社会思想問題

2008.07.03

種火を消さないようにしよう!

 後期高齢者医療制度。あいつぐ中央官僚のでたらめぶりと無駄遣い。格差社会の蔓延。日本人はおとなしい。韓国人のようにロウソク持って街頭へ来りだし100万人デモをするとかしない。フランス人も熱い。すぐに街頭で示威行動をしますし。

 そんな日本人のおとなしさもあってか、ずっと淡々と市民活動をされている知人も最近落ち込みがちに。「街頭での反応も今ひとつだし。なんで皆抗議行動をしないのか」「講演会ばかりで実際の行動につながらないという焦りもありますね・」とも。

 運営に苦労している主催者ならではの悩みでしょう。孤立しているのではないか。見張られているのではないかと。でも全然心配はいりません。みんな声こそかけてれませんが、ちゃんと見てくれていますし。

 ガソリンは可燃性物質です。引火点はマイナス40度です。「燃焼」するためには、3つの要素が必要です。

1)可燃性物質(ガソリン・灯油・紙)などの燃えるものの存在

2)発火源(炎や火花)など

3)酸素供給源(酸素を含む空気)

 つまり「種火」も発火源の1つです。見かけは細々とした市民活動です。でもとても大切です。

 可燃性物質(世の中の空気。雰囲気)は爆発寸前です。燃えるには酸素が必要。それは社会思想であると思います。

 そのときを待ちましょう。そのためには社会思想の熟成も必要です。そろそろまとめてみたいと思っています。


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2008.06.04

天安門事件から19年

 1989年6月4日。中国革命の象徴とも言える天安門広場。社会の民主化を求める学生や市民が集会をしていたところへ、人民解放軍の戦車が突入。非武装の学生や市民を虐殺した事件が天安門事件

 中国当局は以後統制を強めました。経済発展はしましたが政治的自由はなく。インターネットの世界でも検索エンジンで「天安門事件」と入力しても「記録がありません」と中国国内では表示する状態が今でも続いています。

 天安門事件に関する日本のGoogleの記事

 自分自身の社会意識の形成においては物凄いショック。中学ー高校生時代は勉強もせず毛沢東思想の学習に打ち込んでいたのですから。連合赤軍事件党派の内ゲバの進展で現実の社会運動からは遠ざかり国内的には整理はついてはいましたが・・。

 四川大地震で欠陥工事で倒壊した学校の校舎の下敷きになり死亡した学童の父兄たちが当局に抗議に立ち上がりました。ついに中国当局はその抗議の声を弾圧する方向に向いました。ちっとも体質は変わっていないのです。

 校舎倒壊の遺族、地元警察に阻止され損賠提訴できず(讀賣新聞)

 北京五輪に向けた統制強化を進めています。

 五輪会場での政治活動禁止 中国、外国人に法律指南(朝日新聞)

 中国当局は経済発展ですべての矛盾は解決できるように吹聴していますが、「格差が拡大」しただけでした。中華民族主義で体制の危機を乗り越えようとして、聖火リレーの折にも中国人留学生を動員して、少数の意見など耳を貸さない国であることを全世界に宣伝していました。

 中国社会の矛盾は天安門事件に集約しています。事件は時間の経過とともには決して風化しません。一党独裁主義が中国社会をいびつにし、近隣諸国に脅威を与えるからです。必ず民主化の波は起こると信じています。

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そろそろアウトプットしてみようか

 ここ15年ぐらいはずっと単独活動のみでした。ユニットで活動することはなく、8年前からたまたま始めた高知シティFMでの番組制作は、ひたすら人様の話を聞き、質問し、書き取る作業に徹しました。それはそれで良かったと思います。

 普段は会うことのない人に、気軽に声をかけ、質問をし対話する。そしてもう一度収録テープを聞き、書き留めていく。その人の世界を少しだけでも共有化できる。それには偏見なしの心が必要でした。
Nakatanigen

 中高年のおっさんになってもより人の話を聞くことができました。それは本当に意義のあることでした。自分だけの喜びとするのにはあまりにもったいないので、聞き取りそれをホームページやブログに加工し公表することをしています。

 こうすることですぐに相手の話や考え方を思い出すことができます。
Shyoroku1

 そろそろ今度は自分のほうが情報を発信することはできないかとも思います。今社会は大きく変動しています。政治も経済もなにもかにもです。

 新自由主義と言う身勝手な地球と人類を滅ぼす市場原理主義が世界を支配しようとしています。これを完全に滅ぼさないと人類は滅亡するでしょう。人を差別し、格差を固定し、精神的にも追い込んでいく金銭第一主義の社会を壊さないといけないと思います。

 ならばどのような社会があるべき社会なのか?その社会の実現のために政治の仕組み、経済の仕組みはどうあるべきなのか?そのあたりをきちんと今後は発言していきたいと思います。

 仕事も大変な有様で市民運動などする余裕もありませんし。でも声を張り上げて言わねばならないことはたくさんあります。黙っていれば市場原理主義者どもにいいようにやられ格差社会と階級社会をこしらえることが「改革」であるとデマ宣伝に惑わされてしまいますし。

 そんなことになれば日本は亡びます。そうはさせない!

 とりあえず決意表明をしてみました。
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(日本の諸悪の根元を打倒しましょう。)

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2008.05.27

新自由主義に変わる社会思想の確立を

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 とにかく人間を追い詰め、格差社会をこしらえる悪の考え方である新自由主義。市場原理主義とも言います。「自由」と名前をついているが大多数の人たちは自由を享受することなく、食料も働く手段も限られ生活の低下が強いられます。

 日本でも2001年の小泉内閣以来「構造改革」と称して労働市場の破壊ー格差社会の導入を行い日本を乾いた格差社会にし国民生活を破壊しました。壊れたのは自民党でなく国民生活でした。

 「グローバル・スターダード」=アメリカ・スターダードの押し付けと日本社会の破壊は互助精神を破壊し、乾いた無責任社会を生み出しました。

 結果若者も中高年も高齢者も将来に不安を持ち社会への不満を蓄積させています。この怒りをどうまとめ社会変革のエネルギーとするのかが問われています。

 かつての社会主義のよさも見直しながら、情報が公開され、誰もが物が言え、ほどほどの生活が保障され、自然と共存する社会はどうすれば構築できるのか?一党独裁の民主集中制度の組織原理はごめんだし。

 政治や社会運動の目的はまさにそうだ。新自由主義を完全に追放する為に全力で立ち上がらないといけない。

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2008.04.04

日本は民主主義国なのか?

 言論の自由と政治的な自由のない中国で市民が街頭へ繰出しデモ行進することは命がけのことです。中国政府高官は平和的な抗議行動を「暴徒」と呼び、戦車と特殊部隊を繰出し市民を逮捕し虐殺しています。

 のんきな日本は民主主義国なのか?最近民主主義社会を脅かす事態が4つありました。

1つは「立川自衛隊官舎ビラまき逮捕」事件です。自衛隊官舎のポストに「自衛隊のイラク派兵反対」の趣旨のビラを投函したちして市民が逮捕され有罪判決が出されました。
 宅配ピザの投函はOKで自衛隊派兵反対のビラが何故いけないのか?統制の臭いがしています。

2つ目は「西武プリンスホテルの日教組大会の使用断り事件」。直前の会場変更が出来ない時期にキャンセルされたら主催者側は全国大会は出来ないし。あらかじめわかったうえでの西武の行動であるとしたら極めて悪質な経営者であるといえますね。

3つめは「映画靖国を上映する映画館がなくなった。」ことですね。中国人監督の独自の視点で描かれた映画靖国。個人的には鑑賞してみたい。中国政府のチベット人への弾圧行為もあり国民感情を配慮しての映画館側の事なかれ主義でしょうが、中国政府と同様の態度を日本がしてはいけないですね。

4つめは「迷惑施設の受け入れと交付金」を露骨に国側が地方自治に干渉し、受け入れ反対市長を選挙で追い出した岩国市の事例。地方自治の破壊でしかない。選挙の翌日沖縄で米軍兵士による女子中学生暴行事件がありましたし。地方自治と人間の尊厳をお金で売り渡すことはできないと思います。

 7月5日にその岩国市前市長の井原氏が高知市で講演会を開催します。サロン金曜日の主催です。

高知市共済会館で午後2時から講演会。会費は1000円。(高校生以下は無料。)

 PDFファイルを参考下さい。

「chirashitypeb03.pdf」をダウンロード


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2008.03.27

毛沢東思想を信仰していた者として自己批判します

 チベット地域周辺市民、少数民族に対する中国当局の虐殺行為と強権的な弾圧、外国メディアに対する報道管制に断固抗議します。五輪を「政治的に利用」し、人殺しをしている中国はオリンピックを開催する資格はない。

 国境なき記者団がアテネで抗議したときの旗は5つの手錠で北京五輪を描いていました。実態はそのとおりです。酷い人権侵害であり、人民への弾圧です。

 私は中学時代毛沢東思想を信仰し、文化大革命に憧れていました。「造反有理」という4文字熟語を実践すべく活動していました。学校の勉強をせず1時期毛沢東の著作ばかり読んでいた時期もありましたし。

 しかし最近文化大革命のデタラメさ、残忍さを知りました。中国でも文化大革命に関わった人達がようやく重い口を開きだしました。元紅衛兵の人。元党幹部の人。追及した人、追及された人。40年の歳月が歴史を語れるようになったのでしょう。

 でもチベット問題のように異民族が絡む問題は、そういうわけにはいかないようです。このWEBの時代に中国政府と中国共産党は情報統制をしようとしています。それに対しYahooやGoogleが民主化運動の摘発の為に中国公安当局に商売の為協力しているようですし。酷い話です。

 中国のネット検閲をめぐって--「国境なき記者団」の考え

 元毛沢東主義者として一時的であれ、その思想を信仰したことを恥じます。人権を抑圧し、人殺しをする中国政府と中国共産党は間違っています。1989年の天安門事件でも反省していないし、抑圧的な社会を外資導入による経済発展でごまかし、矛盾を覆い隠してきました。そしてその「仕上げ」が北京五輪であることがわかりました。
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(1986年の北京。日本青年会議所の一員で行きました。3年後の1989年にこの天安門広場で青少年市民を中国共産党は虐殺した。勝手に憧れていた「人民解放の思想」は崩壊しました。)
 北京五輪には、サッカーや野球、女子マラソンや水泳など見たい競技もあり楽しみにしていましたが、人殺しをし人権抑圧している中国政府が主催するのであれば、見たくはありません。ただちに中止すべきです。

 人殺しをしている中国政府が「平和の祭典」である五輪を「政治利用」することは許されないと思います。

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2008.03.19

一瞬の輝きは人々を魅了した。でも2度と輝くことはなかった。

 週刊ポスト3月28日号の166ページに「現場の磁力 第78回千代田区・三崎町 一瞬の輝きから40年 元日大全共闘議長、秋田明大氏「4つの子ォと年金が不安やけん」というレポート記事が掲載されています。

 山藤章一郎と本誌取材班が執筆したレポート記事のようです。秋田明大氏にも何度も取材し、丁寧な取材をしているようです。
 あの頃20歳だった人も60歳。あの頃中学生だった私は立派な中高年親父になりました。

 社会運動としてみたら全共闘運動というものは、この記事の見出しのように「一瞬の輝き」であったと思います。その後は2度と現れることなく40年経過してしまったということでしょう。体験した当事者でないとわからない世界でしょう。

 「その時代」にミーハー的に勝手に憧れていたいた世代にすれば、「一瞬の輝き」を現実の世界で再現を求めることは無理であると思いますね。わたしの若い頃の時代にはそんな「一瞬の輝き」は全然ありませんでしたし。

 同窓会もありませんし、懐かしむ体験もありません。ただ記事を読んでいて淡々と生きている秋田明大さんですが、「一瞬の輝き」の頂点に短期間だけいたものしかわからぬ苦悩を感じました。もう良いのではないかとも思う。彼に「一瞬の輝き」時代のレッテルを貼ることは。

 またその種の懐古記事はなんの社会的意義もありません。当時の運動は何も生み出さなかったし、継承すべきなにもなかったのですから。

 NHKのバラエティ番組のなかで「その時代」の現象として表現されることでおしまいでしょう。それ以上でもそれ以下でもないことでしょう。

 今現実に起きていることをそのつど問題解決していく。それが今の私です。あまりに大きな「一瞬の輝き」があれば、なかなか生きることは大変であると思いました。もう秋田さんのことは忘れるべきでしょうし、そっとしてあげるべきでしょう。

 大変な現実が日本社会には横たわっていますし、年を取ろうがなんだろうが行動しないといけないことがたくさんあると思うからです。わたしには過去を懐かしむ余裕はありませんし。

 読後感は、なんだか虚しい。ということです。秋田さんは田舎で立派に生きているのではないか。それでいいと思いました。

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2008.03.13

人間を解放する思想の支配性について

 人間を解放する思想のはずが人間を徹底的に管理し、支配する。それが「社会主義」だった。ソ連型でも中国型でも日本共産党でも新左翼でもみな同じようなもんやった。

少年時代に心酔していた毛沢東思想もそうだった。大学生の時にはブント(共産主義者同盟)の考え方の中に思想家吉本隆明氏に影響を受けた一派があり、比較的自由な雰囲気ではあったが1976年に解体し消滅した。以後再登場せず30年が経過しました。今の時代を相対化できない思想性であったのですね。その程度のものだったんです。残念ですが・・。

 人の自由な経済活動を保証し、とことん能力次第でいくらでも報酬が得られるという建前の「新自由主義」。これは19世紀型の自由主義以上の悪質な思想。経営者だけに都合がよく勤労者の権利は破壊、賃金水準も国際化され大幅な賃下げと待遇の悪化が社会の格差を生み出しました。

 20世紀の資本主義が社会主義との対抗上、社会保障政策や勤労者対策を行い、ニューディール政策のような修正資本主義で雇用対策を行って社会不安をなくしてきました。新自主主義は経済学は異端のハイエクあたりの考えでしょうが、1980年代のレーガン・サッチャーあたりで台頭し、2001年に遅れて日本へ導入されました。小泉内閣は日本を格差社会にし荒廃させました。

 小泉ー安倍政権の成果は極端な格差社会の到来。教育現場の破壊。年間3万人の自殺者。国は何の対策もせず金持ちと株主だけを優遇し、勤労者の待遇をアジア諸国並に切り下げました。ニートや不正規労働者が多く少子化問題が叫ばれても政府は無関心。アジアの労働力を活用し「賃下げ圧力」をすれば大企業は際限なく儲けるからですね。

 それでいて安倍晋三は愛国心を叫んでいました。「空気が読めないボンボン」だったので政権を投げ出さざるを得なかったのでしょう。格差社会に喘ぐ国民をないがしろにし、アメリカ軍に「思いやり予算」をつける日本政府はやはり異常な存在だと言えますね。

 「社会主義」は、もともと不十分な社会性が破綻し、独裁国家ゆえに民主主義も発展しませんでした。だからロシアや中国でより情け容赦のない資本主義が導入され、人間の尊厳も環境も破壊されつつあります。社会主義の祖国は見るも無残な格差社会に成り果てました。

 わたしが大学へ入学した1973年当時は従来のソ連型、中国型の社会主義に異を唱えた初期のマルクスの思想を研究することが盛んでした。イタリアの思想家で異端とされたアントニオ・グラムシや、レーニンと同時代に対立したドイツの革命家ローザ・ルクセンブルクなどが注目され研究されていました。

 陰惨なセクト同士の内ゲバに嫌気がさしていたので、図書館にこもってある時期必死で読んでいたこともありました。今でも多少その時代の思想の影響はあります。でも初期マルクスは社会の表面からは消えてしまいましたね。どうなっているのでしょうか?

 60年代初頭の人たちのように理論や党活動から社会主義運動に入っていません。高校や大学や街頭運動のなかから社会主義の運動体に触れました。でも新旧左翼の多くは人を解放すると言いつつ、人を支配する組織原理で動いている運動体が殆どでした。諸悪の根源はレーニンの「民主集中制」という独裁主義も大きな要因ですね。党内民主主義をすべて否定しましたから。

 当時からサブカルチャーは台頭していたから思想面でこけても癒されることはありましたね。学生時代は吉本隆明や埴谷雄高、鮎川信夫、高橋和巳、内田義彦、大塚久雄、高橋亀吉、丸山真男、島尾敏男、谷川雁、なんかを寝転んで読んでいましたね。

 東京での社会人時代は営業が面白くてひたすら走りまわっていました。家庭の事情で高知へ戻った当初はスランプでしたので、文学全集をちかくの市民図書館で借りて読んでいました。

 1987年あたりから再びまちづくりに興味をもち、社会主義的なアプローチではなくアメリカの市民運動のやりかたに興味を持ちました。専門外の都市計画や建築関係の本を取り寄せ読みました。そのばあい社会主義運動をしている連中は都市論がないことに気がつきました。「快適都市」という概念は田園都市構想の英国の社会思想と「アメニティ」という言葉から発案したものでした。
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 せっかくパリコミューンの経験があるのにレーニンあたりが矮小化して(「国家と革命」)などで「社会主義者」は都市づくりの議論を馬鹿にしていると憤りました。ほいたら自分で都市論をこしらえちゃると力んで1990年前後はそれなりに勉強し、セミナーもしました。都市再開発セミナーですね

 市民参加の梯子段。この図式は優れもの。高知県庁が多用する「県民との協働」などと言いますが、それはどの段階なのか、市民参加は保障されているのかを見抜く場合の指標になりますね。

 そして今に成りました。いろんな経験。失敗もしました。でもそれは隠し味。全部プラスに考えています。そして「与えられた」条件を最大限に生かして面白おかしい地域をこしらえてみたい。本気で最近はそう思っています。

 今年は「なにがしか」のことができるような気がしています。根拠のない強がりかもしれませんが面白おかしく行動してみようと思いました。
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幻想を抱くのをもうやめよう

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 社会運動は過去がどうであったのかの検証や思い出に浸ることよりも、今ある現実をどうするのか。その「問題解決手段」であり即行動することであると思う。
 肝心要の時にいたり動かない政党や労組という存在は、もはや社会運動体とは言えない。

 具体的な現実で言えばつい1年前の高知県東洋町での高レベル放射性廃棄物問題でありますね。多くの政党や労組は統一地方選挙組織内候補者の支援を名目に東洋町の反対運動に支援を殆どしませんでした。

 わたしとて僅かの支援しかできませんでした。でも懸命に支援活動を手弁当でしていた市民活動の有志の皆様やサーファーや徳島県の皆さん方の支援が大きかったと思います。またなにより東洋町の町民の皆様が巨額の交付金の誘惑に負けずに「いつまでも深呼吸のできるまちでありたい。と頑張っていただいたことが何よりも大きい。

 東洋町町選挙のレポート

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 高知県全体が揺れていたのはまだつい1年前のことでした。街頭で週末に署名活動をした程度でした。体調も今ひとつでしたし。むしろ核問題が一段落してから東洋町をサポートしようということで、東洋町サポータークラブの活動に今は重点に置いています。
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(高知県民は東洋町の皆さんに恩義があります。)
 核の交付金に依存しないまちづくりができることが東洋町が発展する道であるし、環境と共存したまちづくりになると思うからです。高知県に生きるものはただ国に依存し交付金や補助金にすがるのではなく、高知県の「あるもの」「あるべきもの」を最大活用して人間として誇れるまちづくりをしたいと思います。

 実践的な社会運動に関わっていきたいと決意いたします。「話しの話し」や「思いで話」とは決別することを宣言いたします。

だれかが言うていました。「見えない関係が見え始めた時、両者はたがいに深く決別している。」その言葉は正確がどうかはわかりませんが、今思い出しました。強風の海へ繰出す躍動感を感じています。

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2008.02.26

2・26からもう72年目の今日

 1936年2月26日東京で当時の日本陸軍の将兵が軍事行動を起こしました。主要官庁を占拠し、クーデターをもくろみました。歴史では2・26事件と言われています。

 政党政治の腐敗、農村の困窮。今以上の格差社会に怒れる将兵が決起した行動でした。彼らの心情は「昭和維新の歌」で語り継がれています。

 関連ブログ記事「昭和維新の歌」がリアルに聞こる日本社会

 この歌詞は何故か2番までは唄えますし・・。

泪羅(べきら)の渕に波騒ぎ
巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
混濁(こんだく)の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧く

権門(けんもん)上(かみ)に傲(おご)れども
国を憂うる誠なし
財閥富を誇れども
社稷(しゃしょく)を思う心なし

 確か漢文の時間で習いましたが中国の屈原さんという学者の人が世の中の腐敗に怒り、泪羅という湖に投身自殺されました。その生涯を嘆き悲しんだ人々が彼の人柄を偲んで慕っていたと言う古事に由来があるようでした。
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当時は日本の農村社会は飢餓状態の地域がありました。
 現在ではアメリカに追随する小泉純一郎元首相のおかげで日本は格差社会になりました。

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2008.02.21

高知県民としての誇りを感じる

 岩国市長選挙の結果を見て、長州山口には吉田松陰の思想「草莽崛起(そうもうくっき)は亡んだと思いました。

 だいたいアメリカ軍の再編問題もブッシュ政権に巣食うネオコン(戦争屋)の軍事戦略であり、その戦略はイラク戦争の失敗で破綻しています。来年の米国大統領選挙で民主・共和のどちらの候補者が大統領になってもブッシュ大統領の路線は継続されないことは確定されています。

 ということは日本における米軍再編も中止になる可能性もありますね。であるならば政府・与党は何故なりふりかまわず自治体への交付金をちらつかせ、地方自治の破壊活動までしたのでしょうか?不思議です。

 交付金に頼らざるを得ない自治体の危機は大変です。たとえ奴隷になっても生活は維持したい。なんとかしたいという経済至上主義がかろうじて過半数を制したのでしょう。長州では吉田松陰の思想は遂に亡びました。残念です。

 高知県では全国所得46位。失業率も高く、企業はどんどん倒産しています。でもかつての窪川町で原子力発電所への誘致の反対、土佐清水の大岐の浜での西武によるリゾート開発への反対(堤義明氏は失脚したのですからやらなくて正解)。そして東洋町での高レベル放射性廃棄物最終処分場への明確な反対の意志の表明。

 わが高知県民は金銭的な満足よりも未来の子孫への自然や人の輪を残したのです。
 東洋町で魚箱のスチロールの白い蓋にマジックで「核はいらん」と書かれてパレードしている東洋町の人達の姿を見て体が熱く成りました。どんな組織政党の社会運動よりも遥かに強固な意志を感じたからです。
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(この人達の地域に対する熱い想いを忘れてはならない。)
 これからも高知県民は国の「売国奴的」な政策に乗ることもなく、自立的な発展、環境と調和した経済の発展をしていくと信じています。

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2008.01.24

このままでは、日本の経済は失速するでしょうね

 小泉内閣時代の「構造改革」なるものは、国民に「格差社会」を生み出し、勤労者所得は減り、大企業の経営者と株主優遇にて金権主義の世の中を作り出した。
 規制緩和の大合唱で現れた経営者といえば、ホリエモンや村上フォンドの品性なき金の亡者。グッドウエルやコムソンのように派遣労働者やホームヘルパーの真摯な労働を食い物にする悪徳経営者しか生み出せなかった。

 景気は回復しているという宣伝も、実はサブプライムというバブル景気による借金漬けのアメリカ市民に車や家電製品を売りつけて儲けただけのこと。主に内需の拡大は公共工事のみでしたが、さすがに財政破綻の恐れから減少せざるを得なく成りましたね。

 では解決策はあるのか?ありますね。日本は世界最高水準の環境技術先進国です。そのノウハウを政府として社会の仕組みにして、国全体を環境保全大国に変心させることでしょう。
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(日本は地震太国です。1946年の昭和南海地震)

 地球温暖化対策に日本の評価が著しく低いのは、全世界の地震の10%強が狭小な日本でひき起こされて老いるにもかかわらず、53基の原子力発電を稼動させているクレージーさではないでしょうか。

 日本海側は直下型活断層型地震。太平側はプレート型巨大地震が起こります。新潟柏崎刈羽原子力発電所は深刻なダメージを受けました。未だに安全性の確認がなされているようにありません。

 多資源消費型の経済活動では環境先進国と言えないし、地球温暖化での評点は低いのは当たり前です。原子力発電を国策として推進すれば、安全性に問題があるからどうしてもバックアップに火力発電所が必要になり、二酸化炭素排出量が増加するのは当然でしょう。

 ブログそれがたまるかで言われているように、ドイツは自前のエネルギーで発電することを国策にしています。水力と風力発電です。それが一貫しているので株式市場の評価も高いのです。

 日本は最近大手の製紙会社が横並びで「環境対応再生紙」の偽装をしました。いつまでもこんなことをしているので外国人投資家から見放され株価が下落したのです。
 構造改革で不利益を被ったのは地方経済と勤労者です。まやかしの構造改革をただちにやめさせ、環境保全型社会に転換しないと日本経済は没落するでしょう。

 電化住宅は結構なことですが、その電力が火力や原子力で生み出されている限り、地球環境問題には全然やさしくないのですから。そのあたりの経営者と国民の無関心さが世界の投資家の日本に対する低い評価ではないのかと思われますね。

 本当の構造改革とは自国でのエネルギー資源の獲得(風力・水力など)であり、環境保全型農業の推進であり、多資源消費型の産業構造の見直し(24時間営業を停止させる)など方策はいくらでもあります。

 きちんと身の丈の経済を推進することが、日本の国際評価を高めるのですから。

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2008.01.16

異種の考えを認め尊敬する社会の構築を

 つくづく青少年時代を振り返り、間違っていたと思うことがあります。それは唯一絶対と信じていた当時の革命主義(毛沢東主義であるとかブント)が間違っていたということでしょうか。

 ようするに1神教的な思想は駄目ではないかと思うようになりました。自分達の信じている神や思想や党組織だけが正しく、他はすべて間違っている。日々の活動は正しい思想や考え方を間違っている考えで行動している人達に押し付け改宗させることである。そう本気で思い込んでいた時期もありました。

 しかし相手方もそう思い込んでいたとしたら、妥協の余地はなくお互いを撃滅するまで永遠に戦い続けないといけませんね。新左翼セクト間の凄惨な「内ゲバ」もそうでしたし、1972年の連合赤軍による仲間をリンチし「総括」と称して殺害することもそうでした。

 結局それはレーニンによる党組織運営のやり口である「民主集中制」といわれる組織論に起因します。「下部は上部に従う。党員は中央委員会に従う」という鉄のピラミッドの組織。レーニンの考え方は強制収容所と秘密警察と思想の自由、政治活動の自由を奪いました。ナチスは全くレーニンを裏返したパロディのようなものです。

 異教を一切認めない原理主義的な宗教も同じようなもの。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の原理主義者が争いを続けていましたら1000年経過しようが争いは終結しようにもありません。人類の知恵を武器や核兵器に費やす愚かさをその状態では永遠に払拭できないでしょう。

 最近の新自由主義という政府にとりついている魔物も、株主絶対主義であり、顧客や消費者の利益よりも株主や投資家の利益のみにしか配慮しないハゲタカ資本主義、最も品性のない資本主義そのものですね。規制が緩和されて誰が利益を得たのか、だれが不利益を被ったのか。少し日本社会や身の回りの地域社会を観察すればまやかしは明確です。

 日本も一時期、原理主義的な1神教の考えが支配した時代がありました。その結果無謀な世界大戦を誘発し、国土は焦土になり、多数の国民や近隣諸国の人達が戦争の犠牲になりました。

 敗戦後日本が急速に経済発展したのも多元的な価値観を認める社会になったからでしょう。政権政党である自民党が多様な価値観を認め、共有する国民政党であったからです。

 安倍晋三前首相は偏狭な原理主義的な思想で日本国を統治しようともくろみましたが、吉田茂氏が作り上げた戦後レジームの前にあえなく崩壊しました。共産党が支持が拡大しないのも1神教にとらわれているからです。

 参考ブログ記事「吉田茂とその時代を読んで

 日本ではキリスト教も1党独裁的な共産主義も広範な支持を集められません。ある意味とても健全な社会です。インドと日本が21世紀を担うと思います。

 ローマ帝国は多元国家であるからこそ1000年繁栄したのです。