社会思想問題

2009.11.16

学ぶべきは「龍馬の精神」

 昨日は坂本龍馬の誕生日であり命日。それでイベントが各地であったらしい。そして来年はNHK大河ドラマの「龍馬伝」。大きな見世物小屋が高知駅前に公共事業で建設中。実に愚かしい。
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 1年経てば解体されるという見世物小屋です。

 だいたい坂本龍馬という人物については、司馬遼太郎さんの功績が大きい。司馬さんが「歴史を見直し」てくれたから再評価されたのです。でも坂本龍馬が、龍馬らしく活躍したところは高知ではなく、長崎であり京都なのです。したがって龍馬伝も長崎が1番脚光を浴びることは間違いありません。主演が福山雅春でもあります。
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(長崎は早くも龍馬案内パンフを作成全国行脚をしています。高知へも来ていました。さどこい。)

 高知県で「龍馬。龍馬」と言い立てている人ほど保守反動。龍馬と口走れば「許される」とても思っているのでしょう。皆しらけています。

 高知に必要なのは「見世物小屋」ではなく、龍馬の精神を継承することです。でも高知のリーダー層でわかっているひとはいません。

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尊皇攘夷は薄っぺらい思想

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 昔のVTRで故司馬遼太郎氏の発言が印象に残りました。
「幕末期に流行した尊王攘夷思想。もともとは中国の宋の時代の思想。たいした思想ではありません。結局宋は南へ追いやられ、最後は元に滅ぼされます。

 水戸の儒学者が取り上げ、幕末の政治思想になりました。でもその政治思想では諸外国の公益や外交に役立たない。明治政府は2年もかけて欧州に滞在し、憲法も議会も、天皇主権制度も、軍隊制度、教育制度もすべて輸入し、付け加えました。

 明治政府首脳は幕末維新の動乱を生き抜き、西欧から学ばざるを得なかった現実を踏まえている。しかし明治末期ごろには元老たちは亡くなり、日清・日露戦争にも勝利し、だんだんと考え方が散漫になった。その元凶のひとつが尊王攘夷思想と言える。

 司馬遼太郎氏は「思想の大事」さ「この国のかたち」を突き詰めていたと思います。日本人の心に根ざした思想の確立もです。それをやり続けたいと思います。それをやりとげないと日本の存続はないと思うからです。

 わたしは「連合赤軍と新自由主義の総括」を思想的なテーマにしてきました。司馬遼太郎さんに教えられました。「昭和10年から20年までの日本は最低」。この時代の思想的総括を克服しないと日本は再び世界から孤立するでしょうから。

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2009.11.09

面白そうにないエンジン01

 11月28日と29日の両日に高知市で「エンジン01文化戦略会議 オープンカレッジIN高知」というイベントが開催されます。全くこれまた「出遅れ」ですが、8日にさんのすけプラザにてチケットを購入しました。

 ほとんどめぼしい講座は売り切れ。売れ残りの「龍馬こそ次期首相?日本の政治家論」(出演 加藤秀樹・秋尾沙戸子・石川好・森本敏)を1枚購入しました。

 どんな「政治家論」をおしゃべりするのか?「時間的余裕が」あれば傾聴しにいこう。その程度。

 「いまをときめく」文化人なるものが、高知市へ集まりおしゃべりをする。毎年日本のどこかの地方都市でやっているらしい。

 メニューを見渡しても、「面白そうにない」のです。
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 みかん狩り、セーリングが優先事項。雨が降ればこちらへいくつもり。

 高知出身の作家山本一力氏が「大変なイベント。高知県民は最大活用してほしい」などど高知青年会議所の会合で発言していましたが、わたしはそれほど「偉大で」「大変な」イベントであるとは思えません。面白そうにないからです。

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2009.10.22

社民党は”緑の党”へ変身すれば良いのに

  少数政党に成り果てた社民党。3党連立でかろうじて存在感をだしていますが、大政党の民主党にいつ関係を切られるかどうかわかりません。なんか存在感がないですね。

 社民党の1番いいところは「環境政策」です。1番まともな環境政策を提唱しています。

 社民党の環境政策

 社会主義政党の「本家」を自称する幻想を打ち捨てて、環境共存政党として再生すべきでしょう。そうすれば支持者は拡大すると想います。

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2009.09.29

野田正彰氏講演会を見学

 28日は高知市共済会館で開催された「野田正彰講演会「土佐を生きる」」主催(県保育士会)に参加していました。知人の紹介がありましたので、部外者ながら参加しました。

 そしたら保育士会の幹部の女性に「久しぶりね」と受付で声をかけられました。しばらく記憶が戻りませんでしたが、わたしとは別の高校で活動していた活発な人でした。36年ぶりに会いました。
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(保育士会主催ということで、おっさんはわたしをふくめ数名でした。)

 野田氏の講演は重たい話から入りました。

「子供がなんか問題を引き起こすと後発性発達障害ではないかと言われ出しました。全体の6%はいるそうです。まるでそうした疾病があるようで、マスコミや教育委員会なども刷り込まれていましますね。」

「40人のクラスでは2人程度、先生が手を焼く生徒はいます。それは昔もいました。最近はそれをなんか病名をつけよってたかってなんとかしようとする。ひじょうに抑圧的な傾向があります。」

「2004年6月に長崎県佐世保で小学6年の女子生徒が同級生の女子生徒に殺害される事件がありました。加害者の女子生徒の精神鑑定が行われ、その少女の性格や精神状況が克明に説明されたことがありました。

 その後長崎県は県を上げて命の大切さを教える教育を行いました。子供を理解するために点数シートを教員にももたせ、子供全員を査定することまでしました。

 そしてその結果のまとめが出されていました。

1)学校が楽しくなくても心の危機に陥るのを克服する子供が増える。

2)観察シート導入に伴う負担が重いと感じる教員が続出しました。

 結果長崎県では子供の中高生での自殺者は導入後増加しました。これなど誤った決めつけが被害を拡大してきた事例です。」

「対照的な実例ではイギリスの二ールという学校があります。この学校は学校に規制がなく子供の自立性を育てる教育が行われています。
 1人1人の子供がしっかりし、子供の内発的な衝動をまわりが受け止めるしくみがあります。日本でも堀真一郎氏がきの国子供学園を和歌山県の廃校を買い取って開校し、成果を上げています。」

「堀さんは入学してきた子供に薬の服薬をやめさせ、特別扱いをしない。それで3ヶ月位すると子供は落ち着くそうです。問題児として扱われた子供達がきちんとした対応で子供が変化する実例をこしらえてこられました。」
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 「深刻な数字があります。ある調査で「将来に希望を持てるか?」との設問に、もてると答えたのは日本は34%、フランス64%、韓国71%、アメリカ86%でした。社会に対して満足か?には、日本は9%。フランス54%、韓国19%、あめりか72%でした。
 日本の子供達は世界でも突出して楽しくない。学年が上がるにつれて楽しくなくなる傾向にあります。おかしいことはおかしいと言わなければならない。」

「日本は欧州を左軸に、北朝鮮を右軸にした座標の中では中間にいます。
 マスコミの報道にも問題があります。1面に大事な政治の記事と同様にスポーツや芸能の記事が並列して掲載されています。物事を考えない「装置」として日本のジャーナリズムはあります。」

「お母さん方は子供に対してなにを要求するかといえば、他の子供達と仲良くするの。と言います。それは集団主義への適応が文化だからです。
 教育現場でも教科書以外のことは教えないし、興味を持ってはいけない。人々の関心をそぎ落とす教育をしてきました。

 この範囲のなかでしか興味を持ってはいけない。そのなかで要領よくスピードよく覚えて成績の言い人が上級学校へ行き、大企業や官庁にはいります。自分の受けてきた教育への疑いがない人たちですね。」

「わたしは大学へ行き、外国の大学へ行って、いかに自分が受けた日本の教育が酷いものであると自覚しました。」

 話しは後半、ナチとドイツ国民との関係性とか、ドイツ国民がいかに戦後戦争犯罪と向き合ってきたかの話がありました。最後に野田正彰氏は高知の問題について衝撃的な発言をしました。

「来年龍馬伝であるとか、高知は自由民権運動の里であるとか一部に言っている人がいます。とんでもない話です。120年ぐらい前は1部そういう傾向もあったでしょうが、その動きをすべてつぶし、日本有数の軍国県であったのが高知県です。

 山内家が海南中学をつくり、そこから輩出した陸海軍関係者は人口比で言うととんでもなく多かったのです。事実昭和の初めに高知で植木枝盛の本を出版しようとしてていた青年は妨害され出すことが出来ませんでした。それが「自由な土佐」ですか?

 100数十年前のいいとこどりと、途中の軍国高知を飛ばして今にひっつけた観光振興はおかしいと思いませんか。」

「過去を見て現在を見直す。それこそ教育ではありませんか。日本は全体主義国家です。子供を抑圧しすぎです。
 世の中の動きを疑う力、逞しさを皆さん持ってください。」とのことでした。

 専門分野の精神医学の話から入り重たい内容でした。後半の「日本はまぎれもない全体主義国」というのはそのとうりです。

 表題の後半の話を主体に話されたほうが、わかりやすかったかもしれません。

 「軍国高知」の軍人リストは講演会場で野田正彰氏にいただきました。(クリックすると多少拡大します。)
高知出身の軍属が多いのには驚きます。

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2009.09.01

吉本隆明語る 思想を生きる

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(画像は京都精華大学ホームページより)

 世間一般は「民主党新政権誕生」の話題でわいわいやっていますが、こと高知県では小選挙区すべて「野党」になった自民党議員。選挙で叫んでいた「公共事業なくして高知県の活性化はない!」という主張を野党議員としてどう引っ張りこむのか。霞ヶ関は野党には冷たいのは定説ですし。

 世間の喧騒とは別に「思想のありかた」「社会との関わり方」を一貫して考え、行動し、発表してきた吉本隆明氏。後期高齢者の84歳ですが、体の衰えは隠せないものの、しゃべりだしたら止まらない、熱弁は相変わらずです。
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(パッケージもダンボールを利用していますが芸術的センスを感じました。)

 京都精華大学創立40周年記念で「吉本隆明 思想を語る」のDVDを見ました。聞き手は笠原芳光氏(元京都精華大学元学長。宗教思想史家)です。京都精華大学は、1968年の短大で創設。1979年二4年生大学で美術学部を開設。2006年には日本で初めてマンガ学部を設立しています。現在は美術学部、デザイン学部、マンガ学部、人文学部で4000人の学生が学んでいます。

 吉本隆明氏と京都精華大学との関わりは、大学が月に1~2回「アセンブリ・アワー」という公開講演会を開催しています。講師としては湯川秀樹氏、岡本太郎氏、加藤周一氏、寺山修二氏、谷川俊太郎氏らがいました。吉本隆明氏は9回も講演されていました。

 演題は「文学の現在」「宮沢賢治の世界」「戦後詩論」「芥川・堀・立原」「ホフマンスタールについて」「文学の新しさ」「イメージ論」「普遍イメージ論」「なぜ新宗教か」とありました。吉本氏独特の話法で、考えながら独自の思想を語る講演会は魅力的で学生、教職員のみならず他大学の学生や市民も参加され、毎回満席であったそうです。

 また吉本隆明さんの長女の多子さんも美術科に入学されていたご縁もあったようですね。1960年の安保闘争の時期に、吉本隆明氏は自分の思想と行動に孤立感を覚えたときに、京都精華大学初代学長の岡本清一氏の著作「自由の問題」に共感を覚えたとのことでした。DVDの対談はその岡本精一氏の話から始まりました。
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(京都精華大学で講演する吉本隆明氏・随分若い頃です。)

「60年安保闘争というのは、知識人という人たちは共産党や総評や社会党の隊列にいた。自分は安全な場所にいてあれこれ言っていて全然共感を覚えなかった。
 そのとき全学連の島成郎君たちが「闘争は僕らがやりますから、見守ってください。と言った。実に爽やかだった。カンパしてくれとか、支援してくれとは言わない。よしそれならば1兵卒として全学連と一緒にデモに参加しようと思った。」

「あるときデモ隊がある駅の線路に座り込みを始めた。総評の隊列にいる知識人の人たちが「危ないから」と説得に来る。けれど自分は学生たちと一緒に座り込んでいた。そしたら学生たちは「夕焼け小焼けの赤とんぼ」という童謡を歌い出した。インターナショナルや赤旗の歌ではない。実に良い歌でありました。」

「60年安保に1兵卒として関わっていたとき、共感を覚えたのが岡本清一氏と平野謙でした。岡本氏は思想と肝炎と宗教の問題を語っていました。平野氏は近代文学についての評論でした。孤立感でさいなまれていたときに、共感を覚えた2人の知識人でした。」

 対談者の笠原芳光氏が上手に話を誘導されるので、吉本隆明氏の「独演講演会」よりは聞き取りやすいし、何を吉本氏が言いたいのかわかりやすかったです。

「自分のことだけでもどうしようもない。自分と社会や国家のあり方を考える。今の時代に不安があるのは当然。今の人は社会運動もしないようだし、、国家についての格別の見解もないようだ。
 人にも社会にも無関心。しかし書くこと、絵を描くことはしゃべることと質が違う。」

「自立思想は社会運動のなかでの孤立感のbなかで考えた。やる以上は自分で責任を負うという腹をくくったところから考えていきました。」

 話しは60年安保から、ファシズム、石川啄木になり、自立の話し、と流れるように進みました。1回見てだけですし。50分の対談はなかなか興味がつきません。その断片の一部だけ今日のところはご披露しました。

 社会が騒々しい場合は、きちんとよって立つ思想が必要です。国家観、社会観のないものが政治家になり政治のリーダーになってはいけないと思うからです。「市民のレベル以上の政治リーダーは出ない」のが原則です。

 政治を矮小化し、政治技術の巧拙で評価する政治関係者やマスコミ関係者は多い。それは結局のところ大衆蔑視なのです。党の前衛が党大衆を指導するとしう民主集中制の独裁主義も同じです。

 だいぶ考え方が固まってきたようです。今年のテーマである「連合赤軍と新自由主義の総括」を涼しくなったこともあり、まとめの作業をおこなっていきたいと思います。

1960年の前後に孤立しながらも懸命に自己の思想的基盤の確立を目指していた吉本隆明氏。その「心意気」の一端がわかりました。「なるほど」とうなづく場面もありました。

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2009.08.31

吉本隆明DVDを送付いただきました

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 『吉本隆明語る 思想を生きる』DVDを京都精華大学から送付いただきました。
 今日郵便ゆうめーる着払い便でDVDが届きました。最近は懸賞にあたることなどとんとないので、とてもうれしいことでした。
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 きちんとした装丁もされていました。鑑賞するのが楽しみです。もっとも吉本隆明さんは著作者でおしゃべりは上手とは言えず、眠くなるかもしれませんが。

 元学長さんと吉本隆明氏の対談が収められたものです。大学創立40周年記念事業として作成されたものだそうです。京都精華大学の関係者皆様ありがとうございました。
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 対談の画像は京都精華大学の関連ホームページより引用させていただきました。

 戦中派の吉本隆明さんは、母と同じ83歳。先日糸井重里氏とのTVでの対談では足が悪いようで車椅子になっておられました。随分と超高齢者になられたものだと月日の経つのを感じます。

 1976年の品川公会堂での「共産同叛旗派解体集会」で、三上治神津陽らとともにお元気な頃の吉本隆明氏を見たことでしたが。33年前のことですね。

 学生時代は意味もなかなか理解できずに吉本隆明氏の著作を買いあさりました。30歳を過ぎて読み返してだんだんと理解できるようになりました。

 世の流れに「迎合」しない姿勢にはいつも関心しています。すべてを正しいとは思いませんが、「戦後最大の思想家」と言われる業績は残した人でもありますし。

 8月30日の総選挙で大きく議席が変わり、戦後日本で初めて投票で「政権交代」が実現しました。世間は大騒ぎをしていますが、世の中の「本質」をきちんと見定めるためにも,吉本隆明氏の「遺言」をきちんと聞いてみようと思います。

今年は個人的には、自分が高校生のときに社会運動に関わって40年になる節目のとき。「連合赤軍と新自由主義の総括」をテーマに本を読んだり、文章を書いたり、活動をしたりしていおります。このDVDもじっくり見て考えてみたいと思います。

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2009.08.14

「ヨーロッパ型資本主義」を読んで

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 市場原理主義の行き詰まりや不条理が叫ばれて久しい。「格差社会」を生み出した身勝手なアメリカ型身勝手資本主義やそれに追随した日本型輸出企業優先政策への批判がようやく日本でも強くなりました。

 今回の総選挙も政治の体制選択であると同時に、経済のあり方を問う選挙です。一部の輸出型大企業の経営者のためだけの経済政策なのか、そうではないのか。そのあたりを問う体制選択でもあります。

 「ヨーロッパ型資本主義」(福島清彦・著・講談社現代新書・2002年刊)を知人に借りて読みました。筆者はアメリカに7年、英国に3年滞在されていました。欧米のなかで生活し、「外から日本を見る」視点があるようです。

 2002年ごろと言えば、ブッシュ大統領時代であり、アメリカ1人勝ち時代。「9・11テロ」の報復でアフガンやイラク攻撃を仕掛けるアメリカに対し欧州諸国は英国を除き追随しませんでした。独自の社会観、経済観があったと筆者は指摘します。

「9月11日のテロ攻撃を貧者の富者に対する絶望的な怒りと受け止め、貧富の格差をさらに拡大してしまういまの国際経済制度を改革しようという一つの提案である。

  中略

 地中海沿岸のイスラム教諸国とEUの経済協力を強化し、イスラム諸国の経済発展を促す「ユーロ・地中海パートナーシップ」について、なにもしないで放置しておくことはできない。イスラム諸国との協力だけでなく、EU委員会にグローバル化を規制する広範な権限を与えるべきである。」{中略)

 これに対し米国の国際経済政策は依然として、途上国に経済の自由化を要求し、市場原理主義を貫徹すれば事態は改善するはずだというもので、基本的には市場原理主義に従っている。米国の市場原理主義的な思想に基づいて国際経済ルールが決まられている以上、途上国の人々はさらに貧しくなり、怒りがつのるばかりである。」

「米国と西側の同盟国は、非民主的で、不安定で、貧困になった中東諸国で燃えさかる宗教的な狂信と、領土紛争も、暴力による欲求不満の発現によって,痛い目にあわされるであろう」(P226)

 まさに「9・11」以降の展開は2002年に福島氏の予測し懸念した事態に推移しました。解決策としてアメリカ型の市場原理主義ではなく、欧州型の資本主義ではないかと言っています。

 「欧州の国民国家の内部で18世紀から19世紀初めに起きたような民主主義と自由と社会的正義を求める運動を、いまはグローバルな規模で再生させなければならない。」(P228)

「1920年代、日本の資本主義は株主の経営支配力がきわめて強い、いわば原初の英米型資本主義に近いものだったが、1930年代に戦時統制と同時並行する形で「従業員を組織体としての企業の正規メンバーとして位置づけた。」

「この従業員参加の経営方式は戦後も継承・発展し、さらに企業別労組、年2回の賞与制度、いわゆる終身雇用、年功序列制度が50年代から、60年代に広範に普及していった。
 こうした諸制度が主力銀行を通じた長期的な資金供給とあいまって、労使ともに企業の成長を志向し、生産性と勤勉度の高い独自の日本型資本主義を70年代までに形成したのである。
 これがドイツの社会的市場経済やフランスのエリート官僚主導型混合経済、あるいはイギリスの{1979年サッチャー政権成立以前の)福祉重視資本主義に匹敵する、戦後の日本型資本主義の原型であろう。
 
 80年代から90年代初めにかけて、戦後の日本型資本主義は優れたモデルとしてもてはやされ、「日本は資本主義を超えた」とする見解も出現した。
 しかしながら、その日本型資本主義が情報革命と世界経済が統合が進行する時代には、多くの欠陥を露呈し、改革が必要となっている。」(P232)

 小泉「構造改革」の真っ最中にこの著作は世に出たのである。その先見性には関心します。筆者はこうも書いています。

「日本でも、明治末期から多くの社会改革が行われてきたが、社会思想家が自ら政策を企画・実行することはなかった。官僚統制の時期が長かったことへの反発とアメリカ思想の影響から、むしろ日本では、市場原理主義を礼賛し、政府の力を弱めることが改革論の底流にあるようである。

 だが市場は万能ではなく、多くの限界を持っている。市場の限界と政府の役割をヨーロッパから学ぶことが、日本の改革には必要であろう。」(P236)

 そして福島氏は処方箋として次の事柄を挙げています。

1・成長幻想の克服(P2369

2・公共工事からの脱出(P238)

3・自信を持って消費できる社会環境づくり(P240)

4・環境保全と地下空間の創出(P241)

5.知恵ある政府に(P242)

 今は総選挙のたけなわ。8月30日の投票の結果どのような政府ができるのでしょうか?アメリカ追随型の市場原理主義優先政策は、日本社会を「格差社会」にしただけでした。

 この著作のように長い社会的伝統で独自の欧州型資本主義を形成してきたヨーロッパ諸国の「経験」を検証することが、日本にとっても必要であると思いました。
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小泉ー安倍ー福田政権はマッド・アマノ氏が指摘していたように、アメリカ追随の格差社会にすぎませんでした。日本の国益をアメリカに売り渡し、挙句の果てがリーマン・ショックで経済的に大きな損失。アメリカへの輸出に依存した経済体制に「構造改革」していた日本は多くを失いました。

 今回の総選挙はそうした経済運営や政権運営の是非を問う「国民投票」的なものであります。

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2009.08.10

「新左翼とは何だったのか」を読んで

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 海へ行けない時は、暑いけれども読書。高知市の片桐書店で「新左翼とは何だったのか」(荒岱介・著・幻冬舎新書)を読みました。筆者は1945年生まれ。1965年早稲田闘争に参加し活動家に。第二次社学同委員長。ブント戦旗派系統の人らしい。

 記述は歴史の教科書的記述。当然筆者の肩入れしているセクトの「歴史観」の影響は否めないが、総じて客観的に淡々と描かれている。

 戦後直後の社会運動を主導していたのは共産党でした。それとは違う総評系(社会党系)の労働運動とブント(共産主義者同盟)が主導した学生運動が台頭し、学生を中心とした社会運動の盛り上がりが、既成左翼である共産党や社会党とは異なるということで「新左翼」と呼ばれるようになりました。

 「またベッシックに返れという新左翼の問題意識は、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロッキーなどの原点を守れという、教条主義と表裏一体のものとして新左翼を成立させています。
 イスラム教でいえば、「コーラン」を字義どおりに解釈し、そのまま実践すべしという原理主義勢力と同じようなものとして、教義を変えること自体が許されなくなるのです。」(P70)

「たとえ原典に従えというだけでは時間性と場所性に対応できないという場合でも、結局は宗教のように自派の教祖を崇めるだけという結論になりがちです。外に向かって対話していく構造は、新左翼の出目において生まれない構造になっているのです。」(P71)

 新しさで時代の「旗手」「ヌーベルバーク」と言われた新左翼でしたが、初期のブントのおおらかさは失われ、原理主義的な狭い教義の理論に収斂し、他派を排除し、後に凄惨な内ゲバをくり返し、市民大衆から見放され影響力を失うようになりました。

 よその党派との共闘や、共存。統一戦線が出来にくい理論構造になってしまいました。「統一戦線」をたまに組んでも内部では各セクトの勢力拡張の暗闘があり、既成左翼を批判できないところが新左翼の弱点なのではないでしょうか。

 荒氏は「70年安保闘争が残した課題」として彼なりに総括しています。少し引用が長いですが、引用してみます。そこに新左翼運動の限界があると思うからです。

「70年安保闘争は、全国学園闘争との連関でいえば、百をこす大学で当たり前のように火炎瓶が投げられ、機動隊との実力攻防がつづけられた闘いでした。実力決起の常態化ということでいえば、闘争への参加者数も、全国化の度合いでも、また逮捕者の絶対数からといっても60年安保を大きく上回る大衆的実力闘争という歴史的地平が切り開かれたのは間違いありません。
 そしてそのあと求められていたのは、闘争勢力の市民社会に根ざした社会的力への発展だったと思います。」

「にもかかわらず、70年安保闘争の高揚を自派拡大のチャンスとしか考えられなかった新左翼各派は、共産党伝統のような前衛党志向を超えられないまま、「全世界を獲得するために」という自家中毒を深めていってしまったのです。
 ニーチェの言うように「権力への意志」に駆られたという言い方もできますが、大衆的高揚を集約するのは自派という図式をのりこえられなかったのです。」(P110)

 
「そのもっとも端的な表れが運動の高揚後、70年代に本格化する中核派と革マル派による内ゲバの勃発、中核派いうところの「絶対戦争」の発生です。まさに唯一の前衛という図式なくして、こんな内ゲバは戦えません。勝ったほうが唯一の前衛として大衆を集約するという散漫に駆られたのです。」

「もう1つは同じ理由が別の形で表れたもにともいえるものですが、武装闘争を主張する赤軍派のブントからの分派と「戦争」への突入に象徴される事態です。そこでは遅れた大衆闘争を軽蔑するような「壮大なゼロ」ということがいわれました。」

「その結果、戦術のレベルアップのみが権力を倒せるという自縄自縛の世界が生まれていったのです。そんな唯武器主義思想のもとでは、太衆闘争は、党派の闘いを支持する兵站でしかないことになってしまいます。」

「新左翼はその結果、既成の運動とは距離を持つ別次元の闘い、武装闘争と内ゲバにますますはまり込んでいってしまったのです。ここにおいて新左翼は大衆的支持を失い、次第に運動的基盤を喪失していきます。
 孤立化がカルト化を促進し、精鋭化する一方で自滅への道を歩むようになってしまうのです。それが直接的に表れたのが72年初めに発覚していく、連合赤軍による同志殺害事件だったと思います。」(P111)

 ベトナム戦争や公害への怒りから、多くの青年たちが新左翼の運動に共鳴し、街頭に学園で闘争に駆り立てられ参加しました。わたしも田舎の1高校生として高校生の反戦運動に参加しました。

 しかし荒氏が記述しているような新左翼各セクトの嫌な体質がありました。
 人間を解放するための思想が人間を抑圧し、支配する原理には到底耐えられませんでした。高校ー大学と断続的に社会運動に関わりますが、「一生を託す」存在ではありえず1976年を最後に運動とは無縁になりました。

 でも引きづり、こだわりが40年経過してもあります。普段は生活に追われ忘れていることですが、政治と社会、社会運動とのかかわりは常に考えてきました。

 社会運動の中核におられた人の総括本だけに、「そういえばそうだったな」という思いは共有したことは確かでした。

 これからも「連合赤軍と新自由主義の総括」は考え検討していこうと思います。

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2009.08.08

もっとblogで社会への発言をしよう

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 信じられない話ですが「日本は世界1」のblog大国であるようです。開設されているブログは300万とも言われています。世界言語では少数派である日本語ブログの数が世界1というにはあらためて驚きます。

 でもブログのかなりの部分は1度作成されたきりで、更新されていないとか。迷惑ブログもかなりの割合で存在しているようですし。

 まともなブログの大半は「お食事」ブログ。お店の料理の紹介などが殆ど。後は趣味系。社会に対して発言しているブログは今でも少数派でしょうね。

 でもそれはもったいないと思う。マスコミが記者クラブという「談合組織」である事実もあります。「マスコミは事実を伝えるが、事実の一部しか伝えない。」「事実を意識的に伝えないマスコミも存在する」のですし。

 愛媛県警の不正な裏金作りを告発した仙波敏郎さんの高知での講演会は全くマスコミでは報道されませんでしたし。

 情報発信の環境にあるものはどんどん発信しましょう。そうでないといけないと思います。

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