気でやらないと負けますね。沖縄の実例を参考にして謙虚に真摯に懸命にやれば、勝機もあるでしょう。なんとなくで運動に広がりがなければ惨敗しますね。


 現時点では誰が勝つのか予想出来ませんね。イベントとしては他人事だけに面白いとは思います。でも国の命運をかけた都知事選挙ですので注目です。

首都圏直下型地震も迫る東京です。対策が不十分で首都機能がマヒするようでは日本国は危ないです。今回の選挙は大事であり、動向に地方の田舎者は注目しています。

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2016.07.18

参議院選挙の結果に想う


 各種メディアは「改憲勢力・衆参で3分の2を突破」と表現しまくっています。こうなると日本国憲法のお蔭で70年間平和が保たれ「1人の自衛官も戦闘で死ぬことなく、自衛官が他国軍人を1人も殺さなかった」ことに終止符が打たれてしまう可能性が高くなりました。

 本当にそうなんでしょうか。「改憲勢力」といいましても様々。自民党が野党時代に作成した「憲法改正草案」で行くのかと言えば、それはそうはならないと思う。与党である自民党と公明党は考え方が憲法に関して完全には一致していません。維新の会とやらも自民党案とは異なる見解があるようです。

 安倍晋三首相が1番変えたい「憲法9条」は、今でも野党各派や国民各層には廃止しすることに強い抵抗感があります。仮に国会決議で「9条廃止の国民投票」を行ったら、廃止反対が国民の多数を占めると思いますね。英国のEU離脱のような小さな問題ではないでしょう。政権は吹っ飛びますね。
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 今上天皇陛下は護憲と平和主義を言われ、実践されています。

 昭和天皇は二次大戦で連合国から「戦犯」とされ、戦争犯罪人として告発され、処刑される可能性が高かった。知日派のGHQの最高司令官マッカーサーは、天皇を利用し、シンボルにすることで、政治的権力から隔離し、日本古来の「象徴天皇」ということにしました。

 でもそれではソ連や英国の他の連合国は納得しない。それで幣原首相が「戦争放棄」の提案、つまりは「憲法9条」の提案があり、マッカーサー将軍は「それはいいね」と賛同し、結果昭和天皇は戦犯として連合国に告発されず処刑を免れました。

 もし昭和天皇があの時点で戦犯として処刑されていれば、日本国民の何人かは執拗なテロ行為を進駐軍に行い、治安は安定しなかったと思います。

 日本国憲法では、第1条は「天皇」の記述があり、第9条に「戦争放棄」が記述されています。そいうことは、第1条の「象徴天皇」と第9条の「戦争放棄」は、繋がり、リンクしています。それを改憲しようと息巻く人たちは、よく歴史を見つめてほしい。明らかに1条と9条はセットになっています。

 もっと言えば、当時の日本の政治家の多くは天皇を守るために、9条を入れることに賛同したと思いますよ。

 つまり敗戦後の日本国は「天皇は政治体制から隔離され関与できない。しかし象徴として国民統合のシンボル的な存在となる。ただしそれは戦争を放棄した平和国家であることを世界に宣言したから世界が天皇の存続を認めました。

 今上天皇・皇后両陛下は、皇太子時代から平和慰霊の旅を続けておられます。平成天皇として即位されても、サンパンやパラオなど先の大戦の激戦地を訪問され、戦没者を国籍に関係なく慰霊されておられます。

 おそらく中国各地や韓国やロシアのシベリアなども慰霊の旅をしたいと思っていると思います。残念ながら最近の近隣国との関係悪化にともない実現は困難になりつつあります。

 日本国憲法を慈しみ、護憲を本気で思っておられるのは今上天皇・皇后両陛下であると思います。そのお気持ちを「ないがしろ」にしているのは、執拗に憲法改正を言い立てる安倍晋三首相その人であると思います。

 現在の天皇誕生日に、わざわざGHQは戦犯7人を処刑しました。

 12月23日に巣鴨拘置所に拘置されていた東条英機らの7人のA級戦犯は、処刑されました。その翌日A級戦犯岸信介氏は、保釈されました。多額の工作資金をアメリカから供与されて。これは歴史の事実です。岸氏は安倍晋三氏の祖父です。

 敗戦後のスタートから、岸信介氏はアメリカの意向で動いていた政治家であります。孫である安倍晋三氏が「前のめり」になり、アメリカへの従属路線をますます押し進め、有志連合(アメリカ・イギリスなど)の一員として海外の紛争地域に自衛隊を派兵し、戦闘行為を激化させる可能性が高くなりました。

 そうなると日本国内も米英同様にテロが頻発する可能性が高くなるでしょう。テロもまた「新たな災害」1つです。

 今や日本国は地震や噴火が頻発する活動期にはいったのではないでしょうか?その対策や対応に精一杯なのが現実です。そのうえに新たに「戦争」や「テロ」といった災害を日本国に引き込まないでいただきたいです。

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2016.07.10

参議院選挙の投票に行きました。


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 2016年7月10日は、参議院選挙の投票日。投票所である下知コミュニティ・センターへ行きました。いつもは図書館と公民館施設として利用しています。会議で利用されることの多い多目的室が、高知市第52投票所に変身しています。

3人の警備員の人達が配置されていました。投票者の車の誘導です。下知コミュニティ・センターには3台分の駐車場しかありません。今日は道を隔てた場所に9台分の駐車スペースを確保しています。

 選挙管理員会の職員や、臨時の雇用者や、地元の投票立会人の日当など結構経費がかかっていますね。13から4人の人達がいましたから。

 投票開始の7時前から投票所前の椅子に座り待ちました。10人ぐらいが待っていました。わたしらずれの年寄りが多いですね。投票所の責任者である選挙管理委員会の人が、正確に時報を計り、午前7時に「ただいまから52投票所を開所します。」と宣言し、投票所が開けられました。
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 持参した投票入場券と選挙人名簿が受付で照合され、名簿の方に私の名前に「済」の判子が押されます。次の受付で地方区の投票用紙が渡されます。投票が済みますと引換券と交換して比例区の投票用紙が渡されます。

 最近では恒例ですが、投票箱を開けていただき空であることを確認させていただきました。厳重に鍵がかけられます。まずは選挙区の投票箱を確認。
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続いて比例区の投票箱が空であることも確認しました。
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 先に選挙区を投票。引換券が渡され、投票後比例区を投票します。比例区は政党の立候補者の名前を書くようになっています、字が小さくたくさんの人の名雨があるので大変でした。

 なんだか52投票所出足がいいようです。
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 高知市では午後8時半から開票作業が行われるとか。夜半には当選者が判明します。

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2016.07.06

スピリッツは日本国憲法特集でした


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 コミック雑誌「スピリッツ」(小学館・刊)の32号を買いました。テーマは「漫画誌初の永久保存版 特別付録日本国憲法全文」です。画期的でユニークな取り組みです。
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 確かに安倍晋三を支持する「改憲勢力」勢力が衆参の国会議員の議席の3分の2以上を占有すると、日本国憲法が改正[改悪)される可能性が現実化します。それでいいのか、悪いのか。この漫画雑誌は「日本国憲法」と正面から向き合っています。
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 連載漫画家たちも、イラストを寄稿し、協賛しています。きちんとした解説もあります。日本国憲法第25条「国民は健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」という生存権を取り上げ解説しています。
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 「基本的人権の尊重」「国民主権」「平和主義」は日本国憲法の3大基本原理です。自民党案の改正憲法案では、基本的人権、国民主権を弱め、国の権限を強めています。、あた平和主義を完全に破棄し、他国での戦闘行為へも自衛隊の派兵を促しています。
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 このあたりの記述もさりげなく明確に書かれています。昨年はビックコミック。・オリジナルが「戦後70年特集」をやりました。水木茂しげるさんも寄稿されていました。
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 基本的人権と国民主権が制約され、平和主義が破棄された社会では、まっさきに弾圧されるのは漫画雑誌です。編集者の「心意気」を感じました。
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