社会思想問題

2017.06.15

共謀罪反対集会に参加しました

 2017年6月15日は、日本国民は終生忘れてはいけない日です。政府・与党が委員会審議を蹴飛ばして、未明に参議院本会議で「共謀罪」を強行採択した最悪の日です。賛成した与党(自民党・公明党)と維新の議員はこれから全員を「ファシスト議員」と呼ばなければならないでしょう。民主主義の破壊者であり、国会を冒涜しましたので。

 何度も言いますが私は政党や労組には全く無縁な市井の市民の1人です。あんまり腹が立ったんで、高知市中央公園北口前での共謀罪反対集会に私個人の意志で参加しました。
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 集会には政党筋、労組筋を中心に、市民団体等の関係者、宗教関係者など約200人が参加していました。午後6時から集会は始まりました。
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 最初に憲法アクション高知の代表者の人がスピーチされました。
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「最近ロンドンやパリで起きているテロは、単独犯、一匹オオカミの自爆テロです。組織犯罪と言えるものではありません。」

「政府は特定暴力組織犯罪集団を特定し、一般の市民団体は対象外と最初は言っていましたが、金田法務大臣は、一般の市民団体も対象となると言っています。」

「委員会審議をすっ飛ばしたのは、委員会のやりとりがテレビ中継され、政府答弁がしどろもどろになる姿を国民身見せたくはない事。それと強行採決した場面で与野党議員がもみくちゃになる場面を中継されたくなかったからでしょう。都議選の影響があると公明党の判断がはたらいたのではないでしょうか。」

「わすれない。あきらめない。手を結ぶことが何より大事です。」

「最近の各社の世論調査では明らかに安倍内閣の支持率が下がっています。
毎日新聞では、安倍内閣支持が46%、不支持が44%と拮抗しています。」

 日経WEBでは指示が27%です。週刊文春では22%と急降下です。

 一方前川前文科省事務次官の支持率は74%、安倍首相の支持率は23%です」

「わかっている人がまわりに伝えていただきたい。そして決して萎縮しないことです。居酒屋でも安倍内閣批判をやりましょう。」

「安倍内閣は3つの武器を手に入れています。

①1つ目は小選挙区制度によって自民党本部が所属議員の生殺権を握っていることです。安倍総理にはむかう議員がいなくなりました。公明党も自民党の協力なしでは小選挙区では当選出来ませんから、逆らえません。

②マスコミを支配したこと。読売新聞や産経新聞は政府・自民党の機関紙に成り下がりました。

③内閣府による600人の官僚への支配権を強化した。」ことです。」
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 また登壇されましたキリスト教の牧師さんはこう言いました。

「有名な牧師でナチスに対する抵抗した人の詩を朗読します。

マルティン・ニーメラーの詩でした。


「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

 6時半位に44年ぶりに再開する人から電話があり集会の途中で中座させていただきました。

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共謀罪には反対します!!


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珍しく高知新聞「声・ひろば」への投稿文が掲載されました。そしてそれを個人ブログに書きました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-26ed.html

「復古主義では滅びます」(個人ブログの記事)

それを讀んだ県外在住の友人から「讀んだぞ」との一言とともに以下の詩を教えていただきました。


 ドイツの反ナチ闘争で活躍した牧師、マルティン・ニーメラーの詩を友人は紹介してくれました。

「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

 本日午後6時から憲法アクション主催で「共謀罪反対集会」が、高知市中央公園北口で開催されます。わたしは政党筋でもなく、労組筋でもなく、ただの市井の1市民として集会に参加する予定です。

」黙っておれば日本国は「息苦しい全体主義国家」になります。

 声を張り上げて共謀罪に反対しましょう!!

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2017.06.11

思わぬ新聞読者欄投稿の反応


雨の1日ですね
 予想どうり夜半からの雨がしとしと降っています。今日は1日雨模様とか。それだけ昨日の晴れ間は貴重でした。

 昨日朝から夕方まで[海の散帆」をしていました。片付けが終わると携帯に中学時代の恩師の先生から電話がありました。

「6月9日の投稿文は良かったですよ。S先生も喜んでいました。よくぞ言ってくれたと。」。ハーバーでもシニア・ヨットクラブのIさんからも「新聞見たよ」と言われました。やはり年配者は気にしているようです。

 しばらく高知新聞から嫌われていたのか3年か4年ぐらい投稿しても掲載してくれませんでした。選者が変わったかもしれません。

 でも次はまた3年後になるかもしれないので、2017年6月9日号の私の投稿文「復古主義では滅びます」を個人ブログにも書きました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2017/…/post-26ed.html

 今朝は午前中は父(97歳)のリハビリゴルフの付き添いに行きます。意欲は大事にしたいです。

 久しく会っていない友人のUさんから以下のメールが来ていました。

金曜日の高新 読者の広場への投書は良かった。わかりやすく、訴えています。とんでもない時代がすぐ、そこに来ているね。日本が国際社会の一員として、国連に加盟し、役割を果たそうとするなら、「日本は人殺しの金は出しても、人は出しません」と、立派に誇ればいいのです。左翼は戦争そのものを、理念的,観念的に否定するものだから。「人殺しの金」ということを、言えないのです。

世界の先進国、大国と言われる国で、軍隊を持ち、戦争に参加しないという国が、世界に一つあってもいいのです。革命や独立戦争を経て、民主主義を獲得した欧米諸国では、国家が軍隊を持たないということは、現実的に考えられません。日本は憲法9条を持ち、「人殺しの戦争には、金を出しても人は出せない」ということを、僕たちは、リアリスチックに誇っていいのです。人類の歴史に、こんな国家はなかったことを自信を持って、内外に誇ればいいのです。これはすごい、立派で尊いことです

ドイツの反ナチ闘争で活躍した牧師、マルティン・ニーメラーの詩はご存知ですよね。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 「共謀罪」だけは絶対に許せません。声を張り上げて反対しましょう!!
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2017.05.23

素晴らしいビックコミック・オリジナル

20日発売のビックコミック・オリジナル(6月5日号)。なかなかヘビーな内容ではないか。
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 登場人物が昭和天皇やアメリカの「赤狩り」の様子や、政治家の裏側を見せるまんがや、太宰治原作の「人間失格」まで盛りだくさんです。
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2017.05.03

没後20年司馬遼太郎展へ行きました。


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 2017年5月3日は、午後から父を介護予防通所サービスへ送り出してから家内と2人で徒歩で行きました。憲法記念日なので、「憲法施行70周年県民の集い」へ参加したかったのですが、終了時刻が16時半との事。16時には自宅にいませんと両親をデイサービスから引き取れませんので断念しました。

 それで高知県立文学館で5月25日まで開催中の「没後20年司馬遼太郎展 21世紀”未来の街角”で」を見学しに行きました。こちらは商店街の騒がしさとは無縁で、司馬遼太郎さんの世界を堪能できました。

 義母より1年前の1996年に司馬遼太郎さんはご逝去されています。多くの歴史小説を出筆されておられます。私も何冊か読みました。

 また晩年には「この国のかたち」という随筆や対談集を出されました。ご自身の戦争体験や、歴史から見た現代社会のあり方を鋭く問いかけています。

 個人ブログに「司馬遼太郎氏の帝国主義論」というカテゴリーにまとめて見ました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21875235/index.html

 展示の中にありました「この国のかたち」に印象に残る言葉を残されています。


「統帥権の無限性」

 これは4年前に愛媛県松山市の坂の上の雲ミュージアムの展示室で購入した評論「「昭和という国家」(司馬遼太郎・著・第1刷1999年第23刷2012年刊・NHK出版)を讀んだ感想を書きました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-e9b9.html

「日本という国の森に、大正末年、昭和元年くらいから敗戦まで魔法使いが杖をポンとたたいてのではないでしょうか。

 その森全体を魔法の森にしてしまった。発想された政策、戦略あるいは国内の締め付け、これらは全部変な、いびつなものでした。

 魔法の森からノモンハンが現れ、中国侵略が現れ、太平洋戦争も現れた。」

 司馬遼太郎が、軍部官僚の「統帥権」という、正義の体形が充満して、国家や社会を振り回していた、”昭和という時代”を骨身に軋むように想いで「解剖」する。日本のあすをつくるために。」と書かれていました。

 また「雑貨屋の帝国主義」という表現も鋭く的確です。

”雑貨屋”の帝国主義


 「この国のかたち」にきちんと説明されています。

「「なぜ、日本は、勝利後、にわかにづくりの大海軍を半減して、みずからの防衛に適合した海軍にもどさなかったのか」ということである。

 日露戦争における海軍は、大規模な海軍たらざるをえなかったことは、「坂の上の雲」(文藝春秋刊)を書いた私としては、十分わかっているつもりである。
 ロシアのウラジオストックにおける艦隊を討ち、かつ欧露から回航されてくる大艦隊と戦うためには。やむなく大海軍であることを必要とした。その応急の必要にせまられて、日本は開戦前、7,8年のあいだに、世界有数の大海軍を建設した。

 ロシア海軍はこれによってほぼ壊滅し、再建には半世紀以上かかるだろうといわれた。」(P37)

「大海軍とはいうのは、地球上のさまざまな土地に植民を持つ国にしてはじめて必要なものとなる。

 帝国というのが収奪の機構であるとすれば、16世紀の黄金時代のスペインこそその典型だった。史上最大の海軍が作られ、大艦と巨砲による威圧と収奪、陸兵の輸送と各地からの収奪物の運搬のためにその艦船はあらゆる海に出没した。

 16世紀末、その無敵艦隊をイギリスが破って、スペイン的な世界機構の相続者になり、機構をみがきあげるのである。

 当然、イギリスは大海軍を必要とした。蒸気機関の軍艦になってから世界の各地に石炭集積所を置いたために、港湾維持のための支配や外交がいよいよ精密化した。

 しかし、日露戦争終了の時には、日本は世界中に植民地などもっていないのである。」(P38)

  中略

「 しかしその当時の日本は朝鮮を奪ったところで、この段階の日本の産業界に過剰な商品など存在しないのである。朝鮮に対して売ったのは。タオル(それも英国製)とか、日本酒とか、その他の日用雑貨品がおもなものであった。タオルやマッチを売るがために他国を侵略する帝国主義がどこにあるのだろうか。」

「また、朝鮮を侵略するについても、そのことがソロバン勘定としてペイすることだったのか、ということをだれも考えなかった。

 その後の、”満州国”(昭和7年・1931年)をつくったときも、ペイの計算はなく、また結果としてペイしたわけでもなかった。」(P43)

「(中略)・・・・・・。

 日本からの商品が満州国に入る場合、無関税だった。この商品がこれ以後、華北に無関税で入るようになった。このため、上海あたりに芽を出していた中国の民族資本は総たおれになり、抗日への大合唱に参加するようになった。翌年、日本は泥沼の日中戦争に行ってします。

 ”満州”が儲かるようになったというのは、密輸の合法化という右のからくりのことをこのモノはいうのである。その商品たるやー昭和10年の段階でもなお人絹と砂糖と雑貨がおもだった。

 このちゃちな”帝国主義”のために国家そのものがほろぶことになる。1人のヒットラーもで出ずに、大勢でこんなばかな40年を持った国があるだろうか」(P46)

 司馬さんは「坂の上の雲」を書いたときに、戦争と言えるのは日露戦争ぐらいだろう。アメリカの仲裁があって辛勝した戦。日本海海戦は何故勝利したかの分析も何もない。無残な後日の敗戦は、その頃から準備されていたのですから。

 安倍晋三首相が「2020年に日本国憲法を破棄し、新しい憲法をこしらえる」と記者会見で吹聴しました。一体改憲論者は何を目指すのでしょうか?「雑貨屋の帝国主義」なのか「統帥権の復活」なのか?しかしそれはありえない。今上天皇陛下御自身が「平和国家建設」の強い意志で行動されています。少し考えたらわかることです。

 今回の文学館の展示では、16世紀、19世紀、21世紀と分けられ、作品の背景の解説がされていて、司馬文学の全貌がよくわかる展示になっていました。2時間近く展示を見ましたが、とても見ごたえがあり、感銘しました。
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 戻りに販売コーナーで「日本人への遺言」(朝日文庫・1999年刊)を購入しました。亡くなる直前までの対談集で貴重です。ゆっくり読んでみます。
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祝日本国憲法・制定70年


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 今日は日本国憲法が公布・制定されて70年の憲法記念日です。惨めな二次大戦の敗戦後、廃墟からの道しるべとして日本国憲法は機能し、国民各位に定着しました。
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 「国民主権」「基本的人権の確立」「平和主義」の三大項目は日本国憲法の根幹をなすものです。日本国民は敗戦後72年間平和を維持し、国民生活が豊かになりました。

 ごく1部の人達が「アメリカから押し付けられえた憲法だ。」「破棄して明治憲法に戻そう」と言う復古主義の主張も散見します。欽定憲法として出発した明治憲法(大日本帝国憲法)は、国民主権や基本的人権の概念が希薄であり、「統帥権」という無責任な国家体制で、戦争国家を突き進み、世界大戦へ突き進み惨めに敗戦を迎えてしまいました。


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 敗戦後昭和天皇陛下ご自身が「平和国家実現」の強い意志を示され、国民各位も日本国憲法を圧倒的に支持しました。焦土化していた日本が敗戦後驚異的な経済発展をし、先進国の仲間入りをすることができたのも私は日本国憲法のお蔭であると思います。
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 安倍内閣は「戦争法」や、「共謀罪」「緊急事態法」などを性急にも成立させて、日本国憲法を破壊しようと画策しています。近隣諸国と共存平和を継続し、経済発展してきた戦後の日本の「全否定」を画策しています。ありえません。
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 明治憲法は

1・「国家元首は天皇であり、権力の源泉であり、人民には西欧諸国のように分権はしない。同時に西洋諸国に強い影響力を行使してきたローマカトリック教会的な機能も明治以降の天皇制度に担わせました。

2・国民は国家への抵抗権も有する西欧的な「市民」ではなく、国の機軸である天皇に無条件に服従する「臣民」として位置付けられました。

3・天皇に政治的な権力も、国民の精神的な支柱も担わせました。西洋諸国は数百年の宗教戦争の教訓から「政教分離」を国家理念にしていますが、伊藤博文らは「利便性」だけで「輸入し」、政教分離には無関心だったように思います。

 急いで近代化し、欧米列強に対抗すべく、「尊王攘夷」で担ぎ上げた天皇を政治利用し、国民統制に使いました。戦前の日本社会の不幸が明治憲法制定当時から仕込まれていました。

 昭和天皇ご自身が「平和国家実現」の強固な意志を持っておられたのです。GHQなどアメリカ占領軍は、協力したと思います。欽定憲法では日本社会の民主化は無理でした。明治憲法を破却し、1から日本国憲法を策定したのです。

、国民主権と象徴天皇制、平和の実現の理念(憲法第9条)はすべて、連結しています。70年経過してなんら不自由さを感じません。80年。100年と歴史を積み重ねて行くべきであると私は思います。
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 4年ぐらい前に地元新聞の読者投稿欄に掲載されていました。

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2017.04.09

「親日派のための弁明」を読んで

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 「親日派のための弁明」(金 完燮・キムワンソプ・著・荒木和博・荒木信子・翻訳。草思社・2002年刊]を読みました。現在韓国では反日運動が高まり、大使館前や総領事館前の「慰安婦像」は撤去されず、5月実施の大統領選挙でも、野党の反日発言を繰り返す候補者が有力とか。

 かくも執拗に韓国社会は「反日」なのか?大戦前日本が統治した台湾ではむしろ親日的な人が多い。韓国では反日一色。何故なのかが正直わかりませんでした。

 筆者の金 完燮氏自身は、当初は反日観を強く持っていて日本に対して他の韓国人同様に憎悪を持っていたそうです。その対日観に変化を生じたのは、2年間のオーストラリアでの生活でした。同じように開発途上国として出発した韓国とオーストラリア。埋めがたい差は何か?

「オーストラリアと韓国を比較してみたとき、開発途上国として出発した国は一世代や二世代ぐらいの産業発展では、とうてい先進国になれないという事実を痛感しました。オーストリアと韓国にはそれほど大きな差があったのです。

 私は海外旅行を通して、国際社会における韓国と日本の位置をより客観的に認識できるようになり、朝鮮の開国期と日本統治について、一方的に歪曲された歴史認識から徐々に抜け出し、バランスのとれた認識がもてるようになったのだと思います。(P2 日本語版の序文)

 また金 完燮氏は、高校生時代に光州で命がけで武装闘争をした人物です。時の軍事独裁政権と対峙した人です。その後名門ソウル大学へ入学し、幅広い学問をされ、卒業後は雑誌記者を経て、作家、評論家になりました。

 20世紀初頭の日本と朝鮮との関わり、当時の日本の評価を客観的な視点からしています。

 「王と貴族による専制的な階級社会から抜け出し、法が支配する市民社会へと移行することは、朝鮮や日本だけでなく、世界のすべての国家にとってもっとも緊急の課題だった。」

「19世紀末、市民革命の潮流の中で変化を拒否した清国、ロシア、朝鮮の王朝が順に滅亡し、遅まきながら市民革命に成功したドイツと日本が国際社会の主役として堂々と参加できたという事実を見ればそれは容易に証明できる。

 すなわち19世紀末の朝鮮において体制をひっくり返す革命は、選択の問題ではなく生存の問題であった。」

「・・・この時期、朝鮮を経由して大陸に進出しなければならない日本の利害と、市民革命を通じて文明開化を成し遂げなければならない朝鮮の利害はかなりの部分で一致していた。

・・・当時の日本は国運をかけて朝鮮の独立と改革を推進し煽ろうとした。この時期に朝鮮の改革派はこぞって親日路線を選択したが、これは日本だけが唯一朝鮮の改革を後押しする勢力だったからだ。(P145「第2部相生の歴史」

 このあたりの記述は大変韓国では「勇気のある」発言ではないかと思いました。

「一世代や二世代ぐらいの産業発展では、とういて先進国になれない」という発見が「日本統治がなければ、李氏朝鮮の専制体制のままで、自力で近代化するなど到底できなかったのではないか」という問題意識に発展したのだろう。その一方では、アジアで唯一、近代化に成功した日本があった。

 歳月が流れ、最近「パール・ハーバー」という映画をみながら、私は日本軍を応援している自分を発見した。60年も前に大規模な空母艦隊を率い、地球の反対側まで出征して、アメリカの太平洋艦隊を叩きつぶした日本という国の偉大さに、私は感動し驚きを覚えた。(P19 ショービニズムの狂風のなかで)


「自らが中世いらいの専制政治に依存していた清国やロシアは、決して朝鮮の改革と近代化を望まなかったし、朝鮮の反動勢力を利用して朝鮮半島に対する支配権を維持することに血眼になっていた。」

「これにたいして、朝鮮と似た境遇にあり、すみやかに発展したがゆえに生き残ることができた日本は、朝鮮が一日も早く改革し近代国家へと移行して市場経済体制が定着することを望んだ。だからこそ日本は機会あるごとに、朝鮮の革命勢力を後援したのだった。かれらは自国の利益のためにも旧弊な腐りきった朝鮮王朝と手を結ぼうとはしなかった。これが日本と他の外国勢力との根本的なちがいであった。(P160・第2部相生の歴史)

 まるで日本の「右翼」の記述のようですが、さにあらず、高校生時代に独裁政権と戦った革命戦士の記述ですから。

 自国民を無慈悲に抑圧し、奴隷のような状態に据え置き、自らの権力維持のために清国と手を組み、時にロシアと手をくんで、朝鮮を近代化しようと言う自国民の声を李王朝は全く聞きませんでしたから。愚かでした。

 まるで日本軍が「革命軍」のように描かれています。

 二次大戦後の日本も似たようなところがあり、社会の民主化は、米国占領軍・GHQによるところが大きかったと言えます。農地解放、婦人参政権、労働運動の自由化、日本国憲法の制定による、社会の民主化の推進は、占領軍のおかげです。悪法の治安維持法も廃止しました。

 変化を嫌う頑迷な連中が政府を支配すると国民が塗炭の苦しみを味わうことは戦前15年戦争を繰り返した日本帝国と、20世紀初頭の朝鮮国も同じでした。外圧と外国の軍隊が、民主化と近代化を促進したことは共通しています。

 また筆者は世界史的な観点から、朝鮮の近代化は当時は自力では到底ないせなかったと説明しています。

「封建社会の伝統をもつヨーロッパと日本は順調に資本主義社会に移行し、産業革命と急速な生産力の発展を経験した。この過程で新しい生産構造にあう政治社会構造が導入され、近代社会が誕生することになった。

 しかし奴隷社会から封建社会へ発展することさえできなかったその他の世界では、自主的な資本主義が育たず、資本主義帝国の植民地に編入され、さまざまな形態のひずんだ社会発展を経験した。

 マルクスはこのような第3世界の停滞性を「アジア的生産様式」という概念を用いて説明しようとしたが、その原因を明確に説明することはできていない。じっさいマルクスの時代には、第3世界の停滞性という概念さえ存在しなかったのだから、問題意識も生まれないのだ。

 封建社会を経験できなかった台湾と朝鮮もその他の世界に属していたが、これらの地域は日本の統治によって市民革命をなしとげて近代資本主義社会に発展できた。

 日本の知識人は早くから朝鮮と日本は発展段階において大きな格差があることを認識し、みずから朝鮮の文明開化を先導する産婆役を買って出たのだ。」(P85 夜明けのアジア)

 まさしく「朝鮮の近代化は日韓併合から始まった。」のであります。中国の近代化はアヘン戦争からと同じく、外国の影響がありました。日本統治を筆者は客観的に見据えています。

 日本統治には「良い面もあった」という論の前提には、日韓併合を悪とする考え方があるが、金完燮氏はそもそも合邦自体が悪とは全く考えていません。むしろ「よりましな(ロシアや清国の支配下になるより)選択をしたと言いきっています。                                                           (中略)

 朝鮮人にとって、併合と総督府統治はおおむね広範囲な支持を受けたと考えられる。ポツリポツリと抵抗運動が発生したり、海外で独立運動する人びともいることはいたが、彼らが朝鮮社会の主流とはいえない。当時の朝鮮人は自らのアイデンティティーを、大日本帝国の臣民と規定して満足な生活を営んだと思われる。(P286 )

 司馬遼太郎氏がかつて言われたように、日本の朝鮮と台湾の植民地統治は、欧米諸国のように資源を奪い去り、自国の市場にするだけで、近代化投資はまるでしない収奪だけではなく、逆に地籍調査を行い、農地改革をし、学校を建設し、社会資本を整備し、両国の近代化の基礎をつくりました。

 今の韓国人の多くがヒステリックに叫んでいるように、「日本帝国が植民地支配で韓国から資源を収奪し尽した。」と言う訳ではありません。それは大正時代に経済雄評論家の石橋湛山氏が「朝鮮、台湾の植民地経営の収支は赤字。投資に見合う見返りは乏しい。独立させるべきだ。両国民に感謝されて、交流と交易で経済を発展させるべき。」と「小日本主義」で書いています。

 韓国は朴・クネ前大統領が逮捕・拘留され、来月にも次期大統領が決定します。有力候補は、誤った歴史観を有し、反日をわめきたてる野党の大統領候補が当選しそうです。

 それは日韓両国民には、良い事ではありません。

 2002年に「親日家のための弁明」は、韓国でも発刊されましたが、事実上発禁処分を受け、筆者は様々な妨害や脅迫を受け続けています。しかし筆者が海外体験を経て、独自の世界観を確立し、日韓の歴史を考察し、著作したのが本書です。

 自説を曲げずに堂々としている精神は、高校生時代に軍事政権に対抗し、全羅南道庁舎に立てこもった骨太の精神の持主であると思います。

 朝鮮の植民地支配が全面的に良かったとは私は思いません。父(97歳)も旧制の工業高校を卒業し、朝鮮総督府の鉄道技師としてソウルに勤務していたとか。

 待遇は良く、一軒家が社宅としてあてがわれ、朝鮮人の給仕もいたそうです。普段はかしづいていましたが、父が体調不良になりますと、呼んでも出てこなかったそうです。やはり日本人への反感はあったんでしょう。当時も。

 石橋湛山が主張するように、独立国を促し、友好国として経済発展していただいた方が、両国にとって良かったと思います。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-4775.html

(石橋湛山評論集を読んで(その1)

 「日本憎し」の感情だけで、慰安婦像を日本大使館や領事館前に建てたり、外国でも立てたり、やることなすことが理解できません。彼等は「植民地支配を謝罪しろ」と言いたてていますが、朝鮮近代化の産婆は日本であるという歴史の真実を見ようとしない愚か者たちです。

 慰安婦像の前で騒いでいる韓国の青少年たちは、金 完燮氏の著作「親日派のための弁明」を落ち着いて精読されることをお薦めします。

 なかなか韓国にもしっかりした骨太の社会思想家がおられることは、よろこばしいことと思いました。一読をお薦めします。

 

 

 

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2017.03.23

再び日本は暗黒国家を目指すのか

2017年3月23日は「ファシスト小学校・森友学園」を財務省や大阪府の「大変な親切とサポート」で設立しようとした「愛国者ビジネスマン」の権化である籠池氏の国会での証人喚問がありそうです。しかしこのワイドショーよりも遥かに重要な問題があります。

 悪名高い「共謀罪」(テロ等準備罪)が閣議決定されました。平成の「治安維持法」と称される国民の基本的人権及び言論の自由、思想信条の自由、政治活動・社会運動の自由を脅かす危険な法律です。

 日弁連も明確に反対しています。

http://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/complicity.html

 「治安維持法」が国民を縛り上げ、日本は戦争国家になり多くの国民に犠牲を強いたことはつい71年前のことにすぎません。あの悪夢が台頭する可能性が高くなります。SNS社会なので、常に警察・公安は国民各位のSNSやWEBを監視するようになるでしょう。

 「言いたいことが言えない」「重苦しい」雰囲気の暗黒の日本社会になるでしょう。

 支配階級はまともではありません。自衛隊の南スーダン派兵に関し、情報を自衛隊幹部が隠匿しようとした事件。森友学園という教育基本法を全く無視したファシスト小学校に国や大阪府が「とても親切」に便宜を図りました。

 「まともでない政府閣僚や与党の連中」に、全体主義国家をつくらせてはいけないと思います。わたしは共謀罪に反対します。

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2016.12.08

韓国歴代大統領の不正と末路・諸悪の根源は朱子学


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 パク・ウネ大統領の即時退陣を求める韓国市民の街頭での抗議活動は物凄い。今のところ警備部隊との暴力的な衝突もなく、整然と行われています。大規模野外コンサートのように、ウエーブが起きたり、大合唱があったりして、週末のソウルの恒例行事になっています。

 これを「民主主義の勝利」と称賛される人達もいます。週刊ポスト12月16日号の「逆説の日本史」を連載している井沢元彦氏は、伝統的な政治イデオロギーであった「朱子学」が韓国社会を蝕み世界観を歪めていたからだと言われています。

「韓国という国家、韓国人という民族ほど朱子学の毒に蝕まれている民族はいない。」(P71)

「朱子学は「亡国の学問」だと確信しているが、朱子学は民族に真実の歴史を忘れさせてしまうという、とんでもない副作用がある。」(P72)

「要するにこれは民主主義社会あるいは法治国家で定められるルールよりも、韓国人を厳しく縛り逆らうことを許さない絶対のルールがあるということだ。

 それは言うまでもなく親に対する。「孝」そして血縁に対する身びいきを、国家や民族という「公」よりも重要視する儒教(朱子学)の影響であることは少し考えればわかる話である。」(P72)

 「朱子学はインテリのヒステリー」と井沢元彦氏は言います。南宋時代に朱子は生まれました。中原の地域を異民族に宗は奪われ、揚子江の南に追いやられた南宋。その際,皇族をはじめ漢民族の女性の多くは連れ去られ、性奴隷とされました。

 そのことで南宋の民は激しく外国を憎むようになりました。軍備を怠り軍事的に敗北した原因を冷静に総括せず、悪いことはすべて外国の「野蛮人」に責任を点火するインテリの負け惜しみ思想が朱子学であるようです。

 司馬遼太郎さんも幕末期に日本で流行した「尊王攘夷」の思想は南宋が元祖で「薄っぺらな思想」と看破していました。

 「この国のかたち」を読んだ読書感想文を2009年11月に個人ブログに書いていました。

「 司馬さんは「尊王攘夷」で幕末維新期は来たものの、明治政府は開国し、文明開化をなしとげ、当時の先進国にキャッチ・アップしようとした。「尊王攘夷」は、中国の宋時代の思想で「たいしたものではない、」と。結局明治政府は新しい国のかたちをもとめ、政府中枢閣僚が2年間も欧州に滞在し、ドイツなどの社会制度を性急に輸入し、プレハブ工法で社会制度をこしらえました。

 ぎりぎりの国力と必死の外交的努力で日清・日露戦争に勝利したことがあだになり、昭和10年以降に無能な政治指導者や軍幹部が日本で台頭、結果明治国家を滅ぼしてしまった昭和10年から20年までの日本史を断罪されていることがよく理解できました。」

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-6fb0.html

 国家国民のことよりも家族のこと一族郎党の繁栄が何より大事という韓国に定着している朱子学の弊害が、歴代大統領一族の不正の繰り返しを生んでいるのでしょう。

 またなんでもかんでも外国を悪にする思考、とくに韓国の反日運動・従軍慰安婦像を米国に立てる運動なども、いささか冷静さを欠いているように思えますね。

 いずれにしてもパク・クネ大統領は辞任が解任されるでしょうが、再発防止の社会システムと韓国社会の思考システムの変革がない限り、韓国社会に未来はないのではないかと思います。

 北朝鮮という「やっかいな独裁国」と隣接しているだけに、韓国の混乱は、隣国日本にとっても他人事ではありません。

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2016.12.03

「日本会議の研究」を読んで


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 「日本会議の研究」(菅野完・著・扶養桑社・2016年刊)を読みました。安倍内閣の政治姿勢に大きな影響力を発揮していると言う「日本会議」。その実態は不明であり正直不気味な存在であると感じていました。

 日本会議 ウィキペディア

 菅野完氏と言う1974年生まれの42歳の若い執筆者の真摯な調査活動により、実態が判明いたしました。「日本会議」は政府・自民党に強い影響力を今や持っており、著者は「市民運動が嘲笑の対象にさえなった80年代以降の日本で、めげずに、愚直に、地道に、そして極めて民主的な市民運動の王道を歩んできた「一群の人々」によって、日本の民主主義は殺されるだろう」と記述しています。

 筆者は1年間「日本会議」を調査するために毎日図書館に通い。古書を漁り、人に会い続け調査ノートを作成し、資料を集め取材を続けてこられました。2015年に作業を続けておられたそうですが。「安保法制の国会審議」を横目に見ながらの作業でしたが、何故メディア各社や学者が、今や日本社会に大きな影響力を有している「日本会議」を研究しないのか、調査しないのか常に憤りを持っていたそうです。

「速報性と正確性が何よりも必要とされる大手メディアの仕事の範疇ではないのだ。調査・報告はやはり新聞やテレビ以外の仕事だ。また学問の範疇でもないだろう。学問の対象とするには生々しすぎる。

 テレビ・報道がカバーをするには歴史が長すぎ、学問の対象とするには歴史が短すぎる。そういう間(はざま)に「日本会議」は存在している。(P296)

 現実の日本社会に大きな影響力を与えているにも関わらず、正確な実態がそういった事情でわからず不気味でしたが、菅野氏の渾身のレポートでその正体がようやくわかりました。

 日本会議が目指ものは、6項目あるようです。

1・美しい伝統の国柄を明日の日本へ

2・新しい時代にふさわしい新憲法を

3・国の名誉と国民の命を守る政治を

4・日本の感性をはぐくむ教育の創造を

5・国の安全を高め世界への平和貢献を

6・共生共栄の心でむすぶ世界との友好を

 という美辞麗句で,記述されておりよくわかりません。筆者の「解説」は下記にありますが、読んでも曖昧であり、めざすべき彼らの言う「あるべき日本の姿」は今1つわかりません。

「(1)皇室を中心と仰ぎ均質な社会を創造すべきではあるが、(2)昭和憲法がその阻害要因になっているために改憲したうえで昭和憲法の副産物である行き過ぎた家族観や権利の主張を抑え、(3)靖国神社参拝等で、国家の名誉を最優先とする政治を遂行し、(4)国家の名誉を担う人材を育成する教育を実施し、(5)国防力を高めたうえで自衛隊の積極的な海外活動を行い、(6)もって各国との共存共栄をはかる」(P23)です。

「キーワード的には「皇室中心」「改憲」「靖国参拝」「愛国教育」「自衛隊海外派遣」といったものでしかなく、「日本会議が目指すもの」に示された内容の思想性や政治性に目新しいさは一切ない。」(P24)が実態のようです。

 内容が陳腐で新規性のないものであったとしても「いまや日本会議は、閣僚の8割以上を支える一大勢力である。現実に、彼等は「なんら新奇性のない古臭い主張を」確実に政策化し、実現化している。」(P24)

 わたしは戦前の思想家大川周明に注目していました。かれは米英諸国の「片手に民主主義」「片手に帝国主義」のダブル・スタンダードを厳しく批判し、英米帝国主義からアジア人民を解放するために日本帝国の役目はある。と主張し、現実に語学学校をこしらえ、塾生を東南アジア各国に派遣(フィリピン・ビルマ・インドネシア・マレーシア・ベトナムなど)し、現地の民族解放運動を担う指導者層に食い込んでいました。

「大川周明 アジア独立への夢」を読んで

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-892d.html

 日本会議に大川周明のような、大きな思想はありません。ありませんが何故時の政治権力者に影響力を与えることができたのでしょうか?その検証にこの著作は役だっています。

 「思想による影響力」というよりも、活動方法は「手順を踏んだ民主的な地道な市民運動の手法を執拗に全国展開でやり続行けている」ことではないでしょうか。

「日本会議の特徴は、個別目標の相応した分科会的な別働団体を多数擁している点にある。
 例えば改憲と言う目標。この目標を達成するため、日本会議では冒頭で紹介した「美しい日本の憲法をつくる国民の会](通称1000万人ネットワーク)をはじめとし、「新憲法研究会」や「21世紀の日本と憲法有識者懇談会](通称・民間憲法臨調)など複数の別働団体を擁している。
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 これら各種別働団体は、特段、日本会議であることは名乗らないものの、日本会議系団体であることを隠しもしない。あくまで別働部隊として、個別にシンポジウムを開催したり署名活動を行ったり、街頭演説を行ったりと実に様々なチャンネルで自分たちの主張を繰り返している。」

「また、活発な地方活動も特徴の1つだ。日本会議自体が「日本会議地方議員連盟」なる組織を擁しているのみならず、個別別働団体が、それぞれの地方組織を持っており、それら地方組織が地方議員を支え各自治体の議会での影響力を行使している。」
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 中略

「中央に置いて、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」を通じ、1000万人の改憲賛成署名を集めることを目標として活動する一方、地方の活動にも抜かりはない。

 日本会議はその地方支部を通じ、あるいは別働団体の地方支部や地方協力団体を通じ、地方議会の議員に働きかけ、次々と早期実現を求める地方議会決議」を行った地方議会は、25府県議会・39市区町村議会にのぼる。」(P26)

 2014年2月の石川県議会で最初に採択されその後、熊本、千葉、愛媛と採択された居ます。高知県議会でも採択されていました。最初の事例となった石川県議会の意見書は、日本会議の案文しのまま。自民党本部から各都道府県支部に、石川県議会に続けと言う通達がされ、2014年から15年かけて意見書採択の動きが広まったようです。

 教科書採択運動やや男女共同参画反対運動などの活発な市民運動を繰り返し、民主主義的な手法を屈指し、改憲運動を全国展開しています。

 地方議会への請願は、地域防災の観点からしたことはあります。各会派を巡回し、主旨を説明し、委員会審議にかけて採決していただくもの。書類の作成や各会派訪問など手間暇のかかることです。

 日本会議は全国規模で、地方議会への請願という民主主義的な地道な方法で執拗に継続し、改憲運動を「草の根」で展開していることがよくわかりました。

 また筆者によれば、その運動のルーツは1969年の長崎大学での民族派学生によるバリケード封鎖解除、学園正常化闘争に起因しているとか。学生自治会も支配し、成功体験をこしらえたとのこと。それ以後47年間地道な民主的な手法で、改憲運動をやり続けてきたようです。

 多くの新左翼党派や運動が1969年をピークに解体し、分裂し、内ゲバで抗争し続け消滅、今や市民層に何らの影響力を持たない体たらくとは対照的に長崎大学のたった1つの成功体験を保持し、半世紀にわたり地道に改憲運動を執拗に民主的なやりかたで継続している日本会議のやりかたに驚きました。

 安藤巌氏と言う表に出ない優秀な組織工作者の存在が大きいのでしょう。

 「むすびにかえて」で菅野完氏はこう述べています。

「事実を積み重ねて行けば、自ずと、日本会議の小ささ、弱さが目に付くようになった。活動資金が潤沢なわけでも、財界に強力なスポンサーがいるわけでもないほんの一握りの人々が有象無象の集団を束ね上げているに過ぎない。」

  中略

「しかしながら、その規模と影響力を維持してきた人々の長年の熱意は、特筆に値するだろう。本書で振り返った、70年安保の時代に淵源を持つ、安藤巌、椛島有三、衛藤晟一、百地章、高橋史朗、伊藤哲夫といった「一群の人々」はあの時代から休むことなく運動を続け、様々な挫折や失敗を乗り越えて、今安倍政権をささえながら、悲願達成に王手をかけた。

 この間、かれらはどんな左翼・リベラル勢力よりも煩雑にデモを行い、勉強会を開催し、陳情活動を行い、署名活動をしてきた。かれらこそ市民運動が嘲笑の対象とさえなった80年代以降の日本において、めげずに愚直に市民運動の王道を歩んできた人々だ。

 その地道な市民活動が、今「改憲」と言う結実を迎えようとしている。彼らが奉じる改憲プランは。「緊急事態条項」しかり、「家族保護条項」しかり、おおよそ近代的とも呼べる代物ではない。むしろ本音には「明治憲法復元」を隠した、古色蒼然たるものだ。しかし彼らの手法は間違いなく民主的だ。」

「私には、日本の現状は、民主主義にしっぺ返しを食わされているように見える。
やったって意味がない。そんなの子供のやることだ。学生じゃあるまいし・・・。と日本の社会が寄ってたかってさんざん馬鹿にし、嘲笑し、足蹴にしてきた、デモ、陳情、署名、抗議集会、勉強会といった「民主的な市民運動」をやり続けていたのは、極めて非民主的な思想を持つ人々だったのだ。

 そして大方の「民主的な市民運動」に対する認識に反し、その運動は確実に効果を生み、安倍政権を支えるまでに成長し、国憲を改変するまでの勢力になった。このままいけば「民主的な市民運動」は日本の民主主義を殺すだろう。なんたる皮肉。これでは悲喜劇ではないか。」

 筆者はにもかかわらず希望をすてないようにしようと言っています。

「だがもし、民主主義を殺すものがが「民主的な市民運動」であるならば、民主主義を生かすのも「民主主義の市民運動」であるはずだ。そこに希望を見いだすほかはない。賢明な市民が連帯し、かれらの運動に習い、地道に活動すれば、民主主義は守れる。」(P298)

 とても複雑な気持ちになりました。1969年というわたしとほぼ同時代に社会活動をはじめた人たちが、その後も執拗に自分たちの運動を継続し、国政に影響力まで持つようになりました。

 わたしといえば1976年以来社会運動はしていません。「連合赤軍と新自由主義の総括」がここ数年来の私のテーマでした、日本会議の連中は「明治憲法の復活」という懐古思想で彼らなりの回答を社会に主張していました。

 ほぼその思想はかつての生長の家の考え方の踏襲であると思います。中学時代に生長の家の幹部の人に冊子を送っていただき読んでいましたからよくわかります。精読はしましたが、共感することは全くありませんした。

 復古調の荒唐無稽な考え方が。日本国政に大きな影響力をもっていることに危機感を覚えます。かといって今の制約だらけのわたしには何もなす事ができません。それがとてももどかしい。

 推薦図書の1つです。

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