沖縄ー高知の交流

2008.06.03

激動の昭和史ー沖縄決戦を見ました

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(沖縄県糸満市の平和の礎(いしじ)。沖縄戦で戦没された日米軍兵士や沖縄県民、韓国、中国の戦没者の名前も刻まれています。)
 ため撮りしているビデオ映画の消化と称して、先日も家内が「激動の昭和史ー沖縄決戦」(東宝1971年 岡本喜八監督)を見せてくれました。
 感想はと言いますと、「8月15日特別企画激動の昭和史 沖縄決戦とのサイト」をこしらえている人にほぼ同じですね。

 1971年と言えば72年の沖縄返還の前の年の映画。牛島中将に小林桂樹、参謀に丹波哲郎と仲代達也。その他ちょい役にもスター俳優が若者役で出演していました。

 映画のスタッフと配役陣

 ゴジラと若大将と無責任シリーズの東宝映画の「良心」なのでしょうか?同じ頃日活は「戦争と人間」(1970年)という映画をこしらえていましたし。こちらは見ましたが、「激動の昭和史ー沖縄決戦」は見た記憶がないですね。

 沖縄出身の家内も見た記憶がないというのですから豪華な配役人の割にはあまりヒットしなかったかもしれませんね。テーマが重たいし、活劇要素はまるでなく、人々は逃げるだけ。自決し、追い詰められるシーンばかり。

 洞窟に逃げ込んでいる住民を日本軍が追い出そうとしたり。絶望的になった住民が集団自決するシーンがあったり。映画館の大きな画面ではとても正視できなかったでしょう。

 6月23日に牛島守備隊長が自決し凄惨な沖縄戦は集結します。映画でも大本営は沖縄を見捨て本土防衛の捨石にしました。十分な装備も支援もなく沖縄戦で日本軍兵士10万人とそれを上回る15万人の沖縄県民が戦没しました。

 「軍隊は国民を守る存在ではない。」のはこの映画からも理解できます。63年前に今は美しい沖縄の各地で絶望的な戦闘が行われていました。映画でも住民の集団自決の場面では軍が命令したようではないようでした。ただ武器弾薬が極端に不足していた日本軍が貴重な手投げ弾を住民に手渡す行為は、集団自決を促すことであったと思います。

 決して出来栄えの良い映画ではありませんでしたが、あらためて沖縄戦の意味をかんがえさせられました。現在高知の中学生たちは沖縄へ修学旅行へ行っているようです。ただ「暑いだけ」というのではなく、戦争の悲劇、酷さをきちんと学習していただきたいと思います。

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2008.05.15

沖縄が日本に復帰して36年目の年

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(凄惨な地上戦の記憶はおびただしい戦没者の数で表されます。糸満市の「平和の礎(いしじ)」
 今日は沖縄が日本に復帰して36年目。沖縄は大きく変わった。東京から見れば、東南アジアへ行く途中にある日本の辺境という位置ですが、実は昔から東アジアの中心地にありました。

 アメリカはペリーの時代から沖縄に目をつけ軍事占領する計画も立て、1945年仁実現させました。軍事的に「太平洋のキーストーン」と位置づけ、日本と中国、朝鮮半島、東南アジアににらみをきかすために巨大な米軍基地を建設しました。

基地負担今もなお/きょう復帰36年(沖縄タイムズ)

 施政権は日本に返還されても米軍基地の75%は沖縄にあり、巨大な米軍基地は居座っています。失業率は日本1.いくら交付金や基地対策費をつぎ込んでも沖縄の発展とは無縁。やはり巨大な米軍基地は沖縄の発展を阻害しています。

 また沖縄の義母の命日でもあります。もう11年になります。膠原病という難病で亡くなりました。温厚な人で尊敬できる人柄でした。お葬式は暑い日ざしの日であったことを思い出します。

 なにかと「最低基準」で比較される沖縄と高知。でもその基準は東京仕様のもの。意味はないと思う。自分の郷里を誇りに思うかどうかでしょう。高知のほうが稀薄になっていることのほうが心配ですね。

 「暫定」であった筈の米軍の駐留がサンフランシスコ講話条約で日本が国際社会に復帰した変わりに、沖縄が米国に差し出され、米軍基地が居座ることに。締結された日米安保条約も暫定条約の筈でした。

 暫定措置が持続すると「道路特定財源」のように既得権益化します。歴史をふりかえり検証する作業もまた必要です。
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(住宅密集地にある普天間基地の米海兵隊基地のヘリコプターが沖縄国際大学へ墜落したのは3年前)

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2008.04.17

メタ検診と道路建設との関連は?

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 1年に1回の健康診断の時期が来ましたね。今年から中高年には「メタ検診」になり、生活習慣病の予防ということで、肥満度を測定するようです。なにやら項目がありあるようですが、「腹囲が85センチ以上。コレストロール値220以上」はイエローカード(要治療・服薬)が必要らしい。

 この基準でいけば、ストレスだらけで普段から飲んだくれている中高年親父はすべてひっかかることになる。介護保険や後期高齢者医療費を削減するためには、介護予防とその前のメタ予防ということらしい。

 狙いは間違いはないとは思いますが、身近にトレーニングする場所もないし、スポーツを楽しめる環境にないものはどうなるのでしょうかね?社会環境の整備を合わせてしないと予防効果はないのではないでしょうか。

 つまり自動車ばかりこしらえ、歩くこと、自転車で移動することを苦痛にし、困難にし、メタ検診で「あなたはメタ」とレッテル張りをされてもどこで運動しスポーツをするのか明確ではない。
 製薬業界との癒着もあるのかもしれませんね。勘ぐりたくもなりますし。

 新堀川を破壊し、自動車道路をこしらえる公共工事(主体は高知県土木部高知駅前周辺都市整備事務所)も、車での移動を県民に促し、結果的に「メタの県民」を増やし医療費負担を増加させるだけの効果ではないのでしょうか?

 それとも排気ガスだらけのコンクリート道路脇で庶民はジョキングをしなさいとでもいうのでしょうね。
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2008.04.06

沖縄での清明(チーミー)

 この週末に沖縄でのチーミーが行われました。東京から義弟夫婦や義母や子供も参加しました。うちの家族代表で沖縄の学校へ通学している子供が出席しました。一族のお墓の前で食事をし、先祖との交流を深めます。

 普段は会わない親戚が集りお墓も前で交流を深めます。納骨堂の前は畳6畳ほどの広さ。当日は折りたたみテーブルも持ち込んでのチーミーだったようですね。料理は牧志市場で調達してきたのでしょう。
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 家内と結婚し沖縄へ行った時にまだ健在であった義父に連れられてこのお墓に来たことがあります。義父が話してことは沖縄ではいかに先祖供養が大事であるか。男はまずすることはお墓をこしらえることであり、家はその次であるといわれいました。

 確かに当時の義父の家は中古の平屋。お墓の敷地は70坪あり、コンクリート造りでした。私は高知で僅か1・5坪のお墓を今年はこしらえる予定ですが、それでも結構なコストがかかります。ちょっと想像できませんが、沖縄では墓作りがたしなみであるそうです。ですので義父のこしらえたお墓もそのサイズの墓は沖縄では普通だそうですし。
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 多分義父はそのときご先祖に、この男が娘の婿ですと紹介いただいたことでしょう。

 その義父は20年前に他界。義母も10年前に逝去しました。普段は東京にいる義弟が跡取りで墓守をしています。お天気も持ちました。沖縄尚学高校が高校野球で優勝したこともあり、沖縄各地のチーミーはさぞ盛り上がったことでしょう。

門中墓に親族勢ぞろい/清明入り最初の週末(沖縄タイムズ)

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2008.03.30

雨の日曜ー献血と高校野球観戦

 今日は朝から雨。昨日の上天気と異なりなんだか寒くてしつこく降りました。でもおかげで水不足は随分改善されたでしょう。香川県の皆さんは一安心ですね。
 香川県の四国新聞には毎日高知県の早明浦(さめうら)ダムの貯水情報が掲載されていますし。29日は95%(平年は同時期83%)であるとか。雨も必要です。雨が降らなければ沢山水を製造時に使用する讃岐うどんもお手上げですからね。

 朝は家の用事や買い物をしまして、午後4時に献血センターへ行きました。成分献血に1時間程度かかるので、献血しながら選抜高校野球の「明徳義塾(高知)VS沖縄尚学(沖縄)」戦を観戦する予定でした。

 ところが甲子園も第4試合は雨で中止。明日に順延とか。
 全くどうでもいい個人的な話ですが、家内は沖縄出身。「沖縄尚学とう高校は学生の頃はなかった。確か尚学館と言う塾と予備校があったはず。高知の土佐塾高校と同じで進学塾が中高校をこしらえた。」であるとか。

 大体世間では地元の高校を応援します。明徳義塾はその昔、今は大リーグの松井秀樹選手を5打席連続敬遠したので大嫌いでした。しかし不祥事があり、2年前でしたか甲子園へ行ってそのまま出場停止で、その後なかなか甲子園へ出れませんでしたし。

 同じ明徳OBの横綱朝青龍のように「ストーリー」がありますね。いまは監督も一皮向けたようで好感が持てます。

 一方の沖縄尚学も9年前に優勝したこともありますし。当時は強豪の大阪PL学園に買った試合は印象的。その当時の選手だった人が今は監督で引きいていますし。興味深い対戦ですね。

 それといまはうちの子供が沖縄の学校へ行っておりまして、「沖縄が高知に負けたらお前をいじめてやる。」とバイト先で言われているとか。ジョークでしょうが。そんなこともあり我が家では今回は高知ではなく沖縄の学校を応援することにしました。

 献血で知りましたが血小板は4日しか保存ができないようですね。自分はA型ですがRHマイナスですので健康な限り献血しています。今日で70回目であるとか。69歳までは献血できるそうですので。ヨットは70歳までやるので健康であれば可能でしょう。

 それと採血量は600mlまでになっていますね。自分は75キロも体重があるので間違いなく採血は600mlですね。以前は400でしたから、医学的に大丈夫なのでしょう。

すみません。どうもそのチラシの読み違いで、全血献血は今でも400で、血漿成分献血の場合に600採血するということでした。リンクの東京血液センターで確認したらそうでした。
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2008.02.15

亡き義父の思い出

 今日は沖縄の義父の命日。もう21年前のことです。

「他人に負けない趣味を持て。」

「碁をやりなさい。碁は無料で財界人と知り合いになるから。」

 部屋にテレビを2台置き、ラジオも聞きながら、新聞の山のなかでメモ用紙に特売情報をびっしり書いていた義父でした。趣味は安物の買い物。義母を連れて散歩して買出しに行かれていました。
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 結婚して最初に沖縄へ行ったとき、義父に連れられて一族の墓地へ行きました。70坪の敷地にあるコンクリート製のお墓。そこを管理しているという。当時はなぜそこへ連れていかれたのか理解できませんでしたが、ご先祖に娘の婿ですと紹介いただいたということだったのです。

 情報収集に長けていた義父。今生きておらっれたらインターネットの時代ですから、面白い時代でしたのに。義父がやろうとしたことも意識して生き抜こうと思います。
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(義父の買い物リストの1つにあったカセットラジオ。けんちゃんシリーズのラジオ番組からテープ起こしに現在も活躍中。)

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2007.12.24

沖縄を歴史教科書で馬鹿にするな!

 党派を超えた沖縄の人達の気持ちを踏みにじる行為をまともや教科書検定委員会なるものがしています。

 「県民ばかにしている」/「軍強制」文言回避(沖縄タイムズ)

 「強制」外しで調整 「集団自決」検定(琉球新報)

 命令の公文書があろうがなかろうが、当時の日本軍が「捕虜になるな。なるぐらいなら自決せよ」と沖縄の人達に言っていたことは事実です。

 サイパン島でも住民が戦闘に巻き込まれ、米軍に追い詰められ自決する事態になりました。それを知っていた硫黄島の守備隊長の栗林中将は島民を島から退避させ、地下壕を堀り持久戦を展開しました。

 当時の大本営は最強部隊を台湾へ置いており、しかも沖縄から守備隊を台湾へ移動させたりしていました。住民の退避もまったく不十分でありました。結果凄惨な地上戦が展開され、多数の民間人がなくなりました。

 本土決戦を少しでも遅らせ、時間稼ぎをせよと、沖縄の人たちを巻き込み、壕やお墓から追い出し、沖縄の人たちを「人間の盾」として戦闘したようにも聞いています。当然そのなかで秘密を知っている沖縄の人達が米軍に投稿されたら困るので、自決を強要したというのは当然のなりゆきですし、当時の日本軍の規律からも投降を厳禁しているので容易に想像できることです。

 その史実を捻じ曲げ「文書主義」「お役所主義」に文部科学省は陥っています。沖縄の地元新聞が指摘さrているように、安倍晋三氏につらなるファシストが巻き返しをしたとしか今回の事態は考えらません。

 「年金問題」や「薬害肝炎問題」「防衛省の不祥事問題」などで、世間の注目が沖縄から離れました。そうすると政府はさっそく本性を表しました。やはり誠意も認識もしていません!

 沖縄を馬鹿にするな!声を大にして叫びたい。
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(沖縄県糸満市のある「平和の礎(いしじ)」。平和に対する大きな気持ちを踏みじってはならない。)

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2007.11.03

景気の悪い地方には何故かなじみがありますね

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 高知は地元。沖縄は家内の出身地。北海道は叔母と従兄弟が居住しています。青森は義弟の妻の出身地。長崎はラジオ局での3年間のお相手パーナリティの出身地。宮崎は従兄弟が住んでいましたし。秋田だけはご縁がありません。これらの地域は不況地区だと政府が認めましたね。

 青森など8道県の雇用創出に補助金、政府が地方再生策(讀賣新聞)

 地域格差は物凄いものがあり、小泉ー安倍内閣で「日本の良さ」を破壊しましたし。地方が再び活力を取り戻す為には大変な労力が要りますね。そのためにはまず政権交代でしょう。官僚機構の再点検も必要ですね。

国は少しだけ方針転換し、特に景気の悪い地域をてこ入れするとか。しかしそんな甘い話はありません。「景気対策」と称してどの地域も受け入れることの出来ない高レベル放射性廃棄物最終処分場を高知県に押し付けてくる可能性もあります。要警戒です。
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(全国どこの地方都市も「シャッター通です。小泉内閣以来「格差社会」になりました。)

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2007.05.05

清明ー先祖供養

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 今日は沖縄も雨。清明ということで家内の一族のお墓へ行ったそうです。東京に住んでいる義弟一家とおばあちゃんも一緒。うちは家内の変わりに沖縄の学校へ在学している娘がうちの代表で出席しました。

 清明はいつの頃か正式には知りません。中国から沖縄へ入ってきた習慣なのでしょう。いつもは4月に(去年は娘の入学式直後に家内も一緒にお墓に行きました。)それより今年は約1ヶ月遅くお墓へ行ったようです。義弟の子供も小学生なので学校が休みでないと行けないからですね。

 沖縄のお墓は日本本土のお墓と異なりかなり大きな墓です。このお墓も敷地は70坪もあり、結婚して初めて沖縄へ行ったときに、義父に最初に連れて行かれました。

 義父は「沖縄ではまずお墓をつくることがあるじの仕事。家はその後のこと。」と言われていたのを思い出します。墓は鉄筋コンクリート造りです。一度だけ見た事がありますが、いわゆる納骨堂というのでしょうか、内部は6畳程度の広さがあったようでした。

 お天気がよろしかったら墓の前に平らな場所があり、シートを敷いてご飯を食べたことであろうと思います。晴れたらこの時期になると沖縄は暑いので、日差しを避けるために樹木も植えてありました。

 このお墓は沖縄では大きなお墓ではありません。前この墓へ行ったおり、糸満市出身のタクシー運転手も一族のお墓が同じぐらいの大きさで手入れが大変であると話しておられましたし。

 今年は義父が亡くなって20年。義母が亡くなって10年目です。死生観が沖縄と高知では大きく違うことを思いますね。

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2006.11.22

政府に頼れば自立は不可能

 今回の沖縄県知事選挙の「結果」はとても残念でした。
 仮に野党候補が勝利したとしても、日米安保条約は憲法違反ではないのですから、すぐに米軍基地の撤去は不可能です。でも少なくとも危険性がある名護市辺野古への県内移設は白紙になってでしょう。

 それでは「日米政府も困る」から沖縄県に配慮し、何かと振興策を考えるでしょう。というのが一つ。
 2つ目は基地経済の「1500億円」に頼らずとも、かつて沖縄県物産公社「わした」で発展してきた、沖縄の物産を全国の人たちに販売する仕組みが本格的に展開すれば、「米軍基地など不要」になるのです。
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 太田県政時代には沖縄県庁には「国際都市推進室」とかいう部署があり、それと関連しているのかは失念しましたが「国連本部を嘉手納基地跡に誘致。国際平和の象徴とする。」とかいう壮大な構想を言われる人たちもいましたし。

 沖縄は台湾に近いし、中国にも近い。「経済特区」を全島に広げれば、迷惑施設である米軍基地をひきうけなくても、十分に沖縄は経済的自立も出来るし、発展も出来るのです。

 なにか東京から離れた僻地という「呪縛」に縛られているようです。「東アジアの中心」という観点に立てば、今回の選挙の結果も異なっていたでしょう。そういう意味ではとても残念でした。でもまた見直す機会はすぐに到来すると思いますね。
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(写真は2004年8月に宜野湾市沖縄国際大学に墜落炎上した普天間基地の米海兵隊ヘリ)

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2006.06.23

61年目の終戦記念日

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 1945年6月23日に日本軍の守備隊隊長の牛島中将が自決し、20万人以上の犠牲者が出た凄惨な沖縄での戦闘が終わりました。今日が沖縄での終戦記念日です。
 糸満市の平和記念公園には「平和の礎(いしじ)が建設されています。敵味方、国政の関係なく戦没者の名前が刻まれています。
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 イラクへ派兵されていました自衛隊もようやく撤退のめどがたちました。しかしよりアメリカ軍との協力関係は強固になり、「テロとの戦争」と言う名目で、終戦なき戦闘に日本はこのままでは巻き込まれることでしょう。

沖縄では普天間基地が名護市辺野古へ移設されることになりました。地元の意向はことごとく日米両政府に無視されました。
 小泉内閣は沖縄には関心が薄く、日米軍事同盟の観点のみで関わる有様にすぎません。

 いくら米軍基地をこしらえ、政府が「迷惑料」として補助金を出したところで、沖縄の経済発展には?がりませんでした。戦争経済では経済は潤うことはありません。
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 平和の礎を前にしますと厳粛な気分になります。それは平和を願う戦没者の意志であると思います。日本を戦争国家にしてはならないと思いました。

 「公共事業は地方の雇用対策に必要」「大企業誘致が雇用をつくる」
「観光客誘致こそが地域の発展」「米軍基地の誘致も必要」。政府はそういい続けて来ました。
 経済基盤の乏しい地方・地域は国や大企業に「隷属」するしかないのでしょうか?

 「今や取引企業は1300社を超え、取引額は1000億円を超えました。まもなく基地経済の1500億を越えるでしょう。」
 「基地経済は効率が悪く40%は地域に戻りません。」「公共事業も効率の悪い経済の見本ですね。観光も企業誘致も外部にすべて主導権を握られてしまいますね。」
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 沖縄物産企業連合代表者の宮城弘岩さんは自信を持ってこう言われました。「地域の内発的発展はものづくりにこだわることです。歴史や文化を大事にして他と「差別化」できる商品を常に提供していくことです。」

 宮城さんがこしらえたわしたショップは今や大成長。東京銀座店は月額1200万円の家賃を払っているのです。事情があり現在はわしたを離れ、わしたを「超えた」活動をされています。

 つくづく高知にも自発的な発展をするのであれば、高知の特産販売会社を本気でこしらえようと思いました。

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2006.06.09

自立的発展の方程式

 沖縄物産企業連合の宮城弘岩さんに会いました。そして著作本を進呈いただき、サインをしていただきました。東京銀座で沖縄産品の店「わした」を展開、沖縄ブランドを確立された産業界のリーダーの人。

 「基地と公共事業と観光では外部的な要因が多く、沖縄へ永久に自立できない。」「基地経済が1500億円。物産関係は1300社の零細企業と、1000億円の関連売り上げがある。まもなく基地経済の規模を上回る事だろう。」
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時代を「ナショナルブランドからローカルブランド」の時代が到来したと読み、銀座の1等地に140坪の店舗を1200万円の家賃で沈滞し、まかなえる経営計画や実行力は只者ではありません。「銀座でなければいけなかった。新宿、渋谷、池袋では失敗しただろう。」との信念は一体どこから来たのでしょうか?

 宮城さんを紹介いただいた玉城朋彦さんは「やんちゃでなければ駄目な時代。知事なんかも政府の言いなりでは傀儡でなめられる。政府に楯突いて要求していけばもっと予算も取れるし面白い。宮城さんは物産公社を大黒字にして県庁に追い出された人。橋本知事も最近おとなしいですかどうなっているの?」と聞かれたことでした。

 文化や歴史や伝統にこだわることが価値を生む。それを繰り返し宮城さんも玉城さんも言われていました。これは高知にとっても大事な方程式であると思いました。
 基地移転問題で揺れる沖縄。「基地経済は経済効率が悪い。40%は流出するから」と言い切るご両人に沖縄の逞しさを見ました。

高知と沖縄の交流を参考
Miyagi2mm

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2006.06.07

庶民の味方農連市場

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 6月5日の朝5時に那覇市の農連市場へ行きました。ここは青果物市場ですがそれだけではないですね。珍しいものがあります。
 お菓子屋さんもありました。だいたい市価の半値。前日にパレットくもじの地下の食品売り場でぽーぽーという沖縄の菓子を購入。1パックが315円。同じものがここでは税込みで150円でした。ここの女将さんも商売上手でした。
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 また島らっきょうも販売されていました。ねぎの味がする沖縄独特の野菜ですね。台の上に並べられているだけで風情があるというものです。今城逸雄さんが手に持たれているのは、島にんじんという沖縄の人参。色が黄色いですね。

 前田正雄さんの案内で行きました。前田さんは安いのと懐かしさで一杯購入しましたが、それでもお金はそれほど使っていません。
 この農連市場。建物はバラックです。高齢者が売り手であります。那覇市はこの市場や牧志の公設市場の再開発計画があるようです。でも店舗が小奇麗になると庶民の見方ではなくなるような気がしますね。
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2006.06.06

2年ぶりの沖縄

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 もろもろの用事が重なり、2年ぶりに沖縄へ行きました。那覇国際空港の立派なことと、モノレールが出来て都市になりました。那覇は単なる地方都市ではなく、国際都市になる可能性もありますね。
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 国際通りも久しぶりですね。しかし年々寂しくなるようです。土産物屋は頑張っているようですが。
 今回は沖縄物産企業連合の宮城弘岩さんにも面談し、お話を聞くことが出来ました。ジャスコにある「うちなーじWashita
ん」という沖縄の産物を販売している店舗へ行きました。陳列も工夫され、意欲を感じました。
 その後国際通りにある「わしたショップ本店」へも行きました。元々は宮城さんが立ち上げた沖縄県物産公社ですが、諸般の事情で経営を離れたようです。店内も薄暗く、陳列にも工夫がなく、現在の宮城さんの経営されている店舗と比べますと見劣りしました。

 食事は平和通り商店街にあります「花笠食堂」へ。とにかく安くて量があって味もそこそこでした。この種の大衆食堂には頑張っていただきたいですね。
Hanagasa

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2006.06.05

農連市場

農連市場

那覇の市場。安い。こういう形の市場は庶民の味方。何でも安いし新鮮。お菓子なども市価の半額。みやげ物をかなり買い込んでしまいました。

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2006.06.04

カジマルの木