平和問題

2019.05.02

憲法記念日を考える


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 5月3日の憲法記念日。憲法記念日は、戦後に公布された日本国憲法が施行された日を記念する祝日です。

 日本国憲法は「平和憲法」とも言われ、無残な世界大戦の敗戦後73年間、日本は戦争をしませんでした。1人の自衛隊員が戦闘で亡くなることもなく、1人の外国人兵士を戦闘で殺害することもありませんでした。それはごく一部の改憲論者が言うように「恥ずべき事」ではなく、「世界に誇るべき」ことです。
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 改元に関するコメントでも触れましたが、日本国憲法の中で「第1条」の「天皇」・「第2条」の「戦争の放棄」は相互リンクされており不可分な条文になっています。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-5a1dd0.html

(今上天皇の護憲への強い思いを無駄にはしません)
日本国憲法の中で、天皇制の守護(象徴天皇制・憲法第1条)と戦争放棄(第9条)がリンクされ、「皇軍として天皇は軍を率いて戦争することは永遠にないこと」を宣言しました。それにより極東委員会でも日本国憲法は支持され、天皇制は象徴天皇として存続することになりました。
 日本国憲法で定められた象徴天皇を見事に「あるべき姿」を見せ続けてきたのが今上天皇皇后両陛下です。戦没者慰霊の旅と国内の大災害地への励ましの旅がそうでした。

 日本国の中で1番日本国憲法を尊重し、「象徴天皇」とはなんであるのかを身をもって実践されたのが、4月30日に退任された平成天皇でした。

 国民各位は日本国憲法を熟読し、軽卒に「改憲論」に取り込まれないようにしないといけないと思います。平成天皇は実に立派に「護憲」の姿勢を貫かれました。今度は国民が平和を保つ努力をしなければいけないと強く思います。
 安倍政権のおかげで、日本国憲法が危なくなってきています。一体なぜ72年も日本国民に親しまれていた日本国憲法を改正(改悪)しなければならないのでしょうか?わたしは全く必要性を感じません。
 政権政党や日本国首相は、日本国憲法に敬意を払い、護憲の姿勢を政治的な態度をすべきでしょうに。政権政党が改憲を言い立てるおかしな話です。
 よく憲法改正論者は「日本国憲法はアメリカ占領軍に押し付けられた憲法だ。日本国民の意志で改正しないといけない。」と主張します。
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 アメリカ言いなりの日本ではなく、独立自尊の日本国たれとでも言いたいのでしょう。
 であるならば、アメリカ軍基地を整理縮小すべきでしょう。国土の1%にも満たない面積の沖縄県だけに米軍基地を70%も押し付けることは辞めましょう。辺野古への基地建設はとりやめましょう。なにより「不平等条約」のようなものである「日米地位協定」を改正し、日本国に,不良米兵の逮捕・裁判権を確立すべきです。日本はアメリカの植民地ではありませんから。
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 それからアメリカから「押し付けられた」原子力発電所をすべて廃炉にすべきです。これほど地震や噴火が続いているのに、原発の運転を停止し、安全点検をなぜしないのでしょうか?おかしな話です。
 大企業と大金持ばかり優遇する安倍政権。憲法をないがしろにする首相と閣僚は辞任すべきです。国民の手で辞めていただくしかありません。

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令和元年を伝える新聞各紙


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2019年5月1日(水)です。うちか宅配している地元紙(高知新聞)も全国紙(日本経済新聞)も1面で「令和」の大合唱の記事が掲載されていました。

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2019.05.01

今上天皇の護憲への強い思いを無駄にはしません


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 平和主義を高らかに世界に宣言した日本国憲法。その憲法を1番大事にした日本人は天皇・皇后両陛下ではないかと私は思います。

 「敗戦後の日本にとって米国占領軍に押し付けられた屈辱的な憲法。是非自主憲法を制定しなければなりません。」と声高に言い立てる人たちが最近増えたように感じます。でもきちんとその人たちは日本国憲法制定時の歴史的背景をきちんと勉強しているのでしょうか?
 日本を占領した連合国総司令官は米国のマッカーサー将軍。彼は日本通で天皇制を残したい意向がありました。しかし連合国のソ連や英国、オーストラリア、ニュージーランドなどは天皇の戦争責任を追及し、東京裁判にかけるべきであるとGHQの上部機関である極東委員会で主張していました。

 吉田茂内閣時代の事であり、独自の憲法私案を松本烝治氏を中心にまとめられていました。しかし松本案では大日本帝国憲法の焼き直しに過ぎず、極東委員会で合意を得られることは難しい情勢でした。

 それで急遽GHQ側は米国側で憲法草案をこしらえ吉田茂首相に提示しました。吉田茂氏は前首相の幣原喜重郎氏と相談し、憲法草案をこしらえたと思います。

 その時天皇制の守護(象徴天皇制・憲法第1条)と戦争放棄(第9条)がリンクされ、「皇軍として天皇は軍を率いて戦争することは永遠にないこと」を宣言しました。それにより極東委員会でも日本国憲法は支持され、天皇制は象徴天皇として存続することになりました。

 日本国憲法で定められた象徴天皇を見事に「あるべき姿」を見せ続けてきたのが今上天皇皇后両陛下です。戦没者慰霊の旅と国内の大災害地への励ましの旅がそうでした。
 その役割を果たしたのは幣原喜重郎氏と吉田茂氏、マッカーサー氏でした。日本国憲法発布が公表されますと圧倒的な国民の支持を集め公布されました。当時の共産党は日本国憲法に唯一反対していました。今や9条を守れと護憲の先頭になっています。変われば変わるものです。

 翌年の1948年12月23日に東京裁判のA級戦犯であった東条英機ら7人が処刑されました。その日は今上天皇の誕生日でした。翌日の24日A級戦犯の岸信介は保釈され、米国から多額の工作資金を得て政界に復帰し、対米従属路線と憲法改正を政治信条にした政治活動を展開しました。自民党の「清和会」にその伝統(対米襦族路線)は継承されています。森―小泉―安倍―福田―安倍の歴代首相は清和会ですから。
 無謀な世界大戦を始めてしまい、無残な無条件降伏をした当時の日本。もし敗戦後の占領統治時に日本国憲法が制定されていなければ、昭和天皇は東京裁判の被告として極東委員会から戦犯として起訴され、有罪になった可能性もあります。当然反対するテロ行為などが起きたことでしょう。占領統治は長引き、国際社会への復帰や産業経済の再構築は大幅に遅れたと思います。

 その「平和な日本」を懸命に壊そうとしているのが安倍晋三らのファシストたちであり、今やファシスト政党に変質した自民党です。国民はその「事実」から目を吸向けてはいけません。無関心であったも行けないと思います。
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 沖縄を「慰霊の旅」として皇太子時代から11回も訪問された今上天皇ご夫妻。沖縄への想いはことのほか強い。魚類学者でもある天皇陛下。貴重な漁業資源の宝庫である辺野古の海を沖縄の人たちの「民意」無視して埋め立てを強行する安倍政権。米軍の基地を作るために自然を破壊しています。こうした行為もきちんと見て国民は判断しないといけないと思います。
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2019.04.28

4・28沖縄デーを考える


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 50年前に高知市役所前で開かれた「4・28沖縄デー」の集会に、いの町から自転車で見に行きました。1971年の「4・28沖縄デー」では、高知大学で集会を開きヘルメットを下部って7キロの道をデモ行進をしました。高校3年の時でした。
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 1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、敗戦国日本は国際社会に復帰することができました。しかし同時に沖縄が日本から「切り離され」米軍統治下におかれました。
 日本本土の米軍基地は返還。縮小され、その分沖縄県の米軍基地は拡大しました。米軍統治下で強制的に土地建物を収容され、軍用地に転用されました。
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 「4・28沖縄デー」は「沖縄屈辱の日」を忘れないという想いでつくられました。
安倍内閣と政府閣僚が、「主権回復の日」として天皇皇后両陛下をお招きし、「日本国万歳」をしていました。当時の仲井真沖縄県知事は式典を欠席しました。
 時の政府が、日本本土と沖縄を分断し、沖縄の基地負担をより大きくしたサンフランシスコ講和条約締結日を「主権回復の日」としてお祝いする「感覚」に沖縄の人達は、保守・革新を問わず違和感を抱きました。
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 その延長上にある「辺野古基地建設」に沖縄の人達の大半が反対するのは当然であると思います。今上天皇陛下は皇太子時代から11回沖縄を訪問され、慰霊の旅を続けられています。安倍内閣の「無神経さ」「沖縄をないがしろにする」行為は酷いと思います。
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 最近は「4・28沖縄デー」ということも言われなくなりました。やはり今1度歴史を顧みて振り返る必要はあえりますね。

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2019.02.22

辺野古基地を止める!沖縄連帯集会


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 2019年2月22日は、午後6時から、高知市オーテピアの4階ホールにて、「辺野古基地を止める!沖縄連帯集会」(高知憲法アクション主催)がありました。70人の市民が参加していました。講師は大城悟氏(沖縄平和運動センター事務局長)でした。

 最初に田口朝光(高知憲法会議代表委員)氏が「県民投票は沖縄ローカルのもんだいではありません。日本政府と沖縄との大げんかです。」
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 続いて高知平和運動センター議長の山崎秀一氏は「期日前の5日間で投票者は10万人を超えました。自公のボイコットにもかかわらず、投票率は伸びるでしょうし、世論調査では67%が反対とのことでした。当初県民投票の反対していた5市も県民のごうごうたる抗議により「どちらでもない」という3択は「渡りに船」だったんでしょう。民意が政治を変えました。
 埋め立てに使用する2200万立米の土砂は沖縄県だけでは賄えず、全国各地、四国からは香川県小豆島から運搬されます。全国各地で搬出反対運動をしないといけないです。」

大城悟さんのお話で印象に残っていたことを記述します。
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「480Hの普天間基地が、辺野古基地は280hです。危険性の除去と負担軽減と言われていますが、辺野古には軍港機能と、2本の滑走路があり、米海兵隊の機能強化になっています。」

「日米地位協定では、米軍はいつでもどこでも、何時でも訓練を行うことができます。オスプレイは夜中の12時過ぎでも飛行しています。」

「沖縄県のホームページはとても充実しています。
https://www.pref.okinawa.jp/
 沖縄での基地経済は5.7%です。復帰当時は15.7%もありました。沖縄は米軍基地に依存しているわけではありません。」

「代替えではなく新たな要塞が辺野古基地です。」

「国に好き勝手はさせない。阻止行動で工程はどんどん遅れている。」

「赤土もどんどん投与されている。当初の計画とは違っています。ボーリング調査は全然終わらない。」

「地盤改良に7・7万本の杭が必要。しかし海面の埋め立ては、関空がそうであえるように常に沈下します。
 また大浦側は水深が深く軟弱時地盤。活断層もあります。」

「航空機の離発着には高さ制限があります。辺野古基地周辺には380件の住宅があります。沖縄高専もあります。そんなことは国は言いません。」
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「普天間基地は辺野古ができても撤去されないと思います。普天間は2800メートルの滑走路なのに、辺野古は1600メートルしかありません。米軍筋からも不安があるようです。辺野古ができても普天間は返還されないと思いますね。」

「問題は投票率です。自公はボイコットして投票率を下げようと画策しています。それを上回る投票率向上に努めています。」
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 大城さんの話で驚きましたのは、辺野古基地が完成しても、米軍は不満を持っていて、普天間基地は返還しないのではないか。とのことでした。

 確かに2800メートルの滑走路が1600メートルしかなければ、不満が出ますね。

 現地で戦っている人の言葉にはなるほどと思いました。勉強になりました。

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2018.10.27

安田純平さんの解放なにより良かったです


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 2018年10月24日に、フリーージャーナリスト安田純平さんが、シリアの反政府武装勢力に3年4か月間拘留されていましたが無事に解放されました。喜ばしい事です。解放にはいろんな人たちが努力されたと思います。10月25日夕方には日本へ到着するでしょうから、いろいろと報告されるとは思います。

 安田純平さんとは2004年11月に会いました。当時社会運動をしている知人が連絡し、講演のために高知市へ来てくれました。私は当時世話役をした1人に過ぎません。当時の講演を安田さんの許可を得て、私なりに聞き取り個人のホームページに掲載させていただいています。

http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/gesuto6/yasuda.html

http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/whatnew1/yasuda/yasuda1.html

 当時の安田さんの講演内容と参加者との質疑応答も忠実に真摯に再現しました。当時の私はボランティアでラジオ番組をこしらえていて、その内容も後で自分でホームページにして記録していました。今思えば「クレージーな」行為でした。でも記録として残っています。
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 そのなかで参加者の質問や意見に安田純平さんが答えられている箇所があります。少し長くなりますが、「らしさ」が出ていますので、掲載します。
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(質問者)女性
 あの本当に、貴重なお話ありがとうございました。それで日本にいる私達が、どうすればいいという風なことを私達は考えないかんと思います。
 3人の方の時には、署名を集めて送りました。今回は、ただ政府に「香田さんを殺した犯人は政府だ」と抗議を送っただけでした。
 周囲の方は「行くき、いかんよね」「アメリカがおこした戦争。」「参加している戦争やない」。ということで、私達はステッカーを車に貼ってます。
 「戦争反対」「9条守れ」。それから「戦争をしない首相を」「自衛隊はイラクから撤退」ということと。
 やっぱり災害に対しては、ちゃんとした働きを。今の自衛隊ですよ。自衛隊に賛成ではありませんけれど、人、お金、物を災害に使う。香田さんを殺した共同正犯は日本政府である。やっぱり何か行動を起こさないと。ことぐらいしか出来ないんですけど、香田さんは、一体、私達に期待するものは何かあったら、教えてください。
 失礼しました安田さんお願いします。ごめんなさい。
 
(安田)

 まあ私は平和運動と言うものは、全然した経験がありません。活動する気が全然ないので、私がこうしたら良いというのはないんですけど。
 まずは関心をもっていただきたいなと。日本人が捕まるとすごく盛り上がって、解放もしくは、殺されてしまうと、またぱ~と引いてしまう。
 はっきり言えば、」日本人がどうかという部分で関心を持つと言えば、それはまさにナショナリズムであって。はっきり言って、私現地にも友人がたくさんいますし、イラク人がたくさん死んでいることのほうが、凄く問題だと思っています。

 特別日本人だから騒ごうという気持ちはないので、毎回そういうとこを皮肉っているんですけど、まず関心をちゃんと持つことですよね。現地に対して関心を持っていないという状況の中で、悪化してこうなっているわけで。そこの部分の背景をちゃんと見ていかないといけないわけです。
 そういって関心を持っていただくと、私らも仕事が増えるで。そういうこともあってですけど。それから私、デモなんかにも全然興味がなくて。

 どうなんでしょうね。だからまず戦争になると「日本人も死ぬんですよ」という感覚。がまず駄目。これまでの反戦平和もののなかで、結構そういう部分がありました。まさにその弊害なのかという気もしていますし。
 デモとかやって自分は意思表示をしたんだと満足してもしようがないところで。平和運動、イラク戦争については全く機能していません。完全に敗北ですんで。
 徹底的に戦争やってますから。そのあたりちゃんと考えなくてはいけないのではないかなと。何がまずかったんでしょうかというところをちゃんとしながら、戦略を練らないと。

 だから今現在、効果があるのは現場入るしか思いつかない。現場へ入る人間なので。アメリカのもともとイラクで始まった、「人間の盾」という戦争始まる前に。あれはアメリカの元海兵隊員が、湾岸戦争で従軍して、まさに劣化ウラン弾なんかを打ち込んだ人間が、同僚なんかの健康被害などいろいろあって、あれは俺はやったのか。今度はやらせない。ということで始まったのです。
 相手との関係などもうまくいきませんで、失敗しまして。それがまた集めようとしていますので、そういうのも面白いかな。え~ま~。そうですね。
 現場はイラクであっても、そういった戦争なんかを使いながら、日本国内を動かそうとしているので、はっきり言って、日本の中が凄く動いているんですよね。

 ああいう自衛隊を送って実績をつくって、はっきり言えば憲法を変えようと。集団的自衛権というものをしっかりつくって、同盟国のアメリカが戦争をやるときは、日本も参加しましょうと。参加することで、日米同盟強化。ならびに、なんだ復興ビジネスに参加しましょうというような、いろんな狙いをもってやっていく。
 そういうなかで、教育基本法とかも変えながらですね。えー。これ話すと長くなりますが・・。要するにこういう戦争を使いながらも、がらっと変えようとしているんですよ。
 最前線が教育ですよね。教育基本法を変えましょう。国会議員がこれからは「お国の為に死ねる人間を出す」とはっきり言っています。

 そういう方向に今やろうとしています。え。それから海外に自衛隊なんか行って、被害なんか出始めると、自衛隊に入る人間がいなくなってしまう。言うことで、どうやって兵力を維持するかと言うことで、言われるのが徴兵制なんですけども。
 徴兵制は憲法を変えないと出来ない。徴兵をやると、小泉孝太郎なんかも徴兵される。と徴兵制を組むとちょっと考えにくい。世界的な潮流を見ても、徴兵制じゃない。するとどういう人が来るかと言うと、アメリカなんかでは、貧乏人が入るのですね。

 貧しい人が入って、奨学金貰って学校へ入って、這い上がるチャンスが得られる。今の日本。所得の格差も広がっています。学校教育なんて、はっきり言って全然教えてくれませんので、数年前に3割削減しましたね。はっきり言って、話にならんのです。

 学校教育の中味自体は。ということで、まともに勉強するのは塾へもしくは、親御さんが教える。この「自己責任」になっちゃったんですね。というなかで、貧しい家庭なんかですとそういう余裕がないかもしれない。
 この裕福な人と、そうじゃない人と課、勉強できる人と、そうでない人とか。階層化がされてわけですよね。軍隊に入るしか道がないような、アメリカ的な方向に行くのかなというのが流れかなと思っています。

 その根底にあるのは、貧乏人とか、勉強できない奴とかは、そうやって、役に(国の)たちなさいという発想ですね。はっきり言えば。今の教育の方向と言うのも、もともとは皆、「自分自身の物を考えて、物を判断するところまで」までみんなが勉強して、考える力を身につけましょうというものでした。

 勉強できない人間はもういい。そういう人間、勉強できない人間に教えるのは無駄である。もっとエリートをつくればいい。というのが今の教育の方向に行っている訳でして。
 差別意識みたいなものですね。ということで、その辺の人権感覚を持つことが、ちゃんと持つことが大事です。
 それがまさに、子供達、その先の子供達ですね。イラクの子供達も凄く可哀相ですが、日本の子供達もこの先可哀相だという気がしていまして。だから実は、イラクの戦争ですけれども、利用しながら日本の中を変えようとそこまで、考えていかないと、いかんのじゃないか。

 という気がしています。だからイラクでうんぬんかんぬんしなくても、目の前で起きているものに、ちゃんと対処することが大事ですよね。ということだと思うのですが。
 
 この発言から14年経過していますが、安田純平さんは何も変わってはいないと思います。

 また2006年1月にも2回目の講演に高知市に来ていただきました。安田さんを高知へ招聘した人と運営スタッフの人を交え、スタジオ収録した記録もありました。
 
 http://www.nc-21.co.jp/hoeru/yasuda2005-1126-1.html
 
 http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/gesuto6/yasuda-tokuban2005.html
 
  懇親会は葉牡丹や当時健在であったとんちゃんへ行きました。安田純平さんは「全国各地で講演しますが、世話役の人に連れて行っていただくのは、つぼ八などの全国チェーンの居酒屋。高知は特色あるローカルの居酒屋は楽しいし、いいですね。言われていました。国際ジャーナリストが高知の居酒屋を誉めているので可能性はありますね。
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   安田純平さんは、筋金入りのジャーナリスストです。権力に媚びることなく、政党筋や社会運動とも距離を置いています。まさに「フリーな」立場で現地取材をされてきました、

 今回の長期間の拘束は「想定外」のことでした。「カメラも取材機材も一切取られて3年4か月何もできなかった。独房に入れられているようでした。」という発言は率直なところであると思いました。

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2018.08.13

翁長雄志沖縄県知事のご冥福を祈り、辺野古基地建設を阻止しよう

 翁長雄志沖縄県知事は、8月8日に急逝されました。10日にお通夜をされ、今日13日に告別式が行われます。本当に惜しい人を亡くしました。心よりご冥福をお祈りします。

 翁長雄志沖縄県知事が、まさに「命がけ」で、名護市辺野古への米軍基地建設を阻止するために頑張っておられました。各位は翁長さんの意志を継承し、各分野・方面で辺野古基地建設を阻止しなければいけないと思います。
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 沖縄県の事情を良く知らない人たちがネット上に「沖縄は米軍基地に依存した生活をしているのではないか」「中国が尖閣諸島をはじめ、侵略の意図を明確にしているので、米軍基地は国防上必要である。」「わざわざ基地の近くに住んでいて、文句を言うのは筋違いだ。」「基地反対運動をしている人達は、中国の手先であり、プロの活動家集団だ。」と言う見当はずれの文章が散見されます。それについて意見を述べます。また私は家内が沖縄出身であり、うちの下の子供も沖縄県の大学に通学していました。そうした個人的な環境と深い沖縄との繋がりをもとに沖縄の基地問題や沖縄県知事選挙についてコメントをさせていただきます。。

1)沖縄県の米軍基地負担は異様に高く過重です。
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 日本国の国土面積の僅か0.6%の沖縄県に、米軍基地の70.6%が集中しています。
 一方で沖縄県経済の米軍基地経済の依存度は、1972年の復帰直後は15.5%から、2015年度は、5.3%と大幅に低下しています。

 70%の過重な負担が強いられていますのに、基地経済は僅かに5.3%に過ぎません。「米軍基地の存在は沖縄県経済発展の桎梏になり、阻害要因」にすらなっています。

2)基地経済の比率は低下、物販や交易・観光経済で沖縄は発展しています。

 義父母も他界し、子供も学校を卒業し、沖縄とは最近縁遠くなり不義理をしています。沖縄を直近で訪問したのは2006年であり、もう12年も前の事です。その時でさえ、那覇市の天久(あめく)地区が米軍住宅が返還され、那覇市新都心として目覚ましく発展している様子を体感しました。基地時代より地域の雇用は10倍になったと聞きました。

 大田知事時代に設立された「沖縄県物産公社」は、沖縄物産公社「わした・ショップ」。12年前に設立者の宮城弘岩さんと会いました。派生した物産会社も含め当時から基地経済を圧倒する売り上げを稼いでいました。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_ba08.html

(自立的発展の方程式)

 元々自民党の政治家であった翁長雄志さんが、辺野古基地建設反対になってのは、こうした経済的な要因もおおきかったのでしょう。「オール沖縄」の支持者の中に「かりゆしビーチ・ホテル・グループ」の経営者や、手広く事業を展開されている金秀グループの経営者の人達もおられてことは、基地経済が沖縄経済に殆ど貢献していない証です。


3)日米地位協定を改定せよ!!
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 日本国憲法を改定しようという主張をなさる一部の人達は「日本国憲法は米軍占領下の押し付け。よって日本人の誇りをもって自主憲法を制定しないといけない。」と常に言われています。自民党総裁選挙の「テーマ」にもなるようです。

 それだけ愛国的な熱意があるのであれば、「日米地位協定」をまず改定すべきではありませんか。安倍政権はまったくそれをしようとしません。

 今でも米軍基地の70%が集中する沖縄県の人達が主張されているのが、この「不平等条約」であり、「植民地統治そのもの」の「日米地位協定」の改定です。

 2004年8月13日に普天間基地の米軍ヘリが隣接する沖縄国際大学へ墜落炎上しました。米軍は基地外にも関わらず、非常線を張り、沖縄県警や消防の現場検証さえさせず、備品一切を持ち帰りました。酷いことでした。実に屈辱的なことです。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/2_17de.html

 14年前の出来事ですが鮮明に今でも記憶しています。米軍兵士が凶悪犯罪や婦女暴行の犯罪行為をしても、日米地位協定があるために、米軍基地へ逃げ込んでしまえば、日本の警察や裁判所は立ち入ることができません。犯人が帰国すればどうすることもできないのです。

 「日本国憲法」は、国民主権、基本的人権の確立、平和主義が掲げられています。「日米地位協定」は、「日本国憲法」の上位に位置づけられています。地位協定を改正せずして、「日本国は独立国家」と言えないのではないのでしょうか?

 そのあたり日本国憲法を必死に改正しようと主張なさってる皆様に申し上げたいところです。あなたたちは「本当の愛国者ですか?」と。

4)辺野古基地は普天間基地の代替え基地ではありません。
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 元は沖縄でも水田が広がる地域の普天間。米軍が強制収容して出来たのが普天間基地です。米軍基地の周りが市街地の拡大で密集し、「世界1危ない基地」になりました。2004年8月には、普天間基地の米軍海兵隊ヘリが隣接する沖縄国際大学に墜落炎上しました。

 1995年の米軍兵士3名による女子小学生暴行事件が起こり、当時の橋本龍太郎首相は、太田昌秀沖縄県知事の意向を受け、米国と交渉し、普天間基地の即時返還を表明しました。あの当時の自民党は沖縄に対しては「誠意が」感じられました。

 「日米安保条約は憲法違反ではないから、沖縄からの米軍基地は撤去出来ない。その代り沖縄の意向に沿って経済振興策は出来る限りの事をする。」という姿勢でした。当時の自民党には梶原静六氏(実兄が石垣島駐屯)や野中広務氏(陸軍2等兵高知で終戦)など戦争体験者がいました。凄惨な沖縄での地上戦も知っていましたから。

 米軍海兵隊の軍用機とヘリコプター基地の代替え基地にすれば、建設中の辺野古基地は法外に大きい。2つのの滑走路と艦艇が着岸する岸壁まで海を埋め立て建設する予定です。


5)サンフランシスコ講和条約は、日本本土は独立したが、沖縄は米軍統治下が継続し、より基地負担が大きくなった。
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  翁長雄志さんが、自民党政治家としてのキャリアを捨て、野党勢力と連携して辺野古基地反対運動を行う大きな動機となった出来事の1つは、安倍内閣主催の2013年4月28日に行われた「主権回復の日」の式典でした。

 1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、敗戦国日本は国際社会に復帰することができました。しかし同時に沖縄が日本から「切り離され」米軍統治下におかれました。

 日本本土の米軍基地は返還。縮小され、その分沖縄県の米軍基地は拡大しました。米軍統治下で強制的に土地建物を収容され、軍用地に転用されました。

 「4・28沖縄デー」は「沖縄屈辱の日」を忘れないという想いでつくられました。
安倍内閣と政府閣僚が、「主権回復の日」として天皇皇后両陛下をお招きし、「日本国万歳」をしていました。当時の仲井真沖縄県知事は式典を欠席しました。

 時の政府が、日本本土と沖縄を分断し、沖縄の基地負担をより大きくしたサンフランシスコ講和条約締結日を「主権回復の日」としてお祝いする「感覚」に沖縄の人達は、保守・革新を問わず違和感を抱きました。

 その延長上にある「辺野古基地建設」に沖縄の人達の大半が反対するのは当然であると思います。

 翁長雄志さんは志半ばで亡くなられましたが、多くの日本国民はそれを受け止め、各持ち場で翁長さんの意志を継いでいかないといけないと思います。

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2018.07.18

サッカーが示した自由裁量と多様性


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 1か月間楽しませていただきましたサッカーのワールドカップ・ロシア大会・2018は、多くの感動と気付きを与えていただき終了しました。毎日「時差ボケ」で苦しみましたが、見て「損した」という試合は1試合もありませんでした。

 サッカーは一たび試合が始まれば、監督やコーチの指示は選手交代時の僅かな時間や、ハーフタイムの15分間の休憩時間しかありません。ピッチの上では出場選手の技量と裁量に任されます。

 個人の技量や、局面を打開する力は、一瞬の判断で行われます。サッカーは選手個々人の自由度と多様性が表現されたチームがより強いと思いました。従来は自由裁量は南米のチームが特色でしたが、今や欧州のチームやアフリカやアジアのチームも出ています。

 多様性は欧州のチームでした。優勝したフランス、3位のベルギーだけでなく、イングランドやスイスなども移民出身の選手が活躍しました。身体能力に優れたアフリカ系の選手は欧州各国で活躍しています。
 
  政治的には「移民排斥」や「一国独善主義」が台頭していますが、サッカーはその邪悪な流れに巻き込まれていません。むしろ偏見と独断を正す働きをしています。

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2017.10.21

日本国憲法制定で天皇制は守られ平和が守られた


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 今年は日本国憲法制定(1947年)から70年になる記念の年です。北朝鮮情勢を利用し安倍首相は日本国憲法を破壊し、憲法改正を行うために、総選挙に打って出ました。憲法改正も自民党の公約の中に明記しました。

「敗戦後の日本にとって米国占領軍に押し付けられた屈辱的な憲法。是非自主憲法を制定しなければなりません。」と声高に言い立てる人たちが最近増えたように感じます。でもきちんとその人たちは日本国憲法制定時の歴史的背景をきちんと勉強しているのでしょうか?

 日本を占領した連合国総司令官は米国のマッカーサー将軍。彼は日本通で天皇制を残したい意向がありました。しかし連合国のソ連や英国、オーストラリア、ニュージーランドなどは天皇の戦争責任を追及し、東京裁判にかけるべきであるとGHQの上部機関である極東委員会で主張していました。

 吉田茂内閣時代の事であり、独自の憲法私案を松本烝治氏を中心にまとめられていました。しかし松本案では大日本帝国憲法の焼き直しに過ぎず、極東委員会で合意を得られることは難しい情勢でした。

 それで急遽GHQ側は米国側で憲法草案をこしらえ吉田茂首相に提示しました。吉田茂氏は前首相の幣原喜重郎氏と相談し、憲法草案をこしらえたと思います。
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 その時天皇制の守護(象徴天皇制・憲法第1条)と戦争放棄(第9条)がリンクされ、「皇軍として天皇は軍を率いて戦争することは永遠にないこと」を宣言しました。それにより極東委員会でも日本国憲法は支持され、天皇制は象徴天皇として存続することになりました。

 その役割を果たしたのは幣原喜重郎氏と吉田茂氏、マッカーサー氏でした。日本国憲法発布が公表されますと圧倒的な国民の支持を集め公布されました。当時の共産党は日本国憲法に唯一反対していました。今や9条を守れと護憲の先頭になっています。変われば変わるものです。

 
 翌年の1948年12月23日に東京裁判のA級戦犯であった東条英機ら7人が処刑されました。その日は今上天皇の誕生日でした。翌日の24日A級戦犯の岸信介は保釈され、米国から多額の工作資金を得て政界に復帰し、対米従属路線と憲法改正を政治信条にした政治活動を展開しました。自民党の「清和会」にその伝統(対米襦族路線)は継承されています。森―小泉―安倍―福田―安倍の歴代首相は清和会ですから。

 無謀な世界大戦を始めてしまい、無残な無条件降伏をした当時の日本。もし敗戦後の占領統治時に日本国憲法が制定されていなければ、昭和天皇は東京裁判の被告として極東委員会から戦犯として起訴され、有罪になった可能性もあります。当然反対するテロ行為などが起きたことでしょう。占領統治は長引き、国際社会への復帰や産業経済の再構築は大幅に遅れたと思います。
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 今上天皇は日本国憲法を守り、その枠内で戦地慰霊の旅をされておられます。敵味方に関係なく、戦地となった現地の人達の慰霊を日本国民を代表されなさっています。平和を願う強い意志を今上天皇から感じます。その強い平和への意志を皇太子殿下も引き継ぐ決意表明をされました。

 残念ながら今の安部内閣は、平和を祈願する天皇陛下の意志とは真逆の政治的な偏向を繰り返しています。陛下の平和への祈願をないがしろにすることばかりされています。不敬であり逆臣ではありませんか。

 吉田茂や幣原重三郎の功績はとても大きい。その後日本は経済大国になり惨めな敗戦国日本は豊かな先進国の仲間入りを果たしました。しかし今歴史を深く考慮しない復古主義者が、あろうことか、今上天皇の平和への意志を無視し、大日本帝国憲法を復活させようと画策しています。とても愚かなことです。

 大日本帝国憲法は1890年に施行されました。1945年まで55年間運用されました。制定時当時の軍事大国ドイツの憲法を模倣、天皇を国家元首とし欽定憲法の形式をとりました。主権在民も基本的人権も弱く、「天皇の臣民」としての位置づけでした。
 
 帝国議会を凌駕する「統帥権」という権限が軍部に付与されたために、無謀極まりない侵略戦争への歯止めが効かない国家体制となり、無罪な敗戦を呼び込む結果となりました。

 一方の日本国憲法。国民のごく一部に「占領軍の押しつけ憲法だ」との批判はありましたが、平和を維持し、国民生活はとても豊かになり、国民主権、基本的人権の確立、女性の権利・保護が保障され、結果的に日本は先進国になり平和を維持することができました。

 どちらの憲法が優れていたかは、歴史を振り返ると理解できます。先人たちの努力があればこそ今日の平和と繁栄があるのです。

 排外主義や差別主義者達が台頭すると「ろくなことにならない」には歴史の教訓です。あわてて憲法を改正する必要は全くありません。また北朝鮮や中国を念頭に戦争するつもりなら、「1番弱い場所である原子力発電所と原子力施設をただちに廃炉にしなけば、いけないと思いますね。」1番のウィーク・ポイントの対策をしないで戦争を煽ることは、無責任極まりない。亡国論者ですね。平和ボケもはなはなしいと言わざるをえません。

 日本国憲法の第1条(象徴天皇制)と第9条(戦争の放棄)は相互リンクしています。9条だけを変えることは不可能です。もし替えたらかつての連合国に東京裁判のやり直しを要求されることでしょう。安倍自民党は、亡国の憲法改正を取り下げるべきでしょう。

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2017.08.19

日米地位協定を改定せよ!!


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 日本国憲法を改定しようという主張をなさる一部の人達は「日本国憲法は米軍占領下の押し付け。よって日本人の誇りをもって自主憲法を制定しないといけない。」と常に言われています。

 それだけ愛国的な熱意があるのであれば、「日米地位協定」をまず改定すべきではありませんか。安倍政権はまったくそれをしようとしません。

 今でも米軍基地の70%が集中する沖縄県の人達が主張されているのが、この不平等条約であり、植民地統治そのものの「日米地位協定」の改定です。

 2004年8月13日に普天間基地の米軍ヘリが隣接する沖縄国際大学へ墜落炎上しました。米軍は基地外にも関わらず、非常線を張り、沖縄県警や消防の現場検証さえさせず、備品一切を持ち帰りました。酷いことでした。

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/2_17de.html

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