やなせたかしさんの高知での実績

まもなく連続テレビ小説「あんぱん」も惜しまれつつ終了します。
やなせたかしさんの出身地高知県では、テレビ小説にならなくても、やなせたかしさんは有名なひとで、県内あちらこちらにアンパンマンの石像や、各種キャラクターが見られます。
最愛の奥さん暢さんがなくなられてから、やなせさんは20年近く生きられています。私がリアルなやなせたかしさんを目撃したのは2004年8月でした。
「高校生まんが甲子園」の審査委員長をされていました。ベレー帽をかぶりおしゃれで派手な服装をされ、壇上からダジャレ飛ばしたり陽気なおしいさんでした。当時は85歳ぐらいであったと思います。

下の子供が、やなせたかしさんの高校の大後輩で、2年生の時に大会に初出場しました。しかし決勝進出はできずあえなく敗退しました。初出場で大後輩の漫画部をえこひいきすることなく厳正な審査をされたと思います。
当時高知県は財政ひっ迫で「漫画甲子園を辞めようか」と思っていたらしい。その噂が漏れると新潟県と鳥取県が「代替え開催地になります」と名乗りを上げました。(新潟県は「あぶさん」の水島新司。鳥取は「名探偵コナンの作者青山剛昌や妖怪漫画家水木しげるです)そしたらやなせたかしさんが「県が金がないならわたしが懸賞金を提供します」と言って資金支援をしていただいたそうです。以後高知での開催が続いています。やなせさあっての漫画甲子園なんですね。高知県庁の情けなさは恥ずかしい限りです。

10月26日に地元の町内で年に1度の総合防災訓練をしますが、今年はポスターに防災キャラクターの「じしんまんとつなみまん」を使用しました。今年も着ぐるみを借りてきます。いつも子供たちの人気者ですから。

現在香美市にあるアンパンマンミュージアムと詩とメルヘン館も当初出身地の香北町(合併して香美市に)は、財源不足で、建設資金の多くを柳瀬さんが出したと聞きました。
アンパンマンのキャラクターだけで2000を超えると言われていますが、高知県の『ご当地キャラクター」は、無償でやなせさんが提供いただいたと聞いています。
防災キャラクターも県庁が管理していますが「じしんまん 高知県防災キャラクター やなせたかし」とキャラクターの下に表記してくれということで認可をもらいポスターをこしらえました。その他ローカル鉄道各駅キャラクターや、食材関係キャラクター、健康キャラクターなどもあります。
アンパンマン・ミ
ュージアムも裏にある詩とメルヘン館も子供たちが小さいときに何度が行ったことがありますが、最近は行きませんね。孫でもいれば行ったでしょうが、いませんのでいかないですね。今はネットで予約しないと入館できないと聞いています。ネットに弱い爺さんは行けないでしょう。
やなせさんは父と同い年でしたので、身近に感じました。やなせさんは2013年以に他界しましたが、没後12年経過してより人気が出そうですね。
行ったことない人は、田舎を満喫しながらアンパンマン・ミュージアムを訪問してみてください。






人口が減少し市場規模が縮小したから、経費の掛かる「企画」は辞めてしまう。理由はよくわかります。ですが地方紙である高知新聞の特色迄捨て去ることは残念でした。














2019年8月10日(土曜)ですが、高知市自由民権記念館で開催されている「まんがが伝える戦争と平和」(8月6日~8月15日迄)を家内と帰省したばかりの娘と3人で見に行きました。入場料は無料です。(13日(火曜)は休館日)
絵心のある夜須町出身の山崎裕則さん。高知市の城東中学(現・県立追手前高校)卒業後、海軍航空隊に志願。特攻で亡くなるまでの2年半に渡り描いていたスケッチや絵手紙が展示されていました。
画力がある人です。絵には動きがありました。海軍航空隊の訓練の様子も描かれています。大正14年生まれ(1925年)ですので、母(93歳)や、沖縄の義父と同い年です。美術学校やデザインの専門的な勉強はしていないようですが、「絵の才能がある」と、大学のデザイン科を卒業し「お絵かき職人」になっている娘が高い評価をしていました。
絵にはユーモアもあり、訓練風景が描かれています。戦死しなければ、漫画家やアニメーターになっていたと思いますね。戦争は無駄に犠牲を強いますね。19歳で生涯を終えられました。惜しいと思いました。
高知新聞6月22日の記事「劇場アニメ増で人手不足」「大作続き 現場脳力超え」「人材確保へヒット期待も」とありました。かつて身内が関係していた業界だけに,動向には関心がありますね。






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