都市再開発

2017.10.13

高蔵寺ニュータウンをひたすら歩きました


 最近「人生フルーツ」という津端修一・英子夫妻の自然体の姿が多くの人達に感銘を与えました。実はわたしは高知青年会議所に在籍していた25年前に、NHKの斉藤ディレクターさんにお願いして高知へ招聘していただきました。高知の都市の在り方を考えるという「都市再開発セミナー」でした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-0a83.html
(ブログ 人生フルーツを見て)

 2017年10月7日。早朝から始動し高蔵寺ニュータウンへ行きました。津端さんの住所も何も知りません。行けば現地に誰か知っている人が居る筈だ。そう思いこみ行きました。
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 高蔵寺駅からは離れていてバスでいかないと駄目であることを知りました。また大規模団地でありいくつも区画がわかれていて、小学校だけで複数あるようです。
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 バスの運転手さんに聞きましたがわからないとの答え。ただスマホで検索していただき、1番最初に開発された場所をバスがとうるからと言われ、乗り込みました。中央団地前で降りました。
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 雨がどんどん降って来ます。団地は坂道だらけ。丘陵を切り開き開発したことがわかります。いたるところに公園があり、雑木林が残っています。
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 歩いていた年配者に聞きましたが、誰ひとり知りません。団地が出来た頃入居したと言うご婦人にも聞きましたがわからないとの事でした。
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 栗の木があったようで、クリが無造作に落ちていました。

 雨の中2時間近く歩きましたが手がかりはありません。いい森林浴ができました。ここからだと名古屋の中心街まで電車で30分と言うところです。

 昔伊勢湾台風で大きな被害をだした名古屋市。高台移転の意義もある宅地開発事業でした。西欧の建築やビオトープの知識のある津端修一さんでしたが、高度成長時代はその理想はじつげんされることはなくありきたりの団地になってしまったようです。

 でもここを開発された意味は理解することは出来ました。

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2017.06.09

「人生フルーツを見て」(その2)

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 2017年6月2日(金曜日)に高知県立美術館ホールで3回上映された「人生フルーツ」という90歳と87歳の老夫婦の日常生活を記録した映画でした。自主上映会の映画としては異例の高知市での来場者でした。

 フード関係の人達がスタッフとしても多数関わり、来場していた人たちもその関係者・知り合いの人達が多かったように思いました。その点私なんかは当日は「浮いた」存在でした。

 25年前の津端修一さんに会いました

 1990年から92年まで所属していた高知青年会議所で3年間「都市再開発セミナー」を企画し、連続セミナーを運営していました。1990年に高知市は「高知市総合計画」を公表し、増大する都市住民の各種要望に対応する都市づくりを目指していました。

 また当時はバブル経済の真っ盛りでした。全国各地で都市再開発事業が展開されていました。首都圏では横浜のみなとみらい21や、千葉の幕張新都心構想、東京ベイエリア構想や、福岡のシーザイドももちなどでした。

 1987年・88年・89年と3年連続でアメリカ旅行の機会があり、当時有名な米国の都市再開発された都市(サンフランシスコ・サンジェイゴ・NY・ボルティモア・セントルイスなどを訪問する機会がありました。

「高知市における都市再開発を考える」というテーマで、自分たちと同世代の高知市役所若手職員たちと議論し、講師の選定や企画を立てていました。

 趣味のヨットの関係で、夜須町のマリンタウン計画にも関わり、米国西海岸や東海岸を安岡正博さんの案内で視察することが出来ました。その「成果物」がヤッシー・パークであり、YASU海の駅クラブです。

 マイタウン・高知市も快適で面白い都市にしようと無い知恵をしぼって懸命に当時としては勉強しました。1991年にNHK高知放送局がマリンタウン計画を取り上げた生番組@どうなるマリンタウン計画」があり、わたしは出演しました。

 その時知り合いになった斉藤プロジューサーが都市再開発セミナーの講師としてご紹介していただいた人が津端修一(当時は三重大学客員教授)さんでした。当時の私には全く知らない人でした。無知でしたね。
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 25年ぶりに改めて調べてみますといくつかの住宅団地の設計に関わっておられるし、愛知県の大規模宅地開発である高蔵寺ニュータウン計画のマスタープランの立案者でもありました。

 映画でもありましたが、当時の日本社会は効率優先で津端さんの計画である「丘陵地を活用し、風の抜ける道や公園や丘陵を団地内に造成する計画はなおざりにされました。

 「ドイツの都市計画では、風水の都市づくりをやっているよ。都市の中に風の道や水の道をつくるようになっている。」と以前福井照さん(元建設相官僚・現衆議院議員)から聞いたことがありました。
 
 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/912-4eea.html

 「あるべき都市の姿について」(2008年)

 福井照さんは若手官僚時代に、環境都市で有名なドイツのフライブルグに1年間留学されていたそうですので、自然体で「風水の都市づくり」が発想できるのですね。

 津端修一さんも欧米の都市の再開発や建築のありかたのついての勉強を随分されておられたと思います。またご自身がヨットでの帆走が好きで毎年2週間ぐらい奥さんや家族ととセーリングをされておられました。自然と人間は共存しなければいけないという発想が自然体に出来た人なんでしょう。

 今になって「地球温暖化対策だ」「排出ガス規制をしろ」とか机上論がやかましいですが、津端修一さんのマスタープラン通りに高蔵寺ニュータウンが完成しておれば、夏場でもエアコンがさほど必要ない快適な生活を住民は送れたと思います。

 効率優先の都市再開発から弾きだされた津端修一さんは、奥さんと2人で高蔵寺ニュータウン内に300坪の土地を購入し、樹木を植樹し、畑をこしらえミニ里山状態を50年かけて作り上げました。野菜や果物はかなり自給していたようですね。レジャーとしてやる農業は面白いに決まってますから。

 さて私の住む高知市下知地域。海抜0メートル地帯に約1・6万人が住んでいます。映画では高蔵寺ニュータウンは、伊勢湾台風で壊滅的な被害を受けた名古屋市の低地の市街地の高台移転と言う側面もあったとのことでした。

 今年3年目を迎える「下知地区防災計画」。行政の支援は最終年度です。「事前復興まちづくり計画」をそろそろ来年あたり議論し、再来年に検討まちづくり協議会を下知地区でこしらえたいと思っています。

 あらためて津端修一さんに相談してみたかったですね。残念なことに2年前に急逝されました。ご葬儀は自宅に国際信号旗が掲揚されていました。自然体の人でした。

 やはり無理をしない自然体の仲良し夫婦のありようが人気を呼んだのでしょうか?私も津端修一さんを見習い家内にはもっとやさしくしないといけないでしょうね。

 90歳と87歳の老夫婦の健康な生活ぶりには驚くばかりでした。うちも97歳の父と91歳の母と同居しています。在宅介護ケアを私ら夫婦はしています。2人とも元気は元気ですが、津端夫妻のようにあれほどの元気さはありません。

 つらつらと映画の感想をとりとめもなく書いてみました。

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2017.06.07

[人生フルーツ」を家内と鑑賞しました。


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 2017年6月2日(金)は夕方7時までに県立美術館ホールへ家内と一緒に行かないといけないので、早めに両親に夕食を取っていただき、薬も飲んで母(91歳)のオムツも変えて寝室へ誘導しないといけないですから。

 さて予想以上に来場者がいましたね。超高齢者夫婦の日常の生活を取材したドキュメント映画が何故人気なのか?
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午後6時半過ぎに車で行きましたので、駐車場が隣の下水処理場の近くでした。ホールも満杯。中庭も満杯状態でした。大西みちるさんに入り口で会いました。松田雅子さんも文旦ブースを出しておられました。主催者の田辺高英さんが上映前にステージで挨拶されていました。

以前も書きましたが、わたしは25年前に津端修一さんに1度だけお会いしたことがあります。おそらく多くの来場者や関係者でもお会いしたことのある人は少ないと思いますね。

 http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-324c.html

 その時のお話を25年ぶりに思い出しました。
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「高知県は産業基盤が弱く所得も低い。経済格差があり、暴力団も暗躍している。共産党も根強い。なんかイタリアと似てますよ。」

「イタリヤも経済は駄目だ駄目だと言われているが、実は市民は案外豊かに暮らしているイタリヤは日本のような学歴社会ではない。15歳で職人になり30歳ぐらいで親方になる。量産する製品ではなく、家具や革製品や靴や宝飾品などは高値で売れる。」

「国はつぶれかけていても、国民各位は元気で案外豊かに暮らしているのがイタリアですよ。高知はイタリアに似ているんで、東京を目ざすのではなく、イタリアを目指すべきだ。」といわれました。

 ヨットが趣味で、わたしも下手の横好きですので、講演後の懇親会ではセーリングの話ばかりしていたようです。後日ニューカレドニアでの島めぐりセーリングのお誘いを受けたこともありました。当時は子育て真っ最中でしたので、行けませんでした。行けば人生観が変わっていたでしょう。

 「人生フルーツ」の感想です。

 家内の感想。「本当に仲良しの夫婦ですね。奥さんの料理の上手な事。お菓子もなんでもかんでもつくるんで凄い。」

 私の感想。「孤高な建築家であり、都市計画家。チームプレーが苦手な人。。着想が凄い。マスタープランを実現できる土壌が日本に津端さんが現役時代はなかった。それで300坪の土地を自分が手掛けた高蔵寺ニュータウン内に購入。ささやかな里山を50年かけてこしらえましたね。

 でも最晩年に、九州伊万里の精神病院の建築に活かされたので良かったと思いました。

 ばたばたで駆けつけ、ばたばたで帰りましたので会場風景の写真はありません。関連写真を(以前も投稿しましたが)貼り付けました。

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2017.05.28

津端修一さんについて

 超高齢者の両親(父97歳・母91歳)の健康状態が現在安定しています。それでようやくようやく2017年6月2日(金)に高知県立美術館ホール中庭で上映されます「人生フルーツ」という津端修一さんご夫妻を描いたドキュメンタリー映画を家内と一緒に観賞できることが出来るめどが立ちました。
 
 当日は美術館中庭での上映とか。スローライフの人生を全うした津端さんということで、食材販売のカフェなどが複数出店されるようですね。「文旦好きがこうじて」(の著者である松田雅子さんも今年最後の文旦で出店なさるようです。

 高名な建築家であり都市計画家であった津端修一さんですが、奥様を大事にされ、筋金入りスローライフな生活を実践された人です。FBでの知り合いの人の多く(高知在住の)が上映会に来られるようです。久しぶりに会える人もいるかもしれませんね。

 実は1992年に津端修一さんは高知市へ来てくれていました

 今から25年前の1992年に津端修一さんは高知へ来られ、講演をしていただきました。題目は「自由時間政策からみたこれからの都市再開発」でした。当時は三重大学地域共同研究センター客員教授という肩書でした。年齢は67歳ぐらいでした。

 当時私は高知青年会議所と言う団体に所属していまして、1990年から3年間「都市再開発セミナー」という連続セミナーを開催し、講演内容を「快適都市」という冊子にまとめることをしていました。

 津端修一さんについては、わたしは建築業界の人間ではないので全然当時知りませんでした。知り合いのNHK高知放送局の斉藤ディレクターが懇意にされていたというので、連絡していただき都市再開発セミナーで講演していただきました。

 今でも覚えていますが、津端さんは高知についてこういわれました。

「高知県は産業基盤が弱く所得も低い。経済格差があり、暴力団も暗躍している。共産党も根強い。なんかイタリアと似てますよ。

 イタリヤも経済は駄目だ駄目だと言われているが、実は市民は案外豊かに暮らしているイタリヤは日本のような学歴社会ではない。15歳で職人になり30歳ぐらいで親方になる。量産する製品ではなく、家具や革製品や靴や宝飾品などは高値で売れる。」

「それも生産者が直接・バイヤーに売る仕組みをこしらえているから、職人の手取りもいい。それを推進しているのが旧イタリヤ共産党。」

「イタリヤでは国民の家賃は政策で低く抑えられている。国民は2軒家を持っている人が居て、1軒を外国人に貸します。これは髙い家賃で貸せます。家賃が自分の給与より高いなんてこともある。」

「職人同士で融通し合い高値取引をするので、生活は優雅。家も貸して家賃収入もある。それでイタリアの市民は1カ月くらいの休暇も取れるようです。スモール・ファミリー・ビズネスが世界と取引しているんですよ。」と言われました。

 津端さんの発言は講演会で言われたのか、後のスタッフとの懇親会の時言われたのか25年も前の事ですから定かではありません。国はつぶれかけていても、国民各位は元気で案外豊かに暮らしているのがイタリアですよ。高知はイタリアに似ているんで、東京を目ざすのではなく、イタリアを目指すべきといわれました。

 「ヨーロッパは自由主義社会だが、公共が中心になって進める社会システムづくりに熱心だった。「快適都市」と言うのは、アクティブなシニアを育てられる社会システムを持つ都市環境、というのがヨーロッパ的な合意。

 あえて都市開発と言えば、社会的公平を目標にした社会システムをつくる開発だと考えている。

 毎日の平凡な暮らしにあらためてこだわって見ると、知らない間に豊かな生活ストックができてくる。それが大事だとしみじみと考えさせられた。

 まず、みなさんの身近なところから現代の都市づくり、快適環境を確かめることだ。やがては、1人1人の豊かな暮らしが高知をを変えていくだろう。

 高知県、高知市は、その僻地性のゆえに独自の構想力を持っているのだから」(快適都市3・1992年高知青年会議所・刊)

 当時1度しかお会いして話をしませんでしたが、25年も経過して覚えていますから強烈な印象を与えてくれたひとでした。

 半年ぐらいしてから自宅に津端修一さんから電話がありました。

「西村君 今度ニューカレドニアに一緒に行こう。カタマラン型の双頭ヨットで島々をクルージングするツアーがあるよ。料理はフランス人シェフが作る。ウィンドサーフィンも載せていくので楽しいセーリングが出来るから。」

 津端修一さんは趣味の1つがヨットでのセーリングでした。講演後の懇談では私も趣味が「海の散帆」ですので、セーリングの話ばかりしていたからです。当時はまだ長男は小学生であり、下の娘は保育園で、子育て真っ最中でした。行きたいがいけない立場でした。

 せっかくの優雅なセーリングのお誘いでしたが、泣く泣くお断りしました。後日ツアーへ行かれた津端さんから電話があり「良かったよ」と。そういう生活に今でも憧れはしますね。

 津端修一さんは大正14年生まれでした。母と同学年です。2年前に90歳でご逝去されたと。健康的な生活をなさっているんので100歳までは生きると思っていたので、ご逝去はとても残念です。
 
 そんな映画が興味心身です、当時のことを少しでも想い出すことができるのでしょうか?楽しみです。

また津端修一さんの「市民自治」を念頭においた都市づくりのありかたは、下知地区防災計画・事前復興まちづくり計画のなかで必要な視点ですから。

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2017.05.23

災害大国日本には原発は稼働させてはいけない


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 2017年5月22日付けの高知新聞の記事は、あらためて原子力発電所が災害大国日本で稼働することの危険性を思い起こされました。島村秀紀氏(武蔵野学院大学特任教授)の主張です。

「原発に天変地異のリスク」

「静穏期への過信は危険」
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 島村氏はこう言われています。

「地震も同じだ。6400人以上が亡くなった1995年の阪神大震災までほぼ半世紀の間、250人を超える犠牲者を生んだ地震はひとつもなかった。

 つまり、たまたま地震や火山活動の静穏期が続いていた間に、日本は高度成長を成し遂げ、多くの原発を林立させたのである。

 理由は分かっていないが、この静穏期が一時的なものであることは確かだ。長い目で見ると、今までこそが日本列島にとって異常だったのである。日本史上、あるいは地質学上に分かっているそれ以前の時代を見ても、日本が大地震や大噴火に襲われたことが普通だった。」

「地球物理学者から見ると、日本列島では、大地震も火山の大噴火も「あって当たり前」のことだ。日本はたまたまその状態を未来永劫に続くものだと思い込んで静穏期を享受してきた。この思い込みはあまりに危険である。」

 東日本大震災で壊滅した福島第一原子力発電所の廃炉作業がまだまだ長期にわたつことは明白。危険性を除去できないでいます。にもかかわらず国策で原子力発電所を次々と再稼働させています。実に危険であると私も思います。

 国防上の理由からも、原子力発電の存在は大きなリスクになります。通常兵器で完全に破壊できるからです。戦時でなくても大地震や大噴火で各地の原発は「ただちに」危険な状態になります。

 イデオロギーの左右に関わらず、原発は災害大国日本には不要なものです。直ちに国策で廃炉にすべきです。

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2017.05.03

5月3日の高知市の元・中心商店街


 午後から父を介護予防通所リハビリ施設の送迎車に送り出し、家内と2人で県立文学館での「没後20年司馬遼太郎展」を見るために徒歩で出掛けました。

 途中のはりまや橋商店街ではショックでした。それこそわたしが学生時代からあった老舗喫茶店の十字路が、4月30日を持って閉店していました。張り紙が入口にされており、シャッターも閉まっていました。近くのお蕎麦屋の十一屋も同じ日に閉店していました。老舗が廃業するのは寂しい。
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 家内がX-POINTでのコンサートへ五月六日に行くので、現地の確認にいきました。その間はりまや橋にある「南国土佐を後にして」の歌碑があります。ペギー葉山さんもつい最近ご逝去されました。高知の大恩人の逝去も寂しい。
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 チケットはDUKEで購入することになりました。MONKEY MAJIKとかのライブが五月六日(土曜日)の午後四時過ぎからあるので、両親のケアはその日はわたしの担当になりました。地域活動や海の散帆で外出時には家内が両親のケアをしていただいています。息抜きも必要でしょうから。
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途中中央公園ではなにやらイベントが。ローカル3社のテレビ局の共同事業で集客イベントをしていました。アーケード商店街は人出が多く驚きました。「自転車」で走行する馬鹿がいませんでした。自転車降りて押しています。
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 すると大音響でチアガールの中高生の女子と女子ブラスバンドの集団が行進していました。これもイベントの関係らしい。商店街の中にある鰹料理の飲食店は大行列でした。ひろめ市場も大混雑のようでした。
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 久しぶりに高知市の元・中心商店街(今は大嫌いなイオン・モールが高知市の中心商店街ですから)は賑わっていましたね。でも京町・はりまや橋商店街は「いつもの静寂」で、シャッターが下りている店舗が目立ちました。

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2017.04.17

浮体構造物(浮体式人工地盤)が下知を救う


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 2017年4月10日。開花が遅れていた高知市堀川両岸の桜が満開となりました。当日は雨の予報でしたので曇り空の下早朝に鏡川大橋から、九反田、菜園場の大鋸橋から農人町、南宝永町とぐるりと散策しました。

 二葉町の堀川水門より上流の堀川は、県港湾当局によって浮桟橋がつくられ、たくさんのプレジャー・ボートや遊漁船が係留されています。浮桟橋と、プレジャーボート、水面と両岸の桜並木、周囲の建物が程よく調和しています。
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 その浮桟橋の理屈が低地(海抜0メートル)で海に隣接し、自然高台が皆無の高知市下知地域住民を救うと思う。つまりは「浮体式人工地盤」であります。
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 普段は公園などに「ふだんづかい」。一たび南海地震が起こり地域で避難が必要なときは、素早く人工地盤の公園へ水平移動で逃げ込みます。低地の地域が浸水し始めますと、「浮体式人工地盤」は浮き上がります。その上に避難した下知の住民は全員無事です。
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 実例はありません。しかし浮体構造物の高密度発泡体は既に開発されています。また「地球と握手する」インプラント工法も、堀川の耐震護岸工事で現在工事が進行しています。両者の技術を融合すれば、低地の下知全体を浮体式人工地盤にすることは可能であると思います。
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 「そんな前例はない」という社会的なバリヤーが実現を阻んでいるようです。現実に「浮桟橋」はあります。「浮体式人工地盤」をこしらえれば、下知

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2017.03.22

「快適都市」はコンパクト・シティそのもの


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 2017年3月11日(土曜日)の「コミュニティ計画推進市民会議」に初めて出席しておりました。その席上に懐かしい人達に再開し、昔話をしました。

 FBでも交流のある漁師明さんと、元高知短期大学教授の福田善乙さん、市役所の山地さんでした。わたしが27年前の高知青年会議所時代にこしらえた「快適都市」という概念と、小冊子(1990年から92年にかけて都市再開発セミナーを展開、3冊冊子を発刊しました)

 当時は記録媒体がWEBが今の時代のように普遍化していませんでした。紙媒体の小冊子にこだわり作成したものでした。

 現在高知市の「まちづくり」は、知るうるだけで4つのまちづくり計画が、ばらばらに相互連携されず、生真面目に真摯に行われています。

1)地域コミュニティ推進課の
「コミュ二ィティ計画」があります。

2)福祉の関係のまちづくり(福祉関係部署と社会福祉協議会。

「私たちが市と一体的に立てた地域福祉活動推進計画の中でうたっている「誰もが安心して暮らせる支えあいのあるまちづくり」


3)コンパクト・シティ計画(都市計画課)

 都市機能の「立地適正化計画」がある。

4)下知地区防災計画(事前復興まちづくり計画)地域防災推進課と下知地域住民との協働。

 それぞれが秀作の活動をしていますが、ばらばらです。一緒にやれないものでしょうか。

 そんなとき「快適都市」をこしらえた時代を思いだし、3人で昔話をしていました。

「27年も経過しているが、「快適都市」で言われていたことは古びてはいない。今こそやるべきであはないか。」

「高知青年会議所に当時期待していたが、その後は継承される動きはなかったのが残念ですね。」とか言われました。

 当時はバブリーな時代でしたが、アメリカの都市再開発の概念を学んでいました。徹底した市民参加と情報公開の原則。それだけは今でも覚えています。
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 (NYのサウスストリート・シーポート・1988年)

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(ボルティモア・イナハーバー1988年)
 どんな地域計画づくりの場合も「計画策定段階からの市民の参加」は保証され、」市民自治や市民の自主管理まで到達しないと本物ではないと思うからです。

 住民の合意形成を無視した行政側のごり押しによる復興事業などは、まちとコミュニティの破壊活動以外なにものでもありませんから。

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2017.02.09

活力低下著しい高知市中心街


 先日高知市の中心市街地であるはりまや橋付近。堀詰付近、中の橋付近、高知城前付近を車の視点ではなく、歩行者の視点で見て驚きました。
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1)かつて満杯状態、「高知のウォール街」とも揶揄されていた大衆金融業者がひしめいていた雑居ビルがガラガラ状態になっています。
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2)電車通り(国道32号線沿い)の交通の便が良く、中心繁華街にも高知駅にも近い利便性があるにもかかわらず、建っているビルに入居している企業が少なくなっています。

3)少し建築年数が経過したビルは、1件も借り手がいない。それが複数存在しています。
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4)生命保険や損保保険の支社のビルも空室が目立ちます。


5)最近行ったことはありませんが、追手筋や柳町などの飲食店街の雑居ビルも空室が目立っています。

6)東京新宿などは、古いビルでも空き室が見当たりません。

 高知市のような地方都市は疲弊しています。毎年5000人から7000人が減少している高知県。高知市中心市街地の疲弊ぶりを改めて見て、ショックを受けました。

 地方都市の意気込みをどこかで示していただきたい。しかし聞こえてくるのは「露店での酒飲み大会」や、「幕末・維新の相も変らぬイベント」しか聞こえません。ますますこんなことでは高知県は衰退の一途であると身に沁みました。

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2016.04.11

高知市下知メガフロート(浮体人工地盤)構想を実現したい。

  現在高知市下知地域の海岸部と、河川堤防は、耐震護岸工事は、技研製作所が開発された、「インプラント工法」にて施工されています。

 インプラント工法  https://www.kochi-seizou.jp/attention/?hdnKey=596&lang=jp

 「地球と握手する」という画期的なインプラント工法による堤防工事によって、地震や津波で堤防が崩壊する危険性は格段に低くなりました。それは喜ばしいことです。

 しかしながら「南海地震が起きれば地盤が最大2M沈下する」と言われている下知地区。現在の0メートル地帯が、マイナス2M地区になりますので、浸水被害(海水による)は免れません。高知県土木部の説明では、「堤防が耐震化したので、排水はかなり短期間で可能になった。」と自画自賛していますが、現在のところ何日で浸水が解消するのかめどはたっていません。

 落ち着いて考えればわかりますが、2Mも家屋が海水に浸水したままでいますと、家屋は全壊と同じです。鉄筋・鉄骨の建物でも将来鉄部は腐食するでしょう。地下に埋まっている水道などの復旧はかなり先になるので、浸水地区の市民各位は家屋の片づけすら出来ません。

 堀川の浮桟橋とインプラント・ポッド工法はコラボできないものでしょうか?

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 この浮き桟橋は周囲はコンクリートや緩衝材で巻かれていますが、中身は高密度の発砲樹脂だそうです。つまり水に浮きます。潮の干満で浮桟橋は上下しますが、支柱によって取り付けられていて、外れて漂流することはありません。

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 但し、この支柱は、鉄製のパイプの中にコンクリートを流し込み、周りを硬質ゴムで巻いた構造。経年劣化で錆が来ています。よく見るとそれがわかります。

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 技研製作所の考案された「インプラント・ボット工法」は、支柱を地中深く打ち込み、津波・浸水で逃げ遅れた人の救済を想定されて開発されたようです。

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 この工法と、耐震堤防や護岸づくりに活用されているインプラント建設工法と、浮体構造物組み合わせで、下知地区全体が「メガフロート=浮体構造物地区」になれば、下知地区は安心・安全地区になり変わります。
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 地域全体を盛り土をし、かさ上げするのには莫大な経費と5年以上の時間がかかります。到底無理です。であるならば、以前小谷鉄穂さんとJSPやマリンフロントさんたちが考案いただいた「浮体構造物」を、人工地盤として市街地全体に施工すればいいのではないかと私は思います。

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 画像は普段は公園施設として普段使いしている場所が、浸水時に避難場所になるという逆転の発想です。それをより大きく考えて、下知地域の市街地全体が人工地盤になり、浮体構造物になればいいのではないか。とわたしは思います。

 技研製作所の技術とJSPの技術がコラボすれば実現は不可能ではありません。盛り土をせず、高密度発砲樹脂を地中に埋め込み、周りをインプラン工法で固めれば可能ではないでしょうか。

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