社会思想問題

2019.06.04

天安門事件から30年が経過しました。


天安門1986年
 1979年6月4日。中国北京市の天安門広場に集まっていた学生や青年労働者に対して、人民解放軍が戦車などで発砲し多数の人民大衆が虐殺されました。「人民に銃口を向けない」とされてきた人民解放軍が、あろうことか自国の民主化と政治的自由を求めて天安門広場に集まってきた真摯な人民大衆を「暴徒」と中国共産党指導部は決めつけ、虐殺し歴史を偽造続けています。
新左翼1960年代
 1960年代後半は全世界を若者パワーが席巻していました。フランスの5月革命、日本やアメリカや欧州のベトナム反戦運動。中国の文化大革命。田舎町の中学生も影響を受けていました。当時国交のなかった中国の物産を販売していた日中友好協会(当時)の人たちの多くは毛沢東主義者であり、文化大革命の映画を上映していました。世間知らずの中学生は影響を受け、「造反有理」の理念に共感し、勉強もせず毛主席語録を暗唱していました。会場で購入した毛主席バッチを学生服に着けて高校時代は登校していました。

 70年安保闘争の敗北と社会運動の後退局面で起きた出来事が1972年の連合赤軍事件でした。毛沢東主義を標榜する指導部が多くの仲間をリンチで斬殺した事件でした。勉強もせず学習していた毛沢東主義が崩壊しました。その年には高校を卒業できず、留年し翌年卒業しました。
連合赤軍事件1972年
 大学へ入学した時は既に社会運動は衰退期になり、新左翼党派同士の凄惨な内ゲバ時代になっていました。今にして思えば連合赤軍、当時の新左翼党派各位も、「ささいな違い」を許容せず排除し、対立した人物を殺害するという広がりのない「純化主義」に陥っていたように思います。
時代を振り返る
 時代は下り大学は4年で卒業し、都市部での社会人体験を経て。田舎町にUターンをし、父の創業した零細企業で働きました。、周りの水洗で1985年に高知青年会議所(JC)へ入会。翌年の1986年に日本青年会議所研修委員会へ出向させられました。高校生時代に経験した社会運動と対極にある右派系の青年団体でした。その研修で1986年5月に中国北京で研修があり、現地の共青(共産主義青年団)との食事会が人民大会堂でありました。建物の前が天安門広場であり、かつての毛沢東主義者にとっては憧れの地でしたので、一緒に同行した仲間に写真を撮影してもらいました。

 しかしその3年後に自分が行った天安門広場で、青年・学生を軍が虐殺する天安門事件は起きました。

 その後中国は日本などの経済支援と技術供与を受け、急速に経済発展しました。真摯な学生たちに民主化の想いを押さえつけ、経済発展することでごまかしてきました。最近は「赤い帝国主義国:として散漫な振る舞いが目立ちます。

 香港も中国化してきて、自由な集会が開けなくなってきつつあるようです。中国共産党指導部は、当時の過ちを認め、遺族に謝罪し、政治的な自由、言論の自由のある民主国家になっていただきたい。異論を否定しない多様な考え方を許容する市民社会を中国は目指してほしいと切に思います。

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2019.04.28

4・28沖縄デーを考える


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 50年前に高知市役所前で開かれた「4・28沖縄デー」の集会に、いの町から自転車で見に行きました。1971年の「4・28沖縄デー」では、高知大学で集会を開きヘルメットを下部って7キロの道をデモ行進をしました。高校3年の時でした。
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 1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、敗戦国日本は国際社会に復帰することができました。しかし同時に沖縄が日本から「切り離され」米軍統治下におかれました。
 日本本土の米軍基地は返還。縮小され、その分沖縄県の米軍基地は拡大しました。米軍統治下で強制的に土地建物を収容され、軍用地に転用されました。
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 「4・28沖縄デー」は「沖縄屈辱の日」を忘れないという想いでつくられました。
安倍内閣と政府閣僚が、「主権回復の日」として天皇皇后両陛下をお招きし、「日本国万歳」をしていました。当時の仲井真沖縄県知事は式典を欠席しました。
 時の政府が、日本本土と沖縄を分断し、沖縄の基地負担をより大きくしたサンフランシスコ講和条約締結日を「主権回復の日」としてお祝いする「感覚」に沖縄の人達は、保守・革新を問わず違和感を抱きました。
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 その延長上にある「辺野古基地建設」に沖縄の人達の大半が反対するのは当然であると思います。今上天皇陛下は皇太子時代から11回沖縄を訪問され、慰霊の旅を続けられています。安倍内閣の「無神経さ」「沖縄をないがしろにする」行為は酷いと思います。
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 最近は「4・28沖縄デー」ということも言われなくなりました。やはり今1度歴史を顧みて振り返る必要はあえりますね。

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「戦略の世界史」を拾い読み


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 2週間前に家内がオーテピアという高知県と高知市の合築図書館へ行ってみたいというので、歩いていきました。私にすれば2回目。家内が本を借る間館内をぶらついていると社会科学のコーナーで「戦略の世界史」(ローレンス・フリードマン・著・貫井佳子・訳・日本経済新聞出版社・2018年)を借りてもらいました。

 分厚い書籍で上下2巻。1冊で557pもある大作です。著者は英国人。さすがはかつて世界帝国を運営していたことがある英国だけに世界史的な視点で書いています。
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 軍事や戦争、政治、社会運動や社会思想など幅が広いし壮大。古代ギリシャ時代から、孫子やマキァベリ、ナポレオン、クラウゼヴィッツ、モルトケ、チャーチル、毛沢東、マルクス、バクーニン、レーニン、ローザ・ルクセンブルク、マックス・ウェーバーなどが登場します。

 丁度仕事が忙しい時期と重なり、「拾い読み」しただけ。なるほどと思ったのは、欧米人は「戦略」に長けているといわれていますが、それは歴史をよく勉強し、そこから学び、教訓を引き出していることはよくわかりました。拾い読みでもよくわかります。
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 返却時期が来ましたので、拾い読みでしかありませんでしたが、壮大さ、力強さを感じました。この種の書籍をじっくり精読できる時間をこしらえたいと思いました。

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2019.04.07

やはり「令」は命令の令ですね

DSCN1071  私は仕事で毎日結構大量の文章を書いています。
 製品の説明文。ビジネス用のメールの文章。顧客からの問い合わせに対する回答文章。ホームページに掲載する製本の説明文賞などです。
令の意味2_NEW_0001令の意味1_NEW_0001  いずれも正確な記述が必要です。用語については、めんどうでも辞書をひいて文章を書老いています。主に利用しているのは「現代実用辞典」(講談社・1989年刊)、と「和英併用机上辞典」(誠文堂新光社・1977年刊)です。

 

 その2つの辞書で「令」という言葉の意味を調べました。
現代実用辞典(講談社刊)では

 

令 ①のり きまり 法令 条令
  ②いいつけ  令状 令旨 号令 命令
  ③地方長官  県令
  ④よい りっぱだ 令名 令聞 令姿
  ⑤相手に敬意を表してつける語
   令嬢 令息  

 

 どこにも万葉集がどうたらの記述なんぞありません。
「令」は「命令の令」が正しい語源ですね。

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2019.03.09

無益だった日本の社会運動。負の遺産

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 2019年3月3日の高知新聞11面の特集記事「憲法マイストーリー・生き方から考える価値」は改めて考えさせられる記事でした。

 「個人尊重せず暴力闘争」「学生運動元行動隊員「限界あった」「かみあわず」「面白くない」というキーワードが見出しになっています。
 記事で取り上げられていたのは当時早稲田大学法学部学生で民青(共産党の青年組織)に所属していた宮崎学さん(73歳)。51年前の1968年に宮崎さんは民青の行動隊を率い、東大教育学部にいて、全共闘学生と暴力的な対立を繰り返したそうです。

「60年安保闘争が終わると、民青と反民青の対立が激しくなった。民青は組織的な行動を求め。、個人の多様性を認めなかった。
 反民青の全共闘でも内ゲバ(組織内での暴力闘争)を繰り返し、どこも組織と運動がかみ合わなかった」

「学生運動は社会そのものを動かせなかった。階級闘争に終始し、個人を大事にしなかった。そのあたりに限界があり、もっと考えねばならないことがあった。」

 「階級闘争」ではなく「暴力闘争」「内ゲバ」「仲間殺し」をやっていたにすぎません。その極みが1972年の連合赤軍事件であり、凄惨な党派間の内ゲバ抗争でした。一時的に盛り上がった日本社会の社会運動も一気に衰退し、政治に「しらけ」る世代が蔓延する原因を作り出しました。
 つまりは日共系も反日共系も宮崎学さんが言われるように「個人の多様性を認めず、組織優先の暴力闘争ばかりして内部崩壊した。」ということでしょうね。

 かつて対立した荒岱介さん(早稲田在学中にブント(共産主義者同盟)戦旗派リーダー。2011年死去)をお見舞いに行かれた時に、「どこで間違えたのか」と宮崎さんが聞きますと、「全部間違ったんじゃねえぁ」と荒さんは答えたといいます。

 ドイツやフランスは学生運動から政治のリーダーが生まれ、国の政治にも大きな盈虚力を持ちましたが、日本では全くそうなりませんでした。
 やはりその原因は「個人尊重せず暴力闘争」ばかりして、「組織的な行動を求め。組織優先で個人の多様性を認めなかった。」社会思想の粗雑さ、稚拙さにあったと言えるでしょう。

 50年経過してようやく「身に染みて」理解できるようになりました。
 1968年から1969年と言えば、中学3年生から高校1年生の青年前期の多感な時期。ひたすら社会運動にあこがれていた田舎の学生でしたが、まったく中身のない、こけおどしの粗雑な革命思想であったかと。がっくり来る現実ですね。

 ではその後日本は豊かになり社会問題はなくなったかといますと、さにあらずです。格差社会はより進展し、国民の意識と中央政府の意向がものすごく乖離しています。その現実を埋め、解決できる社会運動の再構築が今こそ望まれていると思います。

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2019.03.01

47年経過しても苦い思い出

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 3月1日は高知県では県立高校の卒業式です。47年前の1972年の3月1日は、わたしは高校を卒業できず、自宅待機をしていました。1単位が足りませんでしたが、追卒業は3月15日にできましたが、それすら学校側が認めてくれませんでした。

 担任の教師(県教祖の活動家)は、自宅へきて執拗に自主退学を進めました。「男なら大検の資格を取得して大学進学をすべきである。」といいました。
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 留年した原因は、当時高校生運動に深く関わっていて、真摯に「革命戦士」を夢見ていましたから。しかし運動体は解体し、同学年の他校の2人は退学処分。別の高校の2人は自主退学し、1人は市役所に就職、1人は大検受けるようでした。
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 同じ高校でも私を含め5人が卒業できませんでしたが、5人で協議した結果、2人が別の私立高へ編入することになり、1人が自衛隊へ行くことに。もう1人は「商売人になる」といい大阪へ丁稚奉公に行きました。同じ高校へ留年(原級留置というそうです)したのは私だけでした。

 1972年当時は。わたしは今思えば阿保でした。毛沢東思想に心酔し、まかり間違えれば、連合赤軍に参加していたかもしれなかったです。事実その党派からのスカウトもありました。
 躊躇しているうちに連合赤軍事件が起こり、浅間山荘事件もありました。留年が確定していたときに自宅で母と2人でテレビを見ていました。勉強せずに信仰していた毛沢東思想が崩れましたから。
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 学校側は春休み中なんの連絡もないので、4月になって登校日に職員室に行くと「何しに来たんだ!」と教師たちはたじろいでいましたね。「留年しに来た」と言うと、30分ほど校長室で待機させられ、臨時職員会議で所属のクラスが決まりました。1学年下の連中と一緒に1年間授業を受けることになりました。

 担任の教師の言うのも一理あり、今でもどうかしりませんが、わずか1単位足りなくても卒業できなければ、全科目やり直し、再履修しないと卒業できません。出席日数も足りないといけないし。
 時代は連合赤軍の悪影響と内ゲバに時代になり、社会運動が急激に下火になり、高校生組織も崩壊しました。

 やることがなくなったので、一応授業には出て、勉強をまじめにして単位をすべて取得、大学受験も合格して卒業できることになりました。

 しかし「けったくそわるくて」1973年の卒業式は行きたくありませんでした。高校の近くの中学時代の恩師の先生夫妻と相談したら説得され、しぶしぶ卒業式へいきました。今度は1単位差で卒業できました。1年間回り道をしました。
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 県教組系の教師(共産党)とも独立高等教組の教師(ファシスト)とも徹底的に対立してましたから、余計な話は一切なしで式が終われば一目散に退散しました。2年連続して「けったくそわるい」思い出です。

 留年して卒業して、大学へ進学しそこで家内と知り合い結婚し、家庭をつくり、零細企業の主になり、両親の在宅介護をし、小市民になりました。

 人間誰でも「疾風怒涛」の時代があります。その時代に、誰かをケガさせたり、自分がケガさせられたりなくてよかったです。「若気の至り」で一生を限定されるのは嫌ですから。

 連合赤軍と新自由主義の総括に関する雑文

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/cat21222778/index.html

 卒業できたのは、1学年下のガールズの皆様の支えがあればこそでした。
「あんたは誰のおかげで卒業できたんか、わかっちゃうがかね。」と46年経過しても、言われています。
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/43-35aa.html

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2018.11.08

映画・マルクス・エンゲルス

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 格差社会が世界中で進行しています。さらには民族排外的な極右勢力が台頭し、より格差と対立を深めています。そんな折映画「マルクス・エンゲルス」(ラウル・ペック監督作品)が全国各地で自主上映されています。高知市でも11月29日に高知県美術館ホールで自主上映されるようです。主催は「マルクス・エンゲルス」上映実行委員会・高知です。
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 監督はハイチ人。描かれるマルクスとエンゲルスは1840年代の青年時代。髭もじゃもじゃの晩年の姿ではないですね。哲学学徒からジャーナリストになっていた青年マルクスと、実家が裕福な紡績工場を経営している青年エンゲルス。経済の不合理を感じながら社会運動に目覚める。
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 マルクスとエンゲルスの運命的な出会いや終生の友情のスタートが描かれているようです。貧困と格差社会にあえぐ貧しい労働者たち。マルクスとエンゲルスは思索の結果、社会運動を通じた社会の変革、階級闘争の推進を唱え「万国のプロレタリア団結せよ」の」というコピーを考案、共産党宣言を発表し、世界各地で出版します。映画は熱い彼らの青年時代を描いているようです。
 
 映画「マルクス・エンゲルス」公式サイト

http://www.hark3.com/marx/

 https://youtu.be/UTa0szGAMqU

 私個人も高校生時代に、「共産党宣言」や、「経済学・哲学草稿」「ドイツイデオロギー」、「フランスの内乱」、「イギリスにおける労働者階級の状態」などの著作を讀んでいました。心を熱くしていました。それから50年余りになります。当時は勉強せず社会運動に憧れる馬鹿な田舎の高校生でした。卒業できず4年間高校にいましたから。
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 今の日本も格差社会が蔓延し、勤労者の権利はどんどん剥奪され、経済的な貧困層が爆発的に増えています。しかるに社会運動がきちんと確立されていないので、政府や大企業の思うままの「改革」と称した格差拡大がとめどもなく拡大され続けています。人々の不平不満の受け皿が排外主義的な民族差別団体になっていることを真底憂いますね。なんとかしなければいけないが、母(92歳)の在宅介護と地域防災活動しか出来ない今の私には今はどうすることも出来ません。それに脊椎間狭窄症や滑り症との診断で、毎日足腰が痛く、「走れないからだ」になっているので、ストレスのかかる社会運動はできません。

 今こそ原点に戻り、今一度マルクスやエンゲルスを学び直し社会運動として「階級闘争」をしなければいけないのではないかと思いますね。私個人のレベルでいつになればそれができるのか不明ですが、「目標」にしなければいけないと強く思います。

 世間は「明治維新150年」とごく一部の人達は騒いでいますが、同時代に「世界の変革」を唱えた巨大な思想家がいたことを忘れてはならないと思いますね。彼の著作を今一度熟読して、社会変革のヒントを考えてみたいと思います。映画は面白そうだと期待しています。

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2018.08.15

連合赤軍と新自由主義の総括(その1)

 この数年来、個人的な「こだわり」から、大風呂敷を広げ「連合赤軍と新自由主義の総括」と言う題目で自分なりに精一杯考えていました。私自身はその時代「渦中」にいたわけではありません。田舎居住の小市民にすぎない私は、高校生時代から連合赤軍と新自由主義の影響を常に受け続けて来ました。

 「多様性を圧殺する組織は、右も左も大嫌いです。」

 連合赤軍と新自由主義に共通していますのは、「一元的な価値観ですべてを解釈し、人々を統制下において支配し、多様性を認めない世界観を持っている。」ことです。

 偏狭で狭小な「革命史観」ですべてを解釈し説明することなど到底不可能。連合赤軍は、ロシア革命のカリスマ独裁者レーニンの「民主集中制」という組織原理から派生しているだけに、構成員は逆らうことが出来ず、仲間の殺害と絶望的な武装闘争に加担し破滅してしまいました。当時一時的に興隆した新左翼系の社会運動も道連れにして滅亡してしまいました。連合赤軍事件前後の新左翼党派間の「内ゲバ」抗争も重なり、絶望感もあり、国民各位が政治に対して失望感を抱きました。以来「政治のしらけ」「社会運動の停滞」が日本社会に続いています。

 いい加減で強権的な自民党安倍政権が長期に継続している大きな要因は、対抗する野党を含めきちんとした社会勢力が現れないし、国民の支持を集められないところにありますね。

 一方の新自由主義は、「自由奔放な経済の発展」を表向けにしていますが、実態は多様性を否定する独占資本主義の擁護に過ぎません。ある意味「社会の多様性」を保証する([棲み分け)を促すための規制が諸悪の根源と攻撃し、「規制緩和」を叫んで、独占資本の闊歩と横暴さを社会に蔓延させるだけの粗悪な経済原理でした。規制緩和でイオンが店舗を展開しますと地域社会に根付いていた地方の商店街は壊滅しましたから。

 
 偏った世界観や価値観を社会全体に強要し、人々の多様性を全否定する考え方とは決別しないと世界は発展しません。右であれ、左であれ、価値観の強要と、独裁主義は大嫌いです。

 「世界的な排外主義・差別許容の風潮を憂う。」

 多様性を否定する自国優位主義、民族優位主義、差別主義の台頭が最近世界各地で目立つ。日本でも「復古主義」で排他的な自民党安倍晋三政権の長期支配が継続している。「偏狭な復古主義的な世界観で、すべてを推し量り支配しようという強引さ」が目立つ。

 偏狭で排他的が故に、結果世界中を敵にまわし、多大な犠牲を自国民にも近隣諸国にも強いて無残に破たんした大日本帝国。その「破綻した国」に戻ろうとして憲法改正を叫ぶ理屈は、理解不可能です。排外主義と独善主義、差別主義が混じっている「復古主義」に政権政党の自民党が支配されていることが怖いです。

 安部晋三政権の政権運営は、「日本人の本来持っている謙虚で真摯で、生真面目で、多様な価値観を許容する伝統を全否定する。」ことばかりしている。先の大戦の戦没者の供養と敵味方なく行っている今上天皇陛下の平和主義、護憲主義を無視した不敬な発言を安倍政権は行い続けています。

 今年は大阪北部地震や、ほどなく起きた西日本豪雨の災害が起きました。従来災害襲来地とされなかった地域での災害。国民は誰も「災害では死にたくない。」と思います。「国民が死なないようにする。」「死なせないことをすることが政治」の本質であると私は思います。しかし現在の日本国の国政は、その理念で行われてはいません。

 偏狭な復古主義的価値観に支配されている安倍政権は、国民の想いからは、遠く離れた場所で、「勝手なことばかり」しているように見えますね。「お友達優遇政治」「身内だけのえこひいき政治」が目立ち、公共性のかけらも感じません。そのくせ、実に排他的、独善的な差別主義が露骨。「1日も早くj多様性を認めない安倍晋三自民党政権を終焉させましょう。

 多様性を進める国や組織が成功を収める。そう確信したのは、経済学者の野口悠紀夫氏の著作「世界史を創ったビジネスモデル」を読んだからでいた。

 ローマ帝国は、多様性を認める寛容さで500年間広大な領土を維持できました。

 以前書いた「読書感想文」から引用します。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-c460.html
(世界史をつくったビジネスモデル)を讀んで

 戦前の日本帝国と対照的なやりかたで世界帝国を建設し、しかも500年間存続させた古代ローマ帝国を事例として野口悠紀夫氏独自の視点で分析しています。

「ローマ帝国は成功した。それは、分権化した国家機構、小さな官僚機構、自由な経済活動、平和、強力な軍などの条件による。」

「ナチスドイツが寛容政策を取っていれば、第2次大戦の結末は違うものになっただろう。ソ連が市場経済制度を導入していれば、集権下に伴う問題を回避できただろう。

 野口悠紀夫氏は日本の現実をこう指摘しています。

「今の日本では、分権的な機能が機能しておらず、官僚機構が肥大化している。国全体も地域も企業も、異質のものを排除し同じ仲間だけで集まろうとする。

 古いビジネスモデルに固執して、新しい技術の導入を怠っている。異常な金融緩和政策で財政支出をまかない、企業は国の介入に依存するようになってきている。これらはきわめて深刻な兆候だ。しかも無視ないしは、軽視されている。

 日本は歴史に学ぶことができるのだろうか?」(P443)


「ナチスは人種的偏見のためにユダヤ人科学者を失った。これは、ローマ帝国がその末期に、ローマを守るゲルマン人を人種的偏見から排斥したのとそっくりだ。だから失敗すると予測できる。」

「ソ連の全体主義計画経済は、ディオクレティヌス帝以降のローマ帝国と殆ど同じ構造である。したがって、ローマ帝国のような崩壊の道を辿るだろうと予測できる。」

「中世のイタリアでは、都市国家が発展した。近代のヨーロッパも国家が分立していたからこそ進歩した。ところがEUはそうしたヨーロッパの歴史と異質のものである。

 EUはローマ帝国と同じだと思っている人が多いが全く異質だ。したがって、いずれ失敗すると予測できる。イギリスのEU離脱は、EUが終わりに向かう過程の始まりだろう。」

「ドナルド・トランプ米大統領は、自由な貿易を否定し、伝統的な製造業をアメリカに復活させることによって、失業した労働者に職を与えようとしている。そして移民や外国人労働者に対して非寛容な政策をとろうとしている。

 こうした政策が失敗するのは、火を見るより明らかだ。このような政策がアメリカを強くするなど、決してない。それは確実にアメリカの産業力を弱めるだろう。

 トランプ大統領の政策は、控えめにいっても時代錯誤の復古主義だが、国のビジネスモデルの基本から見ても明らかに誤りだ。

 建国以来のアメリカは、古代ローマの再建を目指し、そのビジネスモデルを意識的に模倣した。その理念は「異質性の尊重と寛容」だ。バラク・オバマ大統領が退任演説で強調したとうりである。」

「IBMがサービス事業に転換し、アップルが水平分業を実現し、グーグルがインターネット時代のビジネスモデルを構築した後の世界において、モノを作ることに固執するのは無意味である。

 シャープが失敗するだろうことは、かなりの確度をもって予測できた。これはビジネスモデル選択の問題であり、よく指摘されているような人事をめぐる内紛の問題ではなかったのだ。」(P447)

「予測の自己実現効果で社会が進歩する。」

 引用箇所が多いですが、この本の「エキス」であると思いますので、そのまま引用します。

「歴史の知識は、勝ち馬に乗ろうとする個人を助けるだけではないことだ。それは社会全体に利益を与える。何故なら多くの人々が歴史法則を知れば、成功すると予測されるビジネスモデルに対する支持が強まり、実際に成功するからである。」

「たとえば、ある会社が、歴史法則から見て成功するだろうと考えられるなら、優秀な人が集まる。そして、会社は実際に成功するだろう。予測は自己実現するのだ。これは「オイディプス効果」とか「マタイ効果」とよばれるものだ。歴史法則も自己実現するのである。」

「成功するだろうと歴史法則によって評価されるビジネスモデルは「正しい」モデルだ。
それが、偶然の些細な条件によって挫折してしまうという事態を避けることができ、本来成功すべきビジネスモデルが実際に成功できれば、社会は進歩する。」

「ナチスのドイツから逃げたユダヤ人の科学者たちは、アメリカが成功すると考えてアメリカに来た。そして、彼らの寄与により、アメリカの科学技術が実際に発展した。

 IT革命も同じだ。これはアメリカ人が実現したと言うよりは、シリコンバレーに来た外国人、とくにインド人や中国人が実現したのである。これらはアメリカのビジネスモデルが成功するだろうと言う予測が自己実現した例だ。」

「インターネット時代になって歴史のデータを引き出すのが容易になったので、歴史法則の自己実現効果は強まった。それを巧みに利用できる企業や国家の成長が加速化することになる。」

「ところで、歴史と言う集団記憶を維持できるのは、人類だけである。恐竜は遺伝子を通じて身体の機能や形態を進化させた。そして環境に適応して繁栄し続けた。しかし、集団的な記憶を持っていたのは遺伝子であり、歴史ではなかった。人類だけが歴史を用いて進化することができるのだ。

 ナチスドイツやソ連のような国家は、これからは現れないと思う。ただし、それは人々が歴史を知っている場合の事だ。北朝鮮のように歪められた歴史が教えられている国では、抑止効果は働かない。

 歴史に対する誠実さを欠く社会は、進歩から見放された社会だ。」(P446)

 日本人は多様なものを許容し、共存していくことを得意としているように思います。

 12月にクリスマスをお祝いし、大晦日に除夜の鐘をきいて、元旦に神社へ初詣する。結婚式は牧師や神官を雇い、葬式は仏教式で大半は行います。宗教的には「いい加減」と言われるが、寛容さというべきでしょう。ローマ帝国も数10万の神がいました。キリスト教がローマ帝国の国教になり多様性が失われ、帝国は滅びました。

 卑近な例を言えば「自分の話は聞いてもらいたい。」が「他人の話は聞きたくない」人が以前より多くなったんではないかと思いますね。

 SNSも盛んですが、ネット社会という者は、いつのまにか「自分と似たような境遇、似たような考え方、同世代の人達の偏りのある交流に過ぎないところがあります。「易きに流れますと」交流を広げるためのSNSが、「狭い範囲」での付き合いに終わる事例になってしまいます。

 「連合赤軍」や「新自由主義」のダメなところは、「一元的な価値観で人々を支配しようとする偏狭なコミュニティ社会」であるとことです。異論を認め、多様性を認めた社会をこしらえていくことは、「言うは易し」であり、実現はとても難しい。

 沖縄の辺野古基地反対運動も、原発の反対運動にしても、政権側からどうしても絶対的な少数派に「押し込まれて」しまいます。とても辛い事であると思います。でも「傍観している」多くの人達は、実は支援したい人達が多くいるのかもしれません。

 孤立状態が長く、押し込められている時間が長いと気持ちに余裕がなくなり、手助けしない周りの人達を「なぜ一緒に戦わないのか!!」となじったり、攻撃したりします。左翼一般が総じてそうでした。だから多数派になることが出来なかったのです。

 些細なことで対立し、時には暴力的な抗争までしました。「小異を捨てて大同に付く」ことも時に必要。いつでも「少数派」で、いつも「負けている」ことばかりでは、精神的に冷静さを保つことは難しい。

 難しいけれども、いつか連携することを信じて、異論を聞き、対話をして握手をしましょう。握手するにもとげがある手では出来ませんから。

 

 

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2018.06.04

天安門時間から29年目です

1986年に初めての海外旅行が中国の北京周辺でした。

天安門広場で記念撮影し、人民大会堂で食事会をしました。革命広場を散策しました。(写真です。髪の毛が黒いです。32年前ですね。)

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 3年後多数の市民や学生が集まっている革命広場に、あろうことか人民解放軍が発砲し、戦車が突っ込んでいる映像を見て驚愕しました。

 1972年の連合赤軍事件と1989年の天安門事件によって進行していた毛沢東思想は崩壊しました。

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2018.05.27

書くことが「自由」な発想を獲得するための手段だ

 父が愛読していた「週刊現代」。父が亡くなった後も、私が購読しています。理由は談合記者クラブに所属していない「野良犬メディア」であること。発行者が講談社であるので、初老の人向けの「少年マガジン」であると思います。

 週刊現代6月2日号の佐藤優氏のコラム「名著。再び」P116の文面には感心しました。表題は「書くことの鍛錬こそが複雑な現代社会で 自由になるための方法だ」です。
書評であり「小論文書き方と考え方」(大堀精一・著・講談社2018年刊)を評論しています。いくつか引用してみます。

「この本が優れているのは、小論文の対象を拡散させずに、大学入試1本に絞り込んだことだ。大学入試の小論文では、高度な専門知識は必要とされないが、高校の教科書レベルの知識を総合し、表現する能力が問われているからだ。

 これはビジネスパーソンで必要とされる能力とかさなるところが大きい。」(P116)

「皆さんはそれぞれに心の中で思っていることがありますよね。でもそれを人の前で抵抗感なく言える人はいますか。尋ねられて目をおよかせたり、うつむき加減になったり、生真面目な表情になったりする生徒たち。でもそれは自然な反応なのだ。

 思っていることを抵抗なく言えると胸を張れる人などほとんどいない。自分が思うことと、それを口に出すことはイコールでもないし、連続もしていないのだ。

  (中略)
 
 もちろん、それを人にうまく伝えられたほうがいいけれど、感動が深い程、表すのは難しいというのはよくあることだ。「筆舌に尽くしがたい」という言葉もある。」(P117)

 書くことの意味合いを明確に以下のように定義しています。

「思ったことをうまく口に出せないという「感じ」が本書の始まりだった。その違和感から出発して「書く」ことは論理的思考を呼び寄せ、その思考こそが「書く」にふさわしい言葉、普遍性のある言葉を探し当てる。

 その先で私たちが出合うのは自分の世界がひとまわり広くて多様なものになっていく感じだ。その「感じ」の事を、私たちは「自由」と言う言葉で呼ぶ。

 違和感から出発して「書く」ことの先で私たちが出あうのは。この「自由」なのである。」(P117)

 私などは、毎日「だらだら」と雑文を書いては、FBやブログに「投稿」しています。社会の出来事や、日々流されている毎日の生活記録や、地域活動の記録を書いているの過ぎません。今日の出来事を今日書いておかないと、明日はまた別の出来事があるので、忘れてしまうので。ひたすら書いています。私には佐藤氏が記述いるような、「書くことで思索する」などの高尚なことはありません。記録の意味合いが強いです。最大の読者は自分であり、あの時こんな出来事があったんだと、振り返りの時役立つ程度です。

 IT時代、情報化社会である現代社会では「書く」ことがとても大事であると言います。

「言語の指示機能とは、生活の上で他人との交通の必要性がうまれたために使われる機能を指している。グローバル化とIT化が進み、生産過程が高度に複雑化していく現代社会において、そこで使われている言葉は「機能化と能率化の度合いを益々深めていく」。

 その一方で語彙は多様化しながら、それぞれに「単一の明晰さを求められる。」私たちの使う言葉は曖昧さが許されず、同調圧力は高まって、「じぶんがこころの奥底にもっている思いは、とうてい言葉であらわせないという感じはつよくなっていく。」のである。」

「現代は、たくさんの言葉が行き交っているように見えながら、じつは「みんなもそう言っている」と思える範囲の事しか語りえないような、息苦しさにとらわれた時代なのだ。」

「同調圧力の強い時代に内心の自由を確保するためには書く作業が不可欠なのである。小論文いこだわる必要はない。大学ノートや手帳、あるいはスマートフォンやタブレットのメモ機能を用いて書く作業を日常的に行うことで、われわれの知力は強化される。」

「同時に必要なのは㎡各作業に素直さが要求されることだ。大堀氏は、書く過程での倫理的思考は、現実への単なる拒絶や立場の異なる者への攻撃、糾弾を意味していない。

 論理と言う言葉の硬く冷たいイメージと裏腹に、論理的思考がやわらかい言葉を研ぎだすことが、むしろ重要なのだ。と強調する。」(P117)

あらかじめ相手を罵倒し、こきおろすだけのための文章などがあります。そんな文章をいくら読んだところで知力は高まらないと筆者はいいます。「ポジショントーク」ということらしいですが、いくら読んでも知力は高まらないそうですので。

 さて私は毎日いくばくかの文章を仕事でも個人でも書いています。さて「知力:」は少し向上したのであろうか?自信はないですね。

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