社会思想問題

2018.08.15

連合赤軍と新自由主義の総括(その1)

 この数年来、個人的な「こだわり」から、大風呂敷を広げ「連合赤軍と新自由主義の総括」と言う題目で自分なりに精一杯考えていました。私自身はその時代「渦中」にいたわけではありません。田舎居住の小市民にすぎない私は、高校生時代から連合赤軍と新自由主義の影響を常に受け続けて来ました。

 「多様性を圧殺する組織は、右も左も大嫌いです。」

 連合赤軍と新自由主義に共通していますのは、「一元的な価値観ですべてを解釈し、人々を統制下において支配し、多様性を認めない世界観を持っている。」ことです。

 偏狭で狭小な「革命史観」ですべてを解釈し説明することなど到底不可能。連合赤軍は、ロシア革命のカリスマ独裁者レーニンの「民主集中制」という組織原理から派生しているだけに、構成員は逆らうことが出来ず、仲間の殺害と絶望的な武装闘争に加担し破滅してしまいました。当時一時的に興隆した新左翼系の社会運動も道連れにして滅亡してしまいました。連合赤軍事件前後の新左翼党派間の「内ゲバ」抗争も重なり、絶望感もあり、国民各位が政治に対して失望感を抱きました。以来「政治のしらけ」「社会運動の停滞」が日本社会に続いています。

 いい加減で強権的な自民党安倍政権が長期に継続している大きな要因は、対抗する野党を含めきちんとした社会勢力が現れないし、国民の支持を集められないところにありますね。

 一方の新自由主義は、「自由奔放な経済の発展」を表向けにしていますが、実態は多様性を否定する独占資本主義の擁護に過ぎません。ある意味「社会の多様性」を保証する([棲み分け)を促すための規制が諸悪の根源と攻撃し、「規制緩和」を叫んで、独占資本の闊歩と横暴さを社会に蔓延させるだけの粗悪な経済原理でした。規制緩和でイオンが店舗を展開しますと地域社会に根付いていた地方の商店街は壊滅しましたから。

 
 偏った世界観や価値観を社会全体に強要し、人々の多様性を全否定する考え方とは決別しないと世界は発展しません。右であれ、左であれ、価値観の強要と、独裁主義は大嫌いです。

 「世界的な排外主義・差別許容の風潮を憂う。」

 多様性を否定する自国優位主義、民族優位主義、差別主義の台頭が最近世界各地で目立つ。日本でも「復古主義」で排他的な自民党安倍晋三政権の長期支配が継続している。「偏狭な復古主義的な世界観で、すべてを推し量り支配しようという強引さ」が目立つ。

 偏狭で排他的が故に、結果世界中を敵にまわし、多大な犠牲を自国民にも近隣諸国にも強いて無残に破たんした大日本帝国。その「破綻した国」に戻ろうとして憲法改正を叫ぶ理屈は、理解不可能です。排外主義と独善主義、差別主義が混じっている「復古主義」に政権政党の自民党が支配されていることが怖いです。

 安部晋三政権の政権運営は、「日本人の本来持っている謙虚で真摯で、生真面目で、多様な価値観を許容する伝統を全否定する。」ことばかりしている。先の大戦の戦没者の供養と敵味方なく行っている今上天皇陛下の平和主義、護憲主義を無視した不敬な発言を安倍政権は行い続けています。

 今年は大阪北部地震や、ほどなく起きた西日本豪雨の災害が起きました。従来災害襲来地とされなかった地域での災害。国民は誰も「災害では死にたくない。」と思います。「国民が死なないようにする。」「死なせないことをすることが政治」の本質であると私は思います。しかし現在の日本国の国政は、その理念で行われてはいません。

 偏狭な復古主義的価値観に支配されている安倍政権は、国民の想いからは、遠く離れた場所で、「勝手なことばかり」しているように見えますね。「お友達優遇政治」「身内だけのえこひいき政治」が目立ち、公共性のかけらも感じません。そのくせ、実に排他的、独善的な差別主義が露骨。「1日も早くj多様性を認めない安倍晋三自民党政権を終焉させましょう。

 多様性を進める国や組織が成功を収める。そう確信したのは、経済学者の野口悠紀夫氏の著作「世界史を創ったビジネスモデル」を読んだからでいた。

 ローマ帝国は、多様性を認める寛容さで500年間広大な領土を維持できました。

 以前書いた「読書感想文」から引用します。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-c460.html
(世界史をつくったビジネスモデル)を讀んで

 戦前の日本帝国と対照的なやりかたで世界帝国を建設し、しかも500年間存続させた古代ローマ帝国を事例として野口悠紀夫氏独自の視点で分析しています。

「ローマ帝国は成功した。それは、分権化した国家機構、小さな官僚機構、自由な経済活動、平和、強力な軍などの条件による。」

「ナチスドイツが寛容政策を取っていれば、第2次大戦の結末は違うものになっただろう。ソ連が市場経済制度を導入していれば、集権下に伴う問題を回避できただろう。

 野口悠紀夫氏は日本の現実をこう指摘しています。

「今の日本では、分権的な機能が機能しておらず、官僚機構が肥大化している。国全体も地域も企業も、異質のものを排除し同じ仲間だけで集まろうとする。

 古いビジネスモデルに固執して、新しい技術の導入を怠っている。異常な金融緩和政策で財政支出をまかない、企業は国の介入に依存するようになってきている。これらはきわめて深刻な兆候だ。しかも無視ないしは、軽視されている。

 日本は歴史に学ぶことができるのだろうか?」(P443)


「ナチスは人種的偏見のためにユダヤ人科学者を失った。これは、ローマ帝国がその末期に、ローマを守るゲルマン人を人種的偏見から排斥したのとそっくりだ。だから失敗すると予測できる。」

「ソ連の全体主義計画経済は、ディオクレティヌス帝以降のローマ帝国と殆ど同じ構造である。したがって、ローマ帝国のような崩壊の道を辿るだろうと予測できる。」

「中世のイタリアでは、都市国家が発展した。近代のヨーロッパも国家が分立していたからこそ進歩した。ところがEUはそうしたヨーロッパの歴史と異質のものである。

 EUはローマ帝国と同じだと思っている人が多いが全く異質だ。したがって、いずれ失敗すると予測できる。イギリスのEU離脱は、EUが終わりに向かう過程の始まりだろう。」

「ドナルド・トランプ米大統領は、自由な貿易を否定し、伝統的な製造業をアメリカに復活させることによって、失業した労働者に職を与えようとしている。そして移民や外国人労働者に対して非寛容な政策をとろうとしている。

 こうした政策が失敗するのは、火を見るより明らかだ。このような政策がアメリカを強くするなど、決してない。それは確実にアメリカの産業力を弱めるだろう。

 トランプ大統領の政策は、控えめにいっても時代錯誤の復古主義だが、国のビジネスモデルの基本から見ても明らかに誤りだ。

 建国以来のアメリカは、古代ローマの再建を目指し、そのビジネスモデルを意識的に模倣した。その理念は「異質性の尊重と寛容」だ。バラク・オバマ大統領が退任演説で強調したとうりである。」

「IBMがサービス事業に転換し、アップルが水平分業を実現し、グーグルがインターネット時代のビジネスモデルを構築した後の世界において、モノを作ることに固執するのは無意味である。

 シャープが失敗するだろうことは、かなりの確度をもって予測できた。これはビジネスモデル選択の問題であり、よく指摘されているような人事をめぐる内紛の問題ではなかったのだ。」(P447)

「予測の自己実現効果で社会が進歩する。」

 引用箇所が多いですが、この本の「エキス」であると思いますので、そのまま引用します。

「歴史の知識は、勝ち馬に乗ろうとする個人を助けるだけではないことだ。それは社会全体に利益を与える。何故なら多くの人々が歴史法則を知れば、成功すると予測されるビジネスモデルに対する支持が強まり、実際に成功するからである。」

「たとえば、ある会社が、歴史法則から見て成功するだろうと考えられるなら、優秀な人が集まる。そして、会社は実際に成功するだろう。予測は自己実現するのだ。これは「オイディプス効果」とか「マタイ効果」とよばれるものだ。歴史法則も自己実現するのである。」

「成功するだろうと歴史法則によって評価されるビジネスモデルは「正しい」モデルだ。
それが、偶然の些細な条件によって挫折してしまうという事態を避けることができ、本来成功すべきビジネスモデルが実際に成功できれば、社会は進歩する。」

「ナチスのドイツから逃げたユダヤ人の科学者たちは、アメリカが成功すると考えてアメリカに来た。そして、彼らの寄与により、アメリカの科学技術が実際に発展した。

 IT革命も同じだ。これはアメリカ人が実現したと言うよりは、シリコンバレーに来た外国人、とくにインド人や中国人が実現したのである。これらはアメリカのビジネスモデルが成功するだろうと言う予測が自己実現した例だ。」

「インターネット時代になって歴史のデータを引き出すのが容易になったので、歴史法則の自己実現効果は強まった。それを巧みに利用できる企業や国家の成長が加速化することになる。」

「ところで、歴史と言う集団記憶を維持できるのは、人類だけである。恐竜は遺伝子を通じて身体の機能や形態を進化させた。そして環境に適応して繁栄し続けた。しかし、集団的な記憶を持っていたのは遺伝子であり、歴史ではなかった。人類だけが歴史を用いて進化することができるのだ。

 ナチスドイツやソ連のような国家は、これからは現れないと思う。ただし、それは人々が歴史を知っている場合の事だ。北朝鮮のように歪められた歴史が教えられている国では、抑止効果は働かない。

 歴史に対する誠実さを欠く社会は、進歩から見放された社会だ。」(P446)

 日本人は多様なものを許容し、共存していくことを得意としているように思います。

 12月にクリスマスをお祝いし、大晦日に除夜の鐘をきいて、元旦に神社へ初詣する。結婚式は牧師や神官を雇い、葬式は仏教式で大半は行います。宗教的には「いい加減」と言われるが、寛容さというべきでしょう。ローマ帝国も数10万の神がいました。キリスト教がローマ帝国の国教になり多様性が失われ、帝国は滅びました。

 卑近な例を言えば「自分の話は聞いてもらいたい。」が「他人の話は聞きたくない」人が以前より多くなったんではないかと思いますね。

 SNSも盛んですが、ネット社会という者は、いつのまにか「自分と似たような境遇、似たような考え方、同世代の人達の偏りのある交流に過ぎないところがあります。「易きに流れますと」交流を広げるためのSNSが、「狭い範囲」での付き合いに終わる事例になってしまいます。

 「連合赤軍」や「新自由主義」のダメなところは、「一元的な価値観で人々を支配しようとする偏狭なコミュニティ社会」であるとことです。異論を認め、多様性を認めた社会をこしらえていくことは、「言うは易し」であり、実現はとても難しい。

 沖縄の辺野古基地反対運動も、原発の反対運動にしても、政権側からどうしても絶対的な少数派に「押し込まれて」しまいます。とても辛い事であると思います。でも「傍観している」多くの人達は、実は支援したい人達が多くいるのかもしれません。

 孤立状態が長く、押し込められている時間が長いと気持ちに余裕がなくなり、手助けしない周りの人達を「なぜ一緒に戦わないのか!!」となじったり、攻撃したりします。左翼一般が総じてそうでした。だから多数派になることが出来なかったのです。

 些細なことで対立し、時には暴力的な抗争までしました。「小異を捨てて大同に付く」ことも時に必要。いつでも「少数派」で、いつも「負けている」ことばかりでは、精神的に冷静さを保つことは難しい。

 難しいけれども、いつか連携することを信じて、異論を聞き、対話をして握手をしましょう。握手するにもとげがある手では出来ませんから。

 

 

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2018.06.04

天安門時間から29年目です

1986年に初めての海外旅行が中国の北京周辺でした。

天安門広場で記念撮影し、人民大会堂で食事会をしました。革命広場を散策しました。(写真です。髪の毛が黒いです。32年前ですね。)

tenanmon

 3年後多数の市民や学生が集まっている革命広場に、あろうことか人民解放軍が発砲し、戦車が突っ込んでいる映像を見て驚愕しました。

 1972年の連合赤軍事件と1989年の天安門事件によって進行していた毛沢東思想は崩壊しました。

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2018.05.27

書くことが「自由」な発想を獲得するための手段だ

 父が愛読していた「週刊現代」。父が亡くなった後も、私が購読しています。理由は談合記者クラブに所属していない「野良犬メディア」であること。発行者が講談社であるので、初老の人向けの「少年マガジン」であると思います。

 週刊現代6月2日号の佐藤優氏のコラム「名著。再び」P116の文面には感心しました。表題は「書くことの鍛錬こそが複雑な現代社会で 自由になるための方法だ」です。
書評であり「小論文書き方と考え方」(大堀精一・著・講談社2018年刊)を評論しています。いくつか引用してみます。

「この本が優れているのは、小論文の対象を拡散させずに、大学入試1本に絞り込んだことだ。大学入試の小論文では、高度な専門知識は必要とされないが、高校の教科書レベルの知識を総合し、表現する能力が問われているからだ。

 これはビジネスパーソンで必要とされる能力とかさなるところが大きい。」(P116)

「皆さんはそれぞれに心の中で思っていることがありますよね。でもそれを人の前で抵抗感なく言える人はいますか。尋ねられて目をおよかせたり、うつむき加減になったり、生真面目な表情になったりする生徒たち。でもそれは自然な反応なのだ。

 思っていることを抵抗なく言えると胸を張れる人などほとんどいない。自分が思うことと、それを口に出すことはイコールでもないし、連続もしていないのだ。

  (中略)
 
 もちろん、それを人にうまく伝えられたほうがいいけれど、感動が深い程、表すのは難しいというのはよくあることだ。「筆舌に尽くしがたい」という言葉もある。」(P117)

 書くことの意味合いを明確に以下のように定義しています。

「思ったことをうまく口に出せないという「感じ」が本書の始まりだった。その違和感から出発して「書く」ことは論理的思考を呼び寄せ、その思考こそが「書く」にふさわしい言葉、普遍性のある言葉を探し当てる。

 その先で私たちが出合うのは自分の世界がひとまわり広くて多様なものになっていく感じだ。その「感じ」の事を、私たちは「自由」と言う言葉で呼ぶ。

 違和感から出発して「書く」ことの先で私たちが出あうのは。この「自由」なのである。」(P117)

 私などは、毎日「だらだら」と雑文を書いては、FBやブログに「投稿」しています。社会の出来事や、日々流されている毎日の生活記録や、地域活動の記録を書いているの過ぎません。今日の出来事を今日書いておかないと、明日はまた別の出来事があるので、忘れてしまうので。ひたすら書いています。私には佐藤氏が記述いるような、「書くことで思索する」などの高尚なことはありません。記録の意味合いが強いです。最大の読者は自分であり、あの時こんな出来事があったんだと、振り返りの時役立つ程度です。

 IT時代、情報化社会である現代社会では「書く」ことがとても大事であると言います。

「言語の指示機能とは、生活の上で他人との交通の必要性がうまれたために使われる機能を指している。グローバル化とIT化が進み、生産過程が高度に複雑化していく現代社会において、そこで使われている言葉は「機能化と能率化の度合いを益々深めていく」。

 その一方で語彙は多様化しながら、それぞれに「単一の明晰さを求められる。」私たちの使う言葉は曖昧さが許されず、同調圧力は高まって、「じぶんがこころの奥底にもっている思いは、とうてい言葉であらわせないという感じはつよくなっていく。」のである。」

「現代は、たくさんの言葉が行き交っているように見えながら、じつは「みんなもそう言っている」と思える範囲の事しか語りえないような、息苦しさにとらわれた時代なのだ。」

「同調圧力の強い時代に内心の自由を確保するためには書く作業が不可欠なのである。小論文いこだわる必要はない。大学ノートや手帳、あるいはスマートフォンやタブレットのメモ機能を用いて書く作業を日常的に行うことで、われわれの知力は強化される。」

「同時に必要なのは㎡各作業に素直さが要求されることだ。大堀氏は、書く過程での倫理的思考は、現実への単なる拒絶や立場の異なる者への攻撃、糾弾を意味していない。

 論理と言う言葉の硬く冷たいイメージと裏腹に、論理的思考がやわらかい言葉を研ぎだすことが、むしろ重要なのだ。と強調する。」(P117)

あらかじめ相手を罵倒し、こきおろすだけのための文章などがあります。そんな文章をいくら読んだところで知力は高まらないと筆者はいいます。「ポジショントーク」ということらしいですが、いくら読んでも知力は高まらないそうですので。

 さて私は毎日いくばくかの文章を仕事でも個人でも書いています。さて「知力:」は少し向上したのであろうか?自信はないですね。

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2018.04.19

良質・真摯な日本人の代表

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 天皇制については、賛否両論があることは理解しています。しかし私は今上天皇陛下後0夫妻の2018年3月27日から29日までの沖縄訪問に関する朝日新聞4月3日号の記事を讀んで「1番真摯で、本気で平和を祈願する良質な日本人代表」であると思いました。

 皇太子時代から11回目になる沖縄訪問。皇太子時代の1975年は、南部戦跡のひめゆりの塔で潜んでいた過激派活動家に火炎瓶を投げつけられました。「それでも「長く心を寄せて行く」と訪問を続けた。」(朝日新聞記事)
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 1面記事の朝日新聞には、こう見出しがあります。「「平和を願う 沖縄の地で」「寄り添い続けた平成流 次代へ]「和らいだ歴史のわだかまり」。です。まさに真摯な平和を真底祈願する姿勢と態度が「沖縄と本土との間にある歴史のわだかまり」を少しづつ解消してきたのであると思いました。
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 2000年以降の自民党「清和会」系の政権は、沖縄に関して冷淡で、無関心。不要な発言も多い。辺野古基地建設など強引で強権的。それに引き替え今上天皇の平和への祈願は本物です。誠意があります。

 本来なら日本国首相や政府閣僚は、今上天皇の行動や沖縄に対する真摯な態度を見習うべきです。現実は沖縄の人達の想いに、心を寄り添うことはなく、強引・強権で推し進めようとしています。

 沖縄だけでなく、サイパンやパラオ、などの海外へも出かけ、先の大戦での戦没者の慰霊を行われました。日本人だけの慰霊だけでなく、敵国兵士や現地の人達の慰霊もされました。本気で平和を祈願されています。
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 日本の政治家は「うわついた戦争賛美」などせず、今上天皇を見習い、真摯に平和を祈願すべきです。つくづくそう思います。

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2018.01.09

「世界史を創ったビジネスモデル」を読んで

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 「世界史を創ったビジネスモデル」(野口悠紀夫・著・新潮書店・2017年刊)の読書感想文をようやく書くことが出来ました。実は昨年10月7日に名古屋大学へ意見交換会に行った翌日に、名古屋市の丸善で購入し(空港で面談したかおちゃんにサインしてもらいました).父(98歳)の通院する植田医院での点滴治療の合間に読み終えていました。
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 しかし10月は仕事で滅茶苦茶せわしく、11月になり父が身体機能が低下し、足のむくみが酷くなり、12月になり母(92歳)が自宅で火傷し入院し、「ダブル介護」状態になりました。介護ケアは肉体的にきつくはありませんが、精神的になんか疲れます。最近ようやく慣れてきたこともあるし、1月7日の海の散帆で疲れも癒えました。感想文を書いてみます。

 まずタイトルに惹かれました。「世界史を創ったビジネスモデル」です。「ローマ帝国」「大航海時代の大英帝国」「マイクロソフトとアップル」「グーグルの成長」などが取り上げられています。「ITとビックデータはどんな世界を創るのか」と見出しにあり興味はつきません。

 著者の野口悠紀夫氏と言えば、経済学者であり、情報整理の「達人」であり「超整理法」とう著作を以前読んだことがありました。ハイテクやグローバル経済に長けた学者であり、ネット時代以前からその社会に対応する仕組みを20年前から考案されていました。
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 「歴史」といえば、「ローマ人の物語」(塩野七生)だとか、佐藤優氏や、内田樹氏や、古くは司馬遼太郎氏「この国のかたち」などを読んでいました。経済学者でハイテクやグローバル経済に長けた学者野口悠紀夫氏が「歴史について」記述すること事態が新鮮でした。
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 「歴史からビジネスモデルを学ぶ」としてこう記述しています。

「ビジネスモデルとは、普通は企業が事業を遂行するための具体的な手段や方法を指す。いかなる顧客を対象として、どのような商品やサービスを、どのように提供するかといったことだ。

 適切な微視ネスモデルの具体的な形は、環境条件が変れば変る。とりわけ、新しい技術が現れれば、大きく変わる。そうした場合にいかなるモデルを構築するべきかは、けっして簡単なことではない。」

  中略

「その際、過去のケースを調べて役立ちそうな事例を抽出するのは、有効な方法だ。ビジネスモデルの研究は。必然的にケースメソッドになる。」(P17)

→「ケースメソッド」は企業研修として注目されている学習手法の一つです。自己研究とディスカッションによって構成され能動的に学習に取り組むため、実践力とリーダーシップといった非認知能力が身につくとされています。(調べました)

 古代ローマ帝国は東西ローマ帝国に分裂するまで500年続き、東ローマ帝国は1500年も続きました。地中海全域を支配した大帝国が500年も続くことは、かつて人類の歴史上在りません。旧ソ連邦も広大な面積を支配しましたが、僅か74年しか続きませんでした。

 ビジネスモデルの2つの基本概念があると野口氏は言います。

「重要な概念は「多様性の確保」と「フロンティアの拡大」である。
 多様性を実現できた国や企業は、出来なかった国や企業に対して優位になることが多い。

 中略

 現代ではナチスドイツの異民族排斥政策がその典型だ。企業も多様性を失うと、80年代のIBMの例にみられるように衰退する。」
 
「多様性は、分権化と結びついている。これは特に現代国家における国の構造について、重要な意味を持つ。企業の場合でも、単に巨大化するのではなくて、意思決定を分権化することが必要だ。
 
 分権化を実現する手立ては、経済的な問題をについては市場メカニズムの活用であり、政治的には分権化である。」(P24)

 筆者が著作を起草した動機は、長らく続く日本経済の停滞であることでしょう。多様化を拒否し、分権を拒否し続ける日本の政治と経済。人口減で労働力人口が減少し、高齢化が世界に例を見ない速度で進行しているのに、移民の受け入れをしない日本社会の現実は、経済学の観点からは全く不意合理であると筆者は述べています。

 日本と対照的なやりかたで世界帝国を建設し、しかも500年間存続させた古代ローマ帝国を事例として野口悠紀夫氏独自の視点で分析しています。

「ローマ帝国は成功した。それは、分権化した国家機構、小さな官僚機構、自由な経済活動、平和、強力な軍などの条件による。」

「ナチスドイツが寛容政策を取っていれば、第2次大戦の結末は違うものになっただろう。ソ連が市場経済制度を導入していれば、集権下に伴う問題を回避できただろう。

 ナチスもソ連も、歴史の教訓に学ぶことができなかったのだ。」(P441)

「企業が失敗する条件もさまざまだ。新しい技術の価値を評価せず、古いビジネスモデルに固執し、異質性を排除し、同質の人々のグループになってしまうこと。短期的利益にとらわれて、長期的見通しを失うこと、などなど」(P442)

 まるで最近の日本の大企業の体たらくを指摘しているようですね。東芝やシャープのていたらく。品質管理の不祥事の酷さ。株高で空前の好景気と安倍政権は宣伝していますが、日銀の大幅な金融緩和政策でゆるゆるの利益向上であって、大半が内部留保と海外投資に廻り、新技術の開発投資や賃金への還元、人材投資は殆ど行われていません。

 野口悠紀夫氏は日本の現実をこう指摘しています。

「今の日本では、分権的な機能が機能しておらず、官僚機構が肥大化している。国全体も地域も企業も、異質のものを排除し同じ仲間だけで集まろうとする。

 古いビジネスモデルに固執して、新しい技術の導入を怠っている。異常な記入緩和政策で財政支出をまかない、企業は国の介入に依存するようになってきている。これらはきわめて深刻な兆候だ。しかも無視ないしは、軽視されている。

 日本は歴史に学ぶことができるのだろうか?」(P443)

 筆者は終章で本質を述べています。

「ナチスは人種的偏見のためにユダヤ人科学者を失った。これは、ローマ帝国がその末期に、ローマを守るゲルマン人を人種的偏見から排斥したのとそっくりだ。だから失敗すると予測できる。」

「ソ連の全体主義計画経済は、ディオクレティヌス帝以降のローマ帝国と殆ど同じ構造である。したがって、ローマ帝国のような崩壊の道を辿るだろうと予測できる。」

「中世のイタリアでは、都市国家が発展した。近代のヨーロッパも国家が分立していたからこそ進歩した。ところがEUはそうしたヨーロッパの歴史と異質のものである。

 EUはローマ帝国と同じだと思っている人が多いが全く異質だ。したがって、いずれ失敗すると予測できる。イギリスのEU離脱は、EUが終わりに向かう過程の始まりだろう。」

「ドナルド・トランプ米大統領は、自由な貿易を否定し、伝統的な製造業をアメリカに復活させることによって、失業した労働者に職を与えようとしている。そして移民や外国人労働者に対して非寛容な政策をとろうとしている。

 こうした政策が失敗するのは、火を見るより明らかだ。このような政策がアメリカを強くするなど、決してない。それは確実にアメリカの産業力を弱めるだろう。

 トランプ大統領の政策は、控えめにいっても時代錯誤の復古主義だが、国のビジネスモデルの基本から見ても明らかに誤りだ。

 建国以来のアメリカは、古代ローマの再建を目指し、そのビジネスモデルを意識的に模倣した。その理念は「異質性の尊重と寛容」だ。バラク・オバマ大統領が退任演説で強調したとうりである。」

「IBMがサービス事業に転換し、アップルが水平分業を実現し、グーグルがインターネット時代のビジネスモデルを構築した後の世界において、モノを作ることに固執するのは無意味である。

 シャープが失敗するだろうことは、かなりの確度をもって予測できた。これはビジネスモデル選択の問題であり、よく指摘されているような人事をめぐる内紛の問題ではなかったのだ。」(P447)

「予測の自己実現効果で社会が進歩する。」

 引用箇所が多いですが、この本の「エキス」であると思いますので、そのまま引用します。

「歴史の知識は、勝ち馬に乗ろうとする個人を助けるだけではないことだ。それは社会全体に利益を与える。何故なら多くの人々が歴史法則を知れば、成功すると予測されるビジネスモデルに対する支持が強まり、実際に成功するからである。」

「たとえば、ある会社が、歴史法則から見て成功するだろうと考えられるなら、優秀な人が集まる。そして、会社は実際に成功するだろう。予測は自己実現するのだ。これは「オイディプス効果」とか「マタイ効果」とよばれるものだ。歴史法則も自己実現するのである。」

「成功するだろうと歴史法則によって評価されるビジネスモデルは「正しい」モデルだ。
それが、偶然の些細な条件によって挫折してしまうという事態を避けることができ、本来成功すべきビジネスモデルが実際に成功できれば、社会は進歩する。」

「ナチスのドイツから逃げたユダヤ人の科学者たちは、アメリカが成功すると考えてアメリカに来た。そして、彼らの寄与により、アメリカの科学技術が実際に発展した。

 IT革命も同じだ。これはアメリカ人が実現したと言うよりは、シリコンバレーに来た外国人、とくにインド人や中国人が実現したのである。これらはアメリカのビジネスモデルが成功するだろうと言う予測が自己実現した例だ。」

「インターネット時代になって歴史のデータを引き出すのが容易になったので、歴史法則の自己実現効果は強まった。それを巧みに利用できる企業や国家の成長が加速化することになる。」

「ところで、歴史と言う集団記憶を維持できるのは、人類だけである。恐竜は遺伝子を通じて身体の機能や形態を進化させた。そして環境に適応して繁栄し続けた。しかし、集団的な記憶を持っていたのは遺伝子であり、歴史ではなかった。人類だけが歴史を用いて進化することができるのだ。

 ナチスドイツやソ連のような国家は、これからは現れないと思う。ただし、それは人々が歴史を知っている場合の事だ。北朝鮮のように歪められた歴史が教えられている国では、抑止効果は働かない。

 歴史に対する誠実さを欠く社会は、進歩から見放された社会だ。」(P446)

 昔の人は「故きを温ねて新しきを知る」とか温故知新ということを言いました。まさに野口悠紀夫氏の著作は「過去の事実を研究し、そこから新しい知識や見解をひらくこと」そのものでした。」一読されることをお薦めしたい。税別で1700円しますが、それだけの価値はありました。

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2017.06.15

共謀罪反対集会に参加しました

 2017年6月15日は、日本国民は終生忘れてはいけない日です。政府・与党が委員会審議を蹴飛ばして、未明に参議院本会議で「共謀罪」を強行採択した最悪の日です。賛成した与党(自民党・公明党)と維新の議員はこれから全員を「ファシスト議員」と呼ばなければならないでしょう。民主主義の破壊者であり、国会を冒涜しましたので。

 何度も言いますが私は政党や労組には全く無縁な市井の市民の1人です。あんまり腹が立ったんで、高知市中央公園北口前での共謀罪反対集会に私個人の意志で参加しました。
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 集会には政党筋、労組筋を中心に、市民団体等の関係者、宗教関係者など約200人が参加していました。午後6時から集会は始まりました。
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 最初に憲法アクション高知の代表者の人がスピーチされました。
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「最近ロンドンやパリで起きているテロは、単独犯、一匹オオカミの自爆テロです。組織犯罪と言えるものではありません。」

「政府は特定暴力組織犯罪集団を特定し、一般の市民団体は対象外と最初は言っていましたが、金田法務大臣は、一般の市民団体も対象となると言っています。」

「委員会審議をすっ飛ばしたのは、委員会のやりとりがテレビ中継され、政府答弁がしどろもどろになる姿を国民身見せたくはない事。それと強行採決した場面で与野党議員がもみくちゃになる場面を中継されたくなかったからでしょう。都議選の影響があると公明党の判断がはたらいたのではないでしょうか。」

「わすれない。あきらめない。手を結ぶことが何より大事です。」

「最近の各社の世論調査では明らかに安倍内閣の支持率が下がっています。
毎日新聞では、安倍内閣支持が46%、不支持が44%と拮抗しています。」

 日経WEBでは指示が27%です。週刊文春では22%と急降下です。

 一方前川前文科省事務次官の支持率は74%、安倍首相の支持率は23%です」

「わかっている人がまわりに伝えていただきたい。そして決して萎縮しないことです。居酒屋でも安倍内閣批判をやりましょう。」

「安倍内閣は3つの武器を手に入れています。

①1つ目は小選挙区制度によって自民党本部が所属議員の生殺権を握っていることです。安倍総理にはむかう議員がいなくなりました。公明党も自民党の協力なしでは小選挙区では当選出来ませんから、逆らえません。

②マスコミを支配したこと。読売新聞や産経新聞は政府・自民党の機関紙に成り下がりました。

③内閣府による600人の官僚への支配権を強化した。」ことです。」
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 また登壇されましたキリスト教の牧師さんはこう言いました。

「有名な牧師でナチスに対する抵抗した人の詩を朗読します。

マルティン・ニーメラーの詩でした。


「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

 6時半位に44年ぶりに再開する人から電話があり集会の途中で中座させていただきました。

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共謀罪には反対します!!


Kenchan

珍しく高知新聞「声・ひろば」への投稿文が掲載されました。そしてそれを個人ブログに書きました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-26ed.html

「復古主義では滅びます」(個人ブログの記事)

それを讀んだ県外在住の友人から「讀んだぞ」との一言とともに以下の詩を教えていただきました。


 ドイツの反ナチ闘争で活躍した牧師、マルティン・ニーメラーの詩を友人は紹介してくれました。

「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

 本日午後6時から憲法アクション主催で「共謀罪反対集会」が、高知市中央公園北口で開催されます。わたしは政党筋でもなく、労組筋でもなく、ただの市井の1市民として集会に参加する予定です。

」黙っておれば日本国は「息苦しい全体主義国家」になります。

 声を張り上げて共謀罪に反対しましょう!!

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2017.06.11

思わぬ新聞読者欄投稿の反応


雨の1日ですね
 予想どうり夜半からの雨がしとしと降っています。今日は1日雨模様とか。それだけ昨日の晴れ間は貴重でした。

 昨日朝から夕方まで[海の散帆」をしていました。片付けが終わると携帯に中学時代の恩師の先生から電話がありました。

「6月9日の投稿文は良かったですよ。S先生も喜んでいました。よくぞ言ってくれたと。」。ハーバーでもシニア・ヨットクラブのIさんからも「新聞見たよ」と言われました。やはり年配者は気にしているようです。

 しばらく高知新聞から嫌われていたのか3年か4年ぐらい投稿しても掲載してくれませんでした。選者が変わったかもしれません。

 でも次はまた3年後になるかもしれないので、2017年6月9日号の私の投稿文「復古主義では滅びます」を個人ブログにも書きました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/…/post-26ed.html

 今朝は午前中は父(97歳)のリハビリゴルフの付き添いに行きます。意欲は大事にしたいです。

 久しく会っていない友人のUさんから以下のメールが来ていました。

金曜日の高新 読者の広場への投書は良かった。わかりやすく、訴えています。とんでもない時代がすぐ、そこに来ているね。日本が国際社会の一員として、国連に加盟し、役割を果たそうとするなら、「日本は人殺しの金は出しても、人は出しません」と、立派に誇ればいいのです。左翼は戦争そのものを、理念的,観念的に否定するものだから。「人殺しの金」ということを、言えないのです。

世界の先進国、大国と言われる国で、軍隊を持ち、戦争に参加しないという国が、世界に一つあってもいいのです。革命や独立戦争を経て、民主主義を獲得した欧米諸国では、国家が軍隊を持たないということは、現実的に考えられません。日本は憲法9条を持ち、「人殺しの戦争には、金を出しても人は出せない」ということを、僕たちは、リアリスチックに誇っていいのです。人類の歴史に、こんな国家はなかったことを自信を持って、内外に誇ればいいのです。これはすごい、立派で尊いことです

ドイツの反ナチ闘争で活躍した牧師、マルティン・ニーメラーの詩はご存知ですよね。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 「共謀罪」だけは絶対に許せません。声を張り上げて反対しましょう!!
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2017.05.23

素晴らしいビックコミック・オリジナル

20日発売のビックコミック・オリジナル(6月5日号)。なかなかヘビーな内容ではないか。
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 登場人物が昭和天皇やアメリカの「赤狩り」の様子や、政治家の裏側を見せるまんがや、太宰治原作の「人間失格」まで盛りだくさんです。
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2017.05.03

没後20年司馬遼太郎展へ行きました。


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 2017年5月3日は、午後から父を介護予防通所サービスへ送り出してから家内と2人で徒歩で行きました。憲法記念日なので、「憲法施行70周年県民の集い」へ参加したかったのですが、終了時刻が16時半との事。16時には自宅にいませんと両親をデイサービスから引き取れませんので断念しました。

 それで高知県立文学館で5月25日まで開催中の「没後20年司馬遼太郎展 21世紀”未来の街角”で」を見学しに行きました。こちらは商店街の騒がしさとは無縁で、司馬遼太郎さんの世界を堪能できました。

 義母より1年前の1996年に司馬遼太郎さんはご逝去されています。多くの歴史小説を出筆されておられます。私も何冊か読みました。

 また晩年には「この国のかたち」という随筆や対談集を出されました。ご自身の戦争体験や、歴史から見た現代社会のあり方を鋭く問いかけています。

 個人ブログに「司馬遼太郎氏の帝国主義論」というカテゴリーにまとめて見ました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21875235/index.html

 展示の中にありました「この国のかたち」に印象に残る言葉を残されています。


「統帥権の無限性」

 これは4年前に愛媛県松山市の坂の上の雲ミュージアムの展示室で購入した評論「「昭和という国家」(司馬遼太郎・著・第1刷1999年第23刷2012年刊・NHK出版)を讀んだ感想を書きました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-e9b9.html

「日本という国の森に、大正末年、昭和元年くらいから敗戦まで魔法使いが杖をポンとたたいてのではないでしょうか。

 その森全体を魔法の森にしてしまった。発想された政策、戦略あるいは国内の締め付け、これらは全部変な、いびつなものでした。

 魔法の森からノモンハンが現れ、中国侵略が現れ、太平洋戦争も現れた。」

 司馬遼太郎が、軍部官僚の「統帥権」という、正義の体形が充満して、国家や社会を振り回していた、”昭和という時代”を骨身に軋むように想いで「解剖」する。日本のあすをつくるために。」と書かれていました。

 また「雑貨屋の帝国主義」という表現も鋭く的確です。

”雑貨屋”の帝国主義


 「この国のかたち」にきちんと説明されています。

「「なぜ、日本は、勝利後、にわかにづくりの大海軍を半減して、みずからの防衛に適合した海軍にもどさなかったのか」ということである。

 日露戦争における海軍は、大規模な海軍たらざるをえなかったことは、「坂の上の雲」(文藝春秋刊)を書いた私としては、十分わかっているつもりである。
 ロシアのウラジオストックにおける艦隊を討ち、かつ欧露から回航されてくる大艦隊と戦うためには。やむなく大海軍であることを必要とした。その応急の必要にせまられて、日本は開戦前、7,8年のあいだに、世界有数の大海軍を建設した。

 ロシア海軍はこれによってほぼ壊滅し、再建には半世紀以上かかるだろうといわれた。」(P37)

「大海軍とはいうのは、地球上のさまざまな土地に植民を持つ国にしてはじめて必要なものとなる。

 帝国というのが収奪の機構であるとすれば、16世紀の黄金時代のスペインこそその典型だった。史上最大の海軍が作られ、大艦と巨砲による威圧と収奪、陸兵の輸送と各地からの収奪物の運搬のためにその艦船はあらゆる海に出没した。

 16世紀末、その無敵艦隊をイギリスが破って、スペイン的な世界機構の相続者になり、機構をみがきあげるのである。

 当然、イギリスは大海軍を必要とした。蒸気機関の軍艦になってから世界の各地に石炭集積所を置いたために、港湾維持のための支配や外交がいよいよ精密化した。

 しかし、日露戦争終了の時には、日本は世界中に植民地などもっていないのである。」(P38)

  中略

「 しかしその当時の日本は朝鮮を奪ったところで、この段階の日本の産業界に過剰な商品など存在しないのである。朝鮮に対して売ったのは。タオル(それも英国製)とか、日本酒とか、その他の日用雑貨品がおもなものであった。タオルやマッチを売るがために他国を侵略する帝国主義がどこにあるのだろうか。」

「また、朝鮮を侵略するについても、そのことがソロバン勘定としてペイすることだったのか、ということをだれも考えなかった。

 その後の、”満州国”(昭和7年・1931年)をつくったときも、ペイの計算はなく、また結果としてペイしたわけでもなかった。」(P43)

「(中略)・・・・・・。

 日本からの商品が満州国に入る場合、無関税だった。この商品がこれ以後、華北に無関税で入るようになった。このため、上海あたりに芽を出していた中国の民族資本は総たおれになり、抗日への大合唱に参加するようになった。翌年、日本は泥沼の日中戦争に行ってします。

 ”満州”が儲かるようになったというのは、密輸の合法化という右のからくりのことをこのモノはいうのである。その商品たるやー昭和10年の段階でもなお人絹と砂糖と雑貨がおもだった。

 このちゃちな”帝国主義”のために国家そのものがほろぶことになる。1人のヒットラーもで出ずに、大勢でこんなばかな40年を持った国があるだろうか」(P46)

 司馬さんは「坂の上の雲」を書いたときに、戦争と言えるのは日露戦争ぐらいだろう。アメリカの仲裁があって辛勝した戦。日本海海戦は何故勝利したかの分析も何もない。無残な後日の敗戦は、その頃から準備されていたのですから。

 安倍晋三首相が「2020年に日本国憲法を破棄し、新しい憲法をこしらえる」と記者会見で吹聴しました。一体改憲論者は何を目指すのでしょうか?「雑貨屋の帝国主義」なのか「統帥権の復活」なのか?しかしそれはありえない。今上天皇陛下御自身が「平和国家建設」の強い意志で行動されています。少し考えたらわかることです。

 今回の文学館の展示では、16世紀、19世紀、21世紀と分けられ、作品の背景の解説がされていて、司馬文学の全貌がよくわかる展示になっていました。2時間近く展示を見ましたが、とても見ごたえがあり、感銘しました。
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 戻りに販売コーナーで「日本人への遺言」(朝日文庫・1999年刊)を購入しました。亡くなる直前までの対談集で貴重です。ゆっくり読んでみます。
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