市民参加のありかた

2016.08.15

敗戦記念日におもうこと

  1945年8月15日に、日本はポツダム宣言を受諾。連合国に無条件降伏をしました。敗戦記念日から71年目の夏を迎えました。全世界相手の世界大戦に参戦し、300万人の国民が亡くなり、国土は焦土となりました。

 戦争もまた大きな災害の1つです。猛威を振るいますが、自然災害と異なることは、人間同士の対立が引き起こすものであり、抑止することは可能です。頭に血が上り、勇ましい言辞を吐いて戦争することは愚かなことです。得られる満足感の何10倍もの悲しみが覆い尽くすからです。

 先の大戦中の1944年に三河地震と東南海地震がありました。戦争中ゆえ政府は公表や報道を禁止しました。研究や調査もさせませんでした。2000人の犠牲者があったにもかかわらずです。報道管制をして国民には知らせませんでしたが、連合国側は偵察機などにより地震の概要を知っていました。

 戦争中の2つの地震は国民には伏せられました。その2年後の1946年に昭和南海地震が起こりました。2つの地震の調査・研究が出来なかったゆえ、昭和南海地震に対しても「無防備」で対処せざるを得ませんでした。

 隣国との緊張を煽り立て、扇動する1部の人達がいます。「災害大国・日本」「地震大国・日本」に、新たに戦争を背負いこむ余裕はありません。

 敗戦記念日に、考えてみました。

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2016.07.01

2016年度下知地区防災計画がスタートしました。


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 昨年度は内閣府のモデル事業として地区防災計画がスタートしました。本年度は、高知市役所のご支援を受け、再スタートすることになりました。事務作業を担当するコンサルタント会社も入札で決定しました。

 市役所、下知地区減災連絡会、コンサルタント会社の担当者にて方向性を協議しました。前年度のまとめを参加者に説明し、「より深く、より広く」下知地域全体に広めよう、告知しよう、参加者を増やそうと言うことになりました。
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 アドバイサーの鍵屋一先生から高知市役所経由でいただいた気仙沼市の復興プランのイラスト。東日本大震災前に構想は出来あがっていて、現在の復興事業の大半は行われていると言う事です。私たちもそれを目指しましょう。
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 目標は下知地区住民が主役になって、魅力のある誰もが住んでみたい街・下知。地震や浸水や災害に強い安全な街・下知です。
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2015.07.20

福島高明さんのご逝去を悼む

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 かつて高知青年会議所時代に一緒に活動し、一級建築設計士であり一級造園施工管理技士でもあった福島高明さんが、2015年7月19日にご逝去されました。高知青年会議所からのFAXで19日の夕方知り、20日の高知新聞朝刊の死亡広告で知りました。62歳でした。

 私と同じ1953年生まれですが1月生まれですので、学年は1学年上。知り合った当時は実家の婦人服衣料販売店を経営されていました。建築にも興味があるのか、1987年10月に建てた私の事務所兼自宅を「見学」に来られていました。

 翌年単身アメリカへ行かれ、2年ぐらい遊学されていました。帰国後難関の一級建築士の資格を取得、建築設計士で活躍されていました。わたしは青年会議所時代は、夜須をテーマにした事業(海洋連続セミナー)や、野外ロックコンサート、都市再開発セミナーや浦戸湾花火大会などを企画し、「高知JCの資金を使いまくった」とも言われていました。当時福島高明さんは「けんちゃん面白いことしゆう。頑張りや。」と励ましてくれました。
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 また2004年に当時コミュニティFMで番組を制作していました。ゲストとして福島高明さんに出演いただいたことがあります。ランドスケープ・デザインと市民参加についても造詣が深く感心しました。そのやり取りの一部です。

私「もともと福島さんは服飾関係の店舗を経営していました。人が集まり、楽しく過ごす商いの原点はご存知であると思います。街が荒れないようにする工夫は商店街が元気になることであると思いますが。」

福島「これからは商店街の組織の中でも、デベロッパーをされている方、テナントの方も含めた本当の意味のコミュニティを形成するべきですね。
 組織の付き合いではなくて、テナントも積極的に関わりを持つべきだと思います。
 真剣にそのなかでまちづくりを考えるべきですね。」

私「郊外型大型量販店の発達の一方で、中心市街地が空洞化するという1970年代の米国のような状況の高知市です。しかし一方で少子高齢化が進んでいます。高齢者に大型量販店はなじみません。なにか商店街が元気になる方策はありますか?
 
福島「そうですね。商店主の努力も必要です。プロを養成しまして、ビジュアル・マーチャンダイジングも必要です。まだまだ学ぶ必要があります。
 消費者の観点からも使い分けが大事です。地域を安全にするためには地元の商店街で買い物することも大事です。地元ではこれを買う。食品スーパーではこれを買う、大型量販店ではこれを買う。と言う具合に使い分けをします。

私「障害者や高齢者に配慮したまちづくりはどうあるべきであると考えますか?建築家としてどう関わりを持たれますか?

福島「建築家が集まって考えるだけでなく、障害者や高齢者と交流して、意見交換するようなコミュニティを形成するべきでしょう。個々の障害に応じた対応を考えたらいいのです。」

 大変ノーマルな考え方をされていました。アメリカへ単身行ったり、中年間際で一級建築設計士になったり、一級造園施工管理技士になられたり、キャリアもこしらえました。
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 最近は耐震設計のみならず、耐震施工もされ。ご多忙と聞いていました。

 お通夜でお兄様の明さんに聞きますと、「間質性肺炎という難病で亡くなりました。仕事が忙しく、亡くなる1週間前まで仕事していましました。だれも亡くなるとは思っていませんでした。」とのことです。

 間質性肺炎は難病です。調べますと「その病態から、呼吸困難や呼吸不全が主体となる(息を吸っても吸った感じがせず、常に息苦しい)。また、肺の持続的な刺激により咳がみられ、それは痰を伴わない乾性咳嗽である(痰は気管支や肺胞の炎症で分泌されるため)。肺線維症に進行すると咳などによって肺が破れて呼吸困難や呼吸不全となり、それを引きがねとして心不全を起こし、やがて死に至ることもある。」とのことです。

 喪主の息子さんの挨拶で「父は2月頃から咳ををして、病院へいきましたが、2つの病院でインフルエンザという診断でした。7月8日により体調が悪くなりました。その時間質性肺炎と診断され、治療の甲斐なく19日に亡くなりました。」と言われました。

 。
 仕事も忙しく、さぞかし無念であったと思います。その想いは設計士で後を継がれる息子さんに継承されていかれることでしょう。

 福島高明さんは同年齢でユニークな人柄だっただけに、心よりご逝去を悼みます

 (写真は2004年当時の写真です。福島高明さんから提供いただいた写真です。)

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2015.06.05

石井弘利さんのご逝去を悼む


 神戸市長田区鷹取東地区で、阪神大震災以降、地域の住民主体の松づくりや住民本位の復興・復旧の先頭に立たれておられた石井弘利さんが、ご逝去されました。心よりお悔やみ申し上げます。

 想えば2008年8月24日の事前調査、10月5日の二葉町自主防災会メンバーと鷹取地区住民との意見交換会で、石井さんにはお世話になりました。
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「行政側を全面的にあてにしたらとんでもないことになる。住民で団結して行政と交渉しないと。そのためには住民同士の助け合いと連携がなにより大事です。」

「震災後の区画整理で住民は平均9%減歩されている。地元住民側として地蔵盆をやる場所を要求した。」

「全国からの震災義捐金を神戸市は半分しか住民に交付していない。住民側には1世帯15万程度しか支給されていない。震災後10年間ちびちび交付し、残り半分は一般会計に神戸市は繰り入れた。だから行政は常に住民が厳しく監視しないといけない。」

http://futaba-t.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_2076.html

神戸市長田鷹取地域を事前訪問しました

 「わしらはまさか神戸に地震が来るなど思ったことはなかった。だから軍手1つ持っていなかった。地震の後は3日間というもの救援物資も来なかった。本当に着の身着のまま放り出されたようだった。」
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http://futaba-t.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-cbe7.html

http://futaba-t.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-c8a4.html

 また2013年11月8日には、高知市下知コミュニティ・センターへ講演に石井弘利さんは駆けつけていただきました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/2-4326.html
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「高知市下知地域。海抜0メートル。すぐに水が来る。津波が来る。そのことが話題の中心になっているようですが、家の中からまず安全に避難することも皆が真剣に考えないといけないのではないでしょうか。」

「地震当日は5時46分に地震があり、6時にはもう火事になっていました。神戸市のコンピューターシステムが誤作動し、消火栓にホースをつないでも水が出ませんでした。おかげて地域は全焼。100人以上が犠牲になりました。」

「犠牲者の大半は高齢者と子供です。避難計画を立てる場合は、その高齢者と子供の安全をどう確保するのかも検討しないといけないと思います。」

「地震当時もそうでしたが、地域の中学生・高校生たちが大活躍しました。日頃から地域との交流を深めていくことは大事であると思います。」

「さて地域の再建・復興の話ですが、当初区画整理事業というもにが皆理解できませんでした。神戸市が一方的に「平均9%の減歩」を言って来ました。我々は勉強して神戸市と交渉し「上限9%の減歩」にさせました。

 とにかく区画整理事業や都市計画事業を懸命に勉強し、神戸市当局と掛け合い、国とも掛け合いをして少しでも地域の要望や要求を実現させていきました。

 当時の建設省へも乗り込み、長田の窮状を訴えました。そうすると翌日から神戸市の態度が急変しました。行政の言いなりになるのではなく、住民側も言うべきことは言うべきです。」

「行政は例外がないから出来んと言う。それもしつこく言い続けるとそれは実現する。役所と対抗するには勉強しないといけない。まちづくり協議会などの住民の広範な組織で議論して、勉強して行政側と対峙しないといけない。」
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「長田では市役所主導の再開発ビルが建ちました。家賃や管理費が高いので店舗が埋まりません。震災後住民とくに借家人が地域から多く出て行き人口も減りました。住民側の意向と市役所の再開発プランとの隔たりが大きいのです。」

石井弘利さんは、自転車販売業の傍ら、鷹取商店街振興組合理事長や、地域の連合意町内会長も歴任され、地域コミュニティの復興に尽力された人でした。

 今年1月17日に西田政雄さんのお誘いで、阪神大震災20年の追悼式に参列し、意見交換会へ参加したのが最後にお会いしたお姿でした。
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http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/cat60291529/index.html

 石井弘利さんと一緒に活動されていたチョ・ホンリさんの追悼文を掲載させていただきます。

 長田鷹取東地区の自治会長であった石井弘利氏(74歳)が昨日死去した。
阪神大震災で街が消失し、多くの犠牲者を出したこの地区で生まれ、育った石井さん。仕事は自転車屋さん。
 被災した地域をもう一度復興させ、再び元の街に甦らせるとの20年の闘いであり、いつもの口癖は「行政はなにもしない、地域住民が声をあげ提案すること」。が復興の基本であると、当時の神戸市の復興計画に対して多くの矛盾点を追及したひとであった。
 また、この地域の区画整理事業、街づくりに積極的にかかわり、地域のコミュニティの復活を強く呼びかけ、町内の人たちのきずなを取り戻す活動に終始することを生涯の目標であり、亡くなった人たちの追悼を継承させていきたいとの強い思いが、かなり厳しい病状でありながらも、約2年近く、病気と闘いながら、「阪神20年までは」。との強い思いで本年を迎えた。

 これまで地域のまちづくりとともに全国の地震被災地へ支援にも駆けつけ、阪神の被災体験を無駄にさせないとのことで、講演を行うなど積極的に「阪神の失敗をさせない」。との思いがそこにあったように思える。

 亡くなる3日前に自宅に訪問したときに、石井さんは言った。
「復旧は急いでいいが、復興は急ぎ過ぎるとよくない」。と言ったのが今も心に残る。石井さんの半生はまさに地域の復興にかけたといえる。
 20年の大きな節目を確かめて、旅立ったような思いがする。やり残したことはないでしょう大変お疲れ様でしたと言いたい。
ご冥福をお祈りいたします。

  6月3日 午後6時 通夜
  6月4日 午前10時30分 告別式
  於 長田区若松町10丁目 旭若松公会堂

 心よりご冥福をお祈り申し上げます。石井さんやチョ・ホンリさんたち長田区鷹取の人達が素晴らしいのは、自分たちが被災者であるにもかかわらず、9年後の新潟県中越地震の時には山古志村を訪問し、激励し支援をされました。16年後の東日本大震災時には、南相馬市を訪ね激励し、支援されました。

 私たち高知市の下知地域は、市民本位のまちづくり、地域コミュニティの再興に障害をかけられた石井弘利さんの意志を継承し、下知地域の事前復興プランや地区防災計画の策定をめざしていきたいと思います。

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2015.05.09

机上の空論の防災対策は無意味

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 防災・減災の分野こそ、「市民参加・住民参加」が、防災計画の立案段階から保証されなければなりません。しかし現実は「地元の事現地の事を知らない専門家と称する県外在住の学識経験者が座長になり、国の出先機関と、県庁と市役所が事務局になり、出席者の大半も国・県・市の管理職ばかり。この種の会議は意味があるのでしょうか?

 現実のことや、地域住民への配慮はなにもありません。

 上意下達式の「防災計画」が、現実には何の役にも立たないと思いますね。この国には「市民参加」の伝統があまりに乏しいと思います。Toyotazisintaisaku_new_r


 行政の「ぬるくて」「市民不在」の災害対策と比べ、世界企業の対応ははるかにシビアです。

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2015.04.28

沖縄「屈辱の日」に「辺野古基金」に送金しました


今日は沖縄が日本から分離され米国統治が始まった日です。
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 1952年4月28日は、7年間のGHQによる占領統治を日本国はサンフランシスコ講和条約により解消、国際社会へ復帰した節目の年でした。
 一方で沖縄は日本と分離され、米軍統治の軍政がひかれることになりました。日本本土の米軍基地は縮小・統合されましたが、その分沖縄に米軍基地は集中・拡大していきました。

 米軍統治時代に、強制的に土地を奪われ基地建設が進められました。いわばその屈辱的な日に合わせて、安倍首相はアメリカ訪問へ出かけています。
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 それも「よりアメリカに従属し」「アメリカの子分として」「アメリカ軍とともに世界中で戦闘行為をする」とアメリカに約束しに行っています。

 なんとも愚かなことでしょうか。あろうことか安倍内閣は、選挙で示された沖縄県民の民意を踏みにじり、名護市辺野古に米軍基地を強引に米軍の手先となってこしらえようとしています。
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 4月28日は「沖縄屈辱の日」です。多くの人達は歴史を知りません。いや知ろうとしません。それではいけないとわたしは思います。
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「基地があると常に攻撃される。」と不安を口にしていた義父母は今はお墓で眠っています。軍事に「特化」した安倍内閣の米国従属外交はいい加減にしていただきたいと思いますね。
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うちは家内(沖縄出身)が、ゆうちょ銀行にて辺野古基金へ、幾ばくかの資金を送信させていただきました。

 辺野古への軍事基地を阻止するために趣旨に賛同される皆様は辺野古基金へ資金提供されてください。

https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=113120

 現在9000万円近く集まっているとか。辺野古へすぐに駆けつけるようなことは出来ないので、資金カンパさせていただきました。
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2015.04.03

「地方消滅の罠」を読んで

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 「地方消滅の罠 増田レポートと人口減少社会の正体」(山本裕介・著・筑摩書房2014年刊)をようやく読み終えました。タイトルに魅かれて購読し読み始めましたが、結構専門的で、学窓肌の文体であり読むのが正直辛かったです。

 それに「増田レポート」を全面批判していますが、そもそも増田レポートを知らないし、読んだこともないので、そんなものかとの感想ですね。

 筆者の批判している増田寛也氏ですが、1951年生まれの現在63歳。東大法学部卒で中央省庁の官僚をされていました。1995年から3期岩手県知事をされておられ、ました。2007年には、総務大臣もされておられました。知事時代に「がんばらない宣言岩手」を言われていました。

 最近は21世紀臨調(新しい日本をつくる国民会議)のなかで、地方自治のありかたで「増田レポート」を発表。その内容を筆者が詳細に批判されておられると思いました。

 山本裕介氏は、地方自治に「選択と集中」の経済原理主義を導入すべきでないということを言われています。では「選択と集中」は誰がやるのか?増田レポートでは「国がやること」になっており、地方自治をないがしろにしていると批判しています。

 「もっとも各地域の事情は様々であり、人口も当然ながらその事情によって増えたり、減ったりする。いまや住宅地も市町村境を越えてつくられるから、全体としてはバランスが取れていても、市町村間にはアンバランスもあわわれる。

 産業を多く持ち就業地を多く抱えながら、人口が伸びない都市。逆に産業も何もないのに、住宅政策だけで人口が伸びて行く地域。それを単純に結果としての住民票の数だけで評価することになれば、それは実態にそぐわないだろう。

 そこで結局、全体のバランスをとるためにも広域合併ということになるのかもしれないが、広域合併すればますます住民と行政の距離が離れ、自治は機能しなくなり、人口減少問題に取り組むための細やかな施策形成の可能性が失われることになる。」

「こうしてみると、例の平成の大合併は、財政をとるか、(カネを取るか、、自治を取るか(心をとるか)の二者択一を迫るものであったわけだ。

 そして素直に国の意向に従って財政の方をとったところが、結局人口減少が止まらなくなり、あらためて地域政策をやり直そうにも地方自治の手掛かりが失われて手の着け様がないない事態に陥っているわけだ。」(「数の論理が地域を破壊する」P232)

山本裕介氏は以下の事を声を大にして言われています。

 [地方消滅・自治体消滅・人口減少」に本当に必要な対処とは、「行政サービスとして最低限の生活インフラは今後もしっかりと維持して行きましょう。そのためのスキームはこうです」という戦略づくりでなければならないはずだ。」

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「残せるはずの学校のいくつかが統廃合され、地域を支えるのに必要な店や病院がなくなりつつある。地域の暮らしを支える仕組みが、日々目に見えて細りつつある。だが現行のルールに従っていればそうなるのは当然であり、ルールに忠実であればあるだけ、必然的に生じてくる結果なのだ。」(P234)

 お人よしの日本人の「国民性が問題」であると指摘します。

 「そしてどうも、そうなる理由をたどれば、この日本という国に暮らす人々は、きわめて従順な国民性を持っていて、上で決定したルールに対してはどんなものであれ従うようなのだ。

 それだけ政府を、国を信頼しているのだというべきだろう。だがだからこそこんな地方消滅が予測されるような事態になったのであり、この失敗を反省して、今度こそ生活インフラの維持を全体としてどう長期的に安定的に確保していくのか、その新たなルールの確立を急がなければならない。」(P234)

 都市部の生活に余裕のある市民の多くはこういう考え方でいるらしい。

「あなたたちは存続するに値しない地域だから、早く解消しなさい。あなたたちはこれだけのコストがかかるが、もう支払いたくない。あなたたちは少数だkら自分たちだけで支払えないでしょう。

 もう以前どうりには暮らせない。わたしたちは豊かにくらすけど。」(P235)

 実際には目先のコストだけで社会は出来ているわけはない。大都市部では確かに見かけの収入は高いかもしれませんが、食料も水も地方の地域なしでは自力で供給できません。「お互い様」の感覚はもつべきでしょう。

「農家の所得は低い。でもそれでも私たちが日々食べていけるのは、農家の人々が生産してくれているからなのだ。またこれは裏を返せば、農家は農家で日々生産できるのは、都市の人々が毎日働き、内需を拡大し、外貨を稼ぎ、経済活動という形で財を増やして再分配してくれているからだ。

 その再配分で暮らしのインフラが整っているので、安心して農業生産もできるのである。両者の関係はバランスが取れており、どちらも相手を必要としていてここに何の矛盾も対立もない。そしてここにある経済格差など気にせず、それぞれがそれぞれに納得して暮らしていればよいはずなのにーそしてそれがつい最近までそれが常識であったはずなのにーなぜかこの分業にカネ勘定の損得が入り込み、目に見える人口や経済活動のみが実態でSiminsanka5ehashigodan_4


あるかのように勘違いしてしまって、妙な感情論が渦巻いている。」(P236)

 日本社会全体が、人口減少状態になり「縮小均衡」が強いられる状態になりました。そのなかで「コンパクト・シティ」という都市論が話題を呼んでいます。コンパクト。シティの理念は「循環」「持続」「協働」「自立」であります。

 「持続可能であるためには、循環が起きなければならない。循環は協働で生じる。行政だけでできるものではない。そして協働は、市民の自立があってはじめて可能なものだ。」

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「社会は持続しなければならない。持続のためには様々な循環が必要だ。そして循環が成り立つには、そこに様々な主体の協働が必要であり、その協働の基礎には自立がある。

 そして自立のためには各自がコンパクトでなければならない。農村は農村で、都市は都市で。それぞれの地域が小さく自立していることで、協働が生じ、。循環が必要となり、持続可能な縮小社会は実現する。」(P205[コンパクト・シティの正しい理解」)

 やはりどのような地域社会であっても、「住民自治」が必要であるということですね。「住民自治」がしっかりあるところは、まず地域社会は消滅することはないからです。

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2015.03.11

減災対策やまちづくりも市民参加が原則です


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 一昨年から昨年にかけて、延々と小学校校区ごとに、「津波避難対策」を津波浸水予想地域・長期浸水予想地域で議論を高知市職員も交えて長時間行いました。そして、低地の海に近い二葉町では、自主防災会が定める「津波避難(退避)一時場所」を15か所、若松町では7か所決めました。
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 多額の税金を費やし3月1日に高知市内の全世帯に配布された「小学校校区津波避難ビル」に表示されているのは、高知市役所公認の津波避難ビルが、二葉町は2か所、若松町は1か所しか表示されていません。全く「不意打ち的な」措置でした。
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 町民各位からは「あんたら自主防災会は危険なビルに避難誘導をしようとしたのか?」「市役所公認の津波避難ビルは遠すぎて、足の悪い私らには辿りつけません。」と言う声が出されています。混乱を引き起こされました。

 市民参加を標榜して地元で何度かワークショップをしながら、最後はその意見や自主防災会の指定した「津波一時避難(退避)場所」を配布する地図からは一切排除する高圧的な姿勢は到底承認できるものではありません。市民をバカにしているからです。

 「形式的参加機会増大」という懐柔策にすぎません。狂気のように突貫工事で作り上げようと言う「高知市自主防災組織連絡協議会」なるものも、所詮は「形式的参加機会増大=懐柔策」にすぎないでしょう。

 言葉でいうのは簡単ですが、行政と市民のパートナー・シップというものは簡単ではありません。わたしは未だに見たことがありませんから。

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2014.10.28

下知地域全戸配布の下知コミュニティ・センター便り

下知地域(9400世帯・2万人)に全戸配布されました下知コミュニティ・センター便り。
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11月3日の「昭和秋の感謝祭」と、11月8日・9日実施予定の下知コミュニティ・センターでの避難所開設・合宿訓練の告知記事が掲載されています。
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2014.09.11

第5回下知地域内連係協議会が開催されました。


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 高知市下知地域(9400世帯・人口2万人)で、新たな地域コミュニティをこしらえようという目的で、今年2月から下知地域内連携協議会・準備会を3回開催し、5月から準備会に移行しました。9月10日の会合は準備会としては第5回目です。
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 今回も下知地域に関わりのある町内会や自主防災会、校区安全会議、民生委員、社会福祉協議会、福祉関係者、消防団、地元企業、小学校PTA,保護司会、文化団体などの人達25名が参加しました。

 今回の会合の議題は4つです。

1)下知地域内連係協議会の規約について

2)下知地域内連係協議会の事業計画、予算について

3)下知地域内連携協議会の役員の人選について

4)下知地域内連係協議会の加入手続きについて

 規約については全会一致で承認されました。

 事業計画については、」当初10月17日(金曜日)に、昭和小学校で予定されていた「映画じんじん」については、準備不足ということで延期することにしました。きちんと上映目的をはっきりさせ、実行委員会的なものをこしらえ、再度仕切り直しになりました。

 役員の人選については、「役員選考委員会」をこしらえて行うことが同意されました。加入手続きについては「ひな形」が承認されました。個人・団体用があります。高知市暴力団排除条例に基づいて誓約も提出する形式になっています。
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 10月8日に高知プリンスホテルで結成総会を開催し、総会終了後は懇親会も行います。

 地域に新しいコミュニティをこしらえることは結構都市部では大変なことです。でも普段交流のない人たち同士が会話が出来るという事がなにより良いことであると思います。
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 きっと「面白い会合」に成長すると確信しています。

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